ちょっと素直じゃない春田さんが出てきます。
新しい扉を開いてください。
春の野に吹きすさぶは。
銃床に体重をかけて押し込むと、まるで熱したナイフをバターに刺し込むかのように、ライフルの先に取り付けた銃剣がRipperの頭蓋へと沈んだ。
沈んだ銃剣はRipperの脳を鋭く抉って破壊し、その活動を停止させる。抵抗のつもりだったのか、それとも助けを求めていたのか。もがくように天に伸ばされていた彼女の手は、意志を失ったように投げ出される。
それを見届けもせず、スプリングフィールドは銃剣を引き抜き、今にも飛び掛からんとするDinergateを宙に蹴りあげ突き刺した。そして、銃剣に着いた疑似血液を振り払うついでにそれを地面に叩き付け、踏み潰す。
足下のゴミを蹴散らし、彼女は翡翠色の瞳で戦場を見回す。焼け焦げた地面に這う赤い炎、敵味方双方の残骸が転がるそこは、元が緑広がる草原だったとは思えない、まさに地獄のような場所だった。今も、どちらのものかも分からない悲鳴や怒号が絶えず響いている。
冷静に戦場を見渡す彼女の目が、味方の人形に止めを刺さんと銃剣を振り上げるGuardの姿を捉える。すかさず彼女はライフルを構え、その無防備な頭を吹き飛ばした。
素早く装填を済ませながら、彼女の視線は獲物を探す。結んでいたリボンが解けたのか、視界の端をちらつく自分の亜麻色の髪に少し苛つきながらも、彼女はその姿を漸く見つけた。
装甲を纏った巨大な胴体と、それを支える四本の蜘蛛のような脚。そして、胴体から伸びる長大な砲身。毒持つ獣の名を冠する兵器、Manticore。
この戦場で味方に最も損害を与えた怪物に、彼女は自身の名の元となったライフル一つを構え、駆け出す。
亜麻色の長い髪を靡かせ獣の様に疾駆する彼女に先に気付いたのは、Manticoreの護衛を務める三機のAegisの内の一機だった。彼は残り二機に警戒信号を送った瞬間に徹甲弾により頭を撃ち抜かれ絶命する。残った二機も、警戒体制に入る前に一機、また一機と撃ち抜かれ、その任を完遂することなく停止した。
しかし、彼らの犠牲はManticoreに強襲に対応するまでの僅かな時間を与え、Manticoreは四脚故の高機動を活かして自身に迫るその小さな嵐へと砲身を向ける。
轟音。巻き込めば戦術人形も無事では済まないManticoreの砲撃は、しかし着弾想定地点よりも近くで爆発する。
不可解な現象をManticoreのAIが瞬時に理解出来るはずもなく、しかし目標が突撃して来たことは事実であるのだからと距離を取ろうと脚を動かすーーことが出来ず、Manticoreはその巨体のバランスを崩し、地に伏せる。重なる異常に混乱するManticoreのAIに届けられたのは、右後方脚部間接の破損報告だった。
その直後、Manticoreのセンサーが拾った音声が最後のピースとなり、漸くManticoreは何が起きたのかを理解する。
ーーこの弾で、全てを終わらせましょう。
頭上から降ってきたその言葉の直後に徹甲弾がManticoreを上下に貫き、鉄血の毒持つ獣は沈黙した。
「こんな所に居やがったのか、お前」
その声で振り向けば、ダークレッドの制服を着崩し無精髭を生やした男が、呆れたような視線をスプリングフィールドに向けていた。
彼女は咥えていた煙草を指で挟み、ゆっくりと紫煙を吐き出してから、口を開く。
「……別に、私がどこに居ようと私の勝手では?」
「そりゃ、自由時間なら俺だって口出ししないがな」
そう言って、男はスプリングフィールドに近付き、その手に持った煙草を取り上げる。
「報告サボってタバコ吸ってる奴は叱らなきゃいけなくてね」
「そんな不真面目な人形一人を捜すために基地を歩き回るとは、ご苦労な事ですね」
「それも指揮官の仕事なんだよ。皆がみんなイイ子なら助かるんだがな」
鼻を軽く鳴らし、男は取り上げた煙草を口に咥える。スプリングフィールドの睨むような視線を受け流し、肺に溜めた煙を吐き出した。
「……それで、その不良人形へのお説教を名目に、貴方もサボりですか」
スプリングフィールドはそう言うと、新しい煙草を取り出して火を着ける。男は何も言わず、二人の間に暫く沈黙が流れる。
「……今回の作戦で、
沈黙を先に破ったのは指揮官だった。スプリングフィールドが横目で見ると、彼は吐き出した煙の行方を追って空を見上げていた。
視線を前に戻し、少し考えてから、彼女は口を開く。
「ゼロ」
「そりゃどうして」
「あれは作戦ではなかったので」
指揮官の口から、渇いた笑いが飛び出した。
「……偉くなりてぇよなぁ」
「此処でサボってる内は無理でしょうね」
「お前なぁ。私が偉くしてあげますよくらい言えねぇのかよ」
「不良娘の戦功をご所望ですか」
「いらねぇよ、バカ」
そう言うと、男は煙草を地面に落とし、靴裏で火を踏み消す。そして、スプリングフィールドの髪をグシャグシャと掻き乱した。
「お前、報告は来なくていいからよ。せめて帰還したらシャワーは浴びとけ。正直臭ぇぞ」
「貴方の加齢臭よりはマシです」
「バカ、俺はまだ二十代だっての」
もう一度鼻を鳴らし、男は手をひらひらと振ってその場を去る。
その姿を見送ってから、スプリングフィールドは大きく息を吐いた。
昇った煙は、天に届くことなく溶け消えた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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