【完結】強キャラ東雲さん   作:佐遊樹

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11.魔剣/Birth Day

「――――」

 

 全てが衝撃だった。

 まるで頭を殴りつけられたような感覚。

 自分が今まで培ってきた常識全てがひっくり返され。

 現実と虚構が反転し、夢幻が実体を持ち目の前に下りてきてしまった――そんな、感覚。

 

「何なのだこれは……」

 

 箒はうめくようにして呟いた。

 破壊の中心に佇む無傷の少女。

 衝撃をいなした? 何だそれは。

 映像として見た試合とは比べものにならない驚愕。

 

「ええ……恐らく現段階で、わたくしたちの知る人々の中でもトップクラスの、頂に君臨するIS乗り。それが彼女です」

 

 セシリアは自分にも言い聞かせるように、ゆっくりと言った。

 何度見たところで、埒外の行いを理解できるはずもない。

 驚愕は色あせず、戦慄も衰えない。

 ただ非現実的な現実は、受け入れること以外の選択肢を与えてくれない。

 

「……………………」

 

 そして、織斑一夏は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東雲令は滑らかにスタートを切った。

 ごく自然に一歩踏み込み、しかしそれは停止状態から加速したとは思えない、()()()()()()()()

 

(――やられる。刹那でも気を抜けば、私が狩られる!)

 

 培ってきた勘が全力で警鐘を鳴らしている。

 殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。

 斬り殺される。刺し殺される。首を刎ねられる。全身を八つ裂きにされる。あらゆる急所を突かれ嬲り殺される。

 もはや生きている心地がしなかった。

 ただ眼前に迫り来る剣鬼の閃きを受け入れることしかできないと。

 厳然たる現実としての敗北を受け入れることが唯一の選択肢だと。

 無数の修練と戦場を乗り越えてきた、信頼に足る直感が告げていた。

 

 ここは、まぎれもなく、処刑場なのだと。

 

(――――冗談じゃないッ!!)

 

 東雲の視線は鋭利かつ冷徹に楯無を見据えていた。一切の揺らぎのない、武人として完璧な姿。

 だが楯無は歯を食いしばり、水のヴェールには似つかわしくない気炎を立ち上らせた。

 

(武器は太刀のみ! 仕込み武装の類はなし! つまり接近戦に持ち込ませなければッ!)

 

 バックブーストと同時に、アクアランスを構える。

 仕込まれた四連装ガトリングガンが火を噴き、弾丸をばらまいた。

 

 

「一手」

 

 

 ――はずだった。

 

 響かない銃声。

 視界の隅で、構えた大型ランスが、その柄の半ばで断ち切られているのが見えた。

 スローモーションの世界の中で、水流が弾け、槍の柄だけが手元に残り、他が落下していく。

 楯無の攻防の中核を成す最大の得物。間合いを確保し、水流の起点ともなる相棒。

 それを初手で狙うのは、当然だった。

 

 東雲は背後のバインダーから、一振りの刀を右手で抜き放ち、すでに振り抜いていた。

 いや、それは抉り込むような突きであった。的確に持ち手を狙い澄ました、理論上最高の初動。

 神速の踏み込み。そこに至ってはもはや拍の概念は存在しない。無拍子も零拍子も片腹痛い。

 ただ圧倒的な、リズムなどという不要なものから解き放たれた、『(れい)』だけが存在する。

 

(いつ、の間にッ)

 

 反動か、振り抜かれた刀身に一筋のヒビが入る。東雲は迷わずそれを投げ捨てる。

 だが楯無とて歴戦の猛者。

 即座に柄を放り捨てて、水のヴェールを最大出力で展開し、繭のようにつなぎ合わせ絶対の楯と成した。

 

(この距離はダメ! 一方的に殺されるッ!!)

 

 防御を固めつつ最大速度で後退しようとし――

 

 

「二手」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 アクアナノマシンによって構成された城壁がバターのように切り裂かれ、刃は正確に楯無を肩から腰にかけて刻む。『絶対防御』が発動するには至らなかったが、シールドエネルギーが減損した。

 東雲の左手には二本目の太刀が握られていた。バインダーを鞘と見立てた抜刀術である。

 攻撃が終わると同時、太刀が嫌な音を立て、東雲は同様にそれを捨て新たな剣へ手を伸ばした。

 

(――まも、れない)

 

 下がろうとした体勢のまま。

 よろける楯無と、踏み込みから次の踏み込みへとつなげる東雲。

 

(――守りに入ることさえ、できない)

 

 距離を取ろうとしたら、取ろうとした瞬間を穿たれる。

 守りに入ろうとしたら、その守りごと斬り捨てられる。

 

(――なら、攻撃するしかないッ!!)

 

 ここに来て楯無は防御を完全に捨てた。

 量子化していた蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を呼び出し(コール)

 熟達したIS乗りにとって武器の召喚などコンマ数秒で行える。

 

(アクアナノマシン散布、ヴェールを防御ではなく相手の妨害に! 刀を振るう腕を固めて、踏み込んでくる足を止めるッ!)

 

 彼女の瞬発的な意思を正確にトレースし、水流は触手のようにうごめいて東雲に迫る。

 眉一つ動かすことなく、東雲は左手で抜いた三本目の太刀をゴルフスウィングのように振るった。無造作に見えるなぎ払いが、正確に水流を砕き、弾き飛ばす。

 

(やっぱこれぐらいじゃ無理よね、でも刀一本使わせたッ!)

 

 アクアナノマシンとは、即ち水である。

 水とは流れるものであり、決まった形を持たない流動体である。

 東雲が振るった三本目の刀――その刀身に付着した僅かな水流。

 

(砕けなさいッ!!)

 

 それが『ミステリアス・レイディ』からのエネルギー伝達を受けて爆発。

 刀身が根元から粉砕され、金属片が空間にキラキラとばらまかれる。その一粒一粒が見定められるほどの、極限の集中。

 

(次を引き抜くまで何秒? 下手したら高速切替(ラピッド・スイッチ)より早いわよね。でもどんなに早くても、この瞬間に無手なのは事実!)

 

 今、東雲は無武装。

 しかし刹那のうちに次がバインダーから抜刀されるだろう。

 その、刹那にも満たない時間。

 楯無が作りだした空白。

 

 

(『疑似解放(インスタント)・ミストルテインの槍』――ッ!!)

 

 

 呼び出した蛇腹剣は囮。

 本命は今まさに突き出した右の拳――装甲表面を覆っていた水流全てを注ぎ込んだ捨て身の一撃。

 

(次の刀を引き抜くまでの刹那は稼いだ! 私のシールドエネルギーが削りきられる前に、収束を完了させる! この僅かな隙にそれができなかったら、ひっくり返せない!)

 

 三角錐状に凝縮されたそれは、平時の切り札とは違い、ナノマシンの量も収束率も足りていない。

 だが。

 

(この威力を唯一無防備な頭部に直撃させれば間違いなく『絶対防御』が発動する! そこに賭けるしかない!)

 

 前傾姿勢で突っ込んでくる東雲にそれを避ける方法は存在しない。

 荒れ狂うナノマシンを必死に制御し、一気に解き放つべく狙いを定める。

 

(多分私も巻き込まれる、相当な痛手になる――だからって、リスクなしに勝てる相手じゃない! 私はいつだってリスクを取って、それでも勝ち残ってきた!)

 

 その場所に至るまで。

 無数の勝利を積み上げ、無数の人々を突き落としてきた。

 踏破した道こそが楯無に敗北を許さない。脱落者たちの怨嗟の声が、絶対の勝利を要請する。

 

(私は、負けるわけにはいかない――!)

 

 即興で創り上げ、今まで試行したこともない、簡略型の必殺技。

 莫大な威力が今、唸りを上げて。

 

 

 

「三手」

 

 

 

 東雲令は見え透いた必殺技を無視して突撃した。

 当たれば負ける? 当たる前に相手を仕留めればいい。

 無駄一切を排除した合理的思考が導き出す結論。

 

 抜刀と同時、光すら置き去りにするような速度で突き込まれた四本目の切っ先が楯無の喉を射貫いた。バリヤー発動と同時に『絶対防御』が起動。

 

「四手」

 

 続けざまに、何も握っていない左の拳を固く握り、思い切り楯無の鼻面に叩きこむ。

 数メートル後退し、衝撃にのけぞりながら、しかし楯無は収束計算をやめない。

 

(収束――完了ッ! ギリギリッ!!)

 

 右手に保持する太刀は、僅か一振りで耐久性の限界を迎え、刀身がぐらついている。

 東雲は頓着せずそれを捨て、背部バインダーから今度は二本同時に太刀を引き抜いた。

 

(……はは。本当に危なかった、削りきられるかと思った……)

「――――」

 

 既に『疑似解放・ミストルテインの槍』は目を灼くようなまばゆい輝きを放っている。

 秘められた威力がいかほどか、素人でも即座に分かる。

 視線が交錯した。

 既に東雲は次の突撃の準備をしている。

 だが思考伝達速度に及ぶはずもない。

 

「ばーん」

 

 楯無は破滅の光を解放した。

 

 

 

 

 

 

「五手」

 

 

 

 

 

 

 観客席にすら及ばんとする、荒れ狂う衝撃波と爆炎。

 ISという超兵器をもってしても無事で済むか保証できない、その破壊の渦の中に。

 

 東雲は迷うことなく両手の五本目と六本目の刀を握り突進した。

 右腕と左腕を同時に振り上げる。東雲の頭上で、二振りの太刀同士が引かれ合い、僅かなアタッチメント同士が噛み合った。

 顕現するは()()()()()()()()

 

 破壊そのものである極限の嵐に向かって。

 東雲はそれを振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保護シールドを貫通する光量と轟音と衝撃に、箒とセシリアが目を庇う中で。

 無我夢中で立ち上がって、一夏はその光景を見ていた。

 死んでも見逃すわけにはいかないとばかりに、両目から血を噴き出すような形相でそれを見ていた。

 

 

 織斑一夏はそれを忘れない。

 織斑一夏はそれを決して忘れない。

 

 光だった。

 一閃だった。

 力強き奔流だった。

 茜色の流星だった。

 

 

 

 

 それを見た瞬間にこそ――()()()()()()()()()()()は生まれたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――魔剣:幽世審判(かくりよしんぱん)

 

 

 静謐を破る小さな納刀音。

 楯無はそれを聞いてから、自分がアリーナに横たわっていることに気づいた。

 大地は巨人が踏み荒らしたかのように砕かれている。

 

 だというのに、自分に背中を向けて佇む少女の茜色の装甲は、大きな破損なく健在だった。

 

「…………どう、して」

「当方が進む道のみを斬った」

 

 あっけらかんと彼女は告げる。

 それから、振り向いて、楯無の顔を見た。

 

「収束されたエネルギーの解放であった。見事である、賞賛に値する代物であった。だが解放は無秩序であり、そこに付け入る隙が存在した。そうでなければこの身は無事に非ず、戦場ならば一片たりとも残らず蒸発していたであろう。評価を改め――先ほどまでの無礼を詫びさせていただきたく思います、更識楯無生徒会長」

「……呼び方、長過ぎ。たっちゃんでいいわよ……」

「では、たっちゃん生徒会長」

「嘘、ほんとに呼ぶの?」

 

 身体の感覚がクリアによみがえる。

 明確に、斬られたという覚えがあった。あの光の中で、飛び込んできた東雲は一刀に自分を斬り捨てていた。

 いっそ清々しいほどの敗北。いや、楯無は現実に、清々しさを感じていた。

 

 決して許されなかった敗北。

 決して手放してはならなかった勝利。

 

 立場の軛から解き放たれ、楯無は思わず笑い出しそうだった。

 

「……あーあ。完全に私、見誤ってたのね」

「肯定します。そしてそれは当方も同じです。当方は其方を見くびっていた。戦場に立つ者として、不甲斐なく思います」

「ちょっと、勝ったのにそんなしおらしくならないでよ」

 

 ゆっくりと立ち上がると同時、身体を覆っていた装甲が溶けるようにして消えていく。

 具現維持限界(リミット・ダウン)――徹底的に打ちのめされたのだと、分かった。

 

「……一夏君の指導役は任せるわ」

「はい」

「あと、私に勝っちゃったってことは、生徒会長になれるってことなんだけど」

「当方は肩書きに興味はありません」

「言うと思ったわ」

 

 刃を交える前よりも、少し彼女のことが分かった気がした。

 彼女は、東雲令は止まらないのだ。

 常に進み続け、障害を斬り捨て、邁進する。

 ぶつけられた剣にこそ、彼女の気質そのものが宿っていた。

 

「……ごめんなさいね、さいら――東雲ちゃん。私、あなたに失礼なことしたわ」

「当方も同じです。ですからどうか、水に流していただければと思います」

 

 東雲が手を差し出した。

 楯無は少し目を見開いて……薄く笑い、その手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――すげぇ」

 

 言葉は少ない。

 ただ、今は、胸の中にうごめく感情を、無意味に消費したくなかった。

 

 まるで映画だった。まるで御伽噺だった。まるで――英雄譚だった。

 到底現実とは思えなかった。

 けれど彼女たちはそこに存在する。自分がこれから歩く道の、ずっとずっと先に、存在する。

 

 一夏は自分の全身が震えているのが分かった。

 武者震いなのか、恐怖なのかも分からなかった。

 

 もしあそこにいるのが自分であったら。

 何ができただろうか。

 何を残せただろうか。

 

 東雲が武器を展開してからなんて、結果を目で追うだけがやっとで、どれほどの駆け引きがあったのか想像もつかない。

 結果を見れば東雲の勝利であっても、そこに至るまでの過程に、ほんの僅かな時間に凝縮された攻防が、その輪郭だけで存在感を示している。

 

 五手。

 宣言通りだった、勝利までの行程。

 

 そこから弾き出される事実。

 更識楯無は――()()()()()()

 

(俺は、多分……一手で詰む)

 

 見切ることも、予測することも、さらに直感に任せて回避することさえ許されないだろう。

 確信があった。

 

 一挙一動が全て、自分よりも遙かな高みにある、それしか理解できない。

 どれほど遠いのかすら分からない。

 

 けれど。

 

(なんでだろう、俺)

 

 けれども。

 

(あの場所にいる自分を、想像してる)

 

 いつの間にか左右に立っていた箒とセシリアが、何事か感想を述べている。一切耳に入らない。

 

(無理だって分かるのに。絶対届くはずないのに。あの場所で戦えるような自分を、想像してる)

 

 拳を握った。

 

(無理だって諦めたくない。世界が違うからだなんて言い訳に逃げたくない。負けたくない。誰よりも強い自分で在りたい。誰が相手でも――負けたく、ない)

 

 爪が食い込み、血がにじむほどに握りこんだ。

 

(俺は――必ず)

 

 一夏の瞳には燃えさかる焔が宿っていた。

 

 

 

 

 

(俺は…………俺も――あそこに――!)

 

 

 

 

 

 こうして。

 

 何も持たず、自分の空白を埋めるようにして、がむしゃらに手を伸ばし続けていた少年は。

 

 蝋の翼を溶かしてしまうような光を浴びて――新生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(五手で決まらなかったらどうしようかと思った)

 

 東雲令は内心冷や汗ダラダラだった。

 

(いやたっちゃん、最後の自爆攻撃はさすがにねーですよ。思わず二本攻撃しちゃったじゃん)

 

 制服姿に着替えて、楯無と二人で廊下を歩く。

 前方、箒とセシリアが待ち構えていた。

 

 その奥。

 

 織斑一夏が東雲を見ている。

 

 ゆっくりと廊下を進むにつれて、彼の表情がはっきりと見える。

 今までも、彼は必要な時にこそ決然とした顔を見せていた。けれど今の彼は、今まで見てきた中で、最も揺るがぬ意思を見せていた。

 何事かと、思わず声をかけてしまう。

 

「……織斑一夏、どうかしたか」

「いや……なんかこう、生まれ変わったような気分っていうか」

 

 要領を得ない言葉だった。

 

「何か、気になることでもあるのか」

「違う。違うんだ。大丈夫だよ東雲さん」

 

 そう言ってから、一拍の沈黙が挟まれた。

 息を吸って、彼は彼女の、紅い瞳を見つめた。

 

「俺、明日からもっと頑張るから。もっと、もっと頑張る」

「理解している。其方は人一倍の修練に耐え、成果を出すことが可能である」

「……強くなる。それで……俺は……」

「?」

「――東雲さんに負けないよう、君の隣に至れるぐらいまで頑張るから」

 

 微笑も浮かべず、声色に淀みはなく。

 彼ははっきりと言い切ってみせた。

 

 その言葉に、箒とセシリアはぽかんを口を開けた。

 数秒絶句した後、あらあら言うじゃない~と楯無がちょっかいをかけにいく。

 

 その空間の中で。

 

 

 

 

 

 

 

(えっ今の告白では????????????????)

 

 

 

 

 

 

 

 東雲令だけが――ハーブをキメていた。

 

 

 

 

 







ド リ ー ム ソ ー ド



次回で第一部完結です
事後処理というか楯無さんがふっかけてきた背景の解説とか立場とか東雲さんの立場とかについて触れていきますのでお待ちください(鋼鉄化×3)

えっこれ第一巻の半分ぐらいしか進んでないのか
あほくさ


追記
高速切替(ラピッド・スイッチ)でした申し訳ありません
緊急召喚ってなんだよ突然俺の頭にしかない単語を垂れ流すな

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