剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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 お待たせしました、27冊目の完成です。

 感想をくださった皆様のリンカ・スレイヤーっぷりに戦々恐々としましたが、こんな形に収まりました。

 この判断が吉と出るか凶と出るか、その辺はおいおい分かる事でしょう。

 さて、話を見直す為にもう一度アサギ3でもやろうかな。


日記27冊目

 どうも皆さん。

 

 対魔忍やらかしバラエティー『シュラ場バンザイ』

 

 司会のふうま小太郎です。

 

 頭領全裸土下座に代表されるように対魔忍の常識=世間の非常識と言われているが、その波がふうまにも押し寄せてるとは思わんかった。

 

 さっきの紫藤凜花の発言だが、言われた当初は『裏に井河の上層部が噛んでいて、ウチの内部攪乱(かくらん)を狙っているのか!?』なんて深読みもしていたのだが、ドヤ顔を浮かべていた凜花がアサギに吹っ飛ばされたのを見る限り、そういうワケではないらしい。

 

「すみません、ふうま殿! 先の紫藤の発言については、全てこちらの監督不行き届きです! この件はどうか穏便に……ッッ!!」

 

 隼の術による跳び蹴りから流れるように土下座に移行するアサギ。

 

 完全敗北のポーズにも関わらず威圧感マシマシな姿に目を凝らせば、対魔忍スーツから覗く肌は青白い魔族色になっている。

 

 なるほど、これがアサギの本気って奴か。

 

 対魔忍は魔族と人間の混血、その末裔である。

 

 つまり、我々の身の内には多かれ少なかれ魔族の遺伝子が息づいているのだ。

 

 その魔族の力を対魔粒子を活性化させる事で、肉体への影響が見えるレベルまで引き出す。

 

 一歩間違えれば向こう側に堕ちる危険な手を、よくもここまで飼いならしたもんだ。

 

 これはガキの時分の手合わせなどアテにならんな。

 

 しかし、これはどうしたもんか。

 

 俺個人としてはアサギの現在における本気を見れて満足だし、井河の頭領が部下の前で土下座している時点で対外的にもメンツは立つ。

 

 あとの問題は『凜花の発言が紫藤家のモノか否か』と『あいつに対するケジメの付け方』の二つ。

 

 前者については、少々工作が必要な案件だ。

 

 甚内殿の話だと凜花自身は数か月前に逆縁を切っているそうだが、これは正式な破門絶縁となっている訳じゃない。

 

 娘に甘い彼が凜花に気付かれない手段であれこれ援助しているのは、時子姉経由で調べがついてるし。

 

 つまるところ、このままでは俺は凜花の発言を『紫藤に叛意(はんい)あり』として取らねばならんワケだ。

 

 そうなると凜花は当然この場で無礼討ち。

 

 紫藤家は叛徒として断絶、減刑したとしても甚内殿には腹を召してもらわねばらならん。

 

 紫藤は現在ふうま衆の中でも、二車に続いて第二位の勢力を持つ。

 

 相手に非があるとはいえ、そこを潰せば離反者やこちらに恨みを持つ者が出る事は想像に難くない。

 

 さらに言えば、銀零の一件から昨日の今日で粛清なんてやらかしたら上原学長とカーラ女王の評価はダダ下がりだし、弾正の負の遺産の関係から他の部下からの心証も大いに悪化するだろう。

 

 ぶっちゃけ、アホの失言でウチがここまでの被害を被るなど真っ平ご免でござる。

 

 上に連動する形で、後者の件も死んでお詫びはノーサンキューだ。

 

 主流派に鞍替えしているとはいえ、凜花が紫藤の娘であったのは事実。

 

 それを手に掛けたとなると、事情を説明すれば納得する甚内殿は兎も角として、奥さんや蛍丸君と確執が出来るのは明白である。

 

 紫藤に古くから仕えている臣下なんかは幼少の凜花と関わりがあったろうから、そちらの忠誠心にも影響が出るだろう。

 

 忍びの掟云々を思えば、その手のリスクを全部背負ってでもメンツを護らねばならんのだろうが、今の世の中それで回れば苦労はない。

 

 ではどうすればいいのか?

 

 実はその答えはワリと簡単だったりする。

 

 アサギが頭を下げている間に俺は口寄せで災禍姉さんと天音姉ちゃんに指示を出した。

 

 それを受けた災禍姉さんは貴賓(きひん)席を離れ、天音姉ちゃんは左手の義手のモードを切り替える。

 

「顔を上げてください、井河殿。生徒や部下が見ています」

 

 こちらの言葉に勢いよく顔を上げたアサギは、期待を込めた視線を向けてくる。

 

 黒くなった白目と真っ赤な瞳がとっても不気味です。

 

「責任等々については後ほど場所を変えてお話ししましょう。申し訳ないが、今はこちらの所用を優先させていただく」

 

「わかりました……」

 

 そう言うと、アサギは何故か落胆した表情でさくらの傍らに下がっていく。

 

 なんだろう。

 

 もしかして『子供が仕出かした事』と流してもらえると思ったのだろうか?

 

 個人的にはそうしたいけど、残念ながら立場上ムリでございます。

 

 席を立った俺は、数メートル離れた位置で座り込んでいる凜花の前に足を向ける。

 

 明らかに手加減された蹴りで吹き飛んだ彼女は、自分の行いでアサギが土下座したのがショックだったのだろう、呆然(ぼうぜん)と貴賓席での様子を眺めていた。

 

 しかし、俺の姿を目にするとその(まなじり)が再び吊り上がる。

 

「さて質問だ、紫藤凜花。今の発言は井河派に属する『鬼腕の対魔忍』としてか、それとも紫藤家の長女としてか?」

 

「そんなもの、紫藤の長女としてに決まってるでしょう!」 

 

 投げ掛けられた問いにさも当然のように答える凜花。

 

 その答えは自分の死刑執行書にサインするも同然なんだけどなぁ……。

 

 予測通りの答えに、俺はため息と共に携帯電話を取り出した。

 

『どうされましたかな、若様』

 

 数回のコール音の後にスピーカーから流れたのは、紫藤の現当主である甚内殿の声だ。

 

『今日の五車学園のイベントでな、公衆の面前で紫藤凜花が俺を侮辱した。紫藤の主流派からの離反は目抜けの俺に(だま)されたから、なんだとさ』

 

 口寄せで内容が漏れないように現状を報告すると、携帯越しでも甚内殿が息を呑むのがよく分かった。

 

 (そば)で何を言っているのかと(わめ)いているのを見るに、凜花は口寄せを解読できないようだ。

 

 まあ、これは幹部のみに伝えられるもう一段特殊な代物なので、普通は分からなくても無理は無い。

 

 まあ、骸佐や紅姉が知ってることを思えば、同じ八将の縁者でも凜花がふうまとの関係が薄いのがよく分かる。

 

 甚内殿は主流派に与した際、凜花は紫藤ではなく主流派によって忍者教育を施されていたと言っていた。

 

 おそらく、老人会は紫藤がふうまに与しない為の人質として凜花の身柄を押さえたのだろう。

 

 だからこそ、甚内殿は彼女にふうまの内情を伝える事はしなかった。

 

 そう考えれば防諜の為の術である口寄せが使えないのも頷ける話だ。

 

『───小太郎様。そこの(うつ)けは斬っていただいて構いません。私も貴方様が帰還し次第、腹を切らせてもらいます。ですので、どうか紫藤の取り潰しだけはご容赦いただけないでしょうか』

 

 あっという間に覚悟を決めた甚内殿の言葉に、俺は小さく息を付く。

 

『冗談はよしてくれ。小娘の戯言一つで忠臣である貴方や紫藤家を失えるか』

 

『ではどうされるのです? その場には井河の頭領がいるのはもちろん、甲河も招かれていたはず。手(ぬる)い対応では我等が(あなど)られましょう』

 

『それはわかってる。だからな────』

 

 こちらの考えを伝えると、甚内殿はむむっと呻きを上げる。

 

『なるほど。それであれば理屈的に紫藤には(るい)は及ばず、我等も命を拾う事が出来るでしょう。ですが、それで他の勢力が納得するでしょうか?』

 

『納得しなくても構わない。たしかにメンツは大事だが、その為に切り捨てるには今回は代償が大きすぎる。だったら、多少舐められたとしても俺は貴方達を選ぶさ』

 

『ありがとうございます、若』

 

『礼はいらない。こっちこそ、貴方に親として最低の事をさせてしまう事を許してほしい』

 

『なんの。これは娘の愚かさと私の不徳の(いた)すところ、どうか気になされるな』

 

『────わかった。では、頼む』

 

『御意』

 

 鋼の意思が籠った甚内殿の返事を耳にした俺は、携帯をスピーカーモードにして凜花へとむける。

 

『凜花』

 

「お父様!」

 

 携帯から流れる父親の声に、強張った顔を綻ばせる凜花。

 

 しかし、次の瞬間には奴の表情は凍り付くことになる。

 

『貴様は紫藤の者を詐称して、我が主を侮辱したそうだな』

 

「詐称!? 何を言っているの! 私は紫藤の跡取り────」

 

『あの夜に貴様が我等に逆縁を切った時点で、こちらも破門絶縁としておる! 我が紫藤を継ぐのは長男の蛍丸、貴様ではないわ、阿呆が!!』

 

 普段の穏やかな甚内殿からは想像もつかないほどの怒声に、小さく悲鳴を上げる凜花。

 

 今の今まで気づかれない形で支援しておいて破門も何もあったもんじゃないが、この辺は長年の演技力がモノを言った。

 

 そもそも縁切りなんてものは書類を残さなくても、家長の裁量でどうとでもなるものだ。

 

 甚内殿がこう発言した時点で、紫藤家にとってはこれが真実となる。

 

 今までの支援にしたって、言い訳なぞどうとでもできるだろう。

 

『我が主、ふうま小太郎様。紫藤と前八将たる我が母、頼母の名に誓いましょう。そこの者はもはや当家の縁者に(あら)ず。我等に宗家への叛意はございません』

 

「了解した。その言葉、信じよう」

 

『ありがとうございます。では、御免』

 

 ブツリという切断音を最後に沈黙する携帯電話。

 

「これで貴様の発言が紫藤のモノではないことが証明されたな。下らん嘘をつくな」

 

 俺はそれを懐に収めると貴賓席へと踵を返す。

 

「待ちなさい!」

 

 しかし、一歩踏み出したところで背後から怒声が掛かった。 

 

 振り返れば、そこには般若のごとき形相と化した凜花が立ち上がってこちらを睨みつけている。

 

「この卑怯者! またお父様を(たぶら)かしたのね!!」

 

「阿呆。お前が紫藤の人間を詐称するから、当主の甚内に確認を取っただけだ」

 

「偽ってなどいない! 私は紫藤の長女よ!!」

 

「だった、だろう。言葉は正確に話せ。甚内が破門絶縁した時点で、お前にその姓を名乗る資格はない。────俺が相手をする理由もな」

 

 俺の言葉と共に、隣に天音姉ちゃんが現れる。

 

「天音、奴に自分の吐いた言葉がどれだけ高くつくかを教えてやれ。だが、井河殿が謝罪した手前もある。殺すなよ」

 

「御意」

 

 すれ違いざまに俺は我が家の執事へと命を下す。

 

「どこへ行くの! まだ話は────」

 

「馬鹿め。貴様のような下忍以下の見習いを若が相手にするものか」

 

「なんですってッ!」

 

「若が貴重なお時間を割いていたのは、貴様が紫藤の人間だと騙っていたためだ。そうでなればふうまの頭領が一介の学生風情の言葉など、まともに取り合うワケがなかろう。そして……」

 

 一度言葉を切ると、凜花の前に立ち塞がった天音姉ちゃんは邪眼に紅い光を灯しながら構えを取る。

 

「若様の手を煩わせる事無く貴様のような些事を片付けるのが、宗家執事たる私の役目。────来るがいい小娘。我等が主を侮辱した罪がどれほど重いか、その身に叩き込んでやる」

 

「~~~~~ッッ! 舐めるなッ!!」

 

 度重なるこちらの言葉に堪忍袋の緒が切れたのか、怒号をあげながら天音姉ちゃんに襲い掛かる凜花。

 

 訓練で使っていた肉体の一部を煙に変える『煙遁の術』に意識が行っていない辺り、相当頭に血が上っているようだ。

 

 とはいえ、凜花の対魔殺法は学生ながら一端のレベルにある。

 

 それに魔界技術で精製された高硬度合金オリハルコンのナックルガードが加われば、その一撃は頑強なオーガの頭蓋でも容易く粉砕するだろう。

 

 この打撃の強烈さと煙遁の術をアレンジした『忍法・飛び紫煙』による奇襲こそが、奴の異名である『鬼腕の対魔忍』の由来となっているのだ。

 

 しかし、そんな必殺の一撃も天音姉ちゃんはたやすく躱してみせる。

 

 学生の身でありながら二つ名を持ち、現役対魔忍に迫る実力を手に入れた凜花は確かに天才の部類だろう。

 

 しかし、それを言うなら姉ちゃんも天賦の才を持つ者だ。

 

 あまりに高い戦闘への適性から家族に恐れられていた姉ちゃんは、その能力に目を付けた弾正に引き取られたらしい。

 

 そしてクソの命によって数多の戦場を駆け巡る事で、その才を開花させていった。

 

 同じ天才同士であるならば、優劣を決めるのは経験の差だ。

 

 その点では一年程度しか実戦経験のない凜花では、幼少の頃から修羅場に身を置いていた姉ちゃんには遠く及ばない。

 

「フッ!」

 

 ぬるりと滑り込むように懐へと入り込んだ姉ちゃんは、呼気と共に左手を凛花の水月へと叩き込んだ。

 

『ふうま体術・波の型』

 

 ふうまに伝わる体術は他流派の対魔殺法とは違い、力よりも技術を重視する。

 

 その在り様は日本古来から伝わる柔術に近く、間合い取りと交差法(カウンター)にこそ極意があるという。

 

 それを高いレベルで極めている天音姉ちゃんにしてみれば、怒りに任せた大振りの拳を捌くなど朝飯前だ。

 

「ガッ!?」

 

 米連の最新技術によって新調されたサイバネパーツは、邪眼によって発生した対魔粒子を増幅して掌の発射機構から解き放つ。

 

 人間の打撃では到底出せない大砲を発射したような轟音が響き、凜花の身体は風に舞う紙切れのように吹き飛んだ。

 

 頭からグラウンドに墜ち、土煙を上げながら二転三転する凜花の身体。

 

 自身がいた位置から数十メートル後方でようやく止まった彼女は、血反吐を吐きながら腹部を庇うように身体を縮ませるだけで、立ち上がる気配を見せない。

 

「これで終わりか? 技術、精神、さらには肉体まで未熟では話にならんな」

 

 そう言いながら、凜花の頭を踏みにじる天音姉ちゃん。

 

 こっちとしては顔が立つ程度に痛めつければいいだけで、ヘイトが溜まる悪役プレイは勘弁してほしいのですが……。

 

「ねえ、小太郎。アンタ、自分で処罰しないの?」

 

 貴賓席に戻って観戦していると、案の定アスカが声を掛けてくる。

 

 彼女の性格からしたら、舐められたと思ったら自分でブン殴らないと気が済まんのだろう。

 

「ふうま幹部の家ではな、当主の裁量が必要な案件以外は執事が対処する事になってるんだよ」

 

「あの娘がふうま八将の一つである紫藤の人間ではないと分かった時点で、五車の学生の失言にまで事態の重大さは下がった。井河からの謝罪もあったのを鑑みて、ふうま殿が直接手を下す事案ではないと判断したのね」

 

「そういう事だ。ここで俺が出張ったら執事の仕事を取る事になる。それは組織として褒められた事じゃない」

 

 それにふうまガチ勢の天音姉ちゃんに任せた方が、見える形でケジメが付くだろうからな。

 

 剣が壊れてる手前、俺がやると浸透勁からの七孔噴血であの世に送りかねん。

 

 そんな事は置いておくとして、天音姉ちゃんたちの方に目を戻そう。

 

 腹部へのダメージからされるがままになっていた凜花だが、あれでも次世代を担うと言われた対魔忍候補の一人。

 

 土を噛みながらも得意の『煙遁の術』の術を使い、煙にした腕を姉ちゃんの背後に飛ばして襲い掛かる。

 

 狙いが後頭部である以上、当たれば一気に形勢を逆転させることが可能な一撃だが、ああも『意』が消せていないのでは内家剣士でなくても気付く。

 

 天音姉ちゃんが腰を落とした事で乾坤一擲の一撃は虚しく空を切り、そのお返しとばかりに立ち上がる反動を利用した天音姉ちゃんのサッカーボールキックが凜花の顔面を跳ね上げる。

 

 常人を軽く超える対魔忍の腿力で身体ごと引き起こされた凜花。

 

 姉ちゃんは実体を保っている相手の右手首から上を素早く捕ると、肘に逆技を掛けながら背負い投げで地面へ叩きつけた。

 

「あぐぅ……ッ!?」

 

 アームブリーカーの要領で伸びきった肘を肩に叩きつけられたうえに、そこを支点にして己の全体重が掛かったのだ。

 

 当然凜花の右腕は圧し折れ、肘の内側からは折れた骨が飛び出していた。

 

「勝負ありね」 

 

 なんとか悲鳴を押し殺したものの、痛みでのたうち回る凜花を見たマダムはため息と共にそう呟いた。

 

 普段は無駄に迸る忠誠心と高いテンションでアレな天音姉ちゃんだが、ああ見えてもふうまでは屈指の実力者だ。

 

 ぶっちゃけタイマンのガチ勝負なら、その力量はさくらや紫をも上回るだろう。

 

 そんな姉ちゃんが怒りに燃えているのだ、いかに実力があろうと学生程度では相手になるワケが無い。

 

「ふん、まるで豚のような声だな。だが、これで終わりだと思うなよ。我が主を侮辱した罪はこの程度では贖えん」 

 

 言葉を吐き捨てるとともに、姉ちゃんは凜花の前髪を掴んで頭を引き上げると、左手を顔面に叩きつけ始めた。

 

 手打ちの拳ではあるものの、相手が無抵抗な上に振るっているのは特殊合金製の義手だ。

 

 一発入る度に肉を打つ音と粘着質な濡れた音が響き、凜花の顔がみるみる赤く染まっていく。

 

 普段の天音姉ちゃんなら、こういった場合憤怒の表情で罵倒と共にオーバースイングでブン殴ってるのだが、今は人形のように無表情で、拳だって的確に急所を狙っている。

 

 ヤバいな。

 

 頭に血が上りすぎて抹殺モードに入ってるわ、アレ。

 

 こっちの命令は聞いていたので本当に殺すことは無いだろうが、このままだと消えない傷が残るのは間違いない。

 

 学生連中も見ていることだし、ここらで手打ちにすべきだろう。

 

「そこまでだ、天音」

 

「ハッ!」

 

 こちらが声を掛けると、手にした凜花を投げ出して俺の側へ戻る姉ちゃん。

 

「殺さないように手加減しましたが、あれでよろしかったでしょうか?」

 

 表情を崩さずに問いかける姉ちゃんだが、ギラリと光る眼光を見れば物足りないと思ってるのはバレバレである。

 

「十分だ、ご苦労だった」

 

「宗家の執事たる者、この程度は造作もございません!」

 

 本当は許容できるギリギリのレベルだったが、その辺は隠してねぎらいの言葉を掛けると、途端に満面の笑顔を浮かべる天音姉ちゃん。

 

 こんな反応するから、陰で『わんこ』って呼ばれるんだよなぁ。

 

 さて件の凜花だが、俺が引かせた事で粛清劇が終わったと判断したのだろう、慌てて駆け寄った救護班によって担架に乗せられ運ばれていった。

 

「あの程度で済ませて良かったの?」

 

 傍から見ても甘いと見えたのだろう、アスカが不満そうな顔で声を掛けてくる。

 

「いいんだよ。再起不能にするよりも、この方がキツいんだから」

 

「今回の件で五車学園に二凜ありと言われた凜花のカリスマ性は地に落ちた。アスカも分かるでしょうけど、自身の失態で頭領を土下座させた責任は決して安くないわ。次世代のエースとして約束されていた栄達を失い、さらには同僚に白眼視される中を生きねばならない。プライドの高い彼女にとっては地獄でしょうね」

 

「あ~、そっか。考えたらあっさり死ぬよりそっちの方がツラいわ」

 

「無礼討ちとして殺すのは簡単だが、元身内である以上はどうあってもデメリットが存在する。今のふうまは名よりも実を取るのがモットーでね、そういった物は極力避けたいのさ。────尤も、必要なら個人じゃなくて団体ごと潰すけどな」

 

「若様、ただいま戻りました」

 

 甲河の二人と意見を交わしていると、今度は災禍姉さんが戻ってきた。

 

「首尾は?」

 

「はい。時子に命じて手続きは全て終えております。あとは若様の認可があれば」

 

「分かった。戻り次第処理しよう」

 

「お願いします」 

 

 災禍姉さんの答えに俺は小さく頷いた。

 

 今回、時子姉に命じたのは紫藤における凜花の破門と、蛍丸君を後継者として承認する書類を作成する事だ。

 

 本来ならこう言ったものは紫藤が用意するもので宗家が作るのはマナー違反なのだが、今回は事情が事情なので手を出させてもらった。

 

 本当に必要かと問われれば何とも微妙な所ではあるものの、この手の隠蔽事はどこから突かれるかわかったものじゃない。

 

 用心に越したことはないだろう。

 

 

 

 

 傾いた陽が車内を照らす中、天音姉ちゃんの運転で俺達は帰路に付いていた。

 

 イベントはあれ以降ハプニングも無く終了し、生徒の解散に先立って俺達は理事長室へと案内された。

 

 そこで俺達を待っていたのは、通常の状態に戻ったアサギによる改めての謝罪であった。

 

 俺達には凜花の件、そして甲河には生徒の暴走で不快な思いをさせた事。

 

 今回はホストが井河なのだから、これは当然の事だろう。

 

 さすがにこの件では甲河も吹っ掛ける気が無かったらしく、謝罪を受け取ってからはイベントの感想を述べる程度に収まった。

 

 最後に来賓として軽いアンケートに答えて参観は終了。

 

 アスカは『浩介と会ってくる』と足取り軽く部屋を後にし、マダムはため息を吐きながらも彼女に続いた。

 

 で、俺達は今回のケジメについて話を詰め、双方合意を得た後に五車学園を発ったワケだ。

 

「若、あれで本当に良かったのですか?」

 

 曲がりくねった山道を巧みなハンドリングで駆け抜けながら、天音姉ちゃんがこちらに声を掛けてくる。

 

「ああ。所詮は尻に殻が付いた学生のやったこと、目くじら立てるのも器が小さいと喧伝するようなモンだ。それに、これからの苦労を考えたら十分に代償は払ってるさ」

 

「では、どうして今回の代価としてアサギに奴のフォローを?」

 

「甚内殿はああ見えても情に篤いからな、切り捨てたとしても娘の事を気に掛けるだろう。だから、むこうで凜花が潰れたとあっては本業にだって影響が出かねん。そうならない為の保険だよ」

 

 主流派にしたって、これ以上搾り取ったらコケかねんしな。

 

 そうなると将来的に困るのはこっちだ。

 

 上原学長からの情報だと内調も不穏な動きを始めてるって話だし、今は圧を掛けるべきではないだろう。

 

「若様、それは少々────」

 

「甘いか?」

 

「はい」

 

 こちらの問いに迷う事無く頷く災禍姉さん。

 

 身内からそういう意見が出るって事は、アサギ達から見れば俺は相当な甘ちゃんに見えるのだろうな。

 

「俺もその自覚はあるよ。けど、俺達宗家は親父の代で一度やらかしてるんだ。ふうま衆はあのアホの所為で身内を失った者や辛酸を舐めた者が殆どだ。そんな状態なんだから、普通にやっても信用は戻らんさ」

 

「……それを言われると、こちらも返す言葉がありませんね」

 

 当時から宗家に務めていた災禍姉さん達にこんなことを言うのは気が引けるのだが、もう少し地盤が固まるまではこの辺の事を自覚してもらわんと困る。

 

 俺にはアサギのようなカリスマ性は無いのだ。

 

 なので足りない求心力を別の物で補わねば、ふうまはたちまち空中分解してしまう。

 

 部下に甘いのはその一環だとご理解いただきたい。

 

「まあ、俺がこんな采配振るえるのも姉さん達がいるからこそだ。色々脇が甘い頭領だけど、これからも力を貸してくれると助かります」

 

「もちろんですわ」

 

「若を支えるのが執事たるこの天音の務め、遠慮なくお使いください!」  

 

 頭を下げる俺に二人は色よい答えを返してくれた。

 

 頭領だから傅かれるのが当然なんて考えていると弾正みたいな事になる。

 

 人間、如何なる時も謙虚な心を忘れてはいけないのだ。

 

 

☆月●▲日

 

 憂鬱なイベントも終わり、ようやく日常が返ってきた。

 

 急ぐことは無いと放っておいたが、今の俺には一つ大きな問題がある。

 

 それは得物が無いという事だ。

 

 銀零との一件で、四年間共に闘ってきた倭刀が逝ってしまった。

 

 バイトに関しては支給されたロングソードを使っているので問題ないが、さすがに本業で丸腰はいただけない。

 

 ふうまの武器庫にある一山いくらの数打では、今の俺だと手加減しないと折れかねない。

 

 そういうワケなので、ノイ婆ちゃんの店へと足を延ばすことにした。

 

 今回の付き添いはなんと紅姉。

 

 一人で行こうとしたところ、偶然会った紅姉は『私も一緒に行く』とアピールしてきたのだ。

 

 別に断る理由も無いので連れてきたが、後ろをコソコソつけてくる槇島がスッゲーうざい。

 

 というか、旅費まで自腹切って追っかけて来るとか。

 

 これって従者とかいう枠超えてるだろ。

 

 紅姉にストーカーに気を付けてと忠告すべきだろうか?

 

 妙なオマケが付くことになったが、俺達は問題なくアミダハラの土を踏むことが出来た。

 

 この街は初めてという紅姉は、前回の骸佐と同じく完全なおのぼりさん状態。

 

 そんな紅姉を考慮して時間の許す限り街を案内したのだが、背後にいる槇島からの圧が凄い。

 

 あいつはいったい何がしたいのか?

 

 メンチ切りまくってるところを重ねて言うが、我一応頭領ぞ?

 

 奴の態度については、一度決着を付けねばならんかもしれん。

 

 さて、紅姉が存分に観光を楽しんだところで本命であるノイ婆ちゃんの店に行った。

 

 店には婆ちゃんの他に以前助けたリリス嬢、そして見慣れない幼女がいた。

 

 彼女の名はミリアム。

 

 婆ちゃんの古い馴染みの魔女で、対魔忍に力を封印された為に今のようなチンチクリンになったらしい。

 

 ちなみに本名を名乗ると色んなところから命を狙われるそうなので、ミリアムは偽名なんだとか。

 

 俺達が対魔忍と知ったら因縁を付けられるかと思ったが、意外な事にそうではなかった。

 

 なんでも『私はお前等みたいな子供を虐めるほど大人げなくはない』とのこと。

 

 こっちがムジュラ―であると知って色々と絡んでくるミリアム女史を相手にしながら、俺は婆ちゃんに今回の要件を切り出した。

 

 婆ちゃんの店は魔道具だけでなく、いわく付きの武器なんかも取り揃えている。

 

 用意されたラインナップは、今回もバラエティに富んでいた。

 

 まずは七星剣の贋作に始まり、北欧神話に出て来る竜殺しの魔剣グラムのレプリカ。

 

 ソウルエッジという魔界の邪剣に、その対になるソウルキャリバーという霊剣。

 

 白面金剛九尾の狐を倒した槍、魔界の技術で再現したライトセーバー。

 

 切れ味がめっちゃ鈍い代わりに経験値が二倍手に入るというメサイアンソード。

 

 シャオ・カーンという魔界の王が持っていたと言われる血塗られたハンマー等々。

 

 そんな中で俺の目を引いたのは、ムラマサという銘の刀だった。

 

 試しに手に取って内勁を通してみたところ、なんと脳裏に剣の記憶というべき光景が浮かんだのだ。

 

 この刀の所有者は迷宮を探索する忍だった。

 

 苦難の果てにムラマサを手にした彼は、何故か全ての装備を脱いで生まれたままの姿となった。

 

 そして圧倒的な機動力と正確無比な斬撃によって、次々と魔物達を屠っていったのだ。

 

 他の仲間がフルプレートなどの重装備で戦う中、奴は『当たらなければどうということはないっ!』と言わんばかりに敵の攻撃を躱し、一刀のもとに首を刎ねる裸族。

 

 その強さは上忍以上、まさに超忍といっても過言では無いだろう。

 

 だがしかし、悪意渦巻く迷宮をブツをブラブラさせながら駆け抜けるその姿は、まごう事なき変態であった。

 

 思わぬ形で剣の真実を見せられた俺は大いに悩んだ。

 

 何故なら、この刀を持っていると『服を脱げ!』という思念が流れてくるからだ。

 

 脱げば脱ぐほど強くなる剣、たしかに対魔忍とは相性抜群だろう。

 

 だが俺は対魔忍ではないし、ネイキッドで暴れるという特殊性癖も持ち合わせていない。

 

 コイツに操られてすっぽんぽんで戦うなど死んでも御免である。

 

 さりとて、これが稀代の名刀であるのもまた事実。

 

 判断に困った俺は、婆ちゃんにコイツの呪い染みた思念を(はら)えるかを確認してみた。

 

 すると悩む婆ちゃんに代わって、ミリアム女史が『ノイに頼まずに貴様が自分でやらんか。体内の魔力を祓い続けているのだ、その程度は造作もあるまい』などと妙な事を言い出したのだ。

 

 どういう事かと首を傾げると、『まさか、無自覚だったのか!?』と驚く女史。

 

 彼女が言うには、俺は巡らせた氣によって体内の魔力、すなわち対魔粒子を排除し続けているらしい。

 

 ノイ婆ちゃんも出会った頃より格段に感じる魔力が減っていると言っているし、間違いは無いのだろう。

 

 この事で不安に駆られた紅姉によって、俺は半ば強制的にノイ婆ちゃんたちのメディカルチェックを受けさせられる事となった。

 

 その結果、判明したのが以下の事柄だ。

 

 まず、俺の氣功は対魔忍の力と相反するモノらしい。

 

 通常対魔忍が強くなるというのは、その血に潜む魔力、即ち対魔粒子を活性化させることを言う。

 

 人と魔族では異能はもとより、身体能力に関しても圧倒的に後者に軍配が上がる。

 

 ならば、己が身の内で眠る魔の力を引き出す事で強くなるのは当然の帰結だ。

 

 この辺は過日のアサギを見ればよく分かるだろう。

 

 しかし内家剣士にとって必須ともいえる氣功術は、人間の生命力を基に精錬・増幅する事で力と成す。

 

 それは退魔師の扱う霊力に類する物で魔力とは水と油だという。

 

 結果として、俺の体内で邪眼の生み出す対魔粒子と氣が食い合い、互いに相殺される事態になってしまった。

 

 俺の邪眼が目覚めなかったことや、ガキの頃は妙に氣の通りが悪かったのはこれが原因だったのだ。

 

 目抜けの原因が他でもない自分自身だったとは、何ともコメントに困る話である。

 

 余談だが、アサギが3000倍に上げられた感度を鎮めたように、対魔忍も氣を練る技術は存在する。

 

 もっとも、これは対魔粒子をより多く引き出す事を指しており、俺の使う氣功とは根本的に異なるものなのだが。

 

 話を戻そう。

 

 ノイ婆ちゃん達の調べでは、今の俺の身体には対魔粒子は殆ど残っていないらしい。

 

 これは成長するに従って忍術よりも戴天流に重きを置いた事、そして対魔粒子の大きな源泉である邪眼を潰した事が原因だと思われる。

 

 また現在生成されている僅かばかりの対魔粒子も、このまま行けば枯渇する日は遠くないという事だ。

 

 ミリアム女史曰く、魔の力を以て魔と対峙するのが対魔忍ならば、俺は人の業を以て魔を退ける退魔忍なんだとか。

 

 いや、誰が上手い事言えと。

 

 たしかに『呪いを斬る』という意を込めて内勁を通したらムラマサの残留思念が消えたし、そう考えるなら女史の意見も(あなが)ち的外れではないのだろう。

 

 色々と新事実が判明してしまったが、日付が変わる前に帰らねばならない事を思い出した俺は、当初の予定通りにムラマサを購入してノイ婆ちゃんの店を後にした。

 

 お金? 

 

 仕事道具ですので、もちろん経費で賄いました。

 

 帰り道はまたしても紅姉がガチ凹みしていたので、励ますのが大変だった。

 

 魔から離れつつある小太郎の傍に、私みたいな化け物がいるのはうんたらかんたらと。

 

 だから、紅姉はもう一回ダンピールの伝承を勉強しなさい。

 

 まあ、そんなうじうじした思考も出迎えた爺様の『なんじゃ。一泊して一発ヤッてくると思っておったのに』という割と最低な冗談で吹っ飛んだが。

 

 つーか、官舎で旋風陣打ち合うのヤメロや。

 

 しかし、人の業を以て魔を退ける退魔忍ねぇ。

 

 カーラ女王のメガネにかなったのって、それが関係しているのかもな。  


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