ラウーロさんに憑依   作:須美寿

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第14話 夕焼けと湖

 エルザと合流し、仕事に出かけようとしていたらジャン・リコ組ともう1人、松葉杖をつく眼鏡の男性と会った。

 

「やあジャンさん。今日はオルヴィエートの方に行ってきますよ。……そちらは、フィレンツェの事件の会計士さん、でしたか?」

 

 勿論知っているが、初対面なので聞いておく。

 

「ああ、フィリッポ氏だ」

 

「事件について聞いていますよ。撃たれたそうで、大変でしたね。お怪我はもう大丈夫なんですか?」

 

 初対面なのでちょっとかしこまって話す。

 

「まだ杖は必要ですが、大分良くなりましたよ」

 

 会話をしつつ、フィレンツェの事件について考える。

 この事件について、俺はどう対応するかをかなり迷った。

 

 原作において社会福祉公社の最終決戦となる新トリノ原発占拠事件。

 その首謀者にして、社会福祉公社がつくられる原因となったクローチェ事件の主犯である男、ジャコモ=ダンテ。

 こいつをアフリカから呼び出し、大規模なテロを起こさせた黒幕であるクリスティアーノが初めて登場したのが、このフィリッポ会計士が関わったフィレンツェの事件なのだ。

 

 初めは、どうにか理由をつけてこの時点でクリスティアーノを捕縛してしまえないかと考えた。しかし、それでは不確定要素が大きくなり過ぎる。

 生身で義体と互角に戦えるピノッキオが、敬愛する「おじさん」が捕まったと知ればどう動くか。当然奪還に動くだろうから、関係者の暗殺やテロ事件を起こして解放を迫るだろう。見せしめに公社職員を暗殺してまわるなんて可能性も捨てきれない。

 そこにフランコ・フランカの爆弾コンビが合流したり、最悪ジャコモと組まれたりしたらもう正直言ってどう対応したらいいか全く分からなくなってしまう。

 

 それに、クリスティアーノを今の時点で捕縛したところで、どの道他のルートでジャコモが呼ばれるような気もする。

 何せクリスティアーノの更に上には、彼をジャコモと接触させてクローチェ事件を起こした大物がいるのだ。

 ああくそ、そいつが誰だったか覚えていればどうにかなったかもしれんが、ハゲだったことくらいしか記憶にない。

 いや、そもそもあれは、クリスティアーノの協力があったからこそ証拠固めができて逮捕まで至ったのだろう。

 今の状況で俺が「あのハゲがクローチェ事件の黒幕だったんだよ!」とか言い放った所であっさり口を封じられて終わりだろう。仮に公社が俺を信じて動いても、証拠を掴む前に隠蔽されるのが関の山だ。

 

 という風に思考を巡らせた結果、リコも大した怪我はしてなかったこともあり、フィレンツェの事件については介入しないことにしたのだった。

 

 そんなことを思い出していると、向こうからアンジェリカが走ってきた。

 原作と異なり、泣いていない。むしろ笑顔である。

 訓練時の髪型であるポニーテールが楽しげに揺れていて、髪の毛を束ねているヘアゴムには小さな赤いリボンがついていた。

 

「こんにちは!」

 

 元気に挨拶をし、走って行くアンジェリカ。

 どうやらマルコーは俺の頼みを聞いてくれたようだ。

 

「やあアンジェリカ。急に張り切り過ぎるなよ」

 

 そう返しつつ、俺は微笑んだ。

 アンジェリカの来た方からマルコーも歩いてきたので、軽く手を挙げておく。向こうも、ちょっと手を挙げて返してきた。2人の関係がまた良い感じになる事を祈ろう。

 

 しかし、原作におけるジャンさんの名台詞である「泣いたり走ったりして成長することもあるだろう」はこの世界では生まれないようだ。

 考えてみると、俺の介入によって名言がいろいろ消えている気がするな。やはり、名言というのは悲劇と共にあるものなのだろうか

 

 走って行くアンジェリカに対してリコが応援の言葉をかけ、まだあまり交流のないエルザは黙って見送る。アンジェリカの入院前に面識はあるはずなのだが、交流には至っていなかったようだ。まあ以前のエルザの様子ならば仕方あるまい。

 原作だと空き部屋になったエルザの部屋がアンジェリカの部屋になるのだが、この世界ではエルザと相部屋ということになるだろう。

 大丈夫かなぁ……

 エルザには、俺を思いながら銃を磨くという習慣があるが、相部屋になると集中を乱されるとかで不仲にならないだろうか。アンジェリカが寮に戻るのはまだ先だが、ううむ、心配だ。何かこう、娘を心配するお父さんの気持ちが解った気がする。

 

 エルザの他の義体との友好関係を観察すると、ヘンリエッタ・トリエラと親しく、クラエス・リコ・ベアトリーチェとはそれ程でもない。

 基準が分かりやす過ぎるぞエルザ……。

 アンジェリカのマルコーに対する思いは、恋愛というよりはクラエスのラバロ大尉に対する親愛に近いだろうから、ガールズトークで盛り上がるってこともなさそうなんだよなぁ。

 エルザの交友関係を心配しつつ、俺たちは仕事に出かけた。

 

 

 

 

 その後、五共和国派による暗殺について捜査をしたり暗殺の危険がある検事や政治家を護衛をしたりという任務が続いた。

 なお、エルザとのスペイン広場でジェラートの約束はきっちり果たした。

 ちなみに、よく考えるとイタリアだとキスは挨拶代わりなわけで、俺とエルザの偽装身分は親子なわけで、追い打ちを掛けるように周囲ではあっちこっちで恋人やら友達やら親子やらがキスしまくりな状況なわけで……。

 そこでエルザに、

 

『ラウーんんっ、お父さん。ジェラート付いてるよ』

 

 と言われつつキスされた。

 超ドキドキしたんだけど、主な原因が人前のキスにあるのか父娘プレイにあるのか敬語じゃない口調にあるのかは謎だ。

 その後のお返しのほっぺにちゅームーブは極めて自然にできたけど、平静を装うのに内心非常に苦労した。

 メンタルが奥ゆかしい日本人な俺としては結構どぎまぎしますよそりゃあ。

 やっぱこういうのは部屋で二人きりの時がいいな。なお公社内の噂はもう手の施しようがないので諦めた。

 

 

 

 

 

 そうこうしているうちにジョゼとヒルシャーはフランスへ出張に行くことになった。

 例の曰く付きという触れ込みの万華鏡とシュタイフベアを土産で買ってくるんだよな。

 俺も何かエルザにプレゼントしようかなと思うも、単に2人に張り合ってものを贈るというのも何か違う気がするので考えを改める。

 

 その代わりというわけではないが、仕事の帰りにふと、ブラッチャーノ湖に立ち寄った。

 ローマから近い夕焼けが綺麗な湖だと知ってはいたが、今までなかなか来る機会がなかった。今日は天気も良いし、時間帯も丁度いいので遠回りをしようと思いついたのだ。

 湖の畔にあるアングイッラーラ・サバーツィアという街に着くと車を駐車場に置き、ちょっとした展望台に行って、エルザと並んで夕焼け空と湖面を眺める。

 

「うわぁ~」

 

 エルザが感嘆の声を上げる。

 エルザがこういった反応を示すというのは少し意外な気もしたが、思えば流星雨観測のときも結構興味深そうな様子だった。

 自然関係が好きなのかもしれない。

 

「空も湖も、綺麗ですね」

 

「……ああ、綺麗だな」

 

 お前の方が綺麗という定番のネタがとっさに浮かばない程のいい景色だった。

 空と湖面は柔らかな橙からピンクへゆっくりと色を変えていく。

 この自然の営みが、この湖が出来てから途方もない年月に渡って繰り返されてきたのだと思うと、人間という存在が小さく思えてくる。

 自然が誰に言われたからでもなく美しい光景をつくり続けているのと比べると、争いと不幸を振りまく人間の、なんと業の深いことか。

 

 そんな事を考えていると、手のひらに伝わるひやりとした柔らかい感覚。

 エルザが手をつないで来たのだ。

 横を見れば、上目遣いで嬉しそうに見つめてくるエルザ。

 そうだな、ちっぽけな俺だが、エルザの小さな幸せを守る為に頑張らねば。

 周囲に人も居なかったので、並んでいた立ち位置を、エルザを後ろから抱きしめる状態にして、空と湖を一緒に見る。

 つないだ手は温まってきたが、頬に触れるとこちらは冷たい。

 そのうちに空は紫色に変わり、夜が訪れる。

 

「また来よう。向こうの岸辺にはお城もあるみたいだぞ」

 

「はい。ラウーロさん、今日は綺麗な夕焼けと湖を見せてくれてありがとうございます」

 

「ああ、他にどこか行きたい所があったら教えてくれ」

 

 一応聞いてみるが、エルザの返事は決まっている。

 条件付けによる担当官への服従の弊害だ。

 

「ラウーロさんが連れて行ってくれる所が、わたしの行きたい所ですよ」

 

 屈託のない表情でそう答えるエルザ。

 そんないつもの遣り取りをしたのだが――、 

 

「でも、わたしも考えてみますね」

 

 今日はそんな言葉が付け足された。

 

「おお、そ、そうだな。思いついたら教えてくれ」

 

「はい!」

 

 条件付けの投薬量を最低限にしてもらった成果だろうか。

 俺に盲目的に従うのではなく、自分の意思を少しでも出せるようになって欲しいと思っていたが、一歩前進と見ていいだろう。

 

 夕焼け空と湖のように、何万年と続いてくれなんて無茶は言わない。

 少しでも長く、エルザが自分らしく生きて欲しいと、俺は瞬き始めた星に祈るのだった。

 

 




ようやく原作3巻に入れました。
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