孤高の一夏   作:アーチャー 双剣使い

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第9話


 

総てを勝ち取った先に待ち受けるもの

 

はたして、何であるのだろうか?

 

 

それはおそらく……『 』だ。

 


 

空は暗い色の雲で覆われた曇天。

ぽつぽつと雨が降り始めた。

 

まるで天が涙を流しているようだ。

それは、これから先に起こる悲劇に対する不吉な兆し。

 

まさに暗影と呼ぶに相応しいモノだった。

 

 

そんな中でIS学園にある第三アリーナの観客席はほぼ満員に近い状態となっており、会場には様々な生徒がいる。雨合羽などの雨具を身に着けたりするものや、勝敗の行方を予想して話し合ったり――賭博を行う者もおり胴元は新聞部の部員だ――、ただ何となくISの試合だからと野次馬に混じった者もいる。

 

 

これだけで、この試合がどれ程注目されているか分かっただろう。なにしろ対戦カードは今話題の世界で唯一の男性操縦者とイギリスの新型機を所持した代表候補生だ。それに入学して直ぐということもある。年頃の少女たちはこんな小説や漫画の中の様な話にはよく食いつくことだろう。

 

 

 

試合開始時刻が迫る。観客席は試合が始まる時間が近づいたので静かだったが、もう一人の出場者が出てこないので少しずつざわめきが広がり、騒がしくなった。

 

 

これには理由がある。

大体の公式試合では操縦者をよく見せる為だったり、パフォーマンスで注目を集めたりする為に開始五分前にはステージに居るのが暗黙の了解としてある。

 

何故そんなことをするのか。それはISがスポーツとして世界中に広まり、その操縦者はアイドルの様に扱われるからだ。それは今回の試合に出場するセシリア・オルコットにも言えることであり、彼女は何度も雑誌の記事に載っている。

 

それはさておき、予定開始時刻の一分前。

Aピットの隔壁が開いた。

 

ようやくもう片方の選手、織斑一夏が登場すると観客たちは女性特有の高い声で盛り上がる。その声援に応えるように白い影が勢いよく飛び出す。

 

その影はBピット寄りの中央、つまりセシリア・オルコットの待機する方に真っ直ぐに空を切り裂き突き進む。

 

 

突然な出来事に、対戦相手がなかなか出てこないことにイラついていたオルコットは無意識に防衛本能が優先されて咄嗟にライフルの引き金を引く。セーフティーを外されていたライフル〈スターライトmkⅢ〉は銃口からレーザービームを発射する。

 

いくら驕っていようと代表候補生であることには変わりなくその腕前はとても高い。彼女にとって正確な射撃など不意な出来事でいようとも造作ないことだった。

 

そして彼女の狙撃、それは完全な不意打ちであった。素人の織斑一夏に防ぐこと、又は回避するのは不可能な話だった。

ただしそれがただの男ならばだ。

 


 

織斑一夏、彼は戦士である。

刀を振り、戦場に生き、我武者羅に力を求める狂人である。

彼は才能に満ち溢れ、努力を怠らず、確固たる信念に従う人間である。

その心は何事にも動じず、手段を選ばない怪物である。

 

彼の力の片鱗を知り、恐れを抱いた者たちはこう呼ぶ、『ヒトデナシ』と。

 

彼が人として認められない理由、この試合でその一端を垣間見ることが出来るでしょう。

 


 

試合開始前だというのに彼の目の前にはレーザービームが迫っており、瞬きをすれば当たっている筈だろう。観客の悲鳴が、囃し立てる声が混ざり合い不快な雑音を奏でる。見ていられないと顔を隠す者や、男を嫌う者は嬉しそうに声を上げる。

 

 

刹那、誰もが息を呑む。

 

白式に直撃するレーザービームが消えた、いや掻き消されたのだ。織斑一夏によって。

 

だが誰もその光景が信じられない。何が起きたかも分からなかったのだから。

それは手練れの各国の代表候補生も、国家代表の選手も、ベテランの教員たちでもだ。

 

だが、ただ一人だけその瞬間を見ることが出来た者がいた。

世界最強と謳われたIS乗り…織斑千冬だ。

何故彼女だけ見切れたか。それは彼女が剣だけで世界の頂に登りきった経験、常人離れした身体能力があってこそだった。

 

故に誰よりも驚き、そして恐怖する。

 

織斑一夏がしたのはただの抜刀。いうなれば、居合と呼ばれるものだ。

居合術は刀を鞘に収めた状態で帯刀し、鞘から抜き放つ動作で一撃を加えるか相手の攻撃を受け流し、二の太刀で相手にとどめを刺す形・技術を中心に構成された武術であり、彼はその技を使ったのだ。。

有名な技でもあり知る人も多いが、それを自由自在に使いこなせる者はどれ程いるのか。

 

それをISという生身とは勝手も違い、空中という想定されていない状況で咄嗟に技を繰り出す。これは千冬でも可能かもしれないが、難しいことだろう。

 

 

そこまでならまだ千冬も驚くだけだった。だが、一夏はその上を行ってしまった。

千冬でも越えることができない、正しくは越えない壁を越えていたのだから。

 

千冬の見た一瞬、その一撃は迷いがなく、乱れがなく、ひたすらに真っ直ぐであり、まるで呼吸をしているかのように当たり前に振られ、長年の経験で養われた直感が無ければ気づくことすらできない意識と意識の間に生じる認識できぬ僅かな空白の時。その間に振られた斬撃は間違いなく人を殺すための技術の結晶。それは千冬には手を伸ばせない所業であったからだ。

 

 

千冬は頭の中が真っ白になり、ぶるぶると震わせる体は鳥肌が立ち、顔は真っ青だ。

 

止まった思考は一つの疑問が生じたことで動き出す。

同じ問いが浮いては沈み、ぐるぐるとまわり続ける様はメリーゴーランド。

なぜだ?なぜだ?どうしてかはわからない。ずっと、ずっと。

 

疑問は尽きぬ。答えは闇の中で模索するしかすべは無し。

見つけた答え、導かれた答え、与えられた答え。総ては真実かもしれないが虚妄かもしれない。

 

ただ疑問は簡単な事。答えも簡単。ただ過程を知らぬが由に受け入れられずに分からず仕舞い。

 

どうしてそこに立っている?』、と。ただそれだけ。

 

分かり切った事だが、彼女には理解できない(分からない)

 

答えは一つ、最初からそこにいたからだ。

 

 

 

 

千冬が口一つ動かさないので隣にいる山田摩耶は混乱していたが、自分自身に落ち着くようにと言い聞かせるように息を吸って、息を吐く。そして代表候補の時からの馴染みある先輩に声を掛ける。

 

それは、オルコットにペナルティを科すかどうかという内容だった。

当然の話なのだが、試合の始まる前だったのでルール違反として処理する筈だったが、千冬は結局そのまま決行すると決めた。

 

理由は単純な事だ。不満があったから試合を行うというのに、オルコットを不戦敗にして一夏を勝たせても誰も腑に落ちないからだ。

 

 

すぐさま二人に決定した方針を通信で伝える。

オルコットは平静を装っているようだが遠目からでもその焦りは見て取れる。なにより、返事の声がいつもの自信に満ちた彼女らしい態度とは違い、上擦った声だったからだ。

それに対して一夏は上機嫌な様子を隠そうともしなかった。通信を切った後も彼の鼻歌をISが拾って、開放回線(オープンチャンネル)に流している。

 

 

 

オルコットは絶対に勝てない。

千冬は未来を予知する様に、弟が愉しそうに嗤いながらオルコットを地面に叩き付ける光景を幻視する。千冬はそれが現実にならないように祈ることしかできない。

 

それはきっと皆が不幸になるから。

思い描いた理想(世界)が崩れるから。

 

だから、拒絶する。今までの様に。

だが、千冬には運命は微笑んでくれない。彼女にはどうすることもできない。

 

だって、物語の結末(ENDING)への道は(分岐点)既に通り過ぎている。

 

望まない明日でも世界には必ず訪れるのだから、誰もがその日に向けて歩むのだ。

 

 

 

天気は雨。

千冬の願いは叶わないと暗に示すように雨が降る。

小さかった雨粒も次第に大きくなり、地を叩く水滴は多くなっていく…


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