ラウーロさんに憑依   作:須美寿

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遅くなりました。
この話を書くのに大分迷いまして……。



第9話

 クリスマスイブ。

 前世の日本では当日よりむしろこっちが本番とばかりに大騒ぎだが、イタリアを含む西洋諸国では別段そんなことはない。

 10月下旬からクリスマスムードが始まるので、イブだけが特別という意識はあまりないのだ。むしろ、クリスマス当日は家族でゆったり過ごす場合が多いので、イブはそれまでの盛り上がりがおさまる日と言える。

 

 はい、というわけでクリスマスイブです。

 はっきり言うと、原作における俺とエルザの命日です。

 

 クリスマスの日は原作だと俺が「明日も早いんだ」と言っていた通り任務が入っていたのだが、折角なのでエルザとゆっくり過ごしたいと思って頑張った結果予定よりはやく、イブの夕方には片を付けることができた。

 

 それにより追加の任務が入るということもなかったためそのまま休暇を申請。エルザにどこか行きたいところはないか聞くと、例の公園に行きたいとの答え。

 原作知識持ちとしては、血の海に沈むエルザを思い出してしまい少々気が重いのだが、今のエルザにとっては俺から名前を貰った大切な場所だ。クリスマスイブに行っておくのも良いだろうと思い快諾した。

 

 そして――

 

「ラウーロさん、あなたの全てをください」

 

 今俺は、微笑むエルザに銃を向けられている。

 

 

 

 

 12月23日

 

 クリスマスイブの明日は、今関わっている任務が大詰めとなり忙しい予定なので、エルザへのプレゼントを買いに街へとやってきた。

 そういえば、今日は天皇誕生日だなとふと思う。日本人の前世持ちとしては、東に向かって柏手でも打っておくべきだろうか。

 

「それじゃあまた後で」

 などと考えているとジョゼがデパートの別のフロアを目指して歩いて行く。

 

 買い物には、ヘンリエッタへのプレゼントを買うジョゼも一緒に来ているのだ。

 ヒルシャーはまだ忙しいそうで来なかったが、既にクマを購入済みとのことだった。流石、ドイツ人は計画的というか生真面目である。

 

 俺は装飾品売り場で、羽ばたく鳥をモチーフにしたペンダントを買った。

 ぬいぐるみ系を持つエルザというのも大層可愛いので悩んだのだが、トリエラの二番煎じになってしまうので別の機会に譲ることにした。

 モチーフの理由はエルザのイメージソングから。あちらは空の夢を抱いたエルザが蝶には成れずに死んでゆくというものなので、同じく空を飛ぶ生き物である鳥にした。

 

 蝶にしなかったのは、鳥の方が長く生きられるからだ。

 

 ジョゼは原作通りカメラと日記帳を買った。

 

「カメラと日記帳、か」

 買い物を終えて合流し、カフェでコーヒーを飲む。

 店内に他の客はまばらだ。

 

「ああ。少しでも、思い出を忘れないでいて欲しいからね。ヘンリエッタはこの前、忘れてしまっていたことを、一緒に金星を観たことを思い出してくれたんだ」

 嬉しそうな言葉を言うジョゼ。だが――

 

「そうか、そいつはいい話だ。だったら何で――」

 俺はジョゼの顔に視線を飛ばす。

 

「お前はそんな辛気くさい顔をしてる?」

 

「……………………」

 

 俺の指摘に、ジョゼは押し黙った。

 

「……いや、悪かった。」

 つい言ってしまったが、俺はジョゼに謝罪をした。

 

「俺もな、悩んでんだ。エルザのこと」

 コーヒーを一口飲む。いつもより、苦く感じた。

 

「……どんな風にだ?」

 

「……シエナでの狙撃任務の打ち合わせで飲んだ時に話しただろ、義体の子達には少しでも幸せを、ってやつ」

「ああ、そうだったな」

「……何をもって幸せとするのか、なんてことを考えちまってな」

 俺は、プレゼントの入った包みをそっと撫でる。

 

「褒めたり気遣ったり、贈り物をしたり……。今までしていなかったからってのもあるが、エルザはそういう事に幸せを感じてくれてはいる。だけど――」

 

「………………」

 ジョゼは黙って続きを促す。

 

「足りないと思っちまう。あの子の献身に、応えきれるのかってな」

 

 考えてしまった。

 

 このまま、エルザを大切にしていったとして、任務上の危機を上手く乗り越えられたとして、彼女はいつまで生きられるのだろうかと。

 初めは、不幸過ぎる運命を辿る彼女にぬくもりを与えたかった。

 そうして見せてくれる笑顔が嬉しかった。

 けれど、それが積み重なるにつれて、積み重ねるからこそ、不安に襲われる。

 自分は、エルザを幸せに出来るのだろうか、と。

 

「――ラウーロ、君がそうまで想っているのなら、エルザは幸せだ」

 ジョゼはどこか苦く、自嘲するように言う。

 

「それに比べると、ヘンリエッタは……」

「……お前がヘンリエッタとの間に壁をつくっちまうのは仕方ないさ」

 

 クローチェ事件。

 ジャンとジョゼの両親に妹、ジャンの婚約者が犠牲になったテロ事件。

 兄弟は妹を亡くし、彼女の名にちなんだ名を義体に与えた。

 兄妹という呼称は何の皮肉なんだろうか。

 

「だけどなジョゼ、お前だってヘンリエッタの不幸を知って、そのまま死なせたくないと思ったから選んだんだろう?」

 

「……流石に、諜報あがりはよく知ってるな」

 

「誤魔化すなよ。とにかく、俺とお前は同じスタートで、同じ所で悩んでるんだ。お前にはお前のやり方や考え方があるとは思うが、一緒に頑張っていきたいってのが正直な所だ」

 俺は残っていたコーヒーを飲み干す。

 もやもやを言葉にできたからか、先程の苦さはなかった。

 

「……もう少し、考えてみるよ。自分の気持ちとヘンリエッタのことを」

 そう言って、ジョゼもコーヒーを飲み干した。

 願わくば、こいつも苦みが軽くなっていることを。

 

 

 

 

 

 翌日、俺とエルザは朝から任務に取りかかり夕方には完了。公社に帰還したのは日が落ちた後だった。

 

「さてと、あとは報告をして、今回の任務も無事終了だな」

「はい、簡単でしたね」

「ああ、エルザも怪我がなくて良かった。だがこれからも油断はするなよ」

「はいっ!」

 

 自信があるのは良いことだが、慢心になってしまっては今後いろいろ不味いので一応釘を刺しておく。

 

「仕事の方も一段落したし、明日はクリスマスだ。今から休暇をとってどっか旅行でも行くか。エルザは何か見たいものとか食べたいものはあるか?」

 

「あ、実は行きたい所が……」

 

 そうして告げられたのは、例の公園。

 エルザが名前を与えられ、

 エルザが命を亡くした場所。

 

「ああ、じゃあそこから行こうか」

 脳裏に浮かぶ、血の海に沈むエルザの姿。

 綺麗に編まれた金髪も、血に染まっていて――、

 

「あっ、ラウーロさん……」

 安心したくて、エルザのお下げ髪をさらりと撫でた。

 

 

「エルザの髪は、手触りがいいな」

 この子は、生きている。

 エルザは照れたが、俺はしばらく髪を撫で続けた。

 

 

 

 任務完了の報告と休暇の許可を取り、エルザと一緒に郊外の公園に車で向かう。駐車場に車を止めると、石畳の道を歩く。

 原作とは異なり、俺とエルザは手をつないでいた。別にエルザを警戒しているわけではない。その方がエルザが喜ぶと思ったからで、実際エルザは嬉しそうに歩いている。

 

 そうしてしばらく歩くと、広場についたので入る。

 

「ラウーロさん、この公園を覚えていますか?」

 

 ささやくようなエルザの声。

 

「ああ、勿論だ。『エルザ・デ・シーカ』エルザに名前を付けた場所。大事な場所だ」

 

 そう答えると、エルザは花が咲くように微笑む。

 

「覚えててくださって嬉しいです。この名前は、ラウーロさんに頂いた宝物です」

 

 エルザは数歩進むとこちらに振り返り胸に手を当てて、そっと目を瞑る。

 

「そう言ってもらえると俺も嬉しい。それと、名前には及ばないかもしれないが、エルザの宝物をもっと増やしてやりたいと思ってる」

 

 前日のジョゼとのやりとりを想起しながら、俺は言う。

 エルザには、与えられる限りのものを与えたいとそう思った。

 

「それなら――」

 

 エルザの口が言葉を紡ぐ。プレゼントは既に買ってしまったが、リクエストがあるのならこれから用意もしよう。

 

 

 

「ラウーロさん、あなたの全てをください」

 

 

 

 エルザは俺に真っ直ぐ銃を向け、そう願った。

 その表情に悲壮感は無く、むしろ微笑んでいる。

 

「エルザ――」

 

 俺の脳が急速に考えを巡らす。

 

 それは前世をベースとした何故という思いとエルザの思考心情の考察と、今世のラウーロをベースとしたこの状況下で自己の生命を守るための最善の行動の選択に分けられる。

 

 どちらかだけでは駄目だった。

 

 両方が融合していたからこそ、俺は最適解を導き出すことができた。

 

 

 

 

「セーフティー掛かったままだぞ」

 

「あっ!?」

 

 

 

 エルザの動揺。

 外れる狙い。

 その間に俺は自分の銃を抜き安全装置を外して引き金に指を当てる。

 

 エルザとの距離は遠くて近い。

 銃を蹴り飛ばすには遠いが、エルザの眼球を狙って撃つのは俺の腕ならば可能な近さ。

 

 エルザは本気だ。

 ここで俺を殺すのも。

 ここで俺に――――――。

 

 だから俺はエルザが安全装置を外し再度狙いを付けるその直前に――。

 

 

 

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「やめてええええええええええええええええ!」

 

 

 絶叫が夜の公園に響く。

 

 エルザは涙目になりながら銃をふらふらさせていたが、やがてその場にへたり込んだ。銃を力なく下げるエルザを見て、俺も自分の銃を下ろした。

 

「エルザ、お前に殺されるのもお前を殺すのも、プレゼントにはできないよ」

 どうにか紡いだ言葉は、自分の発した声とは思えない弱々しさだった。

 

 銃を回収し、安全装置を掛ける。

 エルザは、放心状態で涙を流し続けていた。

 

 

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