今回は前半がいちゃつく2人、後半が三人称視点で語らう義体達になっております。
エルザが無事に目覚めてくれた後、緊張の糸が切れたのか俺はそのまま眠ってしまった。しかしまあ、あのまま起き続けて意識が戻ったエルザと同衾していたら高確率で下半身が不味いことになっていただろうから、かえって良かったのかもしれない。
ちなみに、起きたときは何故だか妙にすっきりとした気分で悟りを開けそうな穏やかな心持ちだった。起きてすぐにエルザの笑顔を見られて安心したからだろう。しかし、何というか艶っぽい笑顔だったなぁ……。
その後、折角なので料理とケーキ(パンドーロとパネットーネが有名だが、パネット―ネの方にした)を買ってきてゆったりと昼食の時間を過ごした。
それから近くの街を散策し、夕食を済ませた。
セーフハウスに備え付けてある服の中でもゆったりしてくつろげる物に着替え、俺とエルザは暖炉近くのソファに並んで座る。1枚の毛布を持ってきて、2人で肩に掛けた。
暖炉の火が燃え、薪のはぜる音が静かに聞こえる。
「エルザ、プレゼントだ」
俺は小さな包みをエルザに渡した。
「ありがとうございます」
エルザは嬉しそうに微笑み、早速包みを開ける。
「ペンダント、ですね。鳥が可愛いです」
じっと眺めたあと、ペンダントを首にかける。
「似合ってますか?」
「ああ、可愛いぞ」
「……ごめんなさい、わたし、プレゼントを用意していませんでした」
「こうして一緒に居られるのが、何よりのプレゼントだ」
そう答えると、エルザは俺の腕を抱いて体を寄せてくる。
「……ラウーロさん。わたし、怖かったんです。幸せを、喜びを一つもらう度に、それをいつか無くしてしまうのが。『いつか』が、そんなに遠くじゃないことが」
「……エルザ」
思わず名前を呼ぶ。それしか出来なかった。
けれど、何もしないでいたくはなかったんだ。
「だから、あんな事をしてしまいました」
俺は体の向きを変え、エルザを後ろから抱きしめる。
「でも、今は間違っていたと思えます。この温かさは、ラウーロさんとわたしの、両方が生きているからあるんだって、わかったから」
エルザの手が、俺の手のひらを彼女の腹部に導く。
俺にとっては心地よい冷たさだが、彼女にとっては心地よい温もりに感じられているのだろう。
「ラウーロさん、わたしは頑張って生きます。戦いの中か、公社のベッドの上になるかは分からないけど、最期の最後まで、生きます」
エルザの決意の込められた言葉が、胸に溶けていく。
そうか、こういう気持ちになるのか。
自分が、随分な無理を言っていた事に気付く。
エルザが、どれだけ強いのかに気付く。
「だからラウーロさん、最期まで、わたしに
いずれ自分の手から零れ落ちる小さな幸福。それを恐れず、生きる事を誓ってくれたエルザに応える為に、俺は彼女を強く抱きしめた。
年が明けた。
前世の感覚だと行く年来る年を観ないと年明けを感じられないのだが、イタリア住まいの今世では仕方がない。
ちなみに、公社の年明けは組織の性質上一般的なイタリアでのそれよりも大分大人しく、古い電化製品を投げ捨てるような事はしない。
赤い下着を元日に身に着けるというのも、少なくとも他の担当官達はやっていないし義体に贈りもしないそうなので控えておいた。うん、赤の下着ってのはエルザのイメージじゃないな。
「ラウーロさん、今年もよろしくお願いします」
年が明ける時、エルザは公社の俺の部屋に居た。
クリスマスの時の暖炉前のように、2人並んで毛布に包まる。俺の手は、エルザのお腹に添えられていて時折ゆっくりと撫でる。
あの日以来、こうすると気持ちが落ち着くそうで、エルザが俺の部屋に来る率はかなり上がっていった。
なお、原作同様担当官の部屋がある廊下はばっちり警備対象なので、俺についての噂はもうこれまでのジョゼを抜いて圧倒的だ。
別にやましいことはしてないのに。
……お腹を撫でるのとかたまにキスするとかはやましくない、はずだ。駄目か。
「ああ、いい年になるといいな」
エルザの体温を感じながら、今年の出来事を思い出す。
暮れに、会うとは思っていなかった一課のフェルミとガブリエリと出会った。原作ではエルザの事件を切っ掛けに始まった義体についての調査だったが、この世界でもこの時期に起きた。
歴史の強制力という奴だろうか。
思い返せば、あれだけエルザへの態度を改めても、ベクトルこそ逆だが公園での事件は起きかけたのだ。
こうしてエルザと共に生きられている事に感謝しつつ、本来の歴史を覆すにはちょっとやそっとの努力では足りないという事を肝に銘じる。
これから、しっかりと計画を練らなければいけないな。
原作における大きな出来事は、トリエラとピノッキオの対決、サンドロ・ペトラ組を始めとする2期生の導入、それから――。
「ラウーロさん?」
アンジェリカの死を思い――いや、そこからエルザの事を想い、気持ちが沈んだのを鋭敏に感じ取ったのだろう、エルザがこちらを気遣った声をかける。
「何でもないよ」
それは安心させるためなのか誤魔化すためなのか、俺はそっと、エルザの唇をふさいだ。
義体棟の食堂。
公社の義体達は、任務や担当官と外出する等の場合を除き、基本的にここで食事をする。
新年を迎えてしばらくしたその夜は、エルザとヘンリエッタ、トリエラの3人が一緒のタイミングになった。
以前のエルザであれば、食事のタイミングが他の義体と重なっても一切会話をすることなく黙々と食事をしてすぐに部屋に戻っていたが、今の彼女は他の2人と一緒のテーブルについていた。
「ヘンリエッタは、年末の休暇でジョゼさんとシチリアに行ったのよね? どうだった?」
食後のお茶を楽しみながら、近況報告会を開くエルザとヘンリエッタ。担当官大好き同盟にはまだ未加盟だが、一応付き合うトリエラ。
「ジョゼさんの別荘に泊まったけど、すごく素敵なおうちだったなぁ。シチリアも、とっても綺麗な景色だった」
嬉しそうに島での出来事を話すヘンリエッタ。
「あ、そういえば一課のフェルミさんとガブリエリさんっていう人が来て、私とジョゼさんに色々聞いていったよ」
「私とヒルシャーさんの所にも来たわ。あの人達、休暇中のヘンリエッタ達の所にまで押しかけたの?」
「わたしとラウーロさんの所にも来たわ。折角ラウーロさんがいかに素晴らしいかについて話したのに、途中で帰った失礼な人達よ……」
恍惚とした表情で語り始めたエルザに面食らい早々に退散した2人を思い出し、エルザの瞳に昏い炎が燃える。
「まあ、うちと一課は仲が悪いみたいだからね。表向きは義体の情報共有を深めるって話だったけど、私たちの欠点でも探りに来たんじゃない?」
エルザの様子を見た後だったせいかヒルシャーへの愛情について長々と聞かれたトリエラも、あまり良い感情は抱かなかったようだ。
「そうなんだ。私は、料理を教えてもらったからそんなに悪い人達には見えなかったんだけどな」
「料理……。ジョゼさんに食べてもらったの?」
「うん、トマトスープのパスタと、貝のマリネと野菜のカポナータを作ったの。ジョゼさん喜んでくれたよ」
笑顔で語るヘンリエッタを見て、エルザは料理の練習をしようと心に決めた。
「でも――」
ヘンリエッタの表情が少し曇る。
「別荘に着いた時、ジョゼさんは私の銃を取り上げたの。『普通の女の子はこんなもの持ってない』って」
ヘンリエッタの言葉を聞き、トリエラは表情を歪め、エルザは表情を消した。
「でも、私たちは義体だから――。普通の女の子じゃジョゼさんの役には立てないのに」
涙を流すヘンリエッタ。
トリエラは何か言おうとし、押し黙った。自分自身、ヒルシャーから何を演じることを望まれているのか、分かっていないと感じていたからだ。自分への「条件付け」が緩い事は知っている。それは、ヘンリエッタが言われたように、できるだけ「普通の女の子」として扱いたいというヒルシャーの想いなのだろうか。
戦うための義体にしておきながら勝手な事をという反発を抱くと同時に、反発を抱けるという事こそが、ヒルシャーが自分の心を大切にしようとしてくれている事の証左であると感じ、トリエラは何も言えなくなる。
「わたしたちは戦う為に創られた義体、それは事実だわ」
エルザが口を開いた。
「でも、それだけの存在でいて欲しくない。担当官全員がそうではないでしょうけど、わたしのラウーロさんはそう思ってくれている。ヘンリエッタのジョゼさんも、トリエラのヒルシャーさんも、きっと」
ペンダントを優しく握り、エルザは言った。
「必要なら担当官の為に戦い人を殺せるわたしたちだもの、担当官の為に普通の女の子のように振る舞う事だって、できるわ」
堂々たるエルザの宣言。
「……できるの、かな? ジョゼさんが望むように」
ヘンリエッタは素直に希望を見い出し、
「……それを、ヒルシャーさんは望むのかしら」
トリエラは同一の存在が相反する振る舞いをするという矛盾に、疑問を感じた。
確信と希望と疑問。
少女達の想いを包み込み、公社の夜は更けていく。