剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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 皆様、大変長らくお待たせしました!

 書けぬ書けぬと七転八倒した結果、何とか話を紡ぐことが出来ました。

 この話の流れを茶番と捉える方もいらっしゃると思いますが、これが暗い話は書けない作者の限界にございます。

 できる事でしたら、海よりも深い心で受け止めていただければ幸いと存じます。



日記22冊目

 甲高い刃音と共に兄が剣を抜いた瞬間、銀零は数度周囲の温度が下がったと錯覚した。

 

 二世村正の複製体である白金を纏っている以上、周囲の温度変化を数値で知る事はあっても肌で感じる事などあり得ない。

 

 それでも背筋を走った悪寒は、小太郎を頭上より強襲せんとしていた銀の羽を留める事となった。

 

『どうしたの、銀零?』

 

 劔冑(つるぎ)の戦闘補助を行うため、いつもより大人びて聞こえる瑞麗(ルイリー)の声に銀零は眉根を寄せる。

 

「わからないけど、いやな感じがした……」

 

 漠然とした感覚を上手く言葉に出来ない銀零。

 

 幼い身ながらも鋭敏に己に降りかかるであろう危難を察知する才覚は、彼女の中にふうま宗家の血が息づいている事の証明だ。

 

 しかし、それを明確に言葉にするには普段からの口数の少なさも相まって、銀零の持つ語彙力では圧倒的に足りなかった。

 

 結果、要領を得ない答えを返された瑞麗もまた眉を顰める事となる。

 

 こういう時に実戦経験者である光がいればアドバイスの一つも出るだろうが、生憎と彼女は数日前に瑞麗達と袂を分かっている。

 

『瑞麗、そして銀零。光はお前たちと初めて出会った時、こう問うたな。お前達は与えられるべき正当な愛情を得られないのか、と』

 

「……うん」

 

『ええ、与えられていないわ』

 

『光はそうは思わん。この世界を訪れてからお前と兄を見てきたが、あの男はお前に父として、兄として、そして家族として十分な愛情を注いできたと思う。銀零、お前はそれでも足りないというのか?』

 

 離別の夜、そう問いを投げかけた光の声音には普段の尊大さは無く、代わりに切なる思いが込められていた。

 

 彼女の出生は特殊な物であった。

 

 それ故に元凶たる母を疎み、家族である湊斗景明から向けられた間違った愛情を(いな)とした。

 

 彼女が起こした多くの事件は全て、常識に縛られて正しい形で自分を見る事のない景明から、本当の愛情を得る事を目的としていたのだ。

 

 だからこそ、波長が合うとはいえ銀零や瑞麗の行いを良しとできなかった。

 

 自分が欲して止まなかったモノを得てもなお足りないと吐き捨てた狂女が、彼女の影響を受けて親愛と恋愛の境目も分からぬままに進む幼き娘が。

 

 何より小太郎の愛情を否定する事は、今際の際に自身へ示した景明の愛をも貶されると感じたからだ。

 

 しかし、光の思いは二人には届かなかった。

 

 そんな光の言葉を瑞麗は嘲笑う。

 

 常識に縛られた想い人に、女とすら見られない事の苦しみを眼前の小娘は知らないだろう。

 

 どれだけの思慕を募らせても、良き兄たらんとする男には届きはしない。

 

 それどころか他の男との婚姻を取り決め、それを笑顔で祝福するのだ。

 

 その時に自身が感じた気が狂わんほどの絶望など、想像すらできないはずだ。

 

 正しい愛情がなんだというのだ。

 

 兄妹愛、家族愛。

 

 そんなもの、腹の足しにもなりはしない。

 

 愛する男の全てを奪い、永遠に己のモノにする。

 

 それこそが究極の愛ではないか。

 

 そう返す瑞麗に、光は侮蔑とも憐れみとも取れる視線を向け、

 

『光はこれ以上、お前たちに付き合う気にはなれん。恵まれている事に気づかずに欲を掻けば、全てを失うことになるぞ』 

 

 と言葉を残してこの世界から消えてしまったのだ。

 

 騎体制御OSを務めていた光が消えた事で、白金の戦闘力は数打劒冑にまで急落する事となった。

 

 瑞麗が代理となることで陰義が使用できるまで性能を復旧できたが、所詮はそれも付け焼刃。

 

 いかにガイノイドへ身を変じた事で高速演算を得たとはいえ、最高峰の武者にしてオリジナルである二世村正の仕手であった光には及ばない。

 

 結果として現在の白金は、他の二世村正クローンの七割程度の性能しか引き出せないでいた。 

 

『攻めましょう、銀零。彼とて兄ですもの、妹に本気で剣を向けるなどするはずがありませんわ』

 

「……ん」

 

 瑞麗の説得によって再度高高度からの加速を開始する白金。

 

 辰気(しんき)制御という重力を操る陰義によって、自由落下の数十倍の速度を出した純白の装甲は文字通り流星と化す。

 

『銀零、まずは対象の無力化を!』

 

「兄さま、右手もらうね」

 

 加速の勢いそのままに鋼に覆われた手を刀に見立てて振り上げる白金。

 

 だが、その一撃は甲高い刃鳴と共に小太郎の刀が描く輝線に絡めとられた。

 

 速度、質量、膂力。

 

 全てに()いて相手に分があるにもかかわらず、地面を噛む小太郎の両足は小揺るぎもしない。

 

 これこそが内家剣法の妙

 

 『軽きを以て重きを凌ぎ、遅きを以て速きを制す』という真髄の発露であった。

 

 濤羅と一つになった事から得た知識によって、瑞麗は今の一手が戴天流の技である事を理解する。

 

 情報とは即ち力である。

 

 自身の世界でも五人といなかった免許皆伝者である兄。

 

 その知識があれば、少年の武の拠り所たる戴天派の技は封殺できる。

 

 ────そのはずだった。

 

 たしかに瑞麗は自身の一手を凌いだのが戴天流・波濤任櫂である事を見抜いた。

 

 そしてこちらの攻撃が流れた事で返しが来ることも。

 

 しかし、そこまでだった。

 

 少年が打つであろう次の一手、それを予測しようと濤羅の知識を探った彼女は、自身に襲い来るであろう技のパターンの膨大さに舌を巻く事となった。

 

 内家拳の一派を担う戴天流の秘奥は千変万化にして深遠無縫。

 

 本来なら日々の鍛錬で築いた下地に加え、命がけの戦いによる経験の蓄積があってはじめて、刹那に最適な技を選ぶ事が出来るのだ。

 

 如何にデータを得ようとも、兄の庇護の下でぬくぬくと生きてきた瑞麗にそんな真似ができるはずがない。

 

 そして才無く心無く刀剣を弄ぼうとした小娘は、その酬いを受ける事となる。

 

「シッ!」

 

 呼気と共に翻った小太郎の一刀は、甲高い金属音と共に白金の右腕を肘の半ばから斬り飛ばした。

 

「────ヒッ!?」 

 

 細かい破片が舞い散る中、指先を掠めた刃の感触に短い悲鳴を上げる銀零。

 

 大きく乱れた心理グラフを感じ取った瑞麗は、仕手から機体の制御権を奪取して即座に後退する。

 

 辰気の作用によって、まるで撥ね飛ばされるように小太郎と距離を取る白金。

 

 雲霞秒々の構えのまま、倭刀の切っ先を突き付ける小太郎の姿に瑞麗は思わず歯噛みした。

 

 記憶にある兄と同じ構えを取る少年に向ける視線、それに宿る感情は『信じられない』というものだ。

 

 幼くして両親を亡くした(コン)兄妹。

 

 親代わりとして妹を護ってきた濤羅は、瑞麗に手を上げた事が無かった。

 

 聡い娘であった瑞麗が兄を怒らせるような事をしなかったというのもあるが、妹を溺愛していた濤羅が瑞麗を傷つけようと思わなかった事も大きい。

 

 それ故に瑞麗の中では『兄は妹を護り、決して傷つけないモノである』という認識が刷り込まれていたのだ。

 

 もっとも、これが何の縁もゆかりもない兄妹ならば、瑞麗もここまで驚きはしなかっただろう。

 

 彼女とて元は成人女性、世の人は千差万別であることくらい認識している。

 

 問題は眼前に居るのは瑞麗が『見立て』に選ぶほど、自分達と似た境遇の兄妹だという事だ。

 

 異なる時空の上海に於いて彼女の魂が宿っていた少女型のガイノイドは、魂魄転写を用いた孔兄妹二人分の脳内情報移植の影響によってその大半の機能が失われた。

 

 あのまま行けば頭部の有機メモリが朽ちるまでという、薄氷のような永遠を二人で過ごすはずだった瑞麗。

 

 しかし、運命の悪戯によって瑞麗は自分と近しい魂の波長をもつ銀零と意識が繋がってしまう。

 

 ふうまという裏の結社を背負って鉄火場を行く小太郎と、その庇護の下で兄の帰りを待つ銀零。

 

 異界の幼い兄妹に自分たちの関係を投影していた瑞麗は、銀零が周りから兄との婚礼を認められている事を知った時にある事を思いついた。

 

 それは銀零達を現世で結ばせる事で、兄を絶望の深淵に突き落とすしか方法が無かった己の代替行為とするという事だ。

 

 もちろん、それが何の意味も無い自己満足である事を瑞麗は理解している。

 

 しかし、己が想いを遂げる為に兄を含めた周囲全てを破滅させた狂愛の女に、世の理屈など通用しない。

 

 繋がった縁を頼りに魂魄を飛ばし、幼く肉親に対する好意と異性に対するそれの区別がはっきりしなかった銀零を誘導する事で、その思いを狂愛へと傾けたのはそれが理由だ。

 

 だからこそ、彼女は認められない。

 

 小太郎が銀零を斬ろうとした事が。

 

 常識や立場に囚われて、妹を切り捨てようとする兄の姿が。

 

 何故なら、組織の為、義の為と自分を置き去りにしてひたすらに剣の道を行く。

 

 それは瑞麗が最も嫌い、恐れていた濤羅の一面であったからだ。

 

 元の世界ではそうならない為に己の全てを投げ打った。

 

 だというのに、見立てと定めた世界で同じ事が起こっては、何のために小娘に手を貸したというのか?

 

 驚愕が憎悪へと塗り替わっていくのを自覚していたルイリーであったが、次の瞬間にはそんなものは全て吹き飛んでしまう事になる。

 

『兄さまの────バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 人形のように感情を見せなかった銀零が、金打声の金属音を掻き消すほどの泣き声を響かせたからだ。

 

 

 

 

『兄さまが……ッ、銀れいを打ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 今まで…ッ、一度も……ッ、打たれたことなんてない……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!』

 

 火が付いたように上がる妹の泣き声を聞いた俺は、なんというか冷や水をぶっかけられたような気分になった。

 

 驚いたのは確かだが、それ以上にあの子が8歳の子供だという事を今更ながらに再確認したからだ。

 

 銀零は感情を表すのが苦手だから他の子の様にはしゃいだりする事なんて全然ないし、構ってほしい時も小声で呼ぶかこっちの裾を小さく引くくらいだった。

 

 だから、あんな風に感情をむき出しにして泣く姿なんて俺も初めて見た。

 

 だからこそ、ここでようやく俺は自身が思い違いしていた事に気が付いた。

 

 銀零が示す『ずっと俺と一緒にいたい』という願い。

 

 求婚や魂魄転写なんて奇抜な言動が目立っていたが、それは子供として当たり前のものだ。

 

 生い立ちが少々特殊とはいえ、あの子が親代わりとして接してきた俺にそう望むのは何もおかしい事じゃない。

 

 上に挙げたぶっ飛び過ぎた手段だって、孔瑞麗の亡霊が元凶だと判明した。

 

 という事は、だ。

 

 今まで頭を悩ませていた銀零がらみの騒動は、俺のコミュニケーション不足と子供の癇癪が原因という事になる。

 

 改めて考えると、なんとも阿呆らしいものである。

 

 職業上物事を疑う癖が付いているとはいえ、年端のいかない妹の事まで深読みしていたとか。

 

 そのうえ、ガキの言う事を真に受けて『斬るしかない』とか思い詰めるなんて、情けないにも程がある。

 

 まあ、あの子が妙な連中と接触していた事や言葉の意味もよく理解しないままに振舞っていた所為も多分にあるが。

 

 だとしても親代わりを自認するなら、もう少し真っ直ぐにあの子を見てやるべきだった。

 

 そうすれば、白金はもちろん孔瑞麗の存在にも気づく事が出来たろうし、事態もここまで拗れなかったはずだ。

 

 ……ああ、ダメだダメだ。

 

 今は思考をネガティブに持って行ってる場合じゃない。

 

 少々大事にはなってしまったが、あれだけ子供らしい対応を見せてくれるのなら、あの子も手遅れってわけじゃないんだ。

 

 そもそも、やり方が間違ってたんだよ。

 

 二車の小父さんを見習って鷹揚で理解のある大人を演じていたけど、あれって引っ叩いてでも間違ってる事は間違っているって躾けてくれた小母さんあっての物だったんだ。

 

 本当なら小母さん役をウチの姉連中に振ればよかったのだが、俺自身がその辺を思いつかなかった事に加えて時子姉は引き籠りだし天音姉ちゃんは執事厨、最年長の災禍姉さんも超多忙と頼める状況では無かった。

 

 重要なファクターが欠けているにも関わらず、普段は仕事にかまけて偶に帰ってきたら甘やかすとか悪手にもほどがある。

 

 結婚云々とか言いだした時だって、狼狽えてないで『バカ言ってんな』って拳骨の一つでも落とすべきだったんだ。

 

 まあ、あれだな。

 

 たかだか14のガキが、親代わりで育児やろうってのが間違いだったんだ。

 

 そういった事は大人連中に任せて、俺がやる事は兄貴として真正面からあいつにぶつかる事だったんだ、

 

 骸佐と喧嘩したり、バカやってた時みたいにな。

 

 そこまで考えて深呼吸をすると、凝り固まっていた頭が解れる感触と共に視界が開けたような気がした。

 

 さて、答えが出たのならば次にやる事は決まっている。

 

 我知らずに吊り上がっていた口角を引き締めた俺は、呼気と共に軽身功を発動させた。

 

 羽毛の如く重さを消した身体は、地面への一蹴りによって簡単に銀零のいる高度まで飛び上がる。

 

 そして────

 

「びーびーびーびー泣いてんじゃねー!!」

 

 俺は空いた手で思い切りパワードスーツの頬を張り飛ばした。

 

 乾いた音と共に確かな手応えが伝わり、右に大きく跳ね上げられた銀のフルフェイスによって、銀零のパワードスーツは空中で大きく身体を傾けた。

 

 素手とはいえ内功をしっかり込めた一撃、衝撃は中の銀零にまで伝わったはずだ。

 

『いたいっ! またぶったっ!!』

 

「それがどうした。最初に喧嘩を売ってきたのはお前じゃねーか」

 

『……けんか?』

 

「さっき、お前が白金とやらを使って俺を吹き飛ばしただろ。この時点でお前は俺に喧嘩を売ったんだよ」

 

 泣いて精神年齢が相応になってるのか、どんどん舌足らずになっていく言葉に畳みかけてやると、泣き声を引っ込めた銀零はしゃくり上げながらも黙り込む。

 

「くだらねぇ事考えてんじゃねーよ、バーカ!」

 

『ぎんれい、バカじゃないもん!!』

 

「喧嘩の原因なんて小難しい理屈はねーんだ。なんとなくお前が気に入らない、それで手を出したら成立するんだからよ。現にお前は俺が気に入らなかったんだろ?」

 

 コクリと頷く銀零に、俺は敢えて意地の悪い笑みを浮かべてこう返す。

 

「いきなり自分の物を潰そうとされたんだ、そりゃあムカつくだろうさ。けどな、俺だってお前のワケの分からん言動には腹を据えかねてんだ。───だったら、殴り合うしかねえだろ」

 

 そうだ。

 

 最初から難しく考える必要なんてどこにも無かったのだ。

 

 ふうまや魂魄転写、ドローンやら孔瑞麗の事だって関係ない

 

 俺はこっちの苦労も知らずに常識外れなマネをする銀零に内心イラついていた。

 

 あいつだって、自分の思い通りに動かない俺にムカついてるに違いない。

 

 なら、お互いの気持ちをぶつけ合うしかないのだ。

 

 愛読していた『大十字のデキる育児書』にも『兄妹はワリとガチっぽい喧嘩をするもの』って書いてあったからな!

 

「つーわけで初の兄妹喧嘩だ、銀零! お前が腹で据えかねてる事、全部アンちゃんにぶつけて来い!!」

 

『…………うぅ』

 

 と言っても、コミュ力底辺の銀零が『では遠慮なく』と来るはずがない。

 

 ここは兄として見本を見せてやるべきだろう。

 

「銀零、いきなりワケのわからん事言ってんじゃねーぞ! 妹から結婚したいとか言われてもワケわからんわ!!」

 

 再び白金へと飛び掛かった俺は、すれ違いざまに左の羽を斬り飛ばした。

 

 ああ、勘違いすんなよ。

 

 銀零を斬るつもりなんて欠片も無いからな。

 

 考え方を変えたとはいえ、あのパワードスーツが危険な事に変わりはない。

 

 なら、銀零との問題のついでにここで破壊しとく方がいいだろう。

 

 幸い、鎧越しにも銀零の気配は把握できてるからな。

 

 寸詰まりなお子様体型だけあって、空きスペースもたっぷりある。

 

 あの子を傷つけずにバラバラにするのも十分可能ってことだ。

 

『いっしょうけんめい告白したのに……ッ! 兄さまのばか! いつもお仕事ばっかり! たまにはぎんれいにもかまえー!!』

 

 口を開くごとにどんどん地が出てくる銀零だが、その声とは裏腹に白金から放たれたのは剣呑な代物だった。

 

 残された手から射出された半分透けた黒の弾丸。

 

 空を切って迫るそれが放つ気配に俺は覚えがあった。

 

 そう、ヨミハラで矛を交えたエドウィン・ブラック。

 

 奴が自在に操っていた重力。

 

 弾丸が纏う力はそれと同じモノだ。

 

 宙を舞う塵を足場に剣を構えた俺は、存外の幸運に口角を釣り上げる。

 

 まさか、白金に重力操作機能があるとは。

 

 これは対ブラック戦の訓練としてかなり有効だ。

 

 内勁によって刃を概念を断つほどに精錬した俺は、向かってくる4発の重力弾に向けて剣を振るう。

 

 投げつけられた粘土を斬るような重い感触を伴い、振るわれた刃は思惑通りに全ての重力弾を両断した。

 

 あの時とは違い、俺の刃は重力にも届くようになったようだ。

 

 これも不用な邪眼を潰したのと、厄介な悩みが一つ解消されたお陰だろう。

 

『このぉぉぉぉぉぉっ!!』

 

「ちぃっ!?」

 

 重力弾を追う形で間合いを詰めてくる白金、加速もそのままに袈裟斬りに振り下ろされる手刀を受けると、俺の身体は弾丸ライナーのように後方へ弾かれた。

 

 風切り音と高速で流れる景色の中、空中に漂う塵を二度三度と蹴って体勢を整えた俺は、衝撃で切れた口内に溜まった血を吐き捨てながら刀を構える。

 

 さっきの一撃、受けた瞬間に重さが倍増しやがった。

 

 気配からしてインパクトの瞬間に重力を込める事で一撃の威力を増したんだろう。

 

 とっさに消力で後ろに跳ばなかったら、刀ごと真っ二つにされるところだった。

 

 減速が上手くいってないのか、バタバタと手足を振り回しながら機体を制御しようとする銀零。

 

「俺がなんで必死こいて仕事してると思ってんだ! お前らを食わせる為だろうが!!」

 

 その間に三度間合いを詰めた俺は、横薙ぎ一閃で白金の左足を膝の下から斬り落とす。

 

 つーか、構ってやれないのは悪いといつも思ってるんだよ!

 

 けどな、俺が仕事を辞めたらウチの家族が路頭に迷っちまうじゃねーか!

 

 寂しいのはわかるけど、少しはその辺を弁えてくれよ!!

 

『ぎんれい知ってる! お金だったらいっぱいあるって! 兄さまがお仕事しなくても、さいかからもらえばいい!!』

 

 ダメージの影響か、バランスを崩しながらも加速を始めた白金は、こちらとの間合いを開けながら残された右腕を横薙ぎにする。

 

 『意』に続いてこちらに襲い来るのは、空間を歪めるようにして奔る黒い波。

 

 恐らくは重力波と呼ばれる物だろう。

 

 先ほどの結果から点ではなく線で攻める作戦に出たのだろうが、それではまだまだ甘い。

 

「あれはふうま全体の金でウチのじゃないの! 私的に使ったら横領になるからダメ!!」

 

 波に飛び込むと同時に大上段から剣を振り下ろせば、こちらを飲み込もうとしていた黒い奔流は刃閃に沿うように左右に割れた。

 

 重力斬りもだんだんコツが掴めてきた。

 

 あと何回か繰り返したら、対ブラック戦でモノになるだろう。

 

 しかし、戦場が空中に移行してくれて助かった。

 

 常時軽身功を使い続けなきゃならんのは少々骨だが、周辺に被害が出ないのはマジでありがたい。

 

 さっきの重力波だって地上で撃たれたら、官舎が軒並みオシャカになるところだったのだ。

 

 兄妹喧嘩と銘打ってみたものの、関係の無い人間からすればふうま宗家による私闘でしかない。

 

 そんな理由で官舎を吹っ飛ばそうものなら、上原家から懲戒解雇は免れないだろう。

 

 本音を言えば、こんなリスクの高いマネはカンベンなのだが、向こうから掛かってくる以上はこちらに是非は無い。

 

 それに銀零を矯正できるチャンスは、きっとこれが最初で最後。

 

 この機会に孔瑞麗から切り離して色々と認識を改めさせないと、本当に斬る以外の手が無くなってしまう。

 

 絶対に逃すわけにはいかん。

 

 勿論、周辺に与える被害は最小限に抑えながらだ。

 

 自分が立ち上げたハードルの高さに泣きを入れたくなるが、その前に一言。

 

「お前、自分の部屋にいかがわしい本を放置するのやめろ! なんで8歳児がレディースコミックなんて読んでんだ! しかも近親モノばっかり!!」

 

『さいかが参考にってくれたんだもん! それにぎんれいのお部屋は本棚がいっぱいなの!!』

 

 クソッ! いらんことしおって、あの愚姉め!!

 

 今度来る義足の予備を逆足にするぞ、チクショウ!?

 

 心の片隅で呪詛を吐く俺を他所に、臀部に付いた昆虫の腹のような機関を展開して上昇を始める白金。

 

 こちらに向けられた『意』と周辺の大気の変動から、銀零の打とうとしている手が相当な大技である事を察知した俺は全速で後を追う。

 

『兄さまのおたんこなす! 『天座失墜(フォーリンダウン)───』』

 

「遅い!」

 

 そして、白金が急降下を始めた刹那に刃圏へと捉えた俺は、空間が揺らぐ程に重力が込められた右踵を、すれ違いざまに脛の辺りから斬り飛ばした。

 

 勢いのままにクルクルと回転しながら落下する白金の脚部。

 

 一拍子置いて込められたエネルギーが中空に咲かせた巨大な爆炎、その衝撃を利用して俺は自宅から数棟離れた官舎の屋上へと降り立つ。

 

 やれやれ、ヤバいとは思っていたが足一つであそこまでの爆発を巻き起こすとは思わなかった。

 

 技的には重力と落下エネルギーを活かした空中踵落としのようだが、あんなモノを地上でぶっ放されたらどれだけの被害が出たか分かったもんじゃない。

 

 氣の周天がスムーズになってなかったら、技の出掛かりを抑える事が出来なかった。

 

 あの時、右目潰したのは大正解である。

 

 軽身功の連続使用と無茶な機動で軋み始めた身体を内養功で癒しつつ、上空に浮かぶ見るも無残な姿となった白金に目を向ける。

 

 半ばどさくさ紛れに白金をダルマ寸前まで追い込んだわけだが、まだまだ油断をすべきではない。

 

 銀零には全部受け止めてやると言ったものの、こっちは一発食らえばアウトのオワタ式である。

 

 それに、あの白金はヨミハラで出会ったフェリシアとどっこいのヤバい気配を放つ鎧だ。

 

 魂魄転写の依り代という事に加えて、孔瑞麗を内蔵している可能性を思えば、まだまだ奥の手を隠し持っていると見ていいだろう。 

 

 そういう観点から見ればメイン制御が銀零にあるのは、こちらにとって大きなアドバンテージだ。

 

 いかに高性能なマシンだろうと、パイロットが癇癪を起した8歳児では話にならんからな。

 

「さて、どうする銀零! もうやめるか?」

 

『う……うぅ~』

 

 こちらの問いかけに少々鼻声気味で唸る銀零。

 

 ここで白旗を上げてくれれば楽だったのだが、生憎とそうは問屋が卸さなかった。

 

『代わりなさい、銀零。貴女では無理よ』

 

「やだ! まだ兄さまにしかえししてな───」

 

『そんなくだらない事は関係ないわ。貴女の役目は終わったのよ』

 

 成熟した女の声が銀零の声を遮ると白金の纏う雰囲気が一変する。

 

 例えるなら、甘い香りで獲物を誘う毒華。

 

 機体周辺を漂う瘴気の量と相まって、純白の装甲に黒い陰が差したように見える。

 

「───孔瑞麗か」

 

 言葉を吐いた瞬間、無機質なはずの兜が笑みを浮かべたように見えたのは、果たして気のせいだろうか?


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