西野さんは困惑していた。
それは当然である。起きたら知らない人と一緒に寝ていたのだ。それもこんな不思議な子と。
「あの‥‥どちら様で?」
「覚えてないのです?」
覚えてないです。てか昨日駅で東田さんと別れた辺りから記憶があやふやです。
「あれ、てかそもそも私昨日はどうやって帰って来たの?」
「それは私が担いで来たからです。」
「か、担ぐ!?」
「あ‥‥いえ誤解です!アナタから頼まれてこんな風に‥‥」
彼女はそのやり方を再現してくれた。
しかしそれを見て西野は顔を両手で隠した。
(それってお姫様抱っこじゃん!!)
「そのあとはまとまりのない指示のもとここまで来たのだが」
ふむふむ、つまり酔っぱらいのいい加減な道案内でここまで運んだと。
「それでそのまま帰ろうとしたら‥‥」
『君、行く宛あるの?』
『‥‥‥‥ない。』
『ならここに住む?』
「と、言われまして。」
何やってんだよ私‥‥
待って、この流れでこの子と寝てたってことは‥‥
「私、それ以外に何かした?」
「何かしたとは?」
「いや‥‥その‥‥」
「されたと言えば‥‥」
少し考える彼女。やはり私はとてつもない過ちを‥‥
「メイドのなんたるモノかについて教えていただきました。」
「へぇ?」
『いや~うちに来るならアナタにはメイドとして働いてもらおうかな。』
『メイド‥‥』
『どうかした?』
『メイドとはなんでしょうか?』
『‥‥‥‥』ぷるぷる
『あ、あの‥‥』
『信じられない!メイドを知らない何て!アナタ今までどんな環境で住んでたの!ずっとガリガリ勉強してたの!?』
『へぇ?いやそもそも私は‥‥』
『ハイハイ、こうなれば私が一からメイドとは何か教えて差し上げからね。覚えるまで寝かさないよ♪』
『こ、怖い‥‥このニンゲン怖い‥‥』
「と言う感じになって結局二人して寝ちゃったいうわけです。」
「な、なるほど?」
私、酔っている間になんてことやらかしてるの!
「私‥‥アナタには感謝しています。温かい声をかけていただいて。手を差し伸べて下さって‥‥私!西野さんのメイドとして一生懸命‥」
「ストップストップ!!」
「西野さん?」
「なんだかよく分からないけど、私は人を雇う気はないですよ。」
「ええっ!」
「私、平の会社員だからそんなにお金持ってないからアナタを雇えない。」
「大丈夫です。私お金なんて興味ありません。」
「そういう問題ではなくて‥‥」
「私お役に立ちます!」
「それでも無理なものは無理だよ。というか君は私のとこなんかのメイドでいいの?」
「私はかまいません!昨日アナタに出会わなければ私は死んでいたかもしれません。なればこの命は西野さんの物も同然です!」
「いや!重いから!私本当に昨日何したの!?」
「アナタが覚えていなくても私が覚えてるから問題ないです。だから私はアナタといたいです。」
「‥‥‥‥」
「やっぱり‥‥ダメですか?」
「‥‥‥‥」
彼女が見つめてくる。いや、マスクが邪魔で視線はわからないけど。
彼女には申し訳ないけれどやはり決断できない。あまりに突然過ぎる。無理だ。
「守れもしない約束なんてしてごめんなさい。でも無理なんです。」
「うっ」
彼女が落ち込んで下を向く。
「ごめんなさい‥‥」
罪悪感が凄い‥‥
「いえ、私も無理な頼みをしてすみませんでした。一晩匿ってくれただけでもありがたいのに‥‥」
彼女はすっと立ち上がる。
その際に彼女にかかっていた毛布が落ちる。
「あ、アナタ!それ!」
毛布の下からあらわになったのは肩から胸の辺りまで広がる大傷を無理やり止血した包帯だった。
「これですか?昨日に比べれば大分元に戻ってますよ。」
「もしかして‥‥それって‥‥」
「はい、アナタが止血してくれました。」
(これ自体にはそこまで感謝はない。ただあの時、この人に会ってなければ私は今頃死んでいた。)
「それでは‥‥」
「待って。」
出ていこうとした彼女を西野は止めた。
「そこまで手を差し伸べておいて‥‥見捨てるなんて、そんなの人でなしだよ。」
「そ、それでは!」
「うん!アナタを雇います。」
「ホントですか!?ありがとうございます♪」
まぁ一人暮らしから二人暮らしへと生活環境を変えて気分転換とでも思えば良いだろう。
「あっ!そういえば。」
「?」
「私はまだアナタの名前知らない。」
「あ、いえ。私には名前なんてありません。」
え?本気で言ってるのこの子?
「ちょっと、なんなのさ。メイドを知らない環境で育てられたどころか名前すら付けてもらえないなんて、どんな酷い環境だったの?」
「あの‥‥先程から申し上げたかったのですが。」
「はい?」
「私、そもそも人間ではなく深海棲艦です。」
「‥‥‥‥えっ?」
「私は深海棲艦の巡洋艦です。」
「え、ええええっ!うっそーー!?」
「お金とかは本当にいらないのでよろしくお願いしますね西野さん♪」
「すみません、もう少し考えさせて。」
しかし、そうこうしているうちに出勤の時間が来てしまい考える時間はゼロ。彼女は今日から我が家のメイドとなったのだ。