剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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お待たせしました、本編完成です。

この頃は忙しいせいか、執筆スピードが滞りがちになってしまう。

年末まではバタバタするでしょうが、何とか書き続けたいと思います。 


日記34冊目

 ▼月◎日

 

 未だ嘗てない難題に直面して本気で泣きたい、ふうま小太郎です。

 

 本日、我が国の帝から俺に対して勅命が下りました。

 

 というか、菊の御紋が入った書簡もらった忍者なんて俺が初めてじゃね?

 

 学校に行く寸前でウチに宮内庁の職員が持って来たんだけどさ。

 

 十六葉八重表菊の紋章を見た途端、災禍姉さんが失神したからな。

 

 もちろん、その場で封を開けるような馬鹿はしていない。

 

 問答無用で招集した緊急幹部会で内容を確かめたのだが、書面に掛かれた形式ばった長文を要約するとこうなる。

 

『ふうま小太郎ならびに、その配下の出国を禁ずる。また、ふうま小太郎は自身の修めた氣功術を宮内庁所属の退魔師へ教導することを命ずる』

 

 当然ながら場は大混乱である。

 

 ふうま忍軍は俺達の中学卒業を目途にブラド国へ移住を準備していたのだ。

 

 期日まで半年を切って色々仕込みも終わりが見えてきたのに、今更そんな事を言われても『YES』なんて言える訳がない。

 

 とはいえ、安易にNoを突き付けるには今回ばかりは相手が悪すぎる。

 

 帝は日本国憲法で国民の象徴として実権はほぼ持っていないと定められているが、それはあくまで表の話。

 

 実は退魔関係では依然として日本のトップに君臨しているのだ。

 

 そも天皇とは天照大御神の末裔にして、天津神が形成するこの豊葦原瑞穂国を護る強力な結界を維持する要でもある。

 

 はいそこ、結界張ってるくせに魔族が出て来てるとか言わない。

 

 隼人学園の講師曰く『日本にいる魔族はブラックみたいな化け物を除いて、結界の効果でほとんどが海外より弱体化している』らしいぞ。

 

 閑話休題

 

 背負った要の役割ゆえに代々の天皇は候補の中で最も霊力が強い者が選ばれ、結界維持の補助の術式が組み込まれた皇居から出る事はないそうだ。

 

 では国民の前で公務を行っている『帝』は何なのかというと、外に出れない要の御方に代わって国民の象徴を務めているのである。

 

 さて帝についてはこの辺にして、こんな大それたブツが弱小ニンジャサークルに届けられた原因について記そう。

 

 本件の情報源として頼ったのは、ウチの知り合いの中で最も宮内庁に精通しているのは上原学長である。

 

 早速連絡を取ってみると、こちらのコールを受けた彼女は神村教諭を連れてウチまで出張ってくれた。

 

 俺達の詰める会議室に着くなり、学長は『小太郎君、今回の原因は貴方の使う氣功術にあるわ』と言い切った。

 

 そこからの説明は色々専門用語が飛び交って把握しづらかったが、極力簡単に纏めてみた。

 

 事の発端は、現在の退魔術の根幹を成す発氣にあった

 

 発氣とは丹田で発生した氣を掌や足などから放つ技で、結界の基盤や遠当てなどの遠距離打撃、さらには符に込めれば術の媒介となる。

 

 これは奈良時代から続く中国との交易で使節に同行した道士から伝わった技術だそうだ。

 

 しかし悠久の時の中を脈々と受け継がれてきたこの技術には、ある重大な秘密があった。

 

 それは発氣が不完全な代物ということだ。

 

 陰陽寮に伝わる古い文献によると、日本に発氣を齎した道士達は氣を体内で巡らせることで大幅にその質を増幅する事が出来、その力を用いた者は生身の身体を鋼鉄の鎧と変じ、羽毛の如く風を踏んで空を舞ったという。

 

 当然ながら多くの術者が教えを請うたのだが、道士達は頑として教えようとしなかったらしい。

 

 ここまで書けばわかるだろうが、道士達が伝えなかったモノこそ俺の使う氣功術なのだ。

 

 戴天流も属する内家拳、その中で習得する氣功術は道教における神仙道の一種である。

 

 口伝では己が内面を巡る氣を制する小周天、そして外部から氣を取り込んで自身の力と成す大周天。

 

 双方を修めて天然自然と合一する事が氣功術の真髄であり、それを以て神仙へと至る道と成すとされている。

 

 道士達が門外不出としたのは、道術の最高位である仙人となる方法を他国に漏らすワケにはいかなかったからだろう。

 

 では、どうしてそんな秘奥が前世の上海で鉄砲玉なんかに伝わっていたのか?

 

 それについては簡単だ。

 

 あの世界は環境汚染が進み過ぎて、天地合一によって神仙へ到達するなど夢のまた夢だったからだ。

 

 故に本来の役割を失った氣功術はただの暗殺術へと堕ちて行った。

 

 この辺は電磁発勁なんて外法の練氣が開発されたのを見れば、容易に想像が付くだろう。

 

 閑話休題。

 

 上原学長の話だとこの世界の氣功術は中国奥地に住む修行僧が秘密裏に継承しているらしく、依然として門外不出の技術となっているなんだそうな。

 

 だからこそ、俺がその秘技を使えると知った彼等はここまでの動きを見せたのだ。

 

 あと誤解が無いように言っておくと、この件を上にチクったのは学長ではない。

 

 数日前、俺が学長の氣の流れを矯正しているのを見ている者がいたのだ。

 

 しかもそいつは陰陽寮の名家である土御門家の人間で退魔術に精通していた事が災いした。

 

 発氣とは全く別の氣の使い手という事で、その日の内に俺の事を宮内庁のトップに報告。

 

 それを受けて俺の事を調べた彼等は例の白金戦を得て、俺が秘匿された氣功術の使い手であると確信したそうな。

 

 ここに来てまたしても俺の足を引っ張るとは、孔家のキモウトは本当にロクな事をしない。

 

 ここまで話が大きくなれば、直接の雇用主である上原学長に声が掛からないワケがない。

 

 皇居に呼ばれて帝を前に質問攻めにあった彼女は、今までの経緯に加えて俺達がブラド国へ移籍する予定であることまで洗い浚いゲロったらしい。 

 

 うん、これについては文句を言うつもりはない。

 

 幾ら学長でも、帝を前にしてしらばっくれるほど面の皮は厚くないだろう。

 

 こんなワケで勅命が出た経緯は理解したのだが、そうなると次の謎が首をもたげてくる。

 

 そう、中国で未だ門外不出とされている氣功術を何故俺が使えるかという事だ。

 

 これについては黙秘する腹積もりだったのだが、紅姉の『小太郎、前世の事バレてるんじゃないか?』という失言で断念。

 

 結局、一から説明する羽目になってしまった。

 

 これを聞いたウチの幹部の感想

 

骸佐「お前がオカシイのは昔からだから気にならん」

 

爺様「逆に納得した」

 

甚内「若様がぶっ飛んでるのなんて今更」

 

災禍姉さん「小さい時から大人びてたのは、そういう理由だったのですね」

 

天音ねえちゃん「むしろ、それがいい」

 

時子姉「あの時の公開処刑で倒れなかった理由がわかりました」

 

 こっちとしては気持ち悪いとか非難を受けると思っていたので、こうもアッサリした反応だと拍子抜けである。

 

 あと、紅姉には情報の秘匿というモノを教え込もうと思います。

 

 最後に学長は『二日後に帝と謁見するから、そのつもりで』という爆弾を残して帰っていった。

 

 …………超行きたくねぇ。

 

 

 ▼月■日

 

 

 昨日の件をカーラ女王に相談しようとしたのだがダメだった。

 

 というのも、女王は勅命が届く前に国賓として宮内庁に招かれていたからだ。

 

 今回は北欧某国の親善大使ではなくブラド国の女王としてなので、当然ながら表ざたにされることはない。

 

 というか、これって完全に俺等を分断する策じゃねーか。

 

 さすがの俺もこれには思わず天を仰いでしまった。

 

 ここまで周到に用意されていては正直打つ手が無い。

 

 俺としては窮地の際に手を差し伸べてくれたカーラ女王への義理を果たしたい。

 

 だが、それに眼が行ったばかりに本来の目的を果たせないのでは本末転倒だ。

 

 帝からの命令を蹴ってブラド国に行くのは、二度と日本の地を踏めないのと同義。

 

 そうなってしまっては二車の小父さんと交わした約束を果たせなくなる。

 

 それにふうま衆の気持ちもある。

 

 口に出さないが、皆も吸血鬼の国へ移住する事に不安を感じていないワケがない。

 

 それでもついて行くと言ってくれたのは、井河からの抑圧によって日本では再興は困難と判断したからだ。

 

 帝から日本に残れと勅命を受けた事が知れれば、ブラド国へ付いてくる者などいないのではないだろうか?

 

 しかし、困ったもんだ。

 

 どちらか一方でもふうま衆全体へ価値を重く置いてくれれば、双方の面目が立つように立ち回る自信はあるのに。

 

 現実は帝も女王も欲しているのは俺の技術。

 

 これではどちらを選ぼうとも、もう片方の顔は潰れてしまう。

 

 それ以前に氣功術を教えろと言われても、俺の知っている訓練法を行ったら廃人と狂人と死人が山の様にできるんですが。

 

 まあ、高リスクの代償として上手くいけば一日で氣功術を使えるようになるから、膨大な犠牲に目を瞑るなら促成栽培には向いていると言えなくもないか。 

 

 やったら宮内庁を始めとする裏勢力を敵に回すからやらないけどね。

 

 なんにせよ、女王と連絡が取れないのはとっても痛い。

 

 今回の一件について彼女が得ている情報の深度によっては、日本政府の手玉に取られた挙句『裏切られた』などと悪印象を持たれかねない。

 

 明日の謁見を前に最低限の擦り合わせをしておきたかったのだが……。

 

 まあ、無い物ねだりをしても埒が開かん。

 

 明日は何度目かのふうまの将来を決める大事な岐路だ。

 

 失礼の無いように気を付けねば。

 

 

 ▼月◎日

 

 

 何とか問題の謁見はクリアした。

 

 ついでにカーラ女王と帝の交渉も調整が付きました。 

 

 何から書けばいいのか迷うが、まずは謁見について書くことにする。

 

 二日前に告げられた通り、礼服に身を包んだ俺は上原学長と共に皇居へと赴いた。

 

 言うまでも無いが随伴者は無し。

 

 厳重な警備をパスして中枢にある『お役目の間』へと通された俺は、そこで初めて帝と顔を拝む事となった。

 

 帝の第一印象はどこにでもいそうな人の良い小父さんだったのだが、それが大きな間違いだという事を俺は嫌と言うほど思い知らされることになった。

 

 当初、帝は4段ほど上の高座に座し俺と学長は床に跪いていたのだが、なんと開始して間もなく彼は俺達と同じ高さまで降りてきたのだ。

 

 さらには開口一番、井河の下に付いていた際に手を差し伸べなかった事を謝罪してくる始末。

 

 それを聞いた瞬間、俺は冷や汗が止まらなかった。

 

 もちろん畏れ多いとなどではなく、帝の強かさに戦慄したからだ。

 

 仮に俺が今回の勅命を拒否するならば、不遇の時代に手を差し伸べてくれたカーラ女王への義理が理由としては最も強い。

 

 帝はそれを見越したうえで頭を下げて見せたのだ。

 

 これでもう俺はカーラ女王をダシにする事はできなくなった。

 

 帝に頭を下げさせておいて『やっぱりむこうの義理を優先させます』などと言ったら、それこそ不敬罪で牢獄行きになってしまう。

 

 『……勿体ないお言葉です』と何とか当たり障りのない言葉を絞り出した俺に満足したのだろう、高座へと戻った帝。

 

 しかし、彼の攻勢はこの程度では無かった。

 

 弾正の反乱へと話を遡らせては、当時は国家反逆とされていた奴の所業を公安への公務執行妨害と改めたり(表では到底無理な話だが対魔忍間の出来事はほぼ全てが裏で処理されている。なので、帝の鶴の一声で変えられるのだ)

 

 それに伴う形で公安や自衛軍でブラックリスト入りしていた俺達の個人情報を『近代国家では連座制は廃されているし、そもそも小太郎殿以下の若年層は有責性が阻却されるので犯罪として成立しないだろう』と表の刑法を持ち出して解除させたりとやりたい放題。

 

 ここまでくると、こちらも帝のやり方が分かってくる。

 

 目を付けた人材には飴を与えるだけ与えて、地位と恩で雁字搦めにするタイプなのだ、この人は。

 

 彼の手管は好ましくないが、ふうま衆のことを思えば迂闊なマネは出来ない。

 

 そう我慢していると、帝は『恩人に否を突き付けるのは心苦しかろう。ゆえに、女王との交渉には朕が立とう』などと言い出した。

 

 『ふざけんな!!』と言いたいところだったが、悲しいかな一国の王の発言を覆す資格も術も俺には無い。

 

 この時点でブラド国を含む今回の一件は、全て俺の手から離れてしまったのだ。

 

 その後は怒涛の展開だった。

 

 帝を先頭に別室へ移動すると、そこには国賓として宮内庁に招かれているはずのカーラ女王とクリシュナ卿の姿が。

 

 状況が分かっていない二人に書類やら何やらを持ち出して話を進める始める帝。

 

 この時点でようやく横紙破りをされている事に気づいた女王は怒りを露にするも、ここは日本を覆う結界の核ともいえる場所である。

 

 その影響で能力の大半を封じれられた彼女は、大人しく交渉のテーブルに付かざるを得なかった。

 

 その後は本人そっちのけで口舌の刃を交える二人の王を見ていたワケだが、話の内容に関してはややこし過ぎて書く気にならん。

 

 結論から言えば、氣功術が目的の日本と俺と言う人材を得たいブラド国の折衷案が採用される事となった。

 

 具体的に言うと、俺のブラド国移籍は十年後に先送りされる事となり、その期間を日本の退魔師への氣功術伝授の時間とする。

 

 十年先送りにする代価として、俺は月一でアミダハラのノイ婆ちゃんの所へ出稽古に行かねばならない。

 

 稽古の内容については後日現地にて説明する予定。

 

 また俺がエドウィン・ブラックの討伐に乗り出した際には、宮内庁は総力を挙げてこれをバックアップすること。

 

 とまあ、大まかな取り決めはこのくらいか。

 

 本人に説明がなかったのは大変遺憾だが、その辺は言ってもせん無い事だろう。

 

 取り決めを反故にするとペナルティが掛かる術式が込められた用紙に互いに調印をし、気まずさが半端なかった交渉は終了。

 

 お役御免になった俺達は皇居を後にした。

 

 帰り道に約束を違える結果になってしまったことを女王に謝ったのだが、意外にも彼女は怒ってはいなかった。

 

 曰く『この国の王が動いた時点で、国民である北江や小太郎にはどうしようもないもの。それに私もやられっぱなしじゃないしね』とのこと。

 

 今回の件は普通なら激怒して当然のところなのに、女王の余裕に満ちた態度はある意味不気味だった。

 

 彼女は一国の頂点に座する身なのだ、小市民な俺達とは物事の視点が違うのだろう。

 

 それと女王がどんな悪だくみを仕込んだのかは気になったが、今日のところは問うべきではないと判断した。

 

 別れ際に『ノイのところでの修行、忘れないようにしなさい』と言い残して女王は去り、長い一日はようやく終わりを迎えたワケだ。

 

 つーか、今日は本当に疲れた。

 

 熱いシャワー浴びて、とっとと寝たい。

 

 そんでもって、明日は平日だけど完全オフにしてのんべんだらりと過ごしてやる……。

 

 

 ▼月×日

 

 

 今日は一昨日にカーラ女王が提示した条件である『ノイ婆ちゃんの修行』を熟す為にアミダハラに行ってきた。

 

 むこうに着くなり仮面のマダムの妹である李美鳳(偽名)がガチギレして襲い掛かってきた。

 

 言い分を聞くかぎりでは、自分の居場所をマダムにリークした事が許せないらしい。

 

 元とは言え甲河一族の対魔忍、さらには魔女となった事で魔術まで使える奴はアミダハラでも上位に食い込む手練れだ。

 

 しかし俺とて以前のままではない。

 

 秘剣に開眼し『因果の破断』に到達した剣腕の前では、ノイばあちゃんに大きく劣る李の小手先技など通用するはずもない。

 

 死なない程度にボコボコにして、その様子をマダムに写メっておいた。

 

 ちなみに付けたタイトルは『負け犬』

 

 ……勅命に端を発する一連のストレスを発散した事は否定しない。

 

 恨むならこんな時に喧嘩を売った己の不明を恨むがいい。

 

 余談だがマダムからの返信は『ナイスwww 今度なにか奢るわ』だった。

 

 本当に妹の事、嫌いなんすね……。

 

 余計な話はさておいて、本題に入ろう。

 

 ノイばあちゃんの店である土産屋『魔法堂』に着くと、一息つく間もなく地下へと通された。

 

 地下には体育館一個分ほどのスペースが確保されており、ばあちゃんが言うにはここで召喚される魔物を倒すのがカーラ女王から出された課題だそうな。

 

 修行も刃傷沙汰も大好物な俺としては躊躇する理由はどこにもない。

 

 李とのいざこざでウォーミングアップもすんでいたので、早速修行開始と相成った。

 

 そんなワケで呼び出されたのは、樹木の精霊と言われるドライアド。

 

 ノイばあちゃんに召喚されただけあって並の妖魔よりも強かったが、この程度ではまだまだ俺には届かない。

 

 足元から生えてきたパックンフラワーみたいなエグい植物を剪定したあと、あっさりと開きになってもらいました。

 

 婆ちゃんが言うには、こうして週一で化け物とタイマンを張っていく事になるらしい。

 

 女王にどういう意図があるか分からんが、アミダハラに通っていれば腕も落ちないだろうし、俺としては好都合だ。

 

 問題があるとすれば旅費が往復4万以上することだが、その辺は経費で何とかするとしよう。

 

 

 ▼月☆日

 

 今日はアサギが遅まきながら何時ぞやの力添えに対して礼を言ってきた。

 

 聞く話によると浩介君も順調に回復しており、懸念されていた身体改造の後遺症も指先が動かせるようになったとか。

 

 経緯はどうあれ、助けた身としては喜ぶべき事だろう。

 

 リハビリの原動力がアサギを再び抱く事だと聞いた時は、流石に閉口してしまったが。

 

 あの坊や、全く反省していないじゃないか。

 

 同席していた権左兄ィは『思春期のヤロウなんてこんなモンですよ』と言っていたが、年齢的に2度目の思春期を迎えている身としては納得が行かん。

 

 異性にガッツいていない俺や骸佐が特殊なのか?

 

 デリケートな部分は置いておくとして、悲しい事に喜べる話題はここまでだった。

 

 アサギの奴、なんと妊娠を理由に近い内に現役を退くと言い出したのだ。

 

 これには俺も権左兄ィも唖然。

 

 ラーメン屋で骸佐とネタ的な意味で話題にした事はあったが、まさか本当になるとは思わなかった。

 

 元凶となったのはもちろん例の受精卵。

 

 催眠刻印が解除された事で人工子宮に定着した事を幸いと、状態が安定したのを見計らって自分の腹に収め直したらしい。

 

 なんつーか、ここまで来ると妙な執念すら感じるわ。

 

 とはいえ、アサギの人生は彼女自身の物だ。

 

 迷惑が掛かるとはいえ、堕胎しろなどとこちらが言える訳がない。

 

 後任については考えているそうなので、今は向こうに任せるしかないだろう。

 

 元々アサギは恭介氏の際に一度足を洗っているのだ。

 

 この業界から逃げるチャンスを狙っていたとしても不思議ではない。

 

 そう浅い付き合いじゃないのだから、引継ぎさえしっかりしているなら『お疲れさん』と送り出してやるのが人情というものだろう。

 

 なんて考えていたのだが、あのヤロウが落す爆弾はここからだった。

 

 二日ほど前、五車にあったふうま別邸宛に書簡が届いたらしい。

 

 差出人はなんと死んだはずの弾正。

 

 内容は『目抜けの俺がふうまを継承するなど認められない。間もなく帰国するので頭領の地位を空けておけ』というモノだったらしい。

 

 正直ツッコミどころしか無いのだが、まず何でお前らがウチ宛の手紙の封を開けているのか。

 

 まあ、差出人がアレ過ぎるので警戒せざるを得なかったと言われると、こっちも矛先を収めないワケにはいかなかったのだが。

 

 質の悪い悪戯の可能性は高いものの、差出人がアメリカ在住である事を思えば高を括るべきではない。

 

 次から次へと厄ネタばかりだが、これも仕事と割り切るしかない。

 

 とりあえずは前頭領を出迎えるために、釘バットでも作っておくか。


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