剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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 お待たせしました、本編更新です。

 同士の会スレと同時進行で書いていたのですが、こっちの方が早く出来てしまった。

 腐った乙女の秘密を知りたい方々は、もう少しお待ちいただきたい。

 話は変わりますが、今話題の映画『ジョーカー』を見てきました。

 内容は伏せますが、まさに怪作にして傑作です。

 ホント、執筆に対するいい刺激をいただきました。


日記33冊目

 ☆月◇◎日

 

 ふうま小太郎ですが、今日はテレビ会議室の空気が最悪でした。

 

 昨日飛び込んできた厄ネタである肉団子こと沢木浩介君の保護と処遇について、アサギとアスカ双方に話を通してきた。

 

 浩介君の保護者であるアサギはともかくとして、本来なら現在は袂を分かっているアスカに情報を与える必要は無い。

 

 しかし同じ境遇で足掻く同士である事に加えて、奴が浩介君に抱いている想いを知っている身としては、一人を除け者にするなどできなかったのである。

 

 そんなワケで井河・甲河・ふうまの三者テレビ会談と相成ったのだが、開始5分で解散宣言をしたくなった。

 

 液晶モニター越しに顔を合わせた二人は、五車学園のイベントに参加するだけあって初めは険悪な雰囲気ではなかった。

 

 しかし、そんな和やかな雰囲気も肉団子な彼氏が現れるまで。

 

 浩介君がこうなった経緯を話すにつれて、顔からどんどん表情が失せていくアスカ。

 

 そしてアサギの懐妊が告げられた時には、背後に背負った瘴気とぱっつんヘアーも相まって呪われた日本人形みたいになってしまっていた。

 

 ここでアサギが『保護者としてあるまじき間違いを犯した』とか『未熟な浩介君を巻き込んで申し訳ない』等の謝罪をすれば、少しは場の空気がマイルドになったのだろう。

 

 しかしあのアラサー女、ここに至って場の空気が求めていた事と真逆な事をしでかしやがったのである。

 

『───アスカ。私は浩くんを愛しているわ。恭介の弟でも家族でもなく一人の男として。だから、貴女には譲らないわよ』

 

 という宣戦布告を引き金にして、隣のモニターに映っていたアスカの顔が般若へと変貌。

 

 氷点下染みていた部屋の空気は一気に修羅場へとなだれ込む事となった。

 

 アサギの発言を聞いた瞬間、俺が隣に置いていた浩介君を握り潰しそうになったのは仕方がないと思う。

 

『三十路女が男日照りとはいえ15歳の子供を垂らし込むなんて、対魔忍や教師以前に人間として恥ずかしくないの!? というか沢木恭介さんに申し訳ないと思うでしょ、普通!!』

 

 なんてぐうの字も出ないアスカの正論に、

 

『愛してしまったんだから仕方ないわ。それに恭介も浩くんと私が一緒になるなら天国で喜んでくれると思うの』

 

 と斜め80度ズレた答えを返すアサギ。

 

 ぶっちゃけ、俺が恭介氏だったら化けて出てでも不貞を侵した肉団子をスライスすると思う。

 

 俺が三者会談なんて面倒な手段を選んだには、2つの理由があった。

 

 一つはアサギ・アスカの双方が浩介君を引き取ると主張するだろう事を見越して、一括で彼の処遇を決める為。

 

 もう一つは彼の身体の治療に関して、主流派にいる桐生のアホと米連の最新技術の見解を知るためなのだ。

 

 間違ってもこんな修羅場を発生させる為じゃねーってばよ。

 

 あのまま行けば井河と甲河の頭領が互いに中指を立て合うというアレな絵面から、『ファイッ!!』と抗争のゴングが鳴るところだったのだが、さすがに主催者としてそれは見過ごせない。

 

 肝心の肉団子は喋れるくせに置物に徹して嵐をやり過ごそうしてやがったし。

 

 奴が『俺はアサギさんがいい』と本音をゲロしておけば、遺恨は残れど場を治めることは出来たのだ。

 

 結局、俺がこちらで弾き出した浩介君の診断結果を餌にして場を鎮める事になってしまったではないか。

 

 保護した者の責任は分かるけど、いささか重量過多じゃね?

 

 対魔忍の一流派を背負う女傑二名はコメカミあたりに青筋を浮かべながら互いにメンチを切り合っていたが、一応は議題を進める体制へと戻す事が出来た。

 

 深々とため息を付いた後、俺は眼前の乙女(笑)二名の端末に浩介君のカルテを送信した。

 

 届くなり目を皿のようにして端末の情報に目を通すと、バタバタと音を立てて画面から姿を消すアサギ達。

 

 それから三十分ほどで復帰した訳だが、意気消沈した彼女達が持ってきた知らせは双方共に復元は不可能というモノだった。

 

 アサギに同席していた桐生曰く『そのガキに忍術を移植した魔薬の成分の中には緻密な呪詛が込められている。それが魔界医療による肉体改造と密接に絡まり合って、肉体の復元を阻害しているのだ』だそうな。

 

 さらには肉団子状態の浩介君が生きているのも正気を保っているのも呪詛による不死性のお陰ときた。

 

 桐生の言では、いかに魔界医療を駆使しようとここまで肉体を変形させてしまっては並の人間では生きていられないらしい。

 

 この見解を聞いた俺は思わず頭を抱えてしまった。

 

 肉体改造の深い部分に呪詛が関わっているという目付は正しかったモノの、切り離すと浩介君が死ぬまでは予測していなかった。

 

 いや、米田のじっちゃんの治療への突破口になればってさ、何度か『因果の破断』で呪詛を斬ろうかって考えてたんだよ。

 

 ホント、やらなくてよかった。

 

 これで俺が浩介君を死なせたら、ウチはまるっと井河と甲河を敵に回すとこだった。

 

 さて、暗礁に乗り上げてしまった浩介君人間復帰の道だが、俺はここで疑問に思っていた事を口にした。

 

 呪詛が邪魔をして肉体の復元がダメなら、それを除けば治せるのか? という事だ。

 

 今までの文脈的にはそう言ってるのは分かるのだが、俺としてもそっち方面に手を加えるのが冒険である以上は確実な言質が欲しかったのだ。

 

 俺の問いに桐生は、『任せろ! フュルストの呪いがなければ、そんな蛆虫一匹を元に戻すなど造作もない!!』

 

 と胸を張って宣言し、直後にアサギの裏拳を食らってカメラの外へフェードアウトしていった。

 

 あの八津と女の身体を改造する以外興味を示さないド変態が随分と乗り気な事を訝しんでいると、右手の甲にべったりと付いた血糊を拭きながらアサギがその理由を答えてくれた。

 

 今回の元凶である魔界医師フュルストは桐生の師に当たる存在なのだという。

 

 で、奴は誰よりも先に保険医に化けていたフュルストに気づいたものの、逆に奴の術中に嵌って9割殺しの目にあったそうだ。

 

 浩介君の治療に意欲を燃やしているのも、彼に施された改造を元に戻す事で師に一矢報いるつもりらしい。

 

 桐生は人間としては最低のクズだが、魔科医としてのプライドはチョモランマな奴だ。

 

 そんな奴があれだけリベンジに燃えているならば、浩介君の事も悪いようにはすまい。

 

 そう判断した俺はアサギとアスカに解呪の方法がある事を伝えた。

 

 もちろん『因果の破断』については言及していない。

 

 方法については『隼人学園で学んだ結界術を刃に宿す事で術式などに干渉できるようになった』という感じにそれらしく説明しておいた。

 

 アサギと桐生から半信半疑の目を向けられるのはいいのだが、アスカの『うん、知ってた』的なリアクションはどういう事なのか?

 

 ともかく解呪=生命維持の喪失という図式が成り立つ限り、緊急オペは免れない。

 

 そして主治医が桐生である以上は、治療の舞台は必然的に奴の研究室がある五車学園という事になる。

 

 そういうワケで俺は明日五車の里に赴く事になってしまった。

 

 ぶっちゃけ、俺が骨を折ってやる理由なんてどこにもないはずなんだが、何でここまでやらにゃあならんのだろうか?

 

 保護した側の管理責任と言うには度が過ぎてるよね。

 

 あ~、骸佐をどうやって説得すんべか……。

 

 

 ☆月◇▼日

 

 

 浩介君復活! 浩介君復活!! 浩介君復活!!!

 

 ノリでやってみただけのふうま小太郎です。

 

 そういうワケで、沢木浩介君は無事に人間へと戻りました。

 

 今回、俺の護衛として同行したのは天音姉ちゃんをはじめとする『ふうま同士の会』のメンバーだった。

 

 『ハーレムかよ!?』とか叫んでた五車学園の生徒A、代わってほしいなら代わってやるぞ。

 

 自分を題材にされたウ=ス異本の内容チェックに耐えられるならなぁ!

 

 ちなみに妄想力で人の核心に到達しかけてる桔梗は、例の小説の後編を執筆中の為に不参加である。

 

 というか、昔漏らした『戴天流』と『波濤任櫂』の名前だけで、俺の前世の事を事実スレッスレまで妄想するとか……。

 

 しかも『ジャンルとしては、なろう系主人公を意識しました』という暴言付きである。

 

 いやホント、あの小説を読んだ時は自分が題材にされてた薄い本とは違う意味で嫌な汗が流れたわ。

 

 内容は良かったからオブザーバーを引き受けて続き書かせてるけど、駄作だったらキレてるところである。

 

 閑話休題。

 

 護衛のメンツが全員『Waka様ガチ勢』なので、ひと悶着どころか三悶着くらいあると覚悟していたのだが、一度も揉めることなく桐生の研究室に辿り着く事が出来た。

 

 アサギが根回しをしていたのなら、その努力は相当なモノだったんじゃなかろうか。

 

 俺達が足を踏み入れた時には、アサギやアスカを始めとする主要メンバーが揃っていた。

 

 浩介君の容態を考えれば無駄に時間を費やすのは得策ではないので、挨拶もそこそこにオペが開始されることに。

 

 ケースの中から取り出した浩介君を寝台に乗せ、懐に忍ばせた小太刀を取り出す。

 

 そうして呼気と共に内勁を練り上げれば隻眼は、いやこの身全ての感覚は万物の因果を捉えて網膜へと映し出す。

 

 後は勁を限界まで込めた刀を彼の頬の薄皮一枚掠めるように引けば、鎖が切れるような甲高い音と共に呪詛は断ち切られた。

 

 ガチの因果の破断はマイクロ・ブラックホール以来だったが、何とか施術は上手く行った。

 

 浩介君、全身から赤黒い体液をピョーと出しながら断末魔っぽい声を上げる君をキモイと思った事を許してくれ。

 

 呪詛の破壊を確認した桐生は、ゴム手袋を嵌めた手で浩介君を鷲掴みにすると一目散に奥の作業室へと入っていった。

 

 ここまでは事前の段取り通りなはずなのに、妙に不安が拭えなかったのを憶えている。

 

 その後、俺達は手術中の赤いランプが点灯する扉の前で待っていたのだが、ここでアサギが声を掛けてきた。

 

 聞けばもう一つ解呪してほしい対象がいるのだとか。

 

 浩介君は保護した側の責任という理由があったが、もう一人に関しては俺が手を差し伸べる謂れはない。

 

 そう言って断ろうとしていたのだが、相手を聞いて絶句する事となってしまった。

 

 なんとアサギが提示したのは中絶処理で体外摘出した浩介君との受精卵。

 

 人工子宮に浮かぶそれに掛けられた催眠刻印を解いてくれと言い出したのだ。

 

 この要請はさすがに予想の斜め上すぎた。

 

 というか、まず生きてるという事実に思わず『嘘やん……』と言ってしまったし。

 

 さくらの話では受精卵は催眠刻印の魔力を糧に生きているらしいのだが、皮肉な事にその刻印が仇となって人工子宮にもアサギの体内にも定着できないでいるらしい。

 

 催眠刻印なんて強力な呪詛を餌にしている時点でロクなモノになるとは思えん。

 

 嫌な予感しかしなかったのでお断りしようとしたのだが、アサギのこの一言で受けざるを得なくなってしまった。

 

『これからの事を考えたら、子供を産むチャンスが来るかは分からない! 私にとってはこの子が最初で最後になるかもしれないの! だから、助けてくださいッ!!』 

 

 恋人が出来て一時とはいえ子供を宿した事で女の幸せを意識したんだろうなぁ。

 

 井河の頭領とか、最強の対魔忍なんてしがらみを全部ぶん投げてのガチ土下座。

 

 真剣度は以前の全裸土下座なんて目じゃなかった。

 

 ……こんなん断れんわ。

 

 しかも今日護衛についてきてくれてた『同士の会』ってアサギと同世代の女性も多いから、思いっきり感情移入しちゃっててね。

 

 断ったら株価大暴落不可避だったわけよ。

 

 いや、個人的には薄い本を書かれなくて済むから暴落してもいいかなって思わなくもないけど、頭領としては完全にアウト案件だ。

 

 こうなると俺に出来たのはこの子を浩介君を縛る鎖にしないと言質を取るぐらい。

 

 そんなワケでロハでのレッツ破断となったワケだが、相手が相手なので刃を当てるワケにはいかん。

 

 そこで隼人学園で習得した発氣剣を応用する事で何とか対処した。

 

 術式破壊なら物理干渉する程に氣を込める必要は無い。

 

 結界術と並んでまだまだ功が成っていないので、不謹慎だとは思うがいい練習になった。

 

 結果としては、桜が人工子宮に着床したとか騒いでいたので上手くいったんだろう。

 

 こちらとしても一安心である。

 

 その後、4時間に渡った手術も無事に終わり、浩介君は人の身体を取り戻す事が出来た。

 

 一度ミートボールにされた影響は大きく年単位のリハビリがいるそうだが、その他には命に別状はないらしい。

 

 家族の無事の帰還にアサギとさくらは喜んでいたが、浩介君の未来は前途多難だろう。

 

 今回の件が里にバレたら、兄の恭介氏なんて比較にならないくらいに白眼視されるのは明白だからな。

 

 とはいえ、これはあくまで浩介君自身の問題だ。

 

 どんな地獄を巡ることになろうと、これ以上は付き合う気はない。

 

 俺達は頑張ってくれとエールを送るのみである。

 

 五車の里からの帰り道、大失恋をブチかましたアスカを同士の会の姉御達が慰めて、今回の騒動は一応の終幕を見る事となった。

 

 飲み代で軽々五ケタ上回るとか何気にビックリなんですが、その辺は友人への再起を祈ってカンパさせてもらうとしよう。

 

 泣くな、アスカ。

 

 ハンサムの多いお米の国なら、浩介君が霞むくらいの良い漢が見つかるさ。

 

 

 ☆月◇◎日

 

 

 本日は久々に鍛錬の事を書こうと思う。

 

 以前にも書いたが、俺は隼人学園に通う傍ら同校で行われている退魔術の実習も受けている。

 

 初めて触れる技術だったこともあり初めは戸惑いの方が強かったが、それも漸く慣れてきた。

 

 『学校行ってる暇があるのか?』とか『出席日数足りてる?』なんて無粋なツッコミは無しにしてもらおう。

 

 これでも隙を見てはコツコツ通っているのだ。

 

 上原への移籍条件の中にも通学ってのがあったしな。

 

 さて、数か月前は早九字で障子紙程度の強度を張るのが精一杯だった俺の結界術だが、この度大幅進化を遂げました。

 

 切っ掛けとしては漸く氣を体外に放出するという事のコツを掴んだのが大きい。

 

 内家拳での氣功術は体内の経絡を循環させることでその力を昇華する事に極意があった。

 

 しかし隼人学園で指導している結界を始めとした退魔術は丹田で生み出した氣(講師曰く霊力)を結界や術といった様々な形で体外に放出する事を主とする。

 

 この感覚の差はなかなかに埋めがたく、要点を掴むのに数か月を要してしまった。

 

 これもノイ婆ちゃんのところにいたミリアム女史のお陰である。

 

 彼女の助言と村正解呪の経験があったからこそ、氣の体外放出の入口に立つ事が出来たのだから。

 

 そんな感じで初段を越えた感のある退魔術だが、特に力を入れているのは結界と発氣刀である。

 

 結界は早九字を切ることなく任意の場所に張る事が出来るようになりつつある。

 

 というか、結界と言うのはイメージの正確さと強固さが肝要な技術のようだ。

 

 自分の設置したい一座標と形、そして強度を素早く正確に思考できれば、後は発氣の強さが物を言う。

 

 なので俺が練り上げているのはオーソドックスな障壁ではなく、前腕部に高強度のモノを形成する盾。

 

 他には緊急時に身体と頭部を保護する不可視のボディアーマーとヘルメット。

 

 さらには破壊されそうになった時点で内側からはじけ飛んで相手の攻撃を相殺する『リアクティブ・アーマーもどき』。

 

 発氣刀は指から氣を放って鉄鞭代わりとする細身のモノから、五指を揃えた大出力の大包丁など。

 

 この辺は暗器や緊急時の得物とする事を見越して習得している。

 

 この裏稼業、丸腰の時が最も命の危険が高い。

 

 さらに入浴などで下着を脱いでいる時など危険度は倍率ドン!だ。

 

 そんな世知辛い世界を生き抜くためにも、これらの技はさらに磨きを掛ける必要があるだろう。

 

 昔の人は言いました、『備えあれば患いなし』と。

 

 とりあえずは結界術を実戦に耐えうるレベルまで引き上げて、前世から延々と続く『一発食らえばヲワタ式』から脱却するのだ!!

 

 

 

 

 眠らない街と名高い東京に夜の帳が降りた後、車や人通りが途絶えた路地に小さく明かりを灯す屋台があった。

 

 白地に赤で『ラーメン』と染め抜かれた暖簾の奥には、ニ人の少年が美味そうにドンブリから麺を啜っている。

 

「────で、お前はわざわざ五車の里くんだりにまで行って、アサギの縁者を助けてきたってワケか」

 

「まあな」

 

 隻眼の少年が漏らしたため息交じりの声に、眼帯を付けた燃えるような赤髪の相方はスープを啜っていたドンブリから口を話して湯気を吐く。

 

「お前なぁ……。奴等は一応は仮想敵勢力でもあるんだぞ。そういう事するなら、むこうの動きを封じるくらいのドでかい貸しにしとけよ」

 

「んな事言ったってよ、俺ら主流派に大概貸しを作りまくってるじゃねーか」

 

「それでもだよ。貸しなんざ多ければ多い方がいいんだぞ」

 

「けど、返せないレベルだと踏み倒されるんじゃね?」

 

「そん時は相応の報いを受けさせればいいんだよ。ノマドの幹部にあっさり侵入されるような奴等、今の俺達ならどうとでもできるだろ」

 

「はい、慢心」

 

「う……」

 

「気を付けろよ。ウチの業界、驕りと油断は死への一本道だからな」

 

「───分かってるよ。それで、甲河の頭領はどうなったんだ?」

 

「失恋記念のヤケ酒大会だって、ウチのオネェ連中にしこたま飲まされてな。迎えに来た仮面のマダムに引き渡すときは半分死んでた」

 

「他の流派の頭領にアルハラとか、ウチのくノ一衆は怖いもの知らずかよ」

 

「酔い潰れたアスカに流石のマダムもブチ切れ寸前だったからなぁ。失恋って事情が無かったら甲河と一戦交えてたかもしれん」

 

「そんな開戦理由ぜってーやだ。つーか、それで得心いったぜ。あの時のモーニングゲロはそれが原因か」

 

「朝一番に通信入れて来て『おは───ゲブルッシャーーーー!!』だったからな。やられた時は新手のテロかと思ったわ」

 

「あの時、お前がウチの幹部連抑えて回ったのはウチに非があるからだったんだな」

 

「率先してチャンポンぶち込んどいて、真っ先にキレた天音姉ちゃんは土下座すべきだと思う」

 

「あの人、どっかズレてるからなぁ……。井河の事に話を戻すけどよ、奴等の質って相当落ちてるみたいだな。10年前なら敵に侵入されて頭領がハメられるなんざ考えられなかっただろ」

 

「俺等が独立した反動なのかねぇ」

 

「バカ言え。オレ達が奴等と袂を分かったのは1年以上も前だぞ。組織の再編くらいは出来てなきゃヤバいだろ」

 

 店主に貰った替え玉をズルズルと啜りながら、赤毛の少年は悪態を付く。

 

 それを聞いた隻眼の少年は一口でチャーシューを半分に食い千切る。

 

「老人会がふうまを下に敷いた所為で、ベテラン連中が錆び付いたのが痛いな。今、まともに使い物になるのは八津兄妹にさくら、あとは不知火くらいか」

 

「アサギは頭として安易に現場には出ないしな。どこかの頭領様にも見習ってほしいぜ」

 

「お前な、俺から鉄火場と刀を取り上げてどうすんだよ。そんなことしたら骨も残らねーぞ、マジで」

 

「戦わないと死ぬ呪いでも掛かってんのか、お前は。つーか、普通に事務仕事してろよ。頭領しか決済できない書類とかあんだろ」

 

「そういうのは全部期日までに出しとるわい。しかしなぁ……あん時の様子を見てて思ったけど、無事に子供が産まれたら引退するんじゃねーか、アサギの奴」

 

「引退なんてできるか? 今の井河はアイツの名前と力で保ってるようなもんだぞ。それが現役退いたら、真っ先に公安に契約切られちまうだろ」

 

 再び麺を食いつくした赤毛の少年は、傍らに半分ほど残っていた白飯をスープの中に放り込んだ。

 

 そして店主にキムチ・ニラ・卵を受け取ると、それもスープとかき混ぜてレンゲで掻き込みだす。

 

「たしか、アイツって自分の後継者に八津妹を推してなかったっけ?」

 

「ないない。あの脳筋ゾンビにゃアサギの代わりなんて務まらねーよ。それ以前に八津は井河の下忍だぞ。奴が一足飛びで頭領になったら他の幹部から袋叩きにされるわ」

 

「それがあったか。じゃあ、さくらか? あれなら宗家の人間だし問題ねーべ」

 

「性格的に無理だろ。アイツってアサギに輪を掛けて甘いし」

 

「水城不知火」

 

「ロートルにも程があるだろ。ヘタすりゃアサギより先に引退するんじゃねーか?」

 

「上原燐はこっちが引き抜いちまったし九郎は妹と同様の理由で無理。秋山凜子は色んな意味でドロップアウトしたし…………マジでアサギの跡目いないじゃん」

 

「だから言っただろ。今アイツの後継者立てようと思ったら、裏に出回ってるクローン捕まえるか、お前が引っ張ってきた佐藤姉を向こうに移籍させるくらいしないと無理だって」

 

「佐藤姉は止めてやれよ。地獄の未来から脱出できて、全力全開で人生おう歌してんだから」

 

「この前、東大狙うとか言ってたもんな。でもよ、佐藤姉妹って実質的にお前の扶養家族になってるじゃねーか。下忍の任務でもいいから何かさせねーと他に示しがつかねーぞ」

 

「それはわかってんだけど、アイツ等を忍務につかせたら今までの鬱憤を晴らすかのように悲惨な目に遭うような気がしてな……」

 

「あー……」

 

「取り合えず、奴が高校卒業したら適当な額の金握らせてカタギにするわ」

 

「そうしろ。あの顔がウチにいたら厄ネタにしかならん」

 

 赤毛の少年がそこまで言うのと店主がギョーザを出すのは同時だった。

 

 隻眼の少年は目の前に置かれたギョーザを、相方との間へ移動させる。

 

「退魔術に手を出してるみたいだけどよ、進捗具合はどうなんだ?」

 

「ようやくコツが掴めてきたところだ。お前の夜叉髑髏パクって、結界の鎧とか盾を作れるようになったし」

 

「パクっ……まあ、いいんだけどな。それで使いもんになるのか、それ?」

 

「同じ退魔術に関しては教師の攻撃でもシャットアウトできる。銃弾や斬撃、忍術や魔術に関してはこれから確認していく予定」

 

「ふーん、結界本来の使い方は?」

 

「林田先生曰く、障壁の強度については申し分ないが範囲が狭いから使い処は限定される、だとさ。こっちも要修行だな」

 

「なるほど。ところで今日の朝、校庭で上原学長となんかやってただろ?」

 

「自主練してたら偶々会ってな。乱取りした時に学長の氣の巡りがおかしい事に気づいたんで、それを矯正したんだよ」

 

「そんな事できんのかよ?」

 

「俺の氣功術は自他の経絡を操る事に極意があるからな。ほら、リーアルにもやっただろ」

 

「あのおっさんが急にぶっ倒れたアレか?」

 

「ああ。あれは氣の巡りを止めて、六感全部を遮断してやったんだよ。人間ってのは当たり前に出来てたことが出来なくなると強烈なストレスを感じるからな。口を割らせるのには打ってつけなんだ」

 

「エゲツねぇ……。けど、お前にそんな技術があるって知ったらよ。学長はオレ達がブラド国に行くの反対するんじゃねえか?」

 

「そりゃねーわ。女王とはもう話はついてるんだぞ。俺等欲しさに反故にしたら収支が合わないって」

 

「……だといいけどな」 

 

 そこまで話して、少年たちは自分が頼んだ料理を全て平らげている事に気が付いた。

 

 さすがにこれ以上は容量過多なので、会計を済ませて二人同時に暖簾をくぐる。

 

 そして月明かりに照らされた道路を二人でブラブラ歩いていると、ふいに赤毛の少年が口を開いた。

 

「ところでよ────」

 

「うん?」

 

「『ふうま同士の会』って知ってるか?」

 

「忘れなさい」 


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