剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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 お待たせしました、26冊目の完成です。

 今回は前後半に分けての投稿。

 後半についてはもう少しお待ちください。


日記26冊目

 久々に五車の里の土を踏んだふうま小太郎です。

 

 これからのことを思うと物凄く気が重いけど、これも正式なお仕事である。

 

 逃げる事は許されない。

 

「若様、本当に来るのが嫌なんですね……」

 

 俺の深い深い溜息に(うれ)いの表情を見せる災禍姉さん。

 

 今回はふうま宗家秘書という肩書で俺に同行してもらっている。

 

 仕事は早いし気も回る素晴らしい才女なのだが、『銀零レディコミ事件』の事を俺は忘れていない。

 

 銀零といえば、あの子は時子姉の影響を受けているのか、以前に比べて随分と明るくなった。

 

 つーか、今日出る時も『稲毛家のアイス希望、溶かしたら罰金!』と、ボディに頭から突撃してきたし。

 

 ここまで性格が変わったら一周回って面白いのだが、上下関係というモノは躾けておかねばならない。

 

 出掛けに妹を泣かすという兄貴としてあるまじき行為をしてしまったが、それはやむを得ない処置だと当方は主張しておく。

 

「ご安心ください、若! 貴方の手を煩わせるような事はありません! 今回起こる全ての些事はこの私がっ! ふうま宗家執事たる天音が!! 華麗に処理して見せましょう!!」

 

 俺と一緒にダウナーになってる災禍姉さんと打って変わって、滅茶苦茶テンションが高いのは天音姉ちゃんである。

 

 以前まで暫定だった執事の立場を今回から正式な物にしたので、当社比5倍で気合入っているのだ。

 

 先日、辞令と共にこの事を伝えた際『時子よりも私が優秀だと認めてくれたのですね!!』とか言っていたが、それは勘違いである。

 

 そも、時子姉はかなり前から執事候補から離れている。

 

 今の彼女はふうまの情報統括官と言うべき存在だし、それ以前に引き籠りでお腐れ様だ。

 

 そんな人物を執事にしようと思うほど俺は酔狂ではない。

 

 そんなワケで、最初から天音姉ちゃんの対抗馬など存在しなかったのだ。

 

 というか、なんで天音姉ちゃんは時子姉をライバル視していたのか。

 

 弾正から代替わりした黎明期から、俺と一緒にいたからか?

 

 う~む、謎である。

 

 閑話休題。

 

 さて、現在俺達は五車学園の校舎を理事長室に向けて移動中である。

 

 同じ来賓の甲河一行とは校門で顔合わせし、俺達には井河さくら、甲河の方には高坂静流が案内で付いている。

 

 ま、本当の所は俺達に妙な事をさせない為の監視なんだろうけどな。

 

「小太郎。アンタ、なんでスーツなんか着てるのよ。まだ中学生なんだから制服でいいじゃない」

 

 『背伸びしたい年頃ってヤツ?』と少々意地の悪い笑みを浮かべるのは、甲河頭領であるアスカだ。

 

 頭領仲間として結構な頻度で愚痴を聞いているだけあって、こ奴は俺に対してかなり気安い。

 

 むこうは紅姉とタメらしいし、どこか弟感覚で付き合っているのだろう。

 

 以前話に出た浩介君とやらも影響しているのかもな。

 

 さて、ちょうどいい機会なので今日の俺達の装いを説明しておこう。

 

 俺は黒のスーツにグレーのYシャツ、あとグレーのネクタイ。

 

 本来ならこれにガーゴイルマスクを付けるところだったのだが、災禍姉さん達の強硬な反対に遭って泣く泣く石仮面に変更した。

 

 まあ、天音姉ちゃんまで真顔で反対していたのを思えば、あのガーゴイルマスクはそれだけヤヴァかったのだろう。

 

 反省、反省。

 

 災禍姉さんはいつものビジネススーツ。

 

 これを着る時は基本的に義足は生身に近いものを選ぶのだが、今回は行き先が五車の里という事もあって戦闘用のモノを濃い黒のストッキングで隠している。

 

 で、天音姉ちゃんもお馴染みの執事服、

 

 今回のイベントに合わせて新品を(おろ)したそうなのだが、正直まったく見分けがつかない。

 

 無精者でゴメンよ。

 

「アスカ、私達は各勢力の頭領として呼ばれているの。彼の格好はそれに対して礼を損なわない為の身だしなみよ」

 

 俺達が口を開く前にフォローを入れた仮面マダムだが、情報屋を営んでいる時の際どいドレスとは違い、ワインレッドのビジネススーツを隙無く着こなしている。

 

 全身からそこはかとなく漏れる威圧感に、悪の女幹部という感想が出たのは秘密である。

 

「あ~失敗したぁ……。これなら私もスーツにしたらよかった……」

 

「だから言ったでしょうに。学校だからいいじゃん、で済ませたのは貴女。今さら悔やんでも後の祭りよ」

 

 額を抑えて天を仰ぐアスカに、マダムは少々呆れ気味に声を掛ける。

 

 彼女がアスカの後見人だという事もあるのだろう、その様子は年の離れた姉妹のようだ。

 

 ちなみに、アスカは発言から分かるように学校の制服である。

 

 しかも夏前という事もあってか、カッターシャツに白い毛糸のベストといういで立ち。

 

 俺達の間では明らかに浮いている。

 

 あと、アスカの四肢もサイバネパーツはやはり戦闘用だ。

 

 これは用心の為のものか、それともナニカをしでかす気なのか?

 

 判断するにはまだまだ材料が足りない。

 

 余談だが、アスカの態度をウチの面々(特に天音姉ちゃん)が(とが)めないのは、事前に釘を刺しているからだ。

 

 将来的に見れば、甲河にもパイプを繋げておけば何かと便利だからな。

 

 とはいえ、天音姉ちゃんはかなりピキピキ来てるようなので、隙を見て(なだ)めておく事にしよう。

 

 

 

 

 理事長室でアサギと当たり障りのない挨拶を交わした後、俺達が今回の舞台となる校庭へと案内された。

 

 今回の(もよお)しは次代を担う学生達に現役対魔忍、そして自身の上に立つ頭領がどれほどの力を持っているかを体験してもらう事を趣旨としている。

 

 そこで行われるのが生徒対五車学園教師、そしてアサギとの模擬戦というワケだ。

 

 俺達の役目はゲスト席に座ってのにぎやかし、後は観戦中に振られた際のコメントぐらい。

 

 原案では井河・甲河・ふうまの三つで、異流派交流としてこのイベントを行うつもりだったらしい。

 

 うん、アサギさんや。

 

 俺等そういう事できる関係じゃないよね。

 

 つーか、それって学生に紛れて暗殺者入れ放題だし。

 

 そんなイベント組んで何か事があったら、忍界大戦待ったなしなんですが。

 

 とはいえ、アサギが焦る気持ちもわからなくはない。

 

 ふうま脱退の余波で主流派は対魔忍の数が激減した事に加えて、肝心の現役の質が10年前に比べて落ちているのだから。

 

 原因はふうま衆を良いように使っていた事の反動である。

 

 なんだかんだ言っても対魔忍は裏方商売。

 

 それに必要な斬った張ったで生き残る為の力は、自ら切り開いた修羅場の数がモノを言う。

 

 しかし反乱後の井河の対魔忍たちは危険な任務をふうま衆に押し付け、自分たちは安全かつ容易なモノを(こな)すようになってしまった。

 

 そうなれば腕が錆びつくのは明白。

 

 かつては裏世界に名を轟かせた達人も、凡人へと成り下がるのはあっという間である。

 

 ここ最近、主流派に属するベテラン対魔忍の多くが任務失敗や殉職しているのはこの為だ。

 

 しかも彼等の多くはこの10年で対魔忍としてのピークが過ぎ去っている。

 

 そうなれば錆を落として(かつ)ての力を取り戻すのは容易ではない。

 

 現に己の限界を感じて引退する者もかなりの数になるらしい。

 

 時子姉が集めた情報では井河さくら・紫より前の世代がこの影響を受けており、数年前に起きた水城不知火の任務失敗もこれが原因の一つではないかと言われている。

 

 だからこそアサギは早急に他の流派と連携を取ろうとし、ゆきかぜ救出の際に形振り構わなかったように、次代の対魔忍を大切にしているのだ。

 

 ふうまの頭としては『ざまぁ』とでも言うべきなんだろうが、完全な貧乏くじのアサギに掛かる負荷を思うとそんな気にはなれん。

 

 適当な後継者でも見繕(みつくろ)って頭領の座を丸投げすれば楽になれるものを、まったくもってお人好しな事である。

 

「あの……ふうま小太郎さんですか?」

 

 校庭の隅に建てられた白いテントの中にある来賓席で思考にふけっていると、聞き覚えの無い声に呼ばれた。

 

 視線を向けてみると、どこかで見たような面影を持つ少年が立っている。

 

 年齢はおそらく俺と同じ。

 

 黒髪で人の良さが顔に出ているような男子生徒だ。

 

「そうだが、君───」

 

「浩介!!」

  

 こちらの声を遮る形で声を上げたのは隣に座っているアスカだった。

 

 どうやら彼がアスカがお熱の相手である浩介らしい。

 

 ふむ、という事は……。

 

「久しぶり、アスカ姉。悪いけど、先にふうまさんと話をさせてほしいんだ」

 

「え~、どうしてよ!」

 

「兄貴の事だから……」

 

「……しょうがないなぁ。待っててあげるから、早めにすませちゃいなさいよ」

 

「ありがとう」

 

 こちらを置いてけぼりで話していた浩介君は、上手くアスカを説得すると再びこちらを向き直る。

 

「失礼しました。オレ、沢木浩介っていいます」

 

 浩介君の口にした沢木という名を聞いて、俺は彼の持つ見知った面影に得心が行った。

 

「そうか。君は沢木恭介氏の」

 

「はい、弟です」

 

「それで、俺に話とは?」

 

「えっと……大分昔のことになるんですが、兄貴が死んだ時にふうまさんは香典を送ってくれましたよね。そのお礼を言いたくて」

 

 意外な申し出に俺は思わず首を傾げる俺に苦笑いを浮かべながらも、浩介君は言葉を続ける。

 

「あの時、ふうまさんが送ってくれた香典にオレもアサギ姉も本当に救われたんです」

 

「香典に?」 

 

「───知ってるかもしれませんが、兄貴はアサギ姉を陥れる道具としてノマドに利用されました。その所為で兄貴は井河臣下の恥さらしって言われて、葬式にもほとんど来てくれる人がいなかったんです」

 

 当時の事を思い出してか、顔を曇らせる浩介君の弁に俺は内心で納得した。

 

 たしかに対魔忍の世界では、沢木恭介の失態はあり得ないものだ。

 

 臣下が人質となった所為で主君が敵の手に堕ちた。

 

 それを聞けば殆どの奴が『敵の手に堕ちた時点で、何故自害しなかった?』と思うに違いない。

 

 少々ゲスの勘繰りを加えれば、この仕打ちの理由の中には臣下の身分でありながらアサギの婚約者に収まった彼への妬みもあったんだろう。

 

「そんな中、数少ない香典を整理していると貴方の送ってくれた物があった。そこに書かれた『沢木アサギ』の宛て名を見て、オレやアサギ姉ははじめて泣く事が出来たんです」

 

「……そうか」

 

 熱く心情を語り始めた浩介君に、俺は動揺を抑えながら当たり障りのない言葉を絞り出す。

 

 うん、思い出したわ。

 

「あの時は井河の誰もが兄貴を否定してた。アサギさんとの婚約も無かった事になって、沢木恭介がいた事実その物をみんなが消そうとしてるように見えたんです。その中で敵であった貴方が、香典とはいえ二人の結婚を認めるような物をくれた。あれがあったからこそ、オレもアサギさんも兄貴の死を乗り越える事ができたんです」

 

 そこまで語って言葉を切った浩介君は、姿勢を正すと深々と頭を下げた。

 

「貴方は俺達の恩人です、本当にありがとうございました!!」

 

「頭を上げてくれ、沢木君」

 

 俺がそう声を掛けると、少し戸惑うようなそぶりを見せてから浩介君は頭を上げる。 

 

「義理事で送ったものが役に立ったのならこちらも嬉しい。礼は確かに受け取ったから、この件については終いにしよう。香典返しだってちゃんと貰ってるしな」

 

「はい! それとオレ、貴方に憧れてるんです! オレもまだ忍術が使えないから、忍術無しでふうま最強って言われている────」

 

 言うべき事を終えて緊張が解れたのだろう、テンション高くまくし立ててくる浩介君。

 

 だが彼の言葉を遮る様に、訓練参加者は所定の場所に集合する旨を伝える放送が流れる。

 

「ヤバッ! すみません。オレも訓練に参加するんで、これで失礼します」

 

「ああ、頑張ってくれ」

 

 ダッシュで戻っていく浩介君の後ろ姿を見ていると、隣で一部始終を聞いていたアスカ達が声を掛けてくる。

 

「やるじゃん、小太郎。浩介の姉代わりとして、私からも礼を言わせてもらうわ。ありがとね」

 

「あれだけの事をされてなお敵に塩を送るとは……流石です、若!」

 

 満面の笑顔で礼を言うアスカ、称賛の声を上げる天音姉ちゃん、そして上機嫌に笑みを浮かべる災禍姉さん。

 

 そんな彼女達から、俺はそっと目を逸らした。

 

 ……言えない。

 

 あの宛て名が『例の決闘事案から一年も経ってるんだから、もう結婚してんだろ』なんてノリで、調べもせずに適当に書いたモノだなんて。

 

 しかも香典だって『これからもお手柔らかにお願いします』的な下心バリバリの賄賂だったし。

 

 というか、さっきから無言でこっちを見てるマダムがメッチャ怖いです。

 

 あの仮面越しに見える眼光。

 

 まさかとは思うが、俺の考えを見抜いているのではあるまいな……。

 

 あの人って、戦闘力を下げた代わりに知略と経験を加算したアサギみたいなもんだからな。

 

 そういう事が出来ても不思議じゃないんだよ。

 

 正味な話、条件付きとはいえアサギを完封できそうなのって、対魔忍じゃ彼女くらいだとおもう。

 

 くわばらくわばら……

 

 

 

 

 

 少々妙なハプニングはあったものの、訓練自体は問題なく開始された。

 

 対魔スーツ姿に着替えたアサギの激励の言葉から始まったこのイベント、聞けば今学期の考査に大きく影響するのだとか。

 

 考査云々といえば学校に行ってる俺も無関係ではないのだが、こちらとて伊達に忍軍の頭領を張ってはいない。

 

 その辺に関しても手抜かりはゼロである。

 

 筆記に関しては常に学年10位をキープしているし、退魔師としての実技だって学長直々に免除されている。

 

 曰く『貴方と戦ったら、他の学生や教師が自信を無くす』とのこと。

 

 代わりに出されていたオーガの首を3つ持ってくるという課題だって、バイトついでに終わらせてきた。

 

 脳みその代わりに刀剣が詰まってるなんて言われている俺だが、本気を出せばこの位は出来るのである。

 

 さて、俺達の前に広がるグラウンドでは生徒や教師が入り混じっての熱戦が……繰り広げられていないんだな、これが。

 

 当たり前のことだが、現役対魔忍である教師と卵でしかない生徒では隔絶した差がある。

 

 なにせ生徒側は発育途上な子供なうえに、一部の例外を除いて初陣すら飾っていないのだ。

 

 それで教師に勝てというのは、少々ハードルが高すぎる。

 

 当然、アサギ相手では言わずもがなだ。

 

「なんて言うか、見所ある子は少ないわねぇ。今の井河って、こんなに人材キツイの?」

 

「学生相手のイベントだもの、玉石混交といっても石が多いのは当り前よ。それでもまったく箸にも棒にも掛からないワケじゃないんでしょ」

 

「まあね。ねえ、小太郎はどうなの? こいつはって感じの子いた?」

 

「将来性の高い生徒は何人かいたよ」

 

「へぇ、誰?」

 

「まずは火遁使いの神村舞華」

 

「たしか(あずま)教諭の妹でしたね、若」

 

「ああ。井河殿との模擬戦で彼女がある程度まで相手のスピードについていけたのは、幼い時から姉の神村教諭の動きを見てたからだろう。教諭は日本最強のヴァンパイアハンター、総合的な戦力では井河殿に遜色ないからな」

 

「神村の敗因はパートナーである弓走に合わせなかったことでしょうね。弓走は里一番の弓の名門。彼女との連携を密にして援護射撃を受けていれば、神村も火力をもう少し活かせたはずです」

 

「ふむふむ、他には?」

 

「あとは教師を倒した面々は見所がある。大斧使いの喜瀬蛍、氷遁使いの鬼崎きらら。サポートに徹して相方のダメージを軽減し続けた土遁使いの篠原まり。あとは紫藤凜花だな」

 

「若がお目を掛ける必要はありません。あ奴は紫藤の家に生まれておきながら主流派に付いた裏切り者、本来なら誅殺されて然るべきです」

 

「止めとけ、天音。移籍の際に残りたい者は残っていいと条件を付けたのはこっちだ、彼女に罪は無い」

 

 それに凜花嬢に関しては、紫藤を主流派へのスパイにするっていうこっちの策の煽りをモロに受けた被害者だ。

 

 物心ついた頃から主流派側で過ごしていたのだ、それを裏切りと言うのは可哀そうすぎる。

 

「紫藤って、アンタんところの部下だったっけ?」

 

「ああ。彼女に関しては色々あってな、今は家を出て主流派に籍を置いているんだ。理由については家庭内事情って事で納得してくれ」

 

「ふーん、どこも大変なのね。ところで、お……マダムは誰が気になった?」

 

 アスカの奴、一瞬マダムの正体ばらしそうにってなったな。

 

「私としては秋山姉弟が意外だったわね。まさか、学生の身で産休を取る子がいるとはおもわなかったんだもの。弟君も休んでいるところを見ると、もしかしたらお腹の子の父親は彼なのかもね」

 

「まっさか~! 一昔前のマンガじゃあるまいし、さすがにそれはないわよ」

 

 互いに笑い合う甲河の女性二人に、俺は仮面の奥で顔を引きつらせた。

 

 この流れでネタに走るとはおもわんかった。

 

 そしてマダム、大正解である。

 

 今回、秋山姉弟は参加していない。

 

 理由は先ほどマダムが口にしたように『産休』

 

 姉弟の代理人である親戚からの連絡では『秋山の次代を担う大切な子なので、万が一があってはいけない』との事らしい。 

 

 実況役のさくらから『学校を産休』というパワーワードを聞いた俺達は、それはもう筆舌し難い顔を浮かべていた事だろう。

 

 事情を語る際の完全に死んでいた目を思えば、奴等の蛮行がどれだけの惨事を引き起こしたのかなど容易に想像できる。

 

 教師連中、とりわけアサギは胃痛で死にかけたのではなかろうか。

 

 さて、訓練最後のプログラムとなるのは八津紫対水城ゆきかぜのカードである。

 

 色んな意味でドロップアウトしそうな凜子に代わって次世代対魔忍筆頭となったゆきかぜと、さくらと並んで現エースの一角である紫。

 

 互いに遠近特化のこの闘い、下馬評では紫有利だが番狂わせが起これば今後の井河の勢力図がひっくり返ること請け合いである。

 

 期待を胸にグラウンドを見ていると、音響係の教師がゆきかぜの元へ向かった。

 

 このイベントは試合開始前に学生側へインタビューを行うようになっている。

 

 普通ならそこで目標や意気込みなどを口にするのだが、ゆきかぜは果たして何を口にするのか?

 

『校長先生! この試合に私が勝ったら、例の事をお願いしますね!!』

 

 含みのあるゆきかぜの発言に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるアサギ。

 

 主のそんな様子を見れば、アサギガチ勢の紫が黙っているわけがない。

 

『水城! 貴様はまだそんな事を言ってるのか!? 色恋などで対魔忍が所属を変えるなど言語道断! ましてや裏切り者のふ───兎も角、論外だ!!』

 

 何とか寸前で踏み止まったものの、肝心な所が隠しきれていない紫の発言にさくらが『むっちゃんのバカぁ……』と机に突っ伏した。

 

 見れば先ほどまで仁王立ちしていたアサギも、壇上の隅で蹲っている。

 

 当事者である俺達は、三人揃ってチベスナ顔である。

 

 そーか、お前は俺等の事をそう見てるのか。

 

 まあ、ギリギリで耐えたのに免じて聞かなかった事にしてやるけどさ。

 

『そんな事、八津先生は彼氏がいるから言えるんです! 本当に人を好きになったら、その想いは誰が何といおうと止められないんだから!!』

 

『な……何を言っている!? 私に男などいないッ!!』

 

『いるじゃないですか、桐生先生が! 八津先生と桐生先生はお似合いだって、私ずっと前から思ってたんです!!』

 

『お前は絶対ムッコロス!!』

 

 豪快に地雷を踏み抜かれた事で、言語障害が発生する程の怒りを見せる紫。

 

 まあ、あのド変態が恋人だと言われれば誰だってキレるわ。 

 

『なんで怒ってるんですか!?』と半ば悲鳴となった声をあげながら、ゆきかぜは狂ったように放たれる斧から逃れる。

 

 奴の発言の何が酷いかと言えば、全く悪意が無いところだろう。 

 

 結局、試合はさんざっぱら逃げ回ったゆきかぜを、紫が『忍法不死覚醒』の再生力で放たれた雷弾の中を強引に掻い潜り、チョークスリーパーに捕らえたところで終了。

 

 あと2秒遅ければ、ゆきかぜの首はポッキリ逝かれた事だろう。

 

 内心、ゆきかぜが負けてホッとしたのは秘密である。

 

 だって、ゆきかぜの言っていた例の件って、十中八九ウチへの移籍だし。

 

 愛の為といえば聞こえはいいけど、トップとしてはそんな理由で宗旨替えする奴を信用するなんて無理だ。

 

 さらに言うと、現状で水城親子を引っこ抜こうとすれば、高確率で井河と戦争になる。

 

 ゆきかぜは兎も角、不知火が消えるとアサギが過労死待ったなしだし。

 

 そしてなにより、想いを向けられてる骸佐当人がそれを望んでいないもんなぁ。

 

 そういうワケなので、いかに将来性があろうとウチがゆきかぜを取る事はありません。

 

 さて、こうして全ての予定が終了した訳だが、幸いな事に何事も起こらなかった。

 

 何かあるだろうと身構えていた手前、少々拍子抜けな話だけれど、それでもトラブルは無いに越したことはない。

 

 後になって思えば、こんな風に気を抜いていたのが悪かったのだろう。

 

 目の前に現れた紫藤凜花に対処できなかったのだから。

 

 来賓の向かいの端に設置された生徒用の観戦席、そこからグラウンドの人だかりを縫うようにして現れた彼女は、俺に指を突き付けながらこう言った。

 

「ふうま小太郎! 貴方達が離反する際に父様を誑かした事、私は許しはしないわ!! 紫藤家は主流派の中でも中核の地位にいた、それを捨ててふうまに走るなんて考えられない! 目抜けの貴方がいったいどんな手を使ったのか、はっきりと言いなさい!!」

 

 瞬間、周囲の空気が完全に凍った。

 

 凜花のよく通る声は、俺の前に置かれた解説用のマイクにほとんどを拾われた。

 

 結果、先の発言はスピーカーを通して全校生徒へと広まってしまったのだ。

 

 井河の関係者に目を向ければ、隣に座っているさくらの驚愕に染まった顔は蒼褪めているし、壇上に立っているアサギに至ってはその顔色は紙のようだ。

 

 甲河の二人は冷めた表情でこちらを見ているし、ウチの連れは憤怒の表情である。

 

 ふうまが離脱してからの彼女の立場を思えば、凜花が俺を責めたい気持ちは分からんでもない。

 

 つーか、これって甚内殿ほとんど何も教えてないんじゃないか?

 

 機密保持の為とはいえ、いくらなんでも酷過ぎる。

 

 これでは彼女が完全に道化じゃないか。 

 

 こっちのツッコミはさて置いて、現状は笑ってしまうくらいに悪い。

 

 彼女にも言い分はあるんだろうが、それにしても場所と言葉が悪すぎる。

 

 今のふうまでは、『目抜け』の(そし)りは半ばタブーとなっている。

 

 それを公衆の面前で、よりにもよって紫藤の人間が口にしたのだ。

 

 後ろの天音姉ちゃんが『殺意の波動』に目覚めたような顔になっているのを見れば、事の重大さは理解できるだろう。

 

 もう学生の戯言(たわごと)で済ませられるレベルじゃない。

 

 甚内殿が知ったら娘を殺して自分も腹を切るレベルだぞ、これ。

 

 彼や紫藤家には多大な借りがあるので、どうにかして命だけは助けてやりたいところだが……

 

 さて、どうしたものか。


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