ラウーロさんに憑依   作:須美寿

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第11話

 放心状態になってしまったエルザを前に、俺はとりあえずこの場を離れることにした。偽装の身分証で親子であると証明はできるが、万が一通報でもされたら厄介だ。まあ、クリスマスイブの真夜中にこんな所を通行人が通るとも思えないが、冷え込みも厳しくなってきた。どこか手近な公社のセーフハウスに行くことを決める。

 

 エルザを背負って、車を目指す。

 お姫様抱っこでもしてやりたいシチュエーションなのだが、正直言って義体は華奢な見た目とは裏腹に結構重いのだ。駐車場まではそこそこ離れているのでこのスタイルを選択した。

 

「……真剣に悩みそうだな」

 

 体重について指摘されたらエルザはどんな反応をするだろうかと想像してみる。

 

「ちょっとからかって、怒られる、そんな気安い遣り取りもしてみたいぞ……」

 

 目覚めたエルザとの関係がどうなるかはまだ未知数だが、願わくばそんな未来が訪れますように。

 星空に祈りつつ、俺は車へと急いだ。

 

 

 

 車を1時間程飛ばし、目的の家に着く。複数ある公社のセーフハウスのうち、それなりに近くてあまり利用されなさそうな所を選んだ。

 一応、滞在中を示すサインをドアにしかけ、内側からチェーンロックをかけておく。こうしておけば、よっぽどの緊急事態でも無い限り乗り込んではこないだろう。

 

 エルザをソファに寝かせ、暖炉に火を付ける。

 しばらくすると部屋が暖かくなり、ようやく人心地ついた。

 薪の爆ぜるぱちぱちという音も、気持ちを穏やかにしてくれる。

 

 そうして、エルザの様子をみる。

 涙は止まっているが、目には光が無い。

 

「……エルザ」

 

 呼びかけるが反応は無し。

 目を開けたまま気絶している、のか?

 

「エルザ、エルザ!」

 

 揺すって大きな声を出すが、やはり反応はない。

 嫌な予感が背筋を上ってくる。

 

「……冷たい」

 

 頬を軽く叩こうと触れたエルザの肌は、やけに冷たく感じた。

 

「――どうする」

 

 エルザを毛布で包むと、暖炉の前の安楽椅子に座らせる。

 しかし、これで目覚めるような簡単な事態だとは思えない。

 呼吸が安定しているのがせめてもの慰めだ。

 

 エルザの今の状態として近そうなのは、ラバロ大尉を失った直後のクラエスが思い当たった。

 エルザの心情を考える。俺を殺すか俺に殺されるかを望んで行動し、どちらも叶わなかった。常識的に考えて、そんな事をやらかして今まで通りの関係に戻れるとは思うまい。

 もう二度と会えず、それでも生き続けなければいけない。

 そんな状況下ならば、心神喪失状態に陥ってしまうのも頷ける。

 

 そうであると仮定すると、今の状態のエルザの意識を取り戻させるには、クラエスのように公社で条件付け関係の処置をするしかないという事になる。

 だが、それは選べない。

 公社に担ぎ込んだとして、覚醒処置だけやってもらって後は当人同士で何とかしますんでとはいかないだろう。

 どうしてこんな状態になったのかを聞かれるのは必定だ。

 

 そこで馬鹿正直に「エルザに撃たれそうになったので自分を人質にしたらこうなりました」なんて言ってみろ。

 最悪エルザは廃棄処分。そこまでいかなくても、記憶の消去やら強烈な条件付けの追加やらで寿命をすり減らされてしまう。

 

「何か上手い言い訳はないか……」

 

 俺が性欲を持て余してエルザを襲おうとしたらショックでこうなりました、というのはどうだろう?

 うん、俺が公社をクビになったあと、追加で物理的にクビにされて終わりだな。

 エルザのやったことは誤魔化せてもそれじゃあ意味が無い。

 

「……公社で処置をさせるのは無理だ」

 

 阿呆な事を考えて気分転換を図るも、結論は動かない。

 他の医療機関にかかるというのもできない以上、俺がエルザを目覚めさせる以外の方法はないのだ。

 

 とは言え、一体どうすればいいんだろう。

 俺が習得している医療技術となれば簡単な止血とか心肺蘇生法とかだが、現状では全く出番が無い。エルザの現状は心因的なものだから解決にはカウンセリング的な手法が考えられるが、話が出来ない状態だから困ってるのであってこれまた使えない。

 

 ここで、俺は最近のとある印象的だった出来事を想起する。

 あれはシエナでの狙撃任務から1週間程経った頃、エルザからのスキンシップが増えた辺りの事だ。

 とあるテロリストの拠点の襲撃任務を担当したのだが、下準備の完了からターゲットの予定出現時刻までが数時間空くという事になった。

 朝が早かった事もあり眠気を覚えた俺はエルザに見張りと、何も無くても1時間で起こすように頼むと車で仮眠を取ったのだが……。

 

 

 

 

 

 俺は頬にひんやりとした触感を感じてうっすらと意識を覚醒させた。冷たくて驚いたという程のものではない。むしろ柔らかな感触と相まって心地よいくらいだ。

 寝ぼけ眼をどうにか開くと、視界に金髪のお下げが入ってくる。

 

『……エルザ?』

 

『あっ……、その、そろそろ1時間です』

 

 耳元でエルザのちょっと残念そうな声が聞こえ、頬の感触が離れてエルザの顔が見えた。

 どうやら、頬の冷たい感触はエルザの頬だったようだ。

 

『なかなか斬新な起こし方だな』

 

 こちらとしても気持ちの良い目覚めだったので問題無いのだが、不思議なので言ってみると――、

 

『あの、わたし寒いのが苦手で……。なのでラウーロさんの体温を感じられると落ち着くというか安心するというか』

 

 という答えが返ってきた。

 話によると、俺と手をつなぐのも同じ理由から嬉しいとの事だった。

 ふむ、そういうことなら仕方ない、他に他意はないけどスキンシップしちゃうぞー。

 

 

 

 

 

 という出来事があった。

 それ以来、俺はできるだけエルザとのふれ合いを増やした。まあ、エルザへぬくもりを与える代償に公社の職員から向けられる視線の温度は低下したのだが、等価交換ってやつだ。

 元々胡散臭い目で見ていた1課の連中は元より、同じ2課のフェッロさんまで完全にゴミを見る目で見てるけど、気にしてないもん!

 

 

「……………………やってみるか」

 

 自分の公社での立場を気にしている場合ではない。

 重要なのは、エルザが俺の体温で安心する、ということだ。

 確証は全くないが、できることは全部試すべきだろう。

 俺は覚悟を決めて、心を無にする。

 

 まずはエルザを包む毛布を外す。

 

 次に、コートを脱がす。

 なにせ、室内だからね。暖炉で部屋も暖まったし。

 ここは無心でいけた。

 

 続いて、シャツを脱がす。

 ほら、首元が苦しそうだからリラックスして欲しいじゃない。

 無心だ無心。

 

 更にスカートを脱がす。

 えーと……。

 ええい、自分を誤魔化すのは止めよう。

 

 今から、俺は、エルザを脱がせて、雪山で遭難したときのアレ的なことをしようって言ってんだ!

 

 ……まだ若干開き直り切れてないのはDTだった前世の悲しさよ。

 

 原作3話の表紙でトリエラが着ていたキャミソールっぽい下着(今世ラウーロさん知識だとスリップと呼ぶらしい)とタイツという姿になったエルザを見る。

 このままエルザの意識が戻らないと大変なんだ。邪念を持たず、真面目に取り組まねば。

 

 意を決してタイツを脱がす。

 現われたものに反応するな、これは今現在に関してはただの布だ。

 

 そして、スリップを脱がす。

 現われた、ささやかな膨らみにある桜色の主張。

 はい無理。無心とか無理。フル邪念でガン見してしまう。

 

「――っらぁ!」

 

 とりあえず自分の頬を殴り飛ばして正気を取り戻す。

 

 エルザを今度はお姫様抱っこしてベッドに運ぶと、即自分もパンイチになってベッドに入り、エルザを抱きしめて布団をひっかぶる。

 

 やはり、エルザの全身が冷たい。

 あ、抱き心地が良すぎてヤバい――って邪念を捨てろ俺!

 いろいろ柔らかくていい匂いするけど気を取られるな!

 

「――エルザ、戻って来てくれ」

 

 そうして俺は、あの日のエルザがしたように頬同士を当て、語りかけ始めた。

 

 

 

 

 

 寒さに震えながら、ただ耐えていた。

 それは遠い記憶。

『お前さえ居なければ』

 そんな言葉をぶつけられて、わたしは一人になった。

 火の無い暖炉。

 薄い布切れ。

 最後に食事をしたのはいつだったか。

 心と体が冷たくなっていく。

 

 そんな中、気づけば暖かい場所に居た。

 上等な衣服と満足な食事。

 それから――

 

『エルザ・デ・シーカ』

 

 大切な、1つ目の宝物。

 

 

 それからも、たくさんの宝物を、温もりをもらった。

 大きな温かい手。

 伝わる熱の心地良さ。

 あの冬の日、寒さの中で絶望していたわたしはもういないはずだった。

 

 それなのに、わたしは自分から、その手の温みを離してしまった。

 

 だからわたしは今、あの頃のように寒さに震えている。

 これは罰なのだ。

 いつか消えてしまうからと悲観して、今の大切さを蔑ろにしたわたしへの罰。

 

 消してしまってやっと分かった。

 あの灯火が、いかに自分を温めてくれていたのかを。

 

 だから、これは当然のことなのだ。

 名前の無いわたしに戻り、寒さに耐え続ける。

 そうしてあの時の様にゆっくりと意識が沈んでいき――

 

『――エルザ』

 

 その言葉に、引き上げられた。

 

『戻って来てくれ』

 

 ……そんな資格、わたしには無いんです。

 

『まだ、お前にしてやりたいことがいっぱいあるんだ』

 

 ……もう十分に頂きました。

 

『――俺が、もっとエルザと一緒に居たいんだ』

 

 ――あっ。

 

 その言葉で、ふっと寒さが薄らいだのに気づいた。

 頬、胸、背中、そうして全身に、わたしが離してしまったはずの温もりが戻ってくる。

 いいんでしょうか?

 こんなわたしが、幸せから逃げ出したわたしが、もう一度頂いても。

 わたしは、許されるのでしょうか?

 

 答えるかのように唇に熱を感じ、わたしは明るい方へと手を伸ばした。

 

 

 

 

 東の空が白み始める頃、エルザの瞳に光が戻った。

 焦点を合わせて、しっかりと俺を見てくれている。

 それはとても嬉しいことだ。

 

 しかし、タイミングがいささか問題だった。

 エルザにいろいろ語りかけているうちに今までの思い出とかこのままもう意識を取り戻さなかったらどうしようとか思考が千々に乱れ、感極まってしまった結果勢いで唇にキスをしてしまった。

 

 それに呼応するようにエルザの意識が目覚めたので結果的にはベストな行動かもしれないが、現在の状況を客観的に見ると親子設定を偽装できるレベルの年の差の男が意識の無い美少女を裸にしてベッドに連れ込み抱き締めた上で唇まで奪ったわけだ。これはポリス沙汰ですわ。

 

「エ、エルザ――」

 

 自分のしていることを自覚したら一気に恥ずかしくなってしまったのでエルザからパッと離れたのだが、

 

「――っ」

 

 今度はエルザの方から俺に抱きついてキスをしてきた。

 

「……おかえり、エルザ」

「……ただいま、です、ラウーロさん」

 

 エルザと言葉を交わし、ようやく実感がわいてくる。

 幸福感に包まれながら、もう一度俺の方からキスをした。

 

 




エルザには「寒がり」という設定があるとのことですが、出典の原作同人誌を持っていないのでいろいろ捏造しております。

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