Break time
コツコツコツという音があなたのサイン。
マグカップを二つ用意して、ティースプーン山盛りの粉コーヒーとたっぷりのお湯を注ぐ。本当は豆から用意できれば良かったんだけど、物資不足の今じゃそれは難しい。
だから、その代わりにと、あなたのコーヒーは気持ちをたっぷりと込めてかき混ぜる。ダマを一つ一つ丁寧に潰して、しっかりと溶けるように。
「コーヒー淹れたよ、指揮官」
そう言うと、あなたはペンを置いて、私に微笑んでくれる。
「丁度休憩にしようと思ってたんだ。ありがとな、45」
知ってるよ、指揮官はコーヒーが飲みたいときは指で机を叩く癖があるからね。日々の観察の賜物だよ。
そう言いたい気持ちを、作った微笑の裏に隠す。自分でもちょっと引くくらいだから、あなたに言ったらドン引きされてしまうかも。それとも受け入れてくれるのかな? それなら嬉しいな。
「どういたしまして。私もご一緒させてもらうね」
でも今は、微笑みと感謝の言葉と、一緒に過ごす時間だけで充分。多くを望みすぎないのが上手に生きる方法だって誰かが言ってたしね。
副官のデスクから椅子を引っ張って、あなたと向き合うように座る。そして、同じデザインのマグカップに、同じタイミングで口を付ける。
「あたたかいね」
「そうだな」
誰かと一緒に温かい飲み物を飲む。それも、ちょっと特別に思ってる人と。
それが私にとってどんなに幸せな事か、あなたに伝わってほしいし、伝わらないでほしい。あなたも一緒なら嬉しいし、私だけならちょっとだけ寂しいから。
「おかわりいる?」
「ああ」
「りょーかいしましたよ、しきかーん」
マグカップを受け取って、私のものと一緒に並べる。両方に同じ量の粉コーヒーを入れて、それぞれにお湯を注ぐ。ちゃんとかき混ぜるのも忘れずに。
「はい、おかわりですよ。これ飲んだらお仕事だからね」
「ああ、分かったよ。……いつもありがとな」
いいんだよ、お礼はいつも受け取ってるしね。
あなたがマグカップに口を付けるのを見てから、私も縁にキスをする。
苦くて、ちょっと甘い味がした。
一等星だけの星空
星を見に行こうよ。
基地から少し離れるだけで、人工の灯りは全く無くなる。だから星を見るには持ってこいなのだと、彼女は言った。
カンテラの光を消せば、辺りは本物の暗闇に包まれる。
午前零時の冬空。遮る雲は一欠片もなく、絨毯のように敷き詰められた星の輝きが、何万光年離れたこの場所へと届けられる。
横に立つ彼女は、夜闇に目を慣らすため、目を瞑っていた。人形と違って人間は、直ぐに暗闇に対応できない。
――楽しみを待つのも、楽しいものだよ。
そう言って、彼女は笑っていたけど。
もう一度星空を見上げれば、大小強弱様々な星が各々の光を発している。中には赤かったり、青かったりするものもあって、いつか見た都市を飾るイルミネーションのようだと思った。
でも、それは人形の、優れた視力で見た星空だからであって。
例えば彼女のような、眼鏡を必要とする人間には、また違った星空が見えるのだろう。
――一等星がたくさん輝いていて、とても綺麗だね。
青い瞳に私が見ている星空を移しながら、しかし、その殆どが彼女には見えていない。
同じ夜空を見てるのに、見えるものが違うのは、少し、ほんの少しだけ、寂しかった。
私は人形だから、視力を彼女と同じくらいまで下げることは可能だけど。
私は『ワルサーWA2000』だから、視力は良くなくてはいけない。
すぐに同じ星空を見ることはできるけど。
この先、共に居る為には、同じ星空が見えてはいけない。
南の空のオリオンを指差して、その三連星を想像する指揮官の星空を、WA2000は見ることはできない。
だけど。
いつか、私がWA2000である必要がなくなって、『ワルサーWA2000』じゃない私になった時に。
鉄血との戦争は、いつ終わるかも分からないけど。
全部終わった、その時は。
貴女の目で、貴女と同じ星空を見たい。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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