赤い弓の断章   作:ぽー

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第三話

 しん、とした部屋で、先に口を開いたのは彼女だった。

「えーと、どうなった、のかな?」

 彼女に聞かれるより先に、自分の状態のチェックを始めていた。魔力、構成元素、レイライン。どれも異常はないが、違和感がぬぐわれない。私は目に魔力を透して身体を見下ろした。

 薄く、煙るような魔素。

 身体に、令呪の渦を感じている。赤い螺旋状のものが、くるくると私の全身を取り巻いていた。

 令呪の発動は、何かの間違いだった、というわけではなさそうである。

「えーと……とりあえず、場所移るわよ。戦地じゃあるまいし、こんな崩れかけの部屋で話もなにもあったもんじゃないもの」

 言って、二人して部屋の惨状を確かめた。

「なるほど。君の口から初めて賢明な意見がでたな。無論賛同だ。綺麗好きでね。この部屋は正直見るに耐えない」

「誰のせいよっ……まぁいいわ。どうせ後で泣きを見るのはあなたなんだから」

「む。何か言ったかね?」

「いいえ? ちゃっちゃと行くわよ」

 階段を上がり、彼女の私室に入ったときには、今の状態のおおよその部分は把握することができた。同じくらい、このような無謀な命令をその場限りの勢いで発した、新たなマスターの無謀さ加減も、大体掴んだつもりだ。

 本来の令呪の働きとは、命令の持続時間に反比例して効力が決定する。より瞬間を限定したときにこそ、術者とサーヴァントの能力を相乗した、未曾有の技を達成する秘儀である。

 だからこそ、「術者の命令に服従せよ」などという永い期間常に作用する命令は、毛ほども意味を持たない愚鈍なものなのだが、彼女の魔術師としての力量が、常識を覆した。

 赤い螺旋は、彼女の命令に従う場合、私の魔力の巡廻を促し、良き衣となって作用する。逆に、命に逆らうようなことになればギチリと収縮して私の動きを鈍らせるだろう。それは、本来ならあり得ない状態なのだが、それも全て術者のキャパシティでどうとでもなる、ということだ。

 彼女は私の説明に、やや納得がいかない風だが、それでも一応の頷きを見せた。

「じゃあ、わたしのさっきの令呪は無意味ってこと……?」

「……通常ならそうなのだがな」

 不意に笑みがこぼれてきた。なんとも、嬉しい誤算というものは起こるものである。

「どうも、君の魔術師としての性能はケタが違ったらしい」

 この体を充満させる濃厚な魔力。私の全知全霊を発揮させるに足るその量は、非常に満足できるものだ。思わず口元の笑みが戻らないほどに。

 レイラインより流れてくるその膨大さは、通常の魔術師が全く問題にならないほどで、一つの地脈とダイレクトに接続しているのかと錯覚してしまうほどである。

「ケタが違ったって――もしかして。ちょっと貴方。自分が今どんな状態なのか、正直に話してみなさい」

「ああ。誤算というのはそれだ。先ほどの令呪では、“少しはマスターの意見を尊重しよう”という程度の心変わりにしかならない」

 もしそのとおり――意見を尊重しようという程度の令呪の縛りであったならば、口をきけない状態にでもして私一人が戦う予定だったのだが。むしろ強い縛りを感じている。マスターの意向にそぐわない動きをするならば、気持ちが進まないどころか、スキルのランクが一つぐらい落ちてしまうだろう。

 それもこれも、目の前の少女の膨大な魔力貯蔵、それを扱う才、決定的な意志力あってのことだった。

 そのどれもが魔術師として大成するために不可欠な要素である。私は告げた。

「前言を撤回しよう、マスター。年齢は若いが、君は卓越した魔術師だ。子供と侮り、戦いから遠ざけようとしたのは私の過ちだった。無礼ともども謝ろう」

 頭を下げた。素直に、頭を下げてもいいと思えた。その力量に感服したといってもいい。

 ただの一つのみを追求するしかなかった愚かな私とくらべ、彼女はあらゆる秘儀を使いこなすことの出来る、稀代の魔術師となるであろう。未だ到達出来ぬ奇蹟の類にまで、手を伸ばすことが出来るかもしれない。

 可能性に満ちた若さというのは美しい。いつか、いまだ眠れる数々の力たちが咲きほころぶ姿は、きっと花のそれに似て美しいものに違いない。

 不意に、死んだはずの記憶の欠片が疼いたような気がした。

「え――ちょっ、止めてよ、確かに色々言い合ったけど、そんなのケンカ両成敗っていうか……」

 彼女が慌てて手を振った。そういわれて従わない理由もない。

「そうか。いや、話の解るマスターで助かった」

 いいつつ曲げた体を正す。

「……なんか、切り返し早いわねアンタ」

 素直な私の態度にまだ不満があるのか、彼女は口を尖らせて言った。

 ふ、と笑った。やはり誰かに似ているような気がしたのだ。

 私の記憶は死んでいる。ならば彼女を、忘れた誰かと比べるなどということは止めよう。心なしか浮かれているのかもしれない。

「なに、誤算は誤算だったが、嬉しい誤算というやつだからな。これほどの才能があるのなら、君を戦いに巻き込むことに異論はない」

「え――じゃあ令呪抜きで、私がマスターだって認めるのね?」

「無論だ。先ほどは召喚されたばかりで馴染んでいなかったが、今では完全に繋がった。魔術師であるのなら、契約による繋がりを感じられるだろう」

「契約……?」

 彼女は自分の手の平を見やった。マスターになるということは、己の魔力の何割かをサーヴァントに供給し現世にとどめておかなくてはならない。初体験の少女には負担が大きいかもしれないと思ったが、その能力を考えれば下らない杞憂に過ぎないだろう。

「魔力提供量は十分だ。経験的に問題はありそうだが、君の能力は飛びぬけている。普通の魔術師ならば、サーヴァントを召喚した瞬間に意識を失っているだろう。だというのに君は活力に満ちている。先ほどの令呪といい、この魔力量といい――マスターとして、君は間違いなく一流だ」

 言うと、気恥ずかしいのか彼女はあさっての方を向きながらぶつくさと呟く。なに、そのあたりでやはり少女なのだと思う。

 やがて、気をとりなおしていう。

「……で? 貴方、何のサーヴァント?」

「見て判らないか。ああ、それは結構」

 私の服装を見て、すぐに弓を扱う者だと判らないのは、せいぜい年相応に考えれば仕方ないかもしれない。一般常識に関しては不問にしようと思う。あくまで魅力的なのは、魔術師としての才だけなのだから。

「……分かったわ、これはマスターとしての質問よ。ね。貴方、セイバーじゃないの?」

「残念ながら、剣は持っていない」

 言うと、本当に残念そうに彼女は眉根を寄せた。口元に手をあて、何事が考える。

 むっとなる。アーチャーはお呼びでないとでも言うのか。

「……ドジったわ。あれだけ宝石を使っておいてセイバーじゃないなんて、目も当てられない」

 む。

「悪かったな、セイバーでなくて」

「え? あ、うん、そりゃあ痛恨のミスだから残念だけど、悪いのはわたしなんだから――」

 しかもその上、このアーチャー召喚が『痛恨のミス』ときた。

 これはいよいよ、私の沽券に関わる発言である。英霊としてであれ、男としてであれ、目にモノを見せねば落ち着かない。

「ああ、どうせアーチャーでは派手さにかけるだろうよ。いいだろう、後で今の暴言を悔やませてやる。その時になって謝っても聞かないからな」

 睨み付ける。ははぁん、と小悪魔的な笑みを浮かべて、アーチャーにはあまり興味のないマスターは言った。

「なに、癇に触った、アーチャー?」

「触った。見ていろ、必ず自分が幸運だったと思い知らせてやる」

「そうね。それじゃあ必ずわたしを後悔させてアーチャー。そうなったら素直に謝らせて貰うから」

「ああ、忘れるなよマスター。己が召喚したものがどれほどの者か、知って感謝するがいい。もっとも、その時になって謝られてもこちらの気が晴れんだろうがな」

 ふん、と鼻で笑う。そのときになったら、それこそ腰でも抜かすがいい。

「まあいいわ。それでアンタ、何処の英霊なのよ」

 自然に開きかけた口を、私はつぐんだ。

 現界の際、そのプロセスの混乱によって私の記憶にも欠落が生じた。

 欠落、というよりはまだ記憶が召喚されきっていない、という方が適切かもしれない。

 私の本体というのは英霊の座に保存されていて、その中の本質をコピーしたものが、現世にダウンロードされている。だからいずれ、今はまだはっきりとしない記憶も鮮明に甦るであろう。

 反面、しっかりと残っている記憶もある。ただ彼女にそれを言っていいものか。言うならばどこまで言うのか。

 この時代、場所、いやここが日本だと、そして私の死よりおおよそ百年前後する時代だということは、家具やその他の装飾品で分かる。

 近い。可能性はあるのだ。私が、私の目的を果たすに、限りなく近いという可能性がある。

 聖杯の力を借りずとも、願いを達成させる可能性があるということは、私の一つ一つの発言がそれぞれ重大な分岐ということだ。

「アーチャー? マスターであるわたしが、サーヴァントである貴方に訊いてるんだけど?」

 焦れたように眉根を寄せるマスター。私は慎重を期することを選択した。

「――それは、秘密だ」

 私の素性に関しては、白を切る。

「は……?」

「私がどのようなモノだったかは答えられない。何故かと言うと――」

「あのね。つまんない理由だったら怒るわよ」

 つまらない理由。不意に、つまらないという言葉を私の目的に当てはめてみた。

 ――英霊となった男が、英霊を止めたいがために過去の自分自身を殺害する。

 その理由が、つまらないかどうか、私には判別できない。ただ、ひどく矮小なことには違いない。私利私欲だった。醜い辻褄あわせ。

 しかし、それでも、砕け散った夢と――いや、妄想だった――憧れた世界と――血塗られていた――積み上げるはずの幸せと――積み上げたものは骸――それら全てを、過去から未来にいたる全ての過程で、清算すべきだという思いだけは、覆る気がしない。誰が為に。我が為に。

「何故かと言うと、自分でも分からない」

 あらゆる危険を冒さない。ただの一つの取りこぼしもしない。

 私は、私の願いを叶える為に現界した。聖杯はマスターのみならず、守り戦ったサーヴァントにも願望達成の権利を与えるという。いいだろう。今回召喚された聖杯が、アレと違って真に願いを叶える物ならば、私は輪廻の回転から逃れることができる。しかし今、そればかりが方策ではない。

 この部屋の造りや、素材、さらには世界に漂うマナの匂いに至るまで、私が生前暮らしていた時代、西暦二千年付近のものにひどく似ている。場所も、日本だ。

 昂る。聖杯を手にいれれば問答無用、叶わなくても次善の策がある。

 これは機だ。率としては、決して低くはない。私は目的を成す、チャンスを得たのだ。

 戦い。いつからか、この目的のためだけに私は、剣を振っていたのだから――

 分からない、という私の言葉に案の定彼女は怒号を上げた。

「はああああああ!? なによそれ、アンタわたしの事バカにしてるわけ!?」

「……マスターを侮辱するつもりはない。ただ、これは君の不完全な召喚のツケだぞ。どうも記憶に混乱が見られる。自分が何者であるかは判るのだが、名前や素性がどうも曖昧だ。……まあさして重要な欠落ではないから気にする事はないのだが」

 慎重に言葉を選んだ。マスターに疑問を持たれ、思い出せ、と意識を持って言われたならば、身体に令呪の縛りが適用されて告白せずにはいられない。それだけは何としても避けねばならない。

 といって全て嘘というわけでもなかった。事実私はおのが名前を失念している。思い出せない、とはいってもせいぜい『喉の辺りはまでは来ている』というやつで、いずれ思い出せるに違いないが、それは伏せることにした。

「気にする事はない――って、気にするわよそんなの! アンタがどんな英霊が知らなきゃ、どのくらい強いのか判らないじゃない!」

「なんだ、そんな事は問題ではなかろう。些末な問題だよ、それは」

「些末ってアンタね、相棒の強さが判らないんじゃ作戦の立てようがないでしょ!? そんなんで戦っていけるワケないじゃない!」

「何を言う。私は君が呼び出したサーヴァントだ。それが最強でない筈がない」

 真っ直ぐにいった。私のセリフが意外だったのか、彼女は喉を詰まらせた。

 これもまた、嘘ではない。サーヴァントはマスターの器に満たされる分の存在しか、呼び出されることはない。仮に呼び出されるとしても、英霊と縁の深い代物を供物として補助適用した場合である。そんなもの使ったとして、実際に戦闘が始まれば術者のキャパシティを越えることを避けたことにはならない。

 彼女の能力を超える存在というのも、私には居るとも思えない。実際そう信じさせてしまうほどに、目の前の少女の力は真実なのだ。

「……ま、いっか。誰にも正体が分からないって事には変わりはないんだし……敵を騙すにはまず味方からっていうし……」

 聖杯戦争。間違いなく、先頭には我々が立っている。地力では恐らく他の追随を許しはしない。

 やがて、これから私が従うマスターが、最初の指令を下した。

「分かった、しばらく貴方の正体に関しては不問にしましょう。――それじゃアーチャー、最初の仕事だけど」

「さっそくか。好戦的だな君は。それで敵は何処だ」

 私が言い終わる前に、放り投げられた二つのものを受け取った。

 長い杖のような先に、一直線にそろえられた毛先が並ぶ、そのシルエット。

 平べたく、取っ手が付いており何かをすくうにはかなりの能力を発揮するその形状。

 ていうか、ホウキとチリトリだった。

「下の掃除、お願い。アンタが散らかしたんだから、責任もってキレイにしといてね」

 キラリと、極上の笑みで彼女はいった。

 

 

 

 反論抹殺。

 令呪の縛りを盾にされ、終いにはサーヴァントを使い魔扱いし、結局言いくるめられるような形で、私は渋々居間の掃除をすることとなった。

 台詞を吐き捨て、私は扉のノブを握る。ため息をこぼして一階下の居間へと戻る。惨憺たる部屋の散らかり具合は、どこから手をつければ良いのかすら迷わせてくれる。

「まったく……」

 確かに目前の惨状を作り出したのは自分がこの部屋で現界した衝撃によるものであるのだが、その前に私を呼んだのは彼女だということを忘れているに違いない。

 そもそもが、望んでこの居間に出現したのではなく、術師であるマスターの導きによって現れたのだ。

 この部屋を滅茶苦茶にしたのは不可抗力以外のなにものでもなく、責任の一端どころかそのほとんど以上の部分はこの屋敷の家主の持ち物だということになる。

「……む」

 ぐっと体に負荷が増すのを感じる。令呪がある限り癒されることのない気だるさは、私に拒否の意を持つことを許さない。

 渋々とホウキとチリトリを手にした。もともと綺麗な部屋だったので、ここまで散らかしてしまった罪悪感も実際のところなくはない。しかし行動に踏み切るまでの過程は無視できるものではない、と口に出しながら、ゴミというゴミを消していく。割れたガラスを魔術で修復。呪を唱え、砕けたコンクリートを元に戻していく。

 やがて、部屋が破壊される以前の姿に戻ったときには、もうそろそろすれば空に群青が差し始めようか、という時刻になっていた。

 片付け終えた部屋。私は柔軟なソファーに腰を下ろした。

 ソファーがしなった。音を立てて軋んだ。

「とうとうだ」

 目的を、果たすという、己への盟約。

 幾年月、それを写し、熱で打ち、鋼に鍛え、血で振るい、欠片を毀したのか。悠久の時を彷徨う行為を終局へと導く。数多の骸をこの身は踏んできた。それは罪悪という単語ですら御しかねる行為。正義を履き違えた愚行は、この手で終焉へと切り換える。その機が、今私の手の平の中にスルリと滑り込んできたかもしれないのだ。

 窓を開けた。飛び越える。別段、家に閉じこもれと命令を受けているわけではない。

 土地にはしっかりと結界が巡らされているので、外にでるくらいなら何の問題もない。他のサーヴァントが襲ってくるという確率は、今のところまだ全然低いのだ。いまだ暗い現実世界に、私は跳躍した。

 外に出て、屋根から屋根を伝い屋敷の上に立つ。静かに考えた。街並みに、見覚えがあった。思い出すためにかかった時間は、決して短くはなかった。冬。寒くはない。そうだった、冬木の季節は、いつも優しかった。

 電柱が立ち、民家の屋根にはアンテナがある。遠く地平の道程には、高くそびえるビルディングが列を成している。

 衛宮士郎が、生きた町だった。呼吸を静かに繰り返した。決して乱さないように、何回も吐いては吸い、吐いては吸った。

 衛宮士郎がここにいる。私はとうとう、たどり着いた。まさか、という気持ちがある。信じがたいという思いもあった。しかし予想より感慨は少ないものだった。頭には白々とした空白が浮かんでは消えた。

 西暦二千年付近の冬木市。おそらくその推測に間違いはない。いくつか欠落した記憶のせいで、曖昧な箇所も見られるが、事実を目視にて確認したので、元々在った知識は、根源より急速にダウンロードされる。

「だが、磨耗していることに違いはない」

 私に記憶などというものは残っていない。脳などに記録されるような儚く脆弱なものは、血みどろの星霜を歩く間に全て死んでいった。

 だから、推測でしかものを考えることができない。もし仮に私の推理が的を得ていて、真にここがそうならば、やはり私は僥倖を手にしたということになる

 衛宮士郎。正義の味方になりたい未熟な魔術使い。

「くっ」

 目前の事実に実感した。

 腹の底がぶるぶると震えて、そのあまりの激しさに私は耐えることが出来なかった。空白は、溶岩の熱に霧散した。

 全身全霊で、私は笑い声を上げた。

 呼吸のたびに体内に取り入れられる酸素という酸素を、全て私は笑い声に変えて口から吐き出した。

 怒号のような、嗚咽のような笑いであると、自虐的に感じた。しかし誰にもこの歓喜を妨げることなど出来ない。

 悲願であった。いや、願いなどという生ぬるいものではない。怨念。妄執。呪い。血と怨嗟をノミにして削った、正義の味方などという臭い臭い呪縛を断ち切るために、私は今まで在ることに耐えられた。

 とめどない笑いに喉が焼け付けを起こした。けれど嬉しくて嬉しくて私はまだまだ笑い続けた。

 これを僥倖と呼ばずになんと呼ぶ。ここに現界した私が何度目の私かは想像することもできないが、果てしない道程であった。確率論を用いるならば、必然とも呼べるかもしれない。いずれにしろ、私の興味は今この瞬間に、奴と同じ空気を吸っているということだけだ。

 聖杯戦争におけるアーチャーというクラスで存在を果たしたのは予想外だったが、しかしこの推測が的を射ているのだとすれば、取るに足らない誤差でしかない。

 どう殺してくれようか。背中に背負った全ての死体をぶちまけて呪ってやるのもいい。貴様の全ては無駄と無力を培うことなのだと絶望させてもいい。聖杯など用いずとも、この手であればどうにでもできる。

 朝日が近い。

 夜はいつでも暗いが、果たしてこの時代の空は何色をしているのだろうか。赤い空も、いつまでも暗い空も見てきた。ここが私の生身のころの世界なら、見失ってしまった青い空に再び会えるかもしれない。

 腰を下ろした。私は屋根の上に座っている。決して、骸の山に腰を下ろしているわけではない。しかしどうにも、その錯覚は脳裏を離れてはくれない。尻の下は、冷えた肉の肌触りに似ていた。

 しかしそれも終焉を迎えるであろう。此度の聖杯戦争を置いて、もはや私の目的を果たす契機は二度と訪れまい。

 マスターと共に、聖杯戦争を勝利し、前後して私は私の目的を果たす。

 揺るがない。この決意は、どうしようもないほど、私の奥底に根付いているようだった。

 そこまで考えて、私はまだ彼女の名前を聞いていないことに気付いた。

 やがて懐かしい世界が、群青をまといだす。

 

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