光が閃き、宇宙を駆ける。
色とりどりの稲妻が、漆黒の無酸素空間をキャンバスに見立てて踊っている。
「おりむー、右だ」
「はいよぉ!」
迸る『零落白夜』を紙一重で回避。
戦う力を持っていなくとも、東雲の真紅眼には一切の淀みなし。
「続けて正面から。左上方へ待機後にブースト」
「了解──!」
リアルタイムで更新され続けるナビゲートに従い、一夏は鋭い軌道で暮桜を翻弄していた。
他の面々も回避こそうまくできているが、距離を詰められているのは一夏と東雲だけだ。
「ふふん。やはり共同作業の質が違うな」
「え? それってどういう──」
「──令、後で覚えておいてね」
シャルロットが恐ろしく低い声でつぶやいた。
しかし東雲はどこ吹く風と、一夏の腕の中でふんぞり返っている。
「あの、共同作業なのでしょうか……? どちらかというと庇護されている気もしますが」
「違うぞセッシー。これは共同作業だ。弟子が師匠の指示にちゃんと従えていて当方も鼻が高い」
密着師匠面で東雲がフンスと鼻息を荒げる。
「つまりおりむーと当方はこの瞬間──二人で一つ、ということだ」
「この女、この局面で私たち相手にマウント取りに来てるぞ!?」
ラウラの指摘は痛烈だったが、東雲は賢いので無視した。
【はああああああ!? おまっ、このクソ女、お前私のこと完全シカトかよ! 一夏と二人で一つってどう考えても最初に出てくるのは私でしょォォン!? オォォン!?】
もうキレすぎて『白式』はよくわからない鳴き声を上げている。
その様子に箒と鈴は完全にあきれ返っていた。簪は(令が感情をあらわにしていて私も鼻が高いよ……)と後方親友面をしていた。
渦中にいる織斑一夏はどうしているか、というと。
(──回避はできる! 距離も詰められる! だけど、殺し切れるかが分からねえ!)
こいつだけめっちゃ冷静だった。
人間一人を抱きかかえたまま、一夏は戦場の趨勢を冷静に見定めようとしている。
(しとめ損ねるわけにはいかない。確実な必殺──通常の『零落白夜』じゃ足りないな)
数度直撃を当て、消耗させることには成功した。
暮桜は必死に弾幕を張り、こちらを近づけさせまいとしている。おそらくエネルギーの枯渇が迫っているのだろう。
それを踏まえて思考を回せば、答えは一つ。
(絶剣だ。暮桜相手に決定打になるとしたら、絶剣しかない!)
東雲と完全な連理を果たし生み出された、織斑一夏最後のツルギ──即ち、絶剣。
だが肝心要の東雲は専用機を置き去りにしてきている。
(だとすれば──)
回避機動を取りながら、一夏は周囲で同様に弾幕をかいくぐっている戦友らを見た。
(さっきまでやってた連続
確実に暮桜を打倒するためには、並大抵の剣では届かない。
すべての行動に『零落白夜』が伴うという反則技を使ってもなお、優勢を維持することはできても圧倒できていないのだ。
ならば、と一夏は具体的に詰めを計算しようとして。
(全員で──全員、で?)
呼吸が凍った。
鬼剣使いの戦闘理論が、それはまずいと警鐘を鳴らしている。
(足りねえよそれ手数が足りてねえ! えっと、二手か! 二手足りてねえんだけど!?)
全員、つまり一夏と東雲含む八名での連理。
だがそれだけの人数の力を束ねるのなら、そこにはタイムラグが発生する。コンマ数秒であれ、無防備な瞬間が生まれたなら──漆黒の『零落白夜』相手に、まとめて薙ぎ払われるだろう。
「一夏さん、増援の要請を!」
「やっぱお前もそう思うよなあ……!」
同じ結論に至ったらしく、セシリアが暮桜の砲撃を避けながら叫ぶ。
「増援って……だけどお父さんが、いないって言ってなかったっけ!?」
「ドイツ軍も出動にまだ時間がかかる! 上層部が本土防衛からリソースを割きたがっていない!」
シャルロットとラウラの補足は、一同を失望させた。
背後に浮かんでいる地球からは何の動きも見て取れない。
「本土防衛ってねえ! 惑星ごと吹っ飛ばされそうなときに何のんきなこと言ってんのよ!」
「気持ちは……ッ! わかるんだけど……ッ!」
「ならばここにいる私たちだけで何とかするしかない! 数が足りないのなら、誰かが役割を複数持つしか……!」
リアルタイムで事態を把握できているのは、地上ではデュノア社の地下中枢コントロールセンターのみ。
そこから直接情報を受け取っているはずのフランス軍でさえもが踏ん切りがつかないのだ。
「ああ、そうだ。それが君たちの本質だ」
ぎくりと一夏が身体をこわばらせた。
「おりむー、退け!」
敬愛する師の言葉がなければ危なかった。その場から飛びのくと同時、漆黒のレーザービームが一夏のいた空間を穿つ。
激しさを増す攻撃。近づけさせないためだったそれが、時間をおいて余裕ができたのかこちらを追いつめにかかっている。
「自分が一番大事だから、外のことなんてどうでもいい。誰かの悲鳴など耳をふさげば気にならない。飛び散る鮮血とて、目をふさげば見えない」
全員が近づくという選択肢を真っ先に破棄した。
迂闊な行動は死につながると理解できたからだ。
「そうして多くのものを取り零して、多くのものを踏みつけて。そんな世界で、『生きたい』という意思が過半数に達するはずもない」
この世界の真理を語っているという声色だった。
全身に底知れない漆黒の稲妻を走らせ、暮桜はその手を地球に伸ばしていた。
「君たちは確かに強い。私の予測を超え、私の未来視を上回り、そして私を追いつめた」
手のひらを突き付けた先。
彼女は地球をなでるように、するりと手を動かすと、それから一転して握りつぶすように拳を固めた。
「認めよう。君たちはつながることで強さを得た──だが! だがそれが、
『────!』
「そうやって、自分たちにできたからと! 君たちは特例であっても先駆者ではない! 誰もが自分たちのように、誰にでも手を伸ばせると思うな! 事実──今地上の人間たちは、誰も君たちに手を伸ばしてはいないぞ!」
それは、と言い返そうとして、箒たちは自分の中に反論の言葉がないことに気づき愕然とした。
これ以上ない実例とともに叩きつけられる、今ここにある世界への絶望。
「誰が『救ってくれ』と君たちに頼んでいる!? 滅びの時を前にして立ち上がった英雄気取りか!? 誰が求めた! 誰が君たちに祈りを託した! もし人類全員がそんな風にできるのなら、世界はここまで悪性に満ちてはいない────!」
激昂する気迫に呼応して、砕け散った『雪片』の柄からどす黒い粒子が噴き上がった。
【……ッ! 今までのと比べても、最大出力! アレ放っておいたらどう考えても
「な、ァ……ッ!?」
ここにきて、天秤が一気に傾いた。
(クソッ、打ち合うためには連理が必要だ! だけど、その間向こうが動かない保証はねえ! こっちがノーガードになってる間に、牽制だろうと撃ち込まれたら即終わりだ! どう、する。どうすればいい……!?)
みるみる膨張していく終わりの刃。
それを前にして、一夏は半ばヤケクソに、全員に連理を呼びかけようと後ろを振り向いて────
事態の不味さは地上にも伝わっていた。
通信越しに集めた情報をもとに、脳内で戦闘のシミュレーションを回し、束は視界が暗くなるのを感じた。
(駄目、だ。一手……ううん、二手足りない)
どうあがいても、詰め切れない。
詰め切れないというのは即ち、敗北に直結する。
片方が生き残ればもう片方は死滅する、という分かりやすい最終局面。そこにおいて暮桜を倒し切れないというのは、一切の誇張なしに人類の絶滅を意味する。
(手数が足りない。駒の数が足りてない。どうあがいても、決戦の攻撃を放つ前に止められる──)
何度再計算しても結論が変わらないことを確認して。
束は顔を上げると、キッとアルベールを睨んだ。
「動かせる戦力は!」
「……デュノア社の私兵はフランス軍に接収されている。私の独自権限で動かせたのは、今もう宇宙に上がっている彼女たちだけだ」
必死にやってこれだ。
大企業のトップが権力をフル活用し、ルールを捻じ曲げ、反則に反則を重ねて、それでやっと六人を送り出せた。
「それだと足りないんだよ! 誰か今駆け付けられる人とかいないのッ!?」
「他国の宇宙攻撃軍は、まだ出撃準備すら──」
「使えない奴ら! 後詰めの役割すら放棄して……!」
ロゼンダの発言を遮り、束は両手で髪をかきむしり呻く。
(駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ! やっぱり足りてない! 同質の『零落白夜』ならもう結果は出てた。だけど今切れるカードだけじゃ、確実な結果を確保できない! 連理しなきゃ戦えないのに連理すると負ける!)
考えれば考えるほどに手詰まりなのが理解できてしまう。
視界がにじんだ。必死にやってきた。終わりを回避するために、次へとつなぐために。それが自分という天災が産み落とされた理由なのだと信じて。
なのに。
なのに。
(最後の最後に、勝てない……)
諦観が思考を鈍らせる。
モニター越しに憎悪のまなざしを向けてくる暮桜相手に、打つ手がない。
「……ここまで、なのか」
アルベールが歯噛みしながらうめいた。
その腕にそっとエスカリブールとロゼンダが手を伸ばす。
「……束……」
隣に佇む千冬が、そっと彼女の肩に手を置く。
(時間を稼いで連理出来れば。誰かが時間稼ぎに徹する……駄目だ。時間稼ぎに行くっていうのは、要するに殺されに行くってことだ。そいつが減った分出力が下がる。何より、誰かを犠牲にした絶剣が真価を発揮できるはずもない)
あの場にいる八人は確かに連理可能だろう。
連理可能だからこそ、八人以外が必要なのだ。
(…………だれ、か)
ぽたりと。
篠ノ之束の眼から、水滴がしたたり落ちた。
(誰か、助けてよ。こんなとこで終わりにしないでよ。希望や未来だってあるはずなのに。一方的に無価値だって意見を押し付けられて、それで全部消え去るなんて。そんなのいやだよ)
願いだった。
祈りだった。
託す相手のいないそれなんて、本当に無意味と分かっているのに。
(だれか────!)
天災らしくもない。
篠ノ之束の人生の中で、他人に縋りたいと思ったことなどまるでなかったのに。
彼女は今、心の底から、助けてくれる『誰か』を求めて。
『あああああああああああもう、しょうがねえなあああああああああああっっ!!』
通信越しに轟いた女の声。
ガバリと束が顔を上げると同時、モニターにオレンジカラーのロングヘアがたなびいた。
後ろに振り向いた一夏が驚愕に目を見開くと同時。
彼の頬を銃弾がかすめ、そのまま暮桜の胴体に直撃した。
「……ッ!?」
一夏たちの内、誰も発砲していない。その後方から飛んできた攻撃。
あるはずのない増援。
「……マジかよ」
近づいてくる光点を視認し。
機体コードを『白式』が叫び、一夏は思わず笑みを浮かべていた。
「ああ、いや。あんたなら来るか。来るよな。来ないはずがねえ。
────そうだろ、
直後。
八本脚が、宇宙空間に花開いた。
亡国機業元幹部、コードネーム・オータムが。
その身にISを装着して、一夏たちと暮桜の間に割って入った。
「ハッ──悪いが世界が続かねえと悪事も出来ねえんでなぁ!」
同時、放たれる
暮桜は忌々しそうにそれらを薙ぎ払う。『零落白夜』の性質を併せ持たない攻撃など、と視線を向けた途端だった。
「つーわけだ
「ああ! あんたなら安心して託せるさ──!」
全身に展開装甲を纏った『アラクネⅡ』が蒼い光に包まれ、直後
思わず目を見開く。八方向から迫る刺突。刃を振りかざして霧散させようとするが、オータムは最低限の後退のみで離れない。
忌々しい邪魔者の顔を視認して、暮桜の声色が変わった。
「貴様……!? そう、だ……貴様だ! 悪性をもたらし、悪性を貪る愚かな人間……! あの時の屈辱を忘れたことはないぞ!」
「ああ? 誰だよお前」
あらん限りの憎悪を向けてくる暮桜相手に、オータムは余裕たっぷりに首を傾げた。
それからぽんと手を打ち。
「あ、もしかしてあの時の、
「────────」
怒りのあまりに言葉を失うのは、生まれて初めてだった。
暮桜は完全にターゲットをオータムに絞る。原初の渇望。救えなかったという絶望。
いうなれば、彼女を覚醒させた最も直接的な原因は、この女なのだ。
(……あいつ、被害者の俺がいる場所で、俺をダシにしやがった……!)
流石は元悪の組織の女幹部だ、と一夏は冷や汗を垂らす。
克服していなければちょっと立ち直れなかったかもしれない。
暮桜相手に至近距離で攻防を交わしながら、オータムは唇を吊り上げる。
「にしても、こいつはいいな! あんだけ必死こいて発現させようとしてた『零落白夜』が、今や戦闘の大前提っつーのはイイ皮肉だ! テメェもそう思うだろ!?」
「……おい、最終決戦に割り込むというロマンを達成したからと言って、少しはしゃぎすぎだぞ」
直後、遠方からの狙撃。
暮桜がひらりと回避したそれは、コバルトブルーの『零落白夜』だった。
「……ッ! あれは……!?」
接近してくる機影を視認して、一夏は驚愕の声を上げる。
高機動型特有の薄いISアーマー。蝶の羽を模したスラスター。両手で保持したスナイパーライフル。
間違えるはずもない。
イギリス製第三世代機、『サイレント・ゼフィルス』!
「織斑、マドカ──!」
名を呼ばれ。
織斑計画の番外成功個体、織斑マドカは憮然とした表情で鼻を鳴らした。
「不本意ながら、な。そいつのいる場所が私の居場所だ。ならばはせ参じるのは道理だろう?」
一夏たちより前に飛び出し、マドカは全身からコバルトブルーの稲妻を放ちながら狙撃を続行する。二人は強い。暮桜がエネルギーチャージを行う間隙を与えず、ひたすら囮となることに徹していた。
「ちょっとその第三世代機まだ返してなかったのですか!? 返しなさいこの泥棒猫!」
「落ち着けセシリア! 宇宙空間でISの受け渡しができるはずないだろ! あと泥棒猫は致命的に使い方を間違ってるぞ!」
母国から強奪された最新鋭機を見て暴れだしたセシリアを箒が羽交い絞めにして止めているが、それはともかく。
見事な連携を見せながらも、マドカは自分が纏う雷撃を見て、少し眉根を寄せた。
「それにしても、私すら範囲に入るとはな。いいや、これは……オータム。お前を介しているのか」
「あん? そーなのか?」
よくわかっていない様子だが、二人とも一夏から受け取った『零落白夜』を発動させていた。
もはやここまでくると、ワンオフ・アビリティーのバーゲンセールである。それも全部同じ能力なので在庫処分に近い。
「久しぶりだな、オータム。あんたが来てくれるなら、こんなに力強いことはない」
確信を伴った言葉に、腕の中で東雲が冷たい視線を向ける。
なんか純粋な信頼度で負けている気がしたのだ。何で自分が勝ってるという前提で動けるのだろうか、この女。
「おかげさまでな。にしても、なんだ。随分とまあ……イイ顔するようになったな、織斑一夏」
因縁の相手。
わざとらしい悪逆の笑みを浮かべて、オータムは一夏にそう告げる。
しかし。
「……それはこっちのセリフだぜ。なんだかあんた、棘が取れたな」
「しょーがねーだろ。何せまあ……
「──!」
「事情は、まあ大体分かってるぜ。通信を傍受してた。数が足りねえんだろ? 私らを使い潰せよ」
ひらりひらりと、蜘蛛が舞う。飛翔ではなく跳躍の繰り返し。予測の利かない不規則な軌道を、暮桜は捉えられない。
宇宙空間に点在する展開装甲群。オータムはそれらにエネルギーワイヤーを結び付け、急造の巣としているのだ。
「貴様がここにきて、どうして……!」
ヒットアンドアウェイと狙撃が、巧緻極まる連携で迫る。
直撃を回避しながらも、暮桜はオータムに向けて怒りのこもった声を吐き出した。
「贖罪のつもりか!? そうやって、世界の破滅を目前にして手を取り合うなど……ッ! 薄っぺらい三文芝居を見せびらかして満足か!? こうして手を取り合うことができるのなら、もっと前に──ッ!」
「手を取り合うだと!? 冗談じゃねえ! 私らは正義の味方を気取った覚えはないぜ!」
挑発するように八本脚が蠢いた。
その背後に陣取り、マドカも呆れたように嘆息した。
「勘違いさせたのなら申し訳ないが。危機に瀕したところで、人類同士が手を取り合うはずがないだろう。
「……ッ!」
「あと満足かって質問についてだがな、
贖罪? 笑わせる。
オータムの意志は、かつてと何も変わっていない。
表舞台に立つことのできなかった女たちに、存在意義のある場所を。
英雄単体で完結するうすら寒い脚本に終止符を打ち、武器を持つ者すべてに価値のある戦乱の時代を。
「悪いがあの青い星は堕とさせねえよ。あそこで生きてる連中に……私は救われてきたんだからな!」
過去は変えられない。
かつての絶望は塗り替えられない。
だからこそ、オータムは生き恥を晒しても戦っている。
「……そうだ。俺もそうだよ」
オータムの言葉に、一夏は頷いて戦友らを見渡した。
全員が決然としたまなざしを重ねてくれる。
条件はクリアした。
「一夏、やるぞ」
箒の言葉に頷くと同時。
東雲を抱きかかえたまま、一夏は仲間たちの真ん中に飛び込んだ。
七機のISがそれぞれのカラーのエネルギーを放電する。
「あの二人が互いに手を取り合ったように」
目をつむり、一夏は『雪片弐型』を正眼に構えた。
周囲に集った少女たちが、その手に自分の手を重ねていく。
同時、装甲の一部が剥がれ落ち、変形しながら『雪片弐型』に重ねられていく。
つぎはぎで、異なる装甲たちの寄せ集め。膨れがあっていく刀身がエネルギーを充填する。
一夏が開眼すると同時、全員の身に纏う雷撃が極点に達した。
「束さん。俺と東雲さんもそうだっただろ。俺たちは、たった二人で、あんなに強くなれた」
『……ッ』
通信越しに、束が息を呑む音が聞こえた。
一夏は軽く笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「なら世界中の人々と手をつなげたら、どんなに強くなれるんでしょうね」
『そんなの――』
「できるわけないって手を伸ばさなかったら、誰とも手をつなげない!」
『……ッ!』
そうだ。いつも彼は、手を伸ばし続けてきた。
助けを求める人に対して、だけではない。
誰もが諦めてしまうような頂へ。選ばれし者だけが到達できる領域へ、自分も必ずと。
「束さん、俺は、手を伸ばします。誰に対しても。貴女に対しても」
一拍おいて。
「そして、もう貴女は、貴女に手を伸ばしている人を知っているはずだ!」
『────!』
モニターの中。
必死に零落白夜の弾幕を掻い潜りながら、世界のために、次世代のために戦う、悪の組織の元幹部が映っている。無意識のうちに、束の視線は彼女にぴたりと吸い寄せられていた。
「柳韻さんはさ、孤独を肯定してなんかいなかった。孤独なままじゃいけないんだって。勝ち続けても、誰かに手を伸ばすことを諦めちゃいけないんだって、そう言ってたんですよ!」
かつての問いに対する明瞭極まりないアンサー。
束が出した結論とは違う。
一夏もまたこの瞬間に、自分の答えにたどり着いたのだ。
「さっきあいつが、暮桜が言ってただろ。誰もが、誰にでも手を伸ばせるわけじゃないって。それは、俺だって同じだ。俺は俺の手の届く範囲にしか手を伸ばせないよ」
ともすれば諦めにもとれる言葉。
だが違う。違うと、少女たちは分かっている。
「そうだな。私も、そうだと思う」
「多くの人に差し伸べることができれば、とは思いますが」
「あたしたちだって人間だし、腕には限りがあるわよね」
箒、セシリア、鈴が頷く。
「本当に、僕らは小さくて、弱い存在だ。暮桜の方がずっとずっと、大きくて、強いよ」
「だが──それは手を伸ばすことが無価値だという理由にはならない」
「私たちが……手をつないだ先。その人が、また手を伸ばせばいい……」
シャルロット、ラウラ、簪が言葉を紡ぐ。
「超高速で振るえば二本の腕が六本分の働きをすることも可能だがな」
【お前ほんと黙ってろ】
東雲の言葉を『白式』が封殺してくれたおかげで、誰も聞かなかったフリに徹することができた。
「手をつないでいけばいい。一人で飛ぶんじゃなくて、誰かと手をつなぎ、つないでいって、それで届けばいい」
片翼のまま大空を飛び回っていた東雲。
他人に絶望して、一人で巨大な翼をはためかせていた束。
二人の在り方も、分かる。分かるけど。
「俺たちは、成層圏の向こう側に逃げるんじゃない」
織斑一夏は、確信をもって、それとは違う在り方を選べる。
「俺たちは──
嗚呼。
そうだ。
その選択をいつかしてくれると、信じていたから。
大丈夫だよ、一夏。君は負けない。
私たちがいるから。
私たちが、君の勝利の女神になるから。
共に戦い、共に散るために生まれた私だけど。
……君の飛翔を見守れるのは、望外だった。
君と一緒に、こんなにも飛べるなんて。
だから私は、最期まで君の翼で在り続ける。
大丈夫。私は、君の勝利を信じてる。
…………マジで後は頼んだよ、ゴミカスクソ女。
お前に頼むのだけは本当に不本意なんだけど。
でも一夏を任せるなら、お前しかいない。
だって私だからわかるよ。
ずっと一夏を見てきたから、お前なら大丈夫だってわかっちゃうよ。
ずっと見てきたよ。ずっと傍にいたよ。
『白式』は織斑一夏の傍にいるというコマンドだけじゃない。
だから、確信をもって言える。君のおかげで、私はこの言葉を叫べるんだ。
愛機の叫びと同時。
最大出力の『零落白夜』が、巨大な『雪片弐型』の刀身から迸った。
全員が心を一つにして、異口同音に腹の底から声を吐き出す。
『────
色が切り替わる。
他者の存在を認めない蒼単色の光ではなく。
青から──白へ。
誰もと手を取り合える、多様な彩りを前提とした、無地のキャンバスの色へ。
そして色彩が、数を増していく。
最早剣というより柱に等しいその極光に、多様な色が混じり合っていく。
苛烈な紅色。
凜々しい青色。
跳ねるような赤銅色。
優しい橙色。
対照的な黒色。
静かな鉄色。
そして――あたたかい茜空の色。
千の力を束ねて一と成し。
今、零の臨界を超える。
「無限に続く成層圏の下、そこに生きとし生けるもの──総てが俺たちのチカラだッ!!」
雄々しい宣言と同時に、一夏たちは力を合わせて、極光の剣を振りかざした。
オータムとマドカが瞬時に退避する。そこで暮桜はやっと、自身の対極に位置する、『零落白夜』の終着点を見た。
「な、ァッ……!? 馬鹿、な。一切を排除する、光なんだぞ……!? なんだその在り方はッ!? 馬鹿な、ありえない、ありえないありえない……ッ!!」
彼女は己の手に握る漆黒の剣を見た。
他のいかなる色彩も認めない、単一でどこまでも完結した色。
「何故だ。何故分からないッ。世界は救済を求めているのに!」
もはや悲鳴だった。
それを聞いて、一夏は静かに息を吐いた。
「ああ、やっと分かったよ……あんたは自分が神であるかのように──天秤の量り手であるかのように語ってた。でも違うだろ」
「……ッ!?」
「感じた悲嘆を許せないと思った。根絶しなければならないって思った。だけどそれは、あんたが感じた、あんたの観測範囲のものだ」
キッと暮桜を見据えて、一夏は言葉を紡ぐ。
「あんたが救おうとしてるのは──
ただ、反論する言葉が出てこなかった。
殴りつけられたような衝撃すらあった。暮桜は絶句したまま、その手を震わせることしかできなかった。
「だから俺も譲れない。俺は
「────違う。私は、私の信じた救済を諦めない! そのために、君たちの理想を否定する!」
一夏たちの色とりどりの巨剣と。
暮桜の単色の刃。
極光が炸裂するのは同時だった。
『零落白夜・
『──零落白夜・
正面衝突。余波に宇宙が激震した。
プラズマの爆発にも等しい。月そのものが大きく振動し、周期軌道から弾かれそうになる。
拮抗し、火花と呼ぶには余りにも苛烈な光がまき散らされる。
その中で一夏たちは、あらん限りの力を込めて刀を押し込んだ。
「これが、私たちの祈り! 私たちの願い! 『生きていたい』という望み!」
「わたくしたちが積み重ね、築き上げてきた、誰にも否定できない結実ッ!」
「あんたが無価値だって勝手に断じた、取るに足らない石ころよ!」
「だけど僕らは確かに、ここに生きてる! そしてこれからも生きていく! それを否定させはしない!」
「どんな命だって、平等に苦しみがあり、平等に喜びがある! 勝手にラベリングされては困るな!」
「貴女から見た過ちも、失望も、きっと正しい。だけど正しい正しくないなんてどうでもいい!」
「えっここなんかカッコイイこと言わなきゃいけない感じなのか? どうしようおりむーなにも思いつかない」
思考が真っ白に染まる。
一夏は重なる手が、無数に増えていくのを感じた。
『大丈夫です、最後まであきらめないこと。その限り、私たちは貴方の力になる』
(……ッ!)
聞こえた声。かつて愛機の内部に巣食っていた、以前のコアのメイン人格。
『どうやらおれの期待通りにやってくれたようだな。後は仕上げだけだ、存分にやってやれ』
(そう、か。まだ、見守ってくれていたんだ……)
愛機の内部に宿り、愛刀として戦ってくれたもう一人の自分。
『彼女のいる世界を守りたい。だからわたしは、この時は君の力となろう!』
(お前、まで……!)
自分を殺しに来た、銀翼の大天使。
『グルルゥ(至ったな、誰かとつながる強さの極点に。そうさ、お前さんはお前さんの信じるままにぶちかませ! 要するにアレだ、愛は世界を救っちまうのさ!)』
(いやお前は結局何なんだよ!?)
なんかクソデカい熊。
『ここで世界が滅ぶのを許容するわけにはいかないであります。この私も全力でお力添えするであります!』
(嘘!? 何でここに来てんですか!? まさか……死んでるゥ!?)
『いえ、世界滅亡の間際という情報が来た際に、それなら気持ちを伝えなければ死んでも死にきれないと思って彼のとこにいったら逆に告白されて気を失っただけであります』
(絶対死にかけてるって! 心臓止まりかけだって! 生霊じゃねーか早く帰って幸せになってください!)
世界最強の再来に比肩する、疾風迅雷の濡羽姫。
紡いできた絆が集結する。
いいや──それだけではない。
地球から迸る光の柱を、暮桜は激突越しに、確かに見た。
「なん、だ、それは……ッ!?」
例えばそれは、学園の生徒たち。
例えばそれは、入学前に鎬を削った代表候補生たち。
例えばそれは、共に戦った各国軍たち。
ISを介して、つながりが無数に増えていく。
つながった先からまた線が引かれ、その広がりは爆発的に広がっていく。
背負うようにして後ろに置いた地球から、無数の光が放出され、一夏たちの背中に注ぎ込まれている。
「なんなんだ、それはッ!?」
無間の無を、正面から圧倒する、無限の有。
「さっきも言っただろ。成層圏の下でつながる力!」
一夏はにやりと笑って、全員と顔を見合わせた。
決戦に場違いなほど、穏やかな笑顔が並んでいる。
そろって顔を前に向けて。
少年と少女たちは、単一の極点に至った救世主へ、最後の刃を叩きつけて。
「これが俺たちの、
パッ、と。
漆黒の宇宙に、極彩色の華が咲き誇った。
物音ひとつしない。
空気のない空間では当然だ。
微かに身じろぎするような音すら聞こえない。
死の空間にふさわしい、静寂。
『……消滅』
それを誰かが破った。
通信越しの、女の声だった。
『……『零落白夜』プログラム、完全、消滅……』
天災の声が、結果を読み上げる。
それを聞いて。
ぼんやりとした視界の中、織斑一夏は四肢の指を順に動かして、五体満足であることを確認した。
「……みん、なは」
視線を巡らせれば、同じように周囲を見渡す少女らが視界に入る。
そして何よりも。
「起きろおりむー。ぼうっとしている暇はないぞ」
ぺちぺちと頬を叩いてくる、腕の中の少女。
無性にそれが嬉しくて、生存は勝利の確約で、一夏は力いっぱいに東雲を抱きしめた。
「む、ずいぶん熱烈だな……どうした? さみしくなったのか? やっぱり夜泣きするのか?」
「…………別に、そんなんじゃ……待ってくれ夜泣きって何?」
なんか変な言葉が聞こえたので思わず一夏は東雲の顔を覗き込んだ。
瞳に映しこまれた自分の顔は引きつっている。
「気にするな。それより、無事か」
「ああ。どうなったんだ……?」
宇宙に浮かんだまま、残存エネルギーはレッドゾーンに突入している。
もう帰還するだけで精いっぱいだ。
『……消滅したよ。『零落白夜』』
「え?」
束の言葉に、一同は首をかしげる。
『だから、同質じゃないけど、衝突して……互いに打ち消し合った。全ISから、『零落白夜』の因子が消し飛ばされた。もう誰も、『零落白夜』を打てないはずだ』
「えっマジで?」
【マジだよ】
愛機の返事に、一夏は目を見開く。
「全部って、それは──ッ」
『そうだよ。暮桜からも、だよ……あは、ははは、はははははっ』
耐えられない、こらえられないといった様子で、束は笑みをこぼして。
最後には、ついに腹を抱えて笑い声をあげた。
『はははは──ははははははははははっ! 何コレ、信じられない、ばっかみたい! 物語として最低最悪だよこんなの! ご都合主義満載! 誰も犠牲にせず、愛と勇気と希望だけで解決して! 挙げ句の果てに最後は笑顔で終わるなんて! アンデルセンに見せてあげたいよ! Amazonカスタマーレビューで☆1が500は並ぶね!』
誰も犠牲になっていない。
自然と全員、ゆっくりと一夏の周囲に集まってきた。
篠ノ之箒。
セシリア・オルコット。
凰鈴音。
シャルロット・デュノア。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
更識簪。
そして織斑一夏と、東雲令。
「……あー、なんとか生き残れたっぽい、な……」
「驚きだ。完全に死に場所だと思っていたが」
オータムとマドカもまた、余波によってボロボロになった鋼鉄装甲を纏ったまま、すうと近寄ってくる。
正面を見た。未だヒトガタがパイロットシートに残存しているものの、光はなく、一切の動きを見せない暮桜。
「……勝った、のか」
勝利の実感が湧いてこない。
激突に打ち勝ったという結果を理解できても、脳がまだ追い付いていない。
そんな面々を置き去りにして、涙すら浮かべながら、束は天を仰いだ。
『ああ、ほんっと……
「──────
地獄の底から轟くような声だった。
もうやめてくれと誰もが願っていた。だが、願いは届かない。
「……そうだよな。お前も、譲らねえよな。譲れるわけがねえよなッ」
再起動を果たし、暮桜の全身が過負荷に紫電を散らす。漆黒の装甲は身じろぎのたびに嫌な音を立てて軋んでいた。
もう権能はない。エネルギーもない。お互いにすべてを出し尽くした後。
しかし、気力が尽きるまでは、絶対に戦いが終わるはずもない。
「わた、しは、あきらめない。かならず、すくってみせる」
もはや暮桜を動かすのは執念だけだった。
だが、『雪片』の刀身をその泥で補填して。
最後の救世主は、勝利のためにもう一度立ち上がっている。
「…………」
一夏は素早く全員の状態を確認した。
先ほどの連理の際、装甲の大半と全武装を喪失している。残された武器は一夏の『雪片弐型』だけだった。
「一夏、お前──ッ」
「任せろよ、四の五の言うより早い! ──白黒つけてやるよ!」
箒の悲鳴にわざと軽く笑みを浮かべ、一夏は暮桜に向き直る。
焼け焦げた切っ先を突き付けて、腹の底に力を込めた。
「さあかかって来いよ救世主! あんたの救世はくじいた! それでも諦めないなら、やってやろうじゃねえかッ!」
最早限界など遙か彼方で、尚も闘争は続かんとしている。
どちらかが倒れるまで、どちらかが決定的な死を迎えるまで、両者は止まらない。
故に文字通り、白か黒かしか、最後には残らない。
────
────
最終的な決着として求められるのは、白か黒かの二元的選択なのだろうか?
答えは明瞭極まりない形で示される。
「まあ待て、おりむー」
「むぎゅ」
顔を両手でふさがれ、一夏は面食らった。
腕の中にいた少女──東雲令が、その真紅眼を敵に向けていた。
「
「ぷは、し、東雲さんッ!? だけど──」
一夏の腕の中で。
東雲は目を閉じて、右手を頭上へ掲げた。
そこに、ごく小さな、茜色のマイクロチップがあった。
「は?」
「激突の余波で吹き飛んできたからキャッチした」
「は?」
あの激突の最中に? あの中の中で?
唖然とする一同の目の前で、東雲は一夏の腕の中から飛び出す。
空間に艶やかな黒髪がなびいた。
振り向けば、一夏が必死の形相で手を伸ばしている。仕方ないことだ。生身で無酸素空間に飛び出しているのだから。
そんな焦りの表情を浮かべる愛弟子に対して、東雲はフッと唇を吊り上げる。心配はいらないと片手で制する。何せもう生命維持機能を起動しているのだ。
未来を決めるための決戦。
あらゆる生命の存続を賭けた絶戦。
そこで東雲令が抜刀しない理由はない。
なぜならば。
(うおおおおおおおおおおおおおヤバイ! 愛弟子からの期待値が過去最高! ここで応えなかったら本当に離縁される! いや本当にヤバイ当方がなんとかしないと師匠ポジ取られる──!)
モチベーションは考え得る限りで最低のものだった。
「来い──あ、か、ね、ぼ、しぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!」
「叫ぶ必要あるのかこれ」
「ないと思いますわ……」
「何? 気合い入れたかった的な?」
「遠隔起動の例は聞いたことがあるけど、名前呼ぶ必要ないよね」
「間違いなくないな。しかもこれは遠隔起動じゃないぞ」
「これGガン? それともユニコーンなの? ユニコーンなら一夏が叫んだ方がよくない?」
「俺を巻き込むのはやめろ」
身内からの言われようはボロクソだった。
だが東雲がそれらを意に介する必要はない。
光が散った直後、東雲の全身に纏わりつき鋼鉄装甲が顕現する。
頭部以外をきっちりと覆う装甲。
鋭角的ながらもコンパクトにまとめられた全高。
「底は知れた」
変化は劇的だった。
全身の装甲がスライドし、真紅の過剰エネルギーを無秩序に放出する。
宇宙空間に鮮血のようなヴェールが噴き上がった。
誰もが、先ほど死ぬほど悪口を言った面々ですら、軽口を叩けたのは安心感からだった。
彼女が戦装束を身に纏った。
ただそれだけでもう、安堵できたから。
「これより最終戦闘行動を開始、同時に撃滅戦術を開始する」
背部
直方体からバインダー単位で展開され、東雲の背後で円状に配置される。
それは、正面から見ればリボルバー拳銃の
銃口が如き真紅の両眼を突き付け、東雲はバインダーから一振りの太刀を引き抜いて。
身に纏うは夜と夕の混じり合う茜色。
異なる人々が共に居られる象徴のような、優しい境界線の色。
また鎧を着装する少女の名も、夜と朝の狭間を表す言葉。
誰にも必要とされず、誰も必要としなかった少女が。
誰かと共にいるための名前と、鎧を携えて。
──東雲令が、『茜星』と共に、そこに居て。
「当方が掴んだ未来は──此処にあるッ!!」
終わらない。
何故なら、始まってもいない。
少年少女たちの生きる未来は今この瞬間から始まる。
だから、それを守るためにこそ。
言葉にせずとも良い。
開幕の合図は、ただ心で叫ぶだけで良い。
その場に居合わせた者。映像で見届けんとする者。
誰もがその刹那、心の中で。
同じ言葉を、同時に叫んだ。
────
「其方の
未来を切り拓くため、魔剣が咆哮した。
「…………ああ」
暮桜はその刃の光を見て、人を模した顔を、笑顔みたいに少しゆがめた。
(私は、負けるのか)
負けたくないと。
勝利のために、救世のために全てを捧げると誓ったのに。
(これ、が)
迫りくる魔剣を前に、両腕すら広げてしまう。取り零した『雪片』が宇宙空間に漂っていった。
(これが、人類の可能性なのか)
世界がスローモーションになる。
真紅の刃は狙い過たず、『零落白夜』を失った暮桜を機能停止に追い込むだろう。
(不確定要素は、可能な限り排除した)
絶対に負けるわけにはいかなかった。
声なき声の自滅衝動を叶えることこそが、人類にとっての幸福度を最大限に高めることだと判断した。
(相手を詰ませることよりも、自分が詰まないように立ち回った)
絶滅させるための手段を保持した状態で生き延びさえすれば、目的は達成できた。
だから最短最速ではない、確実なルートを取った。
それなのに結果はこれだ。
(……私の負けか)
受け入れて。
暮桜は最後に、トドメを差さんとする『世界最強の再来』へ思念を飛ばす。
『なぜ私は負けるのだ?』
最後の問い。
勝利を大前提に置いていた救世主の、心底からの疑問。
それに対するアンサーは至極明瞭だった。
『いや当方、処女のまま死にたくないんだが』
『えっ私これに負けるのか?』
刃が振り下ろされた。
長い長い戦いが。
人類の明日をかけた戦いが、一人の少女の、明日への意志によって幕を引かれた。
IS最終巻もスパロボになると思います(予言者並感)
次回、完結
エピローグ あの空で逢えるから