剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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 相変わらず紅の来ない作者です。

 リリムの次は沙耶NEOってどういう事か?

 人外に好かれているなら、紅にワンチャンあるだろうに……

 まさか、これも幻庵の爺様の呪いでは……ッ!?

 と言う訳で、お祓いがてらに投稿です。

 今回は紅に触れたから、書けば出るの法則に反していないはず。


日記3冊目

 ◆月■日(晴れ)

 

 

 今日は良い事があった。

 

 なんと任務の途中で骸佐と権左の兄ィに再会したのだ。

 

 ふうまが滅んでから二車の家には接触を禁じられてたんで、顔を合わせるのは実質五年ぶりである。

 

 聞けば骸佐達は二年前から任務に付いているらしく、夜叉髑髏と土遁の槍使いといえば対魔忍の中でも有名なんだとか。

 

 うーむ、ぶっちゃけ全然聞いた事がない。

 

 もしかして、この辺も情報統制食らってるのかな?

 

 何はともあれ、久々に会ったのである。

 

 仕事なんぞとっとと片付けて飯にしようと意気投合した結果、自己ベストを更新するほどのスピードで任務を片付けることができた。

 

 まずは権左の兄ィが土遁で床に針山を造って先制攻撃、その針を軽身功で足場にして俺が三次元機動殺法、最後は骸佐が斬馬刀『侘助』によるキン骨スラッシュでフィニッシュである。

 

 やっぱ、信頼できる仲間がいるっていいよね。

 

 任務だと基本的にソロだし、俺。

 

 帰りに喰った屋台のラーメンは本当に美味かったです。

 

 

 ◆月▽日(雨時々くもり)

 

 

 異常がないという検査結果から退院して数日、ようやく銀零がこちらに慣れてきたようだ。

 

 救出した当初は話しかけてもほとんど返事を返さなかったのだが、この頃は少しずつ自分の要求を口にしてくれるようになってきた。

 

 どうやら彼女は女の子らしく甘味を好むようで和菓子、特に大福がお気に入りのようだ。

 

 任務のお土産に色々な名店の品を持っていくのだが、小動物のようにはむはむ食べているのが殺伐とした毎日の中の数少ない癒しとなっている。

 

 この頃は一人寝が寂しくなってきたのか一緒に寝てくれと頼んでくることもあるので、仕事がないときには極力応じてあげている。

 

 しかし時子姉や災禍姉さんには、そういった頼みを受けたことはないと言っているのは少々気にかかる。

 

 この時分の子供というのは兄弟よりも母性を求めるものだと思っていたのだが、もしかして違うのだろうか?

 

 こういった時、子育て経験がある知り合いがいないのが痛い。

 

 二車の小母さんがいたら相談できるのになぁ。

 

 あと、保護した時に買った腕輪も気に入ってくれているみたいだ。

 

 もっとも、今は手にもってシャンシャン鈴を鳴らす楽器のおもちゃ代わりのようだが、本人が楽しんでいるのなら余計な事を言うつもりは無い。

 

 しかし、妹というのは可愛いものである。

 

 今まで時子姉や紅姉、二車の上の兄弟や骸佐達と、年上かタメしか周りにいなかったから年下の相手はなかなかに新鮮だ。

 

 銀零も今のところ親父の要素は全く見れないし、愛らしい顔からして将来は美人確定だろう。

 

 出来れば対魔忍なんて生臭い世界とは無縁であってほしいが、ふうま宗家の血を引いている事や目覚めていない邪眼の事を考えるとそれも難しい。

 

 主治医である米田のじっちゃんに協力してもらって対魔忍の能力を封印する方法という物を研究しているが、こちらの進捗具合は芳しくない。

 

 仮に関わる事になったとしても鉄火場には出るような事態にならないよう気を配ろうと思う。

 

 命なんて紙より軽い家業だが、保護者としてあの子が嫁に行くまでは死なないようにしなければな。

 

 基本自由恋愛に任せるつもりだけど、個人的には骸佐がお勧めしたい。

 

 ずいぶんと将来の話ではあるけれど、一考の価値はあると思うのだがどうか?

 

 

 ◆月〇日(豪雨)

 

 

 昨夜、何故か再び濤羅(タオロー)兄ィが枕元に立った。

 

 曰く、妹を親友の伴侶にしようとするのは止めておけとの事。

 

 たしか、彼の妹は前世で所属していた犯罪結社『青雲幇(チンワンパン)』の副寨主(さいしゅ)(No2のこと)劉豪軍(リュウ・ホージュン)の婚約者だったはずだ。

 

 豪軍は戴天派の兄弟子で結構な人格者であったのだが、俺がくたばった後に何かあったのだろうか?

 

 いや、この前メンチビーム飛ばしてきた人影を思えば、それは愚問というモノだろうが。

 

 そういえば、こっちが裏切り者としてマトにされた時に妙な噂を聞いたな。

 

 豪軍が李寨主が病床にいるのを良い事に、幇を牛耳っているとか。

 

 もしかしたら、その辺のことが関係しているのかもしれない。

 

 だとしても、それと濤羅兄ィの忠告がどう繋がるのかがさっぱり読めん。

 

 マジであの後何があったんだ?

 

 もはや確かめようのない事は考えても仕方ないので置いておくとして、兄弟子があの世から迷い出てまで送ってくれた忠告である。

 

 ここは素直に聞いておくのが弟弟子としての礼儀というものだろう。

 

 はぁ……骸佐って優良物件なんだけどなぁ。

 

 あいつだったら俺も安心して任せられるのに……勿体ない。

 

 

 ◆月□×日(くもり)

 

 

 今日は心願寺の爺様が久しぶりに紅姉を連れて来た。

 

 紅姉と会うのはかれこれ二年ぶりになるのだが、ぶっちゃけ女の発育ってスゲェ。

 

 俺よりタッパは高くなってるうえに寸胴ボディーじゃなくなってるし、はっきり言ってふうまの里にいた頃とは別人である。

 

 正直誰やねんと思わなくもなかったが、それを口にするとメンタル豆腐な紅姉は泣くだろうから止めておく。

 

 あと、紅姉の従者として槇島あやめと言う人を紹介された。

 

 紅姉より年上の女性なのだが、何故か俺を見る目がキツイ。

 

 どうせ『目抜け』の件で馬鹿にしているか何かなんだろうから、その辺は気にする必要もないだろう。

 

 紅姉は現在、一人前の対魔忍になるべく爺様の下で修業の日々を送っているらしい。

 

 なんでも例の吸血鬼に攫われたままのお袋さんを助けるのが目的なんだとか。

 

 ……未だ紅姉が修業中という部分にはあえてツッコまない。

 

 現場に出るのって15を過ぎたぐらいが普通であって、年齢一桁でバリバリ任務熟してる俺と骸佐がおかしいのである。

 

 任務に行くたびに道端でオークやら魔族にアヘらされている対魔忍を見ている身としては、知り合いの女性が現場に出る事は賛成しないのだが、紅姉は事情が事情なので反対できん。

 

 せめてもの対策として、爺様には米田のじっちゃんの処に行って古傷を治してもらう事にしよう。

 

 現代医療では無理でも、じっちゃんの持つ魔界の技術だったら何とかなるだろうさ。

 

 

 ×月▽●日(くもり)

 

 

 ふうまお抱えの医師である米田のじっちゃんから衝撃の提案があった。

 

 なんと魔界生物の体液が持つ媚薬効果を打ち消す薬の開発の目途が立ったというのだ。

 

 魔界の勢力と日々戦う対魔忍にとって、オークを始めとした魔界生物の持つ媚薬成分は天敵と言える。

 

 あっさりあの世に逝く男はともかく、女性対魔忍にとっては道端でアヘ顔ダブルピースや奴隷娼婦、メス豚等々のあり得ない堕落っぷりの呼び水なのだ。

 

 これが実現すれば、快楽堕ちして魔界勢力の手先になる対魔忍が激減する事は間違いないだろう。

 

 さっそく時子姉に連絡して開発費用を捻出したのだが、一つ問題があるのだと言う。

 

 なんでも開発の為の研究素材が不足しているらしいのだ。

 

 そのくらいなら何とかしてやると胸を叩いたのだが、数秒後に自身の発言を後悔する事となった。

 

 なんと必要な素材はオークの汚い汁、それも100匹分だというのだ。

 

 この時点で俺が開発を虚空の彼方にぶん投げたのは仕方がないと思う。

 

 とはいえ、この薬は今後必要になるのは間違いない。

 

 ノマドをはじめとして、東京キングダムやヨミハラの犯罪組織が女性を調教する際に使用するのは、魔界生物の体液を原料にした薬品が殆どである。

 

 万が一知り合いが敵の手に墜ちた場合、この薬の有る無しが皆の生死を左右すると言っても過言ではないのだ。

 

 個人的には敵を性的調教している暇があったら、もっと他にやる事あるだろ! と言いたいのだが、どうもこの世界ではこれがデフォらしい。

 

 ともかく、万が一の保険と言うのは何事にも必要である。

 

 ならば、泥をかぶるのは俺の役目だろう。

 

 というワケで、これからはオーク狩りの時間です。

 

 汚い汁ならその辺でアヘってる対魔忍に発情してる奴を殺れば取れるだろ。

 

 …………くそ、死にたい。

 

 

 ×月▲×日(雨)

 

 

 この頃、ワリと本気で自殺を考えているふうまの小太郎です。

 

 前に書いた汁狩りだが、俺のメンタルを代価にして順調に進んでいる。

 

 方法は東京キングダムやヨミハラで野外プレイに勤しむオークを見つけては、奴らがイく寸前で首を刎ね専用の容器に採取するというものだ。

 

 基本的にこれをやるのは、対魔忍が犠牲者になってる場合だけである。 

 

 生殖猿なんて蔑称付いているオーク共は結構な確率で堅気の女性を襲う場合がある。

 

 ただでさえ女性の生き地獄と言われる状況に放り込まれているのだ、その上に首ちょんぱなんて見せるのは酷というモノだろう。

 

 そういう犠牲者を発見した場合は浸透勁でブタの脳を破壊して、グロ映像を見せないようにスマートに救出するのがマナーである。

 

 その点、対魔忍ならオークを如何に惨殺しようと精神的ダメージを受けることはない。

 

 万が一それでダメになったとしても、それはそいつに素質が無かっただけの話。

 

 この仕事は血と腸に塗れる鉄火場家業、首が飛ぶくらいで騒いでいてはやっては行けないのだ。

 

 そんなこんなで闇討ちしまくること90回以上、この果てしない苦行にも漸くゴールが見えて来た。

 

 この作業を始めてからというもの、食欲は減るわ、汁が付いたせいで30回以上も手袋を代えるハメになるわ、まったくロクな事がない。

 

 ストレス発散として合間合間に犯罪組織を潰していなければキレているところである。

 

 まあ、今回の活動の副産物としてオークによる婦女暴行が目に見えて減った事は良い事だと思う。

 

 なんでも『オークが野外で致していると、イク瞬間に逝く』などという噂が流れているのだとか。

 

 誰が上手い事言えと。

 

 ともかく、対魔忍を救うであろう夢の薬まではもう少し。

 

 これで『できませんでした❤』とか言われたら、何もかも放って逃げるぞ、俺。

 

 

 ▲月●日(くもり)

 

 

 夢の薬『抗催淫薬』の試作品がついに完成した。

 

 米田のじっちゃんとあまりの悪臭に死にかけながらも造り出した知恵と努力の結晶である。

 

 理論上はこれで魔界生物の媚薬作用を無効化もしくは抑制できるはずなのだが、困ったことに治験役がいない。

 

 いやまあ、東京キングダムに行けば快楽堕ちした対魔忍が転がってるんだろうけど、この薬については供給が安定するまでは情報を流したくはないのだ。

 

 言うまでもない事だが、女性対魔忍の快楽堕ちに端を発する犯罪勢力への寝返りはふうまだけの問題じゃない。

 

 むしろ前線に出てるとはいえ総数が少ない我々よりも、主流派の方が頭を悩ませているだろう。

 

 老人たちがこの薬の情報を知れば、製法や権利など一切合切を奪われるのは火を見るより明らか。

 

 そうなっては何の為に苦労したのか分かったものではない。

 

 かと言ってウチの者に魔界生物に犯されて来いなんてのは論外だし、堅気の衆をモルモットにするのも気が引ける。

 

 理想としてはオークに絡まれている奴隷娼婦にお手伝いして貰う事なんだが、そうなると東京キングダムに探しに行くしかないわけで。

 

 いやはやマジで手間が掛かるな、薬作るのって。

 

 

 ▲月▽日(くもり)

 

 

 親父レベルの厄ネタキターーーーーー!!

 

 今回ばかりはマジでやらかしてしまった。

 

 その場のノリで行動したら後悔することになるってのを、現在絶賛体験中である。

 

 何が起こったのかというと洒落にならないくらいの危険人物を里に連れ込んでしまったのです、ハイ。

 

 事の起こりは例の薬の被験者を探すため、東京キングダムの娼館に潜入したことから始まる。

 

 被験者を連れて帰ることから大事をとって、心願寺の爺様に頼んで骸佐と権左の兄ィに現地で合流できるように手配してもらった。

 

 こういう場合、二車と連絡が取り合えないというのは本当に不便だ。

 

 何とか改善を図りたいところだが、老人たちを無駄に刺激するのも後々面倒になる。

 

 当分は現状維持で行くしかないだろう。

 

 話を戻そう。

 

 手ごろな娼館に潜入し俺達は、天井裏から各部屋の様子を観察しオークを客に取っている娼婦がいないかを探していたのだが、ここでトンデモナイ光景を目にすることになった。

 

 とある一室でオークに抱かれていたのは、あの井河アサギだったのだ。

 

 一瞬我が目を疑ったのだが外見的特徴はすべて一緒。

 

 ご丁寧にトレードマークである紫色の対魔忍スーツまで身に着けているときた。

 

 骸佐達と共に呆気に取られてしまったが、さすがにこれは拙い。

 

 アサギは井河の頭領なのだ。

 

 幸せそうにアへ顔を晒していても、そんじょそこらの下忍のように『ごゆるりと』と言う訳にはいかん。

 

 骸佐が『あんな間抜けが対魔忍の代表だというのか!?』と憤り、権左の兄ィも『これは井河一強を追い落とす材料になるかもしれませんな』と悪い顔になっているのをしり目に、俺は何時ものようにオークの首を刎ね飛ばした。

 

 そうしてアサギを保護したのだが、俺はここで違和感を覚えた。

 

 いくらオークの体液に媚薬効果が含まれているとしても、あのアサギがこうも情欲に染まるものか、と。

 

 彼女が対魔忍最強を名乗っているのは伊達ではなく、性交渉等で自他の体に多大な影響を与える房術の心得もあるはずなのだ。

 

 風の噂ではノマドに捕らえられた時に感度が3000倍になるという改造を施され、それを房術で抑え込んでいると聞いたこともあるし。

 

 ともあれ、事情は分からんがアサギを確保した時点でこちらの目的を達するのは難しくなった。

 

 一応はVIPである彼女の安全が最優先である以上、他の被験者を探すというわけにもいかないからだ。

 

 と言う訳で、目的も果たせずに無用の長物を拾って帰ってくるというポカを晒したわけだが、問題はさらに斜め上の様相を呈する事となる。

 

 デリケートな問題な為にそれとなく井河に探りを入れてみると、アサギが拉致されたという事実はないというのだ。

 

 醜聞な為に欺瞞情報を流しているのかと調べてみても、俺達が潜入していた時間にはアサギは山本と共に政府高官と打ち合わせをしていたという裏が取れてしまった。

 

 じゃあ保護した女は何なのかというと、なんとノマドがアサギの細胞から作成したクローンだった。

 

 本人の証言に加えて、米田のじっちゃんの調査でアサギとの遺伝子適合率が100%だったことから間違いない。

 

 それを知った瞬間、気絶しかけた俺はきっと悪くないと思う。

 

 ぶっちゃけ、これは爆弾どころの騒ぎじゃない。

 

 最強の対魔忍の複製品が魔界勢力の手に堕ちてるとか、核地雷並みのスキャンダルだ。

 

 はっきり言って、この事実だけで井河を対魔忍筆頭の座から叩き落としてお釣りが来るだろう。

 

 そして、それは逆を返せば井河は何が何でもこの事実を抹消しなければならないと言う事だ。

 

 とくに俺達ふうまに掴まれたと知れば、連中はどんな手を使ってでもこちらを潰しにかかるだろう。

 

 悲しいかな、クソ親父の所為で奴さんはふうまを潰す理由には事欠かない。

 

 下手を打てば、俺達まとめてヨルダン辺りにまで吹っ飛ぶ羽目になるわけだ。

 

 もっとも、うまく使えば井河が綺麗さっぱり消えてなくなるわけだが。

 

 さて、どうしたものかねぇ……。

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 

 ふうま宗家と呼ぶには完全に名前負けしている一戸建て住宅の中にある一室。

 

 様々なおもちゃや知育教材が転がる室内は闇に覆われており、幼子の部屋でありながら何処か寒々しい感想を与える。

 

 そんな中、部屋の隅に置かれたベッドの上には小さな影が膝を抱えて座っていた。

 

 この部屋の主、ふうま銀零だ。

 

 兄である小太郎がいる時は同じベッドで夢の中に旅立っている彼女だが、生憎と彼は任務で家を空けている。

 

 小太郎と床を共にしない時は彼女はこうして小太郎の帰りを待つか、もしくは朝まで過ごすようになってしまった。

 

 米連の研究施設にいた時は一人寝が当たり前で寂しいなど感じなかったのに、今では睡魔が湧かないほどに落ち着かないのだ。

 

 光がない部屋の中、銀零は手にした腕輪を小さく振ることで寂しさを紛らわす。

 

 小さく凛々となる鈴の音に耳を澄ませながら彼女は幼い思考を働かせる。

 

 手の中の腕輪は、物心がついてから米連の実験体として飼われていた彼女にとって初めての贈り物だった。

 

 お近づきの印と手渡してきた兄の顔を思い出すと、胸の内が温かくなるような感覚がした。

 

 思えば、銀零に家族として接しているのは小太郎だけである。

 

 兄の話によれば同居している時子とも血がつながっているらしいが、どこか事務的に接してくる彼女に情を感じたことはない。

 

 そう考えれば、自分にとって家族と呼べる存在は小太郎だけといえるだろう。

 

 ニコリともしない自分の頭を撫でてくれる小太郎。

 

 大福が欲しいと我儘を言えば、任務の帰りには必ず買ってきてくれる小太郎。

 

 一緒に寝たいと強請った時も、嫌な顔一つせずに布団を空けてくれる小太郎……。

 

 この家に来てからの短い時間を思い返す彼女の口元には小さな笑みが浮かんでいた。

 

 そうして思い出に浸っていた銀零は、ふと自分が兄を呼んだ事が無いに気が付いた。

 

 彼に話しかけるときは、何時もすそや袖を引っぱって相手の気を引いては要求だけを告げてきたのだ。

 

 今までは気にしていなかったが、もしかしたらこれはとても失礼な事なのではないだろうか?

 

 そうだとすれば、早急に改善する必要があるだろう。

 

 そこまで考えて、銀零は再び頭を悩ませる。

 

 第一歩である小太郎をどう呼ぶか、という事で行き詰まってしまったのだ。

 

「こたろー」

 

 口に出してみて、彼女は自分の言葉に頭を振る。

 

 兄を呼び捨てにするのはダメだと本に書いてあったからだ。

 

「おにいちゃん」

 

 悪くないが、オーソドックスすぎる。

 

「にいたん」

 

 ……幼すぎるようなきがする。

 

「あにき」

 

 ダメだ、可愛くない。

 

 

「にいさま」

 

 近いような気がするけど、どこか違う。

 

「あにさま」

 

 最後に呟いた言葉は彼女の琴線に触れた。

 

 どうしてか分からないけれど、自分でも驚くほどにしっくり来たのだ。

 

「あにさま、あにさま、あにさま」

 

 手にした腕輪で拍子を取りながら、銀零は決定した小太郎の呼び名を何度も舌で転がす。

 

 兄が帰ってきたら、こう呼んでみよう。

 

 きっと喜んで、あの細いながらも逞しい腕で自分を抱き上げてくれるに違いない。

 

 銀零は小太郎に抱きしめられるのが大好きだった。

 

 自分の体温で他者を包み込むあの行為、銀零が覚えている限りでは最初に教えてくれたのは小太郎だった。

 

 だからこそ、小太郎には銀零以外を抱きしめてほしくない。

 

 あの感触を味わうのは自分だけでいいのだ。

 

 何故なら────

 

「あにさまはぎんれいのもの……」 

 

 そう呟いた少女は閉じられていた右目をゆっくりと開く。

 

 その瞳は闇の中でも煌々と蒼い輝きを放っていた。




兄様  『だから言ったのに……』

キモウト『グッド!』
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