東方摩耗録 連載 作:力尽きても復活した奴
幻想郷で暮らすことになってから数日がたった。
この家で住むことになった次の日から藍さんと橙の手伝いを始めて、昨日までに洗濯や掃除、料理など一通りの事は行い、大体の事は一人でも出来るようになった。
洗濯は洗濯機を使った。洗剤は樹から採取して加工したものを使用して、電気の代わりに妖力で動いてゐるらしい。
古いタイプではあったがなんら問題なかった。
――あわあわー!
――橙!?一本入れちゃだめでしょ!
調理に関しては竈や囲炉裏等を使用する方法がメインであったため、勝手が分からずに凄く苦労した。
数ヶ所火傷したのは特段不器用だったからでは無いはずだ。
――ふぁいあー!
――ちぇぇぇん!家ごと燃えちゃうから!
――あっ、焦げてる
掃除機のみならず、雑巾と箒による拭き掃除と掃き掃除は思ったよりきつかった。全身筋肉痛だ。
――藍さまー!こっちは終わりましたー!
――あ、藍。この前頼んだカステひゃっ!
――紫様!?って、廊下がビショビショじゃないか!橙、雑巾はしっかり絞ったのか!?
他の事も含めて思い出していると、昔の道具を使った方法と現代的な道具が混在していることが多かった。道具は一番新しいものでも二十世紀後期から二十一世紀初頭ぐらいの物であり、古いものでは三千年以上前から存在する全自動薪割り斧という代物がある。
それにしても、橙の失敗の多さは少し気になるところだ。細かいミスも含めると十分に一回はしていたような気がする。
全体としては手際は良いのに、何故なのだろうか。
「橙、どうしたの?失敗が多いけど、何かあったの?」
縁側に座って休んでいると、藍さんの柔らかな声が微かに聞こえてきた。
藍さんは橙と二人きりだと雰囲気から何まで穏やかになるのだ。前に紫さんが覗いていたときに知った。
「いえ、何かがあったという訳では無くて、その、時命に良いところを見せたくて頑張ったんですけど……」
「張り切りすぎて失敗しちゃったのね」
「うぅ、はい……。ごめんなさい」
どうやら、やる気が溢れてマイナス方向に突っ走ってしまったらしい。
「カッコ悪いところ見せちゃいました……」
まぁ、否定は出来ないかな。……でも、悪くない。
「うーん、そうだね。そこは否定できないかな」
「頼れるようなお姉ちゃんになろうと思ったのに、これじゃ無理かな……」
……何か頼れそうなことを見つけておこう。
「まだ十分挽回できるよ。何時も通りやれば出来るんだから、すぐに分かってくれるよ」
あまり盗み聞きするのも憚られる気がする。
仕方ない、紫さんの所に行ってみよう。
「やだ、私に会いたくて来ちゃったの?存在するだけで若い男を誘惑するなんて、私って罪な女ね」
やっぱり間違いだった。
「ノリが悪いわね」
良くする必要がないからな。
「まぁいいわ。私のところに話しに来るなんて、何かあったの?」
「いえ、特に。気の迷いです」
後悔している。
「気の迷いって、失礼ねっ全く。」
変な気の使い方を止めることさえしてもらえれば、そう思わなくて済むのに。
「んーそうねぇ……。藍の好きなものはお揚げで、橙はマタタビ、みたいな?」
想像してた狐と猫の好きなものそのものだな。
「イメージ通り過ぎてもはや嘘臭く感じますね……。で、紫さんのは言わないんですか?」
「あら、私のも聞きたい?」
「?はい。紫さんの事、知りたいですから」
目を丸くする紫さん。どうしたのだろうか。
「…………はぁ。多分無意識なんでしょうね、それ。ま、良い傾向だわ。最初の頃は周りに興味なんて向けてなかったし」
盛大にため息をつきつつも柔らかな笑みを浮かべる。
「そうね。私の好きなものは……」
「あっ、幻想郷以外でお願いします」
それはもう分かっている。
「…………じゃあ」
「あ、橙達と博霊の巫女も無しで」
まだ会ってから数日だけど、耳にタコが出来る程聞いたからな。
博霊の巫女にいたっては、会ったこともないのに性格や交遊関係まで把握してしまった。
「………………そ、そうねぇ」
「炬燵と蜜柑も除外しておきましょう」
今も目の前にあるし。
「…………………………。な、何でそんなに把握されてるの?」
「自分の行いを省みてください」
「いやよ」
子供か。
「私の嫌いなことは」
「反省と自制ですよね」
「うそ……、私の特徴、把握され過ぎ!?」
「全部自分で言ってたじゃないですか」
幻想郷がどれだけ大切なのか、藍さんと橙のことをどれだけ思っているのか、博霊霊夢がうんぬんかんぬん。
近くに居るだけで聞かずとも湯水のように出てくるみんなの良い所悪い所。
どんな話をしていても何処まで本気なのかが分からないけど、こんなところで変に取り繕うヒトでもないだろうから相当好きなんだろう。
藍さんに叱られたときにも反省はしないわと言ってたし。
「そ、そうだっけ?まぁ、いいわ。うん。……何か恥ずかしいわね」
このヒトも恥ずかしいと思う事があったのか。
紫さんは扇子で顔を隠すも赤い耳が少し出ていた。
「それで、ここでの生活は慣れたのかしら?藍は手際の良さを褒めてたけど。あ、蜜柑食べる?」
あからさまな話題転換だが、あえて意地悪をする理由もない。
「ありがとうございます。少しは慣れてきたと思います」
「それなら妖怪から逃げ切るための訓練もぼちぼち始めようかしら。明日からいけそう?」
願ってもないことだ。今のままでは橙の足手まといにしかならない。
「はい」
「それなら準備しようかしら。ちょっと行ってくるわ。あっ、これ藍に渡しておいて」
返事を聞いて楽しそうにしている紫さんが、ビニール袋を置いてスキマへと消えていった。
消える間際に見せた何か企んでいそう笑顔が不安を煽る。まぁ、気にしてもしょうがないか。
炬燵の中でも蜜柑を食べながら外を見ていると、橙と藍さんが居間へとやって来た。
「ふむ、紫様がいると思ったのだが何処にいるか知らないか?」
紫さんがいないことを確認した藍さんが話しかけてくる。
そして橙がその後ろに隠れていた。
先ほどいなくなったことを伝えて袋を渡すと、橙に何事か囁いてから何処かへと向かっていった。
しばらくその場に佇んでいた橙は、おもむろに動き出して袖をつまんでくる。
「頑張るから、見ててね!」
そう宣言した橙の顔はやる気に満ちていた。
(´・ω・`)本編はもうちょい先っす