剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く   作:アキ山

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 お待たせしました、対魔忍新作完成です。

 いやはや、何とか今年に間に合った。

 ソシャゲの年末進行が忙しくて、筆の進みがなかなか上がりませんでしたわ。

 ともあれ、今年一年は剣キチ本編ともども、読者の皆様には大変お世話になりました。

 返答ができない状況ですが、皆様の感想にはいつも勇気づけられています。

 これからも非才の身ではありますが、何とか書いていこうと思いますので、来年もよろしくお願いします。


日記9冊目

◆月〇▽日(くもり)

 

 

 今日、達郎と知り合ってから世良田(せらた)名義となっているサブ携帯に、奴の姉の凛子から電話がかかってきた。

 

 なんでも達郎が例の一件で目覚めた異能を術にまで昇華する事に成功したらしい。

 

 これだけならめでたい話で終わるのだが、問題は後から来た。

 

 脱童貞からの一件で自信を持った奴は、腕試しの為に東京キングダムに行くと言い出してるのだという。

 

 なるほど、これはヤバい。

 

 達郎の異能は以前病院で使っているのを見る限り、『空遁』と呼ばれる空間干渉系能力で間違いないだろう。

 

 この異能は対魔忍の中でもかなりレアなもので、凛子も同じ忍術適性だったことを思えば秋山家の遺伝なのかもしれない。

 

 だが、どれほど優れた能力を得たとしても、慢心や油断を持った瞬間に化学反応を起こしたように破滅するのが対魔忍である。

 

 この法則には東京キングダムやヨミハラでアへ顔ダブルピースを晒している対魔忍はもちろん、あのアサギですら逃れられないのだ。

 

 実戦すら経験していないケツの青いヒヨッコでは餌食になる未来しかない。

 

 で、凛子がこちらに頼んできたのは達郎の説得だ。

 

 曰く『いまだ一人前の対魔忍として現場に出た経験のない私では、今の達郎を止めることが出来ない。だが、あいつを東京キングダムから救い出してくれた世良田なら、話を聞いてくれると思う』だそうな。

 

 随分と信用を得てしまっているけど、あいつとは顔見知りなだけで友達でも何でもないんだが……。

 

 とはいえ、このまま放置すれば達郎の生存確率は5%を切るのは明白。

 

 知った顔が死体になって戻ってきたり、両刀使いのオークに掘られてアへ顔を晒すのを見るのは忍びない。

 

 そういう訳で、俺は再度秋山家に赴くことにした。

 

 件の達郎だが、数日ぶりにあったにも関わらず顔は見違えるように精悍となり、以前は『僕』と言っていた一人称も『オレ』に変わっていた。

 

 『男子、三日会わざれば刮目して見よ』という故事を彷彿(ほうふつ)とさせる大変化である。

 

 だがしかし、メンタルが多少強化された程度で乗り越えられるほど、東京キングダムの闇は安くはない。

 

 『まだお前は子供だし、忍術を得たと言っても間が無い為に練りも甘い。取り合えず、術が慣熟するまで実戦は待った方がいい』

 

 と説得してみたのだが、案の定達郎は聞き入れようとしない。

 

 あいつの言い分は『なにも背負っていないお前と違って、俺は秋山家の跡取りとして家を継ぐ義務がある! その為には対魔忍としての力と実績が必要なんだ!』とのことらしい。

 

 偽名を名乗っているから何も言わんけど、お飾りの頭首とはいえ俺が背負ってる物はお前より格段に重いんだがなぁ。 

 

 まあ、あいつの言葉は名門である秋山の跡取りとしての重圧とか、そんな立場にいる自分が忍術に目覚めなかったことへの苛立ちや自己嫌悪から来てるんだろう。

 

 しかし、だからと言って自殺志願者を見捨てるわけにはいかない。

 

 この後も説得を続けたのだが達郎との意見は平行線を辿り、結局は対魔忍らしく手合わせをして勝った方が意思を通すという結論に達した。

 

 というか、ヒートアップした凛子が達郎に挑戦状を叩きつけ、達郎の方も売り言葉に買い言葉でそれを受けただけである。

 

 お前等な、そんな脳筋な結論を対魔忍らしくとか言うな。

 

 ウチまで一緒だと思われたらどうすんだ。

 

 そんなワケで秋山家の道場を舞台にして模擬戦が開始された訳なんだが、初戦の姉弟対決はなんと達郎が勝利を収めた。

 

 『空遁』については一日の長があるのに加えて、逸刀流の免許皆伝の凛子を相手にしてこの結果は意外だが、実際に目の当たりにすると達郎の作戦勝ちと言うべきものだった。

 

 初手で間合いを詰めながら木製の模擬苦無を放つ達郎。

 

 当然、凛子にそんな手が通用するはずがなく、苦無は彼女が手にした木刀で空しく弾かれた。

 

 そうして半ば無防備に姉の刃圏へと足を踏み入れる達郎と、それを迎え撃たんと木刀を大上段に構える凛子。

 

 しかし次の瞬間、振り下ろされた木刀は空を切り達郎の体は姉の背後を飛んでいた苦無の(そば)にあった。

 

 背後を取った事でガラ空きとなった凛子の背に向けて、全体重を乗せて木刀を振り下ろす達郎。

 

 この奇襲に凛子は対応できず、首筋の寸前で木刀を止められた彼女は負けを認めた。

 

 結論から言えば、達郎の忍術『飛雷神』は自分がマーキングした物体を目印にして空間転移するというものだ。

 

 凛子戦で弾かれた苦無の(そば)に奴が現れたのは、苦無に予めマーキングを施してから投げた為である。

 

 はっきり言って、奴の忍術は数ある対魔忍のそれの中でも上位に食い込むほどに強力なものだと云える。

 

 これを使いこなせるようになれば、アサギすら超える事も夢ではないだろう。

 

 姉に勝った事でさらに調子に乗ったのか、俺に向かって手招きをする達郎。

 

 うむ、いい感じで慢心している。

 

 これならどんな任務についても大ポカこいてあの世に逝くだろう。

 

『世良田は忍術が使えないからな、ハンデが必要なんじゃないか?』

 

 などとぬかしてきたので、『そちらがそう言うなら是非もない。───お前が得意とする忍術、五手までは見逃してやる。俺が攻めるのはそれからだ』とあおり返してやった。

 

 この効果は絶大で、余裕を見せていた達郎の顔は一気に赤く染まった。

 

 そんな感じで模擬戦第二試合と相成ったワケだが、こっちは本気で奴の攻撃を五手躱すまで防御に徹していた。

 

 凛子の試合を見てわかったことだが奴の忍術は『意』の漏れが酷い。

 

 跳ぼうとする『意』がマーキング先とリンクしているので、術の発動から移動先まではっきり言ってダダ漏れなのだ。

 

 これではこちらの虚を突くなど夢のまた夢である。

 

 当然、自慢の忍術が通用しない事に達郎は錯乱する勢いで焦っていたが、戴天流の術理を知らんむこうにしてみれば悪夢以外の何物でもないだろうから仕方ないだろう。

 

 結局、6手目に凛子戦で使ったのと同じ奇襲を仕掛けてきた達郎の鳩尾に、振り返ることなく木刀の切っ先を打ち込んだ事で試合は終了。

 

 達郎の東京キングダム逝きを阻止することに成功した訳だ。

 

『忍術も使えない出来損ないに見切られる程度の代物が、人間を超える魔族に通用するわけがない。焦る気持ちはわかるが、今は己の腕を磨くことに専念しろ』 

 

 敗戦のショックにうなだれる達郎に、俺はガラでもない頭首モードでそう言い聞かせた。

 

 ここで終われば一応は丸く収まったのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 胡坐(あぐら)の状態から立ち上がろうとした達郎の上着から、ある物が零れ落ちたからだ。

 

 軽い音と共に板張りの床を跳ねたのは、男性用避妊具で有名なコンドーさん1ケース。

 

 実戦を積むには明らかに不要な代物である。

 

 一気に死に絶える道場の空気の中、顔を真っ赤にしてワナワナと震える凛子の傍らで俺は首を傾げた。

 

 あの忌まわしい事件によって童貞を失った奴が、何故こんなものを持っていこうとしたのか?

 

 この年では風俗店など利用できんだろうし、流石にナンパ目的というのも考えにくい。

 

 というか、東京キングダムで女に声を掛けたら十中八九、命懸けの厄介事に巻き込まれるし。

 

 そこまで考えていたところ、俺の脳裏に嫌な予測がよぎった。

 

 試合後に奴から聞き出した『飛雷神』のマーキング方法は『血液をはじめとして、術者の体液を染みこませる』というもの。

 

 この件について電話を受けたのは夕日も沈みかけた頃なので、ド田舎である五車の里の本数が少ない交通機関では東京に行くのは不可能だ。

 

 しかし、東京キングダムの中には達郎の体液が残る場所が一つだけ存在する。

 

 そう、『チ●ポハンター』ことエロシスターの教会である。

 

 この予測を達郎に突き付けると、奴は少し口ごもった後で開き直ったかのように堂々とした態度で肯定した。

 

 以前、ミイラ寸前にされたのを忘れたのかと問えば、『初めてを捧げた女なんだぞ! また会いたいと思って何が悪い!!』と逆ギレする始末。

 

 はじめて云々という意見は分からんでもないが、奴はノンケだろうがホモだろうが果てはフタナリであろうと、チ●ポがあれば有象無象の区別なく喰らう変態である。

 

 達郎の考えるような純愛要素なぞ皆無であり、コイツが如何に想おうとも所詮は並べられたウインナーの一本以上にはなれないのだ。

 

 その事を突き付けてやっても『ああ、ウインナーで構わないとも!!』と覚悟が極まりまくった表情でうなずく達郎。

 

 梃子でも動かない達郎の態度にもう好きにさせてやろうかと半ば諦めていると隣にいる凛子が動いた。

 

 おもむろに達郎の襟首を掴むと、道着の上を豪快に脱ぎ捨てて母屋に向けて引きずり始めたのだ。

 

 何事かと思っていると『愛しい弟の成長が、どこの馬の骨とも知れない女のお陰など許せぬ! ゆきかぜが振られた以上、かくなる上は私がお前の目を覚まさせてやる!!』と雄々しく宣言する凛子。

 

 ハイライトが消えた目に不穏な空気を感じたので何をする気だと問うたところ、『無論、達郎の体からその女の匂いを消すのだ。この身を使ってな!』というお答えが。

 

 『こやつ、正気か!?』と戦慄する俺を置き去りにして、ピシャリと閉まる母屋と道場を繋ぐ廊下の扉。

 

 しばし茫然とした後に秋山家を後にした俺は、人倫的に死ぬであろう達郎の冥福を祈りながら世良田名義の携帯を処分した。

 

 よもや実戦に出ることなく破滅するとは……対魔忍の法則とはかくも業の深いものなのか。

 

 何故か奴の末路が他人事のように感じられなかった為、その足でお祓いに行ったのは秘密である。

 

 

▼月×日(晴)

 

 

 今日、任務の帰りに襲撃を受けた。

 

 実行犯は井河の中でも近代戦を駆使する腕利きである八津九郎率いる『九郎隊』

 元自衛軍経験者だけで編成されただけあって、集団戦の巧みさは対魔忍の一枚も二枚も上を行く。

 

 正直言って、奴らの対処には通常の対魔忍による刺客より数倍手間取った。

 

 米連や自衛軍の装備を勉強しててよかったよ、まったく。

 

 なんとか襲撃を退けたものの、戦況の不利を悟った途端に向こうはがあっさりと撤退した為に隊長の八津を討つ事はできなかった。

 

 まあ、代わりに隊員を一人確保することには成功したので良しとしよう。

 

 自害できないように処置を施したそいつは、今は災禍姉さんたちに頼んで情報を絞り出している。

 

 今まで井河からの襲撃はちょくちょく受けているが、老人たちは常に反乱時の被害者による独断と尻尾を切ってきた。 

 

 しかし、今回は言い逃れはできない。

 

 『九郎隊』は明確なアサギの直下であり、奴らの行動はいかに独断だったとしても井河宗家に責任が及ぶ。

 

 これが老人達の指示かそれともアサギによるものかは知らないが、そろそろ俺の命は安くない事を教えないといけない。

 

 

▼月〇日(快晴)

 

 

 先日の九郎隊による襲撃だが命令の出所がアサギであったのが発覚した為、俺達は情報をゲロした隊員を連れて五車学園に乗り込んだ。

 

 臨戦態勢で待っていた八津紫を境圏からの経穴を突く事で無力化して学園長室に入ると、件の九郎もその場に居合わせていた。

 

 同行していた災禍姉と骸佐に隊員と紫を任せてオハナシする事しばし。

 

 アサギは九郎隊が動いたことはおろか命令が下されていたことも知らないといい、対する九郎は井河頭首の印が押された書類を持ち出して命令はあったと主張する。

 

 上司部下の関係でありながら、お互いが主張を取り下げないのには訳がある。

 

 いかに九郎と紫が功績をあげているとはいえ八津家は井河の下忍であり、他流の頭首である俺を襲ったのが独断であると判断された場合は一族郎党全ての命を以て詫びねばならない。

 

 これは長きに続く忍の秩序を護る為の不文律であり、井河とふうまの上下関係は関係なく執行される。

 

 一方、今回の襲撃が井河頭首であるアサギの命だとした場合は井河によるふうまへの宣戦布告となり、両者の衝突は不可避の物となる。

 

 この8年の間である程度勢力を盛り返したふうまを相手取っては井河をはじめとした主流派もタダでは済まず、さらには魔族の影が迫る状況で内ゲバで勢力を減らすような醜態を晒せば政府からの信用も失墜するのは明白だ。

 

 己が右腕を捨てるか、それとも滅亡覚悟の戦端を開くか。

 

 進退窮まったアサギが青い顔で黙り込む中、俺は九郎の書類にアサギのサインがない事に気付いた。

 

 確かに頭首が持つ家印は押されているものの、こういった指令に関しては直筆のサインが施されているのが普通だ。

 

 勿論、宗家家印など頭首以外に持ち出せるわけがないのだが、これには抜け穴が存在する。

 

 そう、井河勢大家の頭首が雁首を揃える老人会である。

 

 奴等の性格を考えれば、現頭首を介さない謀略を実行する為に家印のコピーを用意していてもおかしくない。

 

 そのことを指摘すると、紙のようだったアサギの顔色は一気に真っ赤に染まった。

 

 『事の真偽を確認したいので、時間をくれないか?』という向こうの申し出に対し、俺はそれを認める代わりに二つの条件を出した。

 

 アサギはその内容に渋面を浮かべたものの少し考えた後に首肯し、それについての書面を交わして俺達は理事長室を後にした。

 

 今回の一件、老人たちの仕業だとすれば下手を打ったものだ。

 

 俺の暗殺に頭首であるアサギを動かすことができない事から、それに次ぐ総合力を持つ九郎隊を動かしたのは悪くない。

 

 だが、こちらとて散々修羅場を潜り抜けた身。

 

 軍人崩れの一部隊程度に殺られるほど、安くはないのだ。

 

 確実にこちらを仕留めるなら、加えて八津紫と井河さくらくらいの手勢を揃えるべきだった。

 

 ともあれ、暗殺に失敗した上に裏で糸を引いていることがバレた以上、この貸しは高くつくことになる。 

 

 沢木恭介の一件から老人たちに確執があるアサギが、今回の件に強硬に異を唱えないのは予想できていた。 

 

 それが例え井河一党に大混乱を引き起こすとしても、だ。

 

 ふうまの身の振り方を決めたし、俺達に対魔忍と敵対する気がない以上はアサギに舵取りをしてもらう必要がある。

 

 老人がトップに居続けるという、古い日本の悪習は終わりにしてもらわねばな。




凛子『────ついて来れるか』

銀零『さきをこされた……』 

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