剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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 お待たせしました。

 今回はフェリシアSR記念に書いたIFルートです。

 ぶっちゃけ、大分遅れてしまいましたが、その辺はご勘弁いただけると嬉しいかと。


IFルート『フェリシアお嬢様の執事』

 俺の一日の始まりは早い。

 

 朝4時に起床し、大概は無人となっている地下のトレーニングルームで稽古を行う。

 

 基本の型に始まり白打に内勁掌法などを套路で千本熟し、最後の締めとして秘剣に磨きを掛ける。

 

 時間にすれば二時間ほど。

 

 短くも濃密な時を過ごし、汗を流した後は仕事着である執事服を身に纏う。

 

 数年前、始めて袖を通した時は我ながら死ぬほど似合わんと思ったものだが、毎日着ていればそれなりに慣れてくる。

 

 『継続は力なり』とはよく言ったものである。

 

 次に洗面台に立ってみれば、鏡に映るのは閉じた右目を分けるように縦に走る傷が特徴的な己の顏。

 

 この傷を受けたのは6年も前だが、経絡の関係でドクに眼球を修復してもらっても何故か傷は消えなかった。

 

 まあ、この傷を受けたのも我が身の未熟ゆえ。

 

 日々己を戒める道具だと思えば安いものだ。

 

 身嗜みが整え、顔を隠す鬼の面を付ければ準備完了。

 

 本日の業務開始だ。

 

 使用人が使う離れから本館へと移動し、二階にある重厚な扉を開ける。

 

 すると目に飛び込んでくるのは一流の家具に彩られた、年頃の娘にしては少々落ち着いた趣のある部屋。

 

 その中を遠慮なく進み、人一人分膨らんだシーツをめくる。

 

「お早うございます。お嬢様、朝ですよ」

 

 そう声を掛けると、純白のシーツに桃色の長髪を広げた少女は眼を閉じたまま眉根を寄せる。

 

「まだ眠いよぉ…あと30分……」

 

 やはり寝ぼけて口調が昔に戻っている。

 

 やれやれ、今日も手間取りそうだ

 

「そういうワケには参りません。本日も予定が詰まっております、お目覚め下さい」

 

「むうぅ……」

 

 そう言いながら今度は軽く体をゆすってやると、少女の眉間に刻まれた皺がさらに深いモノになる。

 

 いつも通りならそろそろか……。

 

「さあ、お嬢さまお目覚め下さい。でないとシーツを────」

 

「うるさーーーーい!!」

 

 俺の言葉を遮って少女が叫ぶと、同時に彼女の手が横薙ぎに振るわれる。

 

 彼女は邪魔なモノを払う程度のつもりなんだろうが、それは俺の身体などミンチにしてしまうほどの威力を秘めている。

 

 ───もっとも当たればの話だが。

 

「ふぇりが寝たいって言ってるんだから、邪魔しないでよぉぉぉぉぉっ!!」

 

 癇癪のままに不満を口にする少女、しかしその先には俺はいない。

 

 何故なら俺は振り抜かれた彼女の手の上に立っているのだから。

 

「お早うございます、お嬢さま。お目覚めはいかがでしょうか?」

 

 トンボを切って最高級の絨毯へ降りたった後、挨拶と共に頭を下げる俺。

 

 少女は何度かこちらと振り抜いた手を交互に見てこう言った。

 

「……またやってしまったかしら?」

 

「はい。昔のだたっ子口調に戻るオマケ付きで」

 

「……そう。少しみっともない姿を見せてしまったわね、忘れてちょうだい」

 

「毎日の事なので意味はないと思いますが」

 

「いいから忘れなさい!!」

 

 顔を真っ赤にしながらこちらを凄んでいるの少女の名はフェリシア・ブラック。

 

 世界的大企業ノマドのCEOにして、現世最強格の吸血鬼であるエドウィン・ブラック氏の御令嬢だ。

 

「ではお嬢様、私は外に出ておりますので」

 

「あら、貴方が着せてくれてもいいのよ?」

 

「私は自分で身支度もできない幼児に仕えた覚えはありませんよ」

 

「ふん、ケチ」

 

 お嬢様の悪態を背に部屋を後にすると、廊下に出た俺の前に一つの影が現れる。

 

「失礼いたします、長官」

 

 俺の背後に立つのは、黒のスーツに身を包んだオーク。

 

 その肉体は通常のモノと違って腹も出ておらず、全身くまなく鍛え上げられている

 

 奴はノマド諜報部に属する諜報員の一人だ。

 

「ご苦労。そちらの様子はどうだ?」

 

「ドクター・フュルストは障害を排除し、五車の里に潜伏する反乱分子との調整も順調とのこと。計画は最終段階に移行しています」

 

「そうか。ならドクに伝えてくれ。『潜入任務は九割上手くいったところからが正念場だ』と」

 

「了解」

 

 こちらの言を受けてオークが立ち去ると、入れ替わる様にクリーム色の落ち着いたドレスに身を包んだお嬢様が部屋から出てくる。

 

「お待たせ。誰かいたの?」

 

「諜報部の部下が報告に来ておりまして」

 

 そう答えるとお嬢様は途端に機嫌を悪くする。

 

 というか、頬を膨らませて不満をアピールするのは止めなさい。

 

「貴方は私の専属のはずでしょ。いつになったらその部署から手を引くのよ?」

 

「申し訳ありません。これも旦那様の言いつけですので、私の一存では……」

 

「まあ、ノマドは大企業だから幹部が二足の草鞋を履くのは理解できるけど、それでも働きすぎじゃないかしら?」

 

「いえいえ、私の働きなど微々たるものですよ」     

 

「たった二日で淫魔王の首を獲ってきた男がよく言うわよ。それで、今日の予定はどうなってるのかしら?」

 

「ご家族との朝食の他には午前中は予定はありません。午後からは東京キングダム内の系列企業とカオスアリーナの視察ですね」

 

「護衛はどうなっているのかしら?」

 

「現在は私が担当する予定ですが、不安でしたら増員いたします」

 

「不用よ。貴方がいれば有象無象なんて足手纏いにしかならないでしょ、ニンジャスレイヤーさん?」

 

「その呼び方はお止めください」

 

 その名前で呼ばれると、何故か妙な日本語で喋ってしまいそうになるのだ。

 

「はいはい。じゃあ行きましょうか、小太郎」

 

「承知致しました」

 

 令嬢に相応しい所作で歩き出すお嬢様に少し遅れて俺も移動を開始する。

 

 随分と遅れてしまったが、ここで自己紹介をしておこう。

 

 俺は小太郎、姓は捨てた。

 

 現在はお嬢様の専属執事を務める傍ら、ノマドの諜報部も束ねる多忙な十五歳だ。

 

 

◇ 

 

 

「ふむ……やはり食事というのは家族で取らねばな」

 

「まったくですわ。外食もいいですけど、やっぱり家の方が落ち着きますもの」

 

 どこにでもある夫婦の一日の始まりの様に微笑み合う旦那様と奥様。

 

 裏社会に悪名を轟かせる不死の王がここまで愛妻家などと知れば、世の中の奴等はどんな顔をするだろうか?

 

 ブラック家本邸にはパーティが出来そうなくらいにデカい食堂があるのだが、ここで食事をとれるのは家長のエドウィン・ブラックと妻の楓、そしてお嬢様の3名だけだ。

 

 ちょくちょく俺も誘われるのだが、お言葉に甘えると他からのやっかみがエライ事になるので遠慮している。

 

 さて、ここで突っ立っているだけというの芸が無いので、一つ昔語りをしよう。

 

 俺はとある対魔忍の一派に生まれた。

 

 しかし頭領の嫡男に生まれた割に、この身は対魔忍としては欠陥品だった。

 

 宗家筋が代々受け継ぐ忍術、邪眼が開かなかったのだ。

 

 結局、俺は頭目である父親から目抜けの能無しと烙印を押され、里を追い出されたのは5歳の事。

 

 そして俺が不法投棄された先が、日本に3つある魔界都市の一つ『東京キングダム』だったワケだ。

 

 ご丁寧に引率してきた部下が刺客に化けた事もあり、俺が普通であったならその日の内に妖獣共の餌になっていただろう。

 

 しかし、こっちもタダのガキではない。

 

 3歳の時に行った修行で頭を打った事が引き金となって、俺は前世の記憶を取り戻していたのだ。

 

 過去世の俺はこの世界より少し科学技術に優れた世界に生まれ、上海黒社会で凶手をしていた。

 

 ターゲットは全身を違法改造のサイバネパーツで武装した中国武術家や機動兵器を乗り回すロシアンマフィアなど。

 

 そいつ等を相手に倭刀一つで立ち向かって5年以上生きたのだから、日本のヨハネスブルグに捨てられた程度で死んでやるような可愛げは持ち合わせてはいない。

 

 前世で身に着けた内家戴天流剣法の錆落としがてらに、人魔関係なくヒャッハーしていたワケだ。

 

 で、俺がお嬢様に出会ったのは東京キングダムに来て3年ほど過ぎた時だった。

 

 いくらガキだと言っても、それだけの期間辻斬り紛いの事を続けていれば、様々な組織に目を付けられるのは自明の理。

 

 当時の俺は対魔忍・米連・龍門・さらにノマドと東京キングダムの大物勢力ほぼ全てに狙われている状態だった。

 

 そんな事もあって昼夜わず様々な刺客やドローンがバンバカ襲ってくる。

 

 前世の十六歳の身体ならば兎も角、当時の俺は8歳児。

 

 精神的にはまだまだイケたのだが、身体の方が先に参ってしまった。

 

 そして疲労と空腹その他で路地裏に倒れている所を、お忍びで街に来ていたお嬢様に拾われたワケだ。

 

 当時のお嬢様は父親を男として狙うような頭のイカレたガキだったので、俺の事もペットを拾う感覚だったのだろう。

 

 現に『あなたからはすっごく血の匂いがしたの。面白そうだと思って拾ったんだから、ふぇりを楽しませてね』なんて言われたし。

 

 拾われた当初はアッサリ処分されそうになったが、この辺は旦那様の鶴の一声で無罪となった。

 

 かくして、俺はお嬢様の遊び相手兼玩具として飼われる事となったワケだ。

 

 そこからはまあ色々あった。

 

 お嬢様が奥様に嫉妬して襲い掛かろうとしたのを半殺しにして止めたり。

 

 『パパがふぇりを愛してくれない!』とビービー泣くクソガキを張り倒して『泣いて愛を請うくらいなら、むこうに『愛させてください』って言わせるような良い女になってみろ!!』って発破を掛けたら、お嬢様が2年足らずで一流のレディに化けたり。

 

 圏境を習得したのを旦那様にバレて、その日の内にノマドの諜報部にブチ込まれたり。

 

 そんでもって必死コイて働いてたら、何故かそこのトップになってたり。

 

 旦那様命な某魔界騎士に勝負を挑まれて、うっかり手元が狂って殺し掛けたり。

 

 それを聞いた某魔科医に気に入られたり

 

 あとは、いきなり旦那様に喧嘩を売られて死に掛けた事もあったか……。 

 

 …………なんかロクでもない思い出が多いんだが、その辺は今更なので気にしないでおこう。

 

「小太郎。そんなところに控えていないで君も食事をとるがいい」

 

「いえ。家族の団らんを邪魔するのは気が引けますし、私は執事ですので」

 

「あらあら、相変わらず固いんだから」

 

 そう返すとコロコロと笑う奥様。

 

 彼女は旦那様に嫁ぐ前は対魔忍をしていたらしいが、あのスーパー脳筋軍団と同じとはとても思えないくらい思慮深い人だ。

 

 仕事の書類に紛れてお嬢様との婚姻届けを仕込むあたり、素でエグイ女性でもあるのだが。

 

「ふむ……では言い方を変えよう。小太郎、私達と食事をとれ。3秒以内に席に付かなければ、ドタマぶち抜く」

 

 そう言いながら旦那様が懐から取り出したのは『ジャッカル』とかいう化け物銃。

 

 おいおいマジか、おっさん。

 

「1」

 

「あっぶねぇ!?」

 

 カウントの初っ端と同時に飛び出した鉛玉を咄嗟に躱す俺。

 

 つーか、『意』を感じてなかったら脳天吹っ飛んでるんですが!? 

 

「なにすんだ、おっさん! それと2と3は!?」

 

「知らんな、そんな数字。男は1だけ憶えていれば生きていけるのだ」

 

 しれっとそんなことを言いながら銃口から立ち上る硝煙を吹き消す不死の王。

 

 意外かもしれんけど、これがこのオッサンの素だったりする。

 

 お嬢様の愉快犯的なところ、絶対にコイツの遺伝だろ。

 

 なんにせよ、売られた喧嘩は買うのが俺の流儀である。

 

「殺す!」

 

「ハッハァ! 返り討ち!!」 

 

 ……この後、いつものように食堂を爆散させて奥様とお嬢様にめっさ怒られた。

 

◇ 

 

 

 朝の食事が爆発オチを付ければ、次に待っているのは諜報部の仕事だ。

 

「おはよう、諸く───クッサッ!?」

 

 ノマド本社にある諜報部のオフィスに入った途端、生臭い臭いが鼻に付いた。

 

 原因を探ってみれば、部屋の一角で職員であるオーク共が対魔忍らしき女に腰を振ってるではないか。

 

「お早うございます、主任。来て早々に不快な思いをさせてすみません」

 

 頭を下げるスーツ姿に般若の面を付けた秘書の綾女を謝罪に手を振って応え、俺は溜息交じりにバインダーでお楽しみ中のオークの頭を叩く。

 

「お早うッス、ボス」

 

「お早うッス、じゃねーよ。お前ら、ここでするなって何度も言ってるだろうが。何の為にヤリ部屋用意したと思ってんだ」

 

「いやぁ、朝一の侵入者だし鮮度が下がるから早めに〆とかないとって思いまして……」

 

 鮮度ってなんだよ、魚か。

 

「ともかく続けるんだったら部屋行け、部屋」

 

「ウッス」

 

 俺の言葉を受けてグッタリとしている女を担ぎ上げるオーク共。

 

 アイツ等は職務態度が悪いって事でボーナス査定をマイナスにしておこう。 

 

「待たせてすまない。それでは報告を受けようか」

 

「はい。現在、東京キングダム・ヨミハラ共に各施設から異常は報告されておりません」

 

「潜入任務中のドクへのバックアップは?」

 

「問題なく継続中です。ドクター・フュルストからの連絡では、間もなく『ふうま』忍軍の反乱が始まると」

 

「分かった。なら、キミは準備を整えておいてくれ。向こうとのゲートは何時開いてもいいようにな」

 

「はい。資料は受け取っておりますので抜かりなく」

 

 俺の質問に打てば響くように答えると、綾女は更衣室へと消えていった。

 

 彼女の所作はまさに敏腕秘書そのもの、お嬢様の反対を押し切って引き抜いた甲斐があったってものだ。

 

 いやホント、ここまで持ってくるのはメッチャ大変だったのだ。

 

 さっきのやり取りを見ての通り、俺の率いる諜報部のメインを張るのはオークなのだ。

 

 女や儲け話と聞けばあっさりと飛びつき、マンガやアニメの雑魚敵のようにあっさりと死んでくれるオーク。

 

 人魔問わず生殖サルと蔑視されている奴等だが、少々頭が弱く欲望に忠実な事を除けば割と義理人情に篤かったりする。

 

 主に対魔忍の連中が裏切られているのは、ぶっちゃけ待遇が悪すぎるからである。

 

 あとはポンポン騙されてメス奴隷コースに堕ちるから、『コイツ等アホや』と馬鹿にされているのも原因か。

 

 ウチで雇っている奴は俺が無頼を気取っていた時代からの付き合いだし、真っ当な職にも就かせた上に何度か命を救ってやってるので、そうそう裏切る事は無い。

 

 戦闘員に関してはハリウッドのアクション映画に感化されて、バリバリのマッチョになった奴もいるしな。

 

 『やられ役同然のオーク達にどんな使い方があるんだ?』なんて首を傾げる者もいるだろうが、奴等は深く潜入しないのであれば、それなりに使える人材なのだ。

 

 オークは基本的に同族以外は顔の判別が難しい。

 

 顔をよぉく確認したり、素振りや癖を観察していれば見極める事も出来るんだが、それも慣れていなければ無理だ。

 

 加えて東京キングダムを始めとする魔界都市では、奴等を傭兵や用心棒に使っている組織もかなりに昇る。

 

 そこにウチの職員をチョイと紛れさせれば、表層レベルではあるが情報を手にできるってワケだ。

 

 同僚のオークに怪しまれるというリスクはあるが、奴等の仕事は殉職や逃亡などで入れ替わりが激しい。

 

 よほど仲良くならなければ、お互い顔も憶えないのだという。

 

 そんなワケで表層面限定の諜報員としては割と優秀なのだ。

 

 その代償としてノマドの警備部門を担当する魔界騎士団にはウチは蛇蝎の如く嫌われてるけど。

 

 この辺に関しては無頼時代に、俺がイングリッド卿を筆頭に煮え湯を飲ませまくった事も関係してるんだろう。

 

 まあ、彼女達の悪評価のお陰で同じ裏方であるドク率いる魔界医療チームと仲良くなれたんだから、プラマイ・ゼロなんだけどさ。

 

 ほぼ人のいなくなった管制室に溜息を付くと、俺は部長席に溜まっている書類に目を通していく。

 

 つい最近、ウチのシマにちょっかいを掛けていた淫魔共を駆逐したので、上がってくる書類も問題が無い物が多い。

 

「淫魔族と龍門は頭を叩いておいたし、現状で警戒すべきは米連と対魔忍くらいか」

 

 とはいえ双方共に内ゲバを抱えた集団だ、旦那様に言ってその辺を突いてもらえば、割と簡単にカタが付きそうな気もするが。 

 

 そうして報告書に経費狙いで紛れ込んだ媚薬とか麻薬とか飯代の領収書を跳ね除けていると、ドクと直通の魔導通信機が音を立てた。

 

「はい、こちら小太郎」

 

『小太郎君か、私だ』

 

 通信機の先にいるのはやはりドクだった。

 

 妙に声が爽やかなのは、潜入のため校医に変装しているからだろう。

 

「首尾はどうだい、ドク」

 

『問題ないとも。ふうまの残党も予定通りに離反させたし、不肖の弟子の始末もついたからな。それよりも間もなく校長室へ突入するので、例の準備を頼むよ』

 

「了解だ。ところでターゲットの色はどうだい?」

 

『予測通り綺麗な菫色だよ』

 

 そうして通話が切れるのと、更衣室から綾女が戻ってくるのは同時だった。

 

「お待たせしました、部長」

 

「いや、ちょうどいいタイミングだ。もうじきゲートが開くから用意しておいてくれ」

 

「はい」

 

 そう言って俺が席を立つと、グニャリと空間が歪んで黒い穴がポッカリと口を開けた。 

 

 これが魔術で作り出された転移用ゲートだ。

 

 本来なら対魔忍の本拠である五車の里と東京キングダムを繋ぐほどの距離は稼がないのだが、その辺は俺が持っているマーカーでフォローしている。

 

「そんじゃ行くか。抜かるなよ」

 

「お任せください」

 

 調息で氣を練りつつ俺はゲートを潜る。

 

 使うのは勿論、隠形の極致たる圏境だ。

 

 視界を襲った一瞬のブレの後、目の前に広がったのは荒れ果てた室内。

 

 そして紫紺の対魔スーツに身を包んだ井河アサギと相対する赤い髪に隻眼の対魔忍。

 

 その周りにいるのは恐らくは生徒であろう対魔スーツに身を包んだ少年と少女。

 

 一見女の子に見える少年はともかく、あのタコの足からするにもう一方は相州蛇子か。

 

 しばらく会わない内に随分と大きくなったものだ。

 

 おっと、懐かしさに浸っている場合じゃない。

 

 ドクも正体を現して撤退を始めているのだ、こっちも手早く仕事をしちまわないと。

 

 俺はドクの登場で混乱している室内を素早く駆け抜けると、忍者刀を構えているアサギの背後に回り込んだ。

 

 圏境は天地万物の氣の合一する事で、例え見られたとしても人と認識できないようにする業だ。

 

 そしてアサギに気配を消した俺を捉えられないのは、右目を潰された時に確認している。

 

 奴がドクに目を奪われている隙に、俺はその首筋に指を当てて氣脈を遮断。

 

 3年前はこんな簡単に背後を取られるような女じゃなかったんだが、現場に出る事が減って腕が鈍ったのかね。

 

 そんな感想を持ちながらも全感覚を失ったアサギを抱えると、俺はすぐさまゲートへと飛び込んだ。

 

 氣脈断絶からは魔術で目くらましをしているので、目撃された心配は無いはずだ。

 

 そして俺が諜報部のオフィスへ戻るのと入れ替わる形で、綾女がゲートへと飛び込んでいく。

 

 ここまでの間、約5秒。

 

 我ながらなかなかの早業だと思う。

 

 アサギを女子更衣室に放り込んでから待つ事しばし。

 

 ドクを先頭にして例の赤毛の対魔忍を吐き出すと役目を終えたゲートは煙のように姿を消した。

 

「お疲れさん、ドク。検体はそっちの部屋に置いてあるから」

 

「ありがとう。今のうちに色々と処置させてもらおう」

 

 更衣室を示すとドクは満面の笑みを浮かべて部屋の中へと入っていった。

 

 結果、オフィスに残されたのは俺と赤毛の対魔忍という事になった。

 

 つーか、ウチの局員たちは何時までヤリ部屋に籠っとんじゃい。

 

「執事服を着た鬼面の男……。お前がアサギを倒したっていうノマドの切り札か」

 

「これまた古い話を持ち出してくれるな」

 

 鋭い視線を此方に向ける対魔忍に、俺はわざとらしく肩をすくめてみせた。

 

 事は三年前、懲りもせずカオスアリーナに潜入したアサギが発見されたのに端を発する。

 

 当時、俺は甲河朧に代わってアリーナの総支配人となったスネークレディからの依頼でイベントに参加していたのだが、サプライズと称して奴と戦う事になった。

 

 剣腕を鍛える為に強者と戦いたいという俺の願いを憶えていてくれたのは嬉しいが、もう少しやりようがあったのではなかろうか。

 

 戦いは序盤こそ俺が優勢に押していたのだが、奴が魔族の力を引き出してからは形勢が逆転。

 

 当時の俺はまだ11歳。

 

 『意』は読めても強化された隼の術の速度に身体が付いて行かなかったのだ。

 

 その結果、仮面を立ち割られた上に役立たずの右目を潰される事となったのだが、その窮地を切っ掛けにして秘剣に開眼。

 

 『光陣華』と『六塵散魂無縫剣』のぶつかり合いは俺の身体に致命傷ギリギリの深さで袈裟状の傷を付け、アサギの四肢を斬り落とす事で決着を見た。

 

 その後、回収された奴は朧の異動先である尋問部へと運ばれたらしいが、2週間ほどで予定調和のように逃げられた。

 

 この失態によって朧は幹部から平社員待遇まで降格したそうな。 

 

「それで、俺が井河殺しだとして何か言いたい事でも?」

 

 そう問いかけると赤毛の男は眼帯に隠れていない眼に鋭い光を乗せる。

 

 因みに井河殺しは先の件を俺なりに現したものだ。

 

 社内ではいかに流行ろうと『ニンジャ・スレイヤー』とだけは絶対に名乗らん!

 

「なに、対魔忍最強を掲げる為に超えるべき相手を見定めようと思っただけだ。この二車骸佐が取るまで、その首誰にも渡すんじゃねえぞ」

 

 そう言い残すと、その対魔忍は部屋から出て行った。

 

 二車骸佐って……アイツ、ガキの頃に俺の後ろに引っ付いてた泣き虫の骸佐か!?

 

 十年以上も会ってないんだから当然なんだけど、変われば変わるものである。

 

 旧知の者との意外な再会に刹那の間だが呆けていた俺だが、部外者を監視ナシで本社ビル内を歩かせるのは拙い事に気付いた。

 

 そこですぐさま廊下の真ん中を堂々と歩いていた骸佐に追いつくと、その後頭部を引っ叩いて監視の元出口まで引き摺って行った。

 

 危ない危ない。

 

 危うく機密漏洩で減棒されるところだった。

 

 あと骸佐については問題ない。

 

 ガキの頃は迷子になりそうだったアイツを、ああして親に引き渡してたし。

 

 

◇ 

 

 なんだかんだと後処理をしている内にお嬢様の護衛の時間になったので、俺は本社ビルを離れる事となった。

 

 ウチの所員共は結局ヤリ部屋から出てこず仕舞い。

 

 なので全員給料10%カットの刑に処すことを決めた。

 

 つーか、高給出るようにしてやってんだから働け。

 

 視察に関しては特に問題なし。

 

 刺客はせいぜい1ダース程度だったし、その腕も3流ばかり。

 

 昔のお嬢様なら喜んでミンチにしていただろうが、今は自分から手を下す事は無い。

 

「小太郎、やってしまいなさい」

 

 この一言で終わりだ。

 

 いやはや、淑女教育が上手くいって何よりである。

 

「ところで小太郎、あの女はどうなってるのかしら?」

 

 俺が運転するベンツの後部座席からお嬢様が問いかけてくる。

 

 お嬢さまが『あの女』と呼ぶのは一人しかいない。

 

 彼女の姉で対魔忍陣営に属している心願寺紅だ。

 

「彼女なら血筋故に主流派から疎まれているようで、僅かな手勢と共にセンザキを根城にしているようです」

  

「目立った動きは?」

 

「ウチの傘下、四次団体の組織を幾つか襲撃した程度ですね。ハッキリ言って痛くもかゆくもありません」

 

 そう答えるとお嬢様は嬉しそうに含み笑いを漏らす。

 

「無様なモノね。私を倒して貴方を取り戻すなんて大言、どの口で言っていたのかしら?」

 

「さて。第一取り戻すも何も、私は対魔忍陣営に籍など置いていないのですがね」

 

 奴も骸佐や蛇子と同じく幼馴染だが、俺からしてみればガキの頃の知り合いに過ぎない。

 

 2年前にお嬢様を襲撃した際に俺の事は知られてしまったが、奥様やお嬢様ならともかく俺に執着する理由がさっぱり分からん。

 

 前回、見逃した事でガキのよしみは果たした。

 

 次に来たならバッサリ逝ってもらうだけだ。

 

 そんな事を考えていると、懐で携帯が軽快な音を立てる。

 

「はい……」

 

『部長、私です』

 

 電話は特殊な任務に付いている綾女からだった。

 

「ご苦労。首尾はどうだ?」 

 

『問題ありません。八津紫、そして実妹の井河さくらも私を『アサギ』と信じております』

 

 まあ、そうなるのも当然だ。

 

 彼女はノマドで制作されたアサギのクローンなのだから。

 

 彼女達アサギシリーズは試作も兼ねた初期ロットとして6体が作られたらしい。

 

 しかし旦那様の無関心と朧の私怨によって、龍門や娼館に売られるといったワケの分からない使い方をされていた。

 

 この事を歌うように伝えられた時、朧の顔面に踵を叩き込んだ俺は悪くないはずだ。

 

 その後、残されたデータを基にクローンの行方を辿った俺は、綾女を除く5人のクローンを消去した。

 

 アサギクローンなんて危険物、ホイホイ外部に漏らすワケにはいかないからだ。

 

 あと、綾女を残した理由は一番モノになりそうと感じたが故である。

 

 ヨミハラの娼館で変態共の手に掛かる寸前で助け出したからか、彼女は本当によく俺に仕えてくれている。

 

 今では綾女がいないと諜報部は破綻してもおかしくない程だ。

 

「結構。ではアサギとして、引き続き内部攪乱と情報収集を行ってくれ」

 

『承知いたしました』

 

 インカムで通話を切るとお嬢様の確認の声が飛んでくる。

 

「誰からかしら?」

 

「アサギとして五車学園に潜入させた綾女からです。万時滞りなく進んでいると」

 

「そう。元より脅威では無かったけど、これで対魔忍も首輪の付いた子犬同然ね」

 

「ええ。じきに米連や他の組織も黙らせてみせますよ」

 

 そう返すとお嬢様は後ろから俺の首に手を回してきた。

 

「まったく、ふうま弾正には感謝の言葉も無いわ。内ゲバで対魔忍を弱体化させただけじゃなく、貴方を無能と放り出してくれたんだもの」

 

「それも私に手を差し伸べたお嬢様の慧眼あってこそですよ」

 

「そうよ、私が拾ったのだから貴方は私のモノ。だからずっと傍にいなさい」

 

「ええ。とりあえずは旦那様に抹殺されないように気を付けますよ」

 

「そう思うなら嬉々としてお父様に喧嘩を売るの、やめなさいよ!!」

 

 さっきまでのムーディな雰囲気はどこへやら。

 

 年相応にムキーッと怒りを露わにするお嬢様。

 

 あと、強者と戦うのは俺のライフワークですから。

 

 あのおっさんを超えるまで、それはできない相談ですよ、お嬢様。    




 エロの世界で陣営ガチ攻略する空気の読めない主人公

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