孤高の一夏   作:アーチャー 双剣使い

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注意

今迄の話の中に特殊タグ【透明文字】が使用されています。
各所の頭痛に関する記述、文体に違和感があるなら調べてみるのもありです。

加筆修正もあったので一度戻ることをお勧めします。


Ne m’oubliez pas

おめでとう

 

さようなら

 

ありがとう

 


 

今頃、観客席にいた生徒たちは寮の帰路に着いているだろう。流石に距離が離れているとはいえ、ショッキングな光景だったのだ。生徒たちは一様に暗い顔をして静かにしていた。

管制室に居た千冬は試合の終わりを告げるブザーが鳴るとハッと意識を現実に戻し、生徒たちに帰宅する様に呼びかけたのだ。

 

「山田君、生徒に寮に帰宅する様に伝えてくれ、その他の動ける先生はオルコットの搬送を手伝ってください。一応ISの護衛も」

「分かりました。織斑先生、織斑くんはどうなるのでしょうか?」

「それは私にもわからない。何て言ったって織斑は競技中に相手に怪我を負わせたんだ。今までISの絶対防御があったおかげで、そういうことに関してのルールなどはあまり決められていないんだ。これからは新しく競技中の事故に関する措置も整えられていくだろうが現時点では当事者たちの所属する日本とイギリスがどれだけ意地を通すかにもよるな」

「そう、ですか」

 

山田先生は辛そうな顔をしている。もしかしたら自分の生徒が刑務所暮らし、なんてことになるかもしれないのだ。先生として生徒思いで責任感の強い彼女はきっとそうなったら大変気に病むだろう。

千冬も心配じゃないわけではないがただISに関わっている公務員に過ぎないのだからできることはほぼないのだ。

いくらブリュンヒルデ*1といわれようとも発言力は有っても政治的権力は無く、日本政府に大きな迷惑をかけたことで貸しがある。そう強気には出れないのだ。

 

「それでは山田君。私は現場で指揮を執るからここは任せるぞ」

「はい、了解しました」

 

しなければいけないことは沢山あるのだ。まずは目の前の仕事から片付けようと千冬は足を進める。

それにしても解せないのだ、一夏の白式に起きた変化。あの現象は束と仲が良かったため、ISについても色々と教えられたが一つとしてその現象に関連するものは無かった。形態移行だとしてもそれではあの人工筋肉はどう説明すればよいのか。

 

ISに物質を生み出す力は無い。あるのはエネルギーと成長プログラムだけだ。形態移行をするときは機体のパーツをもとに作り替えたり、予備のパーツを持ってきて補うのだ。だからあの機体は異常なのだ。人工筋肉は最近医療関係で発達し、実用段階まで持ってこれたという。それがISの大部分を占める部品となる様な品質と性能を秘めているのだろうか。国が極秘で研究していたならまだ分かるが、それなら何故委員会の用意した機体に搭載されているのか。謎は深まるばかりだ。

 

 

「織斑先生!準備が完了しました」

「おっと、そうだったな。では君たちはオルコットの搬送とその護衛を頼む。私が織斑をどうにかする」

 

そう告げてゲートを出ようとすると引き止められる。ISを装着した教員が不安そうにしている。

 

「大丈夫なんですか?織斑一夏は。せめてISを一機連れて行った方が…」

「いいや構わない。曲がりなりにもあれは私の弟だ。なんとかするさ」

 

 

そういってアリーナ内に突入する。

一夏は依然としてISを纏ったまま空を見上げている。それを横目にせっせと教員たちは担架にオルコットを載せて医務室に向かった。幸いこの学園はISという兵器を扱っているので、医療設備も最先端の新型を導入している。更に医者も数こそ少ないが今年に入って凄腕が一人就任したのでオルコットは大丈夫だろう。

 

 

 

「おい一夏」

 

それよりもこの愚弟を如何にかせねばと一先ず声を掛けるがピクリとも反応しない。

 

『織斑先生!今ようやく織斑くんのISにアクセスできました。しかし機体情報は読み取れない状態なのでバイタルをチェックします』

「ああ。頼んだ」

『それで現在の織斑くんなんですが、どうやらISと()()()()()()みたいです。精神が強く結びついているので無理に引きはがせば精神が崩壊する恐れが』

「なんだと!そんなことありえない筈だ。理論上不可能ではないが、そうするには操縦者とコアが心を通じ合わせる、波長を合わせる必要があるんだぞ。できるわけがない」

『とりあえず織斑くんはそっとしておくのが一番では?』

「そうしたいのは山々だがこのままにしておくと何が起こるか分からない」

 

何故自分の弟はこうも厄介ごとの中心に立っているのだろうか。疲れた様子で千冬はため息を漏らす。

 

何度呼んでも意識が戻ってこないので雨に濡れるのも厭わず近くに寄ろうとすると突然一夏は叫びだす。

 

ガアアァァ!?」

 

頭を押さえ、首を掻きむしり、手にした刀を振り回す。その姿は正気を失った狂戦士。

 

「あああぁぁぁぁ」

「どうした一夏!?」

 

暴れ狂う、いやナニカから逃れる様に抵抗するが、ISを纏っている状態でそんなことをしたら周りの被害は大変なことになる。ただ幸運なことにアリーナはISの戦闘を想定してあるので頑丈な設計になっており、防音措置も完璧だ。そしてこの現場をその目で見ているのは千冬と山田先生だけだったことだ。

 

流石に手も付けられない様子だったので千冬はピットに戻って様子を窺っていると、三十分は経っただろうかついに膝をついたと思うと頭を垂れる。

もう大丈夫だろうとハッチの操作パネルを弄るが何故か開かない。まるで観客が舞台に上るなと言う様に。

 

 

 

 

 


 

 

ズキッと鋭い痛みが奔る

 

試合を終えると見知らぬ()()にいた。

真っ白な世界。

 

上も 下も 右も 左も
ない。

 

 

そして抑えつけていた何かが込み上げてくる。

 

何だろうこの感情は。知っている筈なんだ。とても懐かしい感覚なんだ。

 

だけど思い出せないんだ。

 

 

そう認識すると自分の内側から何かが零れ落ちる。

手にとって掬ってみるとそれはとても濁り黒ずんだ涙だった。

 

ここは何処なのか分からない。疑問は次々と現れるが消えることが無い。

そもそも何故自分は試合中に得体の知れない質問を快諾したのだろうか。

 

何処からか声が聞こえたそれが俺の疑問を解消する。

 

『それがお前の望みであり、お前自身が決めたことだ』

 

『この世界はISコアの人格の持つ心象風景だよ。いや彼女の世界だ』

 

何を言っているんだ。

訳が分からない筈なのに何故か理解してしまう自分がいる。

 

 

そして世界に光がさす。

黄金のベールを越えた先には幻想世界が待ち受ける。

 

穏やかで澄み切った空。

時々雲が通り過ぎ、日差しを遮るのも心地が良い。

 

大地に風が吹き抜け、淡い緑の草木や花を揺らす。

瑞々しい自然の香りを風が運んで鼻孔をくすぐる。

 

そして目の前には大きな桜が鎮座しており、

その彼方向こうには白亜の城壁の城が聳え立つ。

 

 

違和感を覚えることなんて無く、自然にあるがままに受け入れる。

 

しかし、何かが違うのだ。

 

その光景に抱く思いが自分ではあるが自分ではないものが抱いているのだ。

 

怖い、恐い、コワイ。

 

自分自身がまるで他人のように感じる。

可笑しいな、この体は俺の物なのにどうして俺が恐れているのだろうか。

 

『当たり前だよ。それは君の物じゃあないからね。君は持ち主に返すために来たんだ。それに謝礼を、そして救いを与えられるために』

 

 

どういうことだ。

それじゃまるで俺が死ぬみたいじゃないか。

 

俺はまだやらないといけないことがあるのに。

 

『君がすべきこと?そんなものはもうないよ。だって今日此処に立ち、すべての返却をすることが君に課せられた使命だ』

 

違う。そんなはずはない。

俺は強くなって、守りたいと思える物を見つけて、手に入れるんだ。

 

『それはもう終えたじゃないか。漸く分かったかい?君は、僕たちは手に入れたんだよ、最愛のそれをね。だけどこの手から落ちてしまったから、彼は全てを投げ出して、破滅を求めたから君がいる』

 

 

 

ズキッと鋭い痛みが奔る

知らない筈がない。全部知ってただろう?

 

そうだ、知ってたんだよ。

ただ覚えてなかっただけだ。

 

 

ズキッと鋭い痛みが奔る

お前の見た現実は都合で塗り固めた夢だ

 

この記憶も偽りを植え付けられた虚妄の夢。

だから虚飾の箱は朽ちて無くなる。

 

 

ズキッと鋭い痛みが奔る

それもこれも出来の悪い贋作さ

 

この思いも全て嘘でできていた。

ただ一つの真実はこの痛み。

 

 

ズキッと鋭い痛みが奔る

そうだ、痛みこそお前の実在を証明する唯一の証

 

そうだな。行かなきゃならないんだ。

 

 

俺は返さなきゃならない、自分自身に。

 

『大きな桜の木の下。その祠に居るよ』

 

君もありがとう。導いてくれて。

 

『礼にも及ばない。私は己のナビゲーターであり、よき理解者だ』

 

〈彼〉には感謝しないとな。

 

 

 

 

ゆっくりと歩く。祠は近いから焦る必要もない。

これで最後になるからこの景色を胸に焼き付けたいんだ。

 

 

桜の根元に着くと、紙垂がかかっているおかげで入口が分かる。

桜の木の中が空洞になっているのだろう。

 

紙垂の暖簾を潜ると、中には少年と少女が椅子に腰かけ仲睦まじく過ごしている。

 

二人は来客に気付くと笑顔で出迎えてくれる。

 

「ようこそ。そして初めまして」

「ようこそ。そして久しぶり」

 

こちらも頭を下げる。声を出さなかったが二人は満足したのか、椅子に腰かける様に言う。

 

「今日はどのような用件で?」

「もう言ったじゃない。止まった時計が直ったのだから、代わりの時計を返すのよ」

「ああ。そうだったかな」

 

ええ、彼女が言うとおり今日は総てを返しに来ました。

 

「そうか漸くか。〈彼〉は元気かい?」

 

はい、貴方との再会を楽しみにしていそうでした。

 

「酷いことは言われなかったかい?」

 

いいえ、とても親切に接してくれました。

 

「珍しいな、彼奴が優しいなんて」

「そう?彼は少しだけ意地悪なだけよ」

 

 

あははと二人は笑う。この幻想の世界だからこそ心が通じ合っているのだろう。私はその少年に引っ張られただけだからな。

 

 

「本当にいいんだね?くどいようだけど」

 

構わない。私はそちらの人生の方が好きになれそうだ。

 

「ありがとう。さようなら」

「さようなら。彼の代わりをありがとう。お疲れ様でした」

 

 

目の前が白くなる。心地よい温かさに瞼が重くなり目を閉じる。

桜の花弁が舞い散り身を包む。別れ花のようだ。

 

Ne m’oubliez pas(私を忘れないで)

 

ああピッタリじゃないか。

みんなは私を知らないだろうけど自分だけは覚えておいてほしいな。

 

 


 

目が覚めた。長い長い眠りだった。

そして帰って来たんだ。総てを取り返しに。

 

ズキッと鋭い痛みが奔る

 

ああ、彼が味わってきた痛みか。

 

「そして今度は思い出すのではなく、刻み付ける様に、か」

 

 

顔を打つ雨は止んだ。

 

今日は晴れない筈なんだがまあこっちの方がいいな。

 

 

 

今宵が始まりなんだ。

 

雨は止み、月が薄い雲に隠れ掠れている。

 

朧月は儚いからこそ魅入られる。

 

 

*1
ISの世界大会、モンドグロッソで総合優勝者となったものは〈ブリュンヒルデ〉と呼ばれる




伏線がどうしても過去のお話になるし、それを明かすのはまだ早いし、難しいよ。

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