眼鏡割れた時ってどうしたらいいの? とりあえずレンズの破片目から取り除けばいいの? そんな感じのことを考えちゃう子が楽園について考えるだけ。

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日常という名の記録、あるいは神話の親和性について。

 結論、人間が許容することのできる哲学には上限がある。

 

 それは人間という存在がどうにもしようのないものであるという証明でもあり、感性を錆びつかせた証明をも兼任する。

 

 緩やかに開き始める扉が支える、物語の視点───それは、いかなものであろうか。

 

 そんなことを考えながらぼくは小さく机を指で叩いた。

 

 ただ、煤けて闇が喰んだずたぼろの楽園のことを、今でも頭のなかで思い出しながら。

 

 

 

 

 楽園に入り込んだ日のことは今でも覚えている。

 

 いや、それが楽園であったのかどうか、さだかではない───楽園の定義は、人の中にあるとすれば、はて。それは各々の哲学であると言えるのだろうか。言えたとして───その哲学を許容するほどの空が無ければ、結局それは強要にすぎないのかもしれない。

 

 教養というものを強要する社会では理解できないだろう、その楽園は、間違いなく自分の感性でいえば楽園だった。しかし直感ではなく直観で考えれば、それは楽園ではない。

 

 むしろ地獄に親しいのだと思う。

 

 さて、踏み込んでしまった楽園という一部分で、その入口に座する扉の真ん前で、立ち往生しているわけにもいくまい。ぼくはゆっくりとその扉を開いた。

 

 そこには星がある。自分が宇宙と化したような場所だった。ああ、このままここにいればきっと自分も楽園の一部になれる。なれると思って、ぼくはしかしそこを通り過ぎた。

 

 そもそもぼくという人間は会話が得意なほうではない───その、会話の仕方さえ錆びついた。人間というものは必要ないものを凍てつかせて、必要なものをゆっくりと研磨する。必要ないものを研磨させるのは……それは、砥石と労力の無駄だろう。

 

 そもそも砥石とはなにかを考えたとき、優秀な砥石であれば、いかな刃をも鋭く鍛え上げられることを思い出した。しかし安物の刃はすぐに切れ味が鈍る。そして折れる。

 

 さて、こう考えた場合、これを人に当てはめた場合、どうなるだろうか? 答えはキミが見つけるべきだ。

 

 いや、もともと『たとえ』とは相手に現実を突きつけたときに、相手がすんなりと飲み込みやすいという理由から、相手を納得させやすいという理由からできるものだ。だからこの『たとえ』を、ぼくの口から解説させてもらうと(この思考は口を通して発されてはいないが)、だ。

 

 まずこの砥石を指導者。刃を才能とする。

 

 優秀な指導者であれば、この刃を一流に仕立てあげることができる。しかし、この刃はすぐに鈍るし、折れやすい───天才(名刀)には敵わない。

 

 ならば根本、才能がない人間は才能のある人間に敵わないのではないか? あまりにも不平等ではないか? と思うことだろう。しかし、この世界ではだれもが名刀を持っている。だれかが羨む名刀を持っている。それを錆びつかせてしまうのは、遣い手()次第だろう。

 

 ろくに研いでおらず、ぼろぼろの状態の名刀が丁寧に時間をかけて研がれ続ける刃に叶うわけがないのだ。だが、それに気づかない人間のほうが多い。悲しいものだ。ぼくは思う。

 

 ()は自分の才能を自覚しない。それにカテゴライズされる以上ぼくもまた然り、だ。

 

 才能を見つけるのは()ではない。それを傍から見ている人間だ。

 

 結論を言おう。

 

 才能を作るのは周囲の環境だ。

 

 今非才だと嘆いているものも、今凡人だと昏れているものも、結局始点は変わらない───母の胎。生まれたときはみんな変わらない。

 

 人は永劫に彷徨える旅人なのさ。

 

 生まれてきた君たちに、きとたを抜いて産まれた(未知)に、縮尺された祝福を。

 

 愛憎よりも愛情よりも愛そうと言う愛想が。

 

 それが一番大切だと、キミが気づく日まで───弓が、今日もまだ飛び交う。

 

 楽園と言う名の宇宙を泳いでいるのだ。

 

 きっといつまでも、遠い日を思い出して、あるいは待ち望んで───そうして、生まれてきた日と死んでゆく日が、一点に交わることを楽しみにしているのだ。

 

 輪廻が肯定する胸底に沈む協定について。

 

 あるいは、散々にさんざめくさざなみについて。

 

 キミを撃ち落とした日の物語は、いつまでも続くよ、なんて歌ってみたりして。

 

 ……ああ、こんな言葉を知っているかい? 『幽明界を異にする』。ぼくはどうにも、この言葉を好かないのさ。何故かって?

 

 死んでも人と人を繋ぐ紐は切れないからさ。よくもまぁ言い切れるもんだ、とぼくも思うけれどね。

 

 ───おっと、ここは楽園だったね。これ以上の迂闊な発言は危険かな。

 

 そう呟いてみて、楽園の海を、あるいは記憶の水槽の中を揺蕩っている自分を把握する。ゆっくりと、指先まで自分という意識を展開して、体を動かしていく。

 

 楽園の歌が耳をうつ。心地いい。心地がいい。けど、これに聞き惚れてしまうと、末端から体が崩れ落ちるだろう。楽園とはそういうものだ。楽園はそんなものなのだ。

 

 ぴったりとくっついて離れないのは地獄がそこにあるという感触。相殺しているのは楽園という名の安心感。

 

 ただ揺蕩うだけの人生は、楽園が肯定する一つのカタチ。度し難いこころの警鐘が、軽症であることを示している。……? ? ? はて。

 

 ああ、いつまでもここにはいられないということか。

 

 喉に残る熱を吐き出しつつ、ゆっくりと水から体を起こした。浸かっていた、その水の感触が消え失せたことで、わずかな呆然に、その水に依存するように、すがりつくように浸る。

 

 さて。体を持ち上げた。ぼくは小さく、濡れた体を、服を見下ろす。肌が透けてしまっている。自分の細すぎる体はそんなに好きじゃない。

 

 楽園を追放される時間はもう少しかな……、なんて思いつつ、ぼくはここまで、記憶という名の楽園に浸かっていた。けれどもそれはもう終わりを迎えたらしいから。

 

 起き上がる。

 

 立ち上がる。

 

 そうして世界は蒸散するんだって。

 

 

 

 

 青い地面に空は見事にきれいな緑。上下左右が真っ逆さま。おどろきに体を倒してみたら、惹かれるように上へと落ちた。そいつはなんとも奇妙なことだ。ぼくは驚きから弾け飛ぶ。溢れたわずかな血液から、ぼくはひよこになって、そのひよこが爆発してぼくになる。

 

 上映はとうに終わっている。また続く因果が美しく鳴いた。3回回って? 散開! って廻って?

 

 軋轢の記憶がゆるやかに死んだらしいから、ぼくはテレビに釘付けになる。水面に映るキミの顔は、やけにぼくのような顔をしてた。

 

 れっきとした、円満な物語だ。キミが踊って、ぼくが歌った。キミが綴った世界を歌ったんだ。それだけで幸せになれたんだ。

 

 生まれてはじめてのことだったんだよ?

 

 永遠の記憶だ。ずっと忘れようとしないぼくは、今日も記憶の水槽にあるんだろう。

 

 ───ああ。楽園の話だっけ?

 

 あんなのはただの記憶の再臨に過ぎない。過去にすがりついていては、人間は何れ終わってしまう。だから、あんなのはいつまでも終わらない、昔の記憶。

 

 さて───ここらでいいだろう。

 

 キミたちはなにを以て、どうやって物語の結末を定めるのかな? どうやって幸せだったか、不幸だったかがわかるのかな?

 

 そんなの、当人にすらわかりやしないのに。

 

 まぁ……だから、これがぼくの回答だ。

 

 いつまでも過去にとらわれて、あるいは夢にとらわれて、ぼくという人間をいつまでも前へと進ませられない、ぼくという人間の───あるいは■■ ■■という人間の答え? ■■って人間の、つまらない人生の証拠かもしれないよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽園の話をしよう。

 

 ぼくらが34”めた人333311だとかがそっくりもんだと2定しよう。

 

 だれも、なにも考1111なければそれが所謂『幸666222な人生』ってや444なんだ8ね。


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