月に叢、華に風 作:くさむらじゃないよ、むらくもだよ!
肥留は町とも呼べぬちっぽけな村だ。必要最低限の施設だけが揃い、都会での旗揚げを夢見た無謀な若人たちが我先にと村を出た結果、少子高齢化の憂き目にあった哀れな村落。
道を行く人間に子供など一人もいない。これでは学校も近いうちに廃校になるだろうね。この光景を見るだけで、この肥留の地が既に終わっていることが如実に分かるというものだが、それを可哀想とは思わない。所詮は他人の不幸でしかないのだし、肥留が滅んだところで世界は問題なく回る。気にしたところで時間の無駄なのだ。
「確か肥留山はこの村を進んだ先にあるのだったかな?」
「そうですね。ただ・・・」
「ただ?」
「肥留山の周りを、村の自警団が警戒しているんです。あそこは良くも悪くもマニアに有名なので、それをネタに観光業で村を盛り上げようとでも思っているんでしょうね。そしてその利益を自分たちだけのものにするために、部外者が勝手に入らないよう取り締まっているらしいです。」
「今さら盛り上げたところで遅いだろうに。腐った老いぼれの脳味噌じゃ気付けないか、ハハ。」
嘲笑うも、彼女は一瞥するのみでそれを止めようとはしない。少なからず、このえ自身そう思っているのだろう。事実、有名なのは肥留山であって、この村に魅力があるわけではない。泡沫の夢に過ぎない、いいやそれ以下のただの夢物語だ。明確なビジョンもなにもない、老害たちの足掻き。
「私はこうはなりたくないものだね。」
足元の枯れ葉を踏み躙りながら、そう溢した。
☆
「おお、あれが。」
「はい、肥留山です。」
掌で日除けを作りながら、少し離れた場所にある山を眺める。樹海のような鬱屈とした空気ではないが、人死にが定期的に出るためかやはり空気が澱んでいる。霊感のある人間が入ればおそらく、中にいる怨霊に取り殺されるであろうことは明白だ。
「それで、どうするんですか?自警団の人がいますけど。」
「それはもちろん、正面切って、なんの邪魔立てもされず、悠然と通り抜けさせてもらうよ。それと、今から山を出るまで、私から離れないようにね。でなければ死ぬよ、君。」
「---は?」
間抜けな声を出すこのえを無視してそのくびれた腰を掴んで引き寄せる。ほどよく肉の付いた腰付きに息子が少し反応したが、そちらはこのえに気付かれていないようで僥倖だった。バレていたら絶対零度の目線を注がれるだろうからね。
そしてそのまま草木に隠れることもせず、目線の先に自警団らしき初老の男がいるのをしっかりと目で捉えながら歩き出す。普通そんなことをすれば気付かれるだろうがしかし、自警団の男は気付かないし気付けない。そのことに気付いたこのえが目を見開いているが、簡単なことだ。
灯台もと暗し、ともいうように人は近すぎれば逆に気付かないものであり、私はそれを応用しているだけに過ぎない。自身の存在感を必要以上に大きく見せ、そこにいて当然と思わせるようにする。目と指を近付ければ指がぼやけて見える現象---人体として当然の反応を少し利用しているのだ。要は視線のトリックとも言える。
そのまま男の横を通り抜け、少し離れたところまで歩く。入口から近いところで今の状態を解いてしまえばすぐにバレてしまうしね。隠れられそうな木があるところまでは今の状態を継続しなければならない。
「駿河さん、今のは・・・?」
「君が知ったところで意味は無いよ。」
にべもなく切り捨てる。隠す必要はないが、教える必要もない。それにこれをあまり長い間していると空間が耐えきれずに電子レンジに入れた卵みたいに爆散するからね。素人にはお勧めできないし用法容量を守らなければならないんだ。
「それでこれからどうするんですか?なにか当てがあるんですか。」
「ないよ。さっぱりない。噂は知ってるけど実際に来たのは初めてだ。」
「・・・先は長そうです。」
「まったくだね。」
げんなりとした様子で言い捨てるこのえに同調しながら、山を進む。鳥の一匹もいやしない、まったくの静寂だ。普段からこうなのか、私たちが入ってきたからこうなのかは知らないが、不自然ではある。どちらにせよ、彼らが本能で
出来る事ならば前者であってほしいものだ。その方が暇つぶしにもなる。
「さて、闇雲に探していては時間がかかるね。そう高くない山といえど、手当たり次第に探すのは非効率的すぎるし。」
「そうですね・・・。なら、まずは一度山頂まで登ってみるのはどうですか?」
「そうしようか。確か山頂には城跡があったはずだし。」
曰く戦国時代に建てられた城らしい。昭和あたりまでは現存していたが、空襲で焼け落ちたとのことだ。大した施設もないこの肥留をなぜ空襲したのかは分からないが、昔はここも国にとってなにか重要な役割が在ったのかもしれない。尤も、今は見る影もなくなっているが。
「聞きたいんですけど、そういう情報ってどこから仕入れてくるんですか?やっぱりネットですか?」
「んー?まあそうだね、マニアのブログとかも結構見てるよ。三流小説の与太話染みたものから本物の怪奇現象まで千差万別さ。くじを引く感覚で楽しんでるよ。」
要するに当たれば儲けもの、程度の考えだ。大体の場合はネットが情報源だが、余程暇を持て余したときは自分から動いて伝承を集めたりすることもある。その場合、一から始めることになるので相応に時間はかかるが、逆を言えば暇潰しにはもってこいということだ。
私の行動原理は楽しそうなこと。そのためならば苦労など一切惜しまないし、金にだって糸目は付けない。下手にケチってつまらない結果になってしまっては興冷めにも程がある。どうせ失敗するのなら頭から突っ込んで盛大に失敗した方が面白いのだ。
---まあ、これを話した人には例外なく「貴様狂っているよ」と言われるのだがね。