剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く 作:アキ山
いやはや、難産でした。
会話よりアクションの方が筆が走るってどういう了見なんでしょうね、私。
次からは日記形式に戻るので、少しは速度が速くなれば……。
どうも、みなさん。
地下300mで任務遂行中のふうま小太郎です。
開始前から色々とこちらの胃を削ってくれた水城親子救出任務の方もいよいよ大詰め。
少しの悲喜劇は挟んだモノのゆきかぜの奪還に成功し、残るは母である不知火の救出、あとはノマドへの手土産としてリーアルを拘束するだけである。
風俗嬢として頑張っているサポートメンバーの救出もあるが、その辺は帰りにサクッと片づけてしまおう。
さて、『アンダーエデン』の血みどろ修羅場へのリニューアルも大方終了し、あとはリーアルが立て籠る店長室を残すのみ。
鹿之助君の見事な手際で最終防壁である分厚い鉄の扉がロック・オフしたところで、俺は突入の指揮を骸佐に任せて再び圏境で姿を消した。
「よっしゃ、行くぞっ!!」
気合一発、一団の中で最も防御力に優れる骸佐を先頭に部屋へと突入する救出班たち。
ゆきかぜは有事の際に盾にならねばならない骸佐ではなく魔鈴が抱き抱えている。
皆が突入したタイミングから一呼吸置いて部屋へと入ると、そこで待っていたのは執務机の奥でこちらを睨むリーアルと、奴を庇うように立つ三体のオーガ奴隷だった。
オーガは魔界の鬼族の中でも最底辺に位置する種族である。
とはいえ、4メートル近い体躯に全身を覆う巌の如き筋肉が生み出す膂力と耐久性は、並の人間が重火器を持っても太刀打ちできず、中忍クラスの対魔忍を以てしても必殺の脅威となる。
「やれッ! あのガキ共を捻り潰せッッ!!」
リーアルの命令に怒号で応え、鉄製の首輪から垂れる千切れた鎖を揺らしながら襲い来るオーガ。
室内の者全てに察知される事無く骸佐達から離れた俺は、軽身功で生み出した俊足を生かして、オーガ達の脇を抜けるとリーアルの背後を取った。
その間にも豪奢な絨毯で吸収しきれない足音を鳴らしながら、オーガ達は骸佐達に迫っていく。
しかし緩慢な奴らの動きをのんびりと待っているほど、こちらのメンバーは暢気ではない。
初手を取ったのは先頭にいた骸佐だった。
「ぬんッッ!!」
強化外骨格である夜叉髑髏の生み出す脚力を生かして瞬きする間に距離を詰めた奴は、顔の横に構えていた二車家伝来の斬馬刀『猪助』の刃を床に亀裂が走るほどの踏み込みと共に打ち下ろす。
剛剣一閃。
夜叉髑髏が生み出した怪力と骸佐の迷いのない振りによって放たれた刃は、拳を持ち上げようとしたオーガの頭から胸元までを一撃で両断し、勢いのまま巨体を床に叩きつけた。
その横では権左兄ィが他の一体を相手にしている。
室内であるという事から大規模な土遁を使うことは出来ないが、それで弱くなるほど権左兄ィは甘くはない。
巧みな槍捌きでオーガの攻撃を正面から受けることなく流すと、大振りの一撃によって生じた隙を突いて槍の石突きで相手の膝を貫いた。
片膝をついて激痛に声を上げるオーガ。
しかし、その時には権左兄ィの放った一閃が奴の眉間の数センチ前まで迫っている。
肉を断つ音と固い物が砕ける生々しい音。
それが収まった後、膝立ちになっていたオーガの後頭部には、赤紫の血に塗れた穂先の先端が生えていた。
槍を抜かれた事で仰向けに倒れたオーガを一瞥すると、権左兄ィはフォローを入れるべく周囲の様子を確認し始めた。
最後の一体を相手取ったのは学生達だった。
粒ぞろいの彼等なら遅れはとらないと思っていたが、良い意味で予想以上だった。
まずは達郎が苦無を放って牽制し、その隙を突いて鹿之助君が静電気を顔面に浴びせる事でオーガの視界を奪う。
さらに達郎が弾かれてオーガの背後に浮かぶ苦無を目印に『飛雷神の術』で背後に回ると、正面の凜子に合わせて首と腹に向けて斬閃を放つ。
逸刀流師範の家系である彼らの斬撃は、鉄と同程度の強度を持つオーガの皮膚と筋肉に容易く刃を通す。
跪いて横一文字に裂かれた腹から腸が零れないように押さえるオーガ。
しかし次の瞬間にはその太い首に赤い線が走り、奴の頭は熟れ過ぎた果実のように床に落ちた。
交戦から殲滅までの時間は約30秒。
「…………」
1分にも満たない間で自身の盾を失ったリーアルは、声も出せずにあんぐりと口を開けていた。
当然、その隙を使わない手はない。
俺は背後からリーアルの首に指を当てると、ゆっくりと内勁を流し込んだ。
「あ……ッ!? あ……が………」
すると喉の奥からくぐもった声を出したのを最後に、リーアルはその場に崩れ落ちた。
これは内家氣功術の一つで、生物の経絡に干渉して対象の氣の流れを断つ技だ。
前世ではサイボーグ以外の暗殺に重宝した技術で、経絡は人間の全身に走っている為に肌が露出している部分に一瞬触れるだけで、眠るように相手を抹殺するなんて事も可能なのだ。
もちろん身体の内外に傷は無く心不全等の自然死に限りなく近い死に方なうえ、浸透勁の応用で行う方は手袋を付けていてもOKなので指紋等の証拠も残らない。
あと、これが邪法であることは言うまでもない。
今生に入ってから、興味半分でこの暗殺術を魔界在住の連中に試したことがあるんだけど、オークとかの低級魔族は人間とほぼ変わらない効果が得られた。
さすがに中級以上になると一瞬の接触では経絡の操作はできなかったが、身動きが取れないようにしてから再度試した結果、約1分程度の接触で操作が可能であることが判明している。
上級に関しては機会がないのでわかりません。
前のブラックさんの時に試しとけばよかったなぁ。
さて、無駄な回想はこの辺にしておこう。
うつ伏せに床に倒れこんだリーアルから掌サイズのリモコンを奪うと、俺は鹿之助君にそれを投げ渡した。
「どれどれ……これがこうなって………なるほど。解析あがりっと」
発信ボタンを押さないようにいじった後、会心の笑みと共にリモコンを踏み潰す鹿之助君。
いやはや、ホントに彼は優秀だわ。
今回の報酬で引き抜きする件、真剣に通してみようかな。
「尋問の時間だ、矢崎利二。先ほどのような暗闇の世界に戻りたくなければ、正直に答えてもらおうか」
氣の流れを断つ力を緩めて声を掛けると、死体同然だったリーアルはとめどなく脂汗を流しながら荒い息を吐く。
先ほどまではほぼ完全に氣の流れを断っていたので、奴は五感全てを奪われた上に心臓をはじめとする自律神経で動いている臓器が徐々に弱っていく苦しみを味わっていたはずだ。
身体の自由は効かないものの五感を取り戻したところで、再び地獄に放り込まれると聞かされたリーアルは青かった顔色を紙のように白くする。
「な……なんだ!? 何が聞きたい!?」
「───自分の立場が分かっていないようだな。今度は1時間ほど味わってみるか?」
「~~~ッ!? すみません、ごめんなさい! なんでも質問に答えますので、それだけは勘弁してください!!」
軽く脅しを掛ければ、涙を流しながら恐怖に上ずった声で許しを請うリーアル。
先ほど気脈を断った時間は1分たらずだったのだが、よほど堪えたようだ。
前世での内家氣功術の最終試験は、リーアルが陥っていた状態から自力で気脈を繋いで復帰するというものだった。
候補者20人が試練に挑んだ結果、生き残ることが出来たのは俺ともう一人だけだった。
後で聞いた話では、脱落者の死因は自律活動する臓器の機能低下による多臓器不全ではなく狂死であったという。
人間にとって、当たり前に出来ていたことが出来なくなる精神的ショックは、それほどまでに強烈ということだ。
それが五感全てに及ぶというのだから、リーアルのような闇の住人でもこうなるのは無理もないだろう。
「なあ、達郎。ふうまの頭領はどんな術を使ったんだろうな?」
「分からない。彼が世良田を名乗っていた時、忍術に目覚めていないと言っていた。あの後目覚めたのか、発言自体が嘘だったのか。どちらにしても見ているだけで判断するのは難しいな」
手持無沙汰なのか、こちらを見ながら雑談をする秋山姉弟。
外見上は相手の首に指を当てているだけなので、見抜かれる事は無いだろうと放っておいたら、思わぬところから声が上がった。
「お前達、妙な詮索はそこまでにしな。あいつはああ見えても一門の長なんだ、その能力を探るなんてマネしてたら消されても文句は言えないよ」
達郎達の後ろにいた魔鈴が二人を諫めたのだ。
彼女の言葉を聞いて、達郎たちは大人しく詮索の手を引っ込めてくれた。
事前の会議でもそうだったが、世良田を名乗って知り合いとして付き合った経験があるせいか、二人は俺に対する線引きが甘い。
一応注意を促しているのだが、中学生である二人は公私の切り替えがなかなか上手くいっていないのだろう。
これが度が過ぎれば、権左兄ィに再び嫌な役目を押し付けなけれなならなかったので、正直助かった。
あと、コスプレしてるからって口調まで『魔鈴さん』を真似なくていいからね。
「ここの奴隷娼婦に投与した反乱防止用のナノマシン、その排出方法は?」
「そ…そこの執務机の一番下の引き出しに、は……排出用の薬剤が入ってます。それを投与すれば、な…ナノマシンは機能を停止します」
気を取り直して尋問を再開すると、リーアルは歯の根が合わない口から絞り出すような声を上げる。
権左兄ィが指定された場所を確認すると、引き出しには小さな銀のアタッシュケースが入っており、中身はガンタイプの無痛注射器とその薬液だった。
視線でこちらに指示を求める権左兄ィに俺は薬液投与の許可を出す。
リーアルの事は信用ならないが、現状のままではゆきかぜを連れて脱出するのは困難を極める。
奴からの情報の裏を取る術がない以上、多少のリスクは呑み込む他ない。
矢崎宗一の証言によれば、ゆきかぜに投与された反乱・逃走防止用ナノマシンの効果は、ボタン一つでゆきかぜの手足を吹き飛ばす物だという。
俺は奴が語った効果はナノマシンの性能の全てではないと見ている。
何故なら、その効果が信号を合図に体内のナノマシンが爆弾へと切り替わることによって引き起こされると仮定した場合、破壊部位を手足に限定するのは不自然だからだ。
そも、魔界医療が横行しているこのヨミハラにあって、四肢の欠損というのは致命的ダメージになり得ない。
地上にあっても米連に伝手があればサイバネ義肢が手に入るのだ、対魔忍をはじめとする特殊工作員を縛るにはパンチが足りていないだろう。
ならば、ナノマシンの真の効果は起爆信号によって肉体のあらゆる個所を破壊できると考えた方が自然だ。
何故この事実をゆきかぜに捻じ曲げて伝えたのかは不明だが、矢崎宗一が以前に彼女から煮え湯を飲まされた事を思えば、手足の欠損程度を怖れて縮こまってしまった小娘を嗤うか、もしくは欺瞞情報を鵜呑みにして無様な屍を晒すのを望んでいたか。
なんにせよ、ろくな理由ではあるまい。
また、ゆきかぜに投与されたナノマシンの用途が脱走や反逆防止である以上、リーアルの持つリモコンのみが発動キーだと考えるのは楽観視に過ぎる。
リーアルの死亡、建物から出た際、他にも外部と繋がっている敷地内の禁止区域に立ち入った場合、特定のNGワードを口にした際等々。
考えるだけでも発動条件は多岐に渡るだろう。
条件付けも知らぬままに、この全てからゆきかぜを守り抜いてヨミハラを脱出するなど、どう考えても現実的ではない。
だからこそ、俺はあの無線を受けた時にゆきかぜが事故死する事を覚悟したのだ。
あの時、骸佐に注意を促そうにも明確な条件が分からないままではロクなアドバイスもできなかった。
そう思い返せば、ゆきかぜが生存しているのは相当な豪運ではないだろうか。
権左兄ィの手によってゆきかぜの首筋に無痛注射器が押し付けられると、空気の抜ける軽い音と共にセットされた薬剤が体内に流し込まれた。
リーアルの言葉が真実ならば、これで爆死の危険性は去ったことになる。
薄い蛍光の水色の薬と不安を掻き立てる代物であったが、ナノマシンに関して現状で手出しできるのはここまでだ。
では、次の仕事に取り掛かるとしよう。
俺はリーアルを脇に除けると、執務机に設置されたデスクトップ型のパソコンに手を掛けた。
待機画面にはなっていない事を確認し、俺はコートのポケットから取り出した特別製のUSB用機器をパソコンにセットする。
機器の先に備わったLEDが数回赤く点滅すると自動的に立ち上がるウインドウ。
そこには自室のデスクに座る時子姉の姿が映っている。
『お疲れ様です、お館様。敵施設の情報端末を入手する事が出来たようですね』
「色々トラブルがあったけどな。それじゃあ、いつもの通り頼む」
『了解しました』
時子姉の言葉を合図として、通信画像の下に作業状況を表すバーと履歴、そして新たなウインドウが現れる。
そして灰色だったバーがゆっくりと青に染まり始めると、履歴画面を高速でファイル名が流れていく。
機器を介して時子姉が管理するふうまの情報サーバーに、リーアルPC内の情報を吸い上げているのだ。
「あ……あんた、いったい何をやっているんだ?」
「ちょっとした野暮用さ。気にすんな」
不安から問いかけてくるリーアルを適当にあしらいながら、俺は流れていくファイルの転送履歴と吸い上げた情報の中でも重要と思われる物が表示されたウインドウに目を走らせる。
政府高官や財界の著名人が名を連ねる『アンダーエデン』の顧客リスト、店の奴隷娼婦の名簿と各人の経歴、さらに店から奴隷として売り払われた者の名と転売先。
ウインドウを走る情報は対魔忍にとって値千金の重要なモノである。
だが、その中には俺のお目当ては存在していない。
リーアル程度の小物がノマドから淫魔族への移籍という大博打を打ったのだ、アレに関するものが無いはずがない。
「矢崎利二。貴様、何らかの情報端末を身に着けているな。────出せ」
確信をもって仮面越しにリーアルを睨みつけると、奴の顔は紙から死人の色へと変化を遂げる。
「も……持って───」
「嘘はいらん。隠し立てするようなら、もう一度あの暗闇に放り込んでから身体検査をするぞ。その際は腹を掻っ捌いて調べ上げるから覚悟しておけ」
「わかった、言う! 私の首の付け根に張り付けた疑似皮膚、その中にマイクロSDがある!!」
半ば悲鳴のようなリーアルの証言に従って、権左兄ィが確認すると言葉の通りブツが見つかった。
さっそく専用のリーダーにセットして中身を展開すると、予想通りお宝はそこにあった。
時子姉が吸い上げていく情報の重要性に、こちらも自然と口元が釣り上がる。
少々名が知れているとはいえ、リーアルは財力も暴力もない一介の調教師だ。
そんな奴が生き馬の目どころか心臓すらもブチ抜きかねない裏社会で生きていくには、絶対的な切り札が必要になる。
それが情報だ。
自身を庇護・雇用している有力者が持つ弁慶の泣き所、それを手にする事で切り捨てられないように立ち回る。
もしくは、有事の際に敵対勢力へ鞍替えする為の手土産に活用する。
どう事態が転んでも己の身を立てる足掛かりとなる、まさに命綱といえるものだ。
通常はそんな機密情報など容易に手に入れられるものではないのだが、そこは蛇の道は蛇。
小物と侮られる人間だからこそ、巨悪が思いもつかない急所を狙う術があるのだろう。
いつか読んだ漫画風に表すなら『皇帝は奴隷によって刺される』という奴だ。
「骸佐」
「どうした?」
「これを見てみろ」
「こいつは……権左、お前も来い」
「これはまた……世に出たら政権がひっくり返ること受け合いですな」
野郎三人が目を皿にして見るディスプレイには現与党の民新党を破滅に追いやることができる情報をはじめ、知ればダース単位で暗殺者が寄こされるであろう情報が延々と流れている。
奴の情報媒体の中にあったのは、リーアルが行った費用の横領や奴隷娼婦の私的売買等々の『アンダーエデン』の裏帳簿に、例のナノマシンや奴隷娼婦の脳幹に埋め込まれたマイクロチップ『イブ』の詳細。
兄である矢崎宗一の中華連邦への情報漏洩の証拠に闇商売で得た裏金の帳簿、その他の汚職の実態。
そして鞍替えした淫魔族に関する情報だ。
どうやら矢崎兄弟が淫魔族と接触を持ったのは、奴らの伯父である旧財閥系の鷲津グループ会長である鷲津茂を介してのものらしい。
鷲津はN県の人里離れた山間で『聖修学園』という私立校を経営しており、そこが淫魔族の拠点となっているようだ。
そして件の『イブ』やナノマシンも出所は鷲津グループ傘下の『鷲津マテリアル社』だという。
俺達の浮かべているであろう悪い顔を見て豚……じゃなかった、矢崎宗一が何やら騒ぎ始めた。
リーアルが巧妙に隠していた事で中のデータのヤバさに思い至ったのだろうが、ギャグボールを嵌められている状況では何を言ってるのか分からない。
因みに学生連中は魔鈴によって閲覧は止められていた。
中の人は一党の頭領をしているだけあって、情報を知るという危険性をよく理解しているのだろう。
サーバーへの吸出しが終わったのを確認したところで、俺はポケットから取り出した新品のUSBメモリーへ先ほどのデータを用途に分けて保存し、内部の書類データに手を入れて報告書を作っていく。
「若、いったい何をしてるんですか?」
「根回し用の小道具を作ってるのさ。今回の件で色々と動きにくくなるだろうから、予防線くらいは張っとかないとな」
権左兄ィの質問をはぐらかしている間に情報の保存は完了。
作製した報告書がプリンターから吐き出されると、同じくして店長室の壁の向こうに気配が現れた。
壁に飾られた趣味の悪い春画を中心にしてドア一つ分程度の切れ込みが入ると、それは鈍い音を立てながら右にスライドした。
露わになった隠し通路の奥から姿を見せたのは、黒のラバースーツに身を包んだ異様な女だ。
「ずいぶんと遅かったじゃないか、人妻奴隷のS豚ちゃん?」
皮肉を込めてデータの中にあった調教記録の蔑称で呼んでやると、女のマスクから露出している口元が大きく歪む。
正体を見抜かれないようにあんな格好をしているのだろうが、ブラックからの証言に加えて矢崎と淫魔族の関係を知る俺達にはバレバレだ。
「あのお方の計画の邪魔はさせない。全員ここで排除するわ」
「そうかい」
対魔忍時代からの得物である薙刀を構えたラバー女に、俺は机の上に置かれたモノを無造作に放ってやった。
放物線を描いて女へと飛んでいくナニカ、それはリーアルから取り上げたマイクロSDがセットされたカードリーダーだ。
人間というものは、基本的に自分にむかって飛んでくる物に目を奪われるものである。
それが自身への害を成すものであれば何らかの反応を示すのだが、全くそういった物が無い場合はどうしても動きは後手に回る。
それはかつて凄腕対魔忍で鳴らした水城不知火も変わりはない。
一瞬の逡巡を挟んでリーダーを切り払うラバー女。
だがその頃には、圏境で気配を断った俺は奴の背後を取っている。
「あ……」
こちらの手が後頭部に当てられる感触に言葉を発しようとしたラバー女だが、それよりも速く脳を襲った衝撃によって意識を刈り取られ、力無く床に崩れ落ちた。
「お母さん……」
顔を覆うゴム製のマスクを剥いでやれば、現れたのは案の定水城不知火の顔だった。
淫魔族は夢魔や淫魔を祖としている為、魅了や性技に優れていても戦闘力は低い。
その為、奴等は戦闘能力の高い他種族を性的に虜することで、自身の戦力として運用している。
そういう意味ではトップクラスの対魔忍であった水城不知火は、奴等にとって貴重な戦力と言えるのだろう。
この『アンダーエデン』は淫魔族にとって、人間界における魔族の最大手であるエドウィン・ブラックの縄張りを侵してまで手に入れた、勢力拡大の為の大きな足掛かりだ。
淫魔族の能力と荒くれ者が集まる魔界都市の娼館という特性を噛み合わせれば、奴等は戦闘用の手駒を一気に増加させる事ができる。
その重要性はノマドが引き上げた警備兵を、奴等がすぐさま補充している事を見ても明らかだ。
ならば、この状況を淫魔族が指を咥えているはずがない。
俺達の正体を掴んでいない以上、矢崎兄弟に縁があり最大戦力の一つである不知火は送り込むには適任と言えた。
「ねえ、お母さんはどうなったの! あんた、いったい何をしたのよ!?」
白目を剥いて気絶している母の姿に取り乱すゆきかぜ。
矢崎から投与された媚薬を始めとする薬品に因って身体の自由を奪われていなければ、こちらに掴みかかっているであろう剣幕さだ。
「頭部に強いショックを与えて気絶させただけだ。後遺症は残らん」
ゆきかぜの抗議を切って捨てた俺は、他のメンツに撤収準備を指示する。
拘束した不知火を権左兄ィが担ぎ上げ、ゆきかぜを骸佐が……あ、達郎に押し付けてリーアルを持ちやがった。
矢崎の手綱は消去法で魔鈴が持つことに。
本人は死ぬほど嫌がっているが、豚の方は喜んでいるので我慢していただきたい……て、コラ! リーナに擦り付けようとすんな。
いつもなら証拠隠滅として爆薬を仕掛けていくのだが、ノマドの依頼で建物の奪還も依頼内容に入っているから今回はパスだ。
出待ちしている面々もいることだろうし、引き上げは手早いに越した事は無い。
客は勿論のこと、非戦闘員である嬢や従業員も逃げ去って閑散とした店内を抜けて玄関を潜ると、俺達を待っていたのは黒のビジネススーツに身を包んだノマドの精鋭だった。
「ご苦労だった、対魔忍諸君」
人垣の中心からイングリッドを伴って現れたのは、安定のブラック・サンである。
「クライアント自らお出迎えとは随分と期待されたもんだ」
仲間達が緊張をあらわにする中、俺は意識することなく言葉を返す。
「それはそうだろう。私と闘って生き残るばかりか手傷まで負わせたのは、君と井河アサギの他にはいない。ならば、その仕事ぶりにも期待がかかるというものだ」
「なるほど、ならこっちもケジメは付けないとな。───ノマドCEOエドウィン・ブラック殿に業務完遂を報告します。アンダーエデン寝返りの首謀者である矢崎宗一・利二兄弟は捕縛に成功、建物は1階ロビーの調度品と床面の一部が損壊、その他内装にあっても敵対勢力鎮圧の為に手直しが必要な状態がいくつか見られます。詳細は報告書に纏めてありますので、ご確認ください」
営業スマイルと共に店長室で作成した報告書を出すと、若干顔を引きつらせたイングリッドが受け取り、安全を確認したのちにブラックの手に渡った。
「敵対勢力を利用することは多々あるが、報告書を受け取ったのは初めてだよ。しかもご丁寧に自分用の控えまで用意してあるとはな」
「契約の際に双方控えを用意するのは常識ですから。例えそれが一期一会のモノであっても」
「確かに君の言うとおりだ。では、後ろの裏切り者達の身柄を引き渡してもらおうか」
穏やかな口調とは裏腹に、氷の刃を思わせるブラックの視線を受けて矢崎兄弟は小さく悲鳴を上げる。
「それですが、弟の利二の身柄はお渡しします。しかし、宗一の方はこちらがもらい受けたいのです」
「ほう?」
こちらの言葉にブラックは片方の眉を跳ね上げる。
「知っての通り矢崎宗一は日本の政権与党の幹事長、このまま闇に消えるのは色々と不都合があります。中華連邦へのスパイ疑惑を始めとする自身の犯した罪状、これを背負って貰わねばなりませんので」
「なるほど。しかし、それは我々の関知するところではないな。裏切り者の身柄を引き渡す理由にはならん」
嘘偽りない理由を言ってみたのだが、案の定ブラックは首を縦には振ろうとしない。
さて、ここまでは予想の範囲内だ。
俺はポケットから先ほどのUSBメモリーの一つを取り出すと、ブラック達の目に入るように掲げて見せた。
「もちろん、タダでとは申しません。これには矢崎利二が行った『アンダーエデン』での不正や裏帳簿、そして貴方方には秘密裏に売りに出した奴隷娼婦の販売先のデータがあります。───そして、貴方が目障りに思っている淫魔族に関する情報も。これをそちらにお譲りしますので、矢崎宗一の身柄をこちらに預けてくれませんか?」
「ふむ……悪い取引ではない。が、その情報に関してはアンダーエデン奪還の一環として、我々に提出すべきではないかね?」
「御冗談を。我々が請け負ったのは店舗から淫魔族を排除する事のみで、情報の提供までは含まれていません。あと淫魔族の情報に関しては店内にある矢崎個人のパソコンにはありませんので。これは奴が命綱として絶えず身に着けていた記録媒体に保管されていた情報です。もっとも、その媒体も水城不知火との戦闘で破壊されてしまいましたがね」
そこまで口にして少々オーバーに肩をすくめて見せると、ブラックは呵々と大きな声で笑い始めた。
「なかなかに交渉上手じゃないか。これでは我々は矢崎宗一の身柄を諦めざるを得んな。しかし、最後に一つ確認せねばならんことがある。君の持つ記録媒体、その中の情報はどこまで奴等の核心に迫っている?」
その問いにこちらが得た切り札を切ると、さすがにこれは予測していなかったのか、ブラックは珍しく鉄面皮に驚愕の表情を張りつかせた。
「──────豪胆な男だ。私を使うつもりか?」
「まさか。そこまで私は肝が強くありませんよ。我々の仕事は情報を収集し、それをクライアントに提出するまでです。得た情報をどう使うかは貴方方次第でしょう」
こう返すと、ブラックはしばしの間瞑目した後、こちらにダンディさが滲み出る笑みを向けた。
「よかろう、矢崎宗一は連れて行くがいい」
「交渉成立ですね。では、記録媒体をお渡しします」
取りに来ようとするイングリッドを抑えてメモリーを手にするブラック、その代わりに俺の手には黒く塗られた長方形の名刺らしき紙が置かれている。
「これは?」
「私の私的な連絡先だ。君のような面白い男、一期一会で終わらせるには少々惜しい。ヨミハラか東京キングダムに赴いた際は連絡をくれたまえ、食事くらいはご馳走しよう」
「それはどうも。その時はお互い仮面を付けて、ですね」
「承知している。お互い『何処かの誰か』でなければ、このようなマネはできまい」
理解があるようでなにより。
それと、会うときはこっちを殺しそうなメンチを切ってるアンタの騎士を何とかしておいてくださいね。
「では、そろそろお暇いたしましょう。そちらも情報の裏取りや店の被害状況の把握と忙しいでしょうから」
「ならば、来客用のエレベーターを使うがいい。今渡したカードを見せれば、係の者は無碍にせんはずだ」
ブラックが軽く手を上げると、黒服で形成されていた人垣が真っ二つに割れた。
「それでは失礼します。Mr.ブラック」
「うむ。カーラ女王によろしくな」
最後に掛けられた言葉には沈黙を保ったまま、俺はリーアルの氣脈を元に戻して人垣の出口へと足を向けた。
背後で置き去りにされたリーアルが助けを求めていたが当然無視である。
あ、そうだ。
「あそこにいる嵐騎のリーナですが、情報の伝達ミスでノマドが店から手を引いた事を知らなかったそうですよ。成り行きでこっちと行動を共にしましたが、裏切りとかじゃないんで」
ブラックではなく隣にいるイングリッドに向けた一言を最後に、俺達はそのまま人垣を抜けた。
緊張の為か、ノマドの包囲を抜けるまでは全員言葉を発することはなかったのだが、アンダーエデンが見えなくなって少しすると、ようやく骸佐が口を開いた。
「やれやれ、何とか無事に終わったか。黒服共は大したことねーが、ブラックの野郎に睨まれた時は生きた気がしなかったぜ」
「若様は随分と落ち着いてましたけど、奴等が来ることが分かってたんですか?」
「ああ。ブラックの対応からしてあれで終わりとは思えんかったし。襲撃のタイミングだって場所が知れている以上、店を監視しとけば掴めるだろうからな」
『なるほどな。ところで、淫魔の王の居場所が分かってるってマジか?』
少々ヤバい話題なので、口寄せでこちらに問うてくる骸佐。
『本当だよ。鷲津グループが経営している聖修学園3年男子「黒井竜司』。それが奴の隠れ蓑だ』
『よくそんな情報が手に入ったよな』
『これに関してはリーアルを褒めるべきだ。取り入った相手の弱みを掴むのがあの手の小悪党の18番とはいえ、ここまでの情報を懐に入れているとは思わなかった。こっちの予想だとパトロンか拠点の場所が精々だったんだがな』
『けどよ、そいつをブラックに教えてよかったのか』
『いいんだよ。淫魔族にはブラックの目を引き付ける為の囮になってもらうつもりだからな』
『囮?』
『今回の一件で俺があの大将に目を付けられちまったからな。現状で手が余る以上は、奴さんの目を他に向けるしかない』
『それで淫魔族って訳か』
『ああ。奴等の拠点程度ならブラックが動かない可能性は高いが、むこうに王がいるとなればそうは行くまい。その間に俺達は対ブラックの準備を進めるってワケだ』
少なくとも、俺の剣の腕を上げん事にはブラックに勝てそうにないからな。
この辺は早急に取り組む必要がある。
「そうだ。鹿之介君、コイツを渡しておくから地上に帰ったら井河殿に必ず渡してくれ」
「えっと、これは?」
「そこの豚、じゃない。矢崎宗一の汚職とスパイ行為の証拠、あとはアンダーエデンに出入りしている政財界の大物のリストだ。表沙汰になれば日本の政治がひっくり返るほどのスキャンダルだからな、忘れないように。あと、矢崎の身柄も渡すから逃げられない様にな」
そう言って矢崎の頭を叩いた後でポケットからUSBメモリーを渡すと、鹿之助君は顔を真っ青にして悲鳴を上げた。
彼は本当に役に立ってくれたからな、これで本懐を遂げてもらいたい。
話を聞いて凜子と達郎が鹿之助君へ集まっているのをしり目に、俺は彼等と少し距離を取った。
「いいんですかい、若。手柄を譲っちまって」
「いいんだよ。矢崎の一件は公安の領分だ、そいつを宮内庁所属の諜報員である俺達がすっぱ抜いちまったら、むこうは面目丸潰れになる。それにな、ここらで主流派にも手柄を上げさせんと、不祥事続きで規模縮小なんて事になったら後々困るのは俺達だ」
「なるほど」
「それにタダで譲ってやるわけじゃない。情報漏洩の件も含めてデカい貸しにさせてもらうさ」
そう権左兄ィに言葉を返した俺の眼には、小綺麗に装飾されたVIP用エレベーターが映っていた。
さて、これにて任務完了だ。
◇
〇月▽△日(岩天井からの快晴)
ようやく水城親子救出任務が終わった。
地上に戻った後、エレベーター昇降口の前に待たせていたふうまの迎えと合流した俺達は、上原の息がかかった病院で検査を受ける事に。
名目上はヨミハラでの長期滞在におけるメディカルチェックとなっていたが、本当の目的はゆきかぜに植え付けられたナノマシンとマイクロチップ『イブ』のサンプル回収。
あとは不知火の肉体の確認だ。
リーアルの機密データから書面上の情報は手に入れたものの、現在の俺達には現物がない。
これらの技術が今後の闇社会に広がる可能性を考慮すれば、サンプルは是非とも手に入れておきたかったのだ。
不知火に関しては、数年もの期間淫魔族の下にいた事による肉体的変化について確認したかった。
淫魔族の肉体改造の方法や効果のデータも欲しかったしな。
研究班の言い分では3日程度は時間が欲しかったそうだが、さすがにそこまで拘束するわけにはいかない。
本人たちの希望もあったので、明日の朝には五車の里に帰ることとなるだろう。
一足先に病院をお
家に入ると情報整理に忙しい時子姉に代わって、災禍姉さんが飯を作ってくれていた。
あと、銀零は家の庭にある砂場で『しんきしゅーれん……しんきしゅーれん』と言いながら何やら練習をしていた。
砂がひとりでに宙を舞っていたところを見ると、忍術の練習かもしれない。
とりあえず、飯が出来たので家の中に入れておいた。
そういえば銀零の後ろを見慣れないドローンが付いて行ってたのだが、あれは時子姉が用意したものなのだろうか?
本人に聞いても『おねえちゃんからもらった』と言っていたし……。
害はなさそうなので、時子姉の作業が一段落したら確認してみよう。
しかし銀のアリ型とは、随分と変ったデザインである。
もしかしてカスタム機なのだろうか?