魔法少女さやか☆マギカ   作:神谷萌

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第7話:正義の味方じゃなくっちゃなぁ

 ビィィィィィィ……

 2ストロークエンジンの甲高い排気音が響く。

「はぁ……」

「なんだよ、そんな鬱陶しそうなため息ついて」

「こんな時間に学生が外出、原付無免許運転に2人乗り、しかも片方はノンヘル。これもう絶対正義の味方のやる事じゃないわ……」

 ため息をついて沈んだように言いつつも、さやかは杏子の運転する2サイクル・バーディー50の荷台にまたがり、杏子の腹部に腕を回して捉まっていた。

「そうでもないぜ? 正義のヒーローのやってる事なんて、わりと法律なんかサクッと無視してるもんさ」

 タバコのようにキャンディポップを咥えた杏子が、ニヤニヤと笑いながら言い返す。

「そう言う問題じゃなくてねぇ……」

「じゃあ、どんな問題だよ」

 さやかは呆れたように言い返しかけるが、杏子はそれを聞いてキョトンとする。

「ああ、もういいからぶっ飛ばせ!」

「了ぉ解!」

 杏子がアクセルを開くと、トルクの太い2ストロークエンジンがぐいと牽引力を上げ、バーディーは増速した。

 

 

 そこは、見滝原市と滝元市の市境、滝原湖と呼ばれる湖の湖岸の一部に位置する丘陵地帯。

 すぐ傍を、滝元市内を水源として滝原湖を経由し、最終的に神田川と合流し隅田川に流れ込む河を、滝原線のガーター鉄橋が越えているが、駅自体からは徒歩で来るには遠い位置にある。

 それでも鉄橋のあたりには何人か、平日だというのに三脚を立てている人間がいて、それらの訪問者が乗ってきた軽自動車や自転車が、すぐ傍の道路の路肩に停められていた。

「ちっ、いい大人どもが真昼間から」

 杏子は、バーディーの前カゴから紙袋を抱え上げつつ、それを見て、忌々しげに呟くものの、

「あたしたち人の事言えないって」

 と、さやかが手を振りながら苦笑して言う。

「まぁ、いいや、ついてこい」

 そう言って杏子は、さやかを先導するように歩き始めた。

 そこは、かつては綺麗に舗装されていたが、現在は自然の反逆により、路面はタンポポやヒメジオン、ハルジオンによってめくり上げられたアスファルトの亀裂に、更にヒシバやエノコログサが息吹き、路肩の樹が枝を伸ばして、空から路面を覆っていた。

「アンタ今、何考えてるか当ててみようか?」

 スタスタと先に進む杏子が、顔だけ振り返ってそう言った。

「な、なによ……」

「『こんな身体にされちゃって、どんな顔してアイツに会えばいいのかな』」

「!」

 それまで順調に杏子についてきていた、さやかの脚が、ぴたりと止まった。

「図星だろ」

 杏子は、今度は身体ごと振り返って、ニヤリと唇を吊り上げた。

「…………」

「アンタさ、後悔してんだろ?」

 僅かに沈黙をおいた後、杏子は再び前に向き直って、歩みを再開しつつ、

「こんな身体にされちゃったこと」

 と、さやかに問いかけてきた。

「……後悔してるけど、言うほど悲観もしてない」

 さやかは俯きがちに低い声で言う

「へぇ」

 杏子は、意外そうな声を上げて、ちらりと背後のさやかを見た。

「正直なところを言うとね、アタシも、まーいいかって思ってるんだ」

 杏子はそう言いながら、抱えていた紙袋から、真っ赤なリンゴをひとつ取り出し、丸ごと、皮のついたままかじりつく。

「なんだかんだでこの力で好き勝手できてる訳だしね」

「……自業自得でしょ、アンタのは」

 さやかは、呆れたように、やや芝居がかってため息をつきながら、そう言った。

「そうさ、自業自得にしちゃえばいいんだよ。自分の為に生きてれば全部自分のせいだ。他人を恨む事もないし、後悔なんてあるわけがない──」

 杏子は、そう言いつつも、行儀悪くリンゴをかじり続けていた。

「そう思えば、大抵のことは背負えるもんさ」

 やがて、道の先に樹の枝が拓けた。眩しい光の先に、白い洋館が建っている。一定の様式に則って建てられたそれは──

「教……会……?」

 尖塔に金の十字架を持つ、そこそこ以上には立派なそれは、しかし、すでに使われなくなり無人になってからしばらく以上の年月が経過していた。壁は綻び、蔦が這い回り、ガラスの何枚かは割れていた。

 杏子はその正面の扉を、バンッ、と、無造作に蹴飛ばして開ける。

「こんなところに連れてきて、何なのよ」

 杏子に続いて教会の礼拝堂に入ったさやかは、あたりをキョロキョロと見回すようにしながら、そう訊ねた。

 すると、答えより先に、ヒュッ、と、リンゴがひとつ、飛んできた。

「!」

「食うかい?」

 杏子は、珍しくニュートラルな表情をさやかに向けながら、さやかにそう訊ねた。

「いらない……」

 さやかはそう言って、リンゴを礼拝堂の机の上に置いた。

「そうか」

 杏子はあっさりとそう言ってから、手振りで礼拝堂の壇を指した。

「…………ここはね、あたしの親父の教会だった」

 杏子は一方的に、身の上話をし始めた。

 さやかはそれに、口を挟まないでいた。

 

 

 正直すぎて、優しすぎる人だった。

 新聞を読むたび、涙浮かべて、どうして世の中が良くならないのか、真剣に悩んでるような人でさ。

 新しい時代を救うには、新しい信仰が必要だって、それが親父の言い分で……

 ある時親父は、教義にないことまで信者に説教するようになった。

 

 ……当然、信者の足はばったり途絶え、本部からも破門された。

 アタシ達一家は食うにも事欠く有様になっちまった。

 

 親父は間違った事なんて言ってなかった。

 だけど、誰も真面目に取り合ってくれなかった。

 

 ……悔しかった。

 誰もあの人の事を解かってくれないのが、アタシには我慢できなかった。

 

 

「────だから、SQに頼んだんだ」

 

 みんなが親父の話を、真面目に聞いてくれますようにって。

 

 

 次の日から、怖いくらいの勢いで信者は増えたさ。

 そしてあたしは、晴れて魔法少女の仲間入り。

 

 ……バカみたいに意気込んでたよ。

 親父の説法とアタシの魔獣退治、表と裏からこの世界を救うんだって……

 

 でもね、ある時、カラクリがバレた。

 

 信者が魔法の力で集まったって知った時、親父はブチ切れたよ。

 アタシの事を人の心を惑わす魔女だって罵った。

 

 それで、親父は壊れちまった。

 酒に溺れて、頭がイカれて。

 最後は家族で無理心中さ。

 

 もちろん、最初にアタシが刺されたさ。

 この魔女! って…………

 娘じゃない、親父にはアタシが本当に邪悪な何かに見えてたんだ。

 

 でも、もうアンタには言うまでもなく。

 アタシは死ねない身体だったからね。

 

 

「かろうじておチビ……妹だけが助かった。SQが通報してくれたおかげでな。もっともアタシは死んだことになってるし、妹は母方の爺さんの家に預けられちまったから、会うこともねーんだけど……結局──」

 杏子はいつしか演壇の上で神父のように直立していた。

「あたしの祈りが、家族を壊しちまったんだ」

「…………」

 さやかは無表情で沈黙を続けている。

「他人の都合を知りもせず、勝手な願い事をしたせいで、結局誰もが不幸になった。だから心に誓ったんだ。二度と他人の為に魔法は使わないってね」

 言いながら、杏子は紙袋から新しいリンゴを取り出す。

「奇跡ってのはタダじゃない。希望を祈った分だけ同等の絶望が撒き散らされる。そうやって差し引きゼロにして世の中は成り立ってんだよ」

 杏子はそう言って、取り出したリンゴを、再度さやかに差し出した。

「アンタもアタシも同じ間違いから始まった。アンタはこれ以上後悔するような生き方をするべきじゃない。対価としては高すぎるモンを支払っちまったんだ。これからはつり銭を取り戻すことを考えなよ」

「…………あたし」

 そう言って微笑む杏子に対して、さやかはようやく口を開いた。

「アンタのこと勘違いしてたわ。その事はごめん、謝るよ」

 さやかの神妙な声に、杏子は意外そうに目を円くした。

「でもね──」

 キョトンとする杏子の前で、さやかは更に続ける。

「言ったよね? 後悔はしているけど、言うほど悲観もしてないって」

「! ……なんで、アンタは……」

 杏子はむっとしたようにさやかを睨む。

 だが、さやかは動じもせず、穏やかに落ち着いたまま言う。

「確かに勝手な願い事だよ、あたしのも。でも、アンタのと一緒にしないで」

「なんだと?」

 さやかの切り返しに、杏子は表情を険しくし、噛み付くような声を出す。

 意外な切り返しに、杏子は目をぱちくりとさせた。

「アンタの願いで、実際に動かされたのは、本当なら、アンタやお父さんとは関係のない人間じゃないか」

「え……」

 それまで、噛み付こうとする狂犬のようだった杏子の顔色が、急に変わる。

「アンタの願いってのは、自分たちに関係のない誰かに、何かを強いる願いだったんだよ」

「…………」

 強気に出るさやかの口調に対して、杏子は顔色を無くす。

「アンタにはきつい事を言うかもしれないけど、アンタの不幸はその反動だよ。願いをかなえたからじゃない、願いそのものに問題があったんだ」

「テメェ!」

 さやかが畳み掛けると、杏子は、逆上して顔を紅潮させ、声を荒げて身構える。

「いいよ、やりあう? あたしを殺せばそれで満足?」

 さやかは杏子と正対しつつも、まだソウルジェムを取り出そうともしていない。

「そうやって他人に不幸を振り撒き続けるのが望みなら、いつでも相手になるよ。あたしは負けないし、もう恨んだりもしない」

「っ…………」

 杏子は身構えたまま、その姿勢で固まる。

「今、サッきゅんは多分マミさんのところで説明してると思うから。次に聞いてごらん。見方、変わると思うよ」

 さやかはそう言って、踵を返しかけた。

「今の、あたしの願いはね」

 さやかは、扉のところまで行き着いたとき、顔は向けずに、

「誰にも恥ずかしくない“正義の味方”になることだから」

 と、言い残して、教会を出て行った。

 

 

 翌日

「はっ」

 今日は昨日と一転、目覚ましより早く目が覚めた。

 

 今までの日常が、やたらと新鮮に思えた。

 家族との朝食。

 登校、行ってきますの挨拶。

 登校路の交差点。

 …………。

「なんだろう」

 旧くからの住宅街からと新興住宅地からとの登校路が合流するそこで、今日もさやかは無意識に脚を止めていた。

 そして、その理由がわからず、腕を組んで首をかしげる。

「だんだん強くなってくる……この感じ、一体なんなんだろう……」

 小さくだが口に出して呟いてから、さやかは首を左右に傾げつつ歩行を再開した。

 そして、いつものように友人で同級生の後姿を見つけて、

「おーい、仁美ー」

 と、手を振りながら声をかけた。

「あら、さやかさん」

 志筑仁美が振り返り、カバンでスカートの前を隠すような姿勢のまま、ゆっくりと会釈をした。

「さやかさん、昨日はどうしたんですの?」

「んー、ちょっと風邪っぽくてねー」

 さやかの方も、いつものように、カバンを手に提げたまま両腕を頭の後ろに組んだ姿勢で、そう言った。

「まぁ、大丈夫なんですか?」

 仁美は、俄かに心配気になって聞き返した。

「平気平気。大事をとっただけだから」

「それならいいですけれど……」

 さやかはへらへらと笑いながら言い、仁美はそれに対して少し困惑気に応えた。

 見滝原中学の生徒の姿で雑然としている遊歩道を、2人もまたその流れに乗って歩いていく。

「さぁて、今日も張りきってーいきまっしょい」

 さやかがそんな風に気合を入れていると、

「あら?」

 と、仁美が何かに気付いた。

 その視線の先に、男子生徒が何人か集まっている。

 そして、その中心にいたのは──

「上条くん、退院なさったんですの?」

 ──上条恭介が、松葉杖を着きつつも、制服を来て、後者へと向かう姿だった。

 

 恭介も、もともとはさやかや仁美と同じ2年1組の生徒だった。

 数週間かぶりに退院して、登校してきた恭介は、まるで転校生かのような扱いで、取り巻かれていた。

「さやかさんも行ってこられたらどうですか?」

 仁美はにこやかに微笑んでそう提案したのだが、

「あたしは……いいよ……」

 と、さやかはどこかはにかむような表情で、そう言った。

「…………」

 そのさやかの様子を見て、仁美は目を細め、何事か逡巡し始めた。

 

 

 放課後────

 さやかは仁美に呼び出され、いつものショッピングセンター内のファーストフード店にやってきていた。

「お待たせー」

 自分のメニューを運んできたさやかは、先に席についていた仁美に、明るく声をかける。

「それで仁美、話ってなに?」

 さやかはいつもの調子で、特に無理して装っているわけでもなく、明るい口調で訊ねる。

 だが、訊かれたほうの仁美の表情は、いつになく真剣で、真摯な瞳をしていた。

「前から、さやかさんに、秘密にしてきたことがあるんですの」

「へ?」

 仁美にそう切り出されて、さやかは短く、間の抜けた声を出してしまう。

 仁美は構わずというか、静かな声ながらもはっきりとさやかに聞こえるように、その言葉を告げる。

 

「私、ずっと前から──上条恭介くんのことをお慕いしてましたのよ」

 

 ほんの一瞬だったが、さやかの中で時間が止まった。

 

「…………そ」

 優に5秒は要してから、ようやくさやかは搾り出すように声を出す。

「そーなんだぁ! あはは、恭介のヤツも隅に置けないなー」

 無理に取り繕うようにして、笑い飛ばすようにそう言った。

「さやかさんは、上条くんとは幼馴染でしたわね?」

「ん~、まぁ、腐れ縁っていうか、なんていうか……」

 仁美は真摯に訊ねてくるが、さやかはおどけたように答えてしまう。

 だが、仁美は、さやかを正面に見据えて、強烈な視線を向け、

「本当にそれだけ?」

 と、さらに問い質す。

 さやかは空気のかみ合っていないような感触に、おちゃらけた声を留めてしまう。

「私──」

 僅かに沈黙をおいて、仁美のほうから切り出した。

「もう自分に嘘はつかないって決めたんですの」

 仁美も、内心落ち着ききれてはいないのか、そう言いながら身体の前で軽く組んだ両手の指を軽く動かしている。

「さやかさん、あなたはどうですか? 本当の気持ちと向き合えますか?」

「な、何の話をしてるのさ……」

 さやかはそう聞き返した。いや、解かってはいた。いる筈だった。だが、頭がそれを認識することを拒んでいた。

「さやかさん──あなたは大切なお友達ですわ。私は抜け駆けも、横取りするような事もしたくありません。ですから、1日だけお待ちしようと思いますの」

「1日……って?」

 さやかは、反芻するように聞き返した。

 すると、仁美の視線が、険しいものではなく、しかし鋭さを増す。

「私、明日の放課後に上条くんに告白します。それまでに後悔なさらないよう決めてください。上条くんに気持ちを伝えるべきかどうか」

「…………」

 さやかは言葉を失い、酸欠の金魚のように口をパクパクとさせていた。

「それでは、今日はこれで失礼いたしますわ」

 そう丁寧に挨拶して、仁美は先に席を立った。

 

 

 駅近くのマンション、巴邸。

「ふぅ……」

 見滝原中学の制服に、首に黒いチョーカーをつけた姿のマミが、帰宅する。

 窓の外で電車のタイフォンの音が聞こえ、ツリ駆けモーターの音が響いてくる。

 ピンポーン

 カバンを下ろしたマミが、紅茶を入れようと、ティーポットを一口のガスコンロにかけようとした時、インターホンが鳴らされた。

 マミはコンロに火をつけるのは一旦後回しにして、インターホンの受話器を上げた。

「はい、どちら様でしょう?」

『ぐすっ、マミさぁん……』

 受話器から聞こえてきたのは、泣きはらした声だった。

「美樹さん? どうしたんですか? あ、今開けますから」

 マミは一旦聞いてしまってから、受話器を戻し、慌てて玄関に向かう。ドアの鍵を外し、扉を開けた。

「マミさぁん」

「美樹さん……」

 さやかは扉の前で立ち尽くすようにしていたが、マミが扉を開くと、押し返す勢いでマミに抱きついてきた。

「ごめんなさい、ごめんなさぁい……」

「美樹さん……」

 自分に向かって謝罪の言葉を繰り返すさやかの意図が、一体なんなのか、マミには理解できなかったが、たださやかを抱きとめると、穏やかな顔で目を細め、

「なにか、辛いことがあったのね」

 と、囁くように、しかしやさしげに言った。

 マミに抱きついたままのさやかは、こくこく、とすすり泣いたまま頷いた。

 

 

 陽がすっかりと沈み、空は藍色に染まる。

 登校していった女子中学生が、連絡も無しに帰ってこないにしては遅い時間になった頃。

 トゥルルルルルル……トゥルルルルルル……

『はい、もしもし、上条ですが』

 その豪邸の中で、電話をとったのは、家人か、それとも使用人か、女性の声だった。

『はい、少々お待ちください』

 そう伝えられて、受話器は少年の手に渡った。

「もしもし、お電話代わりました」

 バイオリン練習用の防音室の中。休憩用のソファに腰を下ろしていた恭介は、コードレスホンの子機を受け取ると、まずは形式的にそう言った。

「あ、さやかのおばさん」

 恭介は、相手が幼馴染みの母親と、伝えられてはいたが、直接声を聞いて、改めてそう口に出した。

「え? さやか、まだ帰ってないんですか?」

 恭介は軽く驚いて、壁にかけられている、シンプルな円い時計を見た。

 スィープセコンドのセイコー製時計は、すでに午後8時近くを指していた。

「いえ。うちには来ていません……僕にも何も。はい、すみません」

 電話口の向こうで、さやかの母が『お手間取らせてごめんなさいね』と申し訳なさそうに言いながら、電話は切れた。

 『ツーッ、ツーッ』という発信音をわずかに聞いてから、恭介はコードレス子機の切断ボタンを押した。

「さやか……」

 恭介は、音の途絶えたコードレス子機に視線を向けつつ、そう呟いた。

 

 

『ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ……』

「あら……通話中?」

 結局、泣き崩れたさやかは、泣き疲れたのか、一旦そのまま眠りこけてしまっていた。

 さやかはカバンを持ったままなので、一度家に帰ったわけではないようだった。時間も時間なので、と、マミは一度美樹家に電話をかけてみた。

 だが、結果は話し中。

「仕方ない、もう少しおいてからかけなおしてみましょうか」

 そう言って、受話器を留守番電話機の本体に戻す。

「それで──」

 マミは視線を、ベッドの縁に腰掛けたさやかに、見上げるようにして向ける。

「話、聞かせてもらえるわね?」

 俯き、塞ぎこんだ様子のさやかだったが、マミの問いかけに、ゆっくりと頷いた。

「マミさん、……あたし……」

「うん」

 先ほど散々泣きはらしたはずなのに、さやかはまたぐすりぐすりと泣き声を上げ始めてしまう。

 マミはそんなさやかに向かって、優しげな笑みを向けている。

「あたし……正義の味方……失格です……」

「なにが……あったの?」

 さやかの吐露に、マミも少しだけ困惑したようにしつつ、やんわりと問い質す。

「今日、後悔しそうになったんです。あの時──仁美を、あの、同級生なんですけど……その子、助けなければって、思っちゃった……」

 さやかの言葉を聞いて、マミは一瞬軽く驚いて、目を円くした。

「美樹さんが……どうして?」

 マミは、意外そうな表情と口調で、さらに聞き返す。

「あたしっ、願い事で手を治した男の子……ひぐっ……その仁美って子も好きで、明日告白するって……あたしより美人で、優しくって……その子に、とられちゃう……」

 さやかは、しゃくりあげ、その度に言葉を途切れ途切れにしながら、言う。

「でも……あたし、なんにもできない……サッきゅんがいくら説明してくれても、もう……生身の人間とは違うんだもん……こんな身体で抱きしめてなんて言えない、キスしてなんて言えない……」

 マミは、それまでさやかがしゃくりあげながらいう言葉を優しげに微笑みながら聞いていたが、それが一段落したと判断すると、

「ちょっとだけ、厳しいことを言うことになるけど」

 と、そう言って、俄かに険しい表情になった。

「私もサッきゅんも、確認したわよね?」

『貴方は、その人の願いを叶えたいの? それとも夢を叶えた恩人になりたいの?』

『キミ自身がそれを望むのか、キミがあの子の願いを代行したいのか、それだけはハッキリさせておいて欲しい』

 さやかの頭の中に、2人のその言葉がリフレインする。

「…………あたし……」

 さやかは言い篭る。

「佐倉さんの言う通り、とまでは言わないけど、もしそれで後悔してるのなら、その彼に全部打ち明けるべきだわ。貴方の手は私のおかげで直ったんです、私は貴方の恩人です、って、押し付けちゃえば良い」

「マミさん……?」

「自分1人で抱えようとしたら、いつか潰れる。私自身もずっと苦しんできたことよ。そして、私は美樹さんに助けてもらった。だから私は、美樹さんに同じ思いをして欲しくないの」

「そんな……あたし……マミさんにそんなこと言ってもらえる立場なんか、じゃ……」

 いつしか涙は止まっていたが、さやかはなおマミを直視できず、腫れぼったい顔を俯かせている。

「でも、そんな事、言ったって、信じてもらえ、なんか……」

 中学生はメルヘンにまだ淡い期待を抱きつつも、大半がその夢から醒めだす世代だ。魔法少女だ、その願いで手が治った、そんなことを彼に伝えたところで、信じてなどもらえないのは目に見えている。

 すると、マミは優しげな表情になって、

「受け入れてもらえるかもらえないか、なんて、わりとどうでも良かったりするの。溜め込んでるものを吐きだすだけで、ずっと楽になるものよ」

 と、言ってから、くすくすとその微笑を苦笑に変える。

「なんてね、本当は私が偉そうに言えた義理じゃないんだけど。私も美樹さんに出会って、初めて吐き出せたんだから」

「でも、あたしがそうしたら、マミさんは……」

 さやかははっとして、顔を上げ、赤い目でマミを見る。

「私は大丈夫。願いは全部かなったから」

「全部……?」

 さやかは反射的に聞き返す。

「死にたくない、生きたいって願って、それが叶った。1人ぼっちがいやだって思ったら、美樹さんが現れてくれた。だから、私はこれ以上望まなくても、戦っていける」

「マミさん……」

 穏やかな表情で言うマミを見て、さやかは自分も心が落ち着いていくのを感じていた。

 マミは口元で微笑みつつ、しっかりとさやかに視線を向けた。

「美樹さんは、どうするの……?」

 

「あたし、は────」

 

 

 翌日。

 仁美が登校すると、まだ教室にさやかの姿はなかった。

「…………さやかさん……」

 複雑な心境で呟き、軽くため息をつく。

「あ、ああ、志筑さん」

 かけられた声に、仁美はドキリ、と背を跳ねさせた。

「あ、な、なんでしょう、上条くん?」

 仁美は恭介を振り返って、微笑みを取り繕い、聞き返した。

「さやかのこと、何か知らない? 昨日、家に帰ってないらしいんだ」

「え?」

 思いもよらない恭介の発言に、仁美は短く声を発して、絶句する。

「すみません、私もなにも聞いてはいません……」

「そっか……」

 仁美の答えに、恭介は気落ちしたように肩を落とす。

「上条くん……」

 仁美は、恭介と、さやかの席と、交互に視線を向けながら、心配そうな表情をする。

 すると、その時、

「おっはよーさーん」

 と、教室の後ろの扉から、さやかの明るい声が聞こえてきた。

「あ…………」

「さやか!」

 仁美が声を出しかけたとき、それの先を越す形で、恭介が身体の向きを変え、松葉杖をついて、自分の席に向かうさやかの元に寄っていった。

「あ? おはよ恭介」

 さやかは、あっけらかんとした表情で、恭介に挨拶をする。

「さやか、何か僕に隠してることない?」

「恭介に?」

 恭介に訊ねられて、さやかはキョトン、とする。

「昨日、家に帰ってなかったって」

「え!? なんで知ってるの?」

 恭介に問い質されて、逆にさやかは驚いて聞き返してしまう。

「さやかの家から電話があって」

「ウチから? おっかしぃなー、ちゃんと連絡入れてもらったんだけど……電話がすれ違っちゃったのかな」

 さやかは一瞬眉をひそめ、それから決まり悪そうに、呟くようにそう言ってから、

「昨日はちょっと、急に3年の先輩の家に泊まることになっちゃって」

 と、申し訳なさそうに苦笑しながらに答えた。

「その話……本当なんだね?」

「え?」

 恭介がさらにつっこんできたので、さやかは再びキョトン、としてしまう。

「なんで恭介が疑ってるのか知らないけど……3年の巴マミって先輩の家。なんだったら証言してもらおうか?」

 言いながら、さやかは携帯電話を取り出し、フリップを開くと、メモリダイヤルからマミのアドレスを呼び出そうとした。

「べ、別にそこまでしなくて良いよ」

 恭介は慌てて、さやかの行為を遮る。

「そう?」

 言いつつ、さやかは携帯電話を畳んでしまいなおした。、

 

 

「────マミさんは、あたしと一緒に、いてくれますか?」

「え? ……そうね、もう知らない仲でもなんでもないんだし、美樹さんが必要としているのなら、いつでも助けに行ってあげるわ」

 マミは、一瞬呆気にとられつつも、そう答えた。

「だったら……」

 さやかは泣きはらしたままの顔で、ゆっくりと立ち上がり、

「だったら、あたしには、それで充分です」

 と、格好つけて腕を腰ダメにするポーズをとり、そう言った。

「美樹さん……? いいの?」

「はい」

 まだ目尻に涙を残しつつも、満面の笑顔になってそう言った。

「あたしの今の願いは、“正義の味方になること”ですから」

 

 

「あ、それより恭介」

 さやかは、携帯電話をしまい終えると、はっと思い出したようにして、ニヤッと笑って切り出した。

「今日の放課後、サプライズがあるから、期待してた方が良いよー?」

「サプライズ?」

「そう、サプライズ」

 さやかは、にんまりと笑いながらそう言うと、ちらりと視線を仁美に向ける。

 どきりとしたように反応を返す仁美に、さやかは微笑んでウィンクしてみせた。

「さやか、それだけ?」

「え?」

 さやかが、昨日の出来事をリフレインさせつつ、机にその中身をうつそうと、机の上に置いたカバンを開けると、恭介は尚も問い質してきた。

「それだけって……他に何かあるの?」

 さやかは、呆気にとられたようにして聞き返した。

「…………いや、別に深い意味があるわけじゃないんだ、それなら、それで」

 恭介は、かえって気まずさを感じ、誤魔化すように苦笑してそう言った。

「変な恭介」

 そう言って苦笑するさやかの様子は、恭介がよく知っている、明るくてどこにでもいそうな女の子だった。

 しかし────

 なんだろう、この、違和感は……

 恭介は、なにか見えない糸が絡み付いてくるような感触をおぼえていた。

 

 

 放課後────

 見滝原中学の目の前にある市民公園。

 花壇のあるテラスの前で、仁美が時折時計を見たりしながら、そわそわとしている。

 それを遠目で見ていると、やがてそこへ、恭介が松葉杖を突きながらやってくるのが見えた。

「お待ちしておりましたわ」

「えっ?」

 恭介の方は、元々、たまたま通りかかった形だった。そこへ、仁美が声をかける。

「えっと……志筑さん?」

「上条くん……」

 仁美は、恭介と向き合うと、その顔に真摯な瞳を向けつつ、口元に笑みを浮かべて、切り出す。

「私は、貴方の事をお慕いしてまいりました。よろしければ、私とお付き合いいただけませんでしょうか?」

 はっきりと声に出し、口篭ることなく、澱みなくそう言った。

「志筑さんが────」

 恭介は、唐突な出来事に、いささか面食らった。

 そうか、サプライズって、こういうこと……

 恭介はそう思いつつ、目の前で自分を見据えつつ、たおやかに微笑んでいる少女の姿を、一瞥する。

 やがて、恭介は、仁美の手に、そっと自分の手を添えた。

 一方。

「本当に、キミはこれで良いんだね?」

 サッきゅんが心配気に聞いてくる。

「うん」

 さやかは、振り返り、サッきゅんと、彼女を肩に乗せたマミに向かって、満面の笑顔で頷いた。

「それじゃあ今日も正義の味方の活動、行ってみましょーかー!」

 さやかは腕を振り上げながら、そう言って歩き出す。

「大丈夫かなぁ」

「空元気も元気、よ」

 なお心配気なサッきゅんに対し、マミは微笑ましそうにさやかを見ながらそう言った。

 

 約2時間後。

「くっ、ふぅっ」

 さやかは1人で、銀食器が節足動物に変形したような姿を持つ魔獣と戦っていた。

 マミはこの魔獣と同じ“呪い”が生み出した、“中身のない”魔獣を討ちに行っている。

 近くに“呪い”本体があると解かっていたのと、複数の同種の魔獣が現れたのとで、マミがそれを撃ち、さやかは捜索を続ける、という流れになったのだが、そうしたらまもなく、さやかが“当たり”を引いてしまったのだ。

 性質に銀とニッケルの合金を取り込んでいるせいか、さやかの剣が通りにくい。キン、キンと高い音を立てて、魔獣の腕と剣とが、弾きあう。

「!?」

 さやかが一瞬、構え直そうと体勢を立て直しかけたとき、

 ズシャッ

 無数の銀の針が魔獣の胸部から伸びて、さやかの身体を無数に刺し貫いた。

「くっ……」

 一度、さやかの身体が動きを止め、くたりと力が抜け、突き刺さった針の群れにぶら下がる。

 だが────

「あはは……なるほどねぇ」

 さやかの身体に力が戻ってきたかと思うと、右肩近くを貫いた針を、その右手で掴み取った。

「その気になれば痛みなんて、完全に消しちゃえるんだ……」

 さやかが言いつつ、左手にもう1本、剣を生み出そうとしたとき。

 バキィンッ!

 さやかを貫いていた針のことごとくが、その目前で切断された。切断面から先は、ボロボロと崩れさっていく。

「…………なにしてんだよ、アンタは」

 槍を構えた紅い魔法少女が、さやかの傍らで、呟くようにいった。

「なによ、こんなヤツ。あたし1人で充分なんだから!」

「そんなボロボロになって言ってんじゃねーよ。この身体でも、耐えられるダメージにゃ限度があんだぞ?」

 佐倉杏子は、さやかより前に出て、槍で魔獣の攻撃をいなしつつ、少し忌々しげな表情でそう言った。

「アンタみたいなやつに助けられたくないのよ」

「まだそんな事言ってンのかよ、青臭いツラしやがって」

 杏子は、口にスティックビスケットを咥えつつ、一瞬振り返って言う。

「けど、良いツラだ」

 そう言って、ニヤリと口の端を吊り上げた。

「え?」

 さやかは一瞬、目を円くする。

 流石の杏子も、目の前の魔獣の攻撃からずっと視線を逸らしたままにはしていられず、すぐに正面に向き合い直し、険しい表情になる。

「悪い夢から醒めたって言ってんだよ」

 さやかを襲ったのと同じ針攻撃が来る。

「自業自得なら、せめてテメェで帳尻合わせるのがケジメってモンだし、それに──」

 杏子の槍の柄が多節棍になり、針の束を縛り上げ、締め上げて砕く。

「それに、やっぱ魔法少女は、正義の味方じゃなくっちゃなぁ!」

 杏子は歯を剥いて笑いつつ、針とすれ違いざまに跳躍すると、一瞬にして柄を元に戻し、その穂先で魔獣の頭部に切りつけた。

「アンタ……」

 さやかは呆然と立ち尽くす。

「ボロボロのやつはすっこんで、ここはアタシに任せなって」

 杏子は銀の魔獣の腕を槍でいなしながら、言う。

「冗談、あたしの基本能力がなんだかは知ってんでしょ?」

 そう言ったさやかの姿は、まだ衣装は完全に復元していないものの、身体の傷はすでに消えかけている。

「上等!」

 杏子は、魔獣と鬩ぎあいながらも楽しそうに言う。

「だったら、アタシが時間稼いでやっから、とっとと大技決めろよ」

「わぁーったわよ」

 杏子の言葉に、さやかは口調ではかったるそうに言いつつも、にやりと笑ってマントを翻す。

 翻ったマントの後ろ側に、無数の剣が現れ、その切っ先で魔獣に狙いをつける。

「行くわよ! 退いて」

「かまわねーよ、撃て!」

 さやかの合図に、杏子は魔獣の頭を踏み台にして跳躍しながら、視線を一瞬さやかとあわせる。

「Tiro Finale!!」

 さやかが握っていた剣を魔獣に向けて振ると、浮かんだ剣は次々と、青い光の矢になって、魔獣に向かって迸る。

 最初のうちはぶつかって弾けただけだったが、やがて魔獣の銀の表面にひびが入り、さらにそこに、青い光の剣が突き刺さる。

 表面の砕けた魔獣は、青い光の剣に貫かれて、全体が崩れ、消え去っていく。

 それを確認しながら、杏子はさやかの隣に、すたんと降り立った。

 お互い、ニュートラルな表情で顔を見合わせて、それから、同時ににまっと笑った。

「よっしゃーぁ」

 パシン、とハイタッチがかわされた。

「ごめんなさーい、1匹逃げたのを追うのに手間取っちゃってー」

 マミが、2人の背後から、そんな声をかけながら駆けてきた。

「おせーぞ、ったく! 自分の弟子の不始末ぐらい自分でつけろよな!」

 杏子がマミに食って掛かる。

「別にアンタに助けてくれとは言ってないでしょー!?」

 マミが申し訳なさそうな表情をしつつ、顔の左右で両手を広げながらたじたじとしていると、さやかがその間に割って入るように声を荒げた。

「だったらあんなみっともねー戦い方してんじゃねーよ、そろそろトーシロ卒業しろってんだ」

 杏子は、今度はさやかに呆れたような表情を向ける。

「うっ、うっさいわね! 別にあのままでも何とかなったもん」

「あ? なんだ先輩に向かってその口の利き方は」

「くすくす」

 2人のやり取りを見ていたマミが、声を出して微笑む。

「なに笑ってんだよ」

 杏子が、茶化されたのを怒ったかのようにマミに向かって声を上げる。

「まぁまぁ。今日は大物を回収できたし、他に反応も無いみたいだから。よければ私の家でお茶にでもしない?」

「いいんですか?」

 マミの提案に、さやかが聞き返す。

「ええ」

 マミは、さやかにそう答えてから、杏子のほうに視線を向ける。

「貴方も来るでしょ? 佐倉さん」

「マミが人を家に誘うって事は、なんかお菓子用意してあるってことだな?」

 杏子が、確信したように、拳を握り締めて問い質す。

「ワンパターンのタルトでよければ」

「よっしゃ行く」

「アンタ行動パターンがわっかりやすいわねー」

 杏子の返答に、さやかは呆れたような言葉を出した。

 

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