#コンパス 短編集   作:ダンディー

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ポロロッチョとジャンヌ

「どうしようかしら……」

 

 ポロロッチョは悩んでいた。

 彼はいつも何かしらに対して美を追求する癖がある。男でありながら男を求める行為が目立って忘れられがちだが、生粋の美の追求者でもある。

 

「いつもこの色だけど、たまには気分を変えたい………でも、そうすると服や髪との組み合わせがねぇ……」

 

 今、ポロロッチョが悩んでいるのは、マニキュアとチーク。化粧品などは結構な種類持ってはいるが、一番安定しているということで、いつも同じ色は選んでいた。

 しかし、それでは美の追求者としての名が廃る。改めて考えてみると、今までそこに至らなかったのが疑問であるが、それはこの世界の居心地があまりにも良いせいだろう。

 

「はぁ……優柔不断ね」

 

 決められない。いつもの自分なら、『今日はこの色にしよう』なんてすぐに決めるのだろうが、今日に限っては本当に決められない。

 

「気分転換に行こうかしら」

 

 幸い、今日は試合の予定はない。一日という長い休暇があるなら、たまには色一つに長く悩んでも良いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして気分転換に街でウィンドウショッピングをしていたポロロッチョであったが、やはり色のことが頭の中に浮かび上がる。

 

「どうしたものかしらね」

 

 小さくため息をつき、街を眺める。

 街の色合いは、技術的な面からいえば最悪である。店によって色はバラバラで、隣の建物との調和なんて考えていない。暖色が立ち並んでいたかと思えば、不規則に寒色も入り混じっている。芸術とは程遠いのである。

 それでも、この街、ひいては世界に対して美を感じていた。

 それは芸術という一つの学問的な枠に当てはめて良いものではなく、不規則で不安定、歪な世界の中で生きていくこと。それ自体がもうすでに『美』なのである。

 

「……私もまだまだね」

 

 遠目には、ジャンヌの姿があった。彼女はぬいぐるみ屋に来たようで、店頭に並べられている猫のぬいぐるみを愛おしそうに抱き上げていた。

 試合の中では不屈を体現するような勇ましい彼女だが、今は見る影もない、ただの可愛らしい少女である。

 

『私のことは、ただジャンヌとお呼びください』

 

 ポロロッチョは、ジャンヌダルクの逸話を知っている。故にジャンヌのことを『革命軍』『聖女』という認識でいた。

 しかし、彼女はそれを嫌い、ジャンヌと名前で呼んでほしいと言った。それが何を指すかはわからないし、彼女の過去を深く聞こうなどとは思わない。おそらくは、暗い過去でもあるのだろう。

 

「全く………ワテクシも変わったわね」

 

 その後ろ暗さを背負って尚、彼女は『ジャンヌダルク』として生きることにした。その潔さは、高潔な者だからこそのものだろう。

 

 

 

 

 

「あ〜ら、ジャンヌちゃん。奇遇ね」

「あ、ポロロッチョさん」

 

 声をかけると、ジャンヌは心底嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「可愛らしい猫ちゃんじゃない」

「はい! でも、こっちのマンボウも可愛いですよね!」

 

 そうして顔面に押し付けるように見せられたのは、ちょっと間抜けな顔をした、マンボウのぬいぐるみ。だが、触ってみると思った以上に柔らかく、それだけで少し和む。

 

「随分キュートなお人形さんね」

「う〜ん……でも、この猫さんとどっちにしようか、悩みものですね……」

 

 この世界では、ポロロッチョやジャンヌなど、試合をする者達にはそれなりの収入がある。主な収入源は、この世界に特設されてるライブステージで行われる、パフォーマンスとしての試合。その鑑賞料や席代として集まったお金が、出場者の活躍に応じて割り振られる。

 ジャンヌは以前の試合で類を見ない活躍し、その一試合だけで家一軒が買えるほどの収入を得ているはずである。

 

 それだけのお金があるなら、この店のぬいぐるみを買い占めることも出来るだろうに、と思ったポロロッチョであったが、あえて口には出さなかった。

 

「どっちにしようかな………」

 

 かれこれ三分。二つのぬいぐるみを見比べながら悩んでいるジャンヌの姿は、段々と人目を集め始めていた。

 これでは、野次馬やファンに囲まれて面倒なことになる。

 

「ジャンヌちゃん」

 

 ポロロッチョはジャンヌが右手に持っていた猫のぬいぐるみを優しく持ち上げると、そのまま店のレジに向かって歩いていく。

 

「え、ポロロッチョさん?」

「貴女、前の試合で大活躍だったじゃない? これは、そのお祝いよ」

「で、でも」

「そのマンボウちゃんは、貴女が買ってあげなさい。せっかくここで見つけたのに、わざわざ見過ごすのも残念でしょ?」

 

 オロオロしているジャンヌを他所に、会計を済ませてしまうポロロッチョ。人形に負けないくらい可愛らしい袋に入れられたぬいぐるみを、ジャンヌに渡す。

 

「あの時の試合、見ているだけでも楽しかったわ。そのお礼と、貴女の活躍へのお祝いとして受け取ってちょうだい」

「は、はい……」

 

 ここまで言われてしまっては、ジャンヌも受け取らざるを得ない。おずおずと紙袋を受け取り、深々と頭を下げた。

 

「ありがとうございます、ポロロッチョさん」

「別にいいのよ」

 

 ぬいぐるみ程度にかかるお金など、ポロロッチョからすると大した金額ではない。

 

「それじゃ、ワテクシは失礼するわね」

「ちょっと待ってください」

「何かしら?」

 

 ジャンヌが何か思いついたような表情でポロロッチョを呼び止め、レジに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日は青にしてみようかしら」

 

 帰ったポロロッチョは、早速明日に向けてメイクなどの準備をしていた。しかし、今朝のような迷いは一切なく、すでに決めているのである。

 

「赤も良いけど………とりあえずはお試しかしらね」

 

 メイク道具が置かれていく鏡には、ポロロッチョの姿の他に、1匹のマンボウがいた。疲れているようなだらしない顔をしているが、どこか愛嬌があり、触り心地は抜群。そんなぬいぐるみが鎮座している。

 

 鏡越しにその顔を見て、ポロロッチョは思わず口元が緩んだ。

 まるで、今朝まで迷っていた自分を笑っているような気がして。


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