「!」
道路へ出た所で、その姿と対面した。
「よぉ」
「あ……」
さやかに声をかけられると、、暁美ほむらはその姿を見て、一瞬だけ驚いたような顔をする。
「遅かったじゃん、転校生?」
さやかは、ほむらに若干挑戦的な笑みを向けて、そう言った。
「そう、貴方が来ていたの」
しかし、ほむらはすぐにいつもの淡々とした口調と、冷静な表情に戻って、短くそう言った。
「なによ、あたしが契約したのがそんなに気に入らない?」
「ええ、気に入らないわ」
さやかは、ムスッと不機嫌な表情になって。低い声で訊ねるように言うが、ほむらはあっさりとそれを肯定した。
「どんな願いを叶えたのか知らないけれど、どんな願いもいずれ裏切られるわ」
ほむらはそれだけ言うと、もう用はないといわんばかりに、その場をつかつかと歩いて通り過ぎようとする。
「ボクはそうならないことを祈ってるよ。心から」
サッきゅんは、さやかの肩に飛び乗り、ほむらの背中に向かってそう言った。
ほむらは一瞬だけ足を止めたが、
「ぬけぬけと」
と、2人には聞こえない声で呟き、そのまま歩いて去っていく。
「結局、誰にも頼れない」
翌日────滝元医大病院
「そっか、退院はまだなんだ」
「うん」
個室である上条恭介の病室で、さやかの問いかけに、本人が答えていた。
「まだ、足のリハビリが済んでないしね」
そう言いながらも、恭介の表情は穏やかで、嬉しそうな微笑みを湛えていた。
「さやかの言った通り、本当に奇跡だよね。これ……」
恭介は、うっとりと自分の手を見つめて、そう言った。
そんな、穏やかながらも無邪気そうな恭介の笑顔を見て、さやかもにこやかに微笑む。
「……この前はさ、さやかに酷いこと言っちゃったよね」
そう言って視線をさやかに向ける恭介の顔が、急に曇る。
「ごめん……」
「きっ、気にしなくていーの!」
申し訳なさそうな恭介の言葉に、さやかは慌てて、身を乗り出すようにして声を上げる。
「せっかく良くなったんだから、そんな顔してちゃ駄目だよ!」
「……さやかがそう言ってくれるなら、嬉しいけど……」
恭介はそう答えて苦笑する。
さやかは僅かな間、恭介と微笑みあっていたが、やがてちらりと袖口をまくり、腕時計を見た。
「そろそろかなー」
「?」
さやかのわざとらしい呟きに、恭介は僅かに怪訝そうな顔をする。
「恭介。外の空気、吸いに行こ」
「そう、結局、あの時言った願いのために、契約の奇跡を使ってしまったのね」
1日前、巴邸。
「ごめんなさい、マミさん……」
いまだ横たわったまま動くことの出来ないマミのベッドの横で、正座したさやかは表情を曇らせて俯き、か細い声でそう言った。
「マミさんも、サッきゅんも止めてくれていたのに…………」
「謝らなければならないのは、私の方かもしれないわ」
泣き出しそうなさやかの言葉に、マミがため息交じりに、自嘲気味に言う。
「え? どうしてマミさんが?」
さやかは顔を上げると、軽く驚いたように目を円くした。
「だって、私はこの様で、美樹さんが契約していなかったら、今頃、さやかさんのお友達も……」
険しい表情になったマミは、まだ幾分息が苦しいのか、そこまで言うと、ぜぇっと軽く息をついた。
「あ……」
さやかは思わず、口を手で覆う。
「奇跡だけが願いを叶えるとも、限らない物でしょう?」
「そう考えると……そうなのかも……」
首は動かせないまま微笑むマミに、さやかは逡巡するように視線を床に落としながらも、口を手で覆ったまま、呟くようにそう言った。
「それにね、本当は私もあまり偉そうなことは言えないの」
「え……?」
マミの自嘲気味な言葉に、さやかは意外そうな表情をして顔を上げる。
「魔法少女という形でだけど、私1人だけ生き残って、家族もいなくて、いつも1人ぼっちで。だから、美樹さんと出会ったとき、少しだけ期待していたの。これで1人ぼっちじゃなくなるって、1人で怖い思いをしなくても良くなるんだって」
「マミさん……」
「後悔しないように、なんて、偉そうなこと言ったけど、本当は後悔しない生き方なんて、ないんだと思うわ。選択肢の数だけ、後悔があるの。でも、時間は前にしか進まない。後悔っていうのはね、次はこうしたい、そう前に進む原動力でもあるんだと思うわ」
「…………」
軽く眼を閉じたマミの言葉に、さやかは一瞬言葉を失ったように、ぽかーんとしていたが、
「凄いです、マミさんは、やっぱり」
と、興奮したように腰を上げ、ファイティングポーズのような姿勢で言った。
「凄くはないわ。誰でも出来ること、誰でも無意識にしていることよ。たぶん」
マミは自嘲気味のまま微笑む。
「解かりました、マミさん」
「ん?」
力強く言うさやかに、マミはなんとか視線だけでも向けようとする。
「あたしは多分、マミさんより不器用だから、たくさん後悔すると思うんです。でも、それを乗り越えていけるようになります!」
さやかは力強い笑顔でそう言って、
「だから──お互い、引け目を感じるのはやめましょう?」
と、優しげな笑みになってから、マミの顔を覗き込んで、そう付け加えた。
「ええ、そうね」
マミも優しげに微笑む。その目じりには、かすかに涙が浮かんでいた。
「マミさん──」
「あ、大丈夫。これは、哀しい涙じゃないから」
「…………はい」
少し慌てて問いただしたさやかだったが、マミはおかしそうに「くす」と漏らしつつ、そう言ってさやかを制した。
「よーし、これからの見滝原市の平和は、この魔法少女さやかちゃんがガンガン護りまくっちゃいますよー!」
さやかは室内であるにもかかわらず、腕を振り上げてそう言った。幸い天井灯はシーリングライトだったので、さやかの手がぶつかることはなかった。
「あらあら、私の出番がなくなっちゃいそうね」
マミはそう言って苦笑する。
「そそそ、そんなことないですよぉー。まだ
さやかはあわてて、困ったような笑顔になり、視線をマミに向けた。
「そうね」
マミはくすくすと笑いつつも、言う。
「2人なら──もう、何も怖くないわ」
でも、あたしは本当に、心から、それを願ってた。
だから────
時系列は元に戻る。
滝元医大病院の病棟のエレベーター、その1つに、さやかは恭介を乗せた車椅子を押して、乗っていた。
「さやか、屋上なんかに何の用?」
意図が理解できない恭介は、怪訝そうに振り返って聞くが、
「いーからいーから」
と、さやかははぐらかす。
やがて、エレベーターは屋上に到着した。
搭屋部を出ると、手すりに囲まれたそこに、何人かの人が集まっていた。いずれも、恭介の見知った顔ばかりだった。
主治医、副主治医、リハビリアシスタント、それに看護師。
そして、その中央に、恭介の両親がいた。
恭介が到着すると、病院のスタッフはパチパチと軽い拍手をする。
「みんな……」
恭介は車椅子の上で呆然とする。
「ホントのお祝いは、退院してからなんだけどね」
その背後で、車椅子を押すさやかが、苦笑交じりに言った。
すると、恭介の父親が、両手にそれを抱えて、恭介に向かって歩き寄ってくる。
「! それは……」
父親の手に抱えられたバイオリンケースを見て、恭介は驚いたように目を円くする。
「お前から処分しろと言われていたが、どうしても捨てられなかったんだ」
父親はそう言って、恭介の目の前でかがむと、そっとバイオリンケースを開けた。
恭介は僅かに腕を震わせながらも、愛用のバイオリンをしっかりと掴んで手に取った。それから、一旦視線を主治医に向ける。すると、壮年の主治医はこくり、と無言ながらも優しげな表情で頷いた。
「さぁ、試してごらん」
そう促したのは、父親だった。
恭介はバイオリンを肩に構え、弓を握り、その弦を鳴らし始める。
人を魅了するかのような美しい音色が、蒼穹の空に向けて響き渡った。
ああ────
短いが簡潔に演奏を終えると、奏者本人の恭介が感極まってしまい、震えながら涙を流し始める。悲しみによるものではないそれを。
病院スタッフの拍手の中、恭介の両親が本人に歩み寄り、元気付けるように支えるのを見ながら、さやかは思った。
あたしは、また、この音が聞きたかったんだ……
今よりも幼少の頃、自分と同じ歳の少年が奏でているとは信じられなかった、自分を魅了する音に、さやかは強く惹かれた。
一度は失われた音が、戻ってきた。
だから、
後悔なんて、あるわけない────
「……ふぅーん」
病院の別の棟の屋上から、佐倉杏子はその一部始終を双眼鏡で覗いていた。
「あれが新しい魔法少女ねぇ、なんかチョロそうだわ」
「…………君には申し訳ないと思うけど……」
傍らにいたサッきゅんは、ため息混じりにそう言ってから、更に続ける。
「全てが君の思い通りにうまくいくとは考えないでほしいな」
「けっ、よく言うぜ」
双眼鏡を下ろしながら、杏子は吐き捨てるように言う。
「それに、見滝原にはもう1人、魔法少女がいるからね」
「へぇ? そいつ何者?」
サッきゅんが言うと、杏子は、手に持っていたメープルのワッフルをかじりながら、聞き返した。
「ボクにも良くわからない」
「はぁ?」
サッきゅんの答えに、杏子は怪訝そうに声を荒げる。
「分かんないって……そいつもアンタが契約したんじゃないの?」
「多分……違うと思うよ?」
「なんだそれ……」
サッきゅんの言葉に、杏子は不機嫌そうな声を出した。
「どれが契約したのかもわかんないし、ボクという個体を不自然なまでに敵視するし、かと思えば助けに来たりもするし、何がなんだかわけがわからないよ」
サッきゅんはそう言って、小動物姿で、手すりの上に器用に身体を敷物のように伸ばす。
「ひとついえるのは、極めつけのイレギュラーだってこと。どういう行動に出るか……保証がなにひとつないんだ」
「……フン、上等じゃん」
困惑気に言うサッきゅんに対して、杏子はワッフルの残りを口に放り込むと、行儀悪くその指についたメープルシロップを舐め取りながら、舌なめずりするような笑みを浮かべる。
「退屈しなくて済みそうだね」
夜。
美樹家、さやかの自室。
さやかは、姿見の前に立つと、パシン、と気合を入れるように、自分の両頬を軽く叩(はた)いた。
「よし! ……行くよ、サッきゅん」
威勢良く言うさやかに対して、サッきゅんは床にちょん、と座りながら、さやかを見上げて、小首をかしげるように言う。
「緊張……してるのかい?」
「そりゃーね、一歩間違えりゃ大怪我だし、それに……病院の時はサッきゅんがいたから助かったけど、そうでなかったらお陀仏でしょ?」
さやかは険しい表情をして言う。
「ボクよりあのほむらって子のおかげだけどね」
「…………行こう」
サッきゅんの言葉に、さやかは顔をしかめこそしなかったが、あからさまに不機嫌そうに沈黙した後、そう言って踵を返した。
サッきゅんはそれを追い、さやかの肩に飛び乗る。
「ねぇ、サッきゅん」
「何?」
家人に気付かれないようにして家を出つつ、さやかは肩の上のサッきゅんに訊ねる。
「あたし、契約してから、何か頭の中って言うか、心の中っていうか、それが、何かに繋がったような気がするんだ」
「えっ?」
さやかの独白のような言葉に、サッきゅんは軽く驚いたような声を出す。
「なんだかぼんやりして解からない。でも、なにか忘れてるような気がするんだ」
「忘れてる、ような?」
「うん、凄く大切なことのような気がするんだけど、さっぱりわからない。忘れちゃいけないようなことの様な気がするんだけど、そもそも覚えていたって感じがしない」
「…………そんな例は、今まで聞いたことがないなぁ……」
さやかは至極真面目な声で言ったが、サッきゅんは戸惑うばかりだった。
「…………ごめん、変な話しちゃって」
「いや、契約したときも少し変だったし、確かにボクも気にかかってたんだけどね」
少し気まずそうに言うさやかに対して、サッきゅんはそう応えた。
「ううん……こんな話でもしてないと、手の震えが止まらないんだよ。マミさんにあんな調子の良い事言っといて、ちょっと情けなくってさ」
「大丈夫、ボクが一緒にいるよ。……足手まといよりはマシ、程度だけどさ」
「ありがと」
肩の上のサッきゅんを覗き込んで、さやかはくすっと苦笑交じりに笑った。
既に、店の殆どが灯りを落とした、見滝原駅前商店街。
その路地裏から、黒い霧が街灯の光を吸収しつつ、漏れ出していた。
「よっしゃ、行くよ」
さやかはソウルジェムを取り出し、魔法少女の装束へと変身した。
「結界!」
右手に出現させた剣の切っ先で、路地の路面を軽く叩く。
そこから澄んだ青い光条が無数に迸り、それは糸の様に流れを変えて、あたりを包み込む。
「いた!」
さやかがその姿を確認する。
サッきゅんは、さやかの肩からストン、と路面に降りた。
それは、フォルクスワーゲンI、通称ビートルをさらにデフォルメナイズしたような、異形の自動車。
「くらえっ!」
シュバァッ
さやかの剣戟が、自動車型の魔獣を一刀に両断する。
そのまま魔獣はぼろぼろと崩れるようにして消滅していく。
「なかなかやるじゃん? ルーキーの癖に」
カツン、カツン。
晴れていく黒い霧の中から、人の姿が現れる。
だが、さやかが張った結界はまだ解いていない。
「けどまぁ、あんな“中身”なしのやつあしらったぐらいで、でかい顔されちゃたまんねーな」
「この中で動けるってことは、アンタも魔法少女?」
さやかが問いかける。
「まぁな」
チャイナドレスにフリルをあしらったような赤い装束を来て、槍を抱えた少女は、鯛焼きをかじりながら、そう答えた。
「やっぱり来たね、杏子」
サッきゅんが言う。
「杏子? ああ、アンタが、サッきゅんやマミさんが言ってた、魔法少女?」
「まぁ、そう言うことになるけど……」
杏子は、問いただすさやかに向かって答えつつも、冷たい視線を向けながら鯛焼きをかじる。
「アンタもあれかい? 人助けだの正義だの、そんな青臭い理由で契約交わしたクチ?」
「…………!?」
酷薄そうに言う杏子に対し、さやかは睨み返すようにしつつも、軽く驚いたように目を見開く。
「…………だったら、どうしたって言うのよ?」
「ハッ、アタシも別に魔獣狩りはやってるけどさぁ──」
どこか嘲るように、杏子は言う。
「アンタとかマミみたいな青臭いやつ見っと、それはそれで虫唾が走るんだよねぇ」
「駄目ださやか、挑発に乗るな!」
サッきゅんが言うが、既に遅い。
「あたしのことはともかく──」
さやかは剣を構えて、飛び出していた。
ガキィンッ!
さやかの一撃を、杏子は軽く槍で受け止めた。
「マミさんの事を、悪く言うなぁ!」
「はっ、お前も結局、紙一重のそっち側かよ!」
杏子の槍の穂先が、つ、とさやかの剣を受け流す。
────と。
全く同時に、さやかの足が払われ、さやかは前に向かって倒れこむ。
「!?」
何をされたのか、さやかには全く理解できなかった。
ズシャッ!
「これで全治3ヶ月、ってトコか?」
さやかの背中を、杏子の槍の穂先が斬り裂いた。
勿論、致命傷にはならないことを承知の上での攻撃だった。
「な、何をするんだ、杏子!?」
サッきゅんが、小動物姿のまま血相を変えて、杏子に向かって声を荒げる。
「先輩に対する口の聞き方もわっかんねーようなのは、お仕置きしかねーだろ?」
杏子は、ちらりとサッきゅんを振り返って言う。
「アンタみたいなトーシロにウロチョロされたら、返ってメーワクなんだよ。おとなしくマミと一緒に寝込んでろ、ルーキー」
杏子は、正面を向きなおすと、ヒュンッ、と槍の穂先で風を切って鳴らしながら、さやかに向かって吐き捨てるように言う。
「ま、だ……言うか……っ!?」
その目の前で、剣で身体を支えて、さやかが立ち上がる。
「……あれ? おっかしーな。手加減が過ぎたか?」
杏子は、面倒くさそうに頭を抱えるようにして、呟くように言う。
「さやかの契約は癒しの祈りによるものだ。回復力は人一倍。意識しなくても
サッきゅんは、険しい表情を杏子に向けつつ、そう言った。
「あー、なるほど、能力までチョーうぜぇタイプなわけね」
杏子は、そう言いつつ、軽く肩をすくめるようにして首を振る。
「まー、本気で
そこまで言って、杏子は再びさやかを睨みつけた。
「アンタみたいなやつ、マジでムカツクんだわ!」
ジャラァッ!
杏子の槍の穂先が、多節棍のように鎖で繋がって分割される。
「黙れぇっ!」
さやかも剣を杏子に向かって振る。
だが、それは杏子の槍の穂先であしらわれてしまう。
ビュッ
槍の一方の端が、鋭くなくとも貫き通す勢いで迸り、さやかの頬を掠める。
「……チッ」
さやかが紙一重でかわしたのを見て、杏子は舌打ちする。
「アンタみたいのには、負けない!」
さやかは口元に不敵な笑いを浮かべる。
「2人とも、いい加減にするんだ! 杏子! どうしてこんな意味のないことをするんだよ!?」
サッきゅんが声を荒げ、杏子をたしなめる。
だが、2人の剣戟は、それでも止まらない。
「アタシがどんな思いをしたか! アンタなら良く知ってるだろーが!」
杏子は、さやかと刃を交わしながら、ぶっきらぼうにそう言った。
「それは……、でも、さやかには関係のないことだよ!」
「わりぃけど、ちっと遅ぇわ」
ズシャァッ
さやかが多節棍の柄に気を取られた次の瞬間、杏子は槍を元に戻しつつ、その穂先でさやかの胸元を斬り裂いた。
さやかは仰向けに倒れこむ。
「これに懲りたら、二度とアタシの前でチョロチョロすんじゃねーぞ!」
言って、杏子は槍をさやかに突きつける。
「アンタがね」
さやかはしかし、倒れこんだまま、自らの血塗れになりながらも、不敵に笑って、言う。
「!?」
そこで杏子は、自らの置かれた立場に気付き、愕然とした。
周囲一帯を、さやかが右手に持っているものと同じ剣が、無数に取り囲んでいた。そしてその切っ先が、一様に杏子を狙っている。
「そうか、コイツ……くそ」
杏子は苦い顔をして、毒つく。
「杏子」
そこへ、2人の間に、魔法少女姿のサッきゅんが割って入った。
「君のやり方に異を唱えるわけじゃない。けれどそれは魔獣退治に限っての話だ」
そう言って、サッきゅんは杏子を睨みつける。
「こんなやり方は、ボクとしても本意じゃない」
「チッ」
杏子は、舌打ちしながら槍を引き、手で頭をかくようにして髪を梳いた。
「解かったよ」
杏子はそう言って、魔法少女の装束を解き、パーカーにカットジーンズという私服姿になった。
「せいぜいがんばんなよ、ルーキー」
杏子は手を差し伸べることもせず、踵を返して歩き始めた。
「死ぬまでな」
嫌味っぽくそう言って、いい加減に手を振りながら去っていった。
ピンポーン。
駅近くのマンション、巴邸。
さやかは律儀にインターホンのボタンを押す。が、もちろんまだマミは動ける状態ではない。
『大丈夫よ、入ってきて』
マミはインターホンではなく、テレパスでさやかに答えた。
『じゃあ、お邪魔します』
さやかこそう答えてから、普段はサッきゅんが所持している合鍵で玄関の鍵を開けた。
「お邪魔しまーす……」
今度は直接声に出して、恐る恐る、と言った感じで言い、室内に入る。
マミの居室に入り、そこで照明をつけた。
「ん……っ」
室内が蛍光灯の光で照らされると、マミは一瞬顔をしかめた、
「あ、眩しかったですか? すみません」
「大丈夫。部屋が暗かったから、目が眩んだだけ。寝ていたわけじゃないから、気にしないで」
慌てたように言うさやかに対して、マミはくすくすと苦笑しながらそう言った。
「あ、はい……」
「それで、こんな時間に何の用?」
マミは、咎めるというより、さやか自身を気遣うようにして、そう訊ねた。
「さやか、とりあえず、マミの首を」
「う、うん」
「美樹さん?」
サッきゅんに促されて、さやかはマミのベッドの枕元に近付き、膝を突いて屈む。マミはその意図がわからず、思わず聞き返していた。
「マミさん、動かないで」
「動けないけど……って、ひゃ!?」
さやかの意図が読めずに、マミが軽く混乱していると、さやかはマミの首筋、うなじの左脇を、ソウルジェムの指輪のはまる右手で触れた。マミがくすぐったそうに短く声を上げる。
さやかは、何かを念じるように、軽く眼を閉じた。
「あ…………」
触れられたさやかの手から、熱がじんわりとマミの首の中に入り込んでくる。
「首が……?」
表面は傷跡を残して癒着が済んでいたマミの首だが、まだ再生の済んでいなかった延髄や脊椎なども、急速に修復されていく。
「どう……ですか?」
さやかはマミの首から手を離しつつ、眼を開いてその顔を覗き込み、そう訊ねた。
マミは、自分の手で自分の首に触れて、感触を確かめた後、ゆっくりと身を起こして、左右に振ってみる。
「凄い、普通の魔法少女の回復力を凌駕してるわ。美樹さんは……」
「さやかの願いは癒しの願いだったからね。回復の魔法には長けているんだよ」
小動物姿のサッきゅんが言う。
「早く言ってくれれば、マミさんの首もすぐに治して上げられたのに」
「確証がなかったからね。そう言う意味じゃ、杏子に感謝かな」
「うげぇ」
抗議の声を出すさやかに対し、サッきゅんがそう言うと、さやかは露骨に顔をしかめた。
「でもさやか、あくまでここまでのひどい傷を治療できるのは、相手が魔法少女のマミだからだからね? 生身の人間に対しては、せいぜい擦り傷切り傷といった裂傷を治すのがせいぜいだよ」
「え? どうして?」
サッきゅんが一言念を押すように言うと、さやかが反射的に聞き返す。
「たとえば──」
代わりに、ベッドの縁に座りなおしたマミが答える。
「骨折した人がいるとするわね? その人に、今の魔法をかけたらどうなると思う?」
「え? 元通りになるんじゃ……」
さやかはマミの言葉の意味が理解できず。小首をかしげる。
「いいえ。折れ曲がったままくっついてしまうの」
「えっ?」
「生物の身体って言うのはそれほど便利にできてないんだ。骨折とかした場合は、ちゃんと整形して矯正してあげないと、そのまま癒着しちゃうだけなんだよ」
さやかが、軽く驚いたように聞き返す声を出すと、サッきゅんが補足するように説明した。
「今回の場合は、マミが魔法少女で、自分の身体を矯正して再生する能力があったから、出来たことってわけ」
「なるほど……」
サッきゅんの説明に、さやかは納得の声を上げる。
「だから、むやみにその
「あ、はい。わかりました」
今度はマミに言われると、さやかはマミのほうに視線を向けて、真摯にそう答えた。
「ところで、さっき佐倉さんがどうとか、言ってたみたいだけど?」
「あ…………」
マミの問いかけに、気まずそうな声を出したのはサッきゅんの方だった。
「佐倉杏子……ですよね、多分、そいつだったと思います」
「それで、仲良くなれた?」
さやかが答えると、マミはやさしげに微笑みつつ、そう問い返してくる。
だが、さやかの表情はむしろ、険しくなった。
「いいえ! いきなり襲われて、怪我させられて。何とか引き分けに持ち込みましたけど、正直殺されるかと思いました」
「…………流石に魔法少女で殺しあうって事はないし、手加減はしていたと思うけど……」
さやかの言葉を聞いて、マミは言葉で杏子を擁護しつつも、あからさまに顔をしかめた。
「マミさんのことも酷く言ってたんですよ、そいつ! 青臭いやつは嫌いだって! あたし、それが許せなくって……」
さやかは、マミに視線を向けつつ、憤慨の声を上げ続けていたが、
「あの転校生も何考えてるかわからないし、マミさん以外の魔法少女って、みんなあんな感じなのかな……って」
と、急に声のトーンを落として、そう言いながら、うつむきがちになってしまう。
「杏子にはああなった理由があってね……」
さやかを慰めるように言葉を発したのは、サッきゅんだった。
「経緯はボクから語るべきじゃないけど……ただ、彼女がさやかのような魔法少女を毛嫌いする理由は、ちゃんとあるんだよ。単純な感情論だけじゃなくてね」
「私も、彼女は根は悪い子じゃないと思ってるわ」
サッきゅんとマミの困惑気な言葉に、さやかは悔しそうに拳を固めて、ぶるぶると震えていたが、
「わかりました」
と、視線を伏せたまま、そう言った。
「それなら、極力──相手しないようにします」
「そうしてくれると助かる。マミも復帰したってわかれば、そうそうさやかにも手出しはしてこないだろうし」
サッきゅんはそう言って、マミと一緒に、胸を撫で下ろすようにする。
さやかははぁっ、と深くため息をついた。
「さて、こんな時間だし、美樹さんもそろそろ帰ったほうが良いんじゃないかしら?」
マミは、ぱんぱんと手を叩いて話題を切り上げ、苦笑気味に言う。
「はい──」
まだ何処かわだかまった様子で、さやかはそう言った。
2ストロークエンジンの、パンパンという何かが断続的に弾けるようなアイドリング音が、深夜の見滝原市街に響く。
スズキ 2サイクル・バーディー50。所謂“カブスタイル”の原動機付自転車だが、基本的にこれらが4ストロークエンジンを採用しているのに対し、スズキお得意の2ストロークエンジンを採用していたものである。
それは交差点の信号待ちで停車していた。
既に市街地の交通量もほとんどなく、道路は時折タクシーとトラックが通過するばかりだった。
だが、やがて信号が青になっても、アクセルを吹かして発射する様子はない。
「なに、アンタ。跳ねられたいの?」
革製の耳当ての付いた、ヴィンテージスタイルのヘルメットを被った少女は、円レンズのゴーグルを上げて、不愉快そうに言う。
バーディーの直線上、とっくに赤信号になった横断歩道の上に、ストレートの長髪を持つ少女が、黙って、しかし険しくはないが強烈な視線をバーディーの運転手に向けつつ、立ちはだかっていたる
「バッキャロー! ふざけてんじゃねーぞー!」
背後にいたトラックが、運転手がそう怒鳴りながら、僅かに右に逸れて追い抜いていった。
「ちっ、てめぇからミンチにしてやろうか」
ガロロロロ、とディーゼルエンジンの音を響かせながら走り去っていくトラックの後ろ姿に向かって、バーディーにまたがっている少女──佐倉杏子は睨み返すようにしながら言い棄てると、
「で? 結局アンタはなによ?」
と、目の前に立ちはだかる少女──暁美ほむらに視線を戻す。
「まぁ、アタシの前に出るって事は、大方アンタも魔法少女なんだろ?」
杏子はやや忌々しげに問いかける。
「そうよ」
ほむらは淡々とした様子で短く答えた。
「貴方に話があるの」
「なんだよ、くだんねー話だったら、マジ轢くぞ」
そう言って、杏子はバーディーのギアを抜き、アクセルをひねって空ぶかしし、威嚇する。
「無免許運転はまだしも、ガソリンの無駄遣いは感心しないわ」
「けっ」
ほむらは怯んだ様子もなく、淡々と言う。杏子は面白くなさそうに声を漏らす。
「で、結局なにさ」
「この街を、あなたに預けたい」
ぴくり。
ほむらの言葉に、杏子は眉を僅かに動かした。
「で?」
24時間営業の、コンビニエンスストアの前。
杏子は、ガードレールの歩道側に立てかけられたバーディーにもたれかかるようにして、黄色いロング缶の缶コーヒーをあおりながら、
「どんな風の吹き回しよ?」
と、いまいち理解できない、と言った感じで、傍らに立つほむらに訊ねる。
「魔法少女は貴方みたいな子こそ相応しいわ。美樹さやかでは務まらない」
「さー、どーだか。マミだってなんのかんのとうまくやってたぜ。今回だってくたばり損なってやがるし」
「心にもないことは言わない事ね、佐倉杏子」
名前を呼ばれて、杏子はまだ自分が名乗っていないことに気付き、顔を上げて怪訝そうにほむらに視線を向ける。
「確かに肯定はしねー。だが事実を無視もしねー」
杏子はぶっきらぼうに言いつつ、やはり入手したばかりのポッキーを開けて、1本口に運んだ。ポリッと心地よい音がする。
「現実からの剥離は敗北を意味する。実戦派の貴方らしい考え方だわ」
「そりゃ、どーも」
ほむらは感情を表に出さずに淡々と言い、杏子の方も形ばかりに例の言葉を言う。
「美樹さやかはそう言うことが考えられない。その点では巴マミよりも資質に欠けている」
「そこまでとは思わなかったけどな」
敵対していたとは言え、ほむらの悪意的な言い回しに、杏子はどこかすっとぼけたような表情で星空を見上げつつ、呟くように言った。
「彼女については、貴方は今後手出ししないで。私が対処する」
ほむらは眼を軽く閉じる程度だったが、僅かに表情を変えて、そう言った。
「どーにも狙いが見えねーな。アンタ何者だ? 一体なにが狙いなのさ?」
「自己紹介が遅れてごめんなさい」
ほむらは僅かに眼を伏せて謝罪してから、更に言葉を続ける。
「私の名前は暁美ほむら。私の目的は、ある魔獣からこの街、いえ世界を護ること」
「そんな厄介なのが来るってのか? アンタやアタシ1人じゃどうしようもないような」
杏子は、そう言って怪訝そうな表情をほむらに向けた。
すると、ほむらは僅かに溜めるようにしてから、言葉をつむぐ。
「2週間後、この街に『グリフレットの別れ』が来る」
2本目のポッキーを加えた杏子の動きが一瞬止まり、表情が引きつった。
『武蔵滝元行最終電車参りまーす。ご利用のお客様はお乗り過ごしのないようご注意ください』
見滝原駅のホームから流れてくる放送と共に、隣の武蔵滝元止まりの電車が駅に進入していく。400系のツリ駆け式モーターの轟音が、深夜の静寂の中に、乾いたように響き渡った。
「……何故分かる?」
電車が轟音を立てて駅を出て行った頃、杏子が問いただす。
「秘密。ただ確実に来るとしかいえない。信じる信じないは貴方の自由」
「胡散臭さいことこの上ねーな」
淡々としたほむらの言葉に、杏子はそう言って、缶コーヒーを一口すする。
「信じられない?」
「とゆーより、手札がまるで見えないとあっちゃね。けど、『グリフレットの別れ』ね……それを聞いちまうと無視はできねーな」
「それさえ倒せば私はこの街を離れる。あとは貴方の好きにすればいい」
何処か呆れたように言う杏子に対し、ほむらはただ淡々と伝える。
「確かに、1人じゃあ手強いが、2人掛かりなら勝てるかもな」
杏子はそう言うと、もたれかかっていたバーディーのシートから身を起こし、ポッキーの箱をほむらに差し出した。
「食うかい?」