魔法少女さやか☆マギカ   作:神谷萌

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第12話:失敗するつもりなんか、ないんだもん

「人は所詮神にはなれない」

 サッきゅんが、深刻そうな表情で言う。

 

「宇宙の理を作り変える──神ならぬ身でそんな事をすれば」

 

「いや、神にさえ宇宙すべての因果を書き換える事など不可能かもしれない」

 

「意識を持って創物を為すものに、1つのエラーもなく、万物の法則を書き換えることなど不可能だ」

 

「無理にそれを為そうとすれば────」

 

 

「その先にあるのは、破滅だけだ」

 

 

 

「暁美ほむら。キミの主張する通りだとすれば、かつてインキュベーターたちは、魔法少女のソウルジェムが、その抱く感情が希望から絶望に変わるときに発生する相転移の──おそらく、より厳密に言えば相転移によって引き起こされる、所謂“ひも理論”現象によって得られるエネルギーを、“熱量換算可能なエネルギー”として回収していた、ということになるけれど、そこまでは良いかな?」

 小動物姿のサッきゅんは、落ち着きを取り戻した様子で、ほむら問い質す。

「インキュベーターはもう少し端折っていたようだけど……ええ、その通りよ」

 ほむらは、表情が見えない程度に俯いたまま、そう言った。

「そして、鹿目まどかの起こした奇跡によって、それは書き換えられ、相転移を引き起こしたソウルジェムは、もともとは鹿目まどかという存在だった、“円環の理”という概念に基づいて消滅するようになった」

「ええ、間違いないわ」

 サッきゅんが言葉を続けると、ほむらは、俯いた姿勢のまま、ほぼ垂直に下ろした左腕の肘の辺りを右手でつかむ姿勢で、肯定の返事を返した。

「それなら、消滅したソウルジェムが抱えていた、宇宙を満たすほどのエネルギーはどこへ消えてしまったんだい? エネルギーと質量の総量は、そういう特別なことをやらかさない限りは、常に収支ゼロのはずだ。一度概念になってしまった存在に、“熱量換算可能なエネルギー”を解放し昇華することは出来ない。一時的にどこかへ溜まって昇華されるにせよ、それでも膨大な量がどこかへ溜まることになる」

「なんだか難しい話になってきたわね……」

 さやかが、話についていけなくなりかけて、苦い顔でそう言った。

「難しいついでに、ボクの仮説を披露しようか」

 サッきゅんは、そう言って話し始めた。

 

 ひとつの宇宙を創るほどの奇跡を起こせる、という因果に対して、その鹿目まどかがこの世界──宇宙で行ったことは、ただひとつ、エネルギーの導路を造っただけ。これだけだとあまりにささやか過ぎるんだ。

 おそらく、より重要なのは、その導路の先に、エネルギーを、あるいは一時的に溜め込んでおく何かが作られたことだ。それが、鹿目まどかが起こした奇跡の本体とも言うべき部分なんだろう。そして、暁美ほむらの言葉が正しいとするなら、それはおそらく、多元宇宙の存在する三次元上に設けられた小宇宙。

 

「小宇宙?」

 マミが、鸚鵡返しに聞き返すと、

「宇宙がその起源から、所謂ビッグバンを起こして、私たちが存在するこの宇宙のようになるまでの間の存在ですわ」

 と、マミが視線を向けているのとは別の方向から、仁美がそう答えた。

 サッきゅんは頷いてから、さらに続ける。

 

 けれど、人為によって創られたその小宇宙は、それが許されない。物質もエネルギーの循環則もなく、ただタンク替わりに感情エネルギーを溜め込んでいく、歪な存在。でも、そんなものが正常に存在し続けられるはずはない。

 と、するなら、どこかで内部に溜まったエネルギーを放出する必要がある。

 外部の宇宙、分けてもこの地球と密接な関係にあるその小宇宙は、視覚的に表現するのは難しいけれど、概念的に言うなら、キスするように接触するんだ。そうして生まれた結節点から、この宇宙に向かって、エネルギーのガス抜きが行われる。流れ込んだ負の感情エネルギーは、この宇宙に存在しているシステムに従って、魔獣になる────

 

「それが、最大の魔獣『グリフレットの別れ』の正体だ」

 

 

「あくまでボクの仮説だけど、明らかに間違っている点はあったかい?」

「いいえ。ほぼその通りよ。実際に“円環の理”が小宇宙であるかどうかまでは、わからないけれど、『グリフレットの別れ』は、“円環の理”とこの世界の結節点。それは間違いないわ」

 サッきゅんが問いかけると、ほむらは険しい表情のまま、肯定の言葉を返した。

「それにキミの話を聞く限りじゃ、その因果の書き換えが行われた後も、インキュベーターたちは存在したんだろう?」

 サッきゅんは、小動物姿の身体の表情を深刻そうにして、ほむらに聞き返した。

「……そう。相変わらずエントロピーの増大を抑制する為のエネルギーを回収していたわ」

「! それじゃ」

 反射的に声を上げたのはさやかだった。その表情を睨むように険しくする。

「魔法少女の魔女化のリスクが低減された分、それまでよりも効率よく回収する事ができた」

「そして、宇宙は破滅を迎えた」

 ほむらの言葉に、サッきゅんが静かな口調で付け加える。

 すると、ほむらは顔を上げ、睨むような目をサッきゅんに向けた。

「全部が無駄だった────そう言いたいの?」

「君には残酷な言い方をするようだけど、そう言うことになる」

 サッきゅんは、困惑気な表情をしつつも、はっきりとそう言った。

「あの子がその存在をなげうってまで……永遠の孤独を受け入れてまで創りあげたものが、すべて無駄だって言うの……!?」

 ほむらは、口調が感情的になり、表情をさらに険しくしつつ、その一方で、目に涙を湛えはじめる。

「それがそもそもおかしいじゃん」

 向かい合っていたほむらとサッきゅんの間に、割り込んでくるように声を上げたのは、さやかだった。

「普通の人間から魔法少女になるくらいだったら──まだ解る。けど、自分の存在を消しちゃうなんて、夢も、希望も、なかったことにしちゃうなんて、そんなの絶対おかしいって!」

「貴方がそれを言うの!?」

 ほむらは、きっ、と、明らかに敵意の篭った目でさやかを睨みつける。

「いつもまどかを追いつめてきた貴方が──まどかがこの願いを叶える過程のひとつになった貴方が!」

「失礼あそばせ」

 ほむらが、今にもさやかに掴みかかりかけながら、激昂した言葉を上げると、その間に、仁美がすっと割り込んできた。ほむらに迫られて慄くような表情をしていたさやかが、1歩さがる。

 仁美は、見た目にはきつくはないが、明らかにほむらを睨み返す眼差しを向ける。

「貴方の事情は大体理解できましたが、貴方の経験の上にいるさやかさんと、今ここにいるさやかさんとは、直接の関係はないはずですわ」

 険しい表情のまま、言う。

「そして私もさやかさんの言葉が正しいと思います」

「志筑仁美、貴方が…………?」

 ほむらは、どこか信じられないといったようにしつつも、驚いて円くなった眼で仁美を見る。

「ええ、私も、もう少しで大切なお友達を1人、失ってしまうところでしたもの」

「仁美……」

 仁美の背後で、さやかが呟くように声を漏らす。

「だからこそ、度の過ぎた自己犠牲を、私は肯定いたしません」

 仁美は、そうきっぱりと言い、深く瞬きするように一旦軽く眼を閉じた。

 

「なぁ、ちょっと待ってくれよ」

 その場の言葉が一旦途切れたかと思うと、それまで成り行きの外にいた杏子が、疑問点がまとまったというように、サッきゅんに向かって声をかけた。

「『グリフレットの別れ』って、過去にも記録されてる、最強の魔獣なんだろ?」

「いや」

 サッきゅんは、まず否定の言葉を口にした。

「過去に記録されている『グリフレットの別れ』は、おそらくほむらの言う“円環の理”から、まだしも余裕のあるこちらの宇宙に、“熱量換算可能な状態になった”アストラルエネルギーを抜く為の、一時的な安全弁のようなものだったんだろう」

「それじゃあ、これから来る『グリフレットの別れ』が……」

「そうよ」

 ほむらの低い声に、さやかがごくりと喉を鳴らす。

「まどかが消えたあの“時間”に現れる『グリフレットの別れ』こそが、本物の──この世界と“円環の理”との結節点」

「それが現れれば、宇宙が滅ぶ……」

 さやかが愕然として聞き返す。ほむらは力なく頷いた。

「な、何とかならないの!? サッきゅん!」

 さやかは、慌てふためいたような口調で、サッきゅんの方を向いて問いかける。

「理論上は──」

 サッきゅんは唸り気味の声を出しながら答える。

「目に見える実害として現れるのは、流れ込んでくる“負の感情エネルギー”が、こちら側の今のシステムに基づいて、魔獣として具現化するって事だ。だから、基本的には他の魔獣と同じように、それを倒して回収すればいい」

「なんだぁ、割合なんとかなりそうじゃん」

 さやかは軽く笑って気楽そうに言ったが、サッきゅんの様子は全く晴れた様子がない。

「そ、そんな生易しいものじゃないよ!? 相手は宇宙1つを満たす量のエネルギーだよ? どれだけの規模の魔獣が、どれだけの数具現化するのか……想像もできない」

「う……」

 サッきゅんの重い言葉に、さやかは再び言葉を詰める。

「それにそれは根本的な解決にならない。例え今回凌いだとしても、“円環の理”が、ボクの仮説のとおりの存在だとしたら、いずれは爆縮現象を起こして自壊する。……この宇宙を含めた、隣接する宇宙を巻き添えにして、ね」

「そんなの……」

 サッきゅんの説明にギリ、とさやかが奥歯を鳴らした。

「そんなの、あたしが許さない」

「さやか……」

 サッきゅんは、絶望的な状況を説明してなお、闘志を燃やすさやかに、諦観気味の溜息をつきつつも、まっすぐに視線を向けた。

「だいたいさ──」

 杏子が、ほむらに向かって、訊ねるように言う。

「アンタだって、本音じゃ諦めてないんだろ? アタシに向かって、終わらせるとか、取り戻すとか言ってたよな? あれは、このばかげた時間を終わりにする、鹿目まどかってやつを取り戻す、そういう意味じゃないのかい?」

「貴方って、本当、感情的なように見えて、そういうところで理性的なのよね」

「それは褒めてんのか? 貶してんのか?」

 途切れ途切れに発したほむらの言葉に対して、杏子は、一旦ジト目になってほむらを見ながら、そう言って、表情を元に戻した。

「方法はあるわ、ひとつだけ──今度訪れる『グリフレットの別れ』は、その由来に関わって、最大級の規模のものになる。──こちらからあちらに、干渉する事もできるはず。それを利用して、“円環の理”を停止させる」

「そんなこと、できんの!?」

 ほむらの決意したような言葉に、さやかは驚いたような声で聞き返したが、

「可能か不可能かでいえば、可能だろうね」

 と、そう答えたのは、サッきゅんの方だった。

「“円環の理”なんて名前はついてるけど、この宇宙で最大かつ絶対の循環系は、エネルギー保存の法則だ。それに反するこの存在は、閉じていない。絶対でもない」

「けれど、そうしましたら、“鹿目まどか”はどうなりますの?」

 仁美が、サッきゅんに訊ねる。

「“鹿目まどか”はもう、人間としても、それ以外の物理的存在としても存在していない」

 サッきゅんは、声を半オクターブ低くし、重々しくそう言った。

「…………」

「そんなぁ」

 ほむらは力なく肩を落す。さやかは、不機嫌そうな表情で不満気な声を上げた。

「けれど、“円環の理”、そう呼ばれる小宇宙の中には、膨大なエネルギーがある。本来宇宙を構成する物質になるはずの、未元物質(ダークマター)も存在している」

「つまり……どういうこと?」

 さやかは、サッきゅんの言葉が理解できず、聞き返した。

「たとえ概念になっていたとしても、“鹿目まどか”がそこに“ある”のだとしたら、そしてそれを引き寄せる力があるのだとしたら、再度具現化した実体にすることは不可能ではないかもしれない」

 サッきゅんの言葉が、僅かにだが軽くなる。

「ボクはこの地球に来てからずっと、地球人類の感情の強さ、その為し得るものを見続けてきた。増して、キミたちはそのエキスパートたる魔法少女だ。だから、掛け値なしに言う。キミたちがどれ程の奇跡を成し遂げたとしても、今更驚くには値しない」

「とにかく、希望はあるってことでしょう?」

 さやかが聞き返す。

「希望を捨てなければ、可能性はあるってことだね」

「だったら、やるだけやってみるしかないじゃない」

 さやかは、そう言ってから、表情を引き締めた。

「杏子」

 さやかは杏子に視線を向ける。

「アンタ言ったよね、奇跡と絶望は等価値だって。でも、あたしはまだ奇跡に見合う絶望を受け取ってない。むしろ希望を受け取り続けてる」

「わざわざ儲けたモンをチャラにしてでも止めるってか? 青臭いアンタらしい考えだね」

 杏子は、芝居がかって呆れたように、へらへらと笑って肩を竦めがちにそう言ってから、

「──そう言うアタシも受け取りすぎたみたいだ。付き合うよ」

 と、引き締まった笑顔になって、そう言った。

 

 佐倉杏子────

 そのクレバーな考え方は最も信頼に足りたし、実際一番頼りにしていたわ。

 けれど、貴方はその言葉に反して、目の前で傷ついている存在を無視できない優しさの持ち主だった。

 その優しさが、いつも貴方から合理的な判断を奪ったわ。

 そして貴方自身に破滅をもたらした。

 

「マミさん」

「私の言葉は決まってるわ」

 続いてさやかがマミに視線を向けると、マミはさやかに先んじて言う。

「私はもう、なにも望まなくても戦える。それに、貴方が必要としているなら、いつでも助けにいく。そうも言ったわ」

 マミは、そう言ってから、顔を綻ばせて穏やかに笑った。

 

 巴マミ────

 最初は面倒見のいい先輩だと思っていた。

 けれどそれは仮面に過ぎなかった。

 自己満足と虚栄心で覆い隠したその下には、疲れて脆くなった心。

 それを知ってしまった時から、私は貴方を頼るのをやめた。

 

「仁美、アンタはどうする?」

 次にさやかは仁美に視線を向け、訊ねる。

「もし、────そばにいたい人がいるんなら、無理に付き合えとは言わない」

 さやかは直接名前は出せずに、しかし仁美を見据えてはっきりと訊ねる。

 それに対して、仁美は口元で微笑みつつも、ふっと軽く笑った。

「世界が滅びると言うのに、1人だけ戦いから逃げて、何になるのでしょうか?」

 

 志筑仁美────

 彼女も最初の頃の印象は悪くなかった。

 ただ、彼女は美樹さやかの魔女化の原因になった。だから自然と、疎遠にするようになった。

 

 ただ、彼女が魔法少女になった時間軸を私は経験していない。言わばイレギュラー。

 それがどう転ぶか、解からない。

 

 そして────

 

「どうして、貴方たちは────」

 ほむらは、ゆっくりと身を起こすように視線を上げ、低い声で言う。

「自分が犠牲になることを選べるの? さっき、自己犠牲は認めない、とか言っていたのに──」

「自己犠牲ではありませんわ」

 ほむらの言葉を、仁美が途中でさえぎった。

「そうですわよね? さやかさん」

「え? ああ、うん、なんか仁美に言われると、くすぐったいって言うか、変な気分だけど」

 振られたさやかは、おどけ交じりに苦笑してそう言ってから、

「でも、希望があるんなら、それに向かっていくのは当然でしょ」

 と、あっけらかんとした笑顔でそう言った。

 

 美樹さやか────

 無駄に正義感が強くて、そのくせ執着心は人一倍で。

 思い込みが激しくて、頑固で、一度そうと考えたら誰の言葉も聞かなくて。

 結局、勝手に自滅してしまう、一番に厄介な相手。

 

「だいいち、さっき、杏子が言ってたけど、アンタだってこのまま全部諦めちゃうつもりじゃないんでしょ?」

 さやかは、ほむらに問い質すように言う。

「それは……」

 ほむらは、両手を胸の前で組むように握り、視線を這うように泳がせる。

「諦めたくない……まどか自身も、まどかが護りたいと思ったこの世界も…………」

「だったらさ、一緒にやればいーじゃん。1人っきりでやるよりは、きっと、その方が上手くいく可能性だって大きくなるよ」

 

 無駄に正義感が強くて、そのくせ執着心は人一倍で。

 思い込みが激しくて、頑固で────

 

「う、うう……」

「えっ?」

 ほむらが漏らした嗚咽のような声に、さやかは、ギョッとしつつその顔を覗き込む。

「何、アンタ、泣いてんの?」

「美樹、さやか──」

 さやかの問いかけに、ほむらは、涙でぐしゃぐしゃになった顔を向けた。

「私は、貴方に頼っていいの?」

 貴方を見捨てた私なのに。

 ほむらは、声には出さずにそう付け加えて問いかけつつも、さやかに縋るような視線を向けてしまっていた。

 さやかは、ほむらの言外の言葉など知る由もなく、しかし他に掛け値もなしに、得意そうに笑って言い、自分の胸をドンと叩く。

「もっちろん。この魔法少女さやかちゃんはクラスメイトを見捨てたりはしないのだー」

 

 ────それを貫き通すほど、優しい。

 

「ありがとう」

 ほむらは、そう言って、さやかの胸に顔をうずめるように、縋りついた。

「ちょっ、ま……転校生? ほむら?」

「うっ、く、えぐっ……」

 そのまま、ほむらはむせび泣き始めてしまった。

「参ったな、こりゃ……」

 さやかは、そう言って困惑気にしつつも、しばらくの間、ほむらのしたいようにさせていた。

 

 

 美樹家、さやかの自室。

「うわ、もうこんな時間だよ。明日起きられるかなぁ」

 さやかは、枕元の時計を持ち上げると、その針が指す位置を見てややオーバーリアクション気味に驚く仕種をして、目覚ましをセットしながら、ぼやくように言う。

「もしかしたら──」

 小動物姿のサッきゅんが、勉強机の上に、ちょん、と座り、

「ボクたちは、暁美ほむらのループによって、偶然に存在したわけじゃないのかもしれない」

 と、呟くようにそう言った。

「? どういうこと?」

 さやかは、それを理解する事ができず、キョトン、として聞き返す。

「宇宙を壮大なひとつの生命だとするなら、その宇宙はインキュベーターを作り出したもの達によって病んでいた。そこへさらに、“円環の理”なんていう、宇宙自身には巨大な害でしかないものが傍らにできた。そこで、この可能性の時間軸の宇宙は、ボクらを生み出し、病巣を取り除こうとしたのかもしれない。ボクらが存在しているのは、限りなく偶然に近い必然によるものなのかもしれない」

 サッきゅんは、さやかにと言うより、自分に言い聞かせるように、そう言った。

「あはは……あたしには難しすぎてよくわかんないや」

 さやかは、そういって苦笑しつつ、視線をサッきゅんから目覚まし時計に戻した。

「でも、そうだと仮定するなら、多分、この可能性の時間軸は、宇宙にとって、自身が時間の系統樹の中で生き残り得る最後のチャンス──」

「ごちゃごちゃと難しい話はいいわよ」

 サッきゅんが分析するようにブツブツと言っていると、さやかはそれをぴしゃりと遮るように、少し声を大きくして言った。

「要は失敗できない、ってことでしょ」

 言いながら、目覚まし時計をベッドの枕元に戻した。

「そういうことだけど……」

「じゃあ、これ以上小難しい話はいらない。だって、失敗するつもりなんか、ないんだもん」

 そう言いながら、さやかはぼふっ、と、ベッドに仰向けに寝転がった。

「さやからしいや」

 サッきゅんは、小動物姿で器用に苦笑した。

「もう、今日は遅いし眠い……おやすみ……」

 さやかは、照明も消さずにそのままウトウトし始め、そう言いながら掛け布団を肩の位置まで手繰り寄せる。

「やれやれ、しょうがないなぁ」

 サッきゅんはリングライトの引き紐に飛びついて、カチン、カチンと蛍光灯を消し、保安球だけにした。

「さて、と……」

 さやかがすぅすぅと寝息を立てたのを確認してから、サッきゅんは行動を起こす。

「1人よりは大勢一緒の方が、上手くいく可能性はある、か」

 呟いて、ちらりとさやかを振り返った。

「それは正しいと思う。でもそれなら、ボクもその為に行動するべきだね」

 

 

 同じ頃、暁美邸。

「それで、どうしてこのような事になったのかしら?」

 先程、さやかに縋って泣いたという事実に気まずさを感じながら、目の前の相手──志筑仁美に向かってそう訊ねた。

「私、魔法少女になって日が浅いですし、クラスメイトですのに、暁美さんのことよく知りませんから……折角ですから、多少、お話ができたらと思いまして」

 仁美は、穏やかに微笑みながらそう言った。

「馴れ合うつもりはない──と言っても、もう説得力ないわね」

「ですわね」

 ほむらは、仁美の同意の言葉を聞くと、やれやれと室内に招き入れた。

「お嬢様には少し手狭な部屋かもしれないわね」

 ほむらは言いつつ、脚が折り畳み式の卓袱台を片付けて、布団2組を敷けるスペースを確保する。

「けれど、私の方から、貴方にはこれと言って話したいことはないのだけれど……『グリフレットの別れ』に関することなら、5人揃っていなければ意味がないし」

 ほむらは押入れから布団を出しつつ、言って、視線を仁美のほうに向けた。

「それでは、私から2点ほど、質問させていただきますわ」

「……ええ、かまわないわ」

 ほむらの答えを待って、仁美は微笑みつつ、小首をかしげるような仕種をする。

「ひとつ目は、鹿目まどかさんのことについて」

 仁美の言葉に、ほむらの表情が一瞬、険しくなる。

「ほむらさんは当然として、他の魔法少女の皆さんが、多少なりとも“鹿目まどか”というキーワードに心当たりのあるような反応をしましたわ。けれども、私にはそれがないのは、どういうことなのでしょうか? 暁美さんなら、解かるかと思って」

「……志筑仁美、あなたは私にとって過去の時間軸において、魔法少女にはならなかったの。だから、魔法少女の末路である“円環の理”に導かれることもなかった」

 ほむらは、手を止めて仁美と向き合い、言う。

「おそらくはそのせいで、あなたの魂にまどかの存在が刻まれていないから、影響を受けないか、受けているとしても自覚できるほどのものにならない、ということよ」

「なるほど、それは納得できますわね」

 仁美が言う。ほむらは、布団を敷く作業を再開した。

「だからこそ、もうひとつのことが気になるのですわ」

「?」

「『貴方を見捨てた私なのに』」

「!」

 仁美の言葉に、ほむらが一瞬硬直した。

「気がついているのは私だけではありませんわ。佐倉さんもですのよ」

「…………佐倉杏子、ということは貴方も……精神感応系」

「ええ、そうらしいですわね」

 ほむらに聞き返されて、仁美は苦笑気味に答えてから、

「それで、この言葉はいったいどういう意味なのですか?」

 と、真摯な瞳をほむらに向けなおし、問い質した。

「…………私の、インキュベーターたちとの戦いにおいて、他の魔法少女には、頼ることができなかった。話を信じてくれさえしなかった」

「さやかさんは意固地なところがありますからあり得る話ですが……巴先輩や佐倉さんも?」

「巴マミは己の孤独から、精神的にインキュベーターに依存していて、むしろ私が敵視されたわ。佐倉杏子は──もともと利己的で他人と与することがなかったから、馴れ合いを嫌っただけ」

「だから、見捨てたと仰るのですか?」

「と言うより、積極的に関わろうとしなくなった、と言うのが正しいわね。巴マミと、佐倉杏子に関しては」

「さやかさんは?」

 仁美が訊き返すと、ほむらの表情が俄かに歪んだ。

「美樹さやかは……むしろ、いつも足枷になったわ。自分の願望と他人のそれとを履き違えて……勝手に進んで、勝手に絶望して、勝手に自滅していった」

 ほむらは、言い辛そうに、唸るような声になりながら言った。

「それではおそらく、その絶望の要因は私でもあったのでしょうね」

「その通りよ」

 仁美が言うと、ほむらは躊躇いもなくそう言った。

「それで積極的に切り捨てた、と」

「魔法少女になってしまった場合はね」

 仁美はほむらを問い詰めつつも、ほーっと胸をなでおろすようなため息をついてしまっていた。

「この時間軸でも、そうしようとしたのですか?」

「ええ、最後のチャンスだったから」

「最後?」

 仁美は肯定の返事を確信していたが、それに続く言葉には怪訝そうに思い、訊き返す。すると、ほむらは左腕の盾だけを出現させた。

「サッキュベーターが言っていたでしょう? 私の時間移動は、宇宙の因果律を収束させ、可能性を変えてしまうの。結局、それが原因で、過去を繰り返すたびに自体は徐々に悪くなっていったわ」

 ほむらは盾を撫でるように抑えながら、言う。

「だから多分、これが最後のチャンス。この時間軸ですべてを失うか、すべてを救うか。それができなければ、もう過去に戻っても、私は最後に破滅の確約された、永遠の1ヶ月に閉じ込められるだけ」

「それで、あの時、屋上で私にあのようなことを言ったのですわね」

『むしろ嫌悪感を抱いているといっても良い。けれど、私の目的のために、できれば美樹さやかをこのまま維持したいの』

『けれど、貴方は上条恭介と結ばれ、美樹さやかはその事実に、自分の中である程度の折り合いをつけた。これは僥倖に近いの。だから、これ以上事態をややこしくしないで頂戴』

 仁美は、ほむらの台詞を記憶から呼び起こしながら、そう言った。

「貴方に隠し事は無駄ね」

 ほむらは、そう言ってほーっとため息をついた。

「最初は、今までの、美樹さやかが魔法少女になった時間軸とまったく同じ展開がなされたわ。上条恭介の手のために契約して、自らの身体のことを知って、貴方が上条恭介に告白しようとしていることを知らされて──」

 ほむらの言葉を聞きながら、仁美の表情が俄かに険しくなってくる。しかし、それは怒りの類のものではなかった。

「なのに今度の時間軸では彼女は絶望しなかった」

「それで、どうしてもその状態を維持したかった、と」

「ええ、そうよ」

聞き返す仁美に対して、ほむらはあっさりとそう答えた。

「だから、上条恭介が魔獣を生み出してしまったときは、正直絶望しかけたわ。彼の心の中に、彼女はいないと思っていたから」

「…………」

「そして、それを収拾させる為に、志筑仁美──貴方が魔法少女になった。これも驚きだったわ」

「暁美さんって、知識も口調も、やたらと大人びているのに、そういうことに関しては、疎いのですわね」

 仁美の切り返しに、ほむらは一瞬、うっと言葉を詰まらせた。

 構わず、仁美が続ける。

「私も、偉そうなことを言えた義理ではないのですけれど。もう少しで、私は本当に大切なものを、そうと理解しないままに失ってしまうところでしたもの」

 仁美は、そう言って、軽く自嘲したように笑う。

「…………」

「…………」

「……ねぇ」

 わずかな沈黙の後、ほむらがそれを破った。

 表情は、それまでのニュートラルなものではない。先ほど歩道橋の上でも見せたような、すぐにももろく崩れてしまいそうな、涙が今にもあふれ出そうな表情だ。

「私は、美樹さやかに助けてもらう資格はあると思う?」

「資格なんて、必要ありませんわ」

 仁美は即答する。

「さやかさんは“正義の味方”。罪を憎んで、人を憎むはずがありませんわ。もしさやかさんが、貴方を憎むようなことになったら、私がさやかさんの目を醒まさせて差し上げますわ」

 仁美はそう言って、口元の微笑にどこか不敵なものを湛える。

「志筑……仁美……」

「私は、いえ、私もまた、貴方の希望になってみせますわ」

 

 

『ああ? 寝ぼけてんじゃねーぞ。ここをカラにしろって言うのか』

 深夜の見滝原市内。

 小動物姿のサッきゅんは、道路を走る自動車の屋根から屋根へと、無断ヒッチハイクを繰り返してある場所に向かいながら、テレパシーで誰かと会話していた。

 そのテレパシーの主は、サッきゅんからの言葉を聞いたとたん、不機嫌そうにそう言い返した。

『何も全員で来てくれなくてもいいよ。そっちはチーム組んで長いんでしょ?』

『それはそっちの都合だろ』

 サッきゅんはそう返したが、すると、相手は、ため息混じりにそう言った。だが、そのため息は、どうもサッきゅんに向けられたものではないらしい。

『1人行かせるなんて言ったところで、結局全員ついてっちまう。そういう連中なんだよ、うちのところのは』

『それじゃあ、無理か……』

 サッきゅんは落胆したような言葉を伝える。

『おいおい、断るなんて誰が言ったよ?』

 からかうような声が、テレパシーから聞こえてくる。

『え、だって』

『だから言ってるだろ、宇宙の危機ってときに、自分たちが蚊帳の外でヌクヌクしてられるようなやつらじゃないんだよ』

 テレパシーの相手は、サッきゅんの反応を愉しむかのように言う。

『当日ギリになるぜ。仕事持ってるやつもいるからな』

『!』

 移動を続けながら、サッきゅんは思わず表情をほころばせていた。

『ありがとう、ヨッきゅん』

『だっ、その呼び方やめろって』

 

 そうして数十分後、サッきゅんは見滝原市の中心部からはやや外れたところにある、閑静な高級住宅街の中の1軒にあった────────

 

 

 そして────その日は来た。

 

 数時間前、見滝原市内全域と滝元市東部地区に避難勧告が出された。

 日本の近代気象観測史始まって以来の、大規模積乱雲──HP型巨大スーパーセルが、見滝原市を中心として、滝原湖を覆う範囲で出現した。

 住宅街の住民は、見滝原中学などの高台にある鉄筋建物の避難所に収容され、市内から人の気配が消えていた。

 ────滝原湖を臨める、その堤防にいる6人を除いて。

 すでに降雨が始まっていたが、魔法少女たちはそんなことを気にもしない。ただ、時折来る強烈な突風に、仁美が表情を歪ませて踏ん張りなおす程度だった。

 やがて、本来単一の積乱雲(セル)として成立しているはずの雲間に、唐突として、渦を巻くように穴が開いた。

 それはまるで、嵐の中に、その嵐の雲を押しのける別の嵐が現れた、そんな光景に見えた。

「演出だってんなら、なかなか粋狂なもんよね」

 さやかはそれを見て、軽口のようにそう言ったが、表情から緊張は消えていない。

「限定的な重力異常!? そんなものがありえるのか?」

 そう声を上げたのは、魔法少女姿のサッきゅんだった。

 ヴォン……ッ

 上空で発生し、広く拡がった衝撃波が、魔法少女たちに襲い掛かる。

「くっ……」

「ぐぅっ……」

「っ……」

「きゃっ……」

「…………っ」

 ビリビリと震えるアスファルトの路面を踏みしめながら、各々短く声を上げつつも、上空の陽の光さえ差し込み始めた雲の穴を睨みつづける。

「発現、するわ」

 ほむらが喉を鳴らしながらにそう言った直後に、雲が退けられた空中に、それは出現した。

 それは球形だったが、黒く、光を放つことはなく、どちらかというと“穴”を思わせた。

 中心に、桜色に輝く宝石のような珠が見える。

「OK、要は転校生があそこに行けるよう、これからウジャウジャ沸いてくるっていう魔獣を退治すればいいんでしょう?」

 さやかがそう言った。

 まどかに強い思いを抱くほむらなら、“鹿目まどか”の“意識”を、歪んだ小宇宙の中から呼び出せるかもしれない。結局、確証のない方法だったが、そう決まったとき、当のほむらは、何かを確信した様子を見せていた。

 それで、マミや杏子はもちろん、合理主義の仁美もそれに乗る選択をしたのだ。

 さやかの手に剣が、マミのそれにスナイドル銃が、それぞれ出現する。杏子と仁美は、すでに携えていた槍と槍矛を、それぞれ構えなおす。

「けれど、あそこまで私1人だけで到達するのは困難だわ」

 ほむらは、淡々とした口調ながらも、明らかに弱音を吐いた。

「なによ、今更になって、あたしたちのことが信じられないってわけ?」

 さやかが、不機嫌そうな表情をほむらに向けてそう言った。

「信じてないわけじゃないけれど……私の武器は接近戦型じゃないから」

 ほむらは珍しく、自信なさげな表情を見せると、左腕の盾の中に手を入れて、そこから銃を覗かせて見せた。

「直掩を努めて貰えないかしら? 美樹さやか」

「え……あ、あたしがー?」

 さやかは意外そうな表情をした。

「他の近接系2人は精神感応系の能力の持ち主だから、外部で撹乱と陽動に必要。巴マミは火力支援が重要……となると、あなたしかいないのよ」

 ほむらは、淡々のした口調で説明するものの、表情のほうはどこか困惑気なままだった。

「解かったわよ、一緒に行ってあげればいいんでしょう!?」

 半ば追い詰められたように、さやかは声を上げた。

「お願いするわ……──ありがとう」

 ほむらは、淡々とした口調で言っておいて、その後で口元に微笑を浮かべた。

「来るわよ!」

 マミが声を上げる。

 『グリフレットの別れ』──“この宇宙”と“円環の理”の結節点から、黒い霧が溢れ出してくる。

 霧は、無数の巨大な黒い狼となり、魔法少女たちめがけて濁流のように迸ってくる。

「……すっ」

 マミが軽く息を吸い込むと、その背後に無数のスナイドル銃が出現した。

 銃口が狼の姿をした魔獣を狙い、サイドハンマーが一斉に発火石を叩く。無数の黄金色の閃光が迸り、向かってくる魔獣の先鋒を撃ち抜く。

 撃ち抜かれた魔獣は、中規模程度のビルのような巨躯に反して、マミの放った弾丸がいくつか命中しただけで、容易く穴を穿たれ、崩壊していく。

「なるほど、見た目は派手でも、実体化させる“呪い”の“中身がない”ので、脆い……ということですのね」

「そうと決まれば、行くぞオラァァァッ」

 仁美の言葉を聞いて、杏子が跳躍した。

 正面に向かってきた1体を、槍の穂先で貫き、斬りおとすと、返す刀の勢いで、槍の柄を多節棍に変える。

 多節根が2体の魔獣の胴をまとめて縛り上げ、そのまま締め上げ、縊り引きちぎった。

 キィイィィィン

 目前に迫ってきた魔獣の群れに、仁美は左手をかざす。

 次の瞬間、魔獣たちは同士討ちを始めた。お互いの肩に噛み付き、食い千切る。

 だが、魔獣同士の攻撃では致命打にならないのか、身体を欠けさせながらも、獰猛さはまったく衰えずに、同士討ちを続ける。

 その魔獣の群れを、仁美のロングアックスが横一文字に薙ぎ払い、消滅させた。

 ダン、ダン、ダン、ダンッ

 マミは自らの周りに生み出したスナイドル銃を次々に持ち替え、杏子と仁美を突破してきた魔獣を、踊るようなステップで銃を次々に持ち替えながら、次々に撃ち抜いていく。

「マミィッ」

 槍で目の前の魔獣を貫きながら、杏子が声を上げる。

「道を開けてやれよ!」

「解かったわ!」

 マミは杏子の言葉に答えると、まだ右手に持っていた1丁のスナイドル銃を、構えたまま器用にそのブリーチを開く。

「Reload」

 ブリーチに黄金色の光が収まり、尾栓が閉じる。

「お前ら、こっちだ!」

 キィイィィィン

 マミに向かおうとしていた魔獣が、その軌道を途中で変えて、杏子へと目標を変えた。

 その間にも、マミの持っていたスナイドル銃の銃身が、巨大な加農砲のような姿に変わる。

「Tiro finale──」

 ドォウッ

 結節点へ向かって黄金色の閃光が迸り、その間に存在する魔獣をことごとく無に返した。

「今よ!」

 さやかはほむらの手を掴む。手を握られたほむらは、一瞬困惑したような表情をしつつ、頬をわずかに紅くした。だが、さやかはほむらを振り返らず、それに気づくこともなく、自らを撃ち出す要領で、ほむらもろとも結節点へ向かって飛び出した。

 その間も現れる。巨大な狼を、さやかは右手に握った剣で斬り払っていく。

「ああっ、鬱陶しいっ!」

 際限なく現れる魔獣に対して、さやかが悪態をつく。

 ほむらは、それを聞くと、さやかに牽かれている左腕の、円い盾から、アサルトライフルを取り出した。Cristobal M-1962。ドミニカ共和国の国産軍用アサルトライフルで、コルト・ブローニング社製.30(7.7mm)弾を使用する。暴力団の組事務所から入手した中では、一番の戦利品。

「え?」

 その銃身が自分の頭の脇からにょっきりと生えるように前に出たのを見て、さやかは軽く驚いたような声を出した。

 セレクタ方式ではなく、フルオートとセミオートで分かれている2本の引き金の、フルオートの引き金を、ほむらの指が引き絞った。

 第二次世界大戦中は航空機銃用としても使用された弾丸が、魔獣の群れに向けて撒き散らされる。

 蜂の巣状にされてボロボロの魔獣の群れの隙間をすり抜ける。その際に、ほむらはプラスチック爆弾の詰まった筒を放り投げる。

 突き進むさやかの背後で、大爆発が起こり、その進む速度を衝撃波が加速した。

 爆煙に包まれた魔獣の残滓が、その晴れた後で、ボロボロと崩壊していく。

「撃つなら撃つって言いなさいよ! 鼓膜破れるかと思った」

 さやかはほむらを振り返り、右耳を塞ぎながら抗議の声を上げる。

「っ、美樹さやか、前!」

 ほむらの声に、さやかは我に返って前を見る。

 その目前に、新手の魔獣の影が立ち塞がる。

 ガッキィンッ

 さやかは反射的に剣でなぎ払うが、先程までの狼とは異なり、金属質の身体を持つそれに、刃を弾き返されてしまう。

 その姿は──ラウンドタイプのホイールに、西洋鎧の上半身部分を、まるで案山子のように十字に磔にしている。ホイールの外縁部には、剣の切っ先が無数に生えており、回転していた。

 カチリ

 さやかが気付いたとき、その魔獣の目前に、ミサイルが出現していた。

 陸上自衛隊96式多目的誘導弾の弾体がひとつ。管制装置はないため、無誘導に撃発信管で撃ち込んだだけだった、だが、その位置から、外れようがない。

 爆発が一瞬、さやかたちの視界から魔獣の姿を遮る。

 さやかはその姿を確認する前に、右手に持っていた剣を光の矢に変えて、撃ち出した。

 爆煙が晴れたとき、前面の鎧がボロボロに破壊されつつも、魔獣はなおもホイールを回転させながら現れた。

 だが、破壊された鎧の破口から、さやかの放った閃光の矢に貫かれ、そのまま弾けるように崩壊した。

「いくわよ!」

 もう目と鼻の先に迫った結節点は、時折脈動するかのように震えている。

 そこに向かって、さやかはほむらの手を握りなおしつつ、自らを撃ち出した。

 青い閃光が、球形の“穴”に向かって疾走(はし)った。

 

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