【2044年 12月23日 某市街地 路地裏】
小汚いパイプとそこらへんで拾ってきた廃材で作った即興の小屋のようなものの中に、俺はいた。
場所は街の商店街の路地裏、そのさらに奥である。
「はあ、はあ」
もう何時間逃げているのだろう。
担任(バツ2ハゲ)を蹴り飛ばし、帝王国際学園からのお迎えとかいう黒服の男から逃げることになったのは、ついさっきのようにも、かなり前のことにも感じる。
既に陽は落ち、気温はかなり下がっている。
全力疾走した俺の息は荒く、口から白い息を吐きだしている。
クリスマス間近となり、浮かれている人間で溢れ返っている商店街を抜け、様々な裏道抜け道獣道を走り、徐々に増えていった黒服の男たちから逃げ続けているが、正直、限界に近い。
今いる路地裏の最奥のような所は、絶対に見つからない自信があるが、永遠にここに居るわけにも行かない。
第一、真冬に全力疾走して疲れた体のまま外にいたら、間違いなく凍死する。
このままあのきな臭い噂の絶えない学校へ行くか、このまま凍死するか。
俺の人生史上最悪な二択を、俺は迫られているようだ。
どちらにしろお先真っ暗じゃねえか。
そんな俺の暗い心境とは裏腹に、商店街の方向から明るいクリスマスソングが微かに聞こえてくる。
ああ、いいねえ、羨ましいねえ。
俺と違って平和にクリスマス直前を過ごせる人々は。
にしても、流石にここに居続ける訳にもいかなくなってきた。
雪が降ってきたのだ。
この路地裏最奥は、隠れるにはもってこいだが、雨と雪だけは防げないのだ。
このままこの場所にいたら、本当に誰にも気づかれず凍死する。
「今ここで死ぬよりは・・・帝王国際学園に行って、死ぬかもしれないっていう方に賭けたほうが・・・まだマシだよな」
誰に言ったでもない呟きのあと、俺は立ち上がろうとした。
だが、立ち上がる前に見たもののせいで、立ち上がることができなかった。
俺の目線の先には、こちらを見据えている人間がいた。
どういうことだ、この場所は誰にも見つからないと思っていた。
事実、俺がこの隠れ家を作ってから6年間、誰にも見付かる事はなかった。
なのに、目の前にいる人間――俺よりも幼い少女――は、俺の前にいる。
灰色の髪の毛に真っ青な瞳、これまた灰色のパーカーとズボンを着込んだ見るからに日本人じゃないその少女は無機質な目でこちらを見つめている。
何か話しかけてくる訳でもなく、ただただこちらを見つめている。
少女の耳にはアクション映画とかでたまに見かける通信機のようなものが装着され、何を喋っているのかは分からないが、僅かに口元が動いている。
何かに連絡を取ってるのか?
まさか俺を追ってた黒服の仲間か?
いやいや、よく考えろ。
きっと迷い込んできたのだ。
俺を探していたのではなく、ただ俺の前に迷い込んできただけ。
迷子になって両親に連絡でも取っているのだろう。
そうさ、その方が現実的だ。
そう思って姿勢を崩そうとした矢先、灰色の少女ははっきりとした声で喋った。
「逃走者、秋雨大河を発見」
残念ながら、今回は非現実的な方が現実みたいだ。
「逃走者、秋雨大河の帝王国際学園への送検を開始」
どうやら目の前の少女はさっきんの黒服たちと同じ目的で俺を探してたみたいだな。
「逃走者、秋雨大河に警告。アスラが秋雨大河を捕捉した以上、これ以上の逃走は不可能であり無意味。即座に逃走を中止し、帝王国際学園へ向かえ。今なら無傷で学園へ向かえる」
要するに『怪我したくなかったら逃げるのをやめろ』ってことか。
「断る!」
俺は背後のフェンスを飛び越え、アスラと名乗った少女から逃げようとする。
着地と同時に走り出そうとしたが、走り出すことができなかった。
俺が着地した時には、アスラは既に正面にいた。
「秋雨大河はアスラの警告を無視。逃走の継続を選択した。アスラはこれより強硬手段によって、秋雨大河の身柄を帝王国際学園に送検する」
抑揚のない機械のような声で喋るアスラに、少しばかりの恐怖を覚えながら、俺はアスラの横を突っ切って逃げることを選択した。
流石に小学生みたいな見た目をした少女に捕まる気は毛頭ない。
だが、俺が横を通り抜けようとした瞬間、アスラが俺より遥かに早い速度で動いた。
俺の横から正面に移動し、こちらに蹴りを放ってくる。
当然、走り出していた俺に避けることなどできるはずもなく、俺のみぞおちにアスラの蹴りが入る。
そのまま俺は吹き飛び、フェンスに激突する。
幸いにもフェンスにぶつかったおかげで背中への衝撃はあまりなかったが、みぞおちはハンマーで殴られたかのようなダメージが襲ってきている。
「秋雨大河にアスラは再度警告する。今すぐ抵抗を終了し、大人しく帝王国際学園に送検されろ」
アスラは淡々と俺に言ってくる。
「抵抗を終了すればこれ以上の危害は加えない」
だが、警告を聞き入れる聞き入れない以前に、もう俺の体は動かない。
疲れと寒さとアスラからのダメージによって、ついに限界を迎えたのだ。
「秋雨大河?」
アスラがこちらに話しかけてくるが、もう答える余裕もない。
雪が降り積もる路地裏で、俺の意識はゆっくりと薄れていき、やがて完全に意識を失った。