剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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 皆さん、大変お待たせしました。

 ダンス描写に苦しんだために、なかなか完成しなかったのですが、ウチの独立部隊に紅が来てくれたお蔭で何とか書き上げることが出来ました!

 ありがとう一周年!!

 苦節一年、ようやくお迎えすることが出来ました!!

 あと、ふうまの反乱が若様3歳の時とか、公式の設定キツすぎ!!

 暇があれば、あのエピソードの剣キチ版も書いてみたいかなぁ……。


日記32冊目

 カオスアリーナの闘技場スペースに築かれた特設セット。

 

 廃ビルを模したその中で、俺達は本番の時を待っている。

 

 舞台が屋内ということで、今回は観客には複数のドローンによる特殊撮影を楽しんでもらう事になっている。

 

 米連からせしめた最新技術をこういう所に使うあたり、魔族はシャレが分かってると思う。

 

 この公演に臨むに当たり、俺達はマダムからある警告を受けていた。

 

 それは演技中に何らかの妨害がある可能性が高いというモノだった。

 

 ここの前支配人である汚朧は、自尊心がバカ高いサディストだ。

 

 今回の方針変更で、奴は何度かマダムにやり込められている。

 

 それを逆恨みして演目潰しに乗り出してきてもおかしくない。

 

 たしかにカオスアリーナ周辺に妙な『意』を感じるので、あのオバハンが妙な事を画策しているのは確実だろう。

 

 マダム曰く極力スタッフで阻止するそうだが、万が一ステージに上がってきても絶対に演技を中断しない様にとの事だ。

 

 まあ、俺達だって現役バリバリの剣闘士である。

 

 アドリブとして迎撃していいとOKが出ているからには、大人しくやられてやる気はサラサラ無い。

 

 あとの注意事項は、迎撃の際は極力血(なまぐさ)いのは避けるようにという事くらいか。

 

『演目開始10秒前』

 

 正面のカメラを担っているドローンの液晶にメッセージが浮かぶ。

 

 ここからは余計なことに気は回さずに演目に集中しなければなるまい。

 

 9・8・7……とカウントが刻まれる中、広いホールにダンサー総勢20人の息遣いだけが小さく響く。

 

 ここに集まるメンツは一人として緊張していない者はいない。

 

 しかし、同時に誰もが成功すると信じている。

 

 俺達が流してきた汗と涙は決して偽りではないのだから。

 

 そうして大きく息を吐くと同時に本番の時はやってきた。

 

 前奏に合わせてステップを合わせ、数人が俺の前を開脚で跳び越えていく。

 

 序盤の振り付けに誤差はない。

 

 前に出ていた者も後列に合流し、全員がシンクロする形で上手く合わせることが出来た。

 

 観客に流されているであろう撮影角度を変えた数機のドローンによる映像も、俺達の一糸乱れぬ演技を捉えていることだろう。

 

 流れる歌詞に合わせて全員を引き連れて前進、そこから改札機を飛び越える。

 

 オリジナルだとマイケルは改札機に昇ってから無難に降りているのだが、こちらはボーカルではなくダンサーだ。

 

 ここはトンボを切って飛び越えるくらいのサービスは必要だろう。

 

 俺を皮切りに後続の奴等も次々と飛び越えると、列を整えたタイミングで一度目のサビが来る。

 

 練習では列が整ってなかったり、まだ飛び越えてる奴がいたりと合わせるのに苦労したが、今回はバッチリだ。

 

 じつはここの振り付けは全員が微妙に違うという合わせるのに苦労するパートなんだが、前列の動きも後列のダンサー達の入れ替わるタイミングも問題ない。

 

 その後もダンスは順調に進み、舞台はセットの二階へと移る。

 

 振り付け通りに通風孔のカバーをむしり取り、噴き出す風を浴びての二度目のサビも上手くいった。

 

 しかし、ここで油断してはいけない。

 

 ダンサーメインであるこの演目は、ここからが本番なのだ。

 

 間奏から三度目のサビ、そして最後に掛けて俺の他に仲間達はいくつかのグループに分かれ、各自様々な振りでダンスを踊る事になる。

 

 今回の目玉となっている場面だ。

 

 そして予想されていた襲撃は、このタイミングを狙って現れた。

 

 最初にセット内に姿を見せたのは、斧で武装したオーク共だった。

 

 建物の外から歓声と悲鳴がごちゃ混ぜになった声が響く中、奴等は三番目にスポットが当たるメンバーに襲い掛かった。

 

 最初に奴等の脅威に晒されたのはメンバー随一の巨漢であるマキシム・エリン。

 

 彼はロシア人と鬼族のハーフで、元地下ボクシングのチャンプだった男だ。

 

 剣闘士としては、前歴の経験を活かしてセスタスを嵌めた拳で相手をKOするのを得意としているのだが、俺としては以前に共演した演目の方が印象に残っている。

 

 マキシム兄貴と舞台を共にしたのは『ロッキー4』のトレーニングシーンで使われた名曲『Hearts on fire』だった。

 

 この演目で彼はイワン・ドラゴ役に抜擢され、曲をバックに例のソ連式科学トレーニングをやらされていた。

 

 かく言う俺もロッキー役として映画と同じトレーニングやらされたんですけどね。

 

 あの時は魔族系のスタッフの能力で雪山再現したり、竿師のオーク連中からマキシム兄貴のスパーリングパートナー役を出したりと無駄に気合が入っていた。

 

 つーか、マダムも体格って奴を考えてくれないかなぁ。

 

 マキシム兄貴はスーパーヘビー級の体格だからいいとしても、俺はせいぜいライト級ですよ?

 

 いやぁ、二重マスクであのロッキートレはマジでキツかったっす。

 

 余談だが彼は若い時のドルフ・ラングレンそっくりの男前で、日本語を話す声も中の人まんまだったりする。

 

 閑話休題。

 

 怒声と共に駆け込んでくる襲撃者、その中から一歩抜け出た羅刹オークと思われる一匹がマキシム兄貴にむけて斧を振り上げる。

 

 いかに上位種とはいえ所詮はオーク。

 

 その動きは速いとは言えず、チャンプにまで上り詰めたマキシム兄貴なら如何様にも迎撃は可能と思われた。

 

 しかし、事前の打ち合わせでメンバー達は妨害が入った際には自衛の為の攻撃許可が出ているにも拘わらず、兄貴は拳を振るう事は無かった。 

 

 彼は振り下ろしてきたオーク傭兵の斧を躱すと、アウトボクシングで鍛えた足捌きで素早くダンスへと復帰したのだ。

 

 それは一緒にいた中華系ぽっちゃり男のワンも同じだった。

 

 彼も往年のカンフースター『サモハン・キンポー』を彷彿とさせるようなコミカルながら素早い動きで動きで斧を躱すと、大振りを外した隙に相手の後ろに回り絶妙なタイミングでケツで押して転倒させてしまった。

 

 襲撃の魔の手を受けた他のメンバーもダンスを止める事無くアドリブと言い訳が効く範囲で回避や防御を行い、手を出したとしても足を引っ掻けたり押したりして相手の転倒を誘う程度に留めている。

 

 『ふざけてんのかっ!?』とオーク共はいきり立つ中、彼等の目を見た俺は何故頑なに手を出そうとしないかを理解した。

 

 彼等が反撃しないのは意地があるからだ。

 

 ダンサーとして抜擢され、比喩表現抜きで血の小便が出るほどのレッスンを耐えてきた。

 

 剣闘士仲間の話ではメンバーの多くが夜中に汗だくで帰ってはシャワーを浴びる余裕も無く、そのままベッドで精魂尽き果てるケースが殆どだったそうだ。

 

 そうした努力を積み重ねてようやく立った舞台、外部からのチャチャ入れで台無しにされて喜ぶ者などいるわけがない。

 

 その怒りがあるからこそ彼等は手を出そうとしないのだ。

 

 自分達のボスは芸術を以て不死の王へ喧嘩を売った。

 

 ならば、実際に舞台に立つ者が暴力に頼ってどうするというのか?

 

 そもマダムから託された迎撃の許可は、こちらの身を案じたからこその苦肉の策だ。

 

 このセットの中でステップを踏む同士達に、そんなモノへ頼ろうとする奴はいない。

 

 楽屋に繋がっているインカムがマダムが発するブラックへ向けた抗議の怒声とあわただしく動くスタッフの様子を伝える中、俺はスピンターンを利用して周囲の様子を伺う。

 

 先ほどのオーク兵達をあっさりとあしらう事ができたのは、剣闘士ダンサーの中でも特にキャラと戦力が濃い二人を狙ったからだ。

 

 他のダンサーたちは精鋭とはいえ、二人ほどの力は持っていない。 

 

 セットの窓を突き破って次々と侵入してくるオーク共相手に、ダンス特訓で向上した敏捷さで対処しているが状況は徐々に悪くなっている。

 

 演目終了までの二分少々という時を稼ぐのは難しいと言わざるを得ないだろう。

 

 メンバーの中でも特に旗色の悪い奴のフォローに行く為に足を踏み出そうとした俺は、こちらを襲う突き刺さるような『意』にその場を飛び退いた。

 

 一瞬前にいた場所を鋭くえぐり取ったのは、天井照明に鈍く光る鋼鉄製の鉤爪だ。

 

「ふん。ふざけたナリをしてる割には、勘が効くじゃないか」

 

 言葉と共に照明の陰から現れたのは、やはり汚朧だった。

 

「この馬鹿共の中心を担っているお前を殺せば、この茶番も終わりって寸法さ。あの女に加担した事を後悔するんだね!」

 

 好き勝手言いながら鋭利な切っ先をこちらに向けて突き付ける乱入の首謀者。

 

 普段ならここで軽口の一つでもお見舞いしてやるのだが、今は演技を続けるのが先決だ。

 

 ダンスのアドリブは許されても勝手に口を開くのはNGである。

 

 なので言葉の代わりにステップから一回転ターンを行い、『かかってこい』と手招きしてやる。

 

「舐めるなぁ!」

 

 裏の世界の住人達は得てして煽り耐性というモノを持っていないものだ。

 

 眼前の汚朧も例外でなかったらしく、あっという間に般若のごとき形相になって襲い掛かってきた。

 

 よし、これでいい。

 

 奴は腐ってウジが湧いても甲河最強と言われた対魔忍の残骸だ。

 

 さすがに他のメンバーでは荷が勝ちすぎる。

 

 袈裟斬り、アッパー軌道の斬り上げ、そして首狙いの横薙ぎ。

     

 奴の放つ鉤爪の連撃を紙一重で躱した俺は、更なる一手の起点となる踏み込みを最小の動作で繰り出した足払いで潰す。

 

 そしてよろめいた奴の両手首を掴んで捻るように後ろへ引くと、汚朧は踏ん張る事もできずに床へと転がった。

 

 甲河式対魔殺法の爪術に関しては、奴のオリジナルである仮面のマダムのモノを何度か見た事がある。

 

 それに比べると身体能力の差で動き自体は汚朧の方が上だが、技量としては圧倒的にマダムに軍配が上がる。

 

 資料が事実なら奴はアサギに喫した敗北から二度復活している。

 

 その際に己の肉体を魑魅魍魎の集合体、そしてブラックの眷属である吸血鬼へと変化させたそうだ。

 

 以前にも言ったが、魔族と対魔忍では特殊な技能がない限り身体能力では魔族が上回る。

 

 先ほどの錆び付いた技を見るに、奴もそうやって労せず手に入れた力に溺れて修練を怠った類だろう。

 

 そもそも爪術なら、前世で幇の外家武術家を取りまとめていた朱笑嫣(チュウ・シャオヤン)が振るう鷹爪功(ようそうこう)の方が圧倒的に上だ。

 

 むこうは外家拳法家の頭を張る為に、身体をサイバネパーツに入れ替えても鍛錬を続けていたのだから。

 

 如何に魔族の身体能力を用いようと、技として朱はおろかマダムにすら大きく劣る汚朧の爪など当たるほど間抜けじゃない。

 

「おのれぇ……ッ!?」

 

 怨嗟の声を上げながら立ち上がる汚朧。

 

 肉体的ダメージは無いものの、真っ赤に染まった顔は奴の怒りのボルテージがどれほど上がっているかを如実に表している。

 

 現状を考えれば即座に奴を無力化するべきなんだろうが、巡らせた視線に合った仲間達の目が『手を出すな』と強く訴えていたのを思うとそういうワケにはいかない。

 

 ……ここは皆を信じて自分の役目に徹するしかないか。

 

 マスク越しに調息を行いながら、俺は両の手を胸の前に出す。

 

 空手の前羽の構えに似ているが、こちらは掌を横に向けて左手を右より少し下げているのが特徴だ。

 

「はあああぁぁぁぁっ!!」

 

 こちらが構えを取るのを合図とするかのように襲い掛かってくる汚朧。

 

 顔面を狙う右の突きを左手で逸らし、腹への突き上げの左をスタンスを開きながら右肘で払う。

 

「ちぃっ!」

 

 舌打ちと共に跳ね上がった右足を身体を反らすことで躱し、蹴り足を振り下ろす勢いのまま身体を回転させて繰り出した打ち下ろしの右爪を、相手の懐に踏み込んで速度の乗らない二の腕の部分で受け止める。

 

 そして密着するレベルまで間合いを詰めると同時に足を払うと、グラついた汚朧の胸に手を置いて震脚と同時に強く押し出す。

 

「くぅっ!?」

 

 ドンッという鈍い音と共に大きく後ろへ吹き飛び、ゴロゴロと床を転がっていく汚朧。

 

 俺の白打は詠春拳(えいしゅんけん)をベースに寸勁などを織り交ぜたものだ。

 

 詠春拳は広東省を中心に伝承されていた徒手を主とする武術で、一般的には短橋(腕を短く使い)狭馬(歩幅が狭い)の拳法とされている。

 

 砕いて言えば、動きを極力小さくし最速最短で相手を打つ攻防一体の技ということだ。

 

 無駄なモーションを排するというところが『意』を読む内家拳と相性がいいので、剣が振るえない場面では重宝している。

 

 因みに本来の詠春拳は短打による威力の不足を手数で補うのだが、そこは寸勁を組み込む事で対処している。

 

 実戦で連打を打ち込める機会というのはなかなか巡って来ないからな。

 

 身を起こそうとする汚朧を警戒していると、足元に何かが当たる感触がした。

 

 一瞬だけ目線を下げると、俺のつま先のすぐ横に軟球大の赤黒い球が転がっている。

 

 通常ならば無視するところだが、何故か放っておいてはいけない気がしたので、素早く拾って懐に入れておくことに。

 

 なんかブヨブヨして気持ち悪いがこういう時の直感は当たるのだ。

 

 このくらいは我慢しよう。

 

 さて、二度連続で攻撃を捌いた為に汚朧は安易に仕掛けてこなくなった。

 

 現状は三度目のサビの半ば。

 

 ポジションはズレたものの、ステップと身振りで何とか場を持たせている状態だ。

 

 あとの問題は最後の歌詞の際の指を突き付ける動作。

 

 本来なら全員でカメラに向かって指し示すのだが、襲撃など不測の事態の場合は全員が各々違う方向へ指を差し、結果的に全方向を標的にするという形でフォローする旨を事前に取り決めている。

 

 その為には何とか相手の隙を作る必要があるのだが……。

 

「ぐあぁっ!?」

 

 汚朧から注意を逸らすことなくステップを踏みながら互いに円を描いていたところ、右後方から抑えきれない苦鳴が耳を打った。

 

 顔を動かすことなく視線と移動する角度を調節して確認すると、血に濡れたカトラスを持ったオークの前でダンサーの一人が膝を付いている。

 

 押さえた腹部がじわじわと赤く染まっているのを見るに、そこにカトラスの斬撃を食らったのだろう。

 

 思わず洩れそうになる舌打ちを抑え込みながら、俺は足元にある瓦礫へと最小限の動きでつま先を向ける。

 

「させるかっ!!」

 

 しかし放った(れき)は寸前で襲い来た汚朧の爪によって、オークの頭部とは懸け離れた方向へと飛んで行ってしまう。

 

 こうなれば、多少の手傷を度外視してでも汚朧を引き離すかと踵を返そうとした時、不意に俺達ダンサーの身体を翠の燐光が包み込んだ。

 

「これは……」

 

 この芯から身体を癒してくれる感触には覚えがあった。

 

 練習中、黄泉路へ逝こうとしていたダンサー達を幾度も現世に呼び戻した『エナジー・リアクション』

 

 内心の驚きを飲み込んで周囲に目を配ると───やはりいた。

 

 一番多いグループの中で一際小柄な見覚えのないダンサー。

 

 周りより一際滑らかなステップから大きく跳んだ事で見えたキャップ帽の鍔の奥に覗いたのはナディア講師の顏だった。

 

 こちらの視線に気づいたのか、小さくウインクを返す講師。

 

 マダムの差し金か彼女の独断かは分からないが、現状においてはまさに天の助けである。

 

 その証拠にグロッキーだった仲間は、先ほどまでの様子が嘘のように斬りかかってきたオークの足をブレイクダンスで払い、顔面から地面にダイブした敵に入れ替わるように立ち上がったではないか。

 

「くそっ! あの女、いつのまに……ッ!!」

 

 悪態を付きながら講師の元へ向かおうとする汚朧。

 

 しかし今度は奴の前に俺が立ち塞がる。

 

 こちらから手を出すことは出来ないが、だからといって足止めの方法が無いワケじゃない。

 

 その証拠に汚朧の顔に浮かぶ渋面もダース単位で苦虫を噛み潰したかのように増している。

 

 そんな中、奴等が侵入してきたセットの穴から新たな影が飛び出した。

 

 二メートル近い巨体を持つその影はマキシム兄貴に突っかかっているオークに突撃すると、そのまま盛り上がった太い腕で奴の首を薙ぎ払ったではないか。

 

「カオス・アリーナ闘奴軍団参上だ! 無粋な奴等はこっちに任せて、アンタ等はビシッとキメな!!」  

 

 そう吼えるのは普段は女性虜囚の処刑人を務めるパワー・レディだった。

 

 彼女の後に続いて襲撃者に襲い掛かるのは闘奴となった元対魔忍や米連兵士だった女性達。

 

 さらには凌辱専門の竿師であるオーク達の姿まである。

 

「変な仮面のアンちゃん、助けに来たぜ!」

 

 曲がった鉄パイプ片手にこちらに手を振るのは、このバイトを始める際に貧民街で知り合ったオークのジャックだ。

 

 というか、アイツって竿師として就職してたのね……。

 

「この駄犬が! 私を裏切るのか!?」

 

 俺の事など頭から吹っ飛んだのか、こちらを無視してパワー・レディに怒りの罵声を浴びせる汚朧。

 

 しかし、彼女はそれを真っ向から受け止めて見せる。

 

「寝言は寝て言いな! アタシ達はカオスアリーナの闘奴だ! 支配人じゃないアンタに従う義務は無いのさ!!」

 

「……ッ!?」 

 

「それにコイツ等はここの数少ない娯楽なんだ、解雇されちまった奴がしゃしゃり出て来られちゃ迷惑なんだよ!」

 

 言葉と共に、背後から忍び寄っていたオークを裏拳一発でKOするパワー・レディ。

 

「この雑魚が────ッ!?」

 

 パワー・レディの啖呵に逆上した汚朧は、俺を吹き飛ばそうと鉤爪を振り下ろしてくる。

 

 しかし、そんな勢い任せの一手を食らうほどこちらは馬鹿じゃない。

 

 剣を振るう時のように右手を襲い来る鉤爪の手首に添えて逸らすと、そのまま捻り上げて関節を極めながら足を払う。

 

 身体が浮き上がった際に受け身が取れない様に極めた腕を引いてやると、汚朧の身体は仰向けの体勢で後頭部から床に墜落する。

 

 鈍い音と同時に手を離してやると、薄汚れた床の上で頭を押さえて悶絶する汚朧。

 

 啖呵を切るのは結構だが、パワー・レディの姐さんも相手を選んでほしいものだ。

 

 カオスアリーナの処刑人とはいえ、汚朧を相手に出来るほどの実力はない。

 

 まともに闘り合ったなら、一瞬で喉笛を掻き切られて終わる事だろう。

 

 もうじき曲の方も終わるのだ、ここまで来て血煙の中で〆るなんざ御免である。

 

 汚朧の動向に目を光らせながらステップを刻んでいると、バラバラになっていたメンバーが集まってくる。

 

 ある者は走りながら。

 

 身軽な者は連続でバク転をしつつ。 

 

 そうして最後のフレーズが流れる寸前、全員が揃った俺達は例の歌詞と同時に全員で指を突き付けた。

 

 対象はもちろん床に座り込んだ汚朧である。

 

 申し合わせた訳でもないのに綺麗に揃ったのは、俺達全員が奴の乱入に肚を据えかねていた証だろう。

 

 演目が終わりドローンの映像と壁越しに観客の歓声が木霊する中、俺達を阻止できなかった事で顔を真っ赤にする汚朧が口を開くより早く一つの言葉が飛び出した。

 

『ヤバいのは誰だ?』 

 

 歌詞の最後であるこのフレーズを誰が最初に口にしたのかは分からない。

 

 しかし、その一言を皮切りにしてカオスアリーナにいる人間は次々にこの問いを投げ掛け始める。

 

 ダンサーも、闘奴も、オーク達やアリーナのスタッフ、そして観客までも。

 

 アリーナを震撼させるほどの大音響へと成長したこのフレーズを受けて、オーク傭兵達は気絶した者は部屋の隅に転がり、そうでない者は我先にと逃げ出し始める。

 

 そして襲撃の首謀者である汚朧は、気圧されたかのように尻餅を突いたままジリジリと後ずさり始めていた。

 

 俺達は汚朧が下がった分だけ、奴を追うように前へ出る

 

 先ほどまでの怒りと屈辱はどこへやら、汚朧は明らかに怯えた表情で得体の知れないモノを見るような目をこちらに向けている。

 

 当たり前だ。

 

 この会場に入っている観客とスタッフは千名以上。

 

 それだけの人間が一丸となって声を上げているのだから、その圧力は生半可なものではない。

 

 だがしかし、この問いかけに応えるのは汚朧ではない。

 

 俺達が言葉を投げかけているのは目の前の女ではなく、視界に映らないアリーナのVIP席でふんぞり返った不死の王だ。

 

 奴が口を開かない限り、この声が止むことは無いだろう。

 

 そうやって下がる汚朧を追い続け奴の背が壁に押し付けられた時───

 

「そこまでっ!!」

 

 怒涛の勢いだったコールを切り裂いて、威厳に満ちた声がアリーナに響いた。

 

 それを合図とするかのように人々は口を閉ざし、耳を刺すような静寂がアリーナを包む。

 

 鶴の一声でこの場を鎮めた男、エドウィン・ブラックは貴賓席の備わったソファーから腰を上げると、セットの窓越しにこちらを見ながらバルコニーに姿を現した。

 

「確かに面白い物を見せてもらった。演目としては少々陳腐だったが、血に飢えたケモノでしかない剣闘士や闘奴共をよくぞここまで躾けたものだ」

 

 完全に上から目線の物言いだが、実際奴は観客でありここのスポンサーなのだ。

 

 講評を下す権利くらいはあるだろう。

 

「しかも我が幹部である朧を手玉に取る程の使い手まで揃えているとは、流石の私も予測していなかったぞ」

 

「御託はいいわ、エド。私のダンサーたちは疲れているの、早く休ませたいから結論を言ってくれないかしら?」

 

 俺の隣の空間がゆらりと揺らめいたと思ったら、次の瞬間には白のスーツに身を固めたマダムの姿があった。

 

「そう急くな、と言いたいところだが君の言葉も一理ある。では、先ほど会場が発していた問いに答えを返そう」

 

 そう言うと、奴は俺達の方を指差して流暢な英語でこう言った。

 

「You’re Bad」 

 

 次の瞬間、皆の歓声でアリーナが再び揺れた。

 

 この言葉はブラックがマダムの改革を認めた確かな証明だ。

 

 俺が他のダンサー達にもみくちゃにされたのを皮切りに、関わっていた誰も彼もが抱き合い喜びを分かち合う。

 

 そうして歓喜の声が一段落したあと、ブラックは再び口を開いた。

 

「カリヤ。約束通り、君の経営方針について私は今後一切口を挟まない事を誓おう。ただ、その前に一つ頼みたい事がある」

 

「なにかしら?」

 

「そこの髑髏のダンサー、ダークナイトだったか。彼の兜を外してくれないか?」

 

 ブラックの頼みに思わず顔を(しか)めるマダム。

 

 まあ、気持ちはよく分かる。

 

 とはいえ、ここで奴の機嫌を損ねて約定がパーになっては申し訳が立たん。

 

 俺は兜の淵に手を掛けると、マダムが止めるよりも早く頭部を覆っている黒い装甲を取り払った。

 

「貴様は……ッ」

 

「そう、私の名は────キン肉マン・グレート!!」

 

 このあと、会場から大ヒンシュクを買ったワケだが俺は悪くない。

 

 ブラックさんちのエド君は兜を外せと言ったけど、マスクを外せとは言ってないんだもーん。

 

 

 

 

☆月◇〇日

 

 

 苦節十数日、負債を返済し終えて綺麗な体になれたふうま小太郎です。

 

 本日、契約満了につきカオスアリーナでのバイトを退職してまいりました。

 

 マダムやダンサー仲間から引き留められたが、家の都合という事で納得してもらった。

 

 こっち側に付いて仲裁してくれたナディア講師には頭が上がりません。

 

 明るく楽しい職場だったのでかなり後ろ髪を引かれたのだが、俺の立場を考えれば仕方がない。

 

 本業の方もキナ臭い雰囲気になってきたし、ブラックがこっちに戻ってきた以上ヘタに関わるとややこしい事になりかねない。

 

 金も負債額を追い越して1000万くらいの黒字になったのを思えば、この辺が潮時というヤツだろう。

 

 さて、俺が出演する最後の演目となった『Bad』だが、なんだかんだとアクシデントは在ったものの成功させることが出来た。

 

 汚朧がオーク傭兵を連れて乱入してきた時はどうなるものかと思ったが、無事に済んで一安心である。

 

 観客への受けもよかったし、なによりブラックに認めさせることが出来た。 

 

 これも偏にエンターテインメント部門が一丸となった賜物。

 

 一緒に苦楽を共にしたダンサーの皆はもちろん、お邪魔虫の相手をしてくれた女性陣や俺達を支えてくれたスタッフの皆さんには感謝の一言だ。

 

 演目の後に行われた講評で分かったのだが、ブラックを認めさせることが出来た要因は俺達ダンサーが汚朧達に手を出さなかった事が大きかったようだ。

 

 ぶっちゃけ俺の場合はかなりグレーゾーンだったと思うのだが、その辺は置いておこう。

 

 ブラック曰く、命を狙われている中で自分の身を顧みないで演目を全うしようとするプロ根性に感銘を受けたのだとか。

 

 まあ、魔界の住人は本能にベクトルが大きく傾いている奴が多いから、その手の気概の持ち主とはそうそう縁が無いのだろう。

 

 ノマドでその手の忠孝を見せられるのってインなんとかさんくらいじゃなかろうか。

 

 ともかく、ブラックが白札を切った事で今後はカオスアリーナの経営について嘴を突っ込まれる事はなくなった。

 

 マダムの手腕があれば、そう遠くない内に一流のエンターテインメント施設として生まれ変わらせる事も夢じゃないだろう。

 

 元職員としては、東洋のマジソンスクエアガーデンと呼ばれるくらいに飛躍してくれる事を望んで止まない。

 

 これは余談になるが、バイト中に付けていたキン肉マン・グレートのマスクはマダムに預けておいた。

 

 こちらとしては最後までこっちを惜しんでくれた彼女達への感謝の気持ちとして、『いつか再び舞台に立つ』という約束手形のつもりだったんだが少々格好をつけすぎだろうか?

 

 というか、引き止める際のマダムに熱意があり過ぎて、こうでもしないと退職を納得させられそうになかったし。

 

 あの時感じた縁が切れないという予感は当たっていたという事だな。

 

 最後になったが、新生カオスアリーナの更なる飛躍を祈って本日の日記を〆るとしよう。

 

 マダムにナディア講師、そしてスタッフの皆さん。

 

 本当にお世話になりました。

 

 

☆月◎☆日

 

 

 本日から殺伐としたニンジャライフに戻ったワケだが、早速厄介事である。

 

 カオスアリーナ最後の演目の最中、乱入してきた汚朧が落した赤黒いボールのようなもの。

 

 気になったのでどさくさ紛れにガメていたのだが、調査の結果これが沢木浩介君である事が判明した。

 

 なに、意味が分からない?

 

 大丈夫だ、最初報告を受けた時は俺も意味が分からなかったから。

 

 何がどうなってこんなメガ退化を起こしたのか?

 

 知人としては誰もBボタンを押さなかった事に憤りを覚えるのだが、その辺の事情について本人の証言を基に判明した事実を記そう。

 

 最初に結論を述べるなら、浩介君がこんな姿になったのはノマドの罠に嵌ったのが原因である。

 

 下手人は奴らお抱えの魔界医師フュルスト。

 

 奴は達郎の話に出ていた室井という校医に化けて五車学園に潜入。

 

 アサギのアキレス腱を求めていたフュルストは、当時忍術に目覚めない事を悩んでいた浩介君に目を付けた。

 

 そうして話の分かる校医として彼に接触すると言葉巧みに想い人の事を聞き出し(浩介君いわくアサギの名は出していなかったそうだ)、同時に魔界謹製の劇薬である魔薬によってノマドに殺された対魔忍が持っていた房術系忍術『炎の棘』を浩介君に移植。

 

 後は青い性欲とアサギへの思慕を刺激する事で、浩介君を炊き付けたらしい。

 

 結果、浩介君は『炎の棘』を併用した告白によってアサギを陥落させ、その日の内に二人は肉体関係を結んだそうな。

 

 この話を聞いた俺は思わず天を仰ぎ、アサギ関連という事で同席していた佐藤夕陽は奇声を上げてぶっ倒れることになった。

 

 並行世界とはいえ、未来の自分が一回り以上年下の養い子、しかも故人である婚約者の弟を食ったと聞いては気を失いたくもなるだろう。

 

 というか、普通に十五歳と行為に及ぶって児童福祉法違反のはずだし。

 

 端くれでも一応は教育者なんだから、それはないだろうアサギよ。

 

 その後は浩介君もこの歳の男子の御多分に洩れず、アサギとサルのように関係を持ち続けた。

 

 彼が語る描写が妙に生々しかったのはさて置くとして、惚れた女を抱いているハズなのに随所に散りばめられた調教という言葉はどういう事なのか?

 

 五車学園で顔を合わせた時は『良くできた弟』という感じの好青年だったのだが、実は彼って割とゲスいのかもしれない。

 

 こちらの所感は置いておくとして、避妊もせずに朝昼晩と合体した事でアサギは懐妊する事となった。

 

 しかし、それこそがフュルストの仕掛けた罠だったのだ。

 

 この時にはすでに浩介君に仕込んだ魔薬を介して受精卵に催眠刻印が仕込まれており、これによってアサギは容易く無力化されてしまったらしい。

 

 術式の成功を感知したフュルストが正体を現したあと奴の手引きで汚朧までもが五車学園に現れ、用済みとなった浩介君はフュルストの術式によって肉玉へと変えられてしまった。

 

 そのまま行けば、催眠刻印と浩介君という二重の鎖で縛られたアサギも敵の手に堕ちていたのだが、間一髪で八津紫の救援が間に合った為に事なきを得た。

 

 だが、形勢不利を悟ったフュルスト達は浩介君を手中に収めたまま五車学園を撤退。

 

 紆余曲折を得て、彼は俺に救出される運びとなったワケだ。

 

 彼の一連の話を聞いた骸佐の感想は『井河はもうダメだな』だった。

 

 というか、浩介君よ。

 

 兄貴のミスを雪ぐどころか汚名を上塗りしてどうするんだ。

 

 アサギにしても恋人の忘れ形見兼養い子だから振り払えなかった事情は分からんでもないが、トップが色恋でアウトなんてのはシャレにならんだろう。

 

 奴の情の厚さが仇になったと言えばそれまでだが、協力関係を結んでいる側としては『はい、そうですか』というワケにはいかん。

 

 井河主流派との関係については後で会議に掛けるとして、今は浩介君の事だ。

 

 ぶっちゃけ、米田のじっちゃんと隼人学園の医療班では元の身体に戻せませんでした。

 

 どうも魔術と肉体改造が妙な形で絡まりあってるらしく、じっちゃん曰く初めから復元することなど考えていないのではないかとの事。

 

 『因果の破断』で魔術の影響を切れば治療の突破口になるかもしれんが、万が一の事を考えるとそれも戸惑われる。

 

 とりあえずはアスカとアサギに浩介君を保護した旨を伝える事から始めるか。

 

 つーかアスカに言うのはスッゲー気が重いわー。

 

 とりあえず、浩介君は回復した後でモゲればいいと思います。


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