月に叢、華に風   作:くさむらじゃないよ、むらくもだよ!

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伝承の地へ

『肥留に傾国の美女あり。其、悠久を生きる血喰らう者なり』

 

 

これが肥留山に伝わる伝承。悠久を生きる者、そして血を喰らう者。この二つから推察して、あの山には吸血鬼---もとい吸血姫がいると言われてきた。そしてそれを裏付けるように、あの山では不審死が目立つ。

 

 

肥留山自体は別段標高が高いわけでもなく、また樹海のように薄暗いわけではない。そのため自殺スポットなど、そういうところではないが、吸血姫伝承を聞いた馬鹿な大学生やオカルトマニアが踏み入ることはままあることなのだ。尤も、そうした人間こそ伝承の欠片も掴むことはなく、不審死のカウントを増やすだけだが。

 

 

山というのは一種の密室であり、異界だ。霊峰富士ともいわれるように、山自体が神性を帯びることもある。そして、いつの時代も神とは得てして気まぐれかつ残酷であり、人間に推し量ることなど出来ようはずもない。山の天気は変わりやすいというが、それは気象学的見解のみならず、山自体が神であり、また気まぐれであるということに基づいていると私は見ているわけだ。

 

 

そして吸血姫とは、その山の遣いではないかとも。もっとも、これは話の飛躍のしすぎかもしれないが。

 

 

 

「・・・はあ、それで。今の話になんの意味が?」

 

 

「人生意味あることばっかりじゃないよ?」

 

 

「つまり、無駄話を延々聞かせられたってことですか。殴っても?」

 

 

「暇つぶしにはなったじゃないか。」

 

 

けらけら嗤いながらこのえの右ストレートを避ける。まったく、こういうところは椛にそっくりだ。すぐに手が出るところがね。彼女とスるとき、よく爪や歯を立てられたのを思い出すよ。おかげで生傷が絶えなかった。まあ、すぐ治るのだけどね。

 

 

 

「そういえば君の家は?」

 

 

「差し押さえられました。母は借金もしていたので。」

 

 

「刹那主義だったからねえ。確か勘当されていたか。」

 

 

「みたいです。だから駿河さんの家を訪ねたんですが。」

 

 

「なんで私の家が分かったんだい?君とは会った事なかったけど。」

 

 

「母に遺書を渡されていました。調査に行く時、自分に何があっても良いように死んだ後の事を書いた遺書を毎回遺すようにしていたので。」

 

 

「なるほど、そこに私の事が書いてあったわけだね。」

 

 

だからといって、開口一番あれはないと思うが。そこまで気が回らないほど切羽詰まっていたのか、それともまた別の理由か。分からないが、興味もないので思考を打ち切る。

 

 

いま私たちは電車に揺られている最中であり、やることもない。せいぜい、窓の外の景色を眺めるくらいだが、ここ三十分ほどずっと田園風景が広がっていて変わり映えがしない。仕方がないので、目の前にいるこのえを眺める事にした。

 

 

肩にかかるほどの艶やかな黒髪。鴉の濡れ羽色というのか、水を浴びたわけでもないのにしっとりしたその髪は、ともすればむせかえるほどの艶めかしさを醸し出している。

 

 

形の整った眉に、二重のまぶたに半ばほど覆われた瞳は宇宙が如き神秘さを纏っていて、さながらブラックホールのように視線を吸い込んでくる。右目の目尻にある泣き黒子もセクシーで鼻筋も通っており、色素の薄い唇は緊張か真一文字に閉ざされていて、ともすればこちらを睨みつけているかのようだ。---実際に、睨みつけているのだろうが、まあそこはそれだろう。

 

 

総評としては見紛うことなき美少女であり、将来はきっと妖艶な美女となるだろうこと請け合いだ。彼女の母親の椛には似ていないが、逆に私とはよく似た所が多少ある。差し詰め女版の私であろうか。そしておそらく嫉妬深く、独占欲の強い女性になるだろう。そこは椛とも私とも違うところだ。私たちは基本的に執着はしても独り占めしたいとは思わないからね。

 

 

彼女の母親である椛はさっぱりとした女性であり、体と心を切り離して考えることのできる女性だった。肉欲にふけることはあってもそれに心は流されない、精神と肉体を意図的に乖離させることのできる女、それが睦柄椛だった。

 

 

解脱したわけではない彼女は、生きている限り欲に囚われる。そんなとき、あくまでも欲求不満を解消するための体だけの関係として男に抱かれるのだ。そこに男女の愛など存在しないし、必要ともしなかった。それは椛も私も同じ。

 

 

感情はいずれ風化するもの。記憶も感情も永遠に鮮烈であることなど有り得ず、時間と共に劣化していくことは避けられない。愛も憎悪も、所詮は一過性のものでしかないのだ。憎み続けることなど出来はしないように、愛し続けることもまたない。どこかで必ず冷めるものなのだ。

 

 

まあ椛は私ほど悲観していたわけではなく、夫がいた時期もあったのだ。とはいえ、私との関係がバレて離婚したのだが。---あの時の椛の泣き顔は、割とそそって燃えてしまったのは蛇足だろうね。

 

 

 

『---次は、肥留、肥留で御座います。お降りになられる乗客の方は---』

 

 

「どうやら、着いたようだね。」

 

 

「そうみたいですね。」

 

 

そんなことを考えているといつの間にか目的地に着いたようだ。手早く荷物を纏めて電車を降りると、そこは一面田んぼだらけのまさに田舎といった風情だった。それも、ドが付く田舎だ。現代においてむしろこれほどの田舎は珍しい部類だろう。

 

 

 

「へえ、ここが肥留か。クソ田舎だね。」

 

 

「・・・?そうですが、来たことは無かったんですか?」

 

 

「うん?ああ、私と椛が会ったのは此処ではなかったからね。私が彼女の元を去った後、そして君が生まれる前に、椛はここへ越してきたんだろう。」

 

 

実際、私は椛と別れた後彼女がどこにいたのかを知らなかったし知ろうとも思わなかった。やるべきことは済ませた私としては、一人の女に構っている時間が惜しかったし、なにより彼女に飽きていたからだ。既知まみれになった彼女を見ていてもそそらなくなったし、お役御免とばかりに別れたというわけだ。

 

 

 

「そうですか。」

 

 

「そうなんだよ。」

 

 

---さて、過去の事を振り返るのもほどほどにて、現在(いま)に集中するとしようか。それに、たまには田舎の純朴な子も食べてみたいしね。不埒な思考でも読み取ったのかこのえが睨んでくるが、お堅い処女はほうっておくのが一番だ。実際に処女かどうかは知らないが。

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