【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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なんか文字数やばいことになったのでまーた分割です(ヘラヘラ)


捌 ブレイジング・メモリー(前編)

 例えるなら壊れかけの人形だった。

 吹き飛ばされ、装甲が半壊し、辛うじて生きているISの搭乗者保護機能と体内のナノマシンによる急速超回復を頼りになんとか死んでいない。

 死んでいないだけ。

 生きている、と言い張るには無理のある状態。

 

「……………………不可思議だ」

 

 そんな状態の織斑一夏を見て。

 漆黒の切っ先を月面に突き立ててから、暮桜は不思議そうに首を傾げた。

 

「何故生きている。何故死んでいない。『零落白夜』の直撃を受けて生きているのは、道理が通らない」

 

 そう──織斑一夏はまだ、生きていた。いいや死んでいなかった。

 生死の境目にはある。身体内部を完全に破壊されていた。臓器がいくつ破裂したのか、骨の何割が原形を留めているのか、数えたくもない。

 ()()()()()()()()()()()

 

「理解不能だ、完全に捉えたはずだ。君は私が今、殺した(すくった)はずだ」

 

 返答はなかった。

 当然だ。死を回避したというだけで、逃げ切れたわけではない。むしろ一秒後に心肺が停止してもおかしくない状況。これが地上ならば一刻を争う医療処置が必要とされただろう。

 暮桜は両目を閉じ、静かに先ほどの攻防を思い返す。

 

(……『零落白夜』同士の激突。否、激突としては成立しなかった。私の『零落白夜・無間涅槃(ミレニアム)』は根本的な存在の段位が違う。コンマ数秒でも拮抗したということが賞賛に値する)

 

 黒が、蒼を打ちのめした。

 揺るぎなく順当な結果。それは暮桜だけではなく、一夏も予期した事態だった。だからこそ、直接的な激突を避けつつ立ち回っていたのだ。

 故に正面衝突の結果は見えていた。

 予想とただ一つ違ったのは、相手が生存しているということだけ。

 

「…………」

 

 回答を持ちうる男は死の瀬戸際に沈黙し。

 暮桜は処理できない計算を一時停止して、深く息を吐いた。

 

(……計算外、か)

 

 予期していた。

 人類が絶滅寸前に追い詰められたなら、暮桜にも理解出来ないような力を発揮するだろうと分かっていた。営みをずっと見てきた。努力を、発露を、才覚を、理外を、ずっと観察してきた。

 油断も慢心もない。相手がそういう存在なのだと理解した上で、暮桜は人類滅亡に取りかかっている。

 

「さて、これ以上計算外は起きて欲しくないが──世界を救うのだ、泣き言をいっているワケにもいかないか」

 

 暮桜が顔を上げた。

 艶やかな黒髪の奥で、爛々と黄金の瞳が光っている。

 見据えるは地球。

 いいや、地球からこちらに向かってくる黒点。距離としては5万キロメートル程度か。

 

「少しばかり、張り切りすぎたかな?」

 

 月面を覆っていた『零落白夜』による閉鎖フィールドは、先ほどガンマ線バーストを発動させた際に消してしまっていた。

 だが、今更織斑一夏以外の戦力──それも、中心である織斑一夏を欠いた状態──など、恐るるに足らない。

 

(……念には念をか)

 

 世界を救うという大仕事。

 万が一すらないように、暮桜は黒点がこれ以上迫る前にまずは唯一無二の、自分を打倒しうる存在を排除しようとして。

 

 織斑一夏に突き付けた右腕が、直後──()()()()に穿たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

「端から端まで全部突っ込んで! 蒸発したっていい、元々そっちのものでもないでしょ!? 損するのは私だけなんだからッ!」

 

 IS学園臨海学校が行われていた海沿いの区域から、遠く、遠く離れて。

 フランス──戦闘の痕残る、デュノア社本社。

 未だアリーナは全面的な改修の最中であり、本社ビルに至っては工事中だ。

 そんな中で、無事だったデュノア社製マスドライバーの射出待機口にて。

 

「ああもう運搬用のオートマトン全部使ってるのに遅い! オイそこ! 重量観測なんて並列で束さんがやるから、補助マニピュレータ使って運搬に参加して!」

「りょッ……了解、ですッ」

 

 鋭い怒鳴り声に刺され、隅でモニターを監視していた人員が運搬に参加する。

 運ばれているのはIS用の外部取付装甲群。まとめて買い上げようものなら国家が傾くほどの、質と量。

 運び込む先はデュノア社製、マスドライバー用の流麗な曲線を描くスペースシャトル。

 

「あ、あの……わたくしたちも」

「うっさい集中してろ! 運び込みが終わったら即で射出するんだから他のことなんて気にしてる暇ないんだよお前ら!」

 

 たった今、セシリアの遠慮がちな声をはねのけた、先ほどから唾を飛ばしている女は。

 他者を拒絶し、他者と隔絶していた世紀の天災──篠ノ之束その人。

 

「ああクソ、加速限度に接する!? ちょっと今から数十秒抜ける! エンジンに展開装甲を組み込んで加速性能上げるから!」

『えっちょっと待ってくれ、それ機体保つのか?』

「月面到着ギリギリまでいける! そこからはISで行けばいい!」

『いやその、シャトルは? この間の騒動からフィードバックを受けて造った、最新鋭の試作機なんだが……』

「バラバラになるに決まってんでしょーがバァァァァカッ!!」

 

 無体な返事を聞いて、管制室でアルベール・デュノアは崩れ落ちた。

 両サイドに佇むロゼンダとショコラデが苦笑する。世界の窮地、防げなければ文字通り星ごと消し飛ぶのだ、糸目は付けられない──が、そういうところを拾ってしまうのが、なんとも彼女たちの愛した男らしかった。

 

【はいよはいよー! どいてー! お届け物でーすっ!】

 

 かつて一夏らによって救われたエスカリブール・デュノアもまた、人間では到底運べない重い荷物をISによるパワーアシストで右へ左へと持ち込んでいた。

 文字通りの総力戦。未だIS委員会内で扱いの紛糾してる彼女すら、現場に駆り出されている。というよりもエスカリブールの場合は、個人的な恩から、自ら行動しているのだが。

 

「……突貫そのものだな」

 

 シャトル外部にて。

 かつては級友らを送り出すことしかできなかった箒は、最低限の修復だけを終えた『紅椿』を身に纏ってグリップを握り、シャトル表層に張り付きながら言った。

 

「ですが、当然と言えば当然ですわ。むしろ──」

「──こうして間に合うかもしれないってのが奇跡よね。シャルロットにはしばらく足向けて寝れないわ」

 

 セシリアの言葉の続きを拾ったのは、鈴だった。

 彼女は隣にて射出の対G体勢を取るシャルロットに視線を向けて、悪戯っぽく笑う。

 だが、実父に緊急連絡を開き、最大速度でフランスへ向かうこと、大至急マスドライバーを起動してシャトルを準備させるよう、ほとんど泣きそうになりながら、目を血走らせる勢いで頼み込んだシャルロットは、何でもないことのように苦笑を浮かべる。

 

「そうでもないよ。だって今晩は、地球防衛成功パーティーでしょ? 寝る暇がないんじゃないかな」

「くくっ。違いないな。しかしアルコールはだめだぞ」

「羽目を外しすぎないように、ね」

 

 ラウラと簪もそのトラッシュ・トークに乗っかった。

 全員が揃っている。辛うじて動けるようにした機体。とっくに尽き果てた気力の絞りかす。勝てる見込みはほとんどゼロ。

 だが皆一様に、迷うことなく宇宙への打ち上げを志願した。

 

『……宇宙攻撃隊の出動には各国が即決を下せていない。むしろ好機と捉えるべきだろうな』

「父さん、それは?」

 

 出費のショックから立ち直ったのか、アルベールがネクタイを正してから実行部隊隊員の少女たちに語る。

 

『データを見た限りでは、恐らく何の意味もない、いたずらに人的消耗を強いられるよりは、我々が勝負を決めた方が早い』

「僕たちの方が、正式な軍隊より強力だと思ってるんだ」

『馬鹿を言うな。装備、練度、どれをとっても正規軍に勝る点はない。だが──』

 

 そこでアルベールは言葉を切り、一人一人の顔を見た。

 

『私は識っている。君たちの強さは、数字ではない。()()()()()()()()()()()()にかけては、誰にも負けないだろう』

 

 かつてのデュノア社防衛戦。

 アルベールはいやというほどに思い知らされた。明日を捨てない心。愛の限りに湧き上がる力。

 それこそが、ISという化学兵器を使っていたとしても──人間の強さを裏打ちするのだと。

 

『だから勝て、シャルロット。私の自慢の娘。勝って、あの男を取り返してこい』

「…………ふふっ。うん、分かったよ、お父さん!」

『ここまで手をかけさせた上に、娘を含めてこうも女たらしなのだ。戻ってきたら直々に一発殴る』

「一生二人で殴り合ってれば?」

 

 最後の一言がシャルロットの心を抉った。

 運搬作業中のエスカリブールや、両脇のロゼンダとショコラデがマジかよこいつという視線をアルベールに向けている。

 思わず箒は笑いそうになった。誰もが、一夏の生存を信じている。いいや確信している。自分たちに託して、勝手に死ぬはずがないと。

 彼は、最後まで諦めないと。

 

「修正完了! 全体進捗──94%! 理論値は!?」

 

 そのタイミングで。

 シャトル後部の多段階加速式ブースターをあっという間に、まるで魔法のように改良し終えてから、束は髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜながら叫ぶ。

 

「ぐっ……ああああもう! どう計算しても間に合うギリギリから縮まない! これ以上時間をかけると『零落白夜』同士の激突が生じる可能性が高い……ッ。はい! はい! 聞いて! 聞けコラァッ!! 作業を15秒後に中断! 30秒後には射出シークエンス開始!」

 

 束の金切り声を聞いて、シャトル待機口に刹那の沈黙が降りる。

 直後、一転して騒音が爆発的に広がった。それぞれ持っていた最後の作業を切り上げて、退避し始めたのだ。

 あの篠ノ之束と共に仕事をできたと言うだけでも光栄だ。しかし事態は一刻を争う。

 自分たちにできることは全部やった。ならば──

 

「すまない! 地球を頼む!」

「負けないで!」

「地上から見てるからな! シャルロット嬢、後は任せたぞ!」

 

 各々最後に声援を送って、それから走り去っていった。

 

『束、私は……』

「ちーちゃんは一番行っちゃダメ! 気持ちは分かるけど暮桜が東雲令からちーちゃんに乗り手を変える選択肢を与えることになるッ! もうちーちゃんは地球と一緒に生き残るか一緒に消し飛ぶかどっちか! 以上ッ!!」

 

 千冬はそれを聞いて、深く息を吸った。

 世界最強という肩書き。それに反した、ISを起動してはならないという重い足枷。

 かつて表舞台で頂点に立った女傑は今、舞台上には居ない。

 

『……箒、オルコット、鈴、デュノア、ラウラ、更識』

 

 名を呼ばれた。

 教師としてではなかった。

 

『世界を。そして、東雲と、あいつを──私の弟を、頼む……ッ!!』

 

 歯を食いしばりながら、織斑千冬は頭を下げた。

 

「……勿論です。必ず、連れて帰ります!」

 

 箒が代表して頷くと同時。

 

『時間だ──発射シークエンスを開始する!』

 

 アルベールの号令と共に、デュノア社製マスドライバーが稼働する。

 IS学園からの緊急要請という名目で、超法規的措置として始まったデュノア社全面協力のオペレーション。担い手は未だ学生の戦乙女たち。

 

『作戦名は『成層圏以下防衛戦(ディフェンド・ストラトス・オーダー)』。攻撃対象は暴走状態に陥った『暮桜』。諸君らは先行して攻撃対象と交戦中の織斑一夏と合流、彼を支援しつつ攻撃対象の無力化を行う。現時刻を以てマスドライバーよりIS部隊を月面へと射出。パージ・ポイントに到着次第各機散開し戦闘を開始。シャトルは外装を解除し、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 目の前にウィンドウが開いた。射出へのカウントダウン。既に30を割っていた。

 

『こうして──未来ある若者に決戦を委ねる無能さが腹立たしい。自分を殺してやりたいほどに、我々は今、無力だ。しかし同時に、諸君らならば、と信じている』

 

 息を呑んだ。

 アルベール・デュノアという男にここまで言い切らせるとは思ってもみなかった。

 

『作戦の成功を。勝利の栄光を。そして、人類の生存を──任せた』

 

 箒たちは数秒、瞳を閉じた。

 それから開眼。カウントダウンがゼロを、始まりの数字を刻む。

 

 シャトルブースターが点火。

 身体を薄く伸ばすようなGがかかり、ISが即座に相殺。

 

 最後の決戦場へと向かうため。

 鉄の箱が少女たちを乗せ、真っ直ぐに雲を貫き、成層圏の向こう側へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ」

 

 暮桜は撃ち抜かれた右腕をさすりながら、黒点を見つめる。

 ちょうどそのタイミングで大きな黒点がバラバラになった。これほどの短時間で月面まで届かせたのだ。束によってエンジン改良を受けた分、本体への負担は極めて大きい。

 

(輸送用シャトルが自壊した。飛び立ったISは──六機!)

 

 それだけの数字で何を、と訝しんだ刹那。

 次々に浴びせられる蒼の光条。『暮桜』は全身から『零落白夜』を放出して打ち消す。

 

(何だ──この距離でこれほど緻密な狙撃。いや、威力もおかしい)

 

 よく見れば自壊したシャトルの内部から、鉄塊が宙域にばらまかれているのが見えた。

 その中の一つにズームして、思わず暮桜は息を呑んだ。

 

「────()()()()()()ッ!?」

 

 シャトルからばらまかれたのは単なる鉄塊に非ず。

 一つ一つが、現在の各国家が欲してやまない、第四世代相当の最新鋭技術の結晶。

 

『亡国機業に納品するはずだったゴーレム用、全部流用したッ! 加えてフランスへの移動中にも最速でいくつか組んだ! これが今のありったけだ! 本当にできるんだろうな金髪ぅっ!』

「あら、見えていませんの? ()()()()()()()()()()

 

 セシリアの報告を受けて、束はモニターを注視した。

 確かに、接敵よりも少し前。パージポイントより数万キロは離れている場所で、セシリアは一発撃った。それが暮桜の右腕に命中している。

 

『…………あたま、おかしい……』

「ありがとうございます。貴女に言われるなんて、最高の褒め言葉として受け取っておきますわ」

 

 優美に微笑みながら、セシリアは臨海学校にて試験運用するはずだった強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』に火を入れる。

 

「理論上、展開装甲とはエネルギー体の変性による万能兵器。やはりレーザー粒子の加速装置として有用ですわね!」

 

 一帯をうめつくす展開装甲全てが稼働中。

 例えばBT粒子の更なる加速装置として。

 例えば攻撃を受け止めるエネルギーシールドとして。

 例えば、I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 セシリアは展開装甲を『疾風鬼焔(なまえのださいやつ)』の上位互換と認識している。ならば、幾多の奇跡を支えてきた機能をそのまま全員に乗せることが可能だと考えたのだ。

 

『確かにできることと言って、展開装甲をありったけ量産することとは言ったけどさあ! こんな使い方想定してないんですけど! 完全に仕様と違うんですけど!』

「何が何だか分かりませんが、動いているのでとにかくヨシ!(現場お嬢様)」

『ヨシ! じゃないんですけおおおおおおおおお!!』

 

 発狂した束の悲鳴をBGMにしている間にも。

 敵はこちらをじっと見定めていた。

 

「──来るぞ!」

 

 ラウラの声と同時、全員が回避機動。

 空間そのものをえぐり取る漆黒の光が幾重にも放たれた。第一波から既に必殺。直撃すれば命の保証はない。

 

「これぐらいなら!」

「月面までたどり着けるッ!」

 

 感覚をフル作動させる者。理論的に動きを組み立てる者。

 それぞれが持ちうるスキル全てを死に物狂いで稼働させていた。

 一人の脱落者も出さずに、光を掻い潜って月へと迫る。

 

「何をしに来た? まさかまだ、自分たちにも何かができるはずだなどと考えているのか?」

 

 暮桜は呆れたように嘆息する。

 一歩も動かないまま、ハリネズミのように全身から必殺の攻撃を連射。それだけで勝負はつく。

 

「何かできるはず? まさか!」

 

 機動性に勝るドイツ製第三世代機や、唯一の第四世代機を差し置いて。

 一足先に前へ躍り出たのは、セシリア・オルコットだった。

 

「役割──そんなもの! 全部分かった上で来ていましてよ!」

「役割? そんなものはない、無価値な存在には役割も義務も無い。安らかに浄化されることが、最後の仕事だろうに」

「いいえッ! 確実に一つ、やらなければならないことがあります!」

 

 激しい弾幕を前に、臆すことなくセシリアは加速する。

 相手取るは『零落白夜』。故にエネルギーバリヤーはカット。本体へ直撃さえしなければ、紙一重の回避で前に進める。

 目標は暮桜──ではない。彼女はそんなもの眼中にない。

 月面に倒れ伏す一夏の姿を、セシリアの天眼は捉えている。

 

「あの男がへばっているのならば! 今このときに、好敵手(わたくし)が踏ん張らずにどうすると言うのです──!」

 

 一気呵成に飛び込んだ。追随して他の面々も加速をかける。

 暮桜は忌々しそうに舌打ちした。

 

「馬鹿なことを。できることがないと知りながら。既に宿命も運命も、君たちにはない。至るべき領域へと至った者だけがここに──」

()()?」

 

 選ばれし者だけが立てるステージなのだと、暮桜が告げようとしたとき。

 その発言全てを理解した上で、セシリアは鼻で笑い飛ばす。

 

「宿命? 運命? どれもこれも、既に予約済みですわ!」

 

 蒼光が閃いた。

 暮桜は身じろぎ一つしない。その顔面に、セシリアの狙撃が直撃する。

 未だ距離は数千キロ。それでも米粒一つのズレもない、精密な射撃。

 

「さも自分こそが終幕に相応しい相手だと勘違いしているようですが! 世界をかけた決戦など言葉だけは大盤振る舞いですが! アナタの身勝手な救世よりも、わたくしと彼の個人的な決着の方が大事でしてよ! 共演者を無視して独りよがりの演技を続けたいのなら、尻尾を振って自分の部屋に帰りなさいッ!!」

「……それを言うなら、尻尾を巻いてだっつーの」

 

 呆れながら鈴が訂正を入れる。

 セシリアはしばし黙った。

 

「……尻尾を巻いて自分の部屋に帰りなさいッ!!」

「あ、ちゃんと言い直すんだそこ」

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園部隊が着実に距離を詰める。

 おかしい、と暮桜は言葉を失っていた。

 

(一機も撃墜できていない?)

 

 理論的な説明は可能だった。

 放っている『零落白夜』は目に見える光が全てではない。レーザーのように放てば、楕円状の余波が発生する。同じ『零落白夜』を持たない者がここまで継戦できるのには絡繰りがあった。

 

(……展開装甲による補助、か?)

 

 恐らくアンチ・エネルギービームを認識した瞬間に、一帯の展開装甲からエネルギーを受け取って急加速をかけているのだ。

 自前のスラスターによるものだけではなく、文字通り()()()()()()()()()()()

 全ての展開装甲を把握し、リアルタイムでそれだけの補助をやってのける。自動でできるとは思わない。各人がやっているにしては精密すぎる。感覚的な動きを見せている数機は特に奇妙だ。

 ならば駒の動きを操るプレイヤーがいるということ。

 候補は一人しか居ない。

 

「──この期に及んで。我が創造主よ、どうして分からないのですか」

『……ッ!』

 

 フランス、デュノア社本社ビル地下管制室。

 かつてエクスカリバーコントロールセンターだったそこは、復旧に当たっては軍事行動用のオペレーションルームとして利用可能なように改修されている。

 篠ノ之束はそこで、自前のものだけでなくデュノア社の端末も用いて展開装甲を複数同時運用していた。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ならば前哨戦はこれで終わりだ」

 

 チェックメイトに非ず。

 暮桜は盤上の遊戯に付き合う気など毛頭ない。彼女ならば、盤を俯瞰するプレイヤーに直接攻撃を加えることができる。

 初めて、暮桜が動きを見せた。右腕を振るう。『雪片』が漆黒の輝きを放つ。

 

(──地上を直接攻撃!? こんな距離でも届くということなのか……!?)

 

 相手の意図を感じて箒が絶句する。

 月面から地表への攻撃が可能だなど、こちらの想定できる領域を遙かに超えていた。

 だが誰かが声を上げる前に。

 ほかでもない、セシリア・オルコットが猛然と加速をかけつつ叫ぶ。

 

「……ッ! 一夏さん、お貸しくださいッ!!」

 

 返答はなかった。

 だが呼応は、滞りなく行われた。

 セシリアの構える『スターライトMk-Ⅲ』の銃口から、蒼い光が零れる。

 

「遍く消し飛ぶといい。『零落白夜・無間涅槃(ミレニアム)──」

「────おあいにくさまッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 放たれる寸前の、漆黒の光に、蒼の輝きが殺到する。

 それは『零落白夜』を構えた右腕に直撃、破滅の光を弾き飛ばした。地上へ直進するはずだった攻撃があらぬ方向へ流される。

 愕然とする暮桜に対し、セシリアは叫ぶ。

 

「あの男だけではない──当然でしょう!? 彼が示した可能性とは即ち! ()()()()()()()()()()()()! 生まれなど関係ない、諦めさえしなければ戦えるという事実に他なりません!」

 

 それを聞いて。

 しばし口をぽかんと開けて、暮桜は呻いた。

 

「馬鹿な」

 

 ついに距離がなくなった。

 全滅するはずだった少女たちが、一人として欠けることなく月面に降り立つ。

 暮桜と織斑一夏の間に割って入るように。

 二人きりの舞台になどさせないと言わんばかりに。

 狼狽に肩を震わせながら、暮桜はセシリアの碧眼を見つめて絶叫する。

 

「なん、だ……何だ、あり得ない。進化(イグニッション)したわけではない。真王の領域に踏み入ってもいない。だというのに何故。人間が人間のまま、どうして私と戦えるッ! ──何なんだ、お前はッ!?

 

 その問いに対して。

 彼女は数瞬虚を突かれたように黙って。

 ──自信に満ちた、高貴なる者特有の笑みを浮かべた。

 

()()()()()()()()()?」

「……ッ?」

「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、IS学園入試主席のこのわたくしを?」

「そん、な──そんな回答を求めているわけでは……ッ!?」

「ならば分かりやすく答えてあげましょう」

 

 動揺する暮桜に対して。

 最後の救世主の予測を上回った淑女は、漆黒の宙に眩い金髪をなびかせて叫んだ。

 

 

「まあ──要するにエリートなのですわ!」

 

 

 暮桜はさすがに数秒フリーズした。意味が分からなかったのである。

 思わず箒たちは月面でずっこけそうになった。

 

「ざっくりまとめたなあ、お前……!」

「人の上に立つ者、時にはこうして馬鹿みたいな言葉を選ぶのも肝要でしてよ」

「いや、それは一夏の影響な気がするんだが……」

 

 半眼でこちらを見つめる箒の指摘に、セシリアはわざとらしいほどの咳払いで誤魔化す方法を選んだ。残念ながら無意味である。

 

「そ、それで? 一夏さんのご容態は?」

「……簡易スキャンだけど、生きてるのが不思議。正直、ボロ雑巾なのか人間なのかの区別がつかないね……」

「あらあらまあまあ。随分な言われようですが──あの男ならば当然でしょうね」

 

 唯一対抗できる鬼札は沈黙している。

 だというのに、少女らの表情に焦りはない。

 

「……さて。展開装甲をばらまいた意味が本当にあったのか、確かめる時間だな」

 

 ラウラの言葉に、一同が頷く。

 その光景に暮桜は思わずたじろいだ。

 

(何、だ。何かするつもりなのか。それが勝利への突破口になると? 馬鹿な。どう計算してもそれはあり得ない。だが、だが──私は知っている。勝利を渇望し、諦めない意思の強さを知っている! ならば──!)

 

 相手が何かする前に圧殺する。

 勝負事における鉄則に則り、暮桜は漆黒の刃を振りかぶり。

 

 それよりも速い。

 剣を以て止めようなどと遅すぎる。

 

 ()()()()()()()()()()()

 心で叫ぶだけでいいのだから。

 

 

 

『いい加減起きろ!! 目を覚ませええええええええええええええええッッ!!』

 

 

 

 空間そのものが紫電を散らした。

 少女たち六人全員が同時に、声に出さずとも心の内で叫んだ言葉。

 展開装甲が発生させたエネルギーフィールド。それは不可視の出力であり、不可視の防壁であり、同時に、不可視の()()()()()()()()()()

 エネルギー体であれば既知全てを再現できる純白の装甲へと、少女たちの願いが、共に並び戦う人々の叫びが吸い込まれる。

 

「………………………………」

 

 カチリと。

 つながっ(リンクし)た。

 

 

 

 

 

 

 

 目を開ければ、織斑一夏はごく普通の一軒家の前にいた。

 制服姿で、無傷の五体満足。明らかに直前の状況と違いすぎる。

 周囲を見渡すが、他に人間はいない。いたって普通の、住宅街。

 

(……おれは。月面で、あいつに負けて……)

 

 記憶が欠落している。

 まさか死後の世界なのだろうか──違う。それは違うと直感的に察することができる。

 

「誰かと、リンクしたのか……?」

 

 ISバトルの最中に、相手の深層意識へとつながる現象。

 相互意識干渉(クロッシング・アクセス)により、誰かの意識へと誘われたのだと推測できる。

 このタイミングで発生したのに心当たりはないが、ならば外部要因によるものだろう。

 

(……なら、それは、()()()()()?)

 

 答えは恐らくドアの向こう側にある。

 意を決して一夏は、玄関のドアノブを握り、開け放った。

 

「────な。────だろう」

 

 玄関から真っ直ぐ続く廊下の奥、リビングと思しき空間から声が聞こえてくる。

 女の声だった。よく聞いた、聞き慣れた声。いつも自分を導いてくれた人の声。

 数秒息を呑み、それから一夏は大股に廊下を駆け抜けてリビングに飛び込む。

 

「しののめ、さっ──」

 

 リンク先と思われる、敬愛する師匠の名を呼ぶ。

 飛び込んだ先で一夏を待っていたのは。

 

 ()()()()()()()()()と笑顔で喋っている、東雲令だった。

 

「…………ッ!?」

 

 異常な光景だった。

 粘っこい半固体のそれは、かつてラウラが暴走した際にあふれ出したVTシステムの黒い泥にも似ている。辛うじて四肢らしき部分を持ち、作りかけの泥人形にも見える。

 ソファーやキッチンにそびえ立つそれらは時に蠢き、うじゅるうじゅると不快な音を立てていた。

 いいやよく聞けば──それは出来損ないの言語だった。

 

【莉、縺ュ繝シ縺。繧?s縺」縺ヲ縺ー縺シ縺?▲縺ィ縺励☆縺弱□繧医?ゅ■繧?s縺ィ驕翫s縺ァ繧医?】

「ああ、すまないな。まったく、そこまで気を遣わなくてもいいというのに」

 

 明確に、ほとんど向けられたことのない笑顔を浮かべて、彼女は泥人形と喋っている。

 

(……暮桜が言っていた封印っていうのは、これか? だが、何だ、何なんだコレは!?)

 

 日常的な光景に致命的な異物が混じり、認識がずれる。

 東雲が本当に、心の底から安らかな笑顔を浮かべて泥と話している。

 

【縺?▽縺セ縺ァ繧ゅ%縺薙↓縺?l縺ー縺?>縲ゆサ、縺ッ菫コ縺溘■縺ョ螳カ譌上↑繧薙□縺九i縺ェ】

「そんな照れることを……いや、当方も嬉しいさ」

【逍イ繧後◆繧薙§繧?↑縺??縺具シ溘f縺」縺上j莨代?縺ィ縺?>縲√%縺薙′蜷帙?螳画?縺ョ蝨ー縺?繧】

「ああそうだな、そうかもしれない。ここなら、やっと、ゆっくりできる気がする」

 

 会話として成立している。一夏には理解出来ない言語で、東雲はうんとのびをしながら会話している。

 それがひどくおぞましかった。

 

「東雲、さん。俺だ、俺だよ」

 

 絞り出すようにして、彼女に話しかけた。

 東雲は一夏を見て、少し目をしばたたかせて。

 

「……制服姿か。今度はどんなだ?」

「何、を──俺だよ! 織斑一夏だ! 君は今、何と喋ってるんだ!? なんでこんな所に──!」

 

 言葉を続けようとした途端、異様な悪寒が走った。

 

「……ッ!」

 

 一夏の周囲に、天井からこぽこぽと泥が零れてくる。蓄積し、うずたかく積み上げられたソレが、人間を象っていく。

 

『……一夏、何をそんなに、顔色を変えている?』

「な、あ……ッ!?」

 

 明確に聞こえた。それは、篠ノ之箒の声だった。

 数秒後にはすぐ傍の泥人形が色を変え、肌を持ち、服を着込み、まさに篠ノ之箒その人になる。

 視線を巡らせれば、次々と泥人形ができあがり、見知った顔になっていく。

 

 

 セシリアを模したそれがまなじりをつり上げて/自分を無視するなと。

 鈴を再現して笑いながら/ぼーっとしてんじゃないわよと。

 シャルロットが微笑みながら/疲れてるの? ああ、そうかもしれない。

 ラウラが真面目な顔で休息が必要だと言う。

 簪が穏やかな眼差しでここで少し休めばと提案する。

 織斑千冬がたまには料理でも作ろうかというが、一夏はそれを笑って否定した。それぐらいならできるって。

 

 キッチンに目を配る。調理器具は揃っている。楯無が手伝おうかと声をかけてくれたが、別に疲れているわけじゃない。

 あとは材料があれば良いのだが、と考えたところで偶然にも弾が入ってきた。手には買い物袋を提げている。せっかくだし色々買ってきたんだぜ、と胸を張る親友に、流石だなと一夏は笑い返した。

 

 

 そして。

 弾は一夏の背後を見て、()()()()()()()()()、お邪魔しますと声をかけて。

 

 

 

『一夏』

『一夏くん』

 

 

 

 男と、女の声。

 

 聞いたこともない声。

 存在しないはずの声。

 自分を愛する者の声。

 自分を庇護する者の声。

 呼ばれたことのない声。

 

 致命的(クリティカル)だった。

 意識が切り替わる。浮かべていた笑みが消え、先ほどまでの思考が霧散する。

 現状を理解し、頭の内側がカッと怒りに白熱した。

 

「ふっざけんじゃねぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 できるという確信だけがあった。

 右腕の装甲と『雪片弐型』を展開、振り向きざまに一閃する。

 見たこともない顔をした男女の、首から上がすっ飛んでいった。それきり力を無くし、人間の姿だったそれが泥に還元される。

 

「ああそうか、分かった、分かったよ……! 欲しいもの全部をくれるんだな、ここは! だから俺に、俺に……! クソ、畜生、ふざけやがって……ッ!!」

 

 ずっと一夏が欲しかったもの。

 ずっと一夏に欠けていたもの。

 

「……ちく、しょう……ッ!」

 

 膝から力が抜け、一夏はその場に蹲る。

 周囲から心配する声がかけられるが、それを無視して、滲む視界の中で洟をすすった。

 

 もしも剣を召喚せず、ただ振り向いておけば。

 笑顔で佇む二人に、温かい言葉をかけてもらえれば。

 一夏はその胸に飛び込んだかもしれない。

 この空間で永遠を過ごすことを選択したかもしれない。

 

 だけど。

 

 その男女が、根本的にこの世界に存在しないことを、一夏は知っている。

 

「……自動的に欲したものを出力しやがったな! だけどなあ、たとえ平穏を手に入れたって……! 日常を取り戻したところで! 俺にはなあ、()()()()()()()()()()()!」

 

 涙を流しながら、一夏は顔を上げた。泥人形たちが一夏を覗き込んでいた。

 もう、かつて欲しかった、自分を助けてくれる誰かに幻視することはない。

 

「邪魔だ! どけ!」

 

 一瞬で全てを切り飛ばし、一夏はソファーに腰掛ける東雲に詰め寄る。

 

「東雲さん、東雲さんッ!」

「……? なんだ、どうしたんだ、おりむー? なんで剣なんて持っている?」

 

 ぼんやりとした表情で問う彼女から、視線を横にずらす。

 まさに彼女と喋っていた黒い泥人形。一夏にとってそれが級友らを象ったように、きっと東雲にも、欲してやまないものに見えている。

 ギリと歯を食いしばり、一夏は東雲の両肩を掴んだ。

 

「いやだ。そいつじゃない、今は俺だけを見てくれ」

「────────」

 

 完全に東雲が硬直したのをいいことに、一夏は言葉を続ける。

 

「それは東雲さんの欲しいものだ。そうだろうな、じゃなきゃそんな顔するはずがねえ。欲しいんだろ? それが欲しかったんだ。俺だって、欲しいものがたくさんあった」

「な、にが……え? そういう? そういうタイプのおりむーなのか……!?」

「欠けているのは痛いことだ。持ってないっていう苦痛は耐えがたいよな。分かるよ。分かるけど──!」

 

 言葉を切って。

 一夏は彼女の背中に腕を回すと、ぐいと引き寄せ、力の限りに抱きしめた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 天まで届けと、一夏は真上を仰いで叫んだ。

 まやかしの埋め合わせではなく。

 鳥籠の中で与えられ続ける毒の餌ではなく。

 

「俺がここにいる! 俺が君の傍にいる! だから、だから──こんなところに居続けることを、選ばないでくれ……ッ!」

 

 涙すら流しながら、一夏は懇願する。

 

「みんなと一緒の場所に帰ろう、東雲さん……ッ! いっぱい愛して、いっぱい愛されるのは、夢だけじゃないんだ……! みんなが君を愛してる! 俺だってそうだ! そして、君も……俺たちを、愛してくれてたはずだろ……!?」

「────あい、する?」

「ああそうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 織斑一夏の強さ。

 それは即ち、誰かとつながる強さ。

 そして。

 

 それは即ち──誰かを愛することのできる強さ。

 

「俺は皆に、欲しいものを与えられていたんだ。寂しくない場所を。つなげる手を。どこまでも続くようなつながりを。だから今度は、俺が東雲さんに与える番だ!」

 

 意識が遠のく。

 世界から遮断されようとしている──与えられたものを享受しなかったからか。

 ならば、最後にこれだけは叫ばなければならない。

 

 

 

「君は俺の翼だ! だから、だから──独りで、どこかに行かないでくれよ……!!」

 

 

 

 それきり。

 一夏は呆然とする東雲の顔を見ながらも、視界が闇に閉じていき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女たちの叫びからコンマ数秒おいて。

『零落白夜・無間涅槃』が振り下ろされた。

 漆黒の輝き。全てを飲み込む絶死の光相手に、誰も目をそらさない。

 だって分かっているから。

 

 

 

 

 

「びゃく、しき」

【──ッ! はい起きたよ! 違う寝てないよ起きてるから! うおおおおお『零落白夜』ァァァァァァッ!!】

 

 

 

 

 

 黒を迎撃する蒼。

 それだけではない。各人の身体を押し出し、自身すら跳ね上げて、絶対的な消滅の光から全員を逃れさせる。

 必殺を期した攻撃が空ぶったのを確認して、暮桜は瞠目する。

 

「何、がッ……ああ、いや。そうかこういうことなのか! 私の振るう理不尽とは違う! ただひたすらに、限りなく細い線をたぐり寄せ続ける──!」

「そう、だ。お前とは違う」

 

 返事をしたのは、男の声だった。

 すぐ傍に降り立った箒が、即座に身体を支える。重力の弱い空間なのに、彼はもう自分の姿勢を律することすらできていない。

 

「ほとんどゼロに近い、あり得ない事象を引き寄せる。何故なら、あり得ないとは可能性がゼロと直結しないから! 確率が限りなく低くとも、それを必ず引き寄せる!」

「ごちゃごちゃうるせえな……ッ! 俺はトム・クルーズだから、追い詰められてからが強いんだよ……!」

 

 文字通りに血を吐きながら、男は言う。口元からこぼれる鮮血はボールのような球体になって空間に漂っていた。

 少女たちはすぐさま彼のもとへ駆けつけ、一様に並び立つ。

 支えられながら。

 彼女たちと、不可視のラインでつながりながら。

 織斑一夏は蒼い瞳に光を宿して、世界を滅ぼす宿敵を見据えた。

 

「俺が、お前を求めた。お前だけじゃない。色んなものを……心の底で、求めていた……」

「……ッ! まさか、今──アクセスしたのか。東雲令の精神世界にアクセスして、それでも戻ってきたのか……ッ!?」

「声は、届いたはずだ。だけど途中で弾かれた……なら、今度は……外から力一杯にノックしてやるよ……!」

 

 力を込めて、自分の力で立つ。

 その光景に暮桜は頭を振って狼狽した。

 

「なぜだ。なぜ……なぜ、まだ声を発することができている。なぜ、まだ存在することができている」

 

 確かに必殺の攻撃で捉えたというのに。

 呻く暮桜に対して、一夏は彼女をふと、()()()()()()()で見つめてから。

 

 

 

 

「……いかなるエネルギーであろうとも消滅させるアンチエネルギー・ビーム。だけどそれは存在するものだ。一切の存在を認めない存在っつーなんとも矛盾した代物だ。

 

 

 

 ──つまりな。()()()()()()()()()()()()。何が何でも俺を殺したかったみたいだが、その分俺に光を収束させただろ? ()()()()()()()()()()()()()……みたいだぜ」

 

 

 

 

 何を、言っている。

 何を、言っているのだ、この男は。

 

「ふっ……一番弟子らしく仕上がっているじゃないか、一夏」

「ああ。この目で何度も見てきたからな。身体の方が覚えてくれてたみたいだ……でももっかいやれって言われたら多分無理。絶対無理。本当にやめてほしいぜ……」

 

 唖然としている暮桜の前で、苦笑する箒に一夏はそう返して。

 言葉と裏腹に、鋭い眼光を向けてきた。

 

「意味わかんねーだろ? なんで俺生きてんだろうな……だけどまあ、結果は結果だ」

 

 ぞわりと。

 暮桜は、東雲の背筋が粟立つのを感じた。

 紛れもない、戦場における死の予感だった。

 

「結果としてお前は殺し損ねた。だけど俺たちは違う」

 

 刹那。

 身にまとう純白の鎧が光を放つ。

 

【最後の最後! ここで全部使いきってもいい、だから私は──私の全てをかけて、君の勝利を信じるから!】

「ああ了解したぜ、相棒。託された……!」

 

 ずっとそうだった。

 

 誰かに願って。

 誰かに託して。

 

 誰かに願われて。

 誰かに託されて。

 

 数千年にわたるその積み重ねが、一夏たちをここに立たせている。

 紡がれてきたのは呪いの旅路だけではない。

 

 

 

「与えられたものに報いるために。ずっと、一番、たくさん与えてくれてきた彼女を救うために──俺は、お前に勝つッ!!」

 

 

 

 今度こそ正真正銘。

 全ての役者が壇上に立った、ラストバトル。

 

 

 

【OPEN COMBAT】

 

 

 

 幕を、白式が切って落とした。

 








【挿絵表示】

ゆうた88様よりセシリアのイラストをいただきました!
個人的にも気に入ってるシーンなので、ここを絵に描き起こしていただいたのは本当にうれしいです……!



遅れたのはセシリアの頑張りすぎです(シャア並の感想)


変なとこで切っちゃいましたけど次はほぼ完成してるのでそんなに遅くなりませぬ
ゆるせ(切腹)



次回
玖 ブレイジング・メモリー(後編)


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