赤い弓の断章   作:ぽー

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最終章
第一話


 たくさんの思い出を見てきた。

 わたしは、これが最後の回想であることを知った。正確にいえば、遡及できる記憶としては、最後、という意味。長い長い映画を見終えるときのような気持ちになっていた。

 熱気の中で、命が燃えていた。

 視点が少年の中にもぐっていく。ここにはない体で跪き、うずくまることしか出来なかった。わからないことだらけだった。何か、自分には理解することすら難しい、大きな力が働いたのだということしかわからなかった。大きな大きな力が働いて、みんな壊して燃やしてしまったのだ。世界は少年に絶望を突きつけているのだ。

 命が燃えていく。

 ただそこに建っていただけの家の並びは、軒並み燃え尽き、崩れ、終焉を迎えていた。立ち昇った熱気と煙が、地平を染める赤と混じって、空は病的に澱んだ血液のような色をしていた。平和の終焉である。頭上には、見たこともないような黒い巨塔が聳え、暴力を吐いて捨てていく。

 わたしは吐き気を催した。願いという願いを余すことなく叶えてしまう神聖な器、その欺瞞と虚偽と崩れた神話を目の前にして、わたしは、もう一度少年の心を思った。絶望が少年に与える作用を直視する義務がわたしにはあった。

 少年の中で、何かが終わろうとしていた。そして、壊れようとしていた。

 今まで積み重ねた、なけなしのあらゆる何かが全て消えて、終わって、空っぽになってしまう……そんな危惧さえ燃えて、灰になって、宙を舞って。

 ああ、なんということだろう。少年の内に最早何が残ったというのだろう。それはまさに苦悶を拒む死への備え以外のなんであるというのだ。

 彼にとっての全ての元凶が、今この瞬間であるとわたしは知った。他の何でもない。繰り返されてきたたくさんの殺戮も、家族殺しも、この瞬間が原点であったのだ。わたしは知った。そしてわたしは悲しんだ。

 貴方の中に、何も残らなかったのね。ここにはもう何もないのね。これより以前は、消え去ってしまったのね。

 命、燃えて、過去も消えて、灰になって。

 救いの手が差し伸べられる頃には、しかし少年の中身はすっかり黒焦げてしまっていたのだ。

 燃えた。灰になって、宙を舞って、彼方へ、彼方へ。

 そこに光が射しこむ日は来るのか、命は燃えて、燃えるものすら残らない空の下――だというのにこんなにも綺麗な青空が。人の幸福を無視して美しいままである世界の残酷さが、絶望の断崖の高さを突きつけてくる。

 これで終わり? 全てこれで終わったとしまったというの? 絶望は少年から立ち上がる力さえ奪ってしまったというの?

 

 結末を記した頁を残したまま、わたしは分厚いアルバムを閉じた。


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