意識を取り戻すと同時に私は息苦しさを覚える。息を出そうとすると赤ちゃんの泣き声が響いた。すると「おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」という女性の声が耳に届いた。ああ、私ちゃんと産まれてこれたのね。呼吸の為かずっと泣き続けたけど止めるとむしろ不安にさせそうよね。目はまだ未発達だから見えないのだけど、産湯だろうお湯に浸かってタオルみたいなものに包まれると別の人の腕の中に渡された。その腕の中は本能的に感じ取ったのかとても安心した。
「ああ、生まれてきてくれてありがとう」
その女性の声は疲れているのかか細いが、それでも愛しさを溶かして詰め込んだような声にくすぐったさを感じた。ああ、今私を抱いている人が私のお母さんなのね。こんな安心感久しぶりだわ。あの人と一緒にいたときとはまた違う感覚。ふうっと無くなっていく意識の中温もりへと擦り寄る。
これからよろしくね。お母さん
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ふ、と自然に目を覚ますとようやっと見慣れた天井が視界いっぱいに広がる。身体を起こして小さいながらもグッと伸ばすとつられてあふ、と欠伸がもれた。
時は過ぎて私こと
自分の布団を畳んでいると横に二回りくらい大きい布団が既に畳まれていた。まあさすがに3歳の子供を1人で寝かせることはないわよね。私の孫の中にも小学校低学年くらいまでは娘と寝てた子はいたもの。1人は慣れないと寂しいわ。
寝間着用の浴衣から部屋着用の着物に着替えて上着を羽織る。やっぱり着物が一番落ち着くわね。最後の方でずっと着ていたからかしら?私はそう思いつつ廊下に出た。廊下には私が開けた襖の音しか聞こえなかった。朝のこのシンと静まった時間って何かいいわよね。人の気配は確かにするのだけど誰もいないっていう不思議な感じ。これだから早起きはやめられないわ。
洗面所にいって顔を洗うと残っていた眠気もなくなってぱっちり醒めた。一応軽く櫛を通すと少し付いていた寝癖もさらっと直ってしまった。そこまで悪くない身だしなみになったのを確認して母親がいるだろう場所へと歩く。
ちらっと台所をのぞくとピンと伸びた姿勢で配膳の準備をする母親がいた。私がいることに気づいたのかこちらに目を向けてにっこりと笑いかけた。
「おかあさま。おはようございます」
「おはよう紡。朝ごはんは出来てますよ。お顔は洗ってきましたか?」
「はい!なにかすることはありますか?」
「あらあら、それなら紡にはお箸を置いてもらおうかしら。みんなのお箸がどれか、みんなの座る場所が何処か分かりますか?」
「わかります!」
近寄った私の目線に合わせるように膝をついた母親に挨拶をする。家族相手に敬語なのはおかしいのかもしれませんけど、尊敬と尊重は忘れたくなくてつい。別に心が許せてないわけではないんですけどね。
お願いされたことをするべく取れる位置に既に置いてあった箸立てを掴んで机へと向かう。
「あ、おとうさま、おにいさま。おはようございます!」
「おはよう紡!今日も世界一可愛いね!」
「わっ、おにいさま、おはしがおけません」
箸を置いていると障子が開いて大柄だけど優しい風貌の男性とまだあどけないが容姿の整った男の子が入ってきた。挨拶すると男の子___私の兄が優しくも逃がさないとばかりに抱きしめてきたわ。愛情表現が激しいのは嬉しいけど今は勘弁してほしいのに……。
すると兄がベリっと私から剥がされた。こんな事が出来るのはこの人くらいでしょう。
「お前はその抱きつき癖をやめなさい。おはよう紡。お手伝いかい?」
「はい!お箸をそろえているのです。もうあさごはんができているそうですよ」
「おや、そうだったか。なら早く着替えてくるよ。……結斗、行くよ」
「はあ〜い……紡、待っててね!」
兄を摘む男性___私の父親は目を細めて私の頭を撫でた。あんまりにも優しく撫でるから気持ちよくてつい頭を擦り付けてしまうのよね。父親って普通子供と接するの下手な人が多いのだけど、そんなことは無いのね。私の人?ものすごくへっぴり腰で接してたわよ?傍から見ると凄く面白かったわ。
私が朝ごはんの旨を伝えると兄を連れて部屋へと戻って行った。私も箸を置き終えるとご飯を運ぶ手伝いをしにいく。味噌汁を運ぶにはまだ平衡感覚が掴めてないから私も運ぼうとは思わないし母親も持たせようとはしない。
そーっと運んでると兄がぴゅんと飛んできて他のお茶碗をお盆にのせて運んでいった。ちなみに私が持っていたのは父親のだったから少し重め。3歳にはやっぱり重たいのね……
「紡が持ってきてくれたのかい?ありがとう」
「ありがとうございます」
食卓に着くと既に父親が座って待っていた。まあ何もしてなかった訳ではなくお茶が何時でも入れられるように準備がされていたからさすがお父様ってところかしら。
「あっ、父様ズルいです!僕も撫でたいです!」
「お前はいつも隙あらば撫でているだろう……」
「あらあら今日の結斗のお代わりは無しかしら?」
「すみません黙ります」
兄が私を撫でる父親にプクッと頬を膨らませて羨ましげにこちらを見る。私の頭ってそんなに撫でやすいのかしら?確かに癖のない綺麗な髪だけど……
呆れた表情を浮かべた父親の後ろから目が笑ってない母が茶碗とおひつを持って現れ、お代わりなしの旨を伝えられると途端に静かになった。さすが母は強いわね。
「それじゃあ、」
「「「「いただきます」」」」
「そういえば紡はまだ“個性”が発現してないんだよな?」
「“こせい”……おとうさまのようなちからのことですか?」
「ええ、そうね。まだその兆候はないわ」
「紡は無個性でも可愛いぞ!」
ご飯を食べ進めていると“個性”の話になった。確か“個性”ってあの男の子が言ってた超身体能力……だったかしら?確かに私の家族も様々な“個性”持ってたわね。
一応どういう“個性”なのか知識としては知っているけどどういう風に使うことになるのかしら。好奇心にかられるわ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした。それじゃあ片付けをお願いね」
みんな食べ終えると順に台所に自分の分の茶碗を持っていく。バランス感覚が良いのか多少走っても落ちないから少し楽しくなってくるわ。
縁側で少し食後休憩の為に煎茶を飲んでゆったりしてから隣で同じくゆっくりしていた父親の方を向く。
「おとうさま!きょうもおねがいします!」
「いいよ。それじゃあ動ける格好に着替えておいで」
「はい!」
父親に言われて部屋に行き、箪笥を開くとそこには白い上衣と深い紺の袴が仕舞われていた。袴は前も弓道をやっていたから、着るのにはそこまで困らなかったのよね。数分ほどして袴を着終えると自分の髪を下の方で結ぶ。
鏡の前でくるりと1周して可笑しな部分がないか確認してから庭に出ると既に父親が準備をしていた。
「おまたせしました!」
「大丈夫だよ。それじゃあ始めよう」
私はその合図と共に父親が創った半透明の箱に飛び乗った。するとすぐにゆらりと足元の箱が消え始め、別の場所に複数の同じ半透明の箱が出来た。私はその中から“これかな?”と思った箱に飛び乗ると他の箱が消えて今乗ってる箱だけ残った。そして足元の箱が消え始めて別のところに箱が複数現れた。
子供の身体って凄いわ。前の最期の方はもう身体も十分に動かなかったものだから。特に不満はなかったけれど、ここまで動けると本当に楽しくなってくるし許容範囲超えるほどに動いてしまいそう。
これは“無差別パルクール”(おとうさま命名)で、自分の勘を信じて足元の箱を選ぶというのを繰り返し行うものなの。もし間違えて落ちてもいいように下には大きなクッションが置かれてるから、怪我をすることはほとんどないみたい。私もまだ怪我をしたことがないしね。
「はい!終わり」
「はい!」
この遊びは唐突に終わるからいつやめるのか把握しにくいのよね。たまに勢いが良すぎて父親につっこんでいくときもあるから……あのときは鳩尾に私の頭がいったから申し訳なかったわ……。
今回もそうならないように気をつけたのだけど、
ずるっ
「え、」
ふと気づいたときには私の身体が落ちていっているのが分かった。父親の声が凄く遠くに聴こえる。
いやだ。 まだ、親孝行出来ていないのに……
「わっ?!」
数秒なのか数分なのか分からないのだけど、気づいたら背中に硬い感触があった。というか落ちていない……?
「紡!“個性”が……!」
「え、“個性”……?これが……?」
あまり大きく感情表現をしない父親が焦った表情を見せたのを珍しく思ってるとこの手にある感触のものは父親が出したものではないようで。
どうやら私も“個性”が発現してしまったみたい。
本当にごめんなさい……何も進んでない……