剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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 お待たせしました、13話の完成です。

 レイドイベント、対魔石10個交換、苦心して貯めた50個の石の結果は……またしても「ひまわり」

 なんたる悲劇、今回のレイドイベント中は立ち直れません。

 さらば、神村舞華……。


日記13冊目

〇月▽×日(暗雲)

 

 

 アサギ決死の全裸外交から翌日、主流派メンバーである学生三人との作戦会議を行った。

 

 対魔忍の卵と聞いて骸佐や権左兄ィは不安視していたが、残念ながらその心配は杞憂に終わらなかった。

 

 バイザーを外して久々に見せた生きた目に決意を燃やす達郎はいい。

 

 一見すれば少女のような外見とは裏腹に、怯えや緊張で涙目になりながらも食らいついていこうという気概を見せた上原君も見直した。

 

 問題は凜子である。

 

 達郎に『必ずゆきかぜを救い出そう』と話すのはいいのだが、奴を見る目にハイライトは無いし、達郎の口からゆきかぜの名が出る度に手にした刀の鯉口をチンチンチンチン切りまくるのだ。

 

 その有様は魔鈴が思わず『ひえっ』と声をあげて引くほどだった。

 

 これには流石に他のメンバーも異常さを感じ取ったようで、結果的に口寄せで『世良田』の時に掴んだ二人のただならぬ関係をゲロするハメになった。

 

 これと幼馴染という秋山姉弟と水城ゆきかぜの関係を聞いた権左兄ィが一言。

 

『これって【救出対象、愛憎の果てに救助隊員によって刺殺される】なんて事になりませんかね』

 

 脳内によぎる鮮明過ぎる惨劇の現場に、俺は盛大に口元を引きつらせてしまった。

 

 そんな理由で任務失敗なんて嫌すぎる。

 

 正直、凜子を外して欲しいところなのだが、生憎とアサギからは『今の主流派に動かせる人間は無い。ホント、逆さに振っても鼻血も出ません。ゴメンナサイ』というありがたい言葉を貰っている。

 

 もう一度あの全裸土下座を見せられたら、今度こそ魔鈴のSAN値がピンチである。

 

 残念ながらこれ以上の要求は控えざるを得ない。

 

 さて、学生諸君(1名除く)からは粉骨砕身の覚悟で頑張るとの言葉をいただいたのだが、ここで思わぬことが起こった。

 

 なんと凜子に俺が『世良田』である事がバレたのだ。

 

 『ふうま小太郎』として仕事場に出ているので顔は仮面で隠していたのだが、奴はエロシスターから達郎を助けた際にコートへ付着した微かな体液の匂いを嗅ぎ分けたのだ。

 

 つーか、クリーニングに出してファ●リーズまでしたのに、なんで分かるんだ! 犬か、お前は!?

 

 ……まあ、偽名がバレるのはいいんだよ、別にデメリットなんて無いから。

 

 元々本名を明かさなかったのも、達郎が俺と接触してる事を老人たちが知ったら迷惑を掛けると思ったからだしさ。

 

 けど、少しは空気を読んでほしかった。

 

 俺はあの場にふうまの頭領として出席してるわけで、秋山姉弟の知り合いである『世良田』ではないのだ。

 

 身分云々なんて言いたかないけど、ふうまの看板背負ってる身としては下忍未満の見習い対魔忍にタメ口を叩かれてニコニコするわけにはいかんのよ。

 

 今回は個人的に付き合いがあったからって無礼討ちにしようとしてた権左兄ィを止めたけど、普通なら首を刎ねられても文句は言えないし協力体制もおじゃんだからな。

 

 年も年だし社会経験の不足は仕方ないところはあるが、対魔忍は旧態依然とした身分制度が横行してる世界だ。

 

 そこら辺はちゃんとしとかないと、マジで命を落とすぞ。

 

 さて、予想外のトラブルを挟む形になったが、肝心の打ち合わせ自体は(とどこお)りなく終わった。

 

 無礼討ち云々(うんぬん)で相手がビビって、こっちの提案を全部飲んだのが理由ってのは少々アレだが。

 

 とはいえ、別組織同士が組む以上は指揮系統を明確にしておく必要があるし、ヨミハラから人を回収するなんて危険度の高い仕事で経験の少ない彼等に勝手されてはこちらも(たま)らない。

 

 学生連中にしても達郎は幼馴染の一大事と入れ込み過ぎだし、凜子は色々な意味で不穏である。

 

 汎用性の高さが売りの空遁使いといえど、これでは現場に出すのは危険すぎる。

 

 さらに言えば、彼等は一山いくらの下忍ではなく主流派の幹部候補だ。

 

 今回の任務で命を落とせば、少なからずふうまにも責任追及はくるだろう。

 

 最後の上原君に至ってはまず能力的に使いどころが難しい。

 

 電遁の使い手とはいえ、起こせるのが静電気レベルでは戦闘時の有用性は限られてくる。

 

 電遁が対魔粒子を基に生成された純然な電気でないという特性を使えば、彼の発電レベルでも絶縁処理を貫通して精密機械にダメージを与えられるかもしれないが、本人にその経験がないのでは絵に描いた(もち)でしかない。

 

 こう言っては何だが上原燐が何であの子を推薦したのか理解に苦しむ。

 

 とはいえ、忍術関連で無能扱いされる辛さは俺にもよく分かるし、そういった使いどころの少ない能力を活かすのもまた頭領の役目だ。

 

 上原君程度を使いこなせない様では、ウチの癖のある面々を束ねるなんて夢のまた夢だ。

 

 これも経験と割り切って、全員生還を目指そうではないか。

 

 

〇月▽◎日(くもり)

 

 

 さて、今日の昼にようやくヨミハラに侵入することが出来た。

 

 前回忍び込んだ時は紅姉救出のために時間が無かったこともあって、圏境フル活用で物資搬入業者に紛れてリフトで侵入するという強硬策を取ったが、今回は単独潜入ではないからその手は使えない。

 

 なので通常のルート、東京にある首都圏外郭放水路から繋がっている坑道を一日以上掛けて抜ける事となったのだ。

 

 通常と言っても魔族やはみ出し者がヨミハラに行くルートであり、政治家や資産家が利用する直通の客用エレベーターとはワケが違う。

 

 地下に張り巡らされた坑道は天然の迷路であり、トロールやオーガなどの運送途中で逃げた奴隷に武装貧民、最下層にある魔界の門から迷い出た魔獣や妖魔など危険は鈴なりである。

 

 また、ヨミハラ側も身元が確かでない者の通路である事を把握しているので、侵入者対策として罠や調教された魔獣などが仕込まれているのも厄介だ。

 

 対魔忍がこのルートを使用する際には、組織と繋がりがある闇の住人を案内役兼仲介人として潜入する。

 

 もちろん今回もアサギたちはオークの奴隷商人を用意していた。

 

 もっとも俺は最初からこれを信用しておらず、骸佐に指揮を任せた一団よりも少し離れた位置から圏境を使って尾行していたのだ。

 

 というかだな、水城ゆきかぜをヨミハラに案内したのコイツらしいじゃないか。

 

 前回のメンバーがバックアップも含めて全員捕まったことを考えたら、この案内役が一枚噛んでる可能性がある事くらい考え付くだろうに。

 

 捕らえられた対魔忍という偽装で潜入することを提案したオークがギャグボールや目隠しまで嵌めようと提案するも、そこは骸佐が悉く論破して嵌める拘束具を手枷だけに留めてみせた。

 

 直情的な奴だと思われがちだが、骸佐は二車家の跡取りとして英才教育を受けている。

 

 俺のようななんちゃって頭領とは違い、戦闘、部下の統率、外交とマルチプレイヤーなのである。

 

 そんな感じでウチの右腕の優秀さに感心しながら進む事しばし。

 

 一日がかりの長かった坑道を抜けると、目に入って来たのはギラギラと輝くケバいネオンサインだった。

 

 奴隷商曰くここがヨミハラの各種業者用の通用口だそうで、奴の言葉通り入り口の傍に備えられた詰め所には異形の犬らしき生物を連れた警備員がスタンバっていた。

 

 警備員と合流した奴隷商人は奴の目配せを受けると、拘束していた骸佐達に青白い電流が走るスタンバトンを当てようとする。

 

 仲介人がいる事でフリーパスだと思っていたところへの不意打ち。

 

 もしゆきかぜ達が奴隷商の口車に乗って目隠しとギャグボールを嵌めていたら、なす術もなくここで昏倒していたことだろう。

 

 で、俺が動いたのはその瞬間だった。

 

 一刀の下に設置された監視カメラを斬り落とすと、それを合図に権左兄ィが土遁で石槍を形成して犬をモズの早贄にする。

 

 そして警備員の首を魔鈴が対魔殺法の一つ刀脚で刈り取れば、骸佐が手枷を逆手に取った水月狙いの双掌からコメカミへの廻し蹴りで奴隷商を始末した。

 

 蹴りを繰り出す時に思いっきり『イーグルトゥフラッシュッ!!』と叫んでいたあたり、魔鈴の方もけっこうノリノリのようである。

 

 聖闘士星矢の単行本を全巻貸した甲斐があったというモノだ。

 

 ともあれ、コンマ数秒の瞬殺劇で通用口を無力化した俺達は、警備の本隊が異常に気付く前にヨミハラへと足を踏み入れる事に成功した。

 

 余談だが、俺以外のメンツはこの時点で対魔スーツから私服に着替えている。

 

 あんな『対魔忍でござい!』と宣伝するような服装、敵地でやってられるわけがない。

 

 権左兄ィはグレーのスーツに紅いカッターシャツの筋者ファッションで、骸佐は黒い革のジャケットにジーンズの舎弟のチンピラ風の装い。

 

 魔鈴仮面は何故かマジで『魔鈴さん』の私服姿のコスプレ。

 

 滅茶苦茶再現度が高かったから、ギャグを通り越して違和感ZEROだったんだが。

 

 あと、学生連中もストリートチルドレンに見えるくたびれたラフな服装に変わっている。

 

 俺はそのまま圏境を維持しているので恰好はいつも通り。

 

 違いは今日の仮面がバリ島原産のランダの面だったことか。

 

 ムジュラの仮面に匹敵するフィット感に違和感の無さ。

 

 何故かこの面からは俺の運命を感じるのだが、いったいどのような因果関係があるというのか?

 

 装いを変えたのが功を奏したのか、割とあっさりとヨミハラに溶け込んだ俺達は不自然ではないようにスラムへと足を向けた。

 

 こういった貧民街は治安が悪い代わりに街の管理をしている者達の目も届きにくい。

 

 地下300mに建設されている為に東京キングダムほど無秩序ではないが、それでも貧民や難民とそれを餌にしようとする弱小の犯罪組織などがイモ洗い状態で共存している。

 

 日々相当数の人間が入れ替わるこの場所では、侵入者を割り出すのは並大抵の労力では効かないだろう。

 

 ここに流れ着く奴は脛に瑕を持つ輩が殆どだから、下手に身元検査などすればスラムを上げての暴動に発展しかねないしな。

 

 今日は日雇い労働者用の安宿を借りて、ここまでの疲れを癒すこととなった。

 

 二部屋借りて男女別に分かれている事や、見張りとして常に誰かは起きているのは言うまでも無いだろう。

 

 低所得者向けの安宿なのでヤニや歴代の宿泊者の体臭などで部屋にはすえた臭いが染み付いてるし、寝具もせんべい布団が一枚だ。

 

 お世辞にも衛生的とは言い難い境遇に学生諸君は難色を示していたが、当然の如く無視させてもらった。

 

 君たちがいなければ野宿も検討していたのだから、屋根があるだけマシだと思ってもらいたい。

 

 さて、明日からはゆきかぜと水城不知火の捜索に娼婦へ墜ちたバックアップ係の回収とやることが多い。

 

 まずはセオリー通りに酒場での聞き込みとしゃれこもうか。

 

 

◇ 

 

 

 ヨミハラの酒場は昼夜を問わず客が多い。

 

 荒くれ者や犯罪者など住人の大半が酒に溺れやすい者達である事もそうだが、地下300mに建造されたこの魔界都市には陽の光が差さない事が原因ではないだろうか。

 

 太陽に背を向けた常夜の街、それ故に人の心も闇に染まりやすい。

 

 俺達が足を踏み入れた酒場もこの街のルールに慣れた荒くれ者で溢れ返っていた。

 

 安酒を(あお)っては原材料も定かではない料理を食い漁る。

 

 ふところの温かい輩の中には、連れて来た自身の奴隷に性的奉仕を受けながら飯を食っている不届き者もいる始末だ。

 

 酒とたばこに料理の臭いと性臭が入り混じる混沌とした空気の中、俺は壁に背を預けて周囲の会話に聞き耳を立てていた。

 

 注文した料理と酒をテーブルに広げている骸佐達は囮で、あいつ等が周囲に聞こえるように話題を振る事で酒場の会話をコントロールし、本命である俺が圏境を(もっ)て飛び交う情報を精査するという寸法だ。

 

 こう言った場に縁のない学生達が目を白黒させるだけで、会話の流れを作っているのは権左兄ィと魔鈴である。

 

 特に筋者に扮した権左兄ィの発言は絶妙で、店に入って30分足らずだが既にサポート役が娼婦に沈められた店の場所も判明し、ゆきかぜの囚われた娼館もある程度候補を絞る事が出来ていた。

 

 こういった扇動スキルは忍者にとって必須と言えるのだが、武一本に生きて来た権左兄ィがここまでの手際を持っているのは意外だ。

 

 この辺りは二車の執事の面目躍如といったところだろう。

 

 さて、必要な情報は大方手にすることが出来た。

 

 まずはゆきかぜの行方についてだが、リーアルという調教師の経営する『アナザー・エデン』という店に新たな奴隷娼婦が入店したらしい。

 

 元対魔忍くらいしか新しい嬢のプロフィールはわかっていないが、捕まった時期から調教に仕込む時間を加味すればゆきかぜである可能性は低くない。

 

 他の3軒ほどある元対魔忍の娼婦が入ったという店と一緒に候補に挙げておくべきだろう。

 

 あと、水城不知火の情報については、残念ながら手掛かりを得ることが出来なかった。

 

 数年前まで裏社会で名を轟かせていた対魔忍、犯罪都市だからこそ情報が入りそうなものなのだが……。

 

 目撃証言の一つもないのでは、今回の発端となった情報もガセか罠と思うべきだろう。

 

 この店で得られた有益と思われる情報はこの程度。

 

 あとはレコーダーの中に収めた店の会話を再度精査し、間違いが無ければ候補となった店に忍び込んで、ターゲットの有無を確認するだけだ。

 

 そろそろ切り上げようと骸佐に指示を飛ばそうとした瞬間、背筋にぞくりと悪寒が駆け抜けた。

 

 ただならぬ気配に店の入り口へ視線を向ければ、薄汚れた路地を一人の男が歩いて来るのが見える。

 

 ブランドもののスーツの上から漆黒のコートを羽織った偉丈夫。

 

 少し乱暴に後ろへ流したアッシュブロンドの髪の下には、貴族が仮面舞踏会で付けるような目元を隠す仮面に彩られた顔があった。

 

 店の敷居を跨ぐだけで騒いでいた荒くれ者達を黙らせた男は、他には目もくれる事もなく俺と向かい合う形で足を止める。

 

「随分と暇そうではないか、少年」

 

 威厳すら感じる張りと深みのある声でこちらに声を掛けてくる男、俺は一瞬だが言葉を詰まらせてしまう。

 

 まさか初見で圏境を見破られるとは思わなかった。

 

 つーか、この声間違いないわ。

 

 ノイ婆ちゃんに呪い掛けられた時、俺もこの声になってたし。

 

 仮面まで付けて何しに来たのかな、エド君?

 

「そう見えたか? これでもお仕事中だったんだが」

 

 観念して圏境を解くと、周りにいた客達が驚愕の声を上げた。

 

 それに紛れさせるように、俺は口寄せで店内にいた骸佐達に指示を出す。

 

 告げた命令は店外に後退し、いつでも空遁で逃げられるようにしておけというモノだ。

 

 奴が圏境に興味を示して声を掛けたのならいい。

 

 だが、俺を『ふうま小太郎』だと知って接触してきたのなら任務は失敗だ。

 

 ノマドが包囲網を敷く前に、俺達はヨミハラから退避しなくてはならない。

 

 指示を出す際に後で合流するとは言ってはいるが、骸佐には最悪の場合は俺を置いて行くように頼んでいる。

 

 都市の周囲に転移阻害の結界が張られていない今なら、秋山姉弟の空遁の術で地上に逃げられる。

 

 しかしそれも何時までもつか分からない。

 

 このおっさんの目的が分からない以上、俺が来るまで待ち続けてタイムオーバーなんて事になったら目も当てられない。

 

 それに俺一人ならば、この場さえ切り抜けられれば圏境で来客用エレベーターに紛れるなり貨物リフトに乗るなりと、脱出に関してはワリとどうとでもなるのだ。

 

 だが、救助隊員が敵の手に堕ちたらそれも全てオジャンだ。

 

 木乃伊取りが木乃伊になるなんざ、救助任務失敗の最たるものだからな。

 

 骸佐に何度も絶対に帰ってくるよう念を押される中、小さく息をつくと男は形の整った口角を吊り上げてみせる。

 

「ピーピングとは感心せんな。酒場は酒を嗜む場所だろう」

 

「知ってるよ。けどな、見ての通り俺は未成年。お酒を飲むと警察のお世話になっちまう。あんたはあの厳つい顔のマスターにミルクを頼めってのか?」

 

 肩をすくめる俺に男は呵々と笑い声を上げる。

 

「なかなかのジョークだ。このヨミハラでは、そんな事を気にする者など一人もおらんのだがな」

 

「こっちは地上暮らしが長くてね、飲酒の機会に恵まれなかったんだ。だから、アルコール類には二の足を踏んじまうのさ」

 

「なるほど。ならば、私もノンアルコールに付き合おうではないか」

 

「あん?」

 

「『赤信号、みんなで歩けば怖くない』とはこの国の言葉だったな。私も一緒ならば、あのバーテンダーにミルクを頼む事もできよう」

 

 どうしても逃げられない事を悟った俺は観念してカウンターへと足を運ぶ。

 

「マスター、ミルク2つだ」

 

 男は木製の質素な丸椅子に腰かけると、カウンターを挟んで目を白黒させているマスターに声を掛けた。

 

「は……え……」

 

「ミルクだ。───店主よ、品揃えの振るわん店は長生きできんぞ?」

 

「わ……わかりました、ブラック様ぁッッッ!!」

 

「人違いはいけないな。私はエドという名の、ふらりと酒場に寄った只の客だ。───いいね?」

 

「イエッサァァァァァァァッッッ!!!」

 

 仮面越しに自身を射貫いた紅い視線に、マスターは悲鳴のように甲高い声で答えると店の奥へと走っていく。

 

 おそらく、近所の店にまで買い付けに行ったのだろう。

 

 つーか、これってある意味苛めじゃね?

 

「やれやれ。客の注文を受けてから買い付けに行くとは、なっとらんな」

   

「いや、こんな場末の安酒場にミルクは置いてないだろ」

 

「そういうモノか。私もこのような店に入るのは初めての経験なのでね、少々勝手が分らん事もある」

 

 そりゃそうだ。

 

 このおっさん、表向きは国際的な巨大企業のCEOやってる超金持ちだし。

 

 個人用のラウンジとか山ほど持ってるだろうから、プライベートでは店に入る必要がない。

 

「それで、どうして俺に声を掛けたんだ?」

 

「少し前に娘が君の事を随分と楽しそうに語っていたのでな、私としても少々気になっていたのだ。とはいえ、こちらも多忙な身。一度話がしたいと思いながらも、ズルズルとここまで伸びてしまったのだよ」

 

「娘さんねぇ。覚えがないな、どんな子だい?」

 

「桃色の髪が特徴のフェリシアという娘だ。君もここで遭った筈だがな」

 

 …………バレてーら。

 

 こいつはもう肚を括るしかないようだ。

 

「───思い出したよ。次に会う時には殺しあおうって言ってた物騒な娘さんな」

 

「そうだ、君の助けた紅の妹に当たる」  

 

 その言葉に俺は仮面の中で目を細めた。

 

「……心願寺楓殿は息災かい?」

 

「ああ、私の妾の一人として暮らしているよ。フェリシアに殺されかけたのが切っ掛けで人間を辞めてしまったが、その辺は些細な事だ」

 

 口の中で笑いを噛み殺すブラックの言葉を俺は冷徹に受け止めていた。

 

 この場に紅姉や爺様がいれば斬りかかっていたのだろうが、生憎と俺にとって楓殿は顔も知らない友人の親族でしかない。

 

 不快には思っても逆上するほどの怒る理由は無いのだ。

 

「思っていたよりも冷静だな。紅を助ける為に単身このヨミハラに乗り込んできたのだから、掴みかかるくらいはすると思ったのだが」

 

「身の丈にそぐわないモノを背負ってきたおかげで、随分とヒネたガキになっちまってな。悪いな、期待に沿えなくて」

 

「構わんよ。直情的な性格はたしかに魅力的だが組織を束ねる者として相応しいとは言えん。君のように冷徹に相手を出し抜く隙を探している方が、よっぽど見込みがあるというものだ」

 

 大げさに肩をすくめてみせる俺に、ブラックはニヒルな笑みと共に組織を束ねる先達として言葉を聞かせてくる。

 

 しかし、このおっさんはいったい何が目的なんだ?

 

「おまたせしましたぁぁぁっっっ!!」

 

 奴の態度を(いぶか)しんでいると、毛根が絶滅した頭に汗を光らせながらマスターが駆け込んできた。

 

 荒い息と共に目の前に出されたのはジョッキに並々と注がれた乳白色の液体。

 

「なぁ、なんかうっすらと湯気が立ってるような気がするんだが?」

 

「そりゃあもう、近所で盛ってたメス豚対魔忍から取った搾りたてですから!」

 

「飲めるかッッ!!」 

 

 やりきった笑顔を浮かべるマスターの顔面にジョッキを叩き付けた俺は悪くない。

 

「この店のミルクは気に入らなかったかね?」

 

「いや、普通ミルクっつったら牛乳だろ。なんで母乳が出てくんだよ。特殊な性癖の風俗じゃねーんだぞ」

 

「ふむ、味は悪くないのだがな」

 

 そう言いながらジョッキのミルクを一気に呷るブラック。

 

 飲むはずがないと思っていたので、これには俺も唖然としてしまった。

 

「なんつーか、よく飲めるな。抵抗感とかねーの?」

 

「別に。君達が牛乳を飲むようなものだ」

 

「そうじゃなくてさ。出した相手は何日身体洗ってないか分からんし、そいつの胸に何処の馬の骨とも知れない男やオークの汁とか小便が付いてるかもしれないんだぜ?」

 

 俺の言葉を受けたブラックは、立ち上がろうとしていたマスターの顔面に無言でジョッキを叩き付けた。

 

 

 

 

 あの後、完全にのびてしまったマスターの顔に俺とブラックは福沢諭吉の書かれたお札を落とし、酒場を後にした。

 

 何だかんだ言っても金を払うあたり、俺もこのおっさんも人がいい。

 

 そうして貧民街をブラブラと歩いているとビル一棟分ほどの広さの空き地が見えてきた。

 

 ブラックの後に続いて入ると、奴は隣のビルの屋上で煌々と光る紅いネオンの光を背にこちらへと振り返る。

 

「そういえば、君の名を聞いていなかったな。魔界の剣豪を継ぐ者よ、名を聞かせてくれないか?」

 

「……『デスクィーン師匠』」 

 

 吸血鬼の王の問いかけに俺はサラリと偽名を返した。

 

 物凄く自然にこの名が出て来たのだが、ムジュラとは別の意味で呪われてないか、コレ。

 

 ……ともかくだ、色々と身バレしてる事に危機感がハンパないけど、名前と素顔が知られていなければワンチャンあると思いたい。

 

「流石に本名は語らんか。───ではデスクィーン師匠よ、最後に私と一手仕合ってもらおう。我が騎士に二度も敗北を刻み付けた剣技、見せてもらおうか」

 

 何も無い筈の空間から波打つ刀身を持つ剣『フランベルジュ』を引き抜いたブラックは、その切っ先を正眼に構えてみせた。

 

「断るって選択肢は───無いみたいだな」

 

 ブラックが剣を構えると同時に、空き地を取り囲むように鋭い『意』が発せられた。

   

 おそらくは眼前の男が事前に伏せていたノマドの実行部隊。

 

 どういうカラクリか、こちらに気配を読ませなかったところを見るに相当な手練れと見て間違いないだろう。

 

 それが15人にブラックを加えるとなれば、逃げの一手を打ったとしても振り切るのは至難の業だ。

 

 ならば、ここは奴の首を狙いに行く方が生存率が高いというモノだろう。

 

 そう覚悟を決めた俺は、調息と共に腰に差していた刀を抜き放った。

 

 ネオンの照り返しで紅く光る切っ先を持ち上げて取るは戴天流・雲霞秒々の構え。

 

 仲間達を待たせている事への焦りや申し訳なさとは裏腹に、仮面の奥で俺の口の端は独りでに吊り上がっていく。

 

 では、試してみようじゃないか。

 

 果たして、我が剣が不死王の命に届くかどうかを───。

 

 

 

 

 おまけ『その頃の銀零さん』

 

 

 兄さまがおしごとに行ってさみしい。

 

 それにいつもあぶないことをしてるから、ケガしていないか心配。

 

 ぎんれいも大きくなったから連れて行ってほしいってお願いしたけど、まだダメって言われちゃった。

 

『兄者の様子が気になるか。ならば、確かめればよかろう』

 

 どうしたらいいだろうと考えていたら、うしろから声がした。

 

 見てみると、そこには白いワンピースをきた黒い髪の女の人が浮いてる。

 

 一年くらいまえから、ぎんれいに色々とおしえてくれるようになったひかるだ。

 

「できるの?」

 

『無論! この光に任せれば陰義(しのぎ)の一つや二つ、立ちどころに習得させて見せよう!』

 

 そう言ってむねをはるひかる。

 

 身体はすけてるけど、物知りだからとってもたよりになる。

 

 ぎんせーごーの名前もひかるに教えてもらった。

 

『兄様がいないのは寂しいよね。兄様が危ないことしてるのって心配だよね。───だったら、兄様と離れられなくしたらいいんだよ』

 

 そう言ってあらわれたのは、緑のきれいな服をきた女の子。

 

 中国の子でルイリっていうの。

 

 ルイリはぎんれいより少し大きいくらいなのに、ルイリの兄様とずっといっしょにいられるようにしたんだって。

 

 ぎんれいはあにさまに子どもだって言われてるのに、すごいとおもう。

 

 だから、ルイリはぎんれいのおししょーさま。

 

 ひかるのお話だと、二人はこのせかいの人じゃないんだって。

 

 ルイリたちは兄様がのこした『えにし』とぎんれいの『ねがい』でこっちにきたって言ってた。

 

 それで、ぎんれいだけに二人が見えるのは『はちょうがあってる』から。

 

 よくわからないけど『兄さまとぎんれいがやったこと』だから、ぎんれいはそれでいいと思う。

 

『銀零、まずは其方の魔眼を使って千里眼を習得するのだ。さすれば、兄者がどこで何をしておるかなど一目瞭然だ!!』

 

『うん。兄様が何をしてるか、ちゃんと知っとかないと。悪いムシがついたら大変だもん』

 

「わかった。ぎんれい、がんばる」

 

 兄さまがすきって言ったら二人とも『がんばれ』って言ってくれたから、ぎんれいはひかるたちがすき。

 

 三人で力をあわせたら、兄さまのおよめさんになれるよね。 




英才教育

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