【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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エピローグ あの空で逢えるから

 俺たちの幼年期は終わりを迎えた。

 

 

 未来を望む意思は一つではなかったし、平和のために武器を持つ者も一人ではなかった。

 目指す先は同じだったけど、俺たちは命を燃やして削り合った。

 暴走する善意に挽き潰された人々の悲鳴を、その一つ一つを守り抜くために。

 

 

 ()()()()()()()

 夢見ていた穏やかな明日は、まどろみから覚めた時にはもう、手の中にあることを。

 おぞましい瀆神に成り果てたとしても、祈りは必ず叶うのだと。

 人々が語り継ぐ限り、おとぎ話は朽ち果てないのだと。

 

 

 千年の旅路の果てから、俺と君はずっと歩いていた。

 犠牲の上に成り立つとしても、存在を諦めない心を携えて。

 

 

 俺の名前は織斑一夏。

 

 君がこれを聞いている時、俺がこの世にいるかは分からない。

 

 それでも、俺と君はまた出会う。

 

 祝福に満ちた蒼い世界で、きっと出会う。

 

 

 

 

 

 

 

 夏休み真っ最中のIS学園、校舎屋上。

 潮風に黒髪を揺らしながら佇む、唯一の男性生徒がそこにいた。

 

「………………」

 

 IS学園臨海学校中に発生した『成層圏以下防衛線(ディフェンド・ストラトス・オーダー)』。

 関係者全員に箝口令が敷かれ、人類存亡の危機があったことを知らないまま、人々は変わらない青空の下を歩いている。

 

「………………」

 

 ただ、少しだけ変化があった。

 ほんの少し、世界そのものがどうこうなんて規模の話ではなく。

 

「………………」

 

 幕引きに立ち会った中心人物である織斑一夏の専用機、『白式』。

 他のISとは異なりメインコア人格が表層化したレアケース。

 

「………………まあ、ホント。お前が目覚めたときに俺がいるか、怪しいもんな」

 

 一夏はその腕に着けていたガントレットに語りかけていた。

 返事はない。『白式』のコア人格は眠りについていた。

 連動して第二形態『白式・零羅』も消失。残されたのは()()()()、乗り手の精神に呼応して出力を上げる『疾風鬼焔(バーストモード)』の機能のみ。

 篠ノ之束曰く、当然の結果。あり得ざる権能の行使を続けて、何の代償もないはずがない。

 

『本当は……いっくんが内側からはじけ飛んでもおかしくなかった。それを全部肩代わりしてたんだよ。演算しつつ、注ぎ込まれるエネルギーを制御し続けていた。正直、コア人格の回復が可能なのか……ううん、どれくらいかかるのかは分からない』

 

 物言わぬ白いガントレットを手渡され、感情の抜け落ちた瞳をする一夏相手に、束は心配そうに語りかけた。

 

『……回復するまではコア内部で、デッドウェイトとして残存することになる。その状態で第二形態移行は無理だね……どうする?』

 

 言外に問われていた。

 コア人格を消去するかどうかを。

 一夏は無言で首を横に振り、祈るようにしてガントレットに額を落とした。

 

「……ずっと前から、揃って笑えることはないだろうって、お前は分かってたんだな」

 

 人格が表層化する前から『白式』が保存していた音声データ。

 一夏に宛てられたボイスメッセージ。

 貴方は知るだろうという言葉に始められた、積み重ねられた憎悪や絶望の暴露。それらを踏まえてもまだ、戦わなければならないという悲哀。

 

「お前と一緒に戦えた時間は……考えてみれば、すごく短いよな」

 

 沈黙するガントレットに、一夏はゆっくりと語りかける。

 アンサーとなるメッセージを、保存した。ただの自己満足だった。

 それでも──何か、彼女が目覚めた時のために、残しておきたかったのだ。

 

「だけど、こんなにも、欠落感がある。こんなにも……お前は、大事な存在だったんだな」

 

 たとえ意思疎通の手段がなかったとしても。

 織斑一夏と『白式』は共に戦う中で、常に互いを信じ、心を通わせてきた。言葉によらずとも、確かに一人と一機はいつも共にいた。

 だからこそ、心臓をえぐられたような痛みが止まない。

 

「……気づけなくて、ごめんな…………」

 

 呟き、一夏は落下防止用の柵に腕を乗せると、深く嘆息した。

 ──そんな彼を、屋上入り口のドア傍で、箒たち専用機持ちは見守っていた。

 

「……だいぶ落ち込んでるわね」

 

 風にはためくツインテールもそのままに、鈴は物憂げな表情で一夏の背中を見た。

 

「唯一の犠牲と言い換えることもできます。ほかの全てを守り切ったからこそ、欠落は身に迫った痛さを持つでしょう」

 

 壁に背を預けて腕を組み、空を見上げながらセシリアは語る。

 他に一切の犠牲なし、その言葉に誇張はない。

 

「まあ、あの束博士ですらもが、だからね……」

 

 シャルロットの言葉が意味するのは、篠ノ之束が捕らえられていないということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間における『成層圏以下防衛線(ディフェンド・ストラトス・オーダー)』終結直後。

 勝利に沸いていたデュノア社地下コントロールセンターは、なんかこう、数十分経ってからすごい反動が来ていた。

 

『……もしかして、なのだが』

『うん?』

『本物の篠ノ之束博士なのか?』

『お前私のことなんだと思ってたの!?』

 

 アルベールからの問いに、束は机をぶっ叩いて吠えた。

 冷静に考えれば企業としては完全にイカれた状況である。全世界が追い求めている世紀の天災が眼前にいるのだ。

 

『あー…………』

『何さ。私を警察に引き渡すんでしょ? それともいなかったことにして、閉じ込めて技術を吐き出させる?』

『……その、ええとだな』

『なんだよ! まどろっこしい男! 三人も女侍らせといて優柔不断か!? 優柔不断だからか!』

『そうじゃない! 人類のために戦ってくれただろう! それで君をどんな顔をして引き渡せというんだ!』

 

 アルベールの怒号に、束は両目を見開き馬鹿みたいに口をぽかんと開いた。

 今にも泣きだしそうな表情で、大企業の頭領は彼女の両肩に手を置いた。

 

『君が、いなければ……! 君がいなければ、私たちはここにはいない! 君は今、地球上に生きる人々すべての命の恩人なんだぞ!?』

『……ッ!?』

『私にはできん……! できるはずもない……!』

 

 血を吐くような声だった。束を拘束しに来た国連軍相手に抵抗すれば、失脚で済めば安い。

 だというのに、彼を取り巻く三人の女性は、しょうがないとばかりに苦笑を浮かべている。

 

『まあ、こいつなら言うわよね……』

『それでこそ社長だと、私は思います』

『ぶんぶんやっちゃうよー!』

 

 ぶんぶんやっちゃうとは何をやっちゃうつもりなのか、束は怖くて聞けなかった。

 だから、引き渡せないという言葉に真実味を感じてしまった。もしかしてこの男は本当にやってしまうのではないかと。引き渡すことはできないと言い張ってしまうのではないかという恐怖があった。

 

『……駄目だ。役割は終えた。アレを無力化できたのなら、私に存在価値はない』

『……ッ!』

『わかるでしょ? そのために生まれたんだよ、私は……だから、後は適当にやるさ』

 

 ひらりと椅子から飛び降りて、束は少し服を整えると、まっすぐにコントロールセンターの出口へ歩いていく。一切よどみのない動きに、誰もが制止する機会を逸した。

 

『束……ッ!!』

 

 しかし、一人だけ。

 織斑千冬だけが──彼女の腕をつかみ、引き留めていた。

 

『……何、ちーちゃん』

『行くな! 行かなくていい! お前は行かなくていい……! 行く必要がどこにある!?』

『…………』

 

 親友の必死な叫びに。

 束は初めて、そのこわばった表情を崩した。

 へにゃり、と力ない笑みを浮かべた。

 

『だめだよ、ちーちゃん。これが私の、最後の仕事なの』

『そんなもの……!』

『責任がある。アレは紛れもなく、私が生み出したものなんだ。私が造って、私が制御しきれなかった……処理のために、いっくんの人生をめちゃくちゃにした。これで平然と生きていけなんて、無理あるでしょ?』

 

 違うと叫びたかった。

 束に制御しきれなかったというのは、暮桜が過剰に人の負の意志を受信してオーバーロードしたせいだ。むしろあれは、いずれ来るであろう世界の破綻を、短縮して可視化したに過ぎない。

 

『だから、これでいいの』

『違う、違う! そんな、はずが……! 誰よりも尽力したのはお前なのに……!』

『あははっ。そんなの当たり前じゃん。だって束さんが原因なんだからさ』

 

 ああだめだと千冬は理解できてしまった。

 こうなった親友の意見を曲げることなどできたためしがない。

 

(……このまま、束が出頭するのを見送るのか。それでいいのか)

 

 己への問いかけがあるということ自体が、この上なく明瞭なアンサー。

 だが、アルベールのように、千冬にも立場がある。むしろ彼女の方がまずい。絶対的な抑止力。その実情として力を失っていたとしても、この場で行動を起こすことはできない。

 

『…………束』

『ああ、ごめんね。一抜けに近い感じ、かな。だけど……ちーちゃんには、見守るっていう仕事がある。それだけじゃない。()()()()()()として、しばらくは動かなきゃいけない』

『そんなもの! そんなもの、お前と比べて……ッ!!』

 

 言葉が続かない。

 与えられた役割の重要性を誰よりも理解しているからこそ、織斑千冬は動けない。

 そんな様子を見て、束は安心したように笑った。

 

『うん、ちーちゃん。それが正解だよ』

 

 何も言えない。

 二人を見守っていたアルベールは、静かに瞳を閉じた。自分を律しようとしていた。

 

 解決策などあるはずもない。

 当人がそれで納得しているのだ。

 故にこの結末は当然。

 

 周囲の人間の心情などおかまいなしに。

 篠ノ之束の中で、物語は既にエピローグすら終えている。

 だから、誰も止められない。

 

 

 逆説。

 止めなければいい。

 ────横からかっさらってしまえばいい。

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 粉塵が舞い、全員の視界が断ち切られる。

 せき込みながら誰もがその場から対比しようとする中。

 

(………ああ、なるほど。そうか。()()()()は、私ではなくお前なのだな)

 

 奇妙な安心感すらあった。思わず笑いそうになる。

 その時、千冬の瞳は、天井を突き破って舞い降りた()()()を捉えていた。

 

 

『────ったく、馬鹿兎が。悪役(ヴィラン)張りてぇなら、もうちっと粘り強くやれよ』

 

 

 嘲るような声が、悲劇を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……まあ、それで姉さんをひっ捕まえたまま、国連軍の追撃を振り切るとは思わなかったが」

「当然といえば、当然。どの国も、本土防衛用に、主力を首都付近に集結させていたから……」

 

 箒と簪は頭痛を誤魔化すように、眉間を揉みながらぼやいた。

 デュノア社に対して二度目の襲撃を敢行したオータム。誰がどう考えても無謀、蛮勇、クソバカ以外に感想はない。しかし彼女は結論として、怪盗よろしく篠ノ之束を攫っていったのだ。

 

「デュノア社の私兵を、フランス軍が接収していたのが()()となったな」

 

 黄昏る一夏の背中を眺めながらも、ラウラは無遠慮な指摘をぶつけた。

 あの瞬間、束を捕えるために必要なパーツは絶妙に欠けていた。オータムは絶好のタイミングでそこをついた形になる。

 

「何事もなかったかのように『茜星』を解除して再度一夏に引っ付こうとする令を引きはがしている間に実家が襲撃されるなんて僕はどういう顔をしたらいいんだろうね」

「それ、いわゆる前門の虎後門の狼でしょう! 知っておりましてよ!」

 

 フフンと自慢げに胸を張るセシリア相手に、シャルロットは完全に光の消え失せた瞳を向けた。

 間違いなく今言う言葉ではない。止めるタイミングのなかった箒は愕然とした。ノータイムで不正解を叩きつけてくる様は、セシリアが一夏に強い影響を受けてきた証左でもある。

 

「ま、まあ……それでいいのかな、っていう気持ちは、私にもあったから……」

 

 普段は空気を読むことに注力しないものの、さすがにこの空気はやべえなと判断して簪が場をとりなす。

 事実、束の助力がなければ、今頃全員宇宙の藻屑となっていた。

 

「……それにしても、だ」

 

 歯がゆそうな表情で、箒は『紅椿』にウィンドウを立ち上げさせる。

 映し出されたのは鬱蒼と生い茂る密林の中で、三人で必死にツチノコを探す篠ノ之束とオータムと織斑マドカの映像だった。

 

「実の姉がセカンドライフにトレジャーハンターを選んだんだが?」

「それはマジで心中お察しするわ…………」

 

 すすり泣く箒の肩に、鈴がポンと肩を置いた。

 一応、肩書としては『フリーのカメラマン巻紙礼子とその愉快なアシスタントたち』であるらしい。まったくもって意味不明だった。巻紙礼子、履歴書が大変なことになっている。

 

「挙句の果てにはユーチューバーだ! 見ろこのコメント欄! 地獄か!? 地獄なのか!?」

 

 言葉通り、『フリーのカメラマン巻紙礼子とその愉快なアシスタントたち』は撮影やら取材やらの様子を編集・加工して動画サイトにアップロードしている。収益化していないからユーチューバーと呼ぶにはややグレーだが、知名度だけはそこらの配信者を薙ぎ払っておつりがくるレベルである。

 悲鳴を上げながら箒が突き出したコメント欄を、一同は覗き込むようにしてまじまじと眺めてみた。

 

『やたら篠ノ之束に似てるアシスタントさんのパンツ見えそう』

『やたら篠ノ之束に似てるアシスタントさんの礼子姉貴を見る目ほんとハートマークですこ』

『百合摂取会場』

『(この三人の三竦みは)俺が守護らねばならぬ』

『あっ、おい待てぃ(江戸っ子)織斑千冬入れて四角関係ゾ(百合知将)』

『はえーすっごい関係拗れてる……』

『いやこれ恋愛とかそういうのじゃないから、安易なラベリングすんなカス』

『百合豚乙』

『乙はお前だよ、解釈力のないオタクとか生きてる価値ないでしょ』

 

 地獄だった。

 身内が出演する動画のコメント欄としては最低最悪である。

 ドン引きしながら、さすがにこれは箒が号泣するのもやむなしと同情してしまった。

 

「……まあ、幸せそうではあるけどね」

 

 シャルロットの言葉通り。

 動画の中でツチノコを探し泥まみれになっている束は、今までの何かに追い立てられるような表情ではなかった。

 こわばりはなく、伸び伸びと、自由の中で生きる意味を探している。……いやまあツチノコ探しが生きる意味であるはずはないのだが。

 

「……それは、まあ……そう、だな。こんなに……自然体で笑っている姉さんは、私も久方ぶりに見る。そこだけは、心の底からよかったと思えるよ。コメントを除けばな」

 

 あのままだったなら、束は生涯牢獄に閉じ込められていただろう。

 もしかしたら、彼女がもたらす新技術によって人類が大きく進歩したかもしれない。

 しかし。

 

「……これでいいと、わたくしは確信しています」

 

 セシリアは迷うことなく言い切った。

 

「大いなる進歩や、革新的な進化。それらよりも、ずっと大事な仕事がある。それを……わたくしたちは、知ったはずです。だからこそ、わたくしたちにとっては篠ノ之博士の、()()()()()()の笑顔が全てですわ」

 

 異論を唱える者はいなかった。

 今を生きる人。その枠組みから束ですら外すことはできない。だからこそ、あの場で少女たちは立ち上がったのだから。

 

 その時だった。

 

「む。先に集まっていたか」

 

 開けっ放しになっていた屋上入り口のドアを潜り、一人の少女がやってきた。

 ラストアタックを放った、『成層圏以下防衛線(ディフェンド・ストラトス・オーダー)』を幕引いた張本人。

 

 冠する二つ名は『世界最強の再来』。

 日本代表候補生ランク1。

 両手に抱えた馬鹿でかい寿司桶。

 

 

 ────東雲令。

 

 

「で、今日の寿司パーティーはここか?」

「いやそういう理由で集まっていたわけじゃないんだが……」

 

 夏休みが始まってから毎日寿司をたらふく食いまくっている生活習慣オワオワリ女である。

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 肩をちょいちょいと引かれる感触がした。

 外界をシャットアウトして物思いにふけっていた一夏は、ゆっくりと後ろに振り向く。

 

「おはよう、と言うには遅い時間か。こんにちは、おりむー」

「東雲さん……」

 

 敬愛する師の真紅眼が間近にあり、思わず一夏は面食らった。

 

「夏休みだからか、ほとんどの生徒が出払っているな」

「……ああ。実家っていうか、家族のとこに帰ってるんだろ。俺も来週には、家戻って掃除しようと思ってるし」

「それはいいな。当方は出前の手配をしておこう」

「どこからつっこめばいい? 来るのか? 来るならまずそれを伝えてくれ。何で俺の家来るときに誰も事前の連絡をしないんだよ」

 

 渋面を作って一夏は呻いた。

 誰がどう考えても帰省中の人の実家に上がり込み勝手に寿司を頼む女は異常だ。

 

「ったく、まあ別にいいけどさ」

 

 言ってから、腕のガントレットを撫でて、彼は視線を空に向けた。

 青一色、雲一つない青空だった。果ては見えない。どこまでも続くのではないか、と錯覚しそうになる蒼穹。

 

「……なんだかしょぼくれているな。どうした」

「……それは」

 

 沈黙するガントレットに数瞬視線を落とし、彼は頭を振る。

 

「……託されちまったんだな、って。実感が伴ってきたんだよ」

「そうだな。『白式』は……其方に、これから先の世界を託して眠りについた」

 

 横に並んで手摺にもたれかかると、東雲は弟子の両眼をじっと見つめる。

 

 

「気分はどうだ」

「晴れてはいない、かな」

 

 

「前を向くのは苦痛か」

「あいつがいない、っていうのが、少しだけ」

 

 

「取り残された、と思うか」

「……俺が勝手に、立ち止まってるだけだよ」

 

 

 そのタイミングだった。

 ぬっと伸ばされた手が、一夏の両頬をつまんでいた。

 

「……ひののめはん?」

「斬新な呼び方だな。まあいい。当方がかける言葉は少ない」

 

 愛弟子の顔がこちらに向くと、東雲はその両手を離した。

 そして、一拍置いて。

 

 

 

「託された。認められた。なら、応えるしかないだろう」

 

 

 

 もう、賽は投げられた。

 暮桜が切って捨てた未来へと、人類は歩みだした。

 その歩みを守りたいと叫び、実際に守り抜いてみせたのは一夏だ。

 

 たとえ数歩先すら見通せない霧の中であっても。

 たとえプラスとマイナスが未確定でも。

 もう次の未来が、(ぜろ)から始まっている。

 

「当方たちに委ねたのは、『白式』だけではない……『暮桜』もまた、当方たちに委ねたのだ」

 

 霊界から『そんなわけないだろうがこの色ボケ女ッ!!』と通信が来たような気がした。

 しかし一夏たちにそれを受信する術はない。

 

「つまり、まあ……本当の戦いは、これからだということだ」

 

 勝ち取ったものを守ることは、とても難しい。

 誰かを打倒すればいいわけじゃない。

 守って、広めて、維持していかなければならない。

 

 次の未来が始まっているように。

 次の戦いもまた、もう始まっているのだ。

 

「……そう、だな」

「うむ。新たにどのような敵が平和を脅かすのか、当方にも想像がつかない。もしかしたら、当方を凌駕する強大な敵が現れるやもしれん」

 

 可能性はゼロではなかった。

 東雲を単独で打倒できる存在がどこからともなく姿を現すことは十分にあり得る。

 しかし一夏は不敵な笑みを浮かべて、首を横に振った。

 

「……でも、大丈夫だぜ、東雲さん」

「ほう? 根拠はあるのか、鬼剣使い」

 

 いかにも東雲らしい切り返しに、一夏は軽く吹き出しそうになる。

 手を振って、そういうんじゃないだと断りを入れてから。

 

 

「だって、俺と君は──手をつなげば、無敵なんだから」

 

 

 静かに腕を上げ、東雲の右頬に手を添える。

 驚愕からか目を見開く彼女の様子に微笑みを浮かべて、それから今度は逆の手で、少女の白い指を取った。

 

(今ならわかる……俺が本当に欲しかったもの……)

 

 

 ずっと求めていた相手。

 どこに伸ばしても誰も拾ってくれなかった救いの手。

 あの日、暗闇で泣き叫ぶ少年はがむしゃらに手を伸ばしていた。

 

 

 欠落を埋めるようにして、必死に強さを求めた。

 多くの友や味方を得て、多くの敵と出会い、多くの修羅場を潜り抜けてきた。

 

 

 譲れないそれぞれのプライドがあった。

 言葉にせずとも互いを認め合える相手がいた。

 誰もがまっすぐ前を向いて。

 誰もが努力を重ね、シンパシーを抱き合っていた。

 

 

「俺が、どんな俺で在りたいか……ずっとそれを考えてた……」

「…………」

「逆風の時にも立ち上がれる自分で在りたかった。どんなに底の見えない絶望でも立ち上がれる自分で在りたかった。だって誰も、俺の手を拾い上げてはくれないから。だから、俺が強くなるしかないって」

「………………」

「だけどそれじゃあダメだったんだ。全部自分次第だけど、その自分っていうのはさ、誰かと手を取り合って、誰かと響き合って、そうしてつくられていくものなんだから」

「……………………」

 

 瞳を閉じれば、これまでの日々が鮮明に思い出せる。

 積み重ね、築き上げてきたものだ。

 

「みんなと一緒だったから、今の俺はここにいる。みんなと一緒にいるだけで、身体中に力が流れ出すのが分かる。まあ……俺が望む、最高の俺っていうのはさ。みんながいる場所にいる俺、だと思うんだよ」

 

 だから。

 

「花火の時に、言ってくれただろ。出会ってくれて、生きていてくれてありがとうって。今度は俺の番だ」

 

 至近距離。

 一夏は真紅の瞳に自分を映しこむと、息を吸って。

 

 

「東雲さん、ありがとう。

 

 俺と出会ってくれてありがとう。

 

 

 ────生きていてくれて、ありがとう」

 

 

 救世装置として生かされ。

 定められたレールの上で果てるはずだった少年は。

 

 自分自身の(ねがい)を見つけ。

 不確定な未来(あした)を生きることを選んだ少年は。

 

 

 彼が愛し、守り抜いた青空の下で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

(当方、プロポーズされとる……)

 

 当然、東雲はバグった。

 

(えっ……えっ、えぇぇっ!? こんなんもうプロポーズですやん! ンフォァッ……いかん言葉が出てこねえ……完全にラブラブハッピーファイナルウェディングだこれ。もう心の奥底まで完全に理解しあってしまった……ありがとう、親族代表の織斑先生。ありがとう、友人代表の箒ちゃん。ありがとう、会場を用意してくれた暮桜。当方、当方……幸せになります!)

 

 

 

「…………で、家事の分担を決めようと思うのだが」

「何が?」

 

 絶望的に、二人は理解しあえていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 多少は元気になった一夏を見て、東雲は無表情のまま、しかし満足げに頷く。

 

「やはり、おりむーは多少馬鹿っぽい元気さのあるほうが良いな」

「そこはかとなく馬鹿にされてる感じはするな……」

 

 半眼で見てくる弟子をどこ吹く風と受け流し。

 ふと東雲は手を打った。

 

「そうだ、すっかり忘れていた」

「ん?」

「話は変わるのだが……コアネットワークへのアクセス方法を理解したから、其方と福音のIS活動記録(アイエスアウト・ログ)を確認してみた」

「……はぁ」

 

 何の話なのかいまいち読み切れず、一夏は首をかしげる。

 そんな彼にまるで頓着せず、東雲は何やらウィンドウを立ち上げて捜査を始めた。 

 

「そして……意図を正確に汲み取れたぞ」

「意図?」

「そうだ。その時、当方は勘違いしてしまっていたようなのでな……あった。これだ」

 

 音声ファイルだった。

 キュルキュルと再生バーを弄り、目的となる箇所に合わせてから東雲は指を話す。

 途端、流れてきたのは、ほかでもなく織斑一夏の声だった。

 

 

『俺は、(れい)がいたからこそ、始まることができた』

 

 

「あっ」

 

 一夏は自分の死を予感した。

 

「呼んだな? 当方のことを、令と……呼んだな?」

「い、いや……なんのことやら」

 

 口笛を吹きながら明後日の方向を向き、唯一の男性操縦者はシラを切らんとする。

 しかし相手は魔剣使い。既にカウントは完了していた。東雲は素早くバーを別の場所に移す。

 

 

『俺には勝利の女神がついてるんだよ』

 

 

 やべえなこれもう無理じゃん。一夏は完全に自分が詰んでいることを理解した。

 思考を必死に回してもごまかしようがない。諦めた方が楽になれる。

 

「勝利の女神とは誰のことだ?」

「…………」

「答えない場合はかんちゃんに頼んでこの音声データをサンプリング、ラップ調にしてインターネットにアップロードする」

「どんなむごたらしい脅し方してんだよッ!?」

 

 さすがにそれは御免蒙る。

 完全に退路が経たれたことを察し、打つ手のなくなった一夏は深く息を吸った。

 

「…………し、東雲さんだよッ」

 

 一夏が頬を真っ赤に染めて、か細い声でそう告げた。

 しかし──なぜか東雲は首を傾げると。

 

「……? 令と呼んでくれないと分からない

「この人、ここぞとばかりに……!」

 

 とはいえ自分であるということの確認が取れたことで、ある程度満足したのだろう。

 東雲は鼻歌交じりに音声ファイルを閉じると、続けて機体データを呼び出して何やら作業を始めた。

 

「……そういえば、そっちも結構ガタが来てるんだっけ」

「肯定。篠ノ之束博士との戦闘によるダメージが甚大だったからな。とはいえ戦闘行動に支障はない」

「いや、それで支障なく戦えるのは東雲さんぐらいなんじゃねえかな……」

 

 修復個所のリストアップである。

 特に戦闘行動において致命的となりかねない破損個所は、迅速な修復のためには前もっての報告が必要だった。

 

「実際問題、『茜星』の修復・再調整のため、数日後には本土へ一度向かう必要がある。ただ……」

「ただ?」

「濡羽姫殿が物凄い勢いで彼氏を自慢してくるから正直行きたくない」

「あぁー…………」

 

 そういやそこくっ付いたんだっけか、と一夏は最高のタイミングでよくわからない助力をしてくれた日本代表を思い返す。

 

「おそらく次のモンド・グロッソは彼女がとるだろう。その次は当方だ」

「へえ。なら、その次が俺かな」

「……期待しているぞ」

「ああ」

 

 そのためには、多くの盟友たちと戦うことになる。

 実力を知っていても、一夏に退く気はなかった。むしろその両眼には戦意が煌々と滾っている。

 

「で、皆は何してんだ?」

「ちょうど集まっていたからな、寿司を食べるぞ」

 

 一夏が振り向いて屋上を見れば、箒ら専用機持ちが、屋上にレジャーシートを敷いて円状に座り込んでいた。

 なんというか負のオーラが凄い。ものすごい目でこちらを見ている。

 

「……おかしい。明らかに……何かこう……なあもうこれ令って完全にアウトじゃないのか」

「今の雰囲気は警戒すべきかもしれませんよ箒さん。前から言っておりますが、あの人本当に距離感に関しては現状独走していますからね」

「同意ね。てかあいつさ、普通に死ぬほどうらやましいから殺さない?」

「ちょっと鈴、そういう下準備なしの突発的な殺意は抑えないとだめだよ。すぐにバレちゃうんだから」

「この女怖すぎないか? しれっと計画的犯行を前提に置いたんだが?」

「社会的にアウトなのは、シャルロットだよね……」

 

 剣呑な会話は、風に流されて当の二人には届かない。

 みんながいる場所に歩きながら、一夏は寿司に埋め尽くされたレジャーシートを見て頬をひきつらせていった。

 

「マジで毎日食べてないか? ていうか毎回この量なの?」

「そうだな。ちょうどみんなで食べても足りるだけがあって安心したぞ」

「そういう問題じゃないっていうか……さすがに、栄養の偏りとかさ」

「不足する栄養はサプリメントで補えば────」

 

 そこで不意に東雲が言葉を切った。

 どうしたのかと一夏が横に並ぶと、彼女は遠慮がちに、一夏の顔を見上げて。

 

「……いや。()()()()()()()()()()()()がいれば、助かるのだが……」

「────!」

 

 誰か、が誰を指すのかは明白だった。

 一夏は思わず唾を飲み込み、それから静かに頷く。

 

「……ええと、そう、だな。ここにたまたま、弁当、作れるやつがいるんだけど」

「そう、か……そういうことになる、か」

「まあ、需要と供給の一致? 的なさ」

「凸凹が丁度嵌ったようなものか」

「あーそれ。そんな感じかな。ははは……」

 

 何を今さら高校生みたいなまどろっこしい会話してるんだこいつら!?(驚愕)

 端的さとメッセージ性を欠きに欠いた対話の成りそこないをやって。

 一夏と東雲は、そっと視線を重ねた。

 

「ええと、それじゃあ」

「……っ」

「あのー、そうだな」

 

 頬をかいて、思わず一夏は視線を横にそらしてしまう。

 

「もしよければなんだけどさ。東雲さんの弁当っていうやつ。それ、俺が──」

「た、大変だ────!」

 

 言葉を断ち切る悲鳴。

 揃ってガバリと顔を向ければ、何やら血相を変えた箒たちが走ってくる。

 

「ど、どうしたんだよ……ッ?」

「一夏大変だ! 亡国企業を継ぐ者──ネオ亡国企業が立ち上げられたそうだぞ! 千冬さ……織斑先生から、専用機持ちに特例の出動命令が下された!」

 

 数秒の沈黙。

 

「な──なんだそりゃあぁぁっ!?」

 

 素直に意味不明だった。

 しかし突き付けられたウィンドウには、一夏たちへの出動命令が確かに記されている。

 ISによって武装した反政府勢力が国内で活動を開始したこと。手始めに、新型IS関連の研究所に対する攻撃が加えられていること。

 行先含む指示内容を確認して、一夏は頭を抱えた。

 

(俺たちの戦いはこれからだ、とは言ったけど! 言ったけど! こんなに早くなくてもいいだろうが……ッ!?)

 

 というか敵の名前があまりにもあまりなので、絶妙に力が抜けてしまう。

 しかし、世界の平和を維持するために、力が求められているのだ。

 

「……あー」

 

 頭をブンブンと振って、最後に頬を張り。

 顔を上げたころにはもう、そこには一人の戦士がいた。

 

「しょーがねえか。我が師、準備は良いですか」

「無論だ。其方こそ大丈夫だろうな、我が弟子」

 

 不敵な問いに、彼は笑みをもって返す。

 それから不意に視線を落として、待機状態の愛機に手のひらを重ねた。

 

「……これからも頼りにしてるぜ、最高の相棒(びゃくしき)

 

 答えはない。だがそれでいい。

 きっと一夏はこれからも呼びかけ続ける。彼女が再び覚醒めるその日まで。

 儀式或いは宣誓に近い作業を終えて、一夏は戦友らに向き直る。

 ぐるりと取り囲んでこちらを見る顔には、決然とした覚悟の色が宿っていた。

 

 

 

 だから。

 

 この物語は、少年少女たちが、共に翼をはためかせて終わりを迎える。

 

 世界はまだ終わらない。彼ら彼女らが終わらせない。

 

 どこまでも続く日常と。

 

 それを守る戦士たちと。

 

 戦士たちを癒す日常がある。

 

 日常のために戦う戦士がいる。

 

 

 

 

 

「行くぜ、『白式』ッ!」

 

 世界を救済するための装置は、与えられた翼を脱ぎ捨てた。

 力のなさを思い知り、力を求め、力を知り、力を得て。

 祈り、祈られ。託し、託され。

 その繰り返しの果てを見届け、彼はこれから、彼の新しい旅路を歩いていく。

 

 

「往くぞ、『紅椿』!」

 

 それはただ隣にいるためだけの剣。

 簡素故に、祈りに刃毀れはなく。鋭き刃は、絶望の中でも煌めきを失わない。

 

 

「行きましょう、『ブルー・ティアーズ』!」

 

 真っすぐな信念は正しく流星。

 ターゲットサイト越しに見るもの、敵であろうと願いであろうと、必中。

 

 

「行くわよ、『甲龍』っ!」

 

 猫のようにじゃれることがあれば、女神のように寄り添うこともある。

 ただそこに居ることだけが確約された、安息の場所。

 

 

「行くよ、『ラファール』!」

 

 大切な人の危機に、疾風のように駆け付けるヒーロー。

 誰かのために在るという呪いは、今はもう彼女の祝福だ。

 

 

「行くぞ、『シュヴァルツェア・レーゲン』ッ!」

 

 鏡に映った自分に、呪詛の弾丸を撃ち込むことはもうない。

 過去の自分が力になって、背中を押してくれているから。

 

 

「行こう、『打鉄弐式』……!」

 

 手を引かれ、開かれた世界に飛び出した。

 だからこれから先は、その手の主と共に、その世界を守っていきたい。

 

 

「行くぞ、『茜星』──」

 

 剣を振るうだけのマシーンだった少女。

 色を知らず、音を知らず、心を知らず。

 人を知らず、恋を知らず。

 

 一つの出会いが全てを覆した。

 

 人を知り、恋を知り。

 色を見て、音を聞いて、心を得た。

 いつの間にか、当たり前のように、誰かを愛せる少女になっていた。

 

 

 だからそれは、力しかない少女ではなく。

 力以外のものだってたくさん持っていて。

 ちょっと強キャラ、というだけ。

 

 

 

 

 

 顕現する八つの鋼鉄装甲。

 

 殺戮のためではなく、守護のために戦う、篝火の守り人たち。

 

 それらが音を重ねて、大空へと飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 いつか、きっと。

 世界中の人々が笑っている──同じ青空の下で笑い合えている。

 

 そんな未来を信じている。

 そんな未来を引き寄せるために、今は戦う。

 

 

 一夏たちが飛ぶ空は、祝福に満ちた青色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレンジ色の髪をなびかせて。

 女が一人、天を見上げていた。

 

 

「……空が、青いな」

 

 

「もーなにぼさっとしてんのさ! ここ本当に日本なの!? なんか馬鹿でかい猪が三匹も出てきてるんだけど!」

「案ずるなウサギ花子。どれほど巨体であろうとも所詮は獣、すべて私が撃ち抜いてみせよう」

「ウサギ花子!? ウサギ花子ってまさかと思うけど束さんのこと!?」

「おっとこんなところにウサギが一匹」

「ぎゃああああああああ撃った! 撃ちやがったなお前! 束さんじゃなかったら避けられてないからね今の! おいオータムお前こいつの躾どうなってんのさ!」

「そもそもかつての仲間の誘いに乗らなかったのはお前がいることが大きな原因だ。さすがにパワーバランスが崩れるからな……よってお前を殺せばすぐにオータムを首魁としてネオ亡国機業はスーパーネオ亡国機業となるだろう」

「ネーミングセンスのクセが凄い! ちょっとお前……お前! 無視すんなよ! 泣くぞ!? ずっと空見上げてなにしてんのさ!?」

 

 

「ハッ、何でもねえよ。ただ──────

 

 ──────随分と気持ちのいい青空じゃねえかと思ってよ、ええ?」

 

 

 ちょうどその瞬間。

 視線の先。新たなる戦場へと向かう、八つの航跡雲があった。

 

 女は下げていたカメラを両手で握ると、素早く上空へレンズを向けて。

 

 シャッターを切る。

 

 パシャリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強キャラ東雲さん

 

 

終劇

 

 

 

 

 










くぅ~疲れましたw
完結です。活動報告にあとがき的なものを上げますので裏設定少々やらが気になる方はどうぞ。
それでは、ありがとうございました。

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