剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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 年末進行で小説を書く暇ががががが……。

 剣キチ本編も詰まっているので、対魔忍が先に完成してしまった。

 とりあえず、天草君への理解をもう一度深めようと思います。

 とりあえず、ヴェドゴニアやるか!


日記6冊目

 五車の里から少し離れた町の総合病院。

 

 その一室で一人の老人がベッドに横たわったまま天井を睨みつけていた。

 

 対魔忍井河派の重鎮、百地家の前当主。

 

 井河アサギの裏から対魔忍を掌握している主流派の隠居の一人だった男だ。

 

「おのれ、鬼子め……ッ!」

 

 痺れと共に思い通りに動かなくなった己が身体への苛立ちを、呪詛にして天井を背景に映る顔へと吐きかける。 

 彼をこんな無様な姿に追い込んだ少年、ふうま小太郎。

 

 未だ以って忍術に目覚めぬ彼は、欲深いだけの阿呆であった先代頭領の弾正とは違った意味での無能者。

 

 ────その筈であった。

 

 8年前、井河の長老衆は長年練り続けていた計略を果たす為にふうまの里へと密偵を放っていた。

 

 当時、対魔忍の中でも最大勢力を誇っていたふうまに煮え湯を飲まされ続けてきた彼等は、虎視眈々と怨敵を追い落とす機会を狙っていたのだ。

 

 当時のふうま頭領であったふうま弾正は一言でいえば俗物であった。

 

 金と女に目が無いうえに権力への執着が激しく利己主義。

 

 己の欲を満たすためならば対魔忍の使命など放り投げて米連や中華連合に手を貸す、歴代ふうま頭領の顔に泥を塗る様な虚け者だった。

 

 謀略や企業の経営には才があったようだが、その程度では海千山千である長老衆の脅威になどなり得ない。

 

 現頭首がこの有様ゆえに、当然彼等の関心は数年前に生まれた次期頭首へと向けられた。

 

 すでに『ふうま小太郎』の名を継いでいると聞き及んでいた老人達の中には、鳶が鷹を生んだかと危惧はあった。

 

 しかし戻った手駒の報告だと邪眼を宿しているはずの目が閉じたまま開かぬ彼は、同じふうまの下忍衆にまで『目抜け』と称される出来損ないだという。

 

 それを聞いた彼らは安堵の息を吐くとともに、小太郎を警戒対象から外すことにした。

 

 頭領の家に生まれておきながら、忍術が使えず下忍にすら蔑まれる。

 

 そのような者なら計画によってふうまが倒れた後でも、誰も神輿として担ぎ上げはしないだろうとの判断だった。

 

 それからしばらくして、計画を実行するときが来た。

 

 公安の山本を経由して対魔忍の統合と国家の諜報員にするという計画を流してやれば、案の定現状の権勢を失いたくない弾正は罠とも気付かずにあっさりと反逆を起こした。

 

 長老衆が手塩にかけて育ててきたアサギをはじめとする井河派に加えて、山本の伝手で用意した潤滑な後方支援。

 

 さらにはふうま一党の約三分の一が参加しなかったこともあって井河は内戦に勝利し、対魔忍における新たな旗頭となった。

 

 宗家に残っているのは無能な幼子のみであり、後は頭を失ったふうま残党を組織の下部へと呑み込むことで権勢をより強固な物にするだけと思っていたが、その思惑は大きく覆される事となった。

 

 ふうま壊滅後、次代の宗家秘書候補であったふうま時子は誰も目を掛けないと思っていた小太郎を擁立し、宗家健在をアピールしてきたのだ。

 

 それはふうま残党を併呑しようと画策していた長老衆にとって、到底許容できない事であった。

 

『無能ゆえに命だけはと見逃してやったのに、その恩を仇で返すとは!!』

 

 見当違いな義憤に駆られた彼らは、即座に小太郎の抹殺を決定。

 

 暗殺ではふうま残党を刺激するとして、頭首という立場を逆手にとったうえで任務へと赴かせた。

 

 忍術に目覚めぬ対魔忍は一般人と同じ。

 

 つまりは何の力もない幼児である小太郎が悪徳渦巻く東京キングダムに足を踏み入れれば、当然生きて帰る事など出来はしない。

 

 策を講じた老人達はそうほくそ笑んでいたのだが、結果は彼等を大きく裏切る事となった。

 

 死地へと向かったはずの小太郎は、6歳という対魔忍最年少記録と共に任務を達成してきたのだ。

 

 これには老人達も開いた口が塞がらなかった。

 

 下忍用とはいえ、任務は魔族と関りがある犯罪組織への侵入と証拠の確保。

 

 学生は勿論、下手をすれば現役対魔忍すらも失敗する危険性を孕んだ代物だったのだ。

 

 それを小学校にも上がらない子供が成し遂げるなど、誰が想像するだろうか?

 

 不備を見つけて責めようにも持ち帰った証拠は完璧で、さらには行きがけの駄賃とばかりにその組織のボスの首まで持ってきたのだから堪らない。

 

 その後も下忍の任務を子供のお使いが如く熟す小太郎に業を煮やした老人達は、上忍でも失敗の危険が大きいノマドや龍門などの巨大組織を標的にした暗殺や魔族の討伐へ彼を駆り立てた。

 

 年齢的な理由で危険な纏いと呼ばれる長期の潜入任務へは割り振れないが、これらの即殺任務も失敗は死を意味するほどに難度が高い。

 

 中には対魔忍最強と言われる井河アサギですら手こずるであろう難関も紛れ込ませていた。

 

 これには流石にふうま時子や二車、紫藤から抗議の声が上がったが、『またしてもふうまは反乱を画策しておるのか!?』と彼等を由来とする家々へ圧力を掛ける事で強引に黙らせた。

 

 これで目障りな宗家の子倅も始末できると思っていた老人達は、数週間後に戦慄することとなった。

 

 なんと小太郎が課せられたすべての任務を終えて帰って来たのだ。

 

 慌てて暗部に裏を取らせてみてもターゲットは全て抹殺済みという非情の答えが返って来るのみ。

 

 肝心の小太郎は軽く肉を切った程度の軽傷で済んでおり、命どころか五体すら失っていない。

 

『窮地に在って忍術に目覚めたか!?』と本人を呼びつけてみたものの、彼等ほどの忍となれば術力───米連の研究者が対魔粒子と呼んでいるモノを五感で感じることが出来るにも拘わらず、全裸に剥かれてなお欠伸を噛み殺す小太郎からは砂粒ほどの術力も感じることが出来なかった。

 

 対魔忍とは術あってのモノ。

 

 忍術を修めるからこそ、闇を斬り魔と対峙しうる。

 

 そう信じていた老人達にとって、小太郎はまさに異質の存在だった。

 

 そんな小太郎が自身が手塩にかけて育てた対魔忍以上の働きを見せる。

 

 その報告を聞く度に彼等は自身の対魔忍としての人生……否、代々受け継いだ忍の業すらも馬鹿にされているような錯覚に陥った。

 

 そして、その事実は彼等が現役時代にふうまや弾正から味わった辛酸の記憶と相まって、小太郎への筆舌し難い嫌悪に変わるのにそう時間はかからなかった。

 

 彼等が今まで危険な任務を率先して小太郎に割り振っていた事も、月一で呼び出して全裸で吊るし上げるのも。

 

 さらには元ふうま一党への冷遇を強める事までも、全てそこに起因する事であった。

 

 ここ数年の間に二車を中心として、ふうまが再興に動いているのは彼等も掴んでいた。

 

 主流派の長老としては当然そんな物を認める訳がなく、表立って動いた瞬間に反乱として今度こそ完膚なきまでに叩き潰すつもりだったのだ。

 

 だが、ここでまたあの鬼子がトンデモナイ事をしでかした。

 

 与えられた任務を放棄しただけでなく、仇敵である筈の魔界の住人、それも吸血鬼の女王と結託して今まで裏の存在であった対魔忍の存在を明るみにしたのだ。

 

 これにはさすがの長老衆も度肝を抜かれた。

 

 対魔忍をはじめとする裏の者達は社会の闇に潜むのが当然であり、その存在を表に晒すことはないというのが関わる全ての者にとって暗黙の了解だったからだ。

 

 茫然自失から帰った彼等は即座に現状把握と情報の隠蔽に努めようとしたが、それは遅きに(しっ)していた。

 

 彼らが現役だった時代はマスコミなどに圧力をかける等々で情報の拡散を抑えられただろうが、現代ではSNSやツイッターなど個人が情報を発信できる術が多々ある。

 

 それ故に某国の親善大使のカワを被った女王の発言は瞬く間に世界に波及し、老人達が気付いた時には世論を味方につけた小太郎を罰する事は雇用主である政府から禁じられてしまっていた。

 

 老人自身もパトロンである政治家の依頼通り、確実に女王を仕留める為に配置した百地家所属の暗部をすべて失う事となってしまったのだ。

 

 あの部隊の隊長は彼が秘密裏に育てた逸材で、ゆくゆくはアサギに取って代わって表の代表に据え、井河本家に代わって百地が対魔忍を統べる足掛かりにと考えていた男だったのだ。

 

「おのれ……ッ! おのれ、おのれ、おのれ、鬼子めぇッ!!」

 

 事件の詳細を調べる為に呼び出した場での小太郎の発言が脳裏を過った事で、老人は顔を真っ赤にして唾と共に呪詛の言葉を吐く。 

 

 こちらの悲願を潰しておいてあの言いよう、姿かたちは似ていないが人を不快にさせる才能だけは弾正から受け継いでいたらしい。

 

 首から下が全く自由にならぬ中でぎりぎりと歯を食いしばっていた老人だが、彼の視界は頭の中で何かが切れる音と共に大きく歪んだ。

 

 突然まとまらなくなる思考、像が歪みグルグルと回り出す視界、そして急激に落ちていく意識。

 

 こうして百地にこの人あり、と言われた対魔忍は病院のベッドで覚めない眠りへと堕ちていった。

 

 

 

 

▲月▽日(小春日和)

 

 

 心機一転中学生になった(相変わらず自宅学習の苦悶式だが)ワケだが、それに合わせるかのように難問が降りかかって来た。

 

 昨年縁が出来たカーラ女王がこちらに面談を申し出て来たのだ。

 

 親人間派とはいえ吸血鬼の女王である彼女が、対魔忍の俺に接触を図るなど普通は許される事ではない。

 

 しかし、彼女は例の某国親善大使という表の立場を利用して、日本政府へと会談を要請してきた。

 

 日本国内で襲撃を受けた女性大使と、彼女を身を挺して護った忍者部隊の生き残り。

 

 当然ながらこの申し出に日本政府は難色を示したが、大使きっての願いに加えて相手国からの後押しもあって渋々ながらに承諾した。

 

 過日のNINJYA騒ぎで秘密裏に少年兵を徴用していた事実を世界中から叩かれていた事もあり、霞ヶ関の狸達としては断って『まだ何か隠しているのか?』と疑いを掛けられるのは避けたかったのだろう。

 

 他にも女王と俺の交流を美談にプロデュースすることで、悪化したイメージの改善を図るというスケベな考えもあったようだが。

 

 腹の黒い政治家達の思惑はどうあれ、それが政府の方針ならば下部組織である対魔忍もNoとは言えない。

 

 老人会の面々から『余計な事は口にするな』と再三釘を刺された後に、俺は会談に臨む事となってしまった。

 

 さて肝心の会談だが、内容を一言で説明すれば『ヘッドハンティング』であった。

 

 カーラ女王の申し出は『近い将来、我がヴラド王国は現在の相互不干渉から人魔の融和へと舵を切りたいと考えています。しかし現状はエドウィン・ブラック率いるノマドを始めとして、人に仇なす魔界の勢力が多数存在する事から彼等の信用を得る事ができない状態にあります。そこで貴方達ふうま一門に女王直下の諜報・実戦部隊の役目を担ってほしいのです』との事。

 

 事の本命はムジュラーである俺の引き抜きなのだが、ふうま頭領というこちらの立場も考慮して一門全ての面倒を見る方向に切り替えたのだそうな。

 

 降って湧いた今回の件だが、正直言って迷っている。

 

 クソ親父達が反乱に失敗してから8年が経つ。

 

 時子姉や災禍姉さんは元より、二車では骸佐や権左も難度の高い任務を成功させているし、最近現場に出るようになった紅姉や蛇子だって頑張って結果を出している。

 

 名ばかりの頭首ではあるが、俺だって必死にやってきたつもりだ。

 

 だというのに、ふうま一門の扱いに変化は見えない。

 

 見習いがやるような雑用を山ほど抱えさせられた者もいれば、危険度が高い割に実入りの少ない任務を押し付けられた者もいる。

 

 撤退時に殿に廻されるのはしょっちゅうで、仮に脱落しても助けは来ない。

 

 中には主流派の脳筋たちが仕出かした失敗の後始末に奔走し、後日失敗の責任をなすり付けられたなんて事案も耳にしている。

 

 数か月前に初代『ふうま小太郎』から仕えてくれている上忍、八百比丘尼さんがオークに無体を働かされそうになっているのを見た時は思わず我が目を疑ったものだ。

 

 なにせ彼女は伝説の八百比丘尼その人であり、彼女の持つ『人魚の碧眼』は見る者を醜悪な半魚人に変えるという強力な邪眼なのだ。

 

 保護した時の彼女は息も絶え絶えなほどに疲労困憊であり、体にも多くの傷痕が残っていた。

 

 即座に女魔族の死体を使って彼女の死を偽装する事で彼女を二車の保護下に置く事が出来たが、先月の鬼蜘蛛三郎ちゃんの件を思えば限界かもしれない。

 

 これまで俺が保護した下忍は200名を越し、上忍の数も50人以上になる。

 

 二車の小母さんや甚内殿が何とか老人達の目を誤魔化しているが、奴等だって馬鹿じゃない。

 

 ふうま一党が人材を取り戻しつつあることを見れば、それを理由に締め付けが増す可能性は大いにある。

 

 女王は返事は急がないと言っていたが、このまま行けばふうまは再び力を奪われ、後は磨り潰される事になるだろう。

 

 ウチの事だけを考えるなら女王の手を掴むのに迷う必要はないのだが、俺にその決断を渋らせているのはある人の信念だった。

 

 骸佐の父親であり俺にとっても親父代わりであった、先代二車家頭首の骸羅さん。

 

 彼は自身が対魔忍である事に、そして影ながらこの国を護るという責務に誇りを持っていた。

 

 そして骸佐と俺がクソ親父に荒らされたふうまを復興し、対魔忍として任を全うする事を最後まで願っていたのだ。

 

 だからこそ、ふうまの為とはいえこの国を捨てる道を選ぶのは気が引ける。

 

 ……さて、どうしたものか。

 

  

 

 

 ゴールデンウイークを前にした週末。

 

 俺、二車骸佐は親友兼主であるふうま小太郎に六本木へ呼び出されていた。

 

 目の前を流れる人の群れに、思わずため息をつきたくなるのを辛うじて耐える。

 

 俺も奴もこういった人混みは好きではないはずなんだが、いったいどういう了見なのか?

 

 小太郎とはおしめが取れる前からの付き合い、俗に言う乳兄弟って奴になる。

 

 ガキの頃から妙に頭の回転が速く言動も大人びた奴なんだが、度々俺達の予想の斜め上な事を仕出かしやがる。

 

 直近の例を挙げるなら去年のNINJYA騒動とか、あの仮面で大暴れしたことだろう。

 

 特にNINJYA騒動でテレビやネットで仕事姿の奴を見た時は、母上共々目玉が飛び出るかと思ったほどだ。

 

 今回もそういった類の話じゃなければいいんだがな。

 

『骸佐、聞こえるか?』

 

 なんてぼんやりとしていたら、頭の中に小太郎の声が響いた。

 

 別に奴がテレパシーを使ってきたってワケじゃない。

 

 これはふうま宗家と八将の中でしか伝わっていない特殊な口寄せの術だ。

 

 この業界は他の流派の忍が草を放つなんて日常茶飯事だからな、盗聴をされない為の工夫という奴だ。

 

 しかしあいつ、術は使えないのにこういった小手先の業は上手いんだよな。

 

『ああ。───こんなところでこの話し方をするって事は、大っぴらにできないヤマでいいか?』

 

『そうだ。主流派の対魔忍に漏れたら、ふうまが潰されると思ってくれ』

 

 随分と穏やかじゃない警告に俺は思わず固唾を呑んだ。

 

『珍しいじゃねえか、お前がそういう話題を俺に振るの。今まで母上経由で聴くのが常だったのによ』

 

『あの時、お前は俺の右腕だって言ったろ。だからこれからは最初にお前へ話を持っていく事にしたんだよ』

 

『あの右腕発言マジだったのかよ!?』

 

『当たり前だろ。俺はああいう公式の場では嘘は言わん』

 

『散々ふざけてた奴がよく言うぜ。……で、話ってのは何だよ?』

 

 そう振ると、小太郎は小さく息を付いてから言葉を並べた。

 

『カーラ・クロムウェル、知ってるよな』

 

『例の吸血鬼の女王だろ。それがどうしたよ?』

 

『奴さんに勧誘された。ふうま一門を彼女の直下の部隊に迎え入れたいってよ』

 

 小太郎の言葉を受けながら、俺は自分の眉間に皺が寄るのが手に取るように分かった。

 

 本人曰く親人間派らしいが、吸血鬼は魔界の住人。

 

 いわば、俺達対魔忍の仇敵である。 

 

 それが自軍に勧誘とは、裏に何かしらの意図があると勘繰るのは当然だ。

 

『それで、断ったのか?』

 

『───正直、迷ってる。今のふうまを思えば、悪い話じゃないからな』

 

 そう告げられた時、俺の心にあったのは納得の感情だった。

 

 数日前の俺なら間違いなく小太郎の胸倉を掴んでいただろうに、変われば変わるものだ。

 

『そうだな、俺も今の対魔忍の体制は信用できねえ。八百比丘尼や三郎、カオルの件もある』

 

『……意外だな。お前の事だから『ふざけんな!』ってこっちに掴みかかってくると思ったんだが』

 

『他の奴が言ったならブン殴ってるさ。けど、お前はずっとふうまのために頑張ってたじゃねーか。ウチにいる奴らは殆どお前に助けられた奴ばかりだしな。そんなお前が言うのなら、俺だって真剣に耳を傾けてやるさ。ま、ウチの大将を裸にひん剥いて晒し者にする奴らがトップな対魔忍に、俺もいい加減愛想が尽き始めてるってのもあるけどな』

 

 珍しくギョッとした顔でこっちを向く小太郎に、俺は口元を吊り上げた。

 

 数日前のことだ。

 

 学校で職員室の前を通りかかった俺は、井河さくらと八津紫の会話を耳にした。

 

 内容を簡単に言えば、あのバカが老人共に素っ裸で吊るし上げられているのを可哀そうだと言う井河と、ふうまのしてきた事を考えれば当然と言い切る八津というモノだ。

 

 聞けば、そのクソッタレな苛めは7歳から続いてるっていうじゃねえか。

 

 戸を蹴破って怒鳴り込みたくなるのを必死に抑えた俺は、その足で学園長室へと乗り込んだ。

 

 この件の裏を取るには一般職員でしかない教師共を相手にするよりも、井河の当主であるアサギに話を付けた方が確実だと思ったからだ。

 

 当初、アサギははぐらかそうとしていたようだが、『本当の事を話さないなら、この話題をカーラ・クロムウェルを始めとして世界中に拡散させる。他の人間にも連絡してあるから、俺の口を封じても無駄だ』と脅すと渋々だが事実であると認めやがった。

 

 その時に思わず理事長室の机を一つ叩き潰してしまったが、それについてはいいだろう。

 

 アサギ曰く、井河の隠居衆は弾正やその前のふうまに長年煮え湯を飲まされていたらしい。

 

 そして、その時の恨みをネチネチと小太郎にぶつけているのだと言う。

 

 アサギはこっちに頭を下げて『近い内に止めさせるから馬鹿な考えはしないように』なんて言っていたが、ハッキリ言って信用ならない。

 

 ここ数年の動きを見ていれば分るが、最強の対魔忍なんて言われているアサギは権力闘争や交渉事に頗る弱い。

 

 実力行使のクーデターで排除するなら兎も角、当主の座を前にした叱責程度で老人達が治まるはずがない。

 

 小太郎への態度もそうだが、年々酷くなるふうま衆への差別も同様だろう。

 

 比丘尼なんて大物まで使い潰されようとしているのだ、ふうまが生き残る未来を模索するのは、頭領として当然といえる。

 

『それで、何で悩んでるんだよ。優良物件があったら即手を出すのがお前だろ?』

 

『あ~。二車の小父さんにどう顔向けしていいか、と思ってな』

 

 らしくない表情で深々とため息をつく小太郎。

 

 そんな奴に気合の一つでも入れてやろうと背中に張り手を放ったのだが、生憎とその手は空を切ってしまった。

 

「なにすんだよ、いきなり」

 

「いや、そこは当たっとけよ」

 

 ほら、空気が一気にグダグダになっちまったじゃねーか。

 

 とはいえ、こいつの勘が良いのは今に始まった事ではないので悔やんでいても仕方がない。

 

 ここは言うべきことをしっかり伝えるべきだろう。

 

『父上の事は気にする必要はねえよ。今のふうまの窮状を知ったら率先して他の雇い主探そうって言うさ、あの人なら』

 

『けど、小父さんは日本を護るの誇りにしてたじゃねえか』

 

『バーカ。護ると言っても別に日本に所属しなけりゃ出来ないワケじゃないだろ。その女王の下でもノマドなんかとやり合う事になるんだろ? なら、日本で活動している奴らの戦力を削いでいけば、間接的でも日本を護る事になるじゃねーか』

 

『ああ、そういう考え方もあるか』

 

『それより信用できるのか、その女王様。全部預けたところで掌返しなんてされたら、シャレにならんだろ』

 

『それについては大丈夫だと思う。むこうは俺の腕と『仮面の剣士』のネームバリューが欲しいみたいだからな。少なくとも俺がいる限りは裏切られることはないだろうさ』

 

『あのバカ騒ぎがこんな風に返って来るとは、災い転じて福となすというか転んでも只じゃ起きないというか』

 

 その豪運も然ることながら、なんにせよタフな奴である。

 

『ともかく俺としては反対する理由は無いし、母上の説得も引き受けてやる。ただ、他の奴らの根回しはしっかりやれよ』 

 

『ああ。取りあえずは時子姉だな』

 

「難しい話はその辺にして、せっかく東京に出て来たんだからどっか遊びに行こうぜ」

 

 こちらの声に小太郎が建物の柱に預けていた背を離すと、同時に奴の携帯が鳴り出した。

 

 手慣れた動作で電話に出た小太郎だが、その顔がみるみる内に強張っていく。

 

『どうした?』

 

『…………紅姉が敵の手に堕ちた』

 

 畜生、やっぱり世の中はクソッタレだ。

 

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