赤い弓の断章   作:ぽー

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第六話

 昼と夜とがぶつかり合うのだ。ありえないことなど、何もない。

 宝具がかち合っての衝撃が、焼けるような風となって押し寄せた。光と闇はお互いを食い合いながら肥大していく。白と黒が、余剰した力をあたりに波及させる。その現象。許されざる惨事。まるで生と死のアーマゲドンだった。

 命の燈と希望が消し飛んでいく。均衡は無力なまでに刹那である。闇の波動が光を侵していき、貪るように飲み込んだ。そしてやってくる夜。死の夜。打ち砕かれた黄金は、星の高みに昇ることも叶わずに、空の手前で霧散した。

「なに、いまの」

 呟く凛を片腕でかばいながら、私は立ちくらみに耐えていた。自分の立てた予想が的中しているのを疑うこともできず、地面を蹴ることに力をこめるしかなかった。

 鋼のかち合う音。その音が、まだ戦いが終わっていないことを教えてくれる。しかし、つばぜり合っているのがセイバーでないことだけは、確実だった。あれほどの宝具をぶつけあって、勝負がつかないはずがない。セイバーは、敗れたのだ。

 飛び込む。剣舞を演じていたのは、黄金と、その周りを鋭角に挙動する、紫だった。

「誰、あれ……それになんで、ライダーが」

「躊躇うな、凛。死ぬぞ」

 セイバーの元に駆け寄る。力で塗り潰され、鎧は粉々に砕け散っている。苦しげな呻き。皮膚が焦げている。裂かれた服から、眩しいくらいに白い乳房がこぼれていた。頭の中でチリチリと音がした。戦いが、完全に一方的なものであったことを物語っていた。まるで、陵辱されるように。

 私は立ち上がった。怒りで剣を握った。怒りで、足を踏み出した。不意に湧いた、よくもセイバーを、という言葉は、あまりにも滑稽すぎて私を少しだけ冷静にした。

「二人は死んではいないな」

「……ええ」

 それだけで十分だった。私はマスターの声も待たずに、双剣を握り締めて黄金の王に正対した。蚊トンボのように跳ね回っていたライダーが、私の隣に着地した。両手に釘剣を握り――眼帯は外されていた。ゴルゴーンの秘宝、キュベレイの魔眼が鈍い光を放っている。

「よく生き延びたな」

「……相手にすらされなかっただけ」

「あれ、何者よ。サーヴァントは、もう全部でてきたんじゃないの!?」

 凛が叫んだ。

「躊躇うな」

「アーチャー……あんた、あいつ知ってるの……?」

「ああ」

 男は、私を見てはいなかった。ライダーも見てはいない。まして、凛や衛宮士郎が視界に入っているのかどうかすら、疑わしい。傲慢が固まったできた虹彩は、己が獲物だけを見ていた。

「敵だ」

 ライダーが鎖を携えて身を落とした。その全身が、速度を蓄えている。前衛に立って戦おうとしているのだろう、それをおし留めた。

 一歩、前に進んだ。そして初めて、こちらを認めた赤い瞳に、私は口を開いた。

「いにしえ、バビロニアに、半神半人の王がいたという」

「……ほう?」

「あらゆる武器をふるい、全ての財宝を蓄え、永遠を欲し、生まれて朽ちた王がいたという」

「ふん、貴様は此度のアーチャーか。よもや見抜かれるとはな。しかし、貴様如きが我が丘を口にするのは、無礼に過ぎると思わんか?」

 ギルガメッシュ。

 英雄王とさえ謳われた、私の対極に位置する、リアルだった。迫力は、底知れなかった。バーサーカーのように圧倒するものではなく、どこまでも深い、底さえ見えない断崖に面したような、そんな絶望を髣髴させる。

 黄金と、どす黒い汚濁を纏って、ギルガメッシュは不敵に笑った。

 その男の宝具を、私は知っている。

 私がまだ俺だった頃――そして、それは今この時代のことでもある。私は、ギルガメッシュと相対し、その宝具の威力を目撃した。あらゆる、世界のあらゆる財を一手に握った、その男にのみ許された宝物庫の鍵は、空間を捻じ曲げて目標に殺到する。バビロンの門扉である。

 全史、全時代の武器という武器は、元々その男のものだった。驕慢と不遜により亡び去った、歴史の源流に立ったメソポタミアの始祖。欲は解き放つものなり。全ては、王の懐中におさむるものなり。

「さりとて愚暗ども、王の上陸ぞ。頭が高いとは思わんか」

 黄金の王が、片手を動かした。その手が上がりきる前に、私も手の平をかざした。

 門扉がこじ開けられるのと、私の内面が発露するのは全くの同時だった。

 五本と五本の名剣が銑鉄に帰する。ギルガメッシュの顔に、喜悦と怒りをないまぜにしたような表情が浮かんだ。

「……中々、面白い技を使うな。道化の物真似か」

 セリフに隙を見出したのか、ライダーの体が動いた。残影だけを残して、闇の中を紫色の身体が飛び出した。無銘の釘も疾走する。蛇蠍のごとく這い進む鎖と剣は、ことごとく、鎧に傷すらいれられずに弾かれる。

 それだけでギルガメッシュの鎧が、史上でも名にし負うものであるとわかる。えげつない角度の一撃も、まるで意に介することなく弾いてしまう。宝具級の力でなければ、きっと打ち破ることはかなわない。

 腕が再び掲げられた。

 パチンと爪弾かれる音を合図で、ライダーに向けて剣が飛び出す。それを相打つように私も投影をする。だが仮にも伝説級の名剣同士が激突するのだから、余波だけでもライダーを吹き飛ばすのに十分だった。

 私の隣に軽やかに着地を果たすと――キュベレイのため――こちらを見ずに言った。

「アーチャー、援護を」

「死ぬ気か、ライダー」

「……ええ。桜は、私に言いました。衛宮士郎を守るために、死んでくれ、と。だから、死にましょう」

「出来るなら、生きて戻ってきて欲しいものだな。明日も、中々忙しくなりそうでな」

「まったく、休む暇はなさそう」

 視線を私に合わせないまま、ライダーはシニカルに笑った。そのまま、腰まで流れる長い髪が地に垂れた。手も、大地につく。獰猛な肉食獣を思わせる――そして、溢れだすような色気があった。彼女の中で、魔力が膨れ上がっていく。臨界値まで膨れ上がったとき、この世の神秘が発現する。赤い不気味な色をした紋様が、ライダーの面前に描かれていく。

 その敵意の矛先に立つ男は、面白そうな催しを眺めるように、腕を組んでいる。

「ほう」

「我が宝具の進路に、直立することあたわず」

「よかろう、女。精々、興のある芸を見せろ」

「――楽しめる器量が貴方になるのなら」

 騎乗兵が騎乗兵たる、その所以だった。

 彗星は、大地から飛び上がるものでもある。青みがかった白、視認を許さない速度で地面を薙ぎ払った。ギルガメッシュが、押し込まれるように後退した。光を追う。彗星となったライダーは、すでに空の住人となっていた。

 馬体が輝く。翼が、星々を隠してしまうほどに明るく煌く。ペガソスの突撃は、少なくともギルガメッシュを後退させた。

「天馬か、よいな。そいつは目玉が美味いのだ。食後はいつも果実代わりに喰ろうておった」

 パチンと指を鳴らすや、数多の剣、空のライダーに向かって殺到する。

 馬は空を疾駆した。射出される武器の群を、速度をもってかわし続ける。大きく空に半円の軌跡を描きながら、遠心力を加えて突撃する。どれほどの時速をたたき出しているのか想像もつかない。ギルガメッシュが再度後退した。

 ライダーの動きのおかげで、私への注意が徐々に逸れていくのを感じた。

 行動を起こすなら、今しかなかった。

「君は、私の宝具を知りたがっていたな」

「え?」

「知りたかったのだろう?」

「……アーチャー、わたしてっきり、逃げる、っていうと思ってたわ」

「倒せる敵を、倒さずにどうする。今は好機だ、ライダーもいる」

「――かましてやって」

 逃げる気だった。ライダーを消耗してでも、ここは逃げるべきだと半ば思っていた。私に誇りなど、欠片もない。だから平然と、逃走も可能だ。

 だがその選択肢を、私は消した。いま戦っているライダーの姿を、惜しいと思った。惜しいと思ったのは、特別な意味ではない。この女を生かすことが出来れば、今ここで私が力を減らしても、バーサーカーと戦うときに役に立つだろうと、そう考えただけだ。

 それに、さっきからこちらを一人の阿呆が見ている。逃げるということは、この目に負けを認めるような気がして、ならなかった。

「見ていろ」

 背中に、視線が突き刺さっているのを感じた。熱い。熱いと思えるほどに、目は、私の背中を射抜いてくる。上等だった。見せ付けてやる、という気になった。衛宮士郎。貴様はここまで、登ってこれるか。

 ――I am the bone of my sword.

 列挙された、撃鉄が、一斉に起き上がっていく。この、壮絶な感覚。世界が広がっていく、感覚だ。広大な地平を、魔術回路が塗り潰していく感覚だ。ギルガメッシュの宝具が迫る。駆け出す。第二節を、呟いた。起き上がった撃鉄が、光り輝いていく。発光しながら、全てが刀剣へと姿を変えていく。身震いは、さらに震度を増す。

 私の内面は、想像と直結してるがゆえに、無限だ。果てない褐色の大地に並んだ、永遠の刀剣の群。切っ先は一つ余さず、天を向いた。詠唱。第三節。居並ぶ刃紋は、炎と共に世界を切り裂いた。

 懐かしきこの世界、飽き果てた我が内面。

 私に残された、たった一つの力。

 今こそ、無限と永遠を、再び世界にこめよう。

「な、に――」

「アーチャー!」

 ギルガメッシュがたじろいだ。ライダーと凛が、同時に声を上げる。衛宮士郎は、ただ息を飲んでいるだろう。

 錬鉄釜が猛る。その火で地平は焦げ付いた。酸化した大地に突き立つ永遠の刀剣は、墓標を模している。

「……そうだ、英雄王。この結界は、たとえ貴様であっても――いや、貴様だからこそ、焦燥に値する」

「どこの雑種が……そのようなのたまいを」

「つまり、全力でこい、ということだ」

 ギアが連動する。世界装置が作動する。

 無限の剣製。不滅の刀剣世界。アンリミテッドブレイドワークス。

 この闘志の墓場に、いま再び、歯車を軋ませる。


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