剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

24 / 52
 お待たせしました。

 筆が乗った時に書き切らねばと思って机に齧りついた結果、何とか銀零編終了です!

 ああ、本当に大変だった。

 やっと、次からは普通に対魔忍が書けますわ。

 RPGも新キャラがポコポコ出てるし、遅れを取り戻さねば!!

 ちなみに、ここ一ヶ月で来たのはネコ娘ことクラクルでした。

 紅ぃぃぃ! 早く来てくれぇぇぇぇぇっ!!


日記23冊目

『初めましてかしら、ふうま小太郎と呼ばせてもらいますわ。どうやら私達は縁があったようだけど、ゴメンなさいね。貴方が誰だったか、記憶にございませんの』

 

 青雲幇の名門である孔家の娘らしく、上品な口調で話を進める瑞麗(ルイリー)

 

 まあ、彼女が前世の俺を知らなくても不思議ではない。

 

 濤羅(タオロー)師兄に世話になったとはいえ、こちらは使い捨ての溝鼠(ドブネズミ)

 

 お高いご令嬢と関わるような縁なんて持ち合わせているワケがない。

 

 濤羅兄にしたって、自分の組織の暗部を堅気である妹に言って聞かせるような愚は犯していないだろうしな。

 

「そうかい。直接面識はないが、俺はアンタの事は知ってるぜ。濤羅師兄が自慢の妹だってよく話していたからな」

 

『あら、お兄様は私の事をそう言ってくれていたのね。嬉しいわ』

 

「才色兼備で家事も万能。琴を始めとして芸事にも造詣が深い、どこに嫁に出しても恥ずかしくないってな」

 

『へぇ……』

 

 金音に混じって聞こえる瑞麗の声のトーンが一段階下がる。

 

 まあ、銀零から滲み出ていた奴の歪んだ想いを知れば、これは誉め言葉でもなんでもないだろうからな。 

 

「しかし、濤羅師兄も報われないな。それだけ大事にしていた妹に後ろから刺されるようなマネされたんだから。魂魄転写の事は一通り知っているが、少なくとも身内にかけるようなもんじゃねーだろ」

 

 なあ、と同意を求めてみると、瑞麗は鈴を転がすような声で笑い漏らす。

 

『後ろから刺すなんて随分な言い草だこと。あの施術はお兄様と私の幸せの為に必要な事でしたのよ?』

 

「あの外法がかよ。アンタも被験者になったんだから知ってるだろうが、アレを完全な形で行うには対象に過度のストレスを掛ける必要がある。有体に言えば、再起不能なレベルで絶望させないといかん訳だ。───アンタ。師兄をそこに突き落とすのにどれだけの物を犠牲にした?」

 

『全て、ですわ。青雲幇も上海の民も、お兄様と私以外の関わるモノを何もかもを。少々手間が掛かりましたが、その辺は組織のナンバー2の地位にいたあの男がよく働いてくれたので助かりました』

 

 罪悪感の欠片も感じさせない恍惚とした声音に眉を顰めた俺は、同時に長年の疑問が氷解するのも感じた。

 

 青雲幇の副寨主であった劉豪軍(リュウ・ホージュン)が婚約者である瑞麗を溺愛していたことは、末端だった俺の耳にも入るほど有名な話だった。

 

 口車に乗せたか、それとも身体を売ったか。

 

 具体的な手段は分からんが、瑞麗は豪軍を自身の計画の駒としたのだろう。

  

 これを知れば前世が終わる少し前に濤羅兄がマカオで行方不明になった事や、こちらの死因となった劉豪軍主導による外家武術家の内家狩りが繋がっていたことが分かる。

 

 というか、あの野郎がこっちの首を刎ねる前に言っていた『彼女の贄となれ』ってセリフ、その彼女ってコイツだったのかよ。

 

「なるほどな。仲間の裏切りに幇界の腐敗、さらには同門の抹殺まで。全てが師兄を絶望させるための生贄だったってワケだ。アンタの死も含めてな」

 

『その通り。私の仇を討つため、そして魂魄転写で分割された私の魂を取り戻す為に、お兄様は全てを投げ打って戦ってくれましたわ。誇りも信念、自身の命すらも……』

 

 白金から発せられる含まれる艶と恍惚さが増した声には、流石の俺も閉口した。

 

 文字通り兄の全てを奪った上に地獄に叩き落しておいて、そんな態度を取るかよ。

 

「やっぱり、あんたイカレてるわ。マジで師兄が不憫だぜ」

 

『ふふっ、俗人には分からないようですね。私の得た真実の愛がいかに尊いかが』

 

「ああ、サッパリだ。そんなモンを得るくらいなら、剣に磨きをかけた方が百倍マシだろうよ」

 

『…………気に入りませんわ。武侠を気取るその態度』

 

「濤羅師兄と(かぶ)るからか?」

 

 あからさまに不機嫌さが増した瑞麗の声音に、俺は言葉と共に嘲りの笑みを浮かべて見せる。

 

 銀零の後ろにこいつがいたことを思えば、あの子の言動からして瑞麗も兄が剣の道に傾倒していた事を快く思っていないのは明白だ。

 

 奴と一戦構えるのが確定している以上、ここで心理的に優位に立つのも一つの手だろう。

 

『────身の程を(わきま)えなさい。お前ごときにお兄様の何が分かるというのです』

 

「そっちこそ何が分かるんだよ。兄貴一人を鉄火場に立たせて、後ろでぬくぬくと暮らしていたアンタに。少なくとも俺は分かるぜ。同門だし、一緒に修羅場を切り抜けた事もあるからな」

 

 これは事実である。

 

 いくら鉄砲玉とはいえ、バカみたいに振られる任務の中にはエリートと共同で行うモノもあったのだ。

 

 前世において濤羅兄とブッキングしたのは三回ほど。

 

 立場上、そういう時はだいたい俺が警備を引き付ける囮で兄ィが本命だったんだがな。

 

「師兄は本当にいい人だったよ。忠義に厚く義を尊び、俺みたいな使い捨て要員を気に掛けるくらいに情も深い。アンタの婚約が決まった時だって、『これでようやく両親に顔向けができる』って泣いて喜んでたんだぜ?」

 

『黙りなさい!』

 

 こちらの語りを封じるように声を張り上げる瑞麗。

 

 白金の双眸が激しく点滅しているのを見るに、かなりカッカきているようだ。

 

『知ったような事を言わないで! お前に分かるの!? 愛する殿方に他の男との婚儀を祝福される気持ちが!! 意中の人に女とすら思われていない惨めさがッッ!!』

 

「分かるかよ、んなもん」

 

『!?』

 

 激情のままに放たれた瑞麗の叫びを、俺は歯牙にも掛けずに切り捨てた。

 

「悲劇のヒロインを気取ってるみたいだけどな、テメエのやった事は最低最悪だ。身内を魂魄転写に掛けるなんざ人間のやる事じゃねぇ。そもそも、濤羅師兄が好きだって本人に伝えた事あんのかよ?」

 

『それは……』

 

 言い淀む瑞麗の態度に俺は深く深くため息を付く。

 

「俺も銀零と接して分かった事だけどな、妹がそんな感情抱いてるなんて普通の兄貴は夢にも思わねーんだよ。だからこそ、師兄はアンタの幸せを思って縁談を持ってきたんだろうが。それを告白一つしないで、察しない相手が悪いみたいに言うな」

 

 尤もカミングアウトされたところで、受け入れる奴なんざよっぽどの物好きか異常性癖くらいなもんだろうがな。

  

『うるさいっ!』

 

 ヒステリックに叫ぶ瑞麗を他所に、俺は下げていた倭刀の切っ先を上空に浮かぶ白金に付きつける。

 

「少々無駄話をしちまったが、終わったことなんざどうでもいいんだよ。孔瑞麗、そのガラクタ共々アンタには消えてもらうぜ。これ以上、ウチの妹に悪影響を与えられたら堪らんからな」

 

『いいですわ。さっきの茶番で銀零には失望しましたし。───なにより妹に迷う事無く刃を向けるお前に、見立て遊びとはいえお兄様の立ち位置は任せられませんもの』

 

 瑞麗の言葉と同時に、地響きのような音を立てて大気が鳴動した。

 

 見れば、残された手を前に突き出す白金の胸元に黒いナニカが渦巻いている。

 

「これは高重力の渦かッ!?」

 

 数年前、概念斬りの試しの際にノイ婆ちゃんが使ったブラックホールと同じ気配に、俺は思わず舌打ちを漏らした。

 

『その通り。これが白金、その元となった二世村正の最大奥義『飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ)』。辰気制御によってブラックホールを発生させ、周囲一帯を消し飛ばす必滅の一手です』 

 

 瑞麗の言葉を肯定するかのように大気の揺らぎが大きくなると、周辺にある小石のような自重の軽いものが徐々に浮き上がり始める。

 

 同時に少しづつあの渦へと身体が引き寄せられていくのを感じた。

 

「テメェ! ここにどれだけの人間が住んでるのか、分かってんのか!?」

 

『知った事ではありませんわ。遊びが終わった以上、私にとってこの世界は無価値。この世界の住人も、銀零もお前も』

 

「銀零もだと……ッ!?」

 

『この劔冑の持ち主が言うには、陰義(しのぎ)という特殊能力を使用する際にはパイロットの熱量(カロリー)を消費するらしいですわ。米連施設を吹き飛ばした時には持ち主がいたので調整が効きましたが、今はここに宿るのは私だけ。果たして、消費する熱量に銀零が耐えられるかしら?』

 

 こちらを嘲笑いながら告げられた事実に俺は思わず絶句した。

 

 クソッ、狂人だとは分かっていたが、何の呵責も無く自分以外の全てを切り捨てるとは……っ!?

 

 奴の態度からして、銀零に掛かる負荷もハッタリではないだろう。

 

 だとすれば、あのブラックホールが成長しきる前にカタを付けなければならない。

 

 それもこれ以上銀零を利用させないよう、あの鎧を破壊してだ。

 

 奴が生み出した黒洞(こくどう)は今尚成長しているにも拘わらず、ノイ婆ちゃんが使ったモノよりデカい。

 

 あのレベルの代物では、概念斬りが通用するかどうか分からない。

 

 この状況をひっくり返すには、そちらの限界も越えねばならないということだ。

 

 だったら、命を賭けるに値する技はアレしかない。

 

 前世に於いては一度きり、今生では未だ到達できずにいる秘剣。

 

 この窮地にあって、モノにできなければ俺ばかりではなく、銀零や官舎に住むふうま衆の命も無い。

 

 両肩にズシリと重圧を感じながら、俺は深い呼気と共に剣を構えた。

 

 取った型は基本にして攻撃重視の峨眉万雷(がびばんらい)

 

 目を閉じて氣の周天と共に意識を向ければ、耳を劈いていた周囲の喧騒が徐々に遠ざかっていく。

 

 ふうまの事。

 

 銀零の事。

 

 この事件や後始末の事。

 

 集中が高まっていくにしたがって、頭を占めていた多くの事柄が一つ、また一つと姿を消していく。

 

 そうして最後に残るは、己という一振りの刃。

 

 刀にしてすでに意。

 

 己が想念を滅却し、心魂万感その一刀に託すべし。

 

 それは内家戴天流の基本にして秘奥である『一刀如意』の理。

 

 こちらを飲み込もうとする重力の渦が一際勢いを増し、両足が官舎の屋上から離れようとする。

 

 その瞬間、俺は思い切りコンクリートの床を蹴り抜いた。

 

 軽身功による加速に黒点の引力が加わった事で、矢の様な速度で俺の身体は天を駆ける。

 

 風を切る感覚を肌で味わいながら双眸を開けば、瞳が捉えるのは万象の因果。

 

 それは瘴気をまき散らす白金や、その腹で胎動する黒洞も例外ではない。

 

「ハァッ!」 

  

 吸い寄せてきた塵芥を飲み込みながら成長する黒洞を前に、意識するよりも早く俺の身体は刀を放つ。

 

 最初の一閃は奴が胸に掲げている重力の渦へと吸い込まれた。

 

 刀身が飲み込まれると同時に軋みと共に柄を握る指の爪が逆立ち、肉が次々と裂けていく。

 

 だが、その中心にある因果の集約点に刃が食い込むと、ガラスを引っ掻くような耳障りな音と共にブラックホールは掻き消えた。

 

 今までの概念斬りを超えた内勁の真価である『因果の破断』へと階位を上げた俺の剣は、未完成とはいえ超重力の井戸をも断ち斬ったのだ。

 

 そして最大の障害が消えた事で、鮮血に彩られた九条の剣閃が無防備になった白金に殺到する。

 

 劔冑(つるぎ)とやらは通常のパワードスーツを大幅に上回る装甲強度を誇っているようだが、もはやそんな小手先の技術ではこの剣は止まらない。

 

 刀身の三分の一ほど失いながらも、倭刀は次々と眼前の鎧を解体していく。

 

 装甲越しに感じる銀零の気配を基に、一寸の狂いもなく鎧部分を斬り落とすその精妙さこそが秘剣『六塵散魂無縫剣』の真髄だ。

 

 そして七手目。

 

 平突きが胸部を破砕すると、砕けた装甲と内部機器をまき散らしながら銀零が姿を現す。

 

 本来なら全身に装着される代物なのだろうが、幼児である銀零ではそうはいかなかったのだろう。

 

『そんな……ッ!? どうして、どうしてコイツがこの技を………ッッ!? それにブラックホールを斬るなんて、お兄様も無理なはずなのに───』

 

 ここに至って初めて耳が金属を打ち砕く音と瑞麗の悲鳴を捉えた。

 

 ────超音速に乗せられたのは7手、精度を保ちながらではこれが精一杯か。

 

 他人事のように頭の片隅で考えながらも、俺の身体は次の一撃を放っている。

 

「生憎だな。剣士として終わっちまったお前の兄貴と違って、俺は修練が積めるんだよ」

 

 コイツの言葉通りなら、今の濤羅兄は全て奪い取られた腑抜けだ。

 

 そんな抜け殻に、今も修羅場で剣を振るい続ける俺が負ける筈がない。

 

 右手が吹き上げた血煙を切り裂きながら奔る剣閃は三条。

 

 8手で銀零を白金から完全に切り離し、次の九撃目がその首を刎ねる。

 

「濤羅兄に伝えておけ」

 

『ふうま小太郎ぉぉぉぉぉッッ!!』

 

 そして最後の一手は、半ば欠けた切っ先で宙に舞う兜の額を深々と穿ち抜いた。

 

「───俺が戴天流最強だ」

 

 撃ち込まれた刃を起点に頭部が左右に割れると、耳を劈いていた瑞麗の悲鳴がようやく消える。

 

 同時に限界を迎えた倭刀は、甲高い音を立てて柄の部分を残して刀身全てが砕け散った。

 

 十歳から四年に亘って俺の技を支えてくれた愛剣は、最後の最後に大物を倒して役目を終えたのだ。

 

 無銘でありながら名刀に勝るとも劣らない丈夫さと切れ味を見せてくれた相棒に黙とうを捧げ、俺は白金から排出された銀零を左肩に担ぐ。

 

 そして残った内勁を振り絞って漂う破片を足場に地上に降りる事に成功した。

 

 ブラックホールが発生しかかったという事で官舎の方は無傷とは言えないようだが、元気に騒ぐ野次馬を見る限りは住民に怪我人はいないようだ。

 

「兄さまのばかー! あほー! ……死ぬほど怖かった」

 

 肩に身体を預けながらペチペチと背中に平手を打ち付ける銀零。

 

 ベソをかいてるクセに罵倒を辞めない辺り、愚妹には反省の色はなさそうだ。

 

 失禁しながらも全面降伏しない根性はなかなかのものだが、今回に関しては褒められたものではない。

 

「さて、銀零よ。悪い子のお前には今から罰を与える」

 

 そう言うと、自身の危機を察した銀零は俺の肩の上でバタバタと暴れ始める。

 

 うん、汚れたスカートとパンツが付くから、足を振り回すのはヤメロ。

 

「やだ!? 銀れい、悪いことしてないよ!!」

 

「街中でパワードスーツなんて持ち出すのは十二分に悪い事だ。お前が暴れた所為で他の人の家も壊れてるんだから、ここでお仕置きされる様をしっかり見てもらえ」

 

 そう言うと俺は銀零のパンツを膝まで降ろし、右手で尻たぶを張り飛ばした。

 

「あうぅっ!?」

 

「子供のお仕置きは尻百叩きって相場が決まってるからな。終わるまでしっかり反省しろよ」

 

 そう銀零に言い聞かせながら、二発・三発と尻たたきの回数を重ねていく。

 

 それなりに手加減はしているが、やはり8歳の子どもには刺激が強いのだろう。

 

 5発目を叩きつけると同時に銀零の涙腺は再び決壊し、甲高い声でピーピーと泣き始めた。

 

「兄さまのばかっ! きらい、きらいっ!!」

 

「そりゃ結構。独りよがりなイタイ感情を寄せられるよりよっぽどマシだ」

 

 泣き喚く銀零に無慈悲な言葉を返し、俺は百叩きを続ける。

 

 つーか、これって絶対に俺の方が痛いぞ。

 

 心もそうだけど身体的にも。

 

 こちとらブラックホールに突きを叩き込んだ反動で、指や手の甲の骨が何本か折れてるんだ。

 

 そりゃあ、一発叩く度に身体の芯まで痺れるくらいにキツい。

 

 それでも敢えて右手を使うのは、今回の騒動を引き起こした事に対する自裁と戒めの為である。

 

 この一件は俺の不注意と至らなさが原因、今後はこういった事が無いようにしないといかん。

 

 まあ、あれだ。

 

 他人の真似して背伸びしても碌な結果がにならんという事だな。

 

 というワケで銀零に父親代わりとして接するのは、これにて終了。

 

 これからは骸佐達にするように、等身大の俺として関わる事にしよう。

 

 結果、クソ兄貴と嫌われたとしても、その時はその時だろうさ。

 

    

 

 

□月☆日(くもり)

 

 

 過日、銀零関連の妙な厄介事にようやくカタが付いた。

 

 正直、これは対ブラック並みに頭の痛い案件だったので、処理できたことは本当に喜ばしい。

 

 とはいえ、宮内庁の官舎であれだけの大立ち回りを仕出かした以上は、当然上層部に関して説明義務が発生する。

 

 案の定、翌日には招集がかかり、上原学長に神村教諭、そしてカーラ女王という隼人学園首脳陣+居候の前で事情を話す事となった。

 

 こちらとして知られたくないのは前世関連のことくらいなので、その辺をボカす以外は事実通りに説明しておいた。

 

 具体的には異界から流れてきたパワードスーツに接触した妹が、それに取り憑いていた悪霊に半ば洗脳される形で暴走。

 

 こちらに襲い掛かってきたので、武力鎮圧したという形である。

 

 ウチで保護している若アサギの例にもあるように、この世界には明らかに異界の技術で作られたと思われるオーパーツが現れた事例が幾つかある。

 

 なので、この説明に関しては割とあっさり受け入れられた。

 

 問題となったのは、今回の件がふうま宗家によって引き起こされたという事だろう。

 

 不可抗力とはいえ、宮内庁の職員とその家族が住む官舎を戦場にしたのだ。

 

 幸い怪我人は出ていないが、一歩間違えば大惨事となったのは想像に難くない。

 

 実際、官舎の建物にはある程度の被害が出てるしな。

 

 何だかんだと意見が出たものの、本件の責任は全て俺個人で被る事にした。

 

 まがりなりにも銀零の保護者を名乗っているのだ、あいつのケツくらいは拭かねばなるまい。

 

 この答えに学長を始めとする女傑三人衆は難色を示したが、ふうま全体に責任を求めたら余計に拗れるとして押し通した。

 

 そんなワケで、私ことふうま小太郎は14歳にして5600万円の負債を抱える事と相成りました。

 

 当然、兄弟喧嘩の結果なので組織の予算で賄う訳にはいかないし、クソ親父の遺産だって財産分与が済んでいない為に使うことはできん。

 

 官舎の修繕費を肩代わりしてくれた上原学長は無理のない返済計画を組んでくれたが、こちとら数年で日本を離れる身。

 

 好意に甘える事無く、極力早い目に返さねばなるまい。

 

 もちろん、この件はふうまでも問題になったのだが、こっちは頭領権限でゴリ押しておいた。

 

 八将の面々も俺と骸佐を除けば、子供や孫がいる人間である。

 

 8歳の女の子に責任を求めるような輩などいない。

 

 俺や骸佐がおかしいのだ、と理解してくれるのは本当にありがたい。

 

 その代わりと言っては何だが、いい加減矢面に立つのは止めろと俺が怒られるハメになってしまった。

 

 今回は完全に不可抗力だと思うのだが……解せぬ。

 

 最後に、前よりも雑に扱っていたら銀零がちょっぴりグレた。

 

 例の公開尻叩きが納得いかなかったらしく、『せくはら、ぱわはら、そしょうもの、くびを出せ』と言いながら、俺を見る度にぺちぺちローキックをかましてくるのである。

 

 なんか俺の呼び方も兄様から兄ちゃんに代わってたし。

 

 愚妹曰く『以前の優しい兄さまに戻ったら、兄さまって呼ぶ。今みたいにいじわるだと兄ちゃんのまま』だそうな。

 

 兄さま特典が銀零を嫁に貰う事だと聞いたあたりで、二車の小父さんモードが永久封印となったのは言うまでもない。

 

 まあ、気に入らない事があると『へやーーーっ!』と腹に向かって頭から突進してくるようになったあたり、あの娘も随分とアクティブになったんだろう。

 

 今回の事を反省して、時子姉も積極的に面倒を見てくれるようになったし。

 

 昨日には、借金返済の為に任務を増やした俺を呼び止めた銀零と、こんな会話があった。

 

俺『どうした、銀零?』

 

愚妹『豆大福買って来いよ~。もち兄ちゃんの金で~』

 

俺『……ハッハッハッ、愛い奴、愛い奴ッ!』

 

愚妹『いたいっ! あたまがわれちゃう! ぱわはら、ぱわはらっ!!』

 

 てな感じでアイアンクローで泣かせておいたが、以前に比べれば舐めた態度くらい可愛いものだ。

 

 あと、この光景を見ながら柱の陰でサムズアップしていた時子姉は、秘蔵の腐った書物を自室の机の上に並べる刑に処しておいた。

 

 その際、コレクションの中に俺と骸佐をモデルにしたモノや、ガキの俺が見知らぬ女性と絡んでいるブツを見つけた時には思わず真顔になったが。

 

 著者である『ふうま同士の会』とやらについては、早急に調べねばなるまい。

 

 閑話休題。

 

 ともかくだ、銀零が妙なモノに影響されるのは相変わらずのようだが、以前に比べれば今の方が断然マシになったと思う。

 

 あとは本格的にグレないよう、飴と鞭の匙加減に気を付ける事くらいかね。

 

 あ、災禍姉さんには、ガチ説教をさせていただきました。

 

 いくら宗家存続が急務とはいえ、やっていい事と悪い事がある。

 

 反省文を書きながら猛省するがいい。

 

 

 

 

 何処とも知れない空間。

 

 そこで湊斗光は傍らに鋼で出来た銀の女王アリを従えながら大笑していた。

 

「美事! 生身で劒冑を打倒し、さらには銀零までも妄執から救ってみせるとは! 景明が気にかけていた事はあるというモノだ!!」

 

 銀零と繋がった糸のように細い縁、そこに映る年相応に騒ぐようになった同盟者の様子に、かつて白銀の魔王と呼ばれた少女は満足げに頷いた。

 

 同時に、自身の信念に従って彼女たちと袂を分かった選択は間違っていなかったのを確信する。

 

 武者としては劣化品とはいえ村正の複製体を斬り伏せた剣に興味はあるが、自身があの場に残ってたならば、どちらがか死ぬまで戦う事となっただろう。

 

 それは光の望む結末ではない。

 

「銀零よ、その絆を大切にするがいい。それは当たり前に見えて、なによりも得がたい物だ」 

 

 異なる世界に生きるじぶんに近しい少女に届かないであろう助言を残し、光は晴れやかな表情で腕の一振りと共に縁を断ち切るのだった。

 

 

 

 

 一方、白の花びらが舞い踊る桃園。

 

 周辺に漂う甘い桃の香りの中、瑞麗は兄の腕の中で目を覚ました。

 

「大丈夫か、瑞麗?」

 

「お兄様……」

 

 覚束ない意識の中で視線を上げた瑞麗は、心配そうに自身をのぞき込む濤羅の顏に安堵の息を付く。

 

 先ほどまで波長の近しい少女を自分達に見立てた遊びをしていた気がするが、どうも頭ははっきりしない。

 

 なにやら酷く不快な事があったと思うのだが……

 

「瑞麗、その額はどうしたんだ?」

 

 濤羅の言葉に釣られて当てた手によって感じたのは、鋭い痛みとぬるりとした感触。

 

 反射的に離した掌は、紅く染まっていた。

 

「倒れた時に切ったのかもしれんな。浅いから跡は残らないだろうが、念のために手当をしよう」 

 

 穏やかに言いながら自分を立たせる濤羅。

 

 いつもなら優しい兄に笑みを返す瑞麗だが、今日は苦虫を噛んだように顔を顰めてしまう。

 

 生前の兄ならば、額に付いたのが刀傷である事など容易く見抜いた筈なのだ。

 

()()()()()()()()()()()()お前の兄貴と違って、俺は修練が積めるんだよ』

 

「ふうま小太郎……ッ」

 

 己を阻んだ憎き男の言葉が事実であることを突き付けられた事で、怨嗟と共にその名が口から零れる。

 

 しかし、秘剣によって縁を絶たれてしまった以上は、もはや瑞麗ができる事などない。

 

 忸怩たる思いを飲み下しながら、桃園の主は最愛の人に寄り添われながら帰路に着くのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。