赤い弓の断章   作:ぽー

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第七話

 剣は剣。槍は槍。矛は矛。矢は矢。

 いっしょくたの歴史の中で、いっしょくたの世界を切り裂き、余すことなく名声を謳歌した刀剣の軍団が、鏡を挟んで向かいあっている。鏡像は、自身を不安に陥れる。刀剣は憤った。呪われたシンメトリーを打破すべく、突進する。正面衝突する理想と現実。かきならされた破砕音のあとには、虚実も真偽も全てが全て、銑鉄と砂塵に立ち返った。

 怒りに全身を振るわせながら、ギルガメッシュは開門しては武器を放ち続ける。射出される半歩前に、私は己から踏み込んでいく。全く同じ武器を解き放って、一歩の差がさらに縮まっていく。

 破裂。破裂。

 無限とも思える玉砕の果てに、滅びるのは一体どちらなのか。

 ギルガメッシュがいくら全ての財宝を持っていたとしても、握る刀剣の力を存分に引き出せるわけではない。いくら名剣であろうと、使い手が未熟ならばなまくらなのだ。ならば、投影された剣で打ち崩すことなど、造作ない。

 ここは私の世界だ。剣はすでに用意されている。タイムラグの差で、私はギルガメッシュの風上に立つ。とうとう敵の防壁を打ち破った私の幻想を、ギルガメッシュは跳んでかわそうとする。だが爆風はその標的を逃しはしなかった。

 浮き上がる体躯に向けて、さらに剣を打ち出す。敵はその時、初めて攻めるためではなく、ただ身を守るためだけに剣を振った。さっきとは正反対の構図であった。再び上げた顔には、変貌した形相が張り付いていた。砕かれた握りを投げ捨てながら、男は叫んだ。

「固有結界とはな。これが貴様の切り札というわけか、アーチャー……フェイカー!」

「そうだ。私が唯一使える、業だ。この具現化された世界で、私は勝つ」

 ライダーが空より、静かに降り立った。キュベレイの魔眼が取り込む呪縛は、確実に敵を蝕んでいる。それでもこちらを正面より睨みつけながら、男はいった。

「よかろう、この世界では貴様が上だ……だが、負けん。王に敗北はない」

 ギルガメッシュの態勢が落ちた。腰を落とした、不遜を捨てた構えだ。

 王室の鍵がこじ開けられていく。開かれていく門扉を前にして、私とライダーがまた時を待った。

 空白はいくらもなかった。

 声が重なった。

「トレース・オン」

「翔けなさい」

「財宝よ」

 ライダーが弾け、私は直進した。ギルガメッシュも刀剣を放つ。

 三者二様の戦い振りが、世界の終焉を早めていく。

 鉄を打ち、それを撃ち、敵を討つ。

 もはやなにゆえの闘争なのか、白濁としてしまうほどの、音と光の嵐が吹いた。

 ギルガメッシュの速度が上がっている。まこと、不遜を捨てた速さだ。消し飛びあう財宝の狭間で――――白馬と騎乗兵が、螺旋を描きながら肉薄する。

「グ、ああ」

 ギルガメッシュは、ライダーに攻撃を向けることが出来ない。正面から私と押し合い、さらに劣勢である。ライダーは隙を逃さなかった。低く滑空してくる馬体が、ギルガメッシュの体を蹴上げる。追い討ちは、だが落下してきた異なる五枚もの盾に阻まれる。

 ライダーはそのままの勢いで、褐色の天空に滑っていく。

「婢女が……畜が我を足蹴にするだと……」

「次は顔を蹴ってあげる」

「雑種がぁっ! 女ごときが! ならばまずは」

 こちらにではなく、上空に手をかざした。空中で輝いている、ライダーとペガサスに向けてだ。そして、瞬きするほどの間で、剣がライダーの周りを、球体が縁取られたように取り囲んだ。

 間に合わない。逃げ場は完全に断たれていた。

「貴様からだ!」

 球体は、握り締めた拳以上の密度で、集束した。ぞぶん、という肉が千切れる音。剣山に呪われたような体になって、ペガサスとライダーは地に落ちる。

 私もただ見ていたわけではなかった。攻め続けていた。五枚もの巨大ないくさ盾に、亀裂を入れて順番に砕き、最後の一枚を消し飛ばした。敵は無防備な腹を晒していて、私にとってはこの上ないほどの好機がやってきた。上空に手の平を掲げているギルガメッシュに向けて、ありったけの幻想を壊した。

 伯仲していた剣製の競い合いが、途端に決着する。群をなして駆けていく名剣名槍の類が、炸裂しては金色の鎧ごと押し込んで弾き飛ばした。

 気付けば、無意識に足を踏み出していた。偽者が、源とも呼べる本物を打ち砕くということに、とてつもない興奮を覚えていた。心の片隅で、目前の敵はただの敵ではなく、己が歩んだ人生に重ね合わせていることに気付いていた。

 偽者の自覚を持って戦い続けた己は、現実という壁の前に理想をなくした。

 目の前にいるのは、現実そのものだった。

「リアルよ、砕けるがいい……!」

 大地に生えた剣把を、掴む所から構うことなく撃ち出した。朦々と、舞い上がった熱波はしばらく晴れることはなかった。

 煙が足元から晴れていく。私は、勝ちを確信していたわけではない。が、負けを焦ったわけでもなかった。

 それでも、敵の無事は想像していなかった。

「我が、身を包むことを許すほどのものだ。この鎧を飾りだと思ったか?」

 ズチャリと、踏み出してくる男の肩から、焼け焦げた煙が立ち昇っている。頬に切り傷が見えた。ひたたれは燃え尽き、脚甲は一部が欠けている。

 それでも、現実は砕けなかった。

「貴様の固有結界の中では、我の不利であることを認めよう。が、貴様も神になったわけではあるまい。いまどれほど魔力が残っているのだ?」

 煙が完全に霧散した。視界が完全に晴れるはずが、ギルガメッシュの背後に、巨大な壁が築かれていた。見上げるほどに高く、首を廻さなければならないほどに長い。

 それが壁ではなく、剣衾槍衾だと気付いたとき、私は鳥肌を抑えることが出来なかった。

 上空から四百本。左から二百本。右から二百本。正面から千二百本。

 切っ先で包囲される気分というのは、想像以上に最悪だ。

 敵は、これほどの刀剣を引き抜くために、あえて己を盾にした。

「あ、く」

 誰かのうめきを聞いた。消える前の、最後の一声なのか。

 人はこれだけの肉切り包丁を作ってきた。血を血で洗い、肉は鋼で断ってきた。いま、これだけの照り返し、人を殺し続けた刃物の煌きは、そのまま死の具現と呼べるのではないか。

 ――人類の死因がやってきた。

「この世界と、貴様の理念は認めてやってもいい。だが――ハ、ハハハハ。悔いる間もなく死ね」

 言うとおり、自分の不始末を悔いる暇はない。風切音で耳を覆いたくなるほどの数だ。ギリギリと精神が研磨される。魔力の枯渇が、いくつもの段階を飛び越して近づいてくる。私はありったけの武器を、錬鉄し続ける。ギルガメッシュが取り出した同じ数だけ、私は並べて揃えられるのか。

 世界は、巨大に布陣した、まさに刀剣による戦域と化している。

 敗北感から目を逸らすことは、多大な労力を必要とした。

「ゆくぞ」

 迷いから目をそらした。錬成し終えた第一陣から私は突っかけた。磁石のように引き合って、同じ銘達が崩しあう。ここまでは、先ほどの焼き直しだった。

「ず、あ」

 厚みでは完全に分が悪い。私の剣をかいくぐるように、ギルガメッシュは宝具を操る。形にする間もなく、素の概念だけをぶつけて何とか誤魔化した。こうやって、防ぐことが出来るのなら私の制空圏が侵されることはない。今は劣勢だったが、負けることはない――この思いの一字一句を調べて回って、果たして油断や甘えがなかったと、言い切れるだろうか。

 黄金王が、いつからか、黒々とした一本の剣を携えていた。

「ギル――ガ、メッシュ!」

「雑種に我は殺せん。たかが人の身でこの身を消し去ることは出来ん。愚か者――愚か者どもが。誰が許した、貴様らは地を這え。誰が認めた、目を開けろと。虫けらに比する命の軽さよ。この名を呼ぶことさえ貴様らは百年願え。我は永劫の王よ。我の先に王はなく、我が後には紛いのみ。終わることなき我が祭壇の儀式を崇め続けることだけが貴様らの――アーチャー、この世界と貴様の理念、不愉快だが不透明ではない。ゆえに、我が全霊の一撃をもって葬ってやる。聞け、この大いなるウルリクルミの歌を」

 見ただけで仕組みを悟れるこの私でさえ、中身が見えない。皮肉なことに、見えないからこそその剣の正体が判然とした。

 世界を切り開いた創世の鋸が、毒ガスめいた瘴気を撒きながら、駆動する。

「己が無知を痴れ。己が無力に散れ。我が名はギルガメッシュ。我は無敗のみを知る……天地乖離す、開闢の星――“エヌマ・エリシュ”――!」

 黒い波動が振り上げられる。宇宙を削ぎ取った圧力が、振り下ろされるその最後の瞬間、真っ白な閃光がほとばしったのを私は感じた。

 白。滲んだ白に向け、私は手をかざして叫んだ。

「熾天覆う七つの円冠――“ロー・アイアス”――!」

 後方から、流星は私を追い越した。駆け抜けていく彼女と、私の目が合うことはないというのに、どうしてそんな気になったのだろうか。私は、悲しさを覚えたというのか。

 花開いた七つの守りを頭からかぶって、蒼白い輝きに桃で水彩したような滲みが濡れる。

 騎英の手綱――“ベルレフォーン”――と、ライダーは喉をからした。

 

 

 

 固有結界は、宝具の激突に耐えられずに崩壊した。

 無傷なものは誰もいなかった。ギルガメッシュは、こちらを詰まらなげに一瞥した後、声もなく立ち去った。

 滲んだはずの白は、もうどこにも残っていなかった。

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