いつもなら昼頃まで寝て自堕落な生活を送っている俺だが、今日は打って変わって全力疾走していた。
時刻は午前8時59分。休日である今日は、この時間では人通りは少ない。だからこそ、ギリギリ間に合うかもしれない。
「はぁっ………はぁっ………」
それほど運動は得意ではないが、今ここで死力を尽くさないと本当に死ぬ………いや、殺されるかもしれない。
持っている荷物や足を動かすたびに肌に擦れる服さえ鬱陶しく思える。しかし、それどころではなかった。
「着いた……」
腕時計で時刻を確認すると、午前9時。なんとか時間には間に合ったようで、大きく深呼吸した。
「おっそーい!」
どうやら、心休まる時間は訪れないようだ。とはいえ、今日の待ち人である彼女がちゃんとここにいることに、一つの安心を得た。
「わ、悪い……」
「約束より四秒遅かったけど、何してたの?」
少し拗ねたような口調で訪ねて来る仕草は可愛いのだが、問題はその真意。もしここで地雷を踏めば、俺は穴だらけで一夜干しにされるだろう。
「ね、寝坊、しそうに、なってな……」
「ふぅ〜ん……」
身長の低い彼女が、覗き込むようにして俺の目を見る。どんな理由であれ、ここで目をそらせば即刻有罪判決が出されかねない。故に微動だにせず、彼女の瞳の奥を見つめる。
「まぁ、いいか」
どうやら許されたようで、またまた一息吐く。これだから、こいつはいつまでも怖がられる。本人が無自覚なのがもっとやばい。
それでも、好きだって言われた時は素直に嬉しかった。
いや、確かに中身には色々問題があると思うぞ? なんだよ、現代日本でアンチマテリアルライフルを買って欲しいとか言い出したり、バタフライナイフを買いに行ったり。危うく警察呼ばれそうになって、結局俺が頭を下げまくることになったこともある。
それでも、見た目は可愛いし……まぁ、なんだかんだ良いところもある………と思う。
「それで、わざわざ待ち合わせまでして、どこに行くんだ?」
「う〜ん、それじゃあついて来て!」
俺の体力回復を待たずに、あいつは走り出した。
「ちょっと……勘弁してくれよ」
「こっちこっち〜♪」
どうやら、明日は筋肉痛を覚悟する必要があるかもしれない。
死に体でなんとか辿り着いたのは、この街で一番大きい百貨店みたいなデパート。
ここに来たらなんでも揃うってことで、平日だろうが御構い無しに客が多い。そんな場所で一体何を買うのかと思ったら、一気に6階まで駆け上がって行った。
「ほら、ここだよ!」
デパートの6階は、ワンフロア全てがホビーグッズ売り場になっていて、子供向けからマニアな商品まである。
ちなみに、俺の誕生日プレゼントはいつもここで買ってもらっていた。
「おもちゃ………が欲しいわけじゃないんだろ?」
「う〜ん……でも、ここじゃおもちゃのしか手に入らないし……」
「………モデルガンとか、サバゲー用のを探してるのか?」
「そうだよ?」
それだったら大いに納得だ。こいつが普段から使ってる銃からすると、連射系の方が好きそうだな。
「じゃあ、一緒に探すか」
「うん♪」
「すみません」
ということで、近くにいた店員さんに声をかけた。
「はい、どうかなされましたか?」
あ、この人すごい美人。雰囲気はジャンヌに似てて、体型はマリアさん、髪型はきららってところか。やばい、正直ドストライk
「もしかして……浮気?」
「っ!?」
一瞬で思考が現実に引き戻されると同時に、背中に冷たいものを押し当てられているような感じがした。
無論、こんなところで本物の銃火器を持ち出すほど、メグメグも常識はずれではない…………と思いたい。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、は、はいっ、大丈夫です。それで、サバゲー用のモデルガンを探してるんですけど……」
「それではご案内しますね」
店員さんは深く聞くことなく案内をしてくれ、難なくモデルガンの場所までたどり着いた。
「うわぁぁああ♪ いっぱいあるぅ〜♪」
おもちゃとは言え、やはりたくさんのモデルガンを見て興奮しているメグメグ。あれやこれやと触りたくっているのが心配だが、好きなようにさせておくとしよう。
俺は、正直メグメグのことはよく知っているわけじゃない。自惚れていると思われるかもしれないけど、ほとんど一方的にメグメグの方から近づいて来た。
それでも、良いと思った。メグメグという名前が本名かどうかも、家族がいるのかどうかも知らない。
それでも、良いと思った。小さな体に何を封じ込めているかも、戦いに身を投じる理由も。
それでも、良いと思ったんだ。
支えてあげたい。漠然としているが、そう思った。
「ねぇねぇハビー。これ可愛いよね〜♪」
そう言って指差しているのは、ヘカーテⅡ。それのどこが可愛いんだか、と思うが、口に出すと蜂の巣にされかねないから黙っておく。
「はいはい、どこが気に入ったんだ?」
「えー!? わからないの?」
こんなんだが、ミリオタの女の子と思えば、全然ありだと思う。
こうして散々モデルガンを物色していたメグメグだが、結局一つも買うことはなかった。てっきりヘカーテⅡやらAKシリーズ、Mシリーズなんかを買うと思っていたが。
「良いのか? 買わなくて」
「良いの良いの。あれはおもちゃだし、メグメグが持ってても使わないし」
本物を使ってる人間が言うと重みがある。
とは言っても、今日は貴重な休日で、俺とメグメグの予定が合うことはあまりない。ただ一緒に出かけるだけで終わりってのも、寂しく感じる。
「なぁ」
「うん? なぁに? きゃぁっ」
振り向いたメグメグに抱きつくような姿勢となり、首の後ろ側に手を回す。ロングの髪の毛のせいでなかなか上手くいかず、しまいには吐息がかかるくらいまで抱き寄せるような形になった。
「もう、ハビーったら……」
俺が何をしたいのかがわかったのか、メグメグは頬を染めながら拗ねたような顔をしていた。
「よく似合ってるぞ」
今日が何か特別な日というわけじゃないが、こうして何もない日を特別なものにするのも悪くない。
メグメグにプレゼントしたのは、銃弾をモチーフにした、小さいネックレス。モデルガンを物色している時に発見し、こっそりと買って来た。
ついでに頭を撫でてやると表情が一変。水に浸した紙のようにふやけた。
「えへっ♡」
こうしてみると、ただの可愛い女の子。その実は、痛みを知らない、少し猟奇的な少女。
「もっと撫でて♪ でも、メグメグ以外にしたらダメだからね?」
……多少怖いところもあるけど。
翌朝。寝起きでスマホを開くと、一件の通知があった。
確認してみると、きららからのメールだった。
『ハロハロ〜♪ 元気してるぅ?
昨日みみみが新しい忍術アプリを開発したみたいだから、一緒に試験運転やってみない?
今ならお茶とお団子がついてくるわよ?』
どうやら、また厄介なものを開発したらしい。まぁ俺も興味があるし、特にこれといって予定はない。『OK。どこで待ち合わせだ?』と返信しようとしたところで、いきなり電話がかかって来た。
「もしもし」
『ねぇハビー……もしかして、浮気?』
「………」
背筋に悪寒が走った。
「メグメグはいつだってどこだって見てるからね♪」
前言撤回。やっぱりメグメグは怖い。