剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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お待たせしました。

 今回は自身にとって宿題というべきギーラッハのお話。

 書いててコレジャナイ感が半端なかったですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


幕間『紅き騎士の再誕』

 かつて、2000年の永きを生きる夜闇(よやみ)の姫に仕えた紅の騎士があった。

 

 姫の手により夜の眷属へと転生して600年、永劫の夜を歩く主人を騎士は護り支え続けた。

 

 そうして時代は現代へと移り、運命は一つの悪戯(いたずら)を用意する。

 

 2000年前、かつて姫が人であった時代に婚姻を約束した部族の王たる男。

 

 共に永遠を生きる事を約束しておきながら、彼女一人を残して一族と共に滅んだ彼がこの世に生を受けたのである。

 

 人に迷惑をかけぬ為にと、血を(すす)る事を止めて眠り続けていた姫。

 

 しかし、彼女の鋭敏な感覚は遠い昔に愛した男の魂を捉えていた。

 

 混濁する意識の中、自身を庇護し利用していた組織を抜け出した姫は、その想いのままに婚約者の生まれ変わりたる少年を夜闇の世界へと引き込んでしまう。

 

 彼が人へと戻る方法は一つ、夜闇の世界へと誘った姫を討つ事のみ。

 

 人外へと成り果てた我が身を嘆きながらも、少年はその一縷の望みに(すが)って血に染まった夜を戦い抜いた。

 

 そんな中、再び意識を取り戻した姫と出会った事で、少年は彼女に惹かれるようになっていく。

 

 姫の歩んできた道を知り、互いの想いから身体を重ねた二人。

 

 立場の違いで引き裂かれる事となったが、この邂逅が少年に自身の道を定めさせることとなった。

 

 そうして決断の夜が訪れる。

 

 姫を囲い、その力を悪用しようとしていた組織から彼女を救い出そうと奮戦する少年。

 

 激戦の中、相棒たる鉄騎馬を失ったものの、姫の元に辿り着いた彼の前に立ち塞がる者がいた。

 

 そう、姫の守護者たる紅の騎士である。

 

 同じ継嗣(けいし)たる自分達の戦いなど姫は望まないと説く少年に、騎士はこう言い放った。

 

(おれ)が仕えるのはそこの婦人ではない』と。

 

 理解が及ばない少年を他所に、騎士は眠り続ける姫へと語り掛ける。

 

『麗しき御姫、かつて貴女は呪ったはずだ。己の運命を、無限に続く放浪を』

 

『憎んだはずだ。一人、貴女を輪廻の外へと置き去りにしたこの男を!!』

 

『一度としてなかった想いとは……言わせませんぞ、我が君よ』

 

『これより己は……そんな過ぎし日の貴方の騎士になる。貴方の忘れた憎悪に仕える』

 

『今、我が姫君の2000年に渡る苦悶と憎しみをこの剣に託し、己は貴様の前に立つ』

 

『越えてみせろ、少年! さもなくば滅んで塵と散れ!!』

 

 騎士は姫に仕えていた長い年月の中、主を女性として愛してしまっていた。

 

 しかし、彼は己の定めた生き方を捨てて愛に走れるほど器用ではなかった。

 

 なにより、姫の中にかつての婚約者への慕情が根付いている事を知っていたのだ。

 

 だからこそ、彼はこの道を選んだ。

 

 姫が想い人の転生たる少年を心おきなく愛する為、彼女の中にあった(よど)んだ感情の全てを引き受け、その代弁者となる。

 

 それこそが不器用な彼の示せる唯一の愛だったのだ。

 

 そうして火蓋を切られた二人の男の意地と愛が火花を散らす戦い。

 

 世界最高峰の吸血鬼の継嗣がぶつかり合う激戦、それを征したのは少年であった。

 

 致命傷を受けて灰へと還る騎士、その前に三度目を覚ました姫が寄り添う。

 

『お前という男は……』

 

『そうまでして、こんな女に尽くし果てて……どんな言葉で労えばいいのか───』

 

 言葉を詰まらせる姫に、騎士は死にゆく身でありながら穏やかな表情で言葉を紡ぐ。

 

『姫…様……。御身の尽きせぬ涙と悲嘆、彼奴(きゃつ)めに知らしめんとしながら……我が剣、ついに至らず……』

 

 そう首を垂れようとする忠臣の言を、姫は首を振って否定する。

 

『いいえ』

 

『お前は全てに報いてくれた、全てを清算してくれた』

 

『私が今日まで(いだ)いた苦しみも、悲しみも……余すことなく引き受けてくれた』

 

『ありがとう。お前のお陰で……私は、遠い日の自分に戻れる』

 

『まだ悲しみも知らず、憎しみも知らなかった、あの頃の私に』

 

『こんな言葉だけでは労いきれぬ……ッ』

 

 静かに紅い双眸から涙を流す姫に、騎士は細やかな恩賞を求めた。

 

『……今一度、その笑顔を(たま)わっただけで……(おれ)は、それだけで……』

 

 涙をこらえながら笑った姫に、満足げな表情を浮かべて騎士はこの世から姿を消した。

 

 紅の騎士ギーラッハ。

 

 世界に数えるほどしかいない神祖『夜魔の森の女王』リァノーンを守護する剣として勇名を轟かせた漢の伝説は、こうして幕を閉じたのだった。 

 

 

 

 

 最初に男が感じたのは、水の中にいるかのような浮遊感であった。

 

 ゴボゴボという排水と給水を行う音に、体の各所に何かが取り付けられている違和感。

 

 なにより、己が生きているという事に男は眉を(ひそ)めた。

 

 男は己が最後を迎えた事を知っていた。

 

 今わの際に敬愛する姫に賜った笑み、それは肉体ではなく魂に刻まれていたからだ。

 

 600余年に渡る己の生涯、そこには一片の悔いも無い。

 

 故に、(つつし)んで滅びを受け入れたはずであった。

 

『ならば何故、己はこの世に存在している?』

 

 自身を襲った異変に渋面を浮かべていると、男の耳が水音と共に何者かの話声を拾った。

 

 水が入っているせいか少々不明瞭だが、聞き取れないほどではない。

 

 男は事態把握の一助になればと、聴覚に意識を集中させる。

 

『どういうことだ? 試験体が目を覚まさないぞ』

 

『覚醒プロセスはとっくに終わっているはずなのに……。おい、肉体の再構成に関して問題は本当になかったのか?』

 

『上が大枚叩いて買った魔界医療を使ってるんだぞ! 吸血鬼としての機能も含めて100%再生してるよ!!』

 

『クローンに関しては、ノマドや米連のレポートも取り寄せたからな。対魔忍や魔族が成功して、吸血鬼がダメってこともないだろ』

 

 自身を囲う(おり)……いや、この場合は水槽というべきか。

 

 その外にいる人間達の声から得た情報の断片を基に、男は我が身に降りかかった事態を少しづつ推測していく。

 

 生前、吸血鬼信奉者(イノヴェルチ)達の組織に身を寄せていた際、外の人間たちが口にしていたクローンなる技術を耳に挟んだ事がある。

 

 姫の血を弄んだ小賢しい女学者曰く、血や肉片から生物の複製体を作り出す術だとか。

 

 ならば、朽ちたはずの己がここに在るのは、人間によって肉体を複製されたからであろうか。

 

 複製された肉体に己が魂魄が宿っている事については、恐らくは姫から賜った血の力なのだろう。

 

 (おおよ)その見当がついた男は、周りの人間に気取られないように注意しながら肺腑に溜まった澱みを吐き出した。

 

 このような形で現世に舞い戻るとは、さしもの男も予想だにもしていなかった。

 

 武人として騎士として未練を残すなくこの世を去った彼にとって、現在の生は完全に蛇足であった。

 

 己が意にそぐわぬ復活など、どうして喜べる?

 

 自身の晩節を穢されたような陰鬱な気分に閉口する男の耳へ、再び外にいる人間の会話が飛び込んでくる。

 

『だったら、しっかり仕上げろよ! 上はコイツを使ってもう一度夜魔の森の女王を捕まえるつもりなんだからな!』 

 

 その言葉に男は閉じていた(まぶた)を跳ね上げた。

 

 たしかに己は此度の生は不要と断じた。

 

 故に生前身を寄せていた借りも含め、吸血鬼信奉者(イノヴェルチ)共が自分を不用品として処分するのなら抵抗する気もなかった。

 

 だが、奴等が口に出した事だけは認める訳にはいかない。

 

 忠節を尽くし終えたとはいえ、かの姫君が男の主君であることに変わりはない。

 

 ならば、我が身が守るべき姫を窮地に追いやるなど、どうして見過ごせようか。

 

 瞼の奥に隠されていた紅蓮の双眸に剣呑な光が宿ると同時に、男は右腕を大きく引き絞る。

 

 足が地についていない不安定な状況に加え、水槽に蓄えられた水による抵抗もある。

 

 しかし彼に宿った吸血鬼の膂力(りょりょく)は、そういった抵抗の一切を振り払ってみせた。

 

 振り抜いた右拳は彼の前に張られた培養層の強化ガラスを突き破り、その勢いのまま外にいる研究員の頭を粉砕した。

 

 木偶と思っていた実験体の突然の襲撃に慌てふためく、吸血鬼信奉者(イノヴェルチ)の研究員たち。

 

「うわあああああぁぁぁぁぁっ!?」

 

「被検体が、被検体が暴走したぁ! 警備兵を呼べッ! 早く!!」

 

 甲高い警報音に悲鳴や怒号が飛び交う中、被検体……いやギーラッハと呼ばれた騎士は再び現世の地を踏んだ。

 

 自身を覆う用途不明の機械に囲まれた無機質な部屋は、かつて主君であるリァノーンを捕えていたモノを連想させる。

 

 その不快さを晴らすために、ギーラッハは躊躇なく己が手足を振るった。

 

 人間が吸血鬼と対峙した際、最も警戒すべきは桁外れの筋力と言われている。

 

 彼らがその気になれば、人間の身体などぼろ布ほどの耐久性も無い。

 

 か弱い婦人の吸血鬼が軽く振った手ですら、人間の頭蓋を粉砕する威を秘めているのだ。

 

 騎士として限界まで肉体を鍛え上げたギーラッハが暴れたなら、(もたら)される結果は言うまでもないだろう。

 

 一つ数千万する研究機器が次々とスクラップへと姿を変え、その暴力に巻き込まれた人間は為す術も無く挽き肉になっていく。

 

 そうして暴れまわっていると部屋の奥に備え付けられた扉が開き、黒のコンバットスーツに武装した一団が駆け込んでくる。

 

「目標発見ッ!!」

 

「撃ち方用意……斉射!!」

 

 一糸乱れぬ連携で隊列を築いた警備兵たちは、隊長の号令で一斉に引き金を引く。

 

 連続する銃声と共に、ライフルの銃口から吐き出される数十発の殺意。

 

 それを見て取ったギーラッハは金属製の床に足跡を刻みながら、一足で射線から逃れた。

 

 身を投げ出すような跳躍から素早く受け身を取り、壁際のスクラップの山に身を隠すと、彼はそこで思わぬものを発見する。

 

 サイドテーブルの上に置かれた、生前に自身が身に着けていた騎士服と同じデザインの衣類一式、そして壁に掛けられた身の丈ほどの大剣だった。

 

 魔剣『ヒルドルヴ・フォーク』

 

 生前において幾度も命を預けたギーラッハの相棒。

 

 誘われるように愛剣を手にしたギーラッハは、その状態の良さに小さく唸りを上げる。

 

 自身がこの世を去った後も手入れは受けていたようで刀身は勿論、二股に分かれた切っ先や鍔の部分に備え付けられたもう一つのグリップも記憶と何の遜色も無い。

 

「すまぬな。姫様に降りかかる火の粉を払う為、今一度働いてもらうぞ」

 

 素早く騎士服を身に纏ったギーラッハは、再び己が手に戻ってきた相棒にそう声を掛ける。

 

 その言葉に応じるように、天井から降り注ぐ照明の光を刃で返す魔剣。

 

 それを合図として紅の騎士は鉄火場へと躍り出る。

 

「隊長! 対象が突っ込んできます!!」

 

「くっ、撃て! コピー元が伝説の騎士だろうと、相手は只の複製品! 飛び道具の一つも無いのなら怖るるに足りん!!」

 

 人間など比較にならない速度で突撃するギーラッハに浮足立ったものの、指揮官の一喝によって再び銃火が灯る。

 

 空を裂いて殺到する数十発のライフル弾。

 

 剥き出しになった科学の牙は、米連の対魔族用強壮弾にイノヴェルチの吸血鬼研究の成果を組み込んだ特別製だ。

 

 たとえ相手がロードヴァンパイアの継嗣であろうと、確実に身を削り命を絶つことだろう。

 

 今まで仕留めてきた魔物同様に全身を貫かれて大地に倒れる獲物の姿を夢想し、勝利を確信する隊長。

 

 しかし、彼等は失念していた。

 

 吸血鬼の反射神経は、()()()()()()()()()()()()躱すことが出来る事を。

 

 ギーラッハはその巨体から想像もつかない程に滑らかな足捌きによって、弾と弾の間を縫う様に次々と兵士の殺意を回避していく。

 

 その様はまるで見えぬ相手と舞踏を踊るかのようであった。

 

 目の前で繰り広げられる非現実的な光景に呆然とする警備隊達。

 

 その間に彼等を己が刃圏へと捉えたギーラッハは、身に纏った加速そのままにヒルドルヴ・フォークを振りかぶる。

 

「ぬぅんっ!!」

 

 裂帛の気合と共に踏み込んだ足によって、鉄の床板が粉々に罅割れる。

 

 そして全身の筋力を込めて振るわれた巨刃は、米連特製の対魔装備を身に(まと)った警備兵の胴を四人纏めて両断した。

 

 有り余る威力ゆえに空中を回転しながら舞う犠牲者の上半身。

 

 その凄惨な光景に他の隊員が自失している間にも、紅の騎士が振るう刃は止まらない。

 

「せぇりゃあああああっ!!」

 

 振り抜いた勢いのままに身体を回転させ、遠心力を込めて跳ね上がる大剣。

 

 二股に分かれた切っ先が床板で火花を散らし、アッパースイングで振るわれた刀身は隊長をはじめ三人をまとめて両断。

 

 吹き飛ばされた犠牲者の遺体は剣圧によって砲弾となり、難を逃れた隊員を次々と薙ぎ倒していく。

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「ばっ……化け物だぁぁあぁぁぁぁっ!!」

 

 指揮官を失った事により、口々に悲鳴を上げながら散り散りに逃げ始める警備兵。 

 

 そんな彼等をギーラッハは追おうとはしなかった。

 

 自身が牙を剥いたのは、かつての主と己に降りかかる火の粉を払う為。

 

 逃げ惑う弱者と化した者を追い討つ理由は無い。

 

 そも、ギーラッハなる男は役割を終えて現世から退場しているのだ。

 

 ならば、亡者たる己が身を弁えて、無用な殺生は控えるべきだろう。

 

 そう断じた彼は、ヒルドルヴ・フォークを肩に担ぐと小さく息をついた。

 

 渋面を浮かべたギーラッハの頭に渦巻くのは、自身の今後についてという難問である。

 

 まず浮かんだのはリァノーンの下へ馳せ参じるという案だが、これは即座に却下した。

 

 彼女に対する忠節は生前に尽くし終えている。

 

 胸に秘めていた慕情も、今際の際に送られた笑みによって昇華された。

 

 何より、今の彼女には伴侶たる伊藤惣太がいる。

 

 あの宿敵にして誠実なる漢が在るならば、自分が出戻ったところで邪魔になるだけであろう。

 

 次に浮かんだのは自裁するという考えだが、今となってはこれも気が進まない。

 

 望まぬ復活である以上、生き恥を(さら)さぬためには一番(やす)い手ではある。

 

 しかし、いざ現世に足を付けてみると、何も()さぬままに消えるというのは少々勿体ない気がするのだ。

 

「む……」

 

 眉間に刻まれた皺を深くして、何とか思考の迷路から脱しようとするギーラッハ。

 

 求めるのは今生における目標である。

 

 人生のほとんどと言っても差し支えないリァノーンを手放した彼は、ある意味で抜け殻と言っても過言ではない状態だった。

 

 その自覚が在るからこそ、主君に代わる生き甲斐を欲しているのだ。

 

 心の渇望のままに自分の内に埋没していたギーラッハだが、次の瞬間にはドップリと沈んでいた意識を引き上げる事になる。

 

 吸血鬼特有の鋭敏な感覚が、入り口付近の天井裏に微かな気配を感じたのだ。

 

「そこに潜んでいるのは分かっている。出て来るがいい」

 

 圧を込めた言を件の場所に掛けると、少しの沈黙を置いて二つの影が天井から降り立った。

 

 一人は身体のラインがはっきりと浮き出るような忍び装束に似たスーツを纏い、腰に二本刀を差した涼やかな美丈夫。

 

 もう一人は一昔前のセーラー服を着る十代前半の黒髪の少女だ。

 

「ほぅ……」 

 

 一見すれば兄妹にも見える二人を目にしたギーラッハは感嘆に目を細めた。

 

 少女は兎も角、青年の方は只者ではない。

 

 一見すれば荒事など無縁の涼やかな男だが、全身の隙の無さと刃の如く鋭い殺気は一級品だ。

 

「何用だ、と問うのは無粋か」 

 

 刃物で表皮を削がれるかのようなピリピリとした気配に、騎士の口元が不敵な笑みを描く。

 

 理由を訊ねるような愚行は不要。

 

 今まで己が成してきたことを思えば、命を狙われるのは当然と言えるからだ。

 

「突然で不躾ですが、貴方には死んでもらいます。対魔装備に身を包んだ熟練の兵士を物ともしない吸血鬼、そんな物を量産されるわけにはいきませんので」

 

 表情を変える事無く宣告する青年に、ギーラッハは無言ながらも得心を得る。

 

 どうやら己が目覚めてからの一部始終を見られていたらしい。

 

 ここに集う学者達の弁を拾ったなら、この身が複製である事にも容易にたどり着けるだろう。

 

「そう言うのなら是非もない。この首、取れるものなら取ってみるがいい」

 

 腰に下げた二刀の柄に手を掛けた青年の言葉に応じるように、ギーラッハもまたヒルドルヴ・フォークを構える。

 

 先ほどとは違う強者を前にした緊張感に牙が疼く。

 

 思いのほか昂っている自分自身に、ギーラッハは胸中で苦笑を浮かべた。

 

 つい数分前までは第二の生に迷っておきながら、猛者を前にした途端にこの始末だ。

 

 こういう時こそ、自分が武辺者であると痛感する。

 

 こんな自分が騎士として全うできたのは、この気性を抑える姫という重石があったからであろう。

 

 そんなギーラッハの内心を置いて、対峙する二人の漢が放つ氣によって張りつめていく研究所内の空気。

 

「手出しは無用です、三郎。貴女は周辺の警戒と有事の際における準備を」

 

 男の指示に頷いた少女が動いた際、蹴り飛ばした小石が立てた微かな音によって弾けた。

 

 第一歩を踏み出したのは同時。

 

 その腿力(たいりょく)によって飛ぶように走るギーラッハだが、青年の踏み込みは彼の上を行った。

 

 ギーラッハが攻撃の体勢を整えるよりも早く、足を軽く曲げた低い姿勢で音もなく騎士の懐に飛び込んだ青年。

 

 次瞬、腰の捻りと連動した腕の振りによって、金擦れの音もなく白刃が閃めく。

 

 抜き打ちで放たれた二連抜刀術。

 

 襲い来る斬撃を身を反らすことで難を逃れたギーラッハは、自身も踏み込むと同時にヒルドルヴ・フォークの柄頭を相手へと突き出した。

 

 牽制の技と(あなど)ることなかれ。

 

 吸血鬼の膂力を以て押し出された金属塊は、その小ささに反して歴戦の戦士が振るう戦槌に匹敵する威を秘めている。

 

 しかし青年も然る者。

 

 風を巻いて襲い来る一撃が我が身に届く寸前に床を蹴り、相手の威力を逆手にとって後方へと跳んで見せたのだ。

 

「さすがは吸血鬼、大した力ですね」

 

 空中で華麗にトンボを切って着地した青年に鋭い視線を送るギーラッハ。

 

 その頬と喉には一筋の赤が刻まれている。

 

 発射された弾丸すら視認する夜闇の民の反射神経を以てしても、青年の一刀を見切る事ができなかったのだ。

 

「……噂で聞いたことがある。この国には魔の力を以て闇の者を討つ刺客がいるのだな。───確か、名は対魔忍といったか」

 

「如何にも。私は対魔忍ふうま派が一、楽尚之助(がくしょうのすけ)。貴方とはここで終わる縁、見知る必要はありませんよ」

 

 こちらの指摘に涼し気な笑みを浮かべたまま己が名を明かす青年。

 

 それを耳にしながら、ギーラッハは先ほどよりも気を引き締める。

 

 刺客が己の事を明かすのは寝返りでなければ、相手を確実に殺す際と相場が決まっているからだ。

 

「貴様がそう言うならば、俺も名乗りはせん。だが、そこいらの有象無象と同様とは思うな!!」 

 

 気合と共に間合いを詰めた紅の騎士は、突進の勢いそのままに愛剣を薙ぎ払う。

 

 自身の胴の腰から下を斬り落とさんと奔る刃。

 

 それが身に届くより早く、目にも止まらぬハンドスピードで振るわれた刀が大剣の腹を叩く。

 

 遠心力が乗った切っ先付近に別ベクトルの力が加わった事によって、本来の軌道から外れ始めるヒルドルヴ・フォーク。

 

「ぬっ!?」

 

 太刀筋が乱れた事を察知し、ギーラッハは即座に体勢を立て直そうとする。

 

 だが、それより早く自身の顔へと進路を変えた大剣を身を屈めて躱すと、尚之助は手にした小太刀の刃をヒルドルヴ・フォークに当て、その腹を滑らせるようにして間合いを詰める。

 

 そうして瞬く間に己が刃圏へとギーラッハを捉える尚之助。

 

 しかし、ギーラッハとて凡百の吸血鬼ではない。

 

 素早く柄の鍔元を握りなおすと、尚之介の右手が閃くより速く強引に愛剣を振り抜いたのだ。

 

 吸血鬼の怪力が存分に込められた刀身は根本にいた尚之介を吊り上げると、勢いのままに間合いの外へと弾き飛ばした。

 

 何とか体勢を立て直して転倒を免れた尚之助だが、再び構えた小太刀が刃の一部がヘコんでいるのを目にして、頬を冷汗が一粒零れ落ちる。

 

 折れず曲がらずと言われる日本刀を、あの吸血鬼は密着状態で圧し潰して見せたのだ。

 

 どれだけの剛力があればそんな真似ができるのか、彼には想像も付かない。

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

 そんな尚之助の心情など意にも留めず、雄叫びと共にギーラッハが襲い掛かる。

 

 再び間合いへ飛び込まれないよう、威力よりも速さと手数を重視して振るわれる大剣。

 

 とはいえ、常人であれば一撃で圧し潰されるような威力を秘めた攻撃を、尚之助は身の(こな)しと二刀を振るうスピードによって凌いでいく。

 

 尚之助が修めた忍術は自身のスピードを爆発的に増す事が出来る『隼の術』だ。

 

 対魔忍最強と謳われるアサギと同じモノだが、彼女ほど上手く使えているワケではない。

 

 アサギは全身全てを同時に加速させることで『殺陣華』のような分身殺法を可能としているが、尚之助の方は術の効果を乗せる事が出来るのは一度に付き自身の身体の一部分だけだ。

 

 同じ忍法でありながら完成度に大きな隔たりがある事から、心無い者からはアサギと比較されて半端者呼ばわりもされた事もある。

 

 しかし彼は生来の負けん気の強さから、血の滲むような努力によって外野を黙らせてきた。

 

 八方から襲い来る亜音速の刃、それを尚之助の両眼は忙しなく動きながらもしっかりと捉える。

 

 そして己の防空圏へと切っ先が侵入すれば、目に留まらぬ速度で振るわれる双刃によって、相手の斬撃は逸らし受け流されていく。

 

 尚之助が己が忍術の欠点を克服する為に取った手段、それは必要な場所を連続で加速していくというものだった。

 

 自身の術がアサギに比べて格段に肉体的負担が軽いことを逆手に取った方法だが、もちろん口にするほど簡単なモノではない。

 

 鉄火場において加速すべき場所を瞬時に定める判断力。

 

 連続かつ正確に術を発動させる練度の高さ。

 

 さらには加速に耐えられるだけのタフネスなども要求される。

 

 長年の修練に加え、己へ向けられた様々な悪意をバネとする事で、尚之助はその領域へと到達する事が出来たのだ。

 

 そうして生まれ変わった『隼の術』に心願寺幻庵をして『天稟』と言わしめた剣術の才が加われば、彼の刃はエドウィン・ブラックの首にすら届く。

 

 そんな強烈な自負と克己心を支えに、尚之助は死の旋風と化したギーラッハの剣を凌ぎ続ける。

 

 

 

 

 そんな人外の域へと突入した殺陣を、三郎と呼ばれた少女は目を皿のようにして見ている。

 

「……もしもの時はおねがい」 

 

 緊張で震えそうになる声を絞り出せば、それに応えるように彼女の影から巨大な異形が顔を覗かせる。

 

 額から一対の角が生えた人面の巨蜘蛛

 

 それこそが三郎が生まれた家の姓の由来となった従妖、鬼蜘蛛である。

 

 『獣遁の術』を継承し続けた鬼蜘蛛家代々の当主に仕えてきたソレは、約一年前に十七代目だった祖父から彼女へ『鬼蜘蛛三郎』の名と共に受け継がれた。

 

 三郎の戦闘スタイルは、巨大な鬼蜘蛛を使役する事で広域に打撃を与えるというもの。

 

 それ故にギーラッハのように腕の立つ個人を相手取るのは不得手であった。

 

 尚之助が矢面に立ったのも、そのことを察知していたからだろう。

 

 では、現状において三郎は何をなすべきか?

 

 彼女はそれを正しく理解していた。

 

「……忍びとは戦うのみに非ず。仲間と己の活路を開く事もまた重要な役目也」

 

 祖父の教えを呟きながら、三郎は意識の糸を部屋の隅々にまで張り巡らせる。

 

 自分だけではあの二人の戦いを認識すらできないだろう。

 

 しかし鬼蜘蛛が一緒なら───

 

 『獣遁の術』で感覚をリンクさせた事で、朧気ながら手中に転がり込み始めた戦況。

 

 自身の力が必要になる時を見逃さないという確固たる決意を込めて、三郎は赤い眼で剣舞を捉え続ける。

 

 

 

 

 研究施設の薄闇を切り裂く銀閃がぶつかり、甲高い音と共に火花が散る。

 

 尚之助とギーラッハ、両者が振るう剣戟の数は五十を超えていた。

 

 紅の騎士の巧みな間合い取りによって、己の距離に入れずに防戦を強いられていた尚之助。

 

 このままではジリ貧になると断じた彼は、ここで勝負に出る事を決意する。

 

 下から掬い上げるように振るわれた小太刀によって、逆胴という目的から逸らされた二股の切っ先。

 

 それが弧を描いて刺突へと変化した瞬間────

 

「待っていましたよ、それを!」

 

 今までのパターンからギーラッハの手を読み当てた尚之助が大きく前に出た。

 

 隼の術によって爆発的な速度を得た腿力を利用して力が乗り切る前に大剣をいなし、同時に難攻不落と化していたギーラッハまでの距離を一気に踏破する。

 

「ぬぅっ!?」

 

 それに対して、突きを躱された事で身体が泳いでいるギーラッハは迎撃の一手を討つ事が出来ない。

 

 こうして数十手ぶりに己の刃圏へと相手を捉える事に成功した尚之助。

 

 千載一遇の好機に彼が打つ手は決まっている。

 

「はぁっ!!」

 

 初手と同じく鍔鳴りや金擦れの音すらも置き去りにした神速の一刀。

   

 隼の術で極限まで研ぎ澄ました腕で放つ対魔抜刀術『隼爪(じゅんそう)』である。

 

 闇夜に弧を描きながら己が首を落とさんとする銀閃。

 

 しかし絶体絶命の場面であってなお、ギーラッハの真紅の瞳に(かげ)りは無い。

 

「ぬぅおおおおおおおおおっ!!」

 

 騎士が上げた裂帛の気合に続き、肉を切る音が辺りに響く。

 

 無残な最期を遂げた吸血鬼信奉者の新たな鉄錆の匂いが漂い始める中、相方の勝利を確信していた三郎は驚愕に目を見開くことになる。

 

 なんと尚之介が放った必殺の一手は、ギーラッハの頚椎に達したところでその動きを止めていたのだ。

 

 紅の騎士の命を繋いだのは、尚之助が持つ忍者刀の鍔元で刃を咬み合わせている彼の相棒だった。

 

 彼にしてみれば、まるで瞬間移動したかのように突如として現れた邪魔者。

 

 それを胸に掲げた騎士が宣誓を果たす姿によく似た構えの先に、尚之助は血塗られた口角が吊り上がるのを見て取った。

 

 本能に押されて間合いを取ろうとする尚之助。

 

 しかし、その隙を逃すほど紅の騎士は甘くはない。

 

「おおおおおおおおぉぉぉっ!!」

 

 半ばまで断たれた気道に流れ込んだ血によってくぐもった声を上げながら、ギーラッハは大きく踏み出した勢いのままに己の肩を尚之助に叩き込んだ。

 

 騎士が接近戦などで相手の体勢を崩す為に使用するショルダーチャージ。

 

 斬撃を活かす為のつなぎ技も、吸血鬼という人外の存在が放てば十分な凶器となる。

 

「が……っっ!?」

 

 避ける事の出来なかった痛打を胸に受け、肺腑に溜まった空気を吐き出しながら宙を舞う尚之助。 

 

「セェリャアァァァァッ!」

 

 次の瞬間、好敵手目掛けてギーラッハは渾身の力でヒルドルヴ・フォークを薙ぎ払う。

 

 痛みと衝撃によってグラつく思考の中、迫りくる刃を避けられないと判断した尚之助は、左右の刀を合わせるようにして防御の型を取る。

 

 しかし、それは剛剣を受けるにはあまりにも細く脆かった。

 

 金属が砕ける音と共に宙を舞う刀身の欠片。

 

 無残にも折れた愛刀に尚之助が目を見開いた次の瞬間、颶風を纏った一撃はその身に深く突き刺さった。

 

「ぐはっ!?」

 

 刃に腕ごと胸板を押しつぶされ、肺の中の空気を吐き出す尚之助。

 

 勢いのままに吹き飛ばされた彼は、積みあがった瓦礫の山に突き刺さった。

 

「尚にぃっ!!」

 

 相棒の惨状に上がる少女の悲鳴を他所に、ギーラッハは残心を崩さないままに口内に溜まった血を吐き捨てる。

 

 あの瞬間、ギーラッハの窮地を救ったのは相棒であるヒルドルヴ・フォークに仕込まれたギミックだった。

 

 鍔に仕込まれたもう一つの柄と言うべきグリップ。

 

 夜魔の森の女王唯一の護衛として多対一の戦場を乗り越える為、大剣の取り回し効率を上げて中近双方に対応させるためのそれを掴んだギーラッハは、その膂力に物を言わせて強引に剣を引き寄せたのだ。

 

 そのタイミングはまさに紙一重。

 

 一瞬でも遅れていれば、宙を舞ったのは尚之助ではなく彼の首だっただろう。

  

 気道の再生が終わり、呼吸の違和感が消えた事に息を吐くギーラッハ。

 

 今の彼の中にあるのは全力で剣を振るった心地よい疲れと、死地に遭って生を拾った安堵、そして強敵を倒したという達成感と愉悦がごちゃ混ぜになったものだ。

 

 そしてそれらは一つとなって、すぐさま次の戦いを求める種火として心の中を赤く照らす。

 

 それは武を志した者ならば誰しもが持つ感情。

 

 自分が強いと証明したいという、ある意味幼稚ともいえる衝動だった。

 

 身の内を照らす篝火(かがりび)に己が行く道を見出そうとしていたギーラッハだったが、次の瞬間には現実に立ち返った彼は振り向きざまに剣を一閃させる。

 

 首の傷から血を吐き出すのもそのままに、彼が振り向いた先には灰色の甲殻に身を包んだ巨大な蜘蛛が蹲っていた。

 

 突如として現れた怪異に驚きながらも目を走らせれば、後ろ脚が二本斬り飛ばされており、腹にも十文字の傷が刻まれている。

 

 岩のような殻を持つ怪異にこれだけの傷を負わせるなど、咄嗟に振るった剣が出来る事では無い。

 

 自分の中でそれを可能とするモノに、騎士はたった一つだけ思い当たるモノがあった。

 

『十字剣閃』

 

 主君たるリァノーンから受け継いだ念動力、それをヒルドルヴ・フォークの刃に乗せて放つ必殺の一撃だ。

 

 複製たる身体では姫の力など宿っていないと思い込んでいた為に失念していたが、どうやらそれは間違いであったらしい。

 

「ふっ……」 

 

 途絶えたと思っていた縁が未だに繋がっている事に、我知らず笑みが漏らすギーラッハ。

 

 同時に行くべき道を朧にしていた霧が晴れるのを感じた。

 

 忠節を果たし終えたとて、自分が姫君の臣下であった事実は消える事は無い。

 

 ならば、この身の内に蛮勇が猛ろうとも、己が敷いた士道に背くことは罷り成らない。

 

 再誕して初めて、晴れ晴れとした気分を味わうギーラッハ。

 

 しかし、それも長くは続かない。

 

 重傷を負ったはずの巨蜘蛛が研究室の入口の方へと大きく跳ねたからだ。

 

 地響きを上げて出入口の手前に降り立つ蜘蛛。

 

 振り返ったその口には先ほど吹き飛んだ尚之介、そして背には三郎が鎮座している。

 

「なるほど。先の奇襲、真の目的はその男を救う事であったか」

 

 得心するギーラッハを涙を湛えた瞳で睨みつける三郎。

 

「今は退く。───でも、この借りは必ず返してみせる」

 

「気の吐き様は一人前か。だが、己が騎獣に恐怖を見透かされるようでは未だ未熟。───己の首が欲しくば、牙を揃えて出直してくるがいい」

 

 ギーラッハの吐いた挑発に三郎は周囲に聞こえるほど歯を食いしばったものの、そのまま研究室から姿を消した。

 

「ふむ、釣れなんだか。だが、あれだけ頭に血が上っていても自身の為すべき事を見失わんとは、なかなかに見どころがある娘よ」

 

 顎に手を当てて、そう独り言ちるギーラッハ。

 

 ともあれ、吸血鬼信望者共と歩まぬと決めた以上、彼がここにいる理由は無い。

 

 相棒を背負い研究室を出た彼は、館内に複数存在する吸血鬼の気配を辿って足を進める。

 

 そうして辿り着いた先にあったのは、吸血鬼と化した動物を飼育している区画だった。

 

 生前の記憶によれば、信望者たちは吸血鬼の因子を用いて人と動物が融合したVチューンドなる異形を生み出していた。

 

 その研究が朽ちていなければと、施設の中を漂う微弱な吸血鬼の気配を追って足を運んでみれば、案の定だった。

 

 ギーラッハは居並ぶ吸血鬼と化した動物から馬を見つけると、中でも駿馬と思われる一頭に鞍と鐙を付けて跨った。

 

「騒音を上げて走る鉄車や鉄騎馬は好かん。この身を預けるには馬が一番よ」

 

 上々な乗り心地に満足し、ギーラッハは勢いよく手綱を振る。

 

 次の瞬間、けたたましい鳴き声と共に走り出す吸血馬。

 

 その健脚で研究所の床を踏み抜きながら加速した彼は、ギーラッハを乗せたまま瞬く間に研究所から飛び出してしまった。

 

 照明が絶えなかった研究施設を抜け出してみると、彼等を迎えたのは炭を垂らしたかのような夜闇だった。

 

 今宵は新月。

 

 天から差し込む道標もない黒の中、ギーラッハは速度を緩めずに駆け抜ける。

 

 望まぬ復活を与えられた事で、一度は道を見失った紅の騎士。

 

 彼に再びその在り様を定めさせたのは、皮肉にもその命を狙う刺客だった。

 

 彼との闘争は、どこか虚ろだった男の心に火を入れた。

 

 その身に修めた武を存分に振るう喜び。

 

 猛者と強さを競い合う楽しさ。

 

 命を懸けた真剣勝負のスリルと勝利の快感。

 

 生前、主君を護っていた時には感じる余裕が無かった悦楽をギーラッハの芯へ刻み込んだ。

 

 そして相棒を救おうと挑みかかった蟲怪。

 

 あれを退ける際、この身は未だ姫君の臣下である事を再確認させてくれた。

 

 ならば、己が進む道は決まっている。

 

 それは前では叶わなかった武人の生だ。

 

 己が腕と剣に全てを掛け、最強という頂を目指す修羅の道。

 

 しかし、心のままに蛮勇を振るうワケではない。

 

 ギーラッハという男は、生まれ変わってもなお夜魔の森の女王の臣下なのだ。

 

 己が外道に堕ちれば、姫様の名もまた土に塗れよう。

 

 そうさせぬためにも、騎士として姫に恥じぬ行いをせねばならない。

 

「戒律を以て最強を目指す。600余年ぶりに遊歴に戻ったようだが、それもまた一興よ」

 

 蹄の音が響く中、紅き騎士は二ヤリと口角を吊り上げる。

 

 それは夜魔の森の女王の従者であった時には浮かべなかった貌。

 

 闘争と強者を求める益荒男の相であった。 

 


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