日本製第二世代機
開発企業は四宮重工
自衛隊に配備される国産ISの枠を『打鉄』と争い破れた
四宮の量産機『明星』のフルカスタム仕様であり
ベース機体の特徴であった機動性・攻撃力の高さをさらに伸ばす改造が施されている
『打鉄』の正式採用には
自衛隊という組織の目的から防衛用という意味合いを強くくみ取られた経緯があり
その防御に偏った構成は現場では不満が多い
『打鉄』の後継機として開発が進んでいた『打鉄弐式』には逆に『茜星』並びに『明星』のデータが流用されており
四宮重工の設計思想の先進性の証拠とも言われている
みたいな記事がストライプスに載ってるけど操縦者がおかしいだけだぞ起きろ
(えーめっちゃすごいなー天才じゃんりんりん! これはIS乗り界隈が盛り上がっていくね! 安心だよ!)
授業中、東雲令はついに先輩面まで始めていた。
(それにおりむーもセッシーも絶対いい影響を受けるだろうしこれは仲良くなった方がいいな! あーでもしののんはキャラ被りがショックだったみたいだし、後でフォローしてあげたほうがいいのかな?)
考え自体は真っ当なのだが、何故か東雲は自分のことをグループの潤滑剤だと認識しているらしい。
どう考えても爆発物である。
(それにそれにそれにッ!! しののんも知らないおりむーの空白期間がついに明かされる……! コンプリートに大きく前進する! 中学生の時とか絶対かわいかったでしょデュヘヘ、あっいけね今より幼いおりむー想像したらよだれ出てきた)
コンプリートってあのさあ……
凰鈴音の戦闘映像は、そのほとんどが量産型ISによる戦闘だった。
彼女の
特殊兵器はない。むしろ一度試合を見れば素人でもその武装内容を把握できてしまうような、手札を明かさない内容ばかり。
それを見て一夏は顎に指を当ててうなった。
「近距離型……俺と同じか」
「そのようですわね」
放課後、アリーナにてISスーツ姿で集まり、箒とセシリア、そして制服姿の東雲も一緒の画面を覗き込んでいる。
極めて距離が近い上に薄着なので箒は恥ずかしがっていたが、一夏は画面以外にまるで目を向けていなかった。
「
「しかし一夏も近距離特化型だ、接近をされること自体はいいのでは?」
「いや、むちゃくちゃ厳しいな」
一夏は低い声で断言した。
「相手のテンポで試合を握られるのは相当きつい。俺はやっぱ剣を振るってる時、相手に振るわされてるって感じるとプレッシャーだし、動きも鈍くなる」
「む……そうか」
「ああそうか、箒の篠ノ之流剣術はそのへん、徹底的に受けの剣術だからな。あんまりピンと来ないかもしれないけど、やっぱ相手がガンガン攻めてくるのって普通嫌なんだよ」
「なるほど」
解説を入れつつ、一夏は試合の動画を停止し、数十秒巻き戻す。
「で、気になったんだけど、こいつ……ここ、
映像では鈴が巨大な青竜刀をぶん投げ、それが相手に直撃してダウンさせている。
しかし視線は相手ではなく、わずかに横に逸れていた。
「あー……恐らく感覚派ですわね、彼女」
「……ッ、そこまで俺と同じなのかよ」
「ええ。この瞬間――正確に言えば
鈴は移動先を見て、そこに至る過程に向けて攻撃した。
投擲を置くという絶技を瞬間的な判断のみでやってのける――なるほど、確かに才女だ。
「恐らく近距離戦では分が悪い、ということにならないか、これは」
「なる」
箒の疑問に東雲は即答した。
思わず一夏は目を見開く。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。『白式』は刀一本しか装備がなくて、他の武器を格納することすらできないんだぜ。その状態で近距離戦は分が悪いってなったら――」
「相性が不利なら諦めるのか?」
問いに、一夏は言葉を詰まらせる。
自分の右手を見て、それを何度か握って開いて……息を吐いた。
「――俺がバカだったよ」
「それでいい」
意思の再確認は迅速に行われた。
しかしそれで問題が解決したわけでもない。
セシリアは眉根を寄せたまま、映像を繰り返し分析する。
「ええ、ええ……近距離戦では分が悪い、それは事実ですわね。単純な剣の腕というより、有利な立ち回り方、相手は返しづらいが自分は攻撃を打ち込みやすいポジションに、ごく自然に入っています」
「私もそれは思ったんだ。なんというか、過程はよく分からないのだが……計算して稽古通りに動いているわけではないのに、結果としては稽古で教えられたことがやれているというか。これが感覚派の動き方なのか?」
まるでフィルムの途中をそっくりすげ替えたような。
乱雑で理解不能の動きをしているのに、結果としては理想的な軌道になる。なった、と上書きされているんじゃないかとさえ思う。
「箒さん、貴方が十二分に戦闘機動を行えると仮定して、どう立ち回りますか?」
「…………いつも通りにやるしかないな。至近距離で相手を追いかけると、多分、まったく予期しないタイミングで信じられないぐらい理想的な攻撃を打ち込まれる。そんな予感がする。だから此方からは動かず、相手の予備動作を十分確認できる間合いで、迎撃する」
「一夏さんにその動きはできるでしょうか」
「厳しいな」
箒は腕を組んでうなった。
「技量云々ではなく、そういう心構えが必要な立ち回りだ。私は流派が流派だから、むしろそれを前提とした鍛練を積んでいる。一夏にそれをいきなり要求するのは無理だ。付け目を見ても突っ込まない、というのは難しいぞ」
「……ではどうしますか?」
セシリアは黙り込んでいる東雲を見た。
彼女は興味を失ったかのように鈴の映像から視線を逸らし、じっと一夏の顔を見ている。
一見無感情にも見える視線には、真剣な意思が込められている。思わず背筋を伸ばした。
彼は既にそれが理解できる程度には、東雲の性格を分かっていた。
だがこの時ばかりは、東雲の返事を即時理解するのは無理だった。
「――必殺技が必要」
「は?」
耳がおかしくなったのかな、と一夏は何度か頭を振った。
それから箒とセシリアを見た。彼女たちも困惑を露わにしている。
「相手に振り回されることを前提とする。間合いもリズムも相手に取られている。必然、逆転は一発で決めなければならない。
「……ッ!?」
三人は絶句した。
東雲は本気だ――本気で一発逆転のルートを案として出している。
ド素人の男ですら言葉を失う提案だ。
当然、箒とセシリアはくってかかる。
「も、もしもそんな技を身につけられるとしてだ。しかしそれをどうやって当てる? そもそも必ず削りきれる技など存在するのか?」
「ISバトルに逆転ホームランは存在しません。唯一の例外は織斑先生の『零落白夜』ですが、特例中の特例。しかも武器は刀一本ですわよ、どうするつもりですか」
「勝負を決めるのにエネルギーを削りきる必要はない――相手の心を断ち切ればいい」
心。
想像だにしない、ふんわりとした言葉だった。思わず困惑の息が漏れる。
「……何か勘違いしているようだが。
「え、あ、そうなのか」
一夏はセシリアの言葉から姉の
どうやら違うらしい。ならば、それは何なのか。
「相手の心を砕く。戦意を挫く。有利な試合運びとは心理的なアドバンテージでもある。そこに付け入る。相手の心理的な優勢を砕き、満足なパフォーマンスを行えないようにしてしまう」
「…………それは、つまり?」
「最大級の見せ札を直撃させるということ」
伏せ札でも、隠し札でも、鬼札でもない。
「――露骨な見せ札こそが、勝機につながる」
そう、東雲令は断言した。
「ていうかちょっと待った。魔剣って武器の名前じゃないのか」
箒は思わずストップをかけた。
「……? 武装名のことを問うているのならば、武装名は『魔剣:幽世審判』ではないが」
「は?」
指をつうと宙に走らせ、東雲はウィンドウを立ち上げる。
映されているのは『茜星』の背後に浮遊している、直方体に擬態するバインダー群。
三人はそれを覗き込んだ。
「十三振りの太刀とそれを収納するバインダーから構成される、浮遊可動式多武装戦術兵器『
「――あの、えっと、魔剣って何なのですか?」
「同じ日本の代表候補生にそう名付けられた。彼女は『必殺技は名前を叫んだ方が強くなる』と言っていた」
「んなワケねーだろッ!!」
一応、そういう文化もある。
とはいえ訓練内容が劇的に変化するわけでもない。
いつも通りに一夏は鬼の形相で空を駆け抜け、東雲が持つ銃口から逃れようとしている。
東雲曰く――逆転の一手を打つまで耐えなければならない以上、むしろ回避にはより気を遣わなくてはならない。回避だけでなく間合いの測り方も組み込んだ訓練メニュー。
これはセシリアの発案であった。彼女が母国で行っていた機動狙撃訓練の内容を採り入れた代物である。
(ぎ、ぃががあがああああがああがああがあがッッ)
一夏の役割は攻撃を避けつつ目標との距離を維持すること。
相手が動けば追随し――即ち東雲が横や後ろに走っていけばそれに合わせて移動しなければならない――そうして一定の距離を維持しつつ、攻撃も避ける。
やることの数が爆発的に増えたわけではない。
二倍になっただけだ。
(いし、きを向ける方向が、増える、だけで、こんなにも違うのかッ!?)
単純に殺気を察知すればいいというものではない。
常に思考を回転させ、敵との距離を測り続ける。突撃も後退もなく、ひたすらに維持。それでいて攻撃は回避する。
(単純に
自分が無事であれば済む、だけではない。
相手との距離を維持することも要求される。距離を確認し、規定距離と照らし合わせ、詰めるか離すかを考える。
それはある意味、直感の働く余地のない世界だった。
(0.5メートル下がりすぎだ! これ押し込まれてるのと同じだろバカ! 最適ルートは曲線を描くことなんだが、何よりも俺の旋回技術がゴミ過ぎるッ!! 理想の軌道を一ミリたりとも再現できてねえ……ッ!)
セシリアとの決闘を経験して、一夏は既にアリーナの地図――全長、幅、全高――を把握していた。
それを航空写真のように脳内に投影して、自分が今どこにいるのかを確認する。同時に東雲が今どこに居るのかも把握する。
(頭が割れそうだ……ッ! つってもこれ、別に他のIS乗りだってどうせやってんだろ……!?)
目に映るものがすべてではない。
銃口だけを見ていたら死ぬ。東雲だけを見ていても死ぬ。
もっと、包括的に――
それを一夏は、嫌と言うほどに、身を以て味わっていた。
「――ッ!?」
東雲が銃口を下げた。同時、一夏は自分が規定ラインを越えてしまっていたことに気づく。
慌てて加減速を中断する。
今はアリーナの機能を用いて、東雲を中心に置いた円が紅い仮想ラインとして表示されていた。
「す、すみませんッ!」
「――気をつけて」
「はい……ッ!」
気合いを入れ直して、再び一夏は『白式』のスラスターを作動させる。
訓練の甲斐――撃ち落とされる頻度は減っていないものの、ISの挙動そのものが自分にフィットしてきていることは分かる。反応に追いついてくれる。意識外の攻撃を知らせてくれる。逆に自分が気づいている攻撃にはアラートを鳴らさないでいてくれる。
それでも足りないものは足りないのだ。
(自分でも、どういうタイミングで甘えた機動をやっちまうのか、あるいは無意識に退がってしまうのかは分かってきたッ! そういう自覚がある! なのに
課題ばかりが山積する。
一つ一つを精査する暇もない。
容赦なく降り注ぐ己の未熟さ。次の弱点に打ちのめされ、その次の脆弱性を指摘され、そのまた次の、次の、次の次の次の次の次の次の――
「――ッ!」
歯を食いしばって耐えなければならない。
分かっていたことだから。そこから積み上げていくと誓ったから。
一歩ずつ進んでいけばいい。
サイドブースト。もう左右でブレはない。弾丸の間隙に滑り込み、被弾ゼロで突破。大回りの軌道で狙いを集中させず、既にかすめる弾丸相手に怯えることもない。
自分の空間位置座標を必死に意識しながら、眼前の攻撃も捌く。無理矢理に回転させられる脳が白熱する。その感覚、没入感が少し気持ちいい。
東雲がこちらに向ける銃口を確認しつつ、距離も掴みつつ。
――チリ、と、うなじがヒリついた。
(――後ろッ!?)
飛翔というより跳躍に近い軌道で一夏は、その場から
直後、彼のいた空間をエネルギービームがえぐり取る。
「あら、よく避けましたわね」
「セシリア……!」
愛機を展開したセシリアが、周囲にBT兵器を漂わせながら、長大なライフルを一夏に向けていた。
「ここから300秒間はセシリアも参加して、間合いの維持は解除する。それを終えたら休憩を挟み、必殺技の訓練だぞ」
「――了解ッ!」
タイマー画面を表示させている箒の言葉に、力強く首肯した。
フルに感覚を作動させて、四方八方からの攻撃を避けていく。
その様子をじっと眺めている少女がいることには。
一夏はついぞ気づかなかった。
「偵察か」
アリーナ廊下のベンチにぼけっと座っていた鈴は、ビクリと肩を跳ねさせた。
慌てて振り向けば、ISスーツ姿のままの箒が、まっすぐ歩いてきている。
「ち、ちがっ……偵察なんて、ホントに考えてなかったわよ! ただ、あいつを探してて……」
「そうか」
顔には見覚えがあった。今日、一組教室で一夏と話していた女子だ。
訓練にも付き合っているぐらいだから、きっと仲が良いのだろう。
「隣、いいか」
「え、あ、うん」
彼女はすとんとベンチに腰掛けて、箒と鈴の視線は平行になった。
「……幼馴染、らしいな」
「……まあ、小五からだけどね」
「私は、小学四年生までのあいつを知っている。お前とはちょうど入れ違いだったようだ」
「えっ嘘」
思わず隣に座る少女の顔を見た。
「だから……どんな風に成長したのかが楽しみだった。きっと、お前も、そうなんじゃないか」
「それ、は……そうね。少しは楽しみだったかも」
でも、と鈴は言葉をかみ殺す。
成長して欲しいと、自分はあまり思っていなかったのかも知れない。
ただあの時を繰り返したいと、あの楽しい思い出を永遠に味わっていたいと、そう停滞を願っていたのかもしれない。
一体それの何が悪いというのだろうか。
「成長、なんてものじゃないな。今にも置いていかれそうだ」
「――ッ」
箒は自分の拳に視線を落とした。
サポート役としてそばにいる。だが彼女は専用機を持たず、量産型の貸し出しを待つ身だ。訓練を考えることはできても、常に参加することはできない。
「今も、東雲やセシリアによって揉まれているところだ。そうやって、強くなっていく。ゼロからスタートして、必死に、諦めることなく、ただ前を向いて進んでいく」
だからどうしたというのだ。
前を向いて進んでいくって――
自分を置いて、どこに行ってしまうというのか。
「だから、私は、置き去りにされないように、私も進んでいきたい。どうやってとか、分からないが。それでも……」
違うと思った。
彼女と自分は、根本的な考え方が違う。
篠ノ之箒は変化を前提としていた。
彼の変化を楽しみにしていて、だから、きっと、受け入れることができた。
――なら、自分は。
「もう、いい」
小さな呟きはかすれていて、箒の耳にまでは届かなかった。
もういい。
聞きたくない。
おかしい。なんで、なんで受け入れられるんだ。
――違う。
なんで自分は、受け入れられないんだろう。
鈴は無言で立ち上がった。
もう自分の感情が自分で分からなかった。
「…………アンタ、すごいね」
「え……そ、そうか?」
「うん。あいつの成長を認めて、それを応援してて……うん」
小さな身体がくるりと横を向いて、立ち去っていく。
鈴は振り向かなかった。
背中は何よりも拒絶の意思を示している。
「すっごく――
箒は、最後に言い捨てられた言葉の真意が分からず首を傾げることしかできなかった。
バトルに関してだけは頭いいんだということは真実を伝えたい
次回
16.クラス対抗戦(前編)