剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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お待たせしました、18話目です。

 今回は苦戦しました。

 マインスイーパーがここまで難しいとは……。

 全力を尽くしたものの、皆様のご期待に添える物ができたかどうか。

 寛大な心で見ていただければ幸いです。


日記18冊目

 濤羅(タオロー)兄達の夢から一日。

 

 俺は自宅の書斎に胡坐(あぐら)をかいて瞑想を行っていた。

 

 時計の短針は、間もなく本日二度目の3の文字を指し示す。

 

 銀零の通う初等部も授業が終わったころだろう。

 

 出かけに話があるので真っ直ぐ帰ってくるように伝えているので、寄り道する事は無いと思う。

 

 とはいえ、相手は遊びたい盛りの小学生。

 

 多少、時間が遅れても目くじらを立てるつもりは無い。

 

 さて、今日銀零と話そうと思ったのは過日の夢のお告げが発端だ。

 

 眉唾物だと笑い飛ばしたいところだが、裏を取ってみると色々とキナ臭い事が多すぎる。

 

 災禍姉さんに確認を取ったところ、銀零の邪眼は『冷眼(れいがん)』といって視線で射抜いた相手を任意で氷漬けにする効果を持つという。

 

 そして時子姉を始めとしたふうま宗家の人間は、銀零にドローンなど贈っていないらしい。

 

 つまりはあの銀のドローンは出所も正体も不明の産物であり、ヨミハラから帰った夜に銀零が行っていた砂場の砂を吸い上げる修練もアレが関係している可能性があるという事だ。

 

 そこに来て銀零が捕らえられていた米連研究施設の消失である。

 

 地表ごとものすごい力で(えぐ)り取られたという被害状況、例の砂場での修練と関連性があると考えるのは暴論だろうか?

 

 証拠も何もない妄想じみた考えだが、例の夢と合わせても無視できるものではない。

 

 万が一にも銀零がそれだけの力を持っているのなら、研究所を襲った理由を問いただした上で力の使い方やそれを持つ者の義務を教育する必要がある。

 

 今まで仕事にかまけてコミュニケーションを(おろそ)かにしていた分も含めて、今日は腹を割って話そうと思う。

 

 身内、しかも幼い妹へ詰問まがいな事を行わねばならない現実に、鉛を飲み込んだようにズシリと重い胃の腑を押さえていると玄関の扉が開く音がした。

 

 気配からして帰ってきたのは銀零で間違いない。

 

「兄さま、ただいま」

 

 玄関まで足を運ぶと、靴を脱ぎかけていた銀零がにこりと笑みを浮かべる。

 

 その無邪気な笑顔に疑念は気のせいだという思いが強くなるが、そのまま流されるわけにはいかない。

 

「おかえり銀零。朝も言ったけど、あんちゃんは銀零と話があるんだ。付き合ってもらえるか?」

 

「ん。兄さまといっしょにいられるのは、ぎんれいもうれしい」

 

 上機嫌な銀零を連れて書斎に戻った俺は、先ほどと同じように机の前に置かれた座椅子で胡坐をかく。

 

「銀零、おいで」

 

「ん!」

 

 手招きと共に声をかけると、俺の膝の上に座る銀零。

 

 猫の子のように目を細めて胸に頭を擦り付けてくる姿は本当に愛らしい。

 

 こうやって構ってあげるのも久しぶりだ。

 

 何やら『その体勢は危険だ! よせ!!』と濤羅兄の切羽詰まった声が聞こえたような気がするが、きっと幻聴だろう。

 

 さて、ここからが本題である。

 

 兄としてふうまの家長として、しっかりと妹と向き合わねば。(SAN■■■■■■■■■■■■)

 

「なあ、銀零」

 

「なぁに?」

 

「銀零はあんちゃんの事、どう思ってるんだ?」

 

「すき」

 

 間を置かずに返ってきた答えに思わず浮かんだ笑み、しかしそれは次の瞬間には凍り付くこととなる。

 

「ぎんれいは兄さまがすき。兄さまはぎんれいのもの、ぎんれいは兄さまのもの。だから、兄さまのおよめさんになりたい。兄さまの子どもをうみたい」

 

 ハイライトが消えた目でこちらを見上げる銀零に、俺は言葉が出なかった。

 

 なんてこった。

 

 よもや濤羅兄達の忠告が真実になろうとは……。

 

 ジャブで様子を見るはずが、カウンターでマットに沈められた気分だ。(SAN□□□■■■■■■■■■)

 

 グラリと傾きそうになる身体を必死に支えて、俺は深く調息する。

 

 落ち着け、小太郎。

 

 話し合いはまだ始まったばかりだ、絶望するには早すぎる。

 

 この九年間の修羅場経験で培ったトークをフルに使って、銀零をまっとうな道へ戻さねば。

 

「……あ、ありがとうな。けど、あんちゃん以外で好きな人はいないのか? ほら、クラスの中でカッコいいと思う男子とか、担任や体育の先生とかさ」

 

「きょうみない。ぎんれいは兄さまだけいればいい。兄さまいがい、なにもいらない」

 

「………………」 (SAN□□□□□□■■■■■■)

 

 右の瞼の奥から現れた深淵を思わせる蒼い眼光を向けながら、キッパリと断言する我が妹。

 

 銀零が邪眼を使ってもいないのに、俺の舌の根は凍り付いて動きません。

 

 畜生ッ!?

 

 どうして、こんなになるまで放っておいたんだ、俺!!

 

 というか、なんでこうなった!?

 

 俺は兄として普通に接してきただけで、変な事は一切やってないばってん!!

 

 どこだ!?

 

 どこで好かれた!?

 

 なにが悪かったんだ、GODよッ!?

 

「兄さま、ぎんれいのこと、すき?」

 

「あ……ああ、好きだよ」

 

 脳内が混乱している隙に掛けられた問いかけ、それに俺は反射的に答えてしまう。

 

 だが、それはこの上ない悪手だった。

 

「じゃあ、ひとつになろう?」

 

「ダニィ!?」 (SAN□□□□□□□□□■■■)

 

「ぎんれい、いっぱいべんきょうした。男のひとがどうしたらよろこぶか、子どもはどうやって作るか」

 

 俺に背中を預けるように座っていた銀零は向かい合わせとなるように体勢を変えると、ゆっくりと着ている服のボタンを外し始めた。

 

 すげーな。

 

 俺、八歳の妹に迫られてるぞ?

 

 鹿之助君や達郎なんてメじゃねーや。

 

 ははっ……嗤えよ、ベジータ。(SAN□□□□□□□□□□□■)

 

「あにさま……」

 

 子供の物とは到底思えないような艶のある声と共に上の服を脱ぎ去った銀零が圧し掛かってくるのを、俺は他人事のように感じていた。

 

 思考の空白、心の隙。

 

 そういった物を突かれた事で、意識は危機感すら働かなくなっていたのだろう。

 

 だが、肉体は別だった。

 

 呆けて完全に使い物にならなくなった意識など置き去りにして、身体は叩き込んだ技を以て迫りくる危難を迎え撃ったのだ

 

 左手で顎を持ち上げる事で相手の身体を引き離し、同時に右の手刀を叩き込む。

 

 それはまさしく、濤羅兄と夢の中で研鑽した貞操守護の型であった。

 

 まあ、意識を奪っては話が出来なくなるので、当たる寸前に手刀の狙いを首筋から頭に切り替えたが。

 

「きゃうっ!?」

 

 伝わるけっこう重い手応えに、ボケていた意識が本格的に再起動する。

 

 深く調息して乱れに乱れた心を整えようと努力していると、頭を押さえた銀零が涙目でこちらを見上げているのが見えた。

 

「兄さま、どうして?」 

 

 問いかけと共に再びハイライトが消えていく妹の瞳。

 

 その背後には例の銀のドローンが陣取り、こちらを見ながらキチキチと甲高い金属音を上げている。

 

 どうやら、銀零の奴は実力行使に出るつもりらしい。

 

 濤羅兄が忠告する程の敵という事で闘争心が沸き立ってくるが、あのドローンから感じる気配はどこか虚ろだ。

 

 画竜点睛を欠くというか、肝心要のナニカが入っていないように思えるのだ。

 

 銀蟻と銀零から何かドロドロとした意を感じた事で反射的に傍らに置いてある刀に手が伸びるが、俺は鯉口を切ることなく再びそれを床に置いた。

 

 個人的にはこのままブッ飛ばしてもいいとは思う。

 

 ぶっちゃけ、さっきは『もういいじゃないか、こいつを殺そう』ってなりかけたし。

 

 けどさ、それは家長として、なにより兄貴としてはダメすぎるワケよ。

 

 妹が間違ったのなら正しい方向に行くように諭すのが俺の務めだ。

 

 一応は血の繋がった兄妹なんだ、簡単に切り捨てたら悲しいじゃないか。

 

 今の一発でイニシアティブはこっちに回ってきてる感じもするし、丸め込むには絶好のチャンスだしな!(SAN□□□□□□□□□■■■)

 

「銀零、お前はまだ八歳だ。そういう事をするにはまだまだ幼過ぎる」

 

「おさなすぎる?」

 

 少しは理性を取り戻したのか、光が戻った眼を(しばたた)かせて首を(かし)げる銀零。

 

 よしよし、畳みかけるなら今だ。

 

「お前が何を調べたのかは、あんちゃんには分からない。けど、そういった事をしてたのは大人の女の人だっただろ?」

 

「……うん」

 

「あれはな、そういった行為をするのに大人にならないと身体が耐えられないからなんだ。銀零はああいう事した後、身体を壊したり死んだりしてもいいのか?」

 

「いや」

 

 俺の問いにブンブンと首を横に振る銀零。

 

 さっきまでは年相応の可愛い仕草だと思えたのに、今では全くそんな気がおきん。

 

 性的に迫って来られると警戒心が先立つのって、相手の歳は関係ないもんなんだなぁ。

 

「それに、銀零はあんちゃんの子供を産みたいって言ったけど、今のお前じゃ無理だ」

 

「どうして?」 

 

「それもさっきと理由は同じ。銀零はまだ子供だから、身体が赤ちゃんを作れるようになっていないんだ。それに大人にならないと子供は育てられない。子供が出来たら一日の殆どの事はそっちが優先になるからな。銀零だって、災禍姉さんに色々してもらっただろ?」

 

 そう言うと、しばし思考を巡らせた後に銀零は小さく頷いた。

 

「あれは姉さんが大人だったから出来た事なんだ。銀零がこっちに来てからしばらくは災禍姉さんは仕事を休んで、その代わりを時子姉と俺がしてたんだぞ。もし今の銀零に子供が出来たとして同じことができるか? きっと途中で嫌になって投げ出すと思うぞ。クソ親父がお前にしたように」

 

「それはいやっ!!」

 

 俺の言葉を受けて、半ば叫ぶように否定の言葉を上げる銀零。

 

 やはりというか、自分を米連に売ったクソ親父の事は嫌悪の対象になっているようだ。

 

 まあ、奴をダシにするというのは我ながら少々意地悪な言い方だと思うが、今の銀零に言って聞かせるにはこの位の刺激は必要だろう。

 

「だったら、大人になるまではあんな事はしちゃいけない」

 

「……ぎんれいがいくつになったら大人なの?」

 

「それは難しい質問だな。体が大きくなっても精神的に成長してない人もいれば、あんちゃん達みたいに子供でも大人みたいに働いてる奴もいるから一概に言えないんだが……。この国だと20歳になったら成人、大人って社会的に認められているよ」 

 

「ぎんれいが20さいになったら、兄さまとけっこんしていいの?」

 

 おや?

 

「う……うん?」

 

「ぎんれいは兄さまのおよめさんになりたい。兄さまの子どもがほしい。でも、子どもだからダメなんでしょ? だったら、おとなになったらけっこんしてもいいよね?」

 

 おかしいな。

 

 こうならないように説得していたはずなのに、何故話が元に戻っているのかな? (SAN□□□□□□□□□□■■)

 

 銀零の目もまたヤバくなってるし、ここでNoって言ったら間違いなく後ろのドローンと殺し合いになるよね。

 

「銀零。あのな、兄妹だと結婚できないんだぞ」

 

「……さいかはだいじょうぶだっていってたよ。そーけの人をふやすために、ぎんれいは兄さまのこどもをうまないといけないって」 

 

 災禍姉さんッ! アンタって人はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?

 

 ……しまった、それがあった。

 

 あの時は微笑ましいと間抜け面をカマしていたが、まさかここに来てこっちの最終手段を封じに来るとは───ッッ!? (SAN□□□□□□□□□□□■)

 

 クソがッ!

 

 どうする? あのドローンも含めてやっぱ殺すか、二匹ッ!?

 

 …………いやいや、落ち着け。

 

 テンパると刃傷沙汰に走るのは俺の悪い癖だ。

 

 ここは逆に考えるべきだろう、12年の猶予が出来たと。

 

「銀零、本当にあんちゃんでいいのか?」

 

「ん。兄さまがいい」

 

「そっか。じゃあ、銀零が二十歳になって、その時でもあんちゃんが好きだったら結婚するか」

 

「ん。……これって、こんやく?」

 

 小癪な。

 

 こ奴、いつの間にそんな言葉を憶えてきおった。

 

「婚約じゃない。正式に約束にしたら、銀零が他の人を好きになった時に困るだろ」

 

「……ほかの人なんてすきにならない」

 

「将来の事なんて誰にも分からんさ。いま銀零が見てる世界はな、とても狭いんだ。これから大きくなって中学や高校に行くようになったら、お前が出来る事や行ける場所はどんどん広くなる。そうなったら、あんちゃんよりカッコいい男なんていっぱいいるよ。あんちゃんだって12年経ったら、デブのおっさんになってるかもしれないし」

 

 不満を表すようにぷうっと膨らんだ頬をつついて空気を抜いてやれば、今度は唇をとがらせる銀零。

 

 まあ、剣術やってる限りは太るなんて事はありえないんだけどな。 

 

「むぅ……」

 

「そういう訳だから銀零が大人になるまで、あんちゃんにエッチな事を迫るのは禁止。その代わり、甘えるのはOKにしてやるからさ」

 

「わかった」

 

「じゃあ、話はここまでだ。あんちゃんと結婚したいなら、こっちから『結婚してください』って言わせるようないい女になってみな」

 

「ん」

 

 ぎゅっと抱き着いてくる銀零を優しく離すと、銀零はトテトテと書斎から出て行った。

 

 一人になった書斎で俺は深々とため息を付くと、座椅子に背中を預けて天井を仰ぎ見る。

 

 まさか、俺の事をあんな対象として見ていたとは……

 

 全く予想していなかったとは言わないが、やはり現実になると精神的にキツすぎる。

 

 はっきり言って秋山凜子や上原燐の事案と比べても桁違いにヤバいぞ、コレ。

 

 つーか、俺の銀零への接し方って間違ってたのかなぁ。

 

 前世も含めて初めての妹だったしさ、忙しい合間にも可愛がってたつもりだったんだよ。

 

 何が悪かったんだ、マジで……。

 

 熱くなった目頭を片手で覆って、洩れそうになる嗚咽を噛み潰す。

 

 こっちも大概外道の人でなしだけど、妹に欲情するほど堕ちてない。

 

 そんな異常性癖、持ち合わせてないっつーの。

 

 12年あれば心変わりもしてくれると思いたいところなんだが、8歳で肉体関係を迫ってくる事を鑑みれば正直心許ない。

 

 本当に、何もかも放り出して逃げられたら楽なんだが……。

 

 ────あ。

 

 ふと、頭をよぎった案に俺は思わず体を起こした。

 

 そうだよ。

 

 逃げればいいんだ、銀零が20歳になる前に。  

 

 人間界だと捕捉される可能性があるから、逃亡先は魔界がいい。

 

 ヨミハラ辺りの門を通れば行けるだろうし、風の噂では魔界に下った忍者の末裔なんてのもいるそうだから、全く生きていけないような環境でもないはずだ。

 

 向こうには人間界に渡って来ないレベルの化け物とか達人なんかがウヨウヨしてるだろうから、腕試しにはもってこいだしな。

 

 となると、ガイドが欲しいところではある。

 

 一人で行くのも悪くないが、事前知識があった方が不慮の事故で野垂れ死ぬ可能性が下がるし。

 

 ウチの知り合いでこの企みに加担してくれる奴なんて…………いたわ。

 

 エドウィン・ブラックなら、なんか乗ってくれそうな気がする。

 

 あのおっさん、不死の所為で基本的に暇してるらしいし、魔界を冒険するって言ったら協力してくれる可能性は高い。

 

 負け越している事については思うところが無いワケではないが、この件から逃げる為なら目を瞑ってもいい。

 

 あと、どうせ逃げるんなら死んだことにした方が後腐れないだろう。

 

 ザクっとした絵図的には、今から10年以内にヴラド国でふうまの地位を確立させて、東京キングダムを舞台としたノマドとの最終決戦でおっさんと相討ちになったように見せかける。

 

 で、ふうま小太郎とエドウィン・ブラックはそこで死んだ事にして、俺達は別人として魔界への冒険にレッツゴーってトコか。

 

 整形やら何やらで姿形を変えにゃあならんが、その辺りの技術は魔界にはありふれてるから問題ない。

 

 本気でやるか否かは保留だが、とりあえずはこの草案は頭の片隅に残しておいて損はあるまい。

 

 ブラックに関しては飯を食う機会があったら、ネタとして話して手応えを確かめればいいし。

 

 皆まで言うな、無責任云々については百も承知だ。

 

 だが文句を言うのは8歳の妹に性的に迫られた上に、殺すか愛するかなんて女聖闘士の顔を見た時バリの選択を迫られてからにしてもらいたい。

 

 はっきり言って、あの時銀零を手に掛けなかっただけでも俺的には表彰物なんだぞ。

 

 これが時子姉とかなら妥協しようと努力するけど、さすがに妹は無理だ。

 

 アイツの態度によるショックが大きすぎて、肝心であるドローンについても聞きそびれたしさ。

 

 ……もういいや。

 

 あのアリンコについては、邪魔だったり目障りだったらぶった切ればいい。

 

 それで銀零が文句言ってきても『管理が悪いからそうなった』で押し通してやる。

 

 

◇月□☆日(くもり)

 

 

 今日、学校でモーラ先生たちに絡まれた。

 

 どうも向こうはブラックと戦闘したことを知っているらしく、奴の能力について語れと言ってきたのだ。

 

 当然ながらこっちの答えはNO。

 

 ブラックとの戦闘記録は現状では上原との間で最高機密扱いとなっている。

 

 安易に漏らせば俺はもちろんのこと、ふうま全体の責任問題にも発展しかねない。

 

 というか、隼人学園の講師ならその辺の機微は容易に察する事ができるだろうに。

 

 そういう事情を盾に断ったのだが、ガキ扱いしたうえに脅せば吐くと思っていた用務員のおっさんには、さすがにムカッと来た。

 

 昨日の件でイライラしていた事もあって、モーラ先生がおっさんを窘めてなかったら殺していたかもしれない。

 

 社会不適合者の荒くれ者なんてあんなモンだし、先生に頭を下げられたのでこちらも暴力沙汰にはしなかった。

 

 お詫びとして向こうのプライバシーに関わる事も話してくれたので、これに関しては水に流すことにした。

 

 まずは用務員のおっさんだが、奴の名はフリッツ・ハールマン。

 

 苗字でわかるだろうが、モーラ先生の兄貴だそうな。

 

 モーラ先生の容姿が中学一年レベルなので、親子と言われても違和感がない。

 

 聞いた話によると先生達は元はフリーの吸血鬼ハンターで、例の吸血殲鬼の事件にも関わっていたらしい。

 

 おっさんの態度がチンピラ染みているのは、長年吸血鬼ハンターなんてヤクザな商売を続けてきたからだろう。

 

 さて、彼女達がブラックの情報を求めたのは本業として奴の首を狙っているからだそうな。

 

 上原一門の禄を食んでいるのだから独断専行などする必要がないと思うかもしれないが、その考えは甘い。

 

 上原学長が本気でブラックと事を構えるとなれば、その主軸となるのは一門の退魔師と世界最強の吸血鬼ハンターと名高い神村教諭なのは目に見えている。

 

 モーラ先生達のような外様の人間は学長達がブラックの元に行くまでの露払いに配置されるのがオチだ。

 

 それは吸血鬼殲滅に並々ならぬ情熱を燃やしているモーラ先生にしてみれば堪ったモノではないのだろう。

 

 向こうの事情は分かったが、諜報で飯を食ってる人間としてやっぱり機密を漏らす事は出来ない。

 

 というか、二人だとブラックに返り討ちにされるだろうし。

 

 ヴァンピール特有の膂力と耐久性があるとはいえ、杭付きのスレッジハンマーで心臓狙いというモーラ先生のスタイルは重力使いのブラック相手では分が悪すぎる。

 

 兄貴の方は銃火器を使った支援メインだと聞くし、正直言ってイングリッド辺りでもダメなんじゃなかろうか。

 

 例の計画を思えば、個人的にブラックに死なれるのは困るし。

 

 どうしても知りたいのなら神村教諭を当たってみるように伝えて、俺はその場を後にした。

 

 あの先生はお人好しだから、運が良ければ少しは教えてくれるだろう。

 

 

◇月□●日(晴れ)

 

 

 今日は主流派と約束していた上原従姉弟のスカウトの日だった。

 

 俺自身の意思がブレそうになっているのに、他人を誘うのは失礼極まりないとは思う。

 

 だが、今後のふうまの活動を思えば二人は是非とも手に入れたい人材だったのだ。

 

 さて、本題の交渉について話そう。

 

 俺としては一対一で面談を行いたかったのだが、これには燐から物言いがついた。

 

 『経験が少なく引っ込み思案な鹿之助では、俺達に(そその)かされる可能性がある』という意見から、交渉は鹿之助君と燐の二名同時に行う事に。

 

 これだと保護者を自称する燐が前に出て鹿之助君の意見が潰されてしまうのではないか、と危惧していたのだが蓋を開けてみれば案の定だった。

 

 こちらが色々とプレゼンを行うのだが、鹿之助君が声を出すより先に燐が意見を口にする場面が多発。

 

 開始から10分ほどが経つと、鹿之助君は口を開こうとする事も止めてしまった。

 

 燐は五車学園で臨時講師をしていた割にこちらへの嫌悪感を持っていないのはいいのだが、肝心の鹿之助君の意見が拾えない事には本当に参った。

 

 そんな感じで始まったスカウトは、やはり難航する事となってしまった。

 

 というのも、燐は主流派とふうまを天秤に掛けてどちらに利があるかを厳しい目で測っていたからだ。

 

 メディアの憶えも良く近頃活躍しているとはいえ、移籍間もないふうまはまだまだ足場固めの時期である。

 

 政府機関として十年以上も活動を続けてきた主流派と比べられると、やはり不安定と断じられても仕方がないのだ。

 

 さらにはヴラド国への移籍の件もある。

 

 この話はふうまの重要機密だが、今回に限り二人に開示する事にした。

 

 情報漏洩を防ぐ面でも正式にふうまへ加入した後に伝えるのが筋なのだが、それでは騙し討ちと変わらない。

 

 ヴラド国からふうまに求められている役割は諜報がメインだ。

 

 ならば、鹿之助君の能力は不可欠なものとなっていくだろう。

 

 だからこそ、彼がこちらを選んでくれるように誠意を見せようと思ったのだ。

 

 こちらが明かした情報の重要性に燐も思わず閉口する中、鹿之助君は静かにこちらに問いかけてきた。

 

 『小太郎さんが、ふうまが目指す先はどこなのか?』と。

 

 これに俺が返した答えは『ヴラド国を人魔が共存できる国の先駆けにしたい』というものだった。

 

 米連や対魔忍といった一線で戦っている組織は、内部派閥で意見の相違はあれど人界を護る為に、魔界の門からこちらに入ってくる者達を根絶やしにしようとしている。

 

 しかし、俺の意見は違う。

 

 何故なら、彼らの来訪は移民のような物だと捉えているからだ。

 

 現在のところ魔界の門は日本に三か所、東京キングダムとヨミハラ、そしてアミダハラの地下にしか存在していない。

 

 だが最初の門が開いてから現在まで、日本はもちろん米連の力を以てしても塞ぐ事の出来た門は一つも無いのだ。

 

 あくまでこれは今現在の話で、将来的には人間の技術で魔界の門を閉じる事が出来る可能性は無いワケではないだろう。

 

 だが、それは何時の話になるのか。

 

 一年後か、十年後か、それとも一世紀後だろうか。

 

 その技術が確立されるまでに、どれほどの魔界の住人が流れ込んでくるのか。

 

 さらに言えば、その間に新たな魔界の門が開かない保証もないのだ。

 

 この事を踏まえれば、彼らが掲げている人界の魔族の根絶が如何に絵空事か分かるだろう。

 

 とはいえ、魔界の住人の流入が治安の悪化に直結する事は否定できない。

 

 彼らは人間よりもはるかに強靭であり欲望に忠実だ。

 

 魔界の住人と人間の比率が拮抗、または逆転しているヨミハラや東京キングダムの様子を見れば、彼らの齎す影響の大きさは良くわかる。

 

 だからこそ、ヴラド国が必要となるのだ。

 

 少し前にカーラ女王が俺に説いた人魔共存の理想。

 

 これは魔界の住人による人界への影響が強まっていく中で、発生するであろう行き場を無くした人間の寄る辺の一つとなるはずだ。

 

 魔族の支配を受けてしまった都市では、普通の人間が生きていくのは難しい。

 

 エドウィン・ブラックのような比較的理知的な支配者ならまだしも、鬼族や死霊がトップに立てば一般人など容易く家畜以下に落ちてしまう。

 

 そんな中で国主が人間の権利を保障している魔族の国がどれほど貴重かは言うまでもないだろう。

 

 今思えば、女王が俺への勲章授与を半ば強制したのはこの政策の布石なのだろう。

 

 例の寄生虫事件の勲功を元に俺を騎士に取り立て、爵位と領地を授与する。

 

 何処の馬の骨とも知れない人間ならば国内からの反発は必至だろうが、魔界でも屈指の魔術師であるノイ婆ちゃんが魔剣士の後継と認め、魔界の武人の中でも名前を売っている俺ならば反発もある程度は抑えられる。

 

 そして俺が治める領地を人間の移民者受け入れのモデルケースにし、上手く稼働するようなら特区へと昇格。

 

 それに伴って、ふうまの任務も諜報だけでなく領内の人間種と魔界の住人との問題を取り扱う警官の役目も担うようになる。

 

 この政策が上手く回れば領内で人魔の混血も誕生するだろうし、彼らがふうまに参入してくれればこちらの陣容も厚くなる。

 

 こんな絵図があったからこそ、あの時女王は『ふうまとの契約は俺ありき』と言ったのだろう。

 

 この説明を聞いた鹿之助君は、ほんの少しだけ考える素振りを見せた後でふうまへの移籍を願い出てくれた。

 

 彼曰く『自分の能力は主流派よりもこちらの方が活かせると思う』だそうな。

 

 実際、ふうまは女王直轄の諜報組織になるので、公安の下部組織である主流派よりも彼の能力が光る場面は多いだろう。

 

 どうも以前会った時より安定性に欠けるように見えるが、せっかくの申し出を断る理由はない。

 

 何か問題を抱えているようなら、こちらに移ってから対処したいと思う。

 

 鹿之助君が移籍を決めた事で、燐もまた渋い表情を浮かべながらも移籍を承諾してくれた。

 

 彼女自身は移籍に乗り気ではないようだが、その辺は仕方がない。

 

 ふうまは主流派に比べると、将来に関して不透明と言わざるを得ないからだ。

 

 社会人である彼女にしてみれば、安全性が高い船から沈む可能性のある方へと移るのはナンセンスに見えるのだろう。

 

 ともあれ、移籍に関しては二人の言質を取ることが出来た。

 

 あとは向こうの気が変わらない内に手続きを済ませるだけだ。

 

 というか、ヴラド国の事を考えると余計に逃げられないような気がしてきたんだが……。

 

 笑ったり頭を撫でたりしただけで、女性を惚れさせるようなイケメンがどこかに落ちてないものだろうか。

 

 

 

 

 ぎんれいにっき

 

 きょう、兄さまとこんやくした。

 

 兄さまはこんやくじゃないって言ってたけど、ぎんれいは兄さまいがいの人をすきになるワケがない。

 

 だから、こんやくであってる。

 

 ルイリがいってた『きせいじじつ』をつくるのにはしっぱいした。

 

 あぶないことだっておしえてくれなかった、ルイリはひどいと思う。

 

 でも、けっこんも子どもをつくるのも、おっきくならないとできないのはふべん。

 

 11年もまつのは長いから、ひかるに『しろがね』のしのぎでおおきくなれないか聞いた。

 

 ひかるは『ほんもののぎんせいごーならできるかもしれないけど、クローンのしろがねだと出力がたりない』って言ってた。

 

 ……よくわからない。

 

 しろがねはぎんせいごーの子どもで、ぎんせいごーより弱いんだって。

 

 しゅつ…りょく? が三分の一しかないとか、きんちょうじょうで聞いた人をおかしくするにはしんきがひつようだとか。

 

 そのかわり、ぜんあくそーさつののろいがないから、敵をたおしても味方をたおさなくていいらしい。

 

 それを考えたら、ぎんれいはしろがねでいいと思う。

 

 兄さまとたたかうのはいやだもん。

 

 なんとかして、早くおとなになりたい。

 

 こんど、よねだのおじいちゃんにきいてみよう。

 

 

≪Information≫

 

 

 条件クリアにより、『おっさんと行くぶらり魔界行』ルートが解放されました。

 




『おっさんと行くぶらり魔界行』紹介


 赤く色ずく魔界の空の下、二人の男が今日も行く。

 行く当てなんて特になし、風の向くまま気の向くまま。

 東に行っては特産品に舌鼓、西に行っては絶景に目を光らせる。

 北に行っては厄介事を解決し、南の鉄火場では赤い華が乱れ咲く。

 情に流される時もあれば、非情を示す事もある。

 人界に名を轟かせたエドウィン・ブラックとふうま小太郎。

 そんな輩はあの日あの場所で討ち果てた。

 今のオイラはビクトリームに雪車町一蔵。

 吹けば飛ぶような根無し草。

 色恋しがらみ全てを捨てて、野郎二人の旅ガラス。

 今日はどこへと参ろうか。

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