ハイスクールD×D 名前はまだない   作:月狩

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死の為の死

幼馴染の親友である兵藤一誠から、彼女が出来たと嬉しげに報告された。驚愕と共に、彼女だという少女、天野夕麻が紹介された。黒髪が艶やかに朝日を反射して光り、ストレートに下ろされたそれから少し目を逸らす。

「一誠、正直に言ってみろ。どんな脅しを使ったんだ? ん?」

「そんなことしてねえよっ! 少しは俺を見習って、お前も彼女を作るんだな」

ははは、と機嫌よく笑う一誠に、俺も笑みを浮かべてやる。物腰柔らかな天野さんに、一誠のどこが良かったのか、などと聞きながら、登校の道程を消化していく。

天野さんが一誠が褒めれば、一誠は照れくさそうに頬を掻いたり頭を撫でたりと落ち着きをなくし、俺が一誠がやらかしたことの数々を教えてやれば、一誠は慌てて俺の口を閉ざそうとする。それを回避して最後まで言えば、天野さんはそれでも笑ったり、流石に少し呆れた表情を浮かべることもあった。それでもその顔には、一誠を思う感情があったように思う。

他校の天野さんと別れ、一誠と残りの道を歩いていく。

「お前にあんな良い彼女が出来るとはな……」

「ふふんっ、羨ましいか?」

はいはい、羨ましい羨ましい、と話を流して、遠くに校舎の影を覗かせるようになった、俺たちが通う学校、駒王学園の姿を見やった。

思えば、平和な日はこの日で終わっていたのだろうと、後には懐かしさに目を細めた。

 

「死んでくれないかな?」

一誠が天野さんとデートだ、と浮かれていた前日から、デートを尾行してやろうと画策して、夕日に染まり、そろそろ解散かと思われ、最後にキスでもするのか、と流石に自重し帰路に着こうとしたとき、背後からそんな声が聞こえてきた。

思わず振り返れば、戸惑う一誠と、対峙する天野さん。天野さんの手には長大な、光の槍としか形容できないようなものが握られていた。場所は公園。この公園の唯一の目玉である噴水の前。噴水から散る水が夕日に染まり、一瞬血のように見えた。

「一誠っ!」

思わず叫び、隠れていた木の影から飛び出し、今にも放たれそうな光の槍の穂先から、一誠を蹴り飛ばす。その直後、俺の足の上を光の槍が通過した。石畳に直撃した瞬間、それが秘めていたエネルギーでも解放されたのか、辺りを軽く吹き飛ばした。蹴り飛ばした直後で、不安定な体勢でいた俺も同様に地面を転がり、小さな擦り傷をいくつか作る羽目になった。

転がる勢いもなくなると、その元凶となった人物、天野さん、いや天野へ視線を向ける。そして改めて天野を視界に納め、非現実的な光景に思わず小さな笑みが浮かぶ。

ワンピースを突き破るようにして、彼女の背には鴉のように黒い翼が生えていた。すでに思考が停止でもしているのか、堕天使という単語が頭に浮かび、そのまま口から漏れていた。

それを聞いたのか、俺の登場に驚愕の表情を浮かべていた天野は笑みを浮かべて答えて見せた。

「想定外のことも、起こるものね」

「っ、一誠、逃げるぞ!」

天野が浮かべた笑みは冷笑というには冷たさが足りず、嘲笑というにはこちらを嘲る色が弱い、中途半端な笑みだった。だが、それが一層、こちらの恐怖心を煽った。

理解できない展開の、その速さに脳の処理が追いつかないのか、目に宿る光も衰え、体の動きが緩慢になってしまっている一誠を引きずるようにして、天野に背を向けて走り出す。だが、人一人を背負った状態で、明らかに人間ではないモノを相手に、逃げられるはずもない。

少し遠いはずなのに耳元で囁かれているかのように、耳朶を揺らす天野の笑い声。瞬間的に体から力が抜け、前に倒れこむ。だが結果的にそれが功を奏し、俺たちの背を狙った一撃は僅かに俺の服を破くだけにとどまった。服が裂け、外気に直接触れるようになった肌は、暖かくなってきた季節だというのに、やけに寒さを感じて鳥肌を立てる。

先と同じ一撃が地面を揺らして削り、そこから発生した石弾や土砂が俺たちを襲う。腕を翳してなんとか急所だけは護るものの、腕を襲う痛みは激しさを増していき、収まる頃には左腕は当分使えないだろうと思える程度には傷だらけだった。

「意外と粘るわねえ。全部偶然でしょうけど」

こつこつとハイヒールの踵を鳴らして近寄ってくる天野に、なんとか一矢報いてやりたいが、何もできることなどない。逃げることも出来ず、唇を僅かにかみ締める。

周りを見渡しても、日が落ちるこの時間帯、人の影すら見えず、天野が俺たちを殺す障害になりそうなものなどない。俺たちの死を看取る者は、天野だけだ。

ふと、内心で首を傾げた。この異常なまでの静寂。鳥の声はおろか、虫の音すら聞こえてこない。まるで俺たちだけが別の空間に隔離されたような、そんな感覚に背筋が粟立った。

「おーいつーいたー」

音符すら付けそうなほど、機嫌の良さそうな声を出した天野。呆然とした状態から立ち直り、その距離の近さに思わず地面に倒れこむ。振り向いたすぐ目の前、鼻の頭が掠りそうなほどの至近距離に天野がいた。

「まったく、こんな美女を見てそんなに驚くなんて、失礼しちゃうわね。ところで……どうやって気付かれずに尾行していたのかしら?」

台詞の前半と後半の声音の違い。ふざけているかのような高音から、一気に地を這うような低音への移行。その落差に引きつった笑みを浮かべながら、答えを返して時間を稼ぐ。稼いだ時間で一誠が立ち直れば……。あいつは怪我はしていないはずだから、逃げるくらいは出来るはず。

「素人丸出しの尾行だったと思うんだけど? 意外と堕天使ってのも鈍いんだな、人生の最後にしてこんな面白おかしい発見があるとはなっ!」

敢えて挑発し、天野の怒り、関心を俺に集中させる。それで一誠のことを忘れてくれれば、一誠が立ち直れずとも、生き残れるかもしれない。可能性としては、かなり低いと言わざるを得ないが。

若干離れた位置に倒れている一誠を盗み見る。やはり、未だに自失からは抜けられていない。だが、一度だけピクリと動いたような気がした。

「そんなにあの坊やが気になるのかしら? それなら、あの子から先に殺してあげましょうか?」

「―――っ!」

距離が近いことを幸いと、歩き去ろうとする天野の足を掴み、強引に押し倒そうとする。足の方が力は強いとはいえ、バランスが崩れるだけで十分。そう、考えたのだが。

「穢れた手で触れるな、人間如きが」

掴んだ足はピクリとも動かず、地面に根を張ったかのように不動。しかし反対の足はしなやかに伸びた。腰の回転を加えたその蹴りは、掴んでいる俺の右腕の骨を粉々に砕いた。

全力で掴んでいたにも関わらず、何の問題ともせず地面に立ち、あまつさえ蹴りを放つ。衝撃によって手は足を離れ、やがて地面に落ちた。その時点に至って、ようやく右腕が発する痛みを脳が認識し、激痛を自覚する。叫びそうになって開いた口を、執念で閉じる。悲鳴を噛み殺し、滲む視界で天野を睨み据える。

「あーあ、折角の絶叫を噛み殺しちゃったらつまらないじゃない。やっぱり、あっちの坊やを先に殺した方が良いのかしら?」

右腕は肘の先で折れて使い物にならない。左腕も動くには動くが、緩慢で、動かそうとすれば痛みが走り、碌に動かせそうにない。ならばと、額を地面に押し付けて体勢を整えて立ち上がる。痛みが体力を奪っているのか、それとも立ち上がるなという脳の反抗なのか、膝はガクガクと震え、今にも崩れ落ちそうになる。生まれたての小鹿のほうがよほどしっかり立っていられるだろう、と自虐を挟んで自身を襲う痛みから逃れ、再び天野の顔を見下ろす。

立てるとは思っていなかったのか、その表情には驚きの色が全体に広がっている。

「立つんだ。へー。いい加減、貴方も目障りだし、先に貴方から殺してあげるわ。あの坊やを殺すのを邪魔されたりしたくないしね」

天野の手に再び収束する質量を持った光。形状に変化はなく、先と同じ槍。碌に動けない俺では、正面から胸元に叩き付けられて死ぬしかないだろう。それでも、一歩前に出る。

その反応が癇に障ったのか、苛立ちを僅かに含め、先の二発よりもよほど大量の力を注ぎ込まれていくのが、なんとなく分かる。だが、いまさら俺に出来ることなどない。また歩を進める。

俺が立つまでの間に移動した、約五歩程度の距離を詰めるまでに、天野が作り出した槍が発する光は、それを直視すれば失明するのではないかと思えるほど強くなっている。当たれば、もしかしたら俺の体を丸ごと吹き飛ばすかもしれない。だが、歩みは止めない。

天野がそれを俺に放った瞬間、ふらりと体勢を崩し、だが光の槍は俺の左半身のほとんどを消し飛ばした。そのエネルギーがどう動いたのか定かではないが、俺は吹き飛んだりせずに立ったままでいられた。不快と一抹の恐怖を表情に乗せた天野を正面から見据え、倒れこむように頭突きを食らわせる。

靄がかかっていた視界は、その衝撃で靄が晴れた。その対価として、血のような赤を僅かに含んだ闇の中に意識を奪っていった。

靄が晴れて一瞬だけ見えた光景は、天野が怒り狂った表情を俺に見せているものだった。

 

―――ふん、此度の主は本当に弱いな……―――

―――この程度で心が壊れかけるなど、軟弱な……―――

―――仕方あるまい、人形のような生の主に縛られるのも癪だ……―――

 

―――力を、

     貸してやるとしよう……―――


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