「お、ヒルシャー。ナポリの件はもう片付いたのか?」
任務を片付けてエルザと公社に戻った俺は、本館の廊下でヒルシャーとトリエラに出会ったので話しかける。
「ラウーロさん。それが、ターゲットには逃げられてしまいまして……。裁判に出る約束はしたので、後は当日無事に現われるのを祈るだけです」
マリオ・ボッシの保護任務は、原作通りに逃がしてしまったようだ。
トリエラの表情が一瞬硬くなったので、やはり彼女が見逃してやったのだろう。
この結果を分かっていた俺だが、任務への介入はしなかった。
マリオに娘さんと会わせてやりたいというのもあるが、この件は、トリエラとヒルシャーの距離が縮まる重要な出来事だ。下手にいじるのはためらわれた。
「まあ保護ってのは難しいからな。マリオを狙ってるマフィアをぱーっとぶっ殺せって任務の方が気が楽だぜ」
やれやれと俺は肩をすくめる。
ちなみに、俺の対荒事メンタルは元のラウーロさんの影響により、結構強い。原作だとラウーロが戦う描写はまったくなかったけど、最近の俺はエルザと一緒にドンパチもするようになって実際何人か撃ち殺した。
前世の俺では恐らく震えてへたり込むか胃が空になるまで吐きまくるかの二択というような惨状を目にしても、仕事だと割り切ることができた。憑依転生様々である。
「トリエラがマリオを襲ったマフィアを何人か返り討ちにしたので、手は出されにくくなったはずです。ああ、そうだ――」
ヒルシャーは眩しそうに微笑んだ。
「ラウーロさんが提案した防弾装備のお陰で、トリエラの怪我が少なくて済みました。ありがとうございます」
そう言って頭を下げるヒルシャー。
律儀というかなんというか、真面目な奴だな。
そう、原作のこの事件で、トリエラは両腕に3発銃弾を受けていた。今後のトリエラが担当する任務を考えるとたかが3発、されど3発。
お、ヒルシャーのお礼を聞いたトリエラが何だか複雑な、笑顔と困り顔をまぜたような表情になって、ちょっとそっぽを向く。
大方、ヒルシャーが直球で心配してくれたのを素直に受け止められないのだろう。
はっはっは、このツンデレさんめ。
まあ何にしても、効果があったのは良かった。
ウチのエルザもそうなのだが、義体達は腕への被弾率が何げに高い。
まあ腕を撃たれてもさしたるダメージはないし、頭部を守る必要もあるので、ほいほいガードに使ってしまうのだろう。
実際眼球を含む頭部を撃たれるよりは大分ましだ。
それでも、確かに大きなダメージにはならないが、できる限り義体達への投薬量を減らしたいので、装備関係で提案をしてみたのだ。
今までの任務での義体の損傷箇所のデータから腕の被弾率を出して課長に意見を提案し、コートなどの上着の袖や肩部分を中心に防弾性の高い素材を使用した仕事着を作成してもらい任務に出る義体に着させることにした。
ヴァイオリンケースを持った普通の女の子が突然戦闘能力を発揮することでテロリストの虚をつけるということの有用性は分かる。
いかに見た目が小さな女の子であろうと、あからさまに防弾チョッキなんて着ていたら警戒もするだろう。防弾装備がないように見せておきながら、生身でも防弾チョッキ並の防御力を有するのが義体の強みなのだ。
しかしながら、今の季節は冬。
女の子が厚手のコートを着ていても、何ら違和感が無い季節である。そのため、これまでの利点をなくさないという意見も合わせて提案したところ採用の運びとなったわけだ。
夏場はどうするかについてはまた後で考えるとしよう。
「効果があったなら何よりだ。なるべく、この子らに怪我はして欲しくないからな」
言いながら俺は隣のエルザの頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でる。
撫でられたエルザは目をつむり、心地よさそうな表情をする。
はい可愛い。
そんな俺たちの様子を見たヒルシャーは、トリエラには気づかれないようにそっと自分の手とトリエラの頭を交互に眺め思案するような顔になり、すぐにそれはないなというような表情を一瞬見せてから、手を下げる。
おいヒルシャー、未来のお前が持つ思い切りの良さを発揮できれば、トリエラの頭をぽんぽんするくらい朝飯前だろうが! 諦めんな! 諦めんなよそこで!
とかなんとか考えていると、エルザが頭を撫でていた俺の手をそっととって、腕にぎゅっと抱きついてくる。
うん、お胸の感触はごくささやかながらも心地よい柔らかさがある。
これでいい。
これが、いい。
更に、すり寄せられるほっぺもぷにぷにとして実に良い。
狙撃任務以降、エルザは少しずつだが自分からこんな風に俺に接触してきたり、自分の好みを伝えたりという行動が見られるようになってきた。
いやもうマジで嬉しいことではあるのだが、それにしても今日はやけに積極的だなぁ。
と、エルザの顔がトリエラの方を向く。
それを受けて、何やら頬をひくつかせるトリエラ。
位置的にエルザの顔は見えないのだが、どんなアイコンタクトをしたんだろうか。
「ヒルシャーさん、そろそろ行かないと! 報告がおくれちゃいますよ。ラウーロさん、それでは失礼します。装備の件、ありがとうございました」
そう言うとトリエラは、ヒルシャーの手をつかんでずんずんと廊下を進んで行った。
ひょいとエルザの顔をのぞき込むと、可愛く笑って俺を見上げる。
はい、上目遣い頂きました!
これは悶える。
そんなクリティカルヒットを受けつつも、しかし俺は見逃さなかった。
俺を見上げる前のエルザの顔に浮かんでいた、どこかしてやったりといった雰囲気の笑みを。
ヘンリエッタとは随分仲良くなったようだけど、トリエラとはどうなんだろうか。エルザに聞いても教えてくれないだろうし、今度クリスマスのプレゼントを買いがてらヒルシャーに聞いてみよう。