赤い弓の断章   作:ぽー

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第五話

 郷愁などという何の意味もない感傷は、すでに塵となってどこかへ消えている。ただの知識というカテゴリに、わずかに名残がこびりついているくらいだった。

 新都、深山、それを繋ぐ橋。街を案内するという彼女に従い、私は戦いに勝利する、その一片の理由に沿って、地理を確かに記録しなおしていった。

 私を過去を生きた英雄と信じて疑わない彼女は、丁寧に一つずつ説明をしてくれる。あまり口を挟まずに耳を傾けていた。町は、何の力も持たないが、彼女の言葉は少なからず私の内に、心地よいものを落としていく。ただ、それを郷愁と呼べるかどうかは曖昧だった。

 午前中通して歩き続け、やがてやってきたのは新都の中心で死にきれずに残っている、灰色い大地の公園だった。

 寂寂と、だが確かに呪いで汚染されたこの土地を、凛は静かに説明した。十年前の火事。聖杯戦争決着の地。死と死。屍と屍。

 ともすれば、感慨と呼べる感情も沸き起こるのではないかと、私は思いを馳せてみたが、やはり甦るのは知識だけでしかなかった。考えてみればそれも当然のことだった。衛宮士郎という人間の、最初の運命が交叉した地であれ、すでに衛宮士郎という人間は五体余すことなく死んでいる。歩く屍が、生前の痛みを呼び起こそうとはまさに短慮の至りだ。

 命が燃え、命が昇っていった。土地はどこまでも不毛。怨の字で描かれた空間の構成は、少なくとも以後百年にわたって消えることはない。だがたかが百年。せいぜいそれぐらいは消えずに残るもの。それが、不毛な死、というものだ。

「気づいたみたいね。そうよ、ここが前回の聖杯戦争決着の地」

 正義の味方という願い――呪い――を残した男の、末路を決定付けた土地。私は適当に受け答えを続けながら、かつて何より変えがたかった男の面影を思い浮かべようと意識した。不精な癖。人懐こい笑顔。ただ自分の死を意味あるものにしたいと願う、儚げな目の色。

 なにも、甦るものはなかった。夢想に生きた男は、私の中でさえ、望みどおり夢想に成り下がっていた。

「痛っ……!?」

 やりとりの最中、不意に彼女が呻いた。

「――凛?」

「……ちょっと、黙ってアーチャー――誰かに見られてる」

「む」

 彼女の、紐のような意志が編まれていくのが見えた。急速に繁殖する芝生のように、魔力の網は四方を走り索敵を開始する。

 しかし公園じゅうを覆うほどの広い網でも、ウォッチャーは見つけられないらしい。

「アーチャー、貴方は?」

 私は授かった「鋭い鷹の目」を向けた。四方さらに四方。かなりの距離まで視線を伸ばしてみても、敵意を感じなかった。少なくとも、今彼女が察知している視線はサーヴァントのものではない。

「私には視線すら感じられん」

「ってことは、見てるのはマスターね」

 ふん、と鼻であしらう。相手がすでに自分より矮小なのだと、言わんばかりだ。

「令呪は令呪に反応する。マスターであるのなら、誰がマスターであるかは出会えば感じられる、ということか。だが、それなら凛にも相手が識別できるのではないか?」

 ええ、とうなずきながら彼女は口を尖らせた。

「高位の術者なら、自分の魔力ぐらい隠しとおせる。いくら令呪同士が反応するっていっても、その令呪だって魔力で発動するものよ。大本であるマスター自身が魔術回路を閉じていれば、見つけることは難しいわ」

 つまりこちらは情報を得れないが、相手には筒抜けということだ。

「厄介だな。では、こちらはいいように位置を知らせているということか」

「でしょうね。ま、私だって家捜しすれば魔力殺しぐらいは見つかるだろうけど」

 凛は、すんと肩をすくめて心底どうでも良さそうにいった。

「必要ない、と?」

「そ。だって隠さなければ向こうからやってきてくれるでしょう? こっちから出向く手間が省けるわ」

 私は思わず笑い出しそうになるのをこらえた。

 まったく、相変わらずの胆力だ。思い出すまでもない。遠坂と書いて自信と読む。彼女は、いつまで経っても相変わらずだ。

「なによ。自信過剰はいけないって言いたいの?」

「まさか、君はそのままが一番強い。ああ、小物には付きまとわせてやるがよかろう」

 こらえ切れなかった笑いが、口元にやや漏れてしまった。それは、彼女の胆力もそうだが――いつかのように――私の言に顔をやや赤らめたからでもあった。そういえば彼女は、途方もなく強いくせに、変なところで恥ずかしがっていた。心が揺れる。なにげない仕草でさえ、古い想いが容易く甦る。

 いつかのように、遠坂凛が隣にいるという、信じられない奇蹟が、今ここに。

「ふん。そんなの、貴方にいわれなくたって百も承知よ。行くわよ。さんざぱら振り回してやるんだから」

 大股で歩き出すマスターに、私は考えを打ち消して背後に寄り添った。

「さんざぱらもいいが、一体どこにいくんだね」

「とりあえず、地理を把握するという当初の目的を曖昧にはできないわよね。でも、覗き見が趣味の変態野郎が同行者に加わったんだから、ただ回るというのも優しすぎると思わない?」

「まあ好きにするがいいさ」

 ちゃんとついてきなさいよ、とは私にいったのか。それとも、未だ姿を現さぬ観察者に言ったのか。

 彼女と私、さらに追跡者を混ぜると合計三人で、新都の街をグルグルと歩いて回る。

 霊的には西の深山の方が優れているが、こちらのほうが発達しているだけあって人は多い。その中でも最もポテンシャルの高い丘に向かった。冬木教会。いけ好かない神父がいるところだと、凛はいって坂の途中で踵を返した。そこには一人の男がいる。記憶には残っていないが、その奥にある私の結晶部分に、深く傷をつけたまま消えない男だった。その現象はトラウマに近い。症状は、私が壊れるのを少し促進したという程度だった。

 オフィス街に戻った。立ち並ぶ大きな建物の中で凛が選んだのは、その中でも特に大きなデパートだった。エレベータは使わずに、階段を上ってやってきたのは四階の婦人服売り場である。

「なんだねここは?」

「なにって、服よ。私が生きた時代には服屋なんて無駄なものはなかった、なんていわないでしょうね」

「いわないが」

「じゃあ黙ってなさい」

 ふんふん、と上機嫌に商品を手に取りながら、値札をみては渋々元に戻す。私は意識を周りの群衆の中にひたすら向けていた。襲撃はいつ起こるかわからない。聖杯戦争はまだ正式に口火を切っていないといえ、実際敵対するマスターがこちらの存在には気付いているのだ。余裕を持てる状況とはいえない。

 凛はしばらくゴタゴタと買い物客にまみれていたが、特に物を買うこともなく階段のほうに足を向けた。五階の電気店。六階の家具店。どれも皆、適当に品物を手に取っては戻して、ウロウロと人ゴミを選ぶように歩いて回る。合計一時間ほど物色を繰り返し、階段の踊り場で人がいなくなったのを確認して私は物質状態に戻った。

「演技ももういいだろう」

 凛は、ペロリと舌を出していう。

「やっぱりバレてた?」

「演技というよりは、まぁ逆に品定めをしてやったといったところか」

「そうね。あんなところで戦闘を仕掛けてくるやつがいたら、真っ先に死ぬタイプの馬鹿だし、下調べを強行したくて近づいてくるようならご尊顔を拝してやるところだったし」

「襲撃されてたら、どうした?」

「あ、大丈夫。ないと知ってたから。ていうか信頼かな。魔術師は闇に生きる。聖杯戦争に挑むくらいだから、その面だけは敵とはいえ信頼したかったの。もちろん、アーチャーの強さにもある程度の信頼はあるわよ」

「私はともかく、どんな類のものであれ敵に期待を抱くべきではない。妙な楽観はこれっきりにして欲しいものだな」

「わかってる。これが人間遠坂凛の最後の甘え。今からは全てを魔術師として徹しきるから、その点は心配しないで」

 とはいえ、私は彼女の甘えが再発するだろうと、妙な確信があった。彼女は決定的なところで、魔術師ではなく人間を選択してしまう。強さゆえの、優しさと甘さ。それと真に決別できるのなら、彼女は遠坂凛ではなく違う人間だ。遠坂凛ほどの、人間を私はいまだ知らない。

「ところで、一つも買い物はしないのかね」

「ええ、なんだかイマイチだったから。それに本当に買い物したっていざとなれば邪魔だもの」

「正論だな」

「さて、お腹も減ったからご飯でも食べようかしら」

「できればそれで終わりにして欲しいが」

「考えておくわ」

 デパートを出て、人でごった返す繁華街の通りを縫うように進んで店を目指す。到着したのは、オープンテラスになったイタリアンだった。客もそこそこ入っていて、空いているテーブルは一つしかなかった。たったと迷うことなく彼女は腰を下ろす。

「いい雰囲気でしょ?」

「店の奥よりはまだ守りやすいな」

「無粋なんだから」

 注文を済ませると、彼女は手に顎を乗せながら、呟いた。

「サーヴァントは食べないで済むのよね?」

「ああ。霊体だからな」

「ふーん」

「どうかしたのかね?」

「ううん、別に。無駄なことを考えたわ。意味のないこと」

「意味のないことが、無駄なことだからな」

「ええ。心の贅肉、ね」

 料理が運ばれてきた。なるべく早く食べろ。言いたかったが口には出さずじまいだった。冬のオープンテラス。夕方の木枯らしが吹く時間に、彼女が一人パスタを食べる光景は、見ていられないと私に強く思わせた。

 少しだけ、迷ったが私は結局口にした。

「喉が渇いたのだが」

「え?」

「ワインが好きだったような気がする。この時代のものとは少し違うかもしれないが、何か思い出すかもしれない」

「ちょっと、どうしたのよ」

「無駄ではないだろう? オッズは手ごろだ」

 贅肉とは言わずとも、余裕くらいは持っているべきだ。少女を庇うくらいの余裕すらなくして何が残るのだろうか。肉体を持った。周りの隙をついたので誰一人気付いたものはいない。ワイン。注文して、私は背もたれに深く腰を下ろした。ピッツァ。凛が寄ってきたウェイターに続けて言う。ワインで記憶が戻るのなら、ピザで戻ったっておかしくはないでしょう? 確かに、オッズは手ごろだな。二人で言って、私たちは食事をした。

 

 

 

 夜になった。冷え切ることはない冬木の冬を、私は咀嚼しつつ歩いた。あれこれと話す凛に、適当に相槌を打ちつつも、意識の半分はまだ見ぬ追跡者の影に向け、残りは自分の能力の拡張のほどを確かめた。アーチャーのランクとして現界することによって、いくつかのステータスが付随する。単独行動能力。身体能力拡張。魔力へのサーヴィスはなかったが、それでも悪くはない。強力なバックアップが在る今の私に、少々の加算の有無など関係ない。幾たびの錬鉄に耐えうる魔力が、十二分に確保されているのだから。

 風に巻き込まれそうになった。新都のビル。屋上は、山と海から吹き込んでくる風がぶつかり合い、渦巻いて騒がしい。私は、それとなく彼女の盾となるように立ち位置を選んだ。

「どう? ここなら見通しがいいでしょ、アーチャー」

「……はあ。将来、君とつき合う男に同情するな。よくもまあ、ここまで好き勝手連れ回してくれたものだ」

「え? 何かいった、アーチャー?」

「素直な感想を少し」

 これ以上踏み込むのに身の危険を感じ、私は見晴らしがいいものだとあからさまに話を逸らした。ただ、全て見て回った場所なので見晴らしがいいとしても何ら変わりはないのだが。

「なに言ってるのよ。確かに見晴らしはいいけど、ここから判るのは町の全景だけじゃない。実際にその場に行かないと、町の作りは判らないわ」

「――そうでもないが」

 アーチャーのクラスに因る能力補正は、正しく鷹の目と呼べた。生前も目は良かったがこれほどではなかった。

「そうなの? それじゃあここからうちが見える、アーチャー?」

「いや、流石に隣町までは見えない。せいぜい橋あたりまでだな。そこまでならタイルの数ぐらいは見て取れる」

「うそ、タイルって橋のタイル……!?」

 稀代の魔術師。以後、闇の史実に名を残す歴史が賜った一期一会の逸材。そう呼ばれる可能性を孕んだ人間も、今はただの少女だった。目がいいという、ただそれだけのことで無邪気にはしゃぐ可愛い女の子なのだ。私は、その認識が今この瞬間だけのものだと忘れないようにした。迂闊にすればあとでしっぺ返しを喰らうのはこちらなのだ、と内心苦笑いしつつ。

「びっくり。アーチャーって本当にアーチャーなんだ」

「……凛。まさかとは思うが、君、私を馬鹿にしているんじゃないだろうな」

「そんな訳ないでしょ。たださ、貴方ってアーチャーって言うわりには弓使いっぽくないから、つい勘違いしてただけ」

「それは問題発言だ。帰ってから追求しよう」

 こういう鋭さを、才能と呼ぶのだろう。出る杭は叩かれるというが、叩かれることもないほどに高くそびえる杭もある。遥か高みからの視線は、先見的に察するセンス。

 ふと、それは寂しいことなのではないかと。ぽっと浮かんだ疑問はどこにも根拠のない与太だった。正義の味方になりたいとほざき、死んで生き返って殺したり生かしたりと馬鹿げたことをしている男が、どの尺度で彼女を測るのか。仮に死後、彼女がサーヴァントになりうる権利を得たとしても、鼻で笑って蹴り飛ばして踏みにじるだろう。そんなもの、誰が望むかと。やりたいこともやるべきことも、余すことなく制覇したと、彼女は清々しく言って朽ちるに違いない。

 どうやら私は浮き足立っているようだ、と今更に感じる。今日一日、彼女のことについてしか考えていない。死んで久しい。忘れて久しい。日がな一日こんなことばかりを考えるのはとても健康的だと、笑えないジョークさえ浮かんだ。

 いつの間に移動したのか。屋上べりで下界を覗いていた凛から、ただならぬ気配を感じた。

「凛。敵を見つけたか」

「別に」

 ただの一般人だと、言い切って彼女は出口にむかって反転した。私は特に追求せず、その背を追うように霊体に霞み、背後に寄り添った。ビルを下り、人通りが絶えるまでお互い言葉は発しなかった。

 夜は深い。冬ならばなおさら。

 人通りももはや探さねばならない、そんな時刻を私たちは橋を渡って深山へと向かう。彼女の虫の悪さも、それほどの間を置くこともなくおさまったようだ。明るい調子で口を開いた。

「貴方の町はどんなかしら」

「なに?」

「貴方の育った町よ」

 鈍いわね、と言いながら指を振る。

「真名を思い出せないといっても、想い出なんかはそろそろ戻ってきてもいい頃合でしょう。何かないの? 街並みとか、郷戸料理とか」

「ふむ、そうだな。断片的ならば」

 私は霊体のまま意識の目を閉じた。真先に浮かんでくるものの中で、大して問題のないものだけ選ぶのならば、支障はないだろう。甘さだが、想い出とはえてして甘いものだと、さらに自分にまで甘い。

「生まれも育ちも、ここと似たような、街だったような気がする。家族と、友達がいた」

「あら、いたんだ友達。仏頂面に皮肉が得意そうだから、てっきりチベットかどっかで年中胡坐かいてる孤独な修行僧か何かかななんて」

「さて、こんなところだ」

「あ、待って待ってゴメンゴメン」

「いや、謝る必要などない。あいにく修行僧はこれ以上の話のネタを持ち合わせてはいない」

「拗ねたの? もう、貴方も体は大きいのに中身は大概子供ね」

「何とでも言うがいいさマスター」

「ちょっと、冗談じゃない」

「なに、どうせまだまだ子供の君に私の深遠な人生など理解できまい。言うだけ無駄というやつだ」

「ちょ、ちょっと! こ、子供ってなによ!」

「意味を教えてほしいのかね? 君は精神的には大概成熟しているが、いかんせん肉体的に少々発育が滞っているようだ。その点に関して私は幼いのだと指摘しているのだが」

「ええい、大きなお世話よ! こら、霊体じゃなくて影を出せ! あんたふんじばって地下に放り込んでやるんだから!」

 ふざけて、笑いながら人なき道で立ち止まった。うーん、と凛が背筋を伸ばす。やはり疲れているのか。

 私は聞いた。

「しかし何故だね。私の記憶違いは物理的なものなのだからこんなセラピーじみたものは意味がない。歩き回って具合でも悪くなったのかね」

「あ、そんなわけじゃないのよ。ただちょっと嫌なやつ見ちゃって。なーんか、そいつ目にすると、変に素朴な疑問が気になっちゃったりするのよね。そいつちょっと病んでる奴だから」

「ふむ」

 さて、とちょっと大きく息を吐いて、凛は歩を改めた。

「こんなところね。町の作りはだいたい判った?」

「……ん? ああ、町のことなら判る。あとは追々掴んでいくさ」

「なら今日はここまでね。わたしもまだ本調子じゃないし、家に戻って休みましょう」

 道はもう深山の中心。最後の坂さえ上れば遠坂邸が見えてくる。

 と、前方に人影が見えた。途端に凛は物陰に体を隠す。

「凛。何を隠れている」

「黙ってて! ……あ、うん、あそこにいるの知り合いなのよ。今日は学校を休んだし、あんまり顔を合わせたくないの」

 聞きつつ、私は視線を延ばす。人影は、間桐桜だった。忘れもしない、凛に続くもう一人だった。

 湧き上がるものが、ともすれば凛を凌ぐほどに膨大だったが、その横にいる人物を視野に収めると途端に消し飛んだ。

 金の髪。黒く纏わりつくような魔力。

「凛、知り合いとは外国人の方か?」

 嘘は、時代を渡り歩く中で身につけたもののうちの一つだ。凛は私の嘘に素直に首を振る。

「いいえ、知らない。このあたりは洋館が多いから、どっかよそから遊びに来てるんじゃない?」

 二人は話し込んでいる。というよりは、男が一方的に言い寄っている状態に近い。

「アーチャー。あいつ、人間?」

 やはり高きに居る者だ。私はそう聞かれるのを予想し、準備していた白々しい嘘を吐いた。

「さあ。実体はあるから人間なのだろう。少なくともサーヴァントではない」

「……そうよね。マスターでもないし、ただの痴話喧嘩か」

 サーヴァントではない。英雄王ギルガメッシュ。全ての始祖。始祖王。一の具現は、禍々しいもので作られたように、辺りまで侵すほどの瘴気に姿かたちが霞んでいる。私の貯蔵されている剣のほとんどは、この男の所持するものどもの模写である。力に迷い、ギルガメッシュを紐解いた頃もあった。真贋という、まるで陰陽のように私と男は領域を明白にわけあっている。不可侵。不条理。不認識。不定義。その狭間が埋まることは永遠にない。

 やがて決着はついたのか、桜は坂を上って行き、男はこちらへと向かってきた。

 言もなく通り過ぎた。

 だが聞こえた。神代に生きた半神半人の男は小さく、霊体の私にだけ聞こえる小さな声で呟いた。

 フェイカー、と。


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