孤高の一夏   作:アーチャー 双剣使い

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幕間劇

「おはよう一夏」

 

耳元で囁かれた言葉に一夏は上半身を起こして周りを見渡す。

隣のベッドでは簪がスヤスヤと眠っているのでその声の持ち主は彼女ではない。

 

寝起きで頭が回らないが記憶を漁る。

たしか昨日はオルコットと試合を行い、勝利を掴んだ。

そして、その後の事で精神的に消耗し、寮部屋に帰るなり眠ったのだ。

 

ベッドから降りて警戒しながら部屋を捜索する。

玄関の鍵口には開けられた痕跡はなく、窓にも細工はされていなかった。部屋で怪しい所は全て探したが何処にも異常は無かった。

 

「妙だな。俺は確かに声を聞いたぞ」

 

インスタントコーヒーを作りながらも彼は警戒を怠らない。

 

それにしてもこの部屋には自分と簪しかいない筈なのだ。なら先程の声は一体なんだと不気味に思う。

まるで実体を持たない幽霊のようだ。

そんなことを考えるが鼻で笑う。理解の及ばないことには必ず理由があるのだ。そんなもので片付けるなどそれこそ馬鹿馬鹿しい。

 

周囲の環境に原因がないのなら、その異常は自分自身にあるのだ。ならば幻聴なのだろうか、昨日は色々な事がありすぎた。体にも負担がかかっていたし、まだ本調子でもない。三年の空白を埋めるのには時間がかかるのだ。

 

 

「そんなに怯えないでよ、傷ついちゃう」

「誰だ?どうやって此処に入った?」

 

また聞こえた。今度はつい先程まで眠っていたベッドの方だ。視線を其方に向けるとそこには白いネグリジェを着てベッドの淵に腰掛けている少女がいた。

12か13ぐらいだろうか。身長は低く、幼さが色濃く残っているので中学生ぐらいだろう。肌は色白、髪は烏の濡羽色であり、その瞳は澄んだ青色。小柄で華奢な四肢は強く握ると折れてしまいそうだ。

可憐な容姿をしている少女に一夏は言葉を失う。

 

その少女は目が合うと微笑みを浮かべる。それはとても優しく温かいものだった。簪が彼に向けるような、いやそれ以上に自然な感じだ。とても初対面とは思えない行動。

君は誰だと声に出そうとするが頭痛によって言葉に出来ない。

 

「落ち着いて。まだ記憶が混乱してるの。無理に思い出す必要はないわ」

「何故だ?どうしてそんなことを言う」

「だっていずれ思い出すのよ。なら急がなくてもいいじゃない」

「つまりわけを話す気はないと…」

 

疑問は尽きないが一夏は敵意を感じられなく、無害と判断した。取り敢えずコーヒーを飲み、正常に働き出した脳で思考する。

 

「何の目的でここにいるんだ?君のような生徒はこの学園にいた覚えは無い」

「そうだね、私はここの生徒じゃないよ」

「なら教員に告げ口されたら困るんじゃないのか…?」

「そうかもね。でも君は話さないと断言するよ」

「おかしな奴だ。じゃあ話を戻そう。なにをしに来た?」

「…ただ話をしにかな」

 

少女は本当にそのつもりで来たのだろう。手招きをして隣に座るように一夏に言う。言われたように一夏が隣に腰掛ける。

どちらも口を開かずに静かな時間だけが過ぎていく。静寂に耐えかねた一夏が話しかける。

 

「…コーヒーは飲むかい?」

「いえ、喉は乾かないから大丈夫」

 

漸く決心がついたのか少女は真剣な表情で疑問をぶつけてきた。

 

「ねえ、一つ聞きたいんだけどさ。なんで彼女と住んでいるの?」

「えっと、それは、まあ成り行きかな?」

 

へえとその返事が気に入らなかったのか不機嫌になって少し素っ気なさが現れてきた。何が知りたいんだろうかと益々一夏は少女の事が分からなくなった。

でも、と言葉を続けて、少女は質問をやめない。

 

「抵抗は無いの?」

「もちろんあるさ。だけど仕方がないよ。彼女の頼みは断れない」

「本当にそうなの?君が勝手にそう思ってるだけじゃないの?」

 

少女は質問と一緒に顔を近づけて此方の顔をよく見ようとする。この何故だか始まってしまった質問で少女はどんどん一夏の中に踏み込んで来る。

 

「だって彼の記憶は植え付けられていたじゃない」

「そんなことを言ったら君自身も俺の見ている夢か幻覚かも知れないよ」

「そう思ってくれても構わないわ。どうせ私の存在を証明することは出来ないだろうから。ただ覚えておいて。私の言うことに嘘偽りはないよ」

 

可笑しな話だ。現実ではないと否定されてもいいと言いながら信頼を寄せているなど。ついに一夏は我慢できずに彼女に問う。

 

「君は俺に何を伝えたいんだ?」

「全てを疑って欲しいの。人を、嘘で彩られた現実を」

 

嘘?世界なんて嘘で成り立ってるようなものだ。優しい嘘や醜い嘘、嘘なんて沢山あるというのになにを疑って欲しいんだろうか。

 

「それは、何故だ?」

「それが真実に繋がるから。君が中心にいるのだから、君が動かないと回らないの」

「…意味が分からない」

 

真実とは一体なんなんだ。どうして君はそんな事を俺に教えるんだ。考える間も無く分からないと答えは出るのに考える。

 

「それでいいの。ごめんね、そろそろ帰らないと」

「なんだ、突然に。聞きたいことはまだまだあるんだが」

 

腰掛けていたベッドから立ち上がると彼女は名残惜しそうに言う。

 

「私ももっと話したいけれど、時間が無いの。もうすぐ簪も起きるわ。だから最後に教えてあげる。これは現実だったということを」

 

口が塞がれる。ベッドに腰掛けていたので身長の低い少女でも簡単に接吻できたのだ。一夏は突然の出来事に戸惑った。

 

目の前には少女の顔があり、何処か知っている花の匂いがする。その唇は柔らかく、その感触は唇が離れた後も残り続けた。

 

惚けているといつのまにか少女は消えていた。飲んでいたコーヒーは冷めきっており、全ては現実に起こったことだと証明している。

 

「んんー。一夏?誰かと話してた?」

「いや、独り言さ。気にしなくていいよ」

 

簪が起きたようだ。昨日は風呂に入っていなかった事を思い出しシャワーを浴びに浴室に行く。

 


 

薄暗い部屋。天井に取り付けられた照明は使われていない。だがこの部屋に置かれている沢山の大型ディスプレイと機材の山がそれぞれ光を撒き散らし、この部屋を闇で埋め尽くさないようにしている。

明らかに目が悪くなるような環境だというのに、此処の主はそんなことを気にしていないようだ。大きなディスプレイを並べた前で椅子に腰かけ、忙しなく指を動かしてキーボードを叩いている。

 

そして今は何かに興味を持ったのか一つ*1の画面に注目しているようだ。そしてその画面の中の情報だけでは満足できなかったのか、手元を動かしカチャカチャコマンドを入力する。追加で出てきた情報を流し読みすると、漸く手を止めて大きく伸びをしてから、背もたれに体重を掛ける。

 

「どうしてだろう。記憶が戻ってきちゃってるよ。もしかして、もう目覚めたのかな?ありゃりゃ参ったなー。できれば完全に修復できてから合わせてあげたかったのに」

 

顔に手を当ててぶつぶつと呟いてるのは思考を纏める為か、口早に単語と文章を虚空に吐き出している。

 

「予想外の事態。対処するにはシナリオを早めなければならない。試合はいっくんがイギリスの候補生に過剰な攻撃。日英の衝突は免れない。件の操縦者に対しての処分に妙な動き。王室付近に脈がある模様。要チェック。日本上層部にも怪しげな行動が目立つ。情報なし。収集にリソースを大幅に割り当てる。クラッキングの成果なし。ネット媒体に記録されていないと思われる。白式の変化:予定されてない進化。細工された可能性が高い。原因究明。解明完了:正体・所属不明の部隊が輸送直前に工作。コアネットワークログ参照。判明:部品のインストール。白式コア解析。完了:コアナンバー[001]の反応確認。異常を確認。精査:コアナンバー[α1]の反応検知。コア同士の結合を確認。仮定:不完全なα1を001が補助したことでいっくんに干渉したと思われる。更に他のコアにも影響を…」

 

暫くして一段落ついたのか、口を閉じて立ち上がり部屋を出ていく。

 

 

部屋を出て少し廊下を進み、一際頑丈な造りの部屋に来た。そこのドアの顔認証システムをパスして部屋に入った。

 

部屋中には配線が張り巡らされており、大きなガラス張りの円筒形の水槽とも呼ぶべきものが置かれていた。その中は液体で満たされており、1人の少女、いや高校生ぐらいの女の子が入っていた。

目を閉じて、呼吸器をつけられており、まるで植物人間のようだった。

 

その容器のすぐそばには操作する為の機械が取り付けられており、銀髪の少女が立っていた。

 

「どう、クーちゃん?」

「肉体のあらゆる器官に活性化が見られます。傷はほぼ完治しており、あと一ヶ月もしたらこの機械も必要なくなるでしょう」

 

目が見えていないのだろうか、顔を合わせてもずっと目を閉じている。だが機械を操作することに迷いはなく、慣れている手つきだった。

 

「そっか。意識の覚醒に伴って、肉体の覚醒も早まったのかな。私の予想を裏切ってばかりだな…、いっくんたちは」

「何かご不満でも?」

 

憂いを帯びた声に心配そうに銀の少女は話しかける。

それに対して自嘲と後悔の念を込めて答える。

 

「いや、まさか!世界が全部私の思う通りに動くならISだって普通に受け入れられたさ。クーちゃん。私はね、人っていうのは単純ながらも複雑で、そんなところが嫌いなんだけど、好きでもあるんだ」

「すいません。わたしには難しいです」

 

少女は首を振って答える。彼女には嫌いと好きは正反対のものとして捉えているのだ。

 

「いいかい、クーちゃん。好きというのは関心を持っている事であり、嫌いというのも関心を持っている事に他ならない。だから、好きの反対は無関心と言われるんだよ」

「なるほど、ですか?」

「んー、まだクーちゃんにはわかんないかな。仕方ないな、可愛い娘の為に私の事を話してあげようではないか」

 

 

「私は世間では世の中を荒らしてから無責任に姿を消したと言われている。だがそれは、世界に興味を無くしてしまったからなんだよ」

「世界は沢山の意思や思いで出来ていて、たちの悪いことに大体の有権者は己の欲を満たすことや自己満足の為にその力を振るうのさ」

「私にはそれが辛いことで、しかしどうしようもないことだったから逃げて、そしてそれらの関わりを拒んだんだ」

 

「だけど個人は別さ。それは私でも影響を与え、変化させる事が出来る。そして、私自身を受け入れてただの人としても扱ってくれるのさ」

「かあさまは、特別扱いが嫌い、なのですか?」

 

それはとても純粋な疑問だった。大人びている少女にも年相応な反応をしてくれて嬉しくなったのだろう、陽気に答える。

 

「どうかな。人っていうのは、自分には無いものを欲するんだよ。凡才な人には自分が特別だって、他人よりも優れているんだって示したくなる」

「だけれど私は普通というものが知りたかったんだ。クーちゃんを義娘にしてお母さんになったのもそれが理由かもね」

 

*1
その画面も複数に分割されているのだが


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