剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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 皆様、お待たせしました。

 十四話目です。

 今までは完全決着を書くことが多かったので、ボス戦の引き際というのはなかなに難しいものです。

 妙な具合になっていなければいいのですが。

 


日記14冊目

 魔界都市ヨミハラの外れにある貧民街。

 

 バラックや廃ビルが(ひし)めくこの区画にポッカリと空いたビル一棟分の空き地で二人の男が睨み合う。

 

 片やこの街の支配者たる吸血鬼の王、エドウィン・ブラック。

 

 もう一方はヨミハラに忍び込んだ乱破(らっぱ)であるふうま小太郎だ。

 

 互いに顔を仮面で隠した両雄は、その身はもちろん手にした器械(きかい)すらも微動だにさせる事なく互いの隙を探り合っている。

 

 魔界の扉から這い出してきた妖蟲すらも息を呑む緊迫した空気、それを破ったのは不死の王だった。

 

 身体を霧に変える、その身を基に使い魔である蟲や狼を召喚する、身体の一部を蝙蝠(こうもり)に変じて空を舞う。

 

 数多ある吸血鬼の特殊能力の中でハンターが最も警戒するのは何か?

 

 それは意外な事に怪力である。

 

 吸血鬼の不死の身体が生み出す身体能力は凄まじく、拳で岩を砕き鉄を捩じ切り、さらには人の身体を紙細工のように引き裂く。

 

 実際、明け方の奇襲に()いて吸血鬼が苦し紛れに振るった手が、心臓に杭を打っていたハンターの頭蓋を粉砕したという事例もあるのだ。

 

 階位の低い吸血鬼でもこれだけの力を備えているのだから、最高位のブラックの身に宿るそれはさらに群を抜く。

 

 接地面を踏み砕きながら地を蹴った彼の身体は、一足で小太郎との間にある距離を踏破した。

 

 (まばた)きも許さぬ速度で間合いへと侵入したブラックが放つは、ヨミハラの澱んだ空気を裂く袈裟斬りの一撃。

 

 亜音速に達するそれは、中忍程度の対魔忍であれば反応すら許すことなく両断する代物だ。

 

 だがしかし、振り抜いたブラックが感じたのはいつものような肉を断つ感触ではなく、真綿を叩いたような手応えに欠けるものだった。

 

 獲物に食らい付かんとする波打つ刃を遮ったのは小太郎が振るう剣閃。

 

 雲霞秒々の構えから繰り出される輝線は、フランベルジュの腹へと喰らい付くと剣筋をズラして誘い釣り上げる。

 

 必殺を期した一撃は、まるで見えない糸に操られるように目標を逸れて虚空へと流れていく。

 

 それはエドウィン・ブラックにして初めての感覚だった。

 

 しかし、小太郎の剣はそれで終わりではない。

 

 ブラックの斬撃を凌いだ剣閃はフランベルジュの刀身をなぞるように滑ると、唐突に地金を噛む音を響かせて跳ね上がったのだ。

 

 (はし)る切っ先が目指す先にはブラックの顔。

 

 弾丸すら発射されたのを見た後で躱すことが出来る吸血鬼の反射神経で事なきを得たものの、その剣先はブラックの頑丈な皮膚を障子紙のように切り裂いて顎先に傷を残した。

 

「おもしろい……ッ!」

 

 咄嗟の回避で泳いだ身体を筋力で立て直し、反撃の刃を振るうブラック。

 

 唐竹、左の斬り上げ、逆袈裟。

 

 息もつかせずに奔る魔界騎士イングリッドから学んだ正統剣術は、そのいずれも小太郎の振るう剣閃によって見当違いの方向へと導かれ、風と共に虚空を薙ぐ。

 

 ならばと放った逆胴に至っては、上から降り注いだ輝線を支点にして宙へと跳んだ小太郎によって容易く躱されてしまう。

 

 空中で独楽のように身体を回転させながら小太郎が放つは戴天流剣法・沙羅断緬。

 

 練功と遠心力を加味した必殺の一撃は、首を薙がれる寸前でねじ込まれたフランベルジュの刀身によって阻止された。

 

 しかし、甲高い金属音と共に一歩後ろに下がったのはブラックだった。

 

 それに合わせて、小太郎は守勢から攻勢に転じる。

 

 踏み込みと同時に放った刺突、貫光迅雷を初手として驟雨雹風、四海縦横、臥龍尾と連環套路によって次々と繰り出される戴天流の業。

 

 『意』に先んじて放たれる数多の剣戟に、勝敗の天秤は徐々に小太郎へと傾き始めた。

 

 ブラックの他には無い特技の一つに魔力を察知する能力が高い点がある。

 

 魔力。

 

 対魔忍では術力、米連では対魔粒子と呼ばれている物は、魔族や対魔忍が特殊能力を発揮する時に必ず発生する。

 

 彼は類稀なる知覚によって術が発動する前の魔力を感じ取り、吸血鬼の鋭敏な反射神経を活かして相手の行動の起こりを潰す戦法、即ち『先の先』を取る事を得意としているのだ。

 

 数年前にアサギと対峙した時、対魔忍最速と言われた彼女の『隼の術』が通用しなかったのはその為だ。

 

 だが、今は自慢の感覚には何一つ引っ掛からない。

 

 眼前にいる仮面の少年が振るう剣からは魔力を微塵も感じることが出来ず、吸血鬼が察知できる筈の殺気や戦意も刃の後に飛んでくる。

 

 さらには小太郎が振るう剣は自身やアサギと同じく亜音速の域にあり、技の鋭さはアサギを超えているのだ。

 

 多方面に優れた才を誇るとはいえ、剣士としては一流止まりのブラックでは食らい付くので精一杯だった。

 

 数十手の剣戟を挟んで完全に守勢へと回ってしまったブラックだが、休むことなく襲い来る小太郎の連撃の中に綻びがある事に気づいていた。

 

 数多の技が淀み無く繋がる中、唯一廻し蹴りの後にだけ若干のタイムラグが存在しているのだ。

 

 劣勢を打ち崩す手がかりを掴んだことで、鋭さを増す真紅の瞳。

 

 そうして怒涛の攻撃を耐え凌ぐブラックに、ついに待ち望んでいた時が来た。

 

 横薙ぎの勢いをそのままに繰り出された廻し蹴りを防いだ彼は、腕を弾き飛ばそうとする威を力づくで抑え付けると手にしたフランベルジュを引き絞った。

 

 狙いは構えに戻っていない小太郎の心臓。

 

「はぁっ!!」

 

 気合と共に放たれる乾坤一擲の刺突。

 

 だが、それを今までとは比較にならないほどに淀み無く体勢を立て直した小太郎の剣閃が迎え撃つ。

 

 疾るフランベルジュの腹に噛み付いた輝線が、その軌道を捻じ曲げるのを目にしたブラックは理解した。

 

 自分は『乗せられた』のだと。

 

 火花を上げながら相手の刀身に刃を滑らせながら、がら空きになったブラックの懐へと飛び込む小太郎。

 

 その時、己の心臓の上に添えられた左手にブラックは反応することが出来なかった。

 

 直後に響くまるで砲弾を撃ち出す時のような鈍い音と、ビリビリと大気を振るわせる振動。

 

 素早く間合いを取った小太郎をよそに、ブラックは左胸を押さえて後ずさった。

 

 足取りに力は無く、吐き出すのを我慢した血反吐は形のいい口の端から一筋零れ落ちる。

 

 戴天流内功掌法『黒手裂震破』

 

 浸透勁の一種であり、小太郎ほどの使い手ならば外傷を残さずに五臓六腑を破裂させることが可能な必殺の奥義である。

 

 『その威は大海嘯の如し』と言われる衝撃を受けたブラックの心臓は確かに崩壊した。

 

 だが、小太郎の眼前に立つ男は死んではいない。

 

 魔族であっても致命傷となる一撃を受けてなお、ブラックの目は仮面越しに分かるほどにギラギラと危険な光を放っている。

 

「───やれやれ、不死の王の名は伊達じゃないって事か」 

 

 チリチリと薄い煙を上げる左掌に目をやりながら、呆れたように吐き捨てる小太郎。

 

 対するブラックは喉を鳴らして口内に溜まっていた血を飲み下すと、唇の端に出来た赤い筋をペロリと舐め取って見せた。

 

「見事な技の冴えだ。よもや、この私が致命の傷を受けるとは思ってもみなかった」

  

 称賛の言葉と共に辺りに響く様な大きさでブラックは手を叩く。

 

 その姿からは先ほどまでのダメージは微塵も感じられない。

 

「10秒やそこらで心臓が再生するとは、無茶苦茶だなアンタ」

 

「不死者とはこういうものだ。もっとも、私が少々規格外である事は認めるがね」

 

 大仰に肩をすくめた後、ブラックは目元を覆っていた仮面をむしり取った。

 

「……ッ!?」

 

 瞬間、小太郎は格段に跳ね上がった殺気と重圧に息を呑む。

 

「さて、レクリエーションはここまでだ。次からは少しだけ本気を出させてもらうよ」

 

 口角を吊り上げたブラックが無造作に小太郎を指差すのと、件の少年がその場から飛び退くのは同時だった。

 

 直後、轟音を伴って小太郎がいた場所に巨大なクレーターが刻まれた。

 

(なんだ、今のは!?)

 

 自身を中心として空地の隅々まで亀裂を走らせるそれは、確かに小太郎の心胆を寒からしめた。

 

 トンボを切って着地し油断なく構えながらも、仮面に隠された少年の頬には冷や汗が流れ落ちる。

 

 数多の術やサイボーグの特殊機構を相手取った彼にして、今の現象にあたりを付けることは出来なかった。

 

「初見でこれを躱すとは、直感の精度はかなりのものか。では次だ」

 

 モルモットの様子を見る研究者のような平坦さで言葉を紡ぐと、ブラックは軽く腕を薙いだ。

 

 それを合図にして、まるで不可視の巨人が鉄槌を振るうかのように次々と地面には巨大な陥没が刻まれていく。

 

 ブラックの超能力によって周囲が瞬く間に空爆の被害現場さながらの光景へと変ずる中、轟音と土煙に塗れながらも小太郎は生きていた。

 

 絶え間なく襲い来る強烈な『意』を導として次々と振り注ぐ見えない槌を躱し続ける小太郎に、不死の王は思わず感嘆の声を漏らす。

 

 彼の能力による蹂躙の中、ここまで生き残った者は片手に数えるほどしかいない。

 

「さすがに素早いな。ならば、これでどうかな?」

 

 その瞳に一際紅い光を湛えながら言葉を紡ぐブラック。

 

 次の瞬間、蹂躙の舞台となっていた空き地はその姿を大きく変えた。

 

 空間に圧し掛かる力の増大は大気を大きく軋ませ、その場にいたエドウィン・ブラック以外の生物は皆全て強制的に地面にひれ伏した。

 

 蹂躙劇の中をしぶとく生きながらえていた雑草、岩盤の空を舞っていた奇形の鳥達、地を這う妖蟲や小動物も。

 

 そして、小太郎もまたその例外ではなかった。

 

 突如として爆発的に増加した圧力、それが瞬く間に彼をその場に縫い付けてしまったのだ。

 

 気力を振り絞る事で他の生物のように地面に押し潰されるのは耐えてはいるが、膝を突いた体勢から身動きを取ることはできない。

 

「これは…重力……ッ!?」

 

「その通り。私が支配するのは重力、この世界に於いて最も強力な星の力だ」

 

 絞り出すような小太郎の言葉にブラックは鷹揚に頷いて見せる。

 

「現状でこの場における重力は通常の30倍。並の魔族や対魔忍であれば、為す術もなく圧壊しているところだが、君は何らかの手段で負荷を軽減しているようだな」

 

 何事もないかのように言葉を紡ぐブラックの足元では、地面に押し付けられていた生物達が次々に体液を垂れ流して圧し潰されていく。

 

「さて、次はどう出る、仮面の剣士よ。このままドブネズミのように踏み潰されて終わりというわけではあるまい?」

 

 期待が籠ったブラックの言葉に小太郎は言葉が返せない。 

 

 無理な体勢で高重力によって押さえつけられている為、肺の空気が押し出されて呼吸すらままならないのだ。

 

 潰されそうな圧迫感と新鮮な空気を取り込めない事による胸の焼けるような痛みの中、小太郎は音が鳴る程に歯を食いしばった。

 

 彼が使う氣功術に於いて呼吸はその根幹を為す物だ。

 

 氣功術を使うには調息によって体内に氣を巡らせ、内勁と成す必要があるからである。

 

 肺の中に空気が溜まっていれば、ある程度ならば調息を行わなくても氣功を使うことが可能だ。

 

 しかし小太郎は重力攻撃を受けた際に、肺の中の空気を全て吐き出してしまった。

 

 身動きが取れず氣を練れない状態では、如何に小太郎と言えども手の打ちようがない。

 

(一度でいい、呼吸ができれば……ッ!?)

 

 酸素不足によって白濁し始めた意識の中、小太郎はそれでも必死に打開策を追い求める。

 

 こと闘いに於いて、小太郎の中に諦めるという文字は存在しない。

 

 情けなかろうと無様であろうと、生きてさえいれば逆転するチャンスはゼロではない。

 

 後悔や反省、諦めなんてものは、あの世に行ってから好きなだけ行えばよいのだ。

 

 奥歯を砕かんほどに歯を食いしばりながら、顔を上げてブラックを睨みつける小太郎。

 

 そして、その灼け付く様な視線を真正面から受け止める不死の王。

 

 二人の姿はまさに勝者と敗者の構図であった。

 

「どうやらここまでのようだな」 

 

 変化の無い小太郎から推し量るような視線を切り、ブラックが足を踏み出そうとしたその時────

 

 空き地の外周から次々と悲鳴が上がった。

 

「なに!?」

 

 驚愕の声と共にブラックが視線を巡らせば、空き地周辺に潜ませていたノマドのエージェントの数人が、石の槍によってモズの早贄のように串刺しにされているではないか。 

 

「小太郎、どこだ!?」

 

「若、無事ですか!?」

 

 剣戟と共に聞こえて来たのは骸佐と権左の声。

 

「あれは店にいた者達か。小者と思っていたが、少しはやるではないか」

 

 吸血鬼特有の夜目によって己が部下と矛を交える二人の対魔忍の姿を捉え、感嘆の声を上げるブラック。

 

 だが、それは間違いであった。

 

 先ほどの奇襲によって一瞬だが重力負荷に綻びが生じていた。

 

 それは時間にして一秒に満たないものであったが、小太郎が息を吹き返すには十分であった。

 

 圧し潰されていた気道から肺に取り込まれた一呼吸分の空気、これを基に生じた氣は手足を走る三陰三陽十二経、そして全身にある654の経穴を巡る事で内力となり、そして全身を巡る中で洗練され内勁へと昇華される。

 

 そして内勁が変ずる先は重力からの脱出を極意とする軽身功、現状を打破する為の最善手だ。

 

 全身を巡る内勁によって超重力の枷を引き千切った小太郎は、立ち上がると同時に剣を構える。

 

 取る型は、身体を弓の弦とし矢を引き絞るが如く剣柄を引いた戴天流・竜牙徹穿。

 

 調息によってたっぷりと新鮮な空気を吸い込んだ小太郎は、ブラックがこちらの気配に気づくと同時に地を蹴った。  

 

「ぬぅっ!?」

 

 次の瞬間、エドウィン・ブラックは驚愕の声を上げた。

 

 彼の目は爆音と巻き上がる土煙を切って自身に襲い来る、三人の小太郎の姿を映したからだ。

 

 ブラックとて長年ノマドを率いて対魔忍と戦ってきた男である。

 

 隼の術をはじめとする身体強化系の忍術を用いた分身など、欠伸が出る程に見飽きている。

 

 彼が驚愕したのは、これだけの速度を引き出していながら小太郎が対魔粒子、即ち魔力を全く使っていない為だ。

 

 それはつまり、目の前の少年は純然たる人間の力で残像分身が発生するほどの速度に到達した事になる。

 

「すばらしい……」

 

 感嘆の言葉と共に、フランベルジュを持ったブラックの右腕は超音速の刺突によって宙を舞った。

 

 甲高い金属音と肉が地面を叩く音、それを合図に空き地を覆っていた重力結界はその姿を消した。

 

 先ほどの一撃で背中合わせの位置取りとなった両者は、申し合わせたかのように同時に振り返る。

 

 荒い息を吐きながらも戦闘態勢を解こうとしない小太郎と、肘から下を失った右腕もそのままに満足げに笑みを浮かべるブラック。

 

 しばしの睨み合いを()て不死の王が残された左手で指を鳴らすと、骸佐達と戦闘をしていたノマドの精鋭たちが持ち場を離れて彼の背後に整列する。

 

「少年。今宵はここまでにしようと思うのだが……どうかね?」

 

 突然のブラックからの提案、それに小太郎は小さく息を吐いた。

 

「わかった。それじゃあ、今回は手打ちな」

 

 言葉と共に流れるような動作で血振りをし、刀を鞘に納める小太郎。

 

 あまりにもあっさりとした引き際に、提案したブラックの方が呆気に取られてしまった。  

 

「本当にいいのかね? 君たちの立場なら私の首を上げるチャンスと牙を剥き出しにするだろうに」

 

「安酒場の喧嘩ごときで、んな大層な事考えるかよ。あんたが吹っ掛けてきたから俺が受けた。で、あんたが収めるっつったから俺も退く。それだけのこった」

 

 死闘を繰り広げた相手のサバサバとした言い草に、ブラックは残された手を顎に当てて小さく唸り声を上げる。

 

「そういうモノかね?」

 

「そういうもんさ。お互い、察してはいても自分の口で素性を吐いてないからな」

 

「ならば、その形で幕を引こう。とはいえ、無理に喧嘩を仕掛けた側としては、多少なりとも詫びを入れねばならんな」 

 

「いらんいらん。そういうのを貰っちまったら変な形で後を引いちまうだろ」

 

 ヒラヒラと手で拒否の意を示しながら、こちらに駆けて来る骸佐達に合流しようと踵を返す小太郎。

 

「それが水城ゆきかぜ、不知火親子の情報であってもかね?」

 

 だが、背後から掛けられた一言で踏み出した足は一歩目で動きを止めた。 

 

「……目的までバレバレかよ」

 

「我々にも色々と伝手があってね、対魔忍の動きは常に把握させてもらっているのだよ」

 

 ブラックの言葉に背を向けたまま肩をすくめる小太郎。

 

 政治家、公安、対魔忍自体。

 

 彼の言う伝手がどれだけあるか、心当たりが多すぎて見当もつかない。

 

「申し訳ないけど前言撤回するわ。情報を貰っていいかい?」

 

「もちろんだとも」

 

 再び振り返った小太郎に、ブラックは口角を吊り上げた。

 

 

 

 

〇月▽●日(岩天井)

 

 

 チクショー! 負けた!!

 

 ここまでの惨敗って、今生に入って初めてじゃなかろうか。

 

 いや、マジで悔しい。

 

 ここが自宅で他の目が無かったら思いっきり床ローリングしてるわ、絶対。

 

 ともかく、今日の反省と自分の不甲斐なさへの怒りは日記に刻み込んでおこうと思う。

 

 ヨミハラに潜入して二日、酒場で情報を漁っていたところでハプニングイベントに遭遇してしまった。

 

 ブラックさん家のエド君とのエキシビジョンマッチである。

 

 つーか、あんな安酒場にエドウィン・ブラックが来るとか、予想できるわけねーだろ。

 

 向こうの話だと防諜のガバガバさに定評がある主流派からこっちが潜入する事を知って、俺目当てで会いに来たらしいけどさ。

 

 まあ、この時点でツッコミどころ満載である。

 

 まず、なんでブラックなんて大物が弱小ニンジャ・サークルの俺に会いに来る必要があるのか。

 

 もしかしてアレか。

 

 デスモドゥスをパクったのが原因だったのか?

 

 主流派の情報管理のダメさに関しては、この件が終わったら色々と搾り取るつもりだから、ここでは触れないことにする。

 

 ともかく場の流れみたいなモノでブラックと戦うことになったわけだが、これがまたヒドかった。

 

 剣の勝負では流石に負ける事はなかったのだが、奴が特殊能力を使った時点でアウト。

 

 舞台となった空き地全体を覆う重力結界に捕らわれて行動不能になってしまった。

 

 今回の敗因は2つ。

 

 奴の特殊能力が重力制御だと読めなかった事、そして重力結界を概念斬りで対処しきれなかった事だ。

 

 前者に気づいていれば軽身功で無効化もしくは軽減できたし、後者が成功していたら奴の特殊能力自体を剣で対処できていた。

 

 まあ、闘いに於いて『たら』『れば』の話、言い出したらキリがないんだけどな!

 

 ともかく、なんだかんだ言ったところで負けた事に変わりは無い。

 

 あの時、骸佐達が来てくれなかったらあの世に逝ってただろうしな。

 

 帰り道で骸佐に加えて権左兄ィにも怒られた事を思えば、俺の行動がどれだけダメかは分かろうものだ。

 

 たしかに骸佐達の言う通り、ふうまの頭領としては権左兄ィを捨て駒にして退くのが最適解だったんだろうさ。

 

 けどな、俺の肩にはクソ親父のやらかしという負債が乗っかってるわけよ。

 

 ふうまを私物化して潰し掛けた野郎のツケがあるかぎり、俺が下の奴等を犠牲にするような真似にでたら下からは総スカン食らうだろう。

 

 『やっぱりあいつは弾正の息子なんだ』ってさ。

 

 だから、俺は自分のケツは自分で拭かにゃあならんのだ。

 

 自分の為にふうまの身内を犠牲にしないと言うのが、頭領になる時に定めた俺の制約だからな。

 

 その辺を説明した後で助けられた事の礼を言うと、だったら次からは一緒に戦わせろと言われてしまった。

 

 前世からソロプレイがメインだったので集団行動は苦手なんだが、やらかした事を思えばNOとは言えん。

 

 というわけで、次のブラック戦はサシでやるのが難しくなってしまった。

 

 ブラックの方もイングリッド辺りを連れてきたら多少は釣り合いが取れるのだが、奴さんは動いてくれるかね。 

 

 しかし、今回の敗北は色々と考えさせられた。

 

 正味な話、対魔忍と戴天流剣士の二足草鞋は限界なのかもしれない。

 

 一応は忍の長に就いている関係から忍術の修業も欠かしてはいないのだが、これがまた一向に成果が上がっていない。

 

 この時間を戴天流の修練に使っていたら、重力結界を斬れないなんて醜態を晒さなかったはずだ。

 

 ブラックの奴は然るべき舞台でもう一度戦おうと言っていた。

 

 あの戦いで奴は重力制御という手札を見せたが、他にも隠し玉を持っていると見て間違いない。

 

 はっきり言って、今の成長速度では勝てない。

 

 これを覆すには相応の覚悟が必要だろう。

 

 ……俺の精神衛生上よろしくないので、ブラック戦の話はここまで。

 

 次は今回の戦果に目を向けよう。

 

 ブラックからの情報だと水城ゆきかぜがいるのは、調教師のリーアルが構える娼館『アンダー・エデン』で間違いないらしい。

 

 このリーアルという男だが本名を矢崎利二といい、現与党である民新党の幹事長を務める矢崎宗一の弟である。

 

 で、兄とのコネを使って女性対魔忍を罠に嵌め、メス奴隷に堕としているそうだ。

 

 つうか、現政権の重鎮が公安の諜報員メス奴隷化の黒幕とか、この国はマジで終わってるな。

 

 それでブラックが何でこの情報を流してきたかというと、件の矢崎兄弟にノマドの他に魔族の影が見えたからだそうな。

 

 そしてその魔族の手先と思われるのが、ゆきかぜの母親である不知火らしい。

 

 奴さんの『薄汚い竿師風情が私の街に湧いて出るのは、甚だ不快なのでな』という発言からすると、不知火のバックにいるのは淫魔族の可能性が高い。

 

 ノマドとしてはゆきかぜを回収に来た俺達を利用して、伸びてきた淫魔族の手を潰す算段なのだろう。

 

 まあ、利害が一致してるから使われてやる事に関しては問題ない。

 

 バックにいる奴が分かれば不知火の奪還もやりやすくなるしな。

 

 ブラックからは『今回に限って俺達の行動にノマドは干渉しないし、街への被害もある程度までは目を瞑る』というありがたい言葉も頂いた。

 

 明日は敗北の鬱憤を晴らすためにも、『アンダー・エデン』を『アンダー・ヘル』にしようと思います。

 

 

 

 

 小太郎をはじめとするふうま一党が去ってしばし、ブラックのもとに連絡を受けたイングリッドが部隊を連れて現れた。

 

「ブラック様、その御手は……ッ!?」

 

「ああ、落されてしまった」

 

 絶句する部下に、ブラックがまるで服に付いた小さな汚れでも説明するかのような軽い調子で答える。

 

「しかしこれは興味深いな。あれから10分以上は経つが止血のみで再生する気配を全く見せん」

 

 赤黒い肉が見える傷口をマジマジと見ながら、楽しげに笑みを浮かべるブラック。

 

「何を悠長な事を! それは傷を負わせた不届き者が、ブラック様のお命に届きうるという事ではありませんか!! どうか、その罪人の処罰をこの私に!」

 

「不要だ」

 

 主を失うという危険性に血相を変える己が騎士の忠言を、不死の王は一顧だにせず切って捨てる。

 

「何故!?」

 

「理由は貴様が口にしたであろう、あの者なら私の命に届きうると。命を懸けた戦いという娯楽、私から奪ってくれるなよ」

 

 口許に不敵な笑みを浮かべながら、迎えのリムジンに乗り込むブラック。

 

 不満げな表情のまま助手席に座るイングリッドを他所に、流れ始めた車窓の景色を瞳に映した不死の王は思考を巡らせた。

 

(ふうま小太郎、なかなかに面白い男だった。井河アサギが最も魔に近い対魔忍とするなら、奴は人と魔の混血である対魔忍にあって人の極致へと至る可能性をもつ者。……私の命を脅かしうる者が二人、か。喰らい合わせてより強くするのも一興かもしれんな)

 

 魔界騎士の背筋を凍らせるほどの凄絶な笑みを浮かべた魔人の心の内を知るものは、今はどこにもいない。 




剣キチ派生の実力

本家剣キチ(1600歳以上)>>>(1500年の修練)>>>暗黒剣キチ(17歳)>>>(邪仙)>>>(奥義開眼)>>>若様(14歳)

 

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