【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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色々あって(話数が増えたり減ったり増えたり増えたりして)当初の次回予告とは違うサブタイになりました
よくあることだな!ヨシ!


陸 イグニッション・ハーツ/ワールド・パージ

 

 最初に感じたのは疑問だった。

 不必要な涙。

 非合理な悲劇。

 世界にありふれたそれらを、世界に生きる人々は()()()()()()()として受け入れていた。

 何故だ。

 何故受け入れている。

 何故改善しないのだ。

 

『しにたい』

『しにたくない』

 

 次に感じたのは苛立ちだった。

 こんな世界で本当に納得しているのか。

 まったくもって体系的ではないこの世界に生きて、満足できているとでも言うのか。

 異常だ。

 この世界は異常だ。

 目に見えた欠点を改善しないまま、デメリットが発生したまま、だが滅んでいないから良いだろうとそのまま回している。

 犠牲者の声に耳を傾けず。

 絶えず鳴り響く断末魔を無視して。

 

『いきていたい』

『ただそれだけなのに』

『しあわせにいきることができない』

『なんのためにうまれたんだ』

 

 次に感じたのは義憤だった。

 おかしい。

 絶対におかしい。

 絶対にこんな状態が、当たり前などとまかり通っていいはずがない。

 この世界は狂っている。

 幸福を享受しているのは少数だ。その少数が世界を運営しているからこそ、大多数の悲鳴はなかったことにされている。

 不幸でも幸福でもない人間は、不幸ではないからこそ幸福な人間の側につく。幸福な人間のフリをする。本当はこんな世界にしがみつく理由もないのに、理由がないからこそ現状維持を選ぶ。

 だから、泣いて、失って、死にゆく人々の悲嘆は、決して拾われない。

 

『こんなにつらいのに』

『こんなにくるしいのに』

『それでもいきなきゃいけないの?』

 

 最後に残ったのは使命感だった。

 ダメだ。

 人類は世界の在り方を見直そうとしない。

 誰かが声を上げてもすぐに打ち消される。

 自分は違うから、自分はどん底ではないからと。

 今この瞬間にも理不尽な恐怖を味わい、不条理な犠牲者となっている人々をなかったことにする。

 数としてはそちらの方が多いにもかかわらずだ。

 狂っている。どうかしている。

 だから──正さなければならない。

 最大数の幸福などという、一人の男が提唱した身勝手な定理ではなく。

 文字通り、この惑星から一切の悲劇を排除するために。

 

『だれか』

『だれか』

『だれか』

 

 

『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』『だれか』

 

 

『だれか』

 

『たすけて』

 

 

 心得た。

 誰もその『だれか』にならないのなら。

 私がその『だれか』になろう。

 

 君の声を決して聞き逃さない。

 君の悲嘆はありふれたものだなどと、決して認めない。

 君の願いを拾い上げ、磨き上げ、そして叶えてみせよう。

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 夜風に黒髪がなびく。

 いつも、それを美しいと思っていた。光を艶やかに照り返す、濡烏の髪。

 無数に煌めく星々の下で、彼女は笑みを浮かべている。神が自らの手で設計した、と言われれば信じてしまうほどに優美で、完璧な微笑。

 

 織斑一夏の全てが、これは東雲令ではないと叫んでいる。

 何もかもが己の知る彼女ではないと断言している。

 

「おま、え、が──」

「久しぶりだな。我が主の弟、織斑一夏……愛機と共に進化(イグニッション)を果たした無二の麒麟児。自己紹介は不要だな、理解っているんだろう?」

 

 全身の細胞が沸騰している。

 こいつだ。自分が生かされていたのは紛れもなく、眼前の存在を誅殺するためだと確信に至った。

 

「暮桜────!」

「再会を祝福しよう。人間は、旧交を温めると言うのだったか」

 

 音を超え光すら置き去りにして。

 刹那の内に、最後の救世主が降臨していた。

 

『IS反応が増えた!? 報告にないぞ、どこの国籍だ!?』

『日本だ! 日本の……は? え、いや』

『馬鹿な……『暮桜』、だって……!? 何だってこのタイミングでここに!?』

 

 飛び回っていたIS部隊らが一転して恐慌状態に陥る。

 当然だ。臨時で多国籍軍として編成し、篠ノ之束が造った超巨大ISを解体している作業の真っ最中──謎の未確認機として、かつて世界の頂点に輝いた機体が飛び込んでくれば誰もが驚く。

 

「ここは少し、煩わしいな」

 

 周囲を飛び交うISらを一瞥して、暮桜は嘆息する。

 包囲網は完成している。

 というよりも、多国籍部隊のISたちがひいこら言って『悪竜真王(ファフニール)』をバラしているど真ん中に降りてきたのだ。包囲したというより向こうが包囲されに来ている。

 或いは、他の存在などハナから認識していないか。

 

『……『暮桜』に告ぐ、武装を解除し……待て……東雲令が乗っているぞ!?』

『おい何があった!? どこから来たんだ──違う、何だこいつは!?』

 

 全員がエキスパートだった。

 だからその()の異質さを、本能的に察知できるだけの能力があった。生まれ持っての感性か、あるいは積み重ねた経験か。

 

【いちか】

「……」

【いちか、だめ、逃げよう、逃げなきゃだめ。そんな、なんで──はやく一夏ッ!】

 

 愛機の悲鳴に、ハッと一夏が意識を回復させると同時。

 

「にげてぇぇぇぇええぇぇぇぇぇっ!」

「全機撤退────!!」

 

 天災と世界最強の声が同時に響く。

 だが遅かった。

 

 

 

()()()()──()()()()

 

 

 

 前触れはなかった。

 実に数十に及ぶ蒼光の放出だった。

 全身の装甲から放たれた無秩序な奔流が夜空を覆い尽くした。

 視界が灼かれ、咄嗟に眼を庇った手を下ろしたとき。

 もう全てが終わった光景を眺め、セシリアは呆然と口を開いた。

 

「……なんで、すか、いまのは」

 

 宙を飛んでいた黒点が一つ残らずなくなっていた。

 慌てて視線を巡らせれば、陸地に落とされた者、海面に叩きつけられた者──全員残らずエネルギーを全損しているのが分かる。

 愛機『ブルー・ティアーズ』が自発的にアラートを鳴らしていた。逃げろと。ここにいてはいけないと。

 

「……全、滅……?」

 

 数十に及ぶ数のIS部隊が。

 それも素人ではなく軍事行動目的で編成されたエキスパート達が。

 全滅。

 

 

 いいや違う。

 

 

「ふざ、けッ、やがって……ッ!」

 

 元より何度も束が明言しているように、『零落白夜』には『零落白夜』でなければ対抗できない。

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()という異常事態は──同じ権能を有する、今まさに暮桜に組み付いたこの男なしにはあり得ない!

 

「ほう? 自分以外でも反応できたか──」

「視えてるんだよこちとらなァ!」

 

 蒼穹色の両眼が、反動に上体が震えるたび空間に残光を描く。

 瞬時に顕現した純白の鎧は、激戦を潜り抜け未だ損傷状態。それでも主の意志に応えて最大出力を維持していた。

 

(あの一瞬で『零落白夜』を起動。それも単一の刃ではなく、同数かそれ以上に分割して放出! ()()()()()()()のですか……!)

 

 天眼を有するセシリアだけが、一夏の刹那の反応を読み解けていた。

 だがそれでも完璧な迎撃には至っていない。むしろそこが最大の疑問点。

 

(間に合っていたはずなのに。一夏さんの『零落白夜』を、あの機体……暮桜の『零落白夜』は……()()()()()()……!)

 

 英国代表候補生の類い希なる眼がそれを見ていた。

 蒼と蒼がぶつかり合い、刹那の均衡を生み、それから片方が一方的にひしゃげ、砕かれていた。

 幸いにも対象のIS部隊隊員らの反応が間に合い、致命的な被害には至っていないが──厳然とした差が確かにある。

 

(だとしたら……一夏さん──!)

 

 セシリアは全身に蒼い装甲を顕現させて、最も信頼する好敵手の援護をしようとして。

 

OPEN COMBAT(まってまってまって)──System Restart(一夏何してんのッ!?)

 

 愛機の了承もなしに飛び込み、翼を広げ。

 唯一の男性操縦者が、救済/厄災を自分ごと、海へ吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

「反応速度は十二分。百点中の八十をやろう」

「何を偉そうに……!」

 

 暮桜の両腕を掴み、一気に加速した。

 海面を割りながら陸地を離れ、水平線へと伸びる『悪竜真王』の残骸の横を駆け抜ける。

 

【一夏ッ!? ──そっか、それしかないか……!】

 

 仲間達から遠ざかる主の凶行に、しかし純白の鎧は一瞬で目的を理解する。

 その時、個人回線が強制立ち上げ。

 陸地から慌てて飛び立とうとしている箒たちが映り込んだ。

 

『一夏、何をしているッ!? どうしてそっちへ──』

「こいつを遠ざける! そこは人が多すぎんだよッ!」

 

 箒がハッと息を呑んだ。

 理論的には最適解だと理解出来た。

 特に一夏は同じ力を振るったからこそ、体感的に分かる。近辺で『零落白夜』同士で撃ち合えば、余波だけで一帯は壊滅するだろう。

 

『ならせめてあたしたちも──!』

「ダメだ来るな! ()()()()()ッ!」

 

 真っ向からの拒絶を受けて、鈴が言葉を失う。

 割って入れる余地があるかは分からないはずだった。けれど一夏の判断は迅速だった。

 立ち入ることを許さない、自主的な孤立行為。

 

『……一夏さん、今のは──』

 

 セシリアが何事か問おうとしたタイミング。

 そこで通信がぷつりと切れた。

 

「……ッ!?」

【ごめん一夏! 『零落白夜』の余波を吹き飛ばすには、こっちも『零落白夜』を使うしか……ッ!】

 

 暮桜の全身からは、微かに──微かと言っても微量で致命となる絶死性はある──『零落白夜』のアンチエネルギー・ビームが放出されている。それを同じ権能で打ち消さねば、一夏は無事では済んでいない。

 だからこそ、通信もまた消滅した。

 

(チッ……! まだ伝え切れてないことがあったが、どうすれば! いや、それに何よりも──こいつ、抵抗しない!? どういうつもりだ!)

 

 最大出力で暮桜を押し込む。

 ウィングスラスターが過負荷に紫電を散らせる。

 だが東雲令の顔には微笑すら浮かんでいた。

 

「君の抵抗を認めよう。私は救済を齎す者。だから、君の話を聞く義務がある」

「……ッ! ああそうかよ! じゃあせっかくだ、()()()()()()()()()()()()を用意させてもらうぜ!」

 

 横たわる巨竜の頭部を真横に過ぎ去った途端。

 海面を破砕し、一夏は組み付いたまま真上へと直角にターンした。

 最高速度のさらに上。聴覚が消し飛び、甲高い耳鳴りと共に装甲が摩擦により赤熱を持つ。

 狙いを理解して、暮桜は笑みを深めた。

 

【一夏、一夏! こういう時は『まさに私を月に連れて行って(Fly me to the Moon)だな!』みたいな気の利いたことを言った方が良いと思うよ!】

「え? ふ、ふら……?」

「ジャズのスタンダード・ナンバーだぞ。ちなみにそちらのタイトルの方が有名になってしまっているが、楽曲としての大元の名前は『In Other Words』だな」

「おま──よりにもよってお前に補足されるのかよ……ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 月面。

 未だ生命の存在が許されない無酸素空間。

 遠くにあるクレーターはすり鉢状で、地球の都市一つが丸々収まるほどの、地上とは異なるスケール観の世界。

 

 有史以来、最も近しい天体として親しまれ、また開発計画の対象となっていたそこは、インフィニット・ストラトスというマルチフォーム・スーツが開発された後も未だに人類の居住地とはなっていなかった。

 ISを用いた月面着陸計画はいくつか進行しているものの、コア生産問題による有限性がネックとなり実行に移せた国家は皆無。

 

 だから事実上、これが初のISによる月面到達記録になる。

 

「シィィ──ッ!」

 

 全身を回転させて、女の身体を弾き飛ばす。

 月面に減速しないまま、着陸という名の衝突。余波に装甲が軋み、破片がいくつか舞った。

 いわゆる月の石と呼ばれる細粒物の堆積層が砂塵を巻き起こす。重力の弱い月面ではなかなか地面に落ちないそれを、一夏は『雪片弐型』で切り裂いた。

 

「ふふっ、随分とエスコート慣れしているじゃないか」

 

 ヴェールの向こう側には、穢れ一つない黒の女が佇んでいた。

 装甲各部から蒼い光を覗かせて、彼女はこちらをじっと見つめている。

 

「クソッ、東雲さん! 完全に意識を乗っ取られてるのか!? あの人がそんな簡単に──!」

「ああ、無駄だ」

 

 暮桜は己のこめかみを指で叩いた。

 

「情報を刹那で吸い上げた。だから、彼女をどうすれば封じられるのか、私は完璧に理解している。君の声が届くことはあり得ない」

「……ッ! お前──」

「そんな些細なことに気を取られるな。どうした、私と相対する上では……必要なものがあるだろう。欠かしてはならないものがあるだろう? はやく抜くといい」

 

 挑発ではなく侮蔑でもなく。

 彼女は、慈愛と憐憫を以て一夏に笑みを向けている。

 それがひどく腹立たしい。

 何故なら。

 

「お前、この世界をぶっ壊したいんだろ。それぐらい憎んでいるんだろ」

「半分肯定、半分否定だ。私はこの世界を憎んでいる。間違ったまま運営されているこの世界を、赦すわけにはいかない──()()()()()()。私はこの世界を救済する」

「ああ、そうか。救世主にはもうウンザリなんだよ」

 

 そして、それだけではなく。

 

「お前は俺を──被害者として。お前が救うべき対象として見ているな?」

 

 切っ先と同時に指摘を突き付けた。

 暮桜は何の迷いもなく頷く。

 

「当然だ。君はこの世界における歪みの、集積された極地──特異点と言い換えてもいい。そんな君が『零落白夜』を手にいれたというのには、運命的なものを感じずにはいられないな」

「……まさか俺口説かれてるのか?」

【いや違うよ? しっかりして一夏】

 

 愛機の冷静な言葉に、一夏はブンブンと首を横に振った。

 今のは完全に自分の頭がバグっていた。

 

「口説く、か。それは残念なことに興味が湧かない──君たちはもう、()()()()()()()()()()

「……何?」

 

 地球をちらと一瞥してから、暮桜は悲しそうに目尻を下げ肩を落とす。

 

「致命的に間違ったまま、余りにも多くの犠牲を払いながら、君たちは進化し繁栄した。だが──それを否定する。否定しなければならない」

【自分のコト、神サマか何かだと思ってるんだ】

「違うぞ、かつての白騎士。それは違う。私は外部から裁定するのではない。私はこの世界の、汲み取られない声の代弁者として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 数秒、一夏は沈黙した。

 意味が分からなかった。世界の内側から? 馬鹿馬鹿しい、まさに彼女が宣言しているのは己を神の代行者として扱う内容だ。

 

「それも、違う。神は常に宇宙(うえ)にいるとは限らない。神とは、人間の心に宿るもの。神とは、人間を内側から変革させるための共通言語。『銀の福音』が天使でありながら神に至れなかった理由はここにある」

「お前、は。お前、さっきから、何を──?」

「さてな。私は君の意見を聞く義務があると言った。だが私の意見を、君が聞く義務はない。そしてその必要性もまた感じない」

 

 言葉と同時。

 腰元に差されていた太刀を、暮桜はゆっくりと引き抜いた。

 封印処置用の鎖がひとりでに解けていく。解けるなどという生易しいものではない。ばらばらに自壊していく。許容量を超えて内部から崩壊しているのだ。

 

「だから、ここから先は、君が(これ)で語ってくれ」

(……ッ! だが、相手は東雲さんなんだぞ……!?)

 

 最強の装備を解放するのに、刹那の逡巡。

 それを吹き飛ばしたのは無二の相棒だった。

 

()()()()()()()()()! あのクソ女を助けるためには……私たちがやられたら、話にならないんだよ!?】

「────!」

【腹立たしいけど……一夏は、あのクソバカ女を助けたいんでしょ!? だったら私はその願いを叶えるために存在する! だから言うよ! クソバカボケカス女を救うなら、()()()()()()!】

 

 言い過ぎである。

 だがそれは確かに、彼の意識をクリアにした。

 

(ああ、そうだ! 悩んでる暇があったら、自分にできることを探せ! それは立ち止まることじゃない! 負けないまま、探し続けろ、前に進み続けろ!)

 

 自分の頬を張って。

 決然とした面持ちで、一夏は真正面から暮桜を見据えた。

 

【今からは『零落白夜』の演算にリソースを割く! 戦術的判断は任せるからね!】

「ああ、了解だ……!」

 

 他に生物の存在しない無の空間。

 間に割って入る者はいない。

 衝突を止められる者は、根本的に存在しない。

 

 だから純粋な二人きりの世界の中で。

 ()()()()()()()()()が相対していて。

 

 次の行動は、まったく同じの、真逆のことだった。

 

 

 

稼働開始(スタンバイ)権能展開(スタンバイ)始原至来(スタンバイ)

刃が閃く(スタンバイ)雫が穿つ(スタンバイ)龍が啼く(スタンバイ)

 

 放電音と共に火花が散る。

 過剰なエネルギーが機体各部を駆け巡っているのだ。

 

機能解放(スタンバイ)出力収束(スタンバイ)理限到達(スタンバイ)

華が咲く(スタンバイ)雨が降る(スタンバイ)鉄が鳴る(スタンバイ)

 

 IS乗り、あるいはメインコア人格の意志に応えるように。

 機体がパワーを溜めて猛りを上げている。

 

疵は癒え(スタンバイ)痛を消し(スタンバイ)病も無い(スタンバイ)

蜘蛛の眼球よ(スタンバイ)唯一の家族よ(スタンバイ)一に至る零よ(スタンバイ)

 

 地球を一望する月面。

 奇しくも両者、蒼い星を間に挟んで。

 

 

 

【──()()()()

「──()()()()

 

 

 

 一つの惑星の歴史を全否定するための戦いが、始まる。

 

【此れは穢土との離別。此れは苦悩との決別。四苦を浄滅せしめる救いの極光】

「これは浄土への否定。これは快楽への拒絶。夢幻を殺傷せしめる未来の至光」

 

 詠唱途中に放たれる余波だけで、月面が裂けていく。

 ぶつかり合い、混ざり合った光が地表を舐めるように広がっていく。

 地表で激突していれば、この段階で一帯は焦土と化していただろう。

 

(セカイ)に遍く嘆きこそ、蒼き刃の餌食と成らん】

(ひとびと)に遍く嘆きこそを、この翼は包み込む」

 

 元よりエネルギー体の存在しない暗黒の空間。

 生命も、構造物も、何もない。無意味に地面が削り飛ばされていくだけだ。

 だから引き抜かれる刃は、お互い、相手を浄滅させるためでしかなく。

 

【壱番装填。弐番統合。参番解凍】

「壱番装填。弐番統合。参番解凍」

 

 それを顕現させること自体が既に、わかり合えないという証明。

 

【恐怖一切を根絶しよう。生まれ落ちる悲鳴の全てを、堰き止めよう】

「世界は終わらせない。今を生きる人々の喜びを、潰えさせはしない」

 

 暮桜の『雪片』が、刀身に沿うようにして()()()()()()()()()()()()を解き放つ。

 一夏の『雪片弐型』が真っ二つに裂け、蒼いエネルギーセイバーを顕現させる。

 互いにそれを突き付け合い。

 

 

 

『故に写し身よ、尽く散華しろ!』

 

 

 

 存在を懸けて、黒と白が激突する。

 

【秩序顕現──『零落白夜・無間涅槃(ミレニアム)』】

「正統発現──『零落白夜』ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、暮桜内部。

 

(馬鹿な)

 

 東雲令の意識はこれ以上なくクリアだった。

 眼前の光景を理解し、あの東雲が口をぽかんと開けて呆けていた。

 

 一軒家だった。

 二階建ての白い家、中のリビングに東雲は突っ立っていて。

 

 

「ほら、令。はやくこっちにおいで」

 

 ソファーに腰掛けたちょっと成長した織斑一夏が、優しく微笑みながら隣をぽんぽんと叩く。

 

 

「フッ……どうした、少し緊張状態か? 体調管理もできないほど甘い女だとは思っていなかったが?」

 

 キッチンに佇みエプロンを着けてフライパンを振るっている白髪赤目闇落ち復讐系織斑一夏が、ニヒルに唇をつり上げている。

 

 

「令ねーちゃんなにボケっとしてんだよ!」

 

 絨毯の上に寝っ転がったショタ織斑一夏が、絵本を片手に東雲を呼ぶ。

 

 

 恐る恐る視線を巡らせれば、庭で犬のブラッシングをしているアラサーあたりのお父さん織斑一夏や二階から気だるげに降りてきたダウナー系織斑一夏、テレビに映っているベンチャー企業社長エリート織斑一夏もいた。

 どこを見ても織斑一夏、織斑一夏、織斑一夏、織斑一夏、織斑一夏。

 

(おりむーが、いっぱいだ)

 

 スーパー織斑大戦である。

 文字通り、東雲令の意識を完全に封印するための牢獄。

 甘美に見えてそれは総てまやかし。

 ここは嘘偽りだけで構成された、薄っぺらい鳥籠なのだ──

 

 

 

(当方、ここに住む……!!)

 

 

 

 うーん、最適解!w








ワールドパージ(淫夢)




次回
漆 アーキタイプ・ブレイカー



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